サムライ・ドラ   作:重要大事

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ド「今日から新章突入!でもあんまり嬉しくない・・・何でかって言うとだね、オイラの嫌いな奴が出てくるからだ。嫌いな奴は多いけど、その中でもあいつは特に“ウザい”という点ではナンバーワンだ!」
「どんな奴かはこの物語を読めば分かるけど、オイラが嫌いになる理由が自ずとわかるはずだから。それじゃ、行ってみようか・・・新章・星の智慧派教団編。キーワードは・・・“輝くトラペゾヘドロン”!!意味は後ほどわかります」


星の智慧派教団編
魔猫(ドラ)の義弟(おとうと)


西暦5538年 8月3日

北海道 新千歳空港

 

 午後8時01分―――極東の島国、日本の北の大地に異国の地より人々を乗せた旅客機が現れる。滑走路に降り立ちゆっくりと飛行場を走り、停車する。

 スーツケースを持った人々が行き交う国際線のターミナル。その中で、英語で書かれた紙を持ちある人物を待ちわびる異様な集団に人々の視線が自然と向けられる。

 漆黒の神父服に身を包んだ一団。異様な雰囲気を醸し出す彼らに近くを通る人間が動揺を抱く。

 そんな折、神父服の一団に向かっておもむろに歩み寄る人物が一人。

 黒を基調とするゴシックファッションに身を包み、右手に銀色のアタッシュケースを持った外国人。その人物を目視した神父服の代表者は目深にかぶっていたフードを外し、赤いメッシュを入れた髪をなびかせサングラスを外す。

「ミスターカーウィン?」

 20代後半の男性からの問いかけに首肯し、外国人は「ヘルメスの遣いか」と問う。

「はい。第一補佐官のイグネスでございます。ようこそ日本へ―――例の物は?」

 会釈をしたのちイグネスが尋ねると、カーウィンと呼ばれた外国人はポケットから指輪のケースよりも若干大きめの箱を取り出す。神父たちが注視する中、蓋を開ける。そこには4インチほどの大きさをした黒い多面体が奇妙な形でカットされた状態で納められている。まるで二つ重ねあわせるかの如く。

 イグネスは多面体の欠片を見るなり目の色を変えた。カーウィンからケースを手渡されると、疑似科学的な雰囲気の欠片を凝視する。

「これが・・・伝説の・・・”輝くトラペゾヘドロン”!」

 嬉々とした表情のイグネスの言葉に、カーウィンは「そうだ」と肯定する。

「これで、世界は我々“星の智慧派教団”の物だ」

 それを聞くと、不敵な笑みを浮かべながらイグネスはケースの蓋を閉じ、控えている部下が抱えた別のアタッシュケースへ収納しようとした―――矢先。

「うわああ!?」

 ソンブレロで顔を隠しポンチョを纏った短足胴長の物体が横切ったと思えば、欠片が入ったケースをひったくる。

「な!」

 イグネスが目を見開き謎のサンブレロとポンチョの物体を見つめると、それはひったくったケースをあからさまに見せつけ、飄々とした態度を示す。

「オイタはいけねぇな。星の智慧派教団の魔術師ども。こいつは人間が使うには過ぎた代ものだ。大人しくこの山から手を引け!」

「何だと!?貴様、どこの回し者だ!?」

 焦燥を滲みだすイグネスを見ながら、それは尚も飄々とした態度を貫く。

「そこの外国のお客さん。こんな物持って来ちゃダメぜよ。その顔に似合わずいけないこと企んでるみたいだが、そうはいかの姿焼きってか!」

「下らんオヤジギャグを言いおって・・・下等種め!」

「ほっておけ。騒ぎを起こすんだ」

「取り戻せ!」

「「「は!」」」

 カーウィンの言葉を聞き、イグネスは奪われたケースを取り戻すため部下に指示を仰ぐ。

 イグネスの側に控えていた神父服の一団はケースを持った謎の物体に向かって走り出し、直後―――ケースを奪った物体は身に付けていたサンブレロとポンチョを一段の方へと放り投げる。

 一時的に敵の視界を封じると、緑のアロハシャツに短パンという出で立ちの茶色の毛並みのネコ型ロボットは背を向け―――全速力で走り出す。

 神父服の一団は「どけっ!」とかなり殺気立った様子で周りの人を押しのけ、逃げたロボットの後を追って行く。

「やれやれ。こんなところで騒ぎを起こしたくはないんだが、無理かもしれねぇ「とあああ!」

「にゃああああ!!」

 サングラスの位置を微調整し周りの迷惑を考慮するか否かで迷っていると、神父の一人に取り押さえられ、ロボットは悲鳴とともに転倒した。

 捕まえたロボットを数で抑え込もうとする神父たちだが、ロボットは自力で拘束を逃れ態勢を立て直すと、肉弾戦において神父たちを圧倒する。

「おらああ!」

 神父の一人の腹部に蹴りを入れ、カウンターまで吹き飛ばす。

「たあああ!」

 さらに、次の標的に小手を喰らわせる。ロボットの標的となった神父は後ろに飛ばされると、利用客の手押し台車にぶつかり勢い余ってひっくり返る。

「とりゃあああああ!」

 そして、次なる標的を豪快に両手で持ち上げ、ロボットは神父を力一杯投げ飛ばす。投げられた神父は長椅子の上に叩きつける。

「こらー!」

「やめなさい!」

 利用客の迷惑を省みず乱闘を起こすロボットと神父の一団。騒然とする空港の事態を収拾するため警備員が駆け付け鎮静化に図るが、焼け石に水だった。鎮静化どころか、乱闘はより一層激しさを増していく。

「いって!」

 神父からの蹴りを受け壁に叩きつけられるロボット。直後、前方からゴミ箱が豪快に投げつけられ、慌ててこれを避ける。それを避けた矢先、別の神父二名が肉薄し、わずかに対応が遅れたロボットは回し蹴りを受け、勢い余ってハンバーガーショップのカウンターに激突。店員が用意したハンバーガーセットをひっくり返し、台無しにする。

「「ええええええい!!!」」

 二人が掛かりで長椅子を運び、それをロボットにぶつけようとする神父たち。ロボットは咄嗟に足を浮かせ、お尻を軸にして台から体を離すと同時に「クソったれ!!」と言って回転蹴りを炸裂する。

「「ぐあああああ!」」

 神父たちは焦りと怒りを露わに、ロボットからケースを取り戻すために手当たり次第に物を投げ始めた。利用客から奪わったスーツケースをとにかく投げ、ぶつけようとするも、ロボットは軽快にジャンプしながら飛んでくるケースの軌道を読みとり、躱していく。

 避けられたスーツケースは利用客に当たったり、電光掲示板を壊すなど―――空港にとって多大な損害を生み出す。それでも乱闘は収まらず、神父たちは何としてもロボットからケースを取り戻そうと躍起になり、ロボットを手数で追い詰めようとする。

 前方から迫りくる神父たちを見据えながら、ロボットは近くに置かれた消火器を手に取ると栓を引き抜き、ホースから白い粉末を放射する。

「おら!」

「「うぁああ!」」

 

 

同時刻 小樽市内 居酒屋ときのや

 

 千歳から直線距離でおよそ85キロ離れた洋と和のコントラストが彩られる運河街―――小樽。その市内に佇む料理酒処では、サムライ・ドラをリーダーとする鋼鉄の絆(アイアンハーツ)のメンバーがいつものように酒を酌み交わしている。

「こちら新作になりますー。自信作ですから食べて下さいねー」

 自称オーナーシェフを名乗る大将・時野谷久遠からつまみの料理のサービスを受けていると、テレビからあるニュースが飛び込んできた。

『盗難に遭ったのは東京大学の考古学研究室で、金庫にあった金属の箱が盗まれました』

 つまみを口にしながらドラたちがテレビ画面に目を向ける。映像が切り替わり、彼らの瞳に飛び込んできたのは―――金色色に輝く歪な箱。画面下のテロップには“盗まれた金属の箱”と表示される。

『この箱は先ごろ、アメリカカリフォルニア州の遺跡から発掘されたばかりで金メッキのような光沢が見られる他に例のないモノでした。さらに特徴として、不均等な箱の中に7本の支柱があり特別な儀式に使われた可能性が高いと関心を集めていただけに、関係者の間では遺憾の声が上がっています』

「おい、あれだろ。これがいわゆるモーパーツって奴か!」

 駱太郎が言った何気ない一言に、ドラたちは手を止め、目を点にする。聞き覚えの無い言葉に思考が停止していると、駱太郎が言わんとした事を理解した時野谷がおもむろに尋ねる。

「あの・・・もしかしてそれは、”オーパーツ”のことですか?」

「はははは!!そうそうそれそれ、そうだった!」

「何じゃ駱太郎、モーパーツとはっ!どぅははははは!!!」

「いやですわすね」

「どんな間違いをすればそうなるんだよ!!」

 と、周りは酷い言い間違いをした駱太郎を激しく笑い飛ばす。

「ん?」

 そんな折、テレビ画面にニュース速報の文字が表示され、ドラは画面に映し出されるテロップを頭の中で読み上げる。

(新千歳空港で正体不明のロボットと神父服の一団による乱闘が発生。空港は一時騒然と化す・・・・・・ロボット?!)

 ロボットと言う単語に強い疑念を抱くドラ。彼がテレビ画面を注視したまま口を動かさなくなると、幸吉郎がおもむろに声を掛ける。

「兄貴、どうしました?」

「え?・・・ああ、何でもない!はははははは!」

 咄嗟に笑って誤魔化したドラは、ジョッキの芋焼酎をググッと飲み干した。

(なんだろう・・・・・・すごく嫌な予感がする)

 一抹の不安を掲げるドラ。この不安は不幸にも的中してしまう事を、彼はもう間もなくしてから知るのである。

 

 

午後8時40分 道央自動車道

 

「へへへ!ここまで付いて来れるもんなら、付いて来てみやがれってんだ!!」

 空港での乱闘の末、ケースを奪い去ったネコ型ロボットはバイクに跨り、夜の道路を爆走する。

 神父服の一団は白い外車に乗って後ろから猛スピードで追いかけてくる。

「ったく・・・・・・執念深いというか、諦めの悪い連中と言うか。ここはひとつ、俺っちがお灸を据えてやらねぇとな」

 言うと、アロハシャツの下へ手を伸ばし、ロボットは青い折り紙で作った亀を取出し、それを接近してくる敵の車目掛けて投げつける。

「遊んでやれ、バカタレ!」

 投げやりな言葉を吐き捨て、持っていた亀の折り紙を放り投げると―――折り紙に淡い光が伴った。

「ん?」

 イグネスの部下が運転をしていると、突然目の前から青白い発光体が現れる。それはロボットが放り投げた亀の折り紙で、亀は光を伴いながら巨大化し車の進行を著しく遮った。

「くそおおおおおおお!!!」

 急ブレーキを踏まざるを得ない状況になった。アンチロックブレーキシステムが作動し、車はその場を高速でスピンする。

 それを見たロボットは「へへへーんだ!!」と鼻で笑うと、途端にシリアスな雰囲気を醸し出し低い声でつぶやく。

「こいつをあいつらに渡したら、世界は終りだ―――!!!」

 声高に叫びながら、ロボットは小樽方面へと向けて夜道を疾走する。

 

 

 

                サムライ・ドラ

                星の智慧派教団篇

 

 

 

8月4日 午前10時03分 

小樽市 小樽運河沿い

 

「ハッ、ハッ、ハッ」

 ビジネスマンや子どもを連れて歩く母親、老若男女が行き交う交差点目掛けて疾走する逆立った髪に鉢巻がトレードマークの男。

 鋼鉄の絆(アイアンハーツ)の突1こと、三遊亭駱太郎は日課のロードワークに励んでいた。常に体を動かし、全身の細胞を活性化させることで彼は出動が掛かった瞬間いつでも対応できるようにしているのだ。

「ホッ、ホッ、ホッ、ホッ、ホッ」

 横断歩道で信号待ちする時も、彼は体を体を上下に動かし続ける。

「朝からテンション高いな~・・・」「熱・・・・・・」「デカイな・・・レスラーか・・・・・・?」

 などと思いながら、じっとしている事が耐え難い様に思える駱太郎の事を気にしつつ、周りの人間は額に汗を浮かべる。

 8月ともなれば夏は本格的な暑さが身に染みる季節だ―――灼熱の太陽に照らされる直射日光に加え、余計に暑苦しく感じる。

「・・・・・・・・・・・・」

 アスキモーと書かれた帽子を被った5歳くらいの子どもは、母親の手に繋がれたまま山の様な背丈の駱太郎を不思議そうにじーっと見つめる。

「コラ、雄介!そんなに見ないの!」

 咄嗟に母親が注意すると、それに気づいた駱太郎が子どもの方へと振り返り破顔一笑。

 そして、信号が青に変わったのを見計らい―――駱太郎はフットワークを利かせながら人混みの中を颯爽と駆け抜けて行く。

(かっけ~・・・)

 結果―――駱太郎の姿を見た少年の心に、秘かな憧れと羨望の念を抱かせた。

 

 やがて、一通りのロードワークを終えると―――駱太郎は近場のコンビニエンスストアへ立ち寄り、1リットルの牛乳を購入した。

「へへへ。コレコレ・・・・・・」

 店を出るや牛乳口を開き、意気揚々とその中身をグイグイと一気に飲み干した。

「プハァ!!やっぱロードワークの後は牛乳だぜぇ~~~!!」

 単純かつ直情的。が、それゆえに誰よりも情緒豊かで義侠心がある。駱太郎は牛乳を数十秒で飲み終えると、本部までの道のりを再び走り出した。

 

「お?」

 道中、河原を通りかかった駱太郎は奇妙な物を発見し―――初めてその足を止めた。

「なんだ・・・・・・」

 草むらの方から見える物に目を光らせ丘を下ると、周辺の草木に隠れる様に横たわる奇妙な物陰を捕る。更にその近くにはオートバイが止めてあった。

「ん・・・・・なっ!!」

 近くに寄った瞬間、駱太郎は目を疑った。草むらで横たわっているのは、上司であり頼れる存在でもあり、同時に憎らしい存在として認識しているネコ型ロボット―――サムライ・ドラの容姿に極めて似たロボット。相違点としてアロハシャツと短パン、それにじゃらじゃらとした金のネックレスを首からぶら下げ、サングラスをかけた状態。極め付け、ロボットは美少女アニメキャラが印刷された抱き枕をきつく抱きながら気持ちよさそうに寝息を立てている。

 駱太郎は目の前のロボットを見た瞬間、心の中でつぶやいた。

(そのとき、三遊亭駱太郎は思った。アロハシャツにサングラスで決めているドラが美少女アニメキャラクターの抱き枕を抱いてこんなところで寝ている訳がねぇ。そうだ。これは悪い夢に違いねぇ!!そして、彼はこの悪夢から目を覚ますために・・・・・・気絶することにした)

 一時的に意識を飛ばし、気を失って倒れてみた。

「って!チゲ―――よ!!!おい、ドラ!!んなところで何やってんだよ!?」

 だが直ぐに覚醒し、目の前のロボットを見ながら怒号を放つ。

 そのときだった。寝ているロボットの近くで鈍く光るものがあることに気が付いた。

「ん?」

 おもむろに近づいて草むらの中を探ると、出て来たのは不可思議な輝きを放つ黒い多面体の欠片で―――近くにはそれを納めていたケースと思わしきものが転がっている。

「なんだこりゃ・・・・・・」

 不思議な魅力を持ったそれに、駱太郎は目を奪われる。欠片を太陽に透かしてみるが、光は反射をせずにその中に吸い込まれるが如く―――内部に光を溜め込んでいるように思えた。

「ん・・・・・・?」

 その直後―――スヤスヤと眠っていたロボットが目を覚まし、それに気づいた駱太郎は慌てて欠片をポケットの中へとしまった。

 ロボットは抱き枕から手を放し、短い手足とひげを限界まで伸ばす。

「ふぁ~~~~~~・・・・・・よく眠ったにゃー」

「お、お前・・・・・・」

「へ?」

 間の抜けた声を上げ、ロボットはかたわらで立ち尽くす長身痩躯の男―――駱太郎の存在に気付き、目を合わせる。

 刹那、ロボットは口元を緩め甲高い声で「よう!」と挨拶をした。

「何だよ、ひょっとしておめぇ俺のファンか?」

「・・・どうやらまだ寝ぼけてるみてぇだな。おめぇ、何もんだ・・・ドラえもんのチャラ男か?」

「にゃっははははは!!ドラえもんはあってるけど、チャラ男じゃねぇよ俺りゃ。こんな形してるが、中身は結構高性能なんだぜ」

 眉唾物の品物を見る様に、駱太郎は半信半疑の気持ちで目の前のロボットを見つめ、不意に視線を逸らすと―――ロボットが使っていた抱き枕について尋ねる。

「それ・・・・・・何だよ?」

「これか!秋葉原で買ったプリキュアの安眠枕だ!初代プリキュア、キュアブラックの等身大はマニアの間じゃ10万は下らねぇ!!」

「へ、へぇ・・・・・・」

 やけに熱を込めて説明するロボットに、駱太郎はかなり引いた顔を浮かべながら唖然とする。

 ロボットは綻んだ顔で笑いながら、駱太郎に質問をぶつける。

「で、おめぇは何してるこんなとこで?」

「おめぇこそ何してんだよ?」

「俺か?一晩中追いかけっこして疲れちまってよ。ちょうどいい草のベッドを見つけたから、ちょっとだけ休もうと思ったんだがよ・・・・・・思いっきり休んじまったぜ、にゃはははははは!」

 と、大笑いするロボットだが―――直後、目の前にいたはずの駱太郎の姿が見えなかったことに気付く。

「あれ?」

 おもむろに周囲を見渡すと、駱太郎は駆け足で丘を登り、早々にロボットから逃げるように立ち去って行くのが見えた。

「ふん。別に走って逃げる事ねぇだろ・・・」

 何も悪い事はしていないのに、目の前であからさまに逃げられるというのは見ていて気分が良い物ではなかった。若干不貞腐れるロボットだが、直後彼は昨夜運んだ欠片の事が気にかかり、草むらに無造作に転がっていたケースを手に取った。

「にゃ、にゃに―――!!!」

 ケースの中を見た瞬間、ロボットは度肝を抜いた。いつの間にか中身は空っぽになっており、狼狽した彼はケースを放り投げ、慌てて周りを探し始める。

「ないないない!ないないない!ないないな―――い!!!」

 かなり必死になって周辺を探したが、欠片は影すら見せない。動揺し取り乱すロボットだったが、そのとき―――直感した。

「あいつか!?」

 駆け足で丘を駆け上り、ロボットは肩で息をしながら周りを見渡す。

「ハ、ハ、ハ、ハ、ハ、ハ、ハ、ハ。ま、マズイことになっちまったぜよ・・・・・・」

 欠片を持ち去った駱太郎は既にいなくなっており―――ロボットは想定しうる最悪の事態を危惧し、焦燥を滲みだす。

 

 

TBT本部 特殊先行部隊“鋼鉄の絆”オフィス

 

 無断で欠片を持ち帰った駱太郎はかなり慌てた様子で本部の玄関を通ると、超特急で階段を駆け上がり―――100階にあるオフィスへと直行する。

「た、ただいま~!!!」

「単細胞?」

「どうしたんじゃ肩で息などしおって」

 尋常ならないほどに挙動不審な駱太郎を見るのは、初めての事だった。写ノ神と龍樹が怪訝そうに尋ねると、息を整えつつ駱太郎は先ほどの事を赤裸々に話した。

「か、か、か、河原で・・・・・・ドラえもんのチャラ男に遭ったんだ―――!!」

「あらそうですか、それは良かったですね」

「あ?」

 鼻につくような茜の発言に耳を疑った。駱太郎は自分に関係の無い話をさらっと流そうする彼女の態度に露骨に立腹する。

「ちっともよかねーよ!!なんでそんな他人事みたいにさらって受け流そうとしやがるアバズレ!?」

「ですが実際他人事ですよね」

「つーかなんだよ、ドラえもんのチャラ男って。ドラえもんはうちの魔猫だけでたくさんだ」

 珍しく書類に目を通し、印鑑を押すという単純作業をしていた昇流がそう言うと、誰もが苦笑いを浮かべた。

 直後、オフィスの扉が開かれ魔猫こと―――サムライ・ドラが段ボールを抱え現れる。

「よう、みんな。集まってるね」

「ドラ!!」

 ドラがオフィスに入ってくるや、駱太郎は彼に詰め寄り目と鼻の先がつくほどに顔を近づけた。

「聞いて驚くなよ!!!」

「え、何が?」

「俺さっきまでロードワークしてたんだがよ、帰り道に河原で何を見たと思う?」

 瞳と瞳の距離がバカに近い。ドラは目を閉じ頭の中で考えると、駱太郎の目を見つめながら乾いた声で、

「オカマのお坊さん・・・?」

 聞いた途端、駱太郎の全身から力が抜け、その場に倒れ込み―――瞬時に立ち上がる。

「違う違う違う!!そうじゃなくてだな・・・・・・!」

「兄貴、そんなバカの話真に受けなくていいですよ。どうせ時間の無駄ですから」

「どうせ時間の無駄だぁ!?おい幸吉郎、おめぇちょっと言い過ぎだぞ!!つーかどうせって何だよ、どうせって・・・俺のしてることがそんな決まり切ってて退屈なものかよ!?」

「ところでその箱は一体?」

 幸吉郎と口喧嘩を始めた駱太郎を横目に、茜はドラが抱えた段ボールについて尋ねる。

「みんなに配ろうと思っていた物があるんだ」

 言うと、表情を綻ばせ―――ドラは持っていた段ボールを机に置いた。

「俺たちに?」

「何じゃ食べ物か?」

 作業を中断し、オフィスにいる全員がドラの下へと集まった。

「仮にもオイラたちは特殊部隊だ。SAT(特殊急襲部隊)やSIT(特殊犯捜査係)、名のある機動部隊はオリジナルの代紋(エンブレム)を作ってるだろう?申請して一年、特殊先行部隊(ウチ)もやっと予算が下りてさ・・・・・・」

 そう言いながらドラが箱から取り出したもの―――チームを結成しておよそ1年に当たるこの日を祝う様に作られた、特殊先行部隊“鋼鉄の絆(アイアンハーツ)”の信条を模ったオリジナルの代紋と帽子だった。

「「「「「「おぉ!!」」」」」」

 全員はこの上もない興奮を覚える。「スゲェ!!帽子まである!!」と言いながら、駱太郎は早速日本語で鋼鉄の絆、英語でISと書かれた帽子を被った。

「この盾に描かれた絵柄は何を意味している?」

 

【挿絵表示】

 

 盾形の代紋を手に取ると、昇流は四つに区分された領域に描かれた動物について、その意味をドラに尋ねる。盾の中にはそれぞれ―――アリ、オオカミ、カエル、ゾウが描かれている。

鋼鉄の絆(アイアンハーツ)の信条、みたいなものを散りばめたんです。それぞれの象徴が意味するもの・・・アリは“努力を伴う成功”をもたらし、カエルのように“健康”をモットーに、ときとしてオオカミの如く“わがまま”であり、それらを以てして “人生のセルフコントロール”をするゾウであり続ける。そういう意味を込めて」

「なかなかに意味深いものじゃのう」

「でもとっても素敵ですよね!!」

「何か子供みたいな話だけどよ・・・こーゆーの揃えるだけで・・・」

「結束力が高まった気がするな!」

 鋼鉄の絆という言葉の下にこの場に奇跡的に集まった者たちは、代紋という自己証明の手段を手に入れたことで更なる結束力を深めることができた。

 全員の心に“家族”、命という絆が再度芽生えると―――幸吉郎は口元を緩め、ドラを見ながらつぶやく。

「とにかく大事なのは、俺たちが結束するという事ですね」

「ああ。これからもオイラたちは家族のように固く原始的な縁で結ばれていれば、何があっても恐れる事はない・・・!!」

 ドラは盾の形をした代紋をメンバー全員に見せつけ、「この鋼鉄の絆(アイアンハーツ)代紋(エンブレム)の下にね・・・・・・・・・!!」とつぶやく。

 綺麗ごとが嫌いなドラにしては臭い台詞だとも思った。だが、彼が自分たちを本当の家族の様に思っている事は嘘でないと確信していた。幸吉郎たちは気持ちをひとつに、彼との家族であり続けることを固く誓った。

「ドラ・・・」

 そのとき、昇流が若干涙目を浮かべ焦燥を露わにした表情でドラに泣きついた。

「俺も家族の一員だよなぁ~~~!?」

「な、何ちょっと泣いてるんですか!?」

「なぁどうなんだよ!?」

「止めて下さい、あんたに泣きつかれると調子が狂うんですよ!!・・・・・・わかった、わかった、わかりました!長官もオイラたち家族の一員ですから、はいはい!!」

 これを聞いた安堵した昇流はドラから離れる。昇流から解放されると、ドラは気疲れし深い溜息を吐く。

(ったく・・・この人とも長い付き合いだけど、ときたま変な感情剥き出しするから困りもんだよ・・・)

 

 数時間後。ドラは駱太郎から例の話について、その詳細を聞かされる。

「”ドラえもんのチャラ男”だって!?」

「ああ。サングラスかけてさ、緑のアロハシャツなんか着てよ。でもって・・・よくわかんねぇけど、美少女アニメの抱き枕なんか抱いててさ・・・気味悪かったぜ!」

 ありのままに駱太郎は自分の目で見て聞いた話をした。途端、ドラは露骨に顔を歪め―――固く口を閉ざしてしまった。

「おい、どした?」

 突然何もしゃべらなくなったドラ。不審に思った駱太郎が顔を近づけ耳元で語りかけると、ドラは「R君・・・・・・」と低い声でつぶやき―――不意に立ち上がって駱太郎の胸ぐらを思い切り掴み壁に叩きつけた。

「いってー!な、何するんだよ!?」

 何の前触れもなく暴力を振るう彼に文句をつけようとすると、ドラは形相で睨み付け駱太郎の怒りを遮った。

「おどれが今日見たことはすべて忘れるんだ!!!」

「え!?な、なんでだよ・・・急にどうした!?」

「いいから言う通りにするんだ!!じゃないと、あとで大変な目に遭うんだ!!!」

「わ、わかった!わかった!!言う通りにしますから・・・・・・///」

 あまりの迫力に駱太郎も怖気づいた。臆病風に吹かれた駱太郎を解放し、ドラは一人窓の外を眺めながら憂慮する。

(昨日の悪寒は・・・・・・存外気のせいなんかじゃなかったんだ)

 

 その頃。龍樹と写ノ神、茜の三人は鋼鉄の絆(アイアンハーツ)結成から一年を記念し、今晩行われる焼き肉パーティーの買い出しのため、街へ出ていた。

「あら?」

 買い出しの帰りだった。茜は周囲の人々から畏怖の念を抱かれ、あからさまに避けられている神父服の集団に目をやった。

「こんなところに神父さんが立っているなんて珍しいですね」

 と言った直後、写ノ神は神父たちの視線が気にかかり―――さり気無く彼女を庇うように神父側の方に立つ。それを見た龍樹も反対側に立ち、茜を神父たちから遠ざける。

「二人ともどうかなさったんですか?」

「念の為だよ」

「儂らの考えすぎじゃといいのだが・・・」

「え?」

 終始怪訝そうな顔を浮かべる茜を余所に、写ノ神と龍樹は神父服の集団を成る丈避け、早々に帰路へと着く。

 

 

同時刻 小樽市内

 

 太陽が西に傾き始めた砌、駱太郎の足取りを追って市内を散策していた例のネコ型ロボットは「あのトリ頭め・・・一体どこに行きやがった・・・・・・」とつぶやきながら交差点に差し掛かる。

『いいえ。ここで終わらす訳にはいきません』

「あん?」

 不意にそんな声が聞こえてきた。振り返ると、ロボットはビルに設置されたテレビ画面に目を奪われる。

『これ、樹脂製のネジなんや。軽いんですわ~。これがあったら立て直せるんですよこれ!』

 テレビ画面に映し出されるのは、先月東京のスタジオでコントを披露したサムライドラーズの勇姿であり、ロボットはテレビの中で迫真の演技で会場を沸かす駱太郎の姿に目を奪われた。

「あいつ・・・・・・さっきの!!つーか・・・・・・」

 彼がテレビに出ている事態にも相当驚いた。だが何よりも、ロボットが驚いた事は別にあった。ロボットは演技をする駱太郎の真横に立つ、自分と瓜二つの容姿を持つネコ型ロボット―――サムライ・ドラの姿に驚愕する。

「なんであれと一緒に居やがるんだ・・・・・・///」

 と、そのとき。バイクのバックミラーに神父服の集団が映ったのを確認する。

「やっべ!」

 信号が変わったと同時に、ロボットはエンジンを全開にして慌てて逃げ出す。尾行中の神父服の集団もそれに気づき、停車していた白い外車へ乗り込み追跡を開始する。この光景を何も知らない市井の人々はただただ、怪訝そうに見つめていた。

 

 その日の夜。焼き肉パーティーに招待された昇流はドラの自宅へ向けて路地を歩いていた。

「お?」

 車一台通るのがやっとの狭い路地を歩いていると、近くに停車してあった白い外車と神父服の集団が目に留まる。

 怪しげな雰囲気を醸し出す神父服の集団に昇流は額に汗を浮かばせ、固唾を飲む。

 赤いメッシュを入れた神父―――イグネスが煙草を咥えると、かたわらに控えていた部下が火をつける。イグネスは目の前を通りかかった昇流を見ると、不敵な笑みを浮かべながら吸っていた煙草の煙を吹きかける。

 昇流は煙を吹きかけられた瞬間、気味が悪くなり早歩きでその場から立ち去った。

 

 

小樽市 サムライ・ドラ宅

 

 鋼鉄の絆(アイアンハーツ)の結成一周年を記念して開かれる焼き肉パーティー。ドラの家に螻蛄壌を除くメンバー全員が集まり、パーティーの準備に追われていた。

「へへへ。久しぶりの焼き肉、この日が来るのを昨日の夜から待ちわびていたぜ!!」

「遠足前日に夜も眠れない小学生みたいな奴だな」

「まあ、みんなで食べる分にはそんな高い肉なんて買えない訳だから。兎に角質より量で行こうじゃないの」

 

 ピンポーン!

 

「あっ。長官さんのご到着ですね」

 インターフォンが鳴った直後、玄関の扉が開かれ―――荷物を抱えた昇流が家の中に入って来た。

「よう貧乏人ども。上司である俺が特別サービスをしにきたぞー!」

 言いながら靴を脱ぎ、床に足を付けようとした直後―――何も言わず現れたドラが「はーい、ちょっと失礼しまーす」と言って、昇流の足にスプレーを吹きかける。

 床に足を付ける前にスプレーを吹きかけられると、昇流は途端に無表情となった。

 ドラは彼の足と彼の足が乗る場所に万遍なくスプレーを吹きかけてから「どうぞ」と言い、客人であり上司である彼の入室を許可した。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ものすげぇ感じ悪いな」

「ん?」

「ものすげぇ感じ悪いよ」

「何がです?」

「俺の足ってそんな臭ぇかな?」

「臭いのは我慢しますよ。ただ足の裏に溜まった雑菌でカーペットとか汚れるのは勘弁ならないんで」

「ちょいちょい来てるぞ、なぁ!?何で今日に限って除菌してんだよ!?」

「何て言いますか・・・・・・要するにあれですよ。なんつったかな・・・・・・き、き」

「気まぐれ」

「そう、それ!気まぐれ!でははははははは!!!」

「何がおもしれぇんだよ!?何だその態度は、ああ!?俺の足に吹きかけることじゃないよな!!大体カーペットが汚れるんなら、俺が帰ってからそれに吹きかけろ!」

 聞いた瞬間、ドラはわざとらしく手を叩きあっけらかんとした態度で、

「あ!盲点でしたねー!」

「盲点じゃねぇよ!!ったく・・・・・・」

 パーティーをする前から非常に不快な気分にさせられた昇流は、ドラへの不満をあからさまに示すように脱いだ靴を子どもの様に散らかした。

 その態度を見たドラは、悪意のある笑みを浮かべながら手に持っていたスプレーを一瞥し、あっという声を漏らした。

「すいません長官、これよく見たら殺虫剤でした!」

「殺虫剤だったのかよ!?ふざけんなバカ野郎!!」

 不毛な揚げ足取りの末、二人はリビングで着々とパーティーの準備を進める幸吉郎たちの下へと向かう。

「いらっしゃいませ、長官さん」

「おや長官、その手のものは?」

 目ざとい龍樹は昇流が大事そうに抱える包みに気付いた。

「ふふふ。庶民のお前らには二度と食えないようなA5ランクの肉を持ってきてやったんだ!」

 腰を下ろすと、昇流は二重に包まれた包みを丁寧に開ける。

 この場に居合わせた全員は包みの中に目を向け、中に隠れていた圧倒的な存在に目を奪われ言葉を失った。いかにも高級そうな牛のヒレ肉が鎮座しており、色合い、艶、そのどれもが最高の鮮度を保っていた。

「すっげ―――!!」

「うまそうな肉っすね!!」

「シャトーブリアンっつてな、A5クラスの肉でもトップクラスだ!」

「シャトーブリアン!?さすが通っすね、長官!!」

「何だよ単細胞、知ってんのか?」

 肉の名を聞いた途端声を上げる駱太郎を見て写ノ神が尋ねると、嬉々とした表情を浮かべ、駱太郎はイメージを膨らませながら答える。

「シャトーブリアンつったら、ヒレ肉の最高の部分のことだ。名前の由来はフランスの作家・政治家であるフランソワ=ルネ・ド・シャトーブリアンから!ちなみにA5ランク大田原牛のシャトーブリアンなら100グラムで最低5万円はするんだ!」

「何でお前、そんな事に詳しいんだ?」

 常にバカのレッテルを張られる駱太郎が周りが知らないような薀蓄を傾けるので、幸吉郎は強く疑問に思った。

「いや~、グルメ雑誌見てるうちに自然とな。こんなもの一度でいいから食いてぇよ~、なんて思ってたら知識だけがどんどん増えていったっていう悲しい性っつーかな・・・・・・」

「意外ですね。駱太郎さんって、ただ団子を貪るだけの人じゃなかったんですね」

「こんな話聞いたら余計に腹が減って来たぜ、早く食おう!!」

「んじゃ鋼鉄の絆(アイアンハーツ)結成一周年を記念して、ここに焼き肉パーティーの開催を宣言しまーす!!では、みなさん両手を拝借!!」

 ドラの掛け声と同時に皆が手を合わせる。誰もが律儀に手を合わせるのを見計らい、ドラは破顔一笑、挨拶をする。

「いただきます!」

「「「「「「「いただきます!!」」」」」」」

 高級な肉も届けられたことで、焼き肉パーティーは熾烈を極めた争いとなったことは言うでもない。だがそれをわざわざ話すのも語るに落ちるので省略させてもらおう。

 

「そういやここ来る途中、変な連中見かけたぞ」

 パーティーがお開きになった頃、昇流がつぶやいた一言に全員が耳を傾ける。

「変な連中・・・と言いますと?」

「いや真っ黒な神父服で全身覆ってよ・・・雰囲気が妙なんだよ。なんつーか、ちょっとヤバい感じだった」

「神父服の集団?それなら俺たちも夕方見ましたね、龍樹さん」

「ああ。ひょっとしたら長官が見たのと同じかもしれんのう」

「それいうなら俺だって今日、河原でドラえもんのチャラ男に遭ったぞ!!」

「その話はもう忘れろって、オイラ言ったよねR君!!」

「何かあったのか?」

「さぁ・・・・・・」

 

 深夜。焼き肉パーティーで盛り上がったドラたちはそのまま茶の間で爆睡を決め込んだ。そんな彼らが寝泊まりする家の中に侵入してくる物影。

 庭に入り込むのに成功すると、ガラス切りを使って窓の一部を切断し、戸の鍵を開ける。

 カチャ・・・

「へへへ・・・・・・」

 鍵を開けると、物音を一切立てることなく物陰は建物の中へと侵入する。そしてとりあえず台所へと向かい、冷蔵庫の中を物色する。

「えーっと・・・・・・お。あったあった、島ぐに牛乳!俺好きなんだよこれ」

 言うと、ドラの家の冷蔵庫から牛乳を取出しラッパ飲みをする。牛乳の味をしっかりと味わってから、物影は適当に食料を漁り出す。

 パチン!

「げっ!!」

 いきなり電気が点いた。物影こと、ドラえもんのチャラ男という奇妙な言われ方をされるネコ型ロボットは、恐る恐る振り返る。

 そして彼は絶句する。悪魔や鬼神以上に凶悪な形相を浮かべ睨み付ける魔猫が目の前に立っていることに―――

「嫌な予感がして起きてみてよかった・・・・・・ひとんちの冷蔵庫を物色しているところすみませんがねぇ~~~・・・・・・死んでもらいましょうか?」

「ま、待ってくれ!!これは誤解だ、話せば分かる!!頼むから俺の話を最後まで聞いて・・・!!」

「聞かねぇよ、バカタレがぁ!!!」

「にゃあああああああああああああああああああああ~~~~~~~~~~~!!!」

 ネコらしい悲鳴が家中に響き渡る。その声で目が覚めた幸吉郎たちは目を擦りながら起き上がり、声が聞こえた台所へと向かう。

「あにき・・・何を騒いで・・・・・・・・・って!!なんだ一体!?」

「あああああああああ!!!おめぇは!!!」

 駱太郎は再び目撃する。ドラと瓜二つの顔を持ち、アロハシャツに短パン、ネックレスとサングラスという出で立ちの奇妙なネコ型ロボットを―――

「よ、よお・・・・・・///また会ったな///」

 一瞬にして見も心もズタズタに引き裂かれ、満身創痍と化したロボットは探していた人物を見つけると、安堵にも似た笑みを浮かべる。

「昼間の・・・ドラえもんのチャラ男か!!」

「え―――っ!!!マジでいたのか!?」

「ドラさんとそっくりですね・・・!」

「どこが!?全然違うよね、茜ちゃん!?」

「いや少なくとも、体の構造は同じだよな・・・」

「てめぇ何もんだ!?うちは自慢じゃねぇが貧乏だぞ!入る家間違えたんじゃねぇのか!?」

 窃盗と誤解した幸吉郎は刀を抜くと、たださえ疲弊した状態のロボットに凶刃を突き立て威嚇する。

「おいおい、そんなもんを向けんじゃねぇって!別に俺は物取りじゃねぇよ、なぁそうだろ兄貴!」

「気安くその名で呼ぶんじゃないよ!」

 ゴン!

「いってー!」

 リアルに硬い拳骨をお見舞いされロボットは額を押え、涙目を浮かべる。

「ちょ、ちょっと待ってくれよ・・・今、兄貴(・・)って言ったか!?」

「ドラ。そいつの事知ってんなら教えてくんねぇ?!」

 ロボットがドラを指して「兄」と言ったこと。やけに親しげな雰囲気を醸し出す正体不明のネコ型ロボットに全員が困惑する。

 皆が疑問に思う中、ドラはとうとう観念し―――溜息を吐いて答える。

「みんなには黙ってたんだけど・・・・・・こいつはオイラの義理の弟なんだ」

「ぎ・・・・・・!!」

「ぎ・・・!?」

「義理の・・・・・・!!」

「弟だぁあああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!」

 悲鳴にも似た昇流の声が家の壁を突き破って、外にまで木霊する。驚愕の事実を聞かされ絶句する一同を余所に、ドラの義弟は冷蔵庫からちゃっかり失敬したソーセージをかじり、破顔一笑した。

「へへへ。よろしく頼むぜよ!」

 

 その頃、小樽市内近辺でドラの義理の弟の足跡を辿っていた謎の神父服の一団もまた、辺りをくまなく探している。

「この辺りで間違いないはずですが・・・・・・」

「草の根分けてでも探し出せ。あんな下等種如きに、我らの悲願を潰される訳にはゆかん・・・・・・散れ!」

「「「はっ」」」

 イグネスの指示を受け、部下の神父たちは一斉に散開する。深い溜息をつくと、彼は気分転換のために煙草に火をつけ、月に向かって煙を吐く。

「ふう~・・・・・・それにしても、奴はどこであの情報を嗅ぎつけたというのだ」

 

 さて、突然現れたドラの義理の弟となるネコ型ロボットはというと―――

「自己紹介まだだったな!俺の名は、隠弩羅(おんどら)。隠密機動の隠に、超弩級の弩、羅針盤の羅で隠弩羅!・・・お!茶柱立ってるラッキー!!」

 ドラとはまるで真逆の性格だった。あまりに極楽蜻蛉な態度に、見ている側は拍子抜けとなり、幸吉郎に至っては露骨に機嫌を損ねた。

「おいてめぇ!ふざけてんじゃねぇぞ!!」

「この魔猫に義理の弟がいるなんて、俺は一言も聞いてねぇぞ!!」

 幸吉郎に便乗して昇流もまた隠弩羅を怒鳴りつける。隠弩羅の隣に座っていたドラは疲れ切った様に嘆息を突く。

「言える訳ないじゃないですか。魔猫にこんなチャラチャラした身内がいただなんて、死んでも!このプライドの高いオイラが!」

「そもそも義理の弟と言うのは本当なんですか?」

「ああ。俺と兄貴は正真正銘の義兄弟だ。そもそも、俺と兄貴が出会ったのは3年前の事だ」

 

 

3年前、5535年のある日―――

 

「あっ・・・?なんだこれ・・・」

 ある日、郵便受けに入っていたのはネコの折り紙。茶色の和紙で折られたそれをよく見てみるとオイラ宛にメッセージが書かれていた。

 

『今晩8時、小樽埠頭にて待つ。あんたの義理の弟より』

 

「義理の・・・弟?なんのこっちゃ」

 まったく以って荒唐無稽、支離滅裂とした内容だった。オイラはひとり身だ、義理の弟などいるはずもない。

 性質の悪いイタズラだと思った。だが不思議と惹かれる内容でもあった。もし、ほんとにオイラの義理の弟なる訳のわからん奴が居るのだとしたら、そいつがどんな姿をしているのか確かめてみたい。

 万が一にもオイラよりもカッコよく、スマートな体をしていたのならば・・・・・・容赦なく解体(バラ)してやろう。

「騙されたつもりでいってみるか・・・・・・」

 期待は30パーセント未満。残りの70パーセントは後悔。気は進まなかったが、言われた通り埠頭を目指す。

 

 

午後8時 小樽埠頭

 

 約束の時間がやってきた。しかしどういう訳か、義理の弟なる者が現れる気配はない。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 聞こえるのは、潮騒と微かな車のエンジン音。それに船の霧笛ぐらい。

「・・・誰もいないじゃんか?」

 やっぱり性質の悪いイタズラだったのだろうか。そう思って、踵を返そうとした・・・・・・次の瞬間。

 カッ!

「!!何だ!?」

 突然、まばゆい照明の光がオイラの顔に当てられた。

 ガカカカカッ

 その後も立て続けに照明が焚かれ、気が付けばオイラは何者かにより包囲された容疑者のようになっていた。

 まさかこれが、義理の弟なるものの仕業か・・・・・・そう思った矢先。

『来客者一名!!そこへなおれ!!」

「うるさっ!!何だよこの音!?」

 拡声器越しに聞こえてきた甲高い声。声のトーンやリズムなどから判断するに、明らかにチャラ男だ。チャラ男は世界一ウザい生き物だ。まさかそんな奴がオイラの義理の弟なのか?

『頭が高い、頭が高い!!即ち・・・』

 変な歌が聞こえてきた。光の彼方より現れたチャラ男の姿に、オイラは目を疑った。

 焦げた茶色を基調とするオイラの容姿とさほど変わらないアロハシャツと短パン一枚で、金色のアクセサリーをぶら下げ、尚且つチャラ男らしくグラサンを掛けているネコ型ロボット。

 一目見て、これがオイラの義理の弟だと確信させる根拠となった。

『頭が、SO High―――――――――!!!』

 

【挿絵表示】

 

バカにハイテンションだった。正直言って、退いた。ガチで退いた。

 見た目もさることながらのチャラ男だ。ていうかこのネタ・・・・・・以前にどこかで見たことがある。

『アイアムナンバーワンオンミョウハカセェー!!隠弩羅、Ondora!S・I・K・U・Y・O・R・O、シクヨロでェ――――――ス!!プリキュアァ――――――Love it!!!』

「・・・・・・」

 頭が真っ白になった。どうリアクションを取れと、こいつはオイラに要求しているのだろうか・・・・・・

「とーう!」

 擬態語を口にすると、隠弩羅と名乗ったバカ猫はオイラの元へと飛んできた。無駄に三回転半ジャンプを決め込んで・・・・・・。

「ッてなワケで!噂に聞く俺の生き別れの義理の兄貴、サムライ・ドラよ!さっきのウェルカムショウは心から楽しんでくれちゃったかNa!?改めまして俺が!陰陽博士で義理の弟の隠弩羅!」

 そのバカ猫・・・隠弩羅は眉間に皺を寄せているオイラに挨拶をする。オイラ的には正直言って、このノリにはついていけない。ついて行きたくない。

 にもかかわらずこいつは・・・・・・

「シクヨロでェ―――ス!!」

 チャラ男特有のウザい挨拶をかましてくる・・・・・・もう我慢の限界だ。

「ふん」

 ゴン!

「あべぶ!!」

 遠慮なく殴りつけてやった。

 第一印象最悪。性格最悪。義理の弟を好きになれるかと聞かれれば、間違いなくこう返してやる。

 一瞬で大嫌いになったよ!

 

 

「ってなことがあってよ・・・・・・あんときはマジで痛かったんだぜ!」

「溢れる怒りの衝動が抑えきれなかったんだ・・・・・・こんな風にな!!!」

 言って、ドラはその時の気持ちを再現するかの如く―――隠弩羅の顔面にめり込むようにパンチを食らわした。

「みゃぁ~~~!!!いってー!!や、やめろ!!止めてくれ―――!!!」

ドラの怒りの矛先として理不尽な暴力を受けまくる隠弩羅は、彼から逃げ回る。そんな義弟を決して逃がさない義兄。

 幸吉郎たちは二人のやり取りを呆然と見つめることしかできなかった。

「ドラさんの義理の弟・・・ですか・・・」

「なんつーか・・・・・・ひっでーギャップだ」

「ああ、俺はまた悪い夢を見ているのかな///」

 

 

 前代未聞、魔猫の弟・隠弩羅が引き起こす理不尽なトラブルとは―――!?

 

 

 

 

 

 

参照・参考文献

原作:小森陽一 作画:藤堂裕『S -最後の警官- 2巻』 (小学館・2010)

 

 

 

ドラさん語録~サムライ・ドラが残した語録集~

 

その22:オイラたちは家族のように固く原始的な縁で結ばれていれば、何があっても恐れる事はない ・・・!!

 

一重にドラが重んじる家族。それを基本単位とした原初の繋がり・・・それが家族の絆。でも、ドラは絆と言う言葉は使わず縁と言う風に言っている。要する彼が照れ屋だと言う事の証拠だろう。(第19話)




次回予告

隠「よう、おめぇら!サムライ・ドラの義弟で隠弩羅!名前覚えてくれたか、一回しか言わねェぞ!!」
ド「予告に口出しすんじゃないよ!!尺考えて貰えないと・・・えーと、とりあえず次回は何か大変なことになります、はい」
幸「ざっくりし過ぎますよ兄貴!!つーかそこの義理の弟!!てめぇ何気安く兄貴と口にしてんだよ!!」
隠「次回、『這い寄る脅威』。そうだ、この機会に連中には俺っちのことをもっと分かってもらわねェとな!よーし、みんな今から飲みに行くぞ!!」

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