サムライ・ドラ   作:重要大事

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ド「門戸を閉ざした謎の主権国家、碧陽帝国から漏れ出た災厄の名はオーロラ粒子。そのオーロラ粒子が実験中の事故で島の外へと漏れ、異民と呼ばれるイレギュラーな存在を生み出した」
「オーロラ粒子が漏れ出たことの責任を取るため、わざわざ足を運んだキャットウーマン、もといエルミ・リグザリオ。驚いたことにタイプはオイラみたいなドラ猫らしいけど・・・・・・それって単にドラえもんが好きってことだろうが、なめんじゃねぇぞ!!」


ある男の存在価値(レーゾンデートル)

異質世界 某所

 

 異民、物袋拓真によって生み出されたブラックホールに飲み込まれた鋼鉄の絆(アイアンハーツ)と杯昇流、エルミ・リグザリオの八人。

 吸い込まれた瞬間、彼らの意識は一時的に飛んでしまっていたが、やがてドラを切っ掛けに全員が目を覚ます。

「ここは・・・」

「どうやら我々は、異質世界に迷い込んでしまったようですね」

 周りを見渡すと―――現実世界とほとんど大差がない現代風の街並みが広がっている。厳密に言えば、ここは現実世界から消失した東京の街並みそのものだった。ドラたちは正に消えた東京の街中に放り出されていた。

 街の周囲に気を配らせるが、人や動物の気配はおろか、車の走る音すら聞こえない―――ゴーストタウンの如く不気味な静謐を醸し出している。思わず息を飲むと、昇流はエルミに尋ねる。

「なぁ、これって帰る方法とはある訳?」

「この世界のどこかにある核を見つけだし、それを破壊できれば・・・・・・」

「じゃあ、あんたが持ってきたミサイルをぶち込めば万事解決ってことだな!」

「しかし具体的にどこを探せばよい。第一ここが本当にあの男が作り出した世界か?」

「思ったよりも普通ですね」

「異質世界っつっても、存外常軌を逸してないもんだな」

「あ~あ。外は現実味から離れたことばかり起きているのに・・・・・・こっちの方が現実溢れる無味乾燥とした場所だよ」

 秘かに異質世界における常軌を逸した世界観を期待していたドラだったが、思いのほか現実と全くと言っていいほど大差ない光景に酷く落胆した。

 

 やがて気持ちを切り替え、現実世界に戻るべく―――異質世界のどこかにあるとされる核を探し出すため移動を開始した。

 人の気配は感じられないが、決して気を抜くことはできない。自分たちが感じ取れない気配の正体こそ、異民や半異民(デミ・イレギュラー)に違いなかった。警戒心を常に持ち続け、東京の街中を徒歩で移動し続ける。

 だが不思議な事に、ドラたちが警戒する様な敵は姿を見せないばかりがそうした雰囲気すら醸し出す事は無く1時間が経過した。

「・・・・・・何も出て来ませんね」

「油断するでない。これも敵の策略じゃ」

「本当にそうかな・・・・・・」

 引き続き気を緩めず都内の散策を続けた。だが、それでも敵は姿を見せる事も無ければ奇襲をかけてくる事も無かった。

 2時間が過ぎ、3時間が過ぎても状況に著しい変化はなくドラたちも拍子抜けを食らった。

 そして、探索を始めること4時間―――とうとうドラはあまりの手持無沙汰に欠伸をかき、探索活動も一旦保留にし、休憩を挟むことにした。

「ふぁ~~~・・・なんだこの穏やかさは」

「仮にもブラックホールに吸い込まれたハズなのによ・・・・・・暇過ぎねぇ?」

「あの男のやりたいことがさっぱりわからん」

「つかみどころのない人間とはよく言った物だ」

「どうしますか、エルミさん」

「そうですね・・・・・・」

 流石のエルミもとんだ計算違いだった。異民と化した物袋拓真は凶暴性が強く、自分たちの消去を第一に優先するとばかり思っていた。

 しかし状況はむしろ逆で、拓真はドラたちを吸いこんで以来何時間もほったらかしにして何も手出ししようとしないのだ。最悪と思われるケースを幾重にも頭の中でシミュレーションし、その対処法を練っていたエルミもこのような事態に出くわすとは夢にも思っていなかった。

 敵と言う敵も現れず、比較的安穏とした時間が流れる中―――昇流は嘆息を突くと、拳銃をホルスターへ戻し、代わりに懐から携帯用ゲーム機を取り出した。

「長官、PSP持ってたんですか?」

「こんな時にゲームするなんて頭おかしいでしょう!?」

「けどよ。敵もいねぇし他にすることねぇんだぜ、ハッキリ言って」

「することなら他にあるじゃねぇか」

「何時間も歩きっぱなしで足が棒なんだよ、休ませてくれ!」

 言って、昇流は消閑のために用意した携帯ゲーム機で遊び始め、しばらくの間周りとのコミュニケーションを遮断しゲームに没頭する。

「ったくよ、無神経にも程があるわ。そうでしょう兄貴・・・」

 と、ドラに同意を求めようとした瞬間―――幸吉郎は信じがたい光景を目撃し唖然とする。昇流がゲームで時間を潰そうとするように、ドラもまた漫画雑誌を読みふけりながら嗜好品のチョコを齧っていた。

 

【挿絵表示】

 

「ちょっと―――!!!兄貴も何やってんですか!?」

 声が裏返るほど、幸吉郎が受けた衝撃は大きかった。ドラはページをめくり、チョコを一齧りすると―――気だるい声でつぶやいた。

「長官の肩を持つつもりはないけどさ・・・実際暇なんだわ。ゴルゴと釣りバカぐらい読ませてくれよ」

「イヤイヤイヤイヤ!!!杯さんといい、ドラさんと言い冗談がキツイですよ!いつ敵が攻めてくるのか分らないんですから!?どうして二人揃って緊張感の欠片もない態度ができるんですか?!」

 エルミは生まれてこの方、こんなにも図太いのか無神経なのか定かではないが―――状況を鑑みることなく自分のペースを貫こうとする存在を見たことがなかった。

 狼狽する彼女は緊張感は無いのか、とドラに問いただしたところ―――彼は漫画雑誌を読みふけるかたわら彼女の問いに答える。

「緊張感は持ってるよ。それをあからさまなに示さないのがプロってもんだよ、キャットウーマン」

「そうそう。いざって時に切り替えられればいいじゃねぇか・・・・・・おっしゃー!最強クラスを倒したぜ!!」

 言葉すら出ない状況。完全に自分のペースを崩されたエルミは独立独歩、唯我独尊の境地に達していたドラと昇流を白目で見つめる。

 こうしたドラと昇流の態度に当初は困惑していた幸吉郎たちも、徐々に考えを改め、それぞれが自由意思に基づく行動を取り始める。

「しょうがねぇ。俺も暇つぶしに今日の夕飯でも探して来るわ」

「その辺にスーパーがあったはずだ。適当に強奪してこようぜ」

 写ノ神と駱太郎は食材調達のため、一旦その場を離れ右方向へ歩き出す。

「では私と龍樹さんで今晩の宿を探してきます」

「幸吉郎はどうする?」

「そうっすね・・・・・・俺は使えそうな銃器とかを調達して来ます」

 と言って、幸吉郎は異民の襲撃に備えて武器の調達へ向かい―――龍樹と茜の二人で宿探しへと出発した。

「え?えっと・・・ちょ・・・みなさん勝手なことはあまりよろしくないかと!?あの!!」

 一癖も二癖もあり、その上非常に我の強い面子が動き出した事で、エルミは益々慌てふためきあからさまに動揺を表現する。

「お前も少し休憩した方がいいよ」

「気負ってばかりじゃ身がもたねぇからな」

 不安に駆られるばかりのエルミを見かね、漫画とゲームの方を注視しながらドラと昇流は彼女の事をそれとなく気遣った。

 しかし、こんな風に二人に気遣われれば気遣われるほど、エルミの中の不安は助長し愚痴をこぼすに至ってしまう。

「もう~~~なんでここの人たちは勝手な人たちばかりなのかな!?ある意味杉崎ファミリーに加えてあげたいくらい!!」

「どうでもいいけどさ、影で画が見えないからそこどいて」

「くうう~~~~~~」

 集団としてもさること、個別での自己主張もかなり強い鋼鉄の絆(アイアンハーツ)という存在に、エルミは終始振り回され続けるのだった。

 

「「「「「「「ごちそうさまでしたー!」」」」」」」

 ブラックホールに吸い込まれておよそ7時間49分―――結局、敵の出現なく夜を迎えた。ドラたちは駱太郎たちが調達してきた食料と、龍樹たちが見つけた宿を利用し夕餉を済ませた。

 後片付けをしていると、満たされた腹をさすり爪楊枝で食べカスをほじくっていた駱太郎が嘆息を突き、物足りなさそうに言う。

「呆気ねぇな・・・まるで肩すかし食らった気分だぜ」

「物袋さんは何がしたくて私たちをこの世界に引きずり込んだのか皆目見当つきませんね」

「でも面白い経験が出来たぜ!一度やって見たかったんだ・・・金を気にすることなくスーパーの食材コーナーにある物を好きなだけカートに詰めてさ!!」

「でも不思議じゃない。奴がまるごと東京を吸いこんだとしたら、ここがそうだってことだよ。一緒に巻き込まれた人間はどこに行ったの?」

「まさかもう物袋に?」

 ドラが何の気なしに言った一言を聞き、エルミが危惧の念を抱いた―――直後。

 ゴロゴロゴロゴロ・・・

 建物の外から雷の音が鳴り響く。

 ゴローン!ゴローン!

 次第に強さを増し、ピカっと光った雷がガラスに反射したドラたちの変顔を映し出す。

 おもむろに外へ飛び出し、厚い雲に覆われた空を眺めていると―――空から雨のようなものが無数に降ってくる。

「この世界にも雨って降るんだな・・・・・・」

「おい待てよ。これ雨じゃねぇぞ」

 雨粒が当たったと思った矢先、写ノ神は違和感を覚える。額に当たったものを拾い上げると、それは雨粒なのではなく現実世界で出回っている一円玉硬貨だった。

「え・・・・・・」

 呆けた声を漏らした直後、一気に大量の一円玉が集中豪雨の如く、天上より降り注ぎドラたちの体に直撃した。

「「「いてててててててて!!!!」」」

 雨粒よりも幅広く、状態も変化しない一円玉硬貨が一秒間に何千、何万と言う数で降ってくる。一枚一枚は軽いが、それが大量の束となってドカ降りすればドラたちも痛覚を覚える。

「あたたたたた!!!じ、じじじ地味に痛い、地味に痛い!!!」

「早く建物の中に入るんだ!」

 夕餉を済ます為に使っていた建物の中へと入り、彼らは何とかして猛烈な一円の雨から避難する。

「ててて・・・何で一円が雨みたいに降ってきやがる?!」

「どうせなら百円が降ってきてほしいんだけど」

「いやそう言う問題じゃないと思いますけど?!」

 一円硬貨よりは百円硬貨を期待するドラの突飛な物言いに、エルミが鋭いツッコミを入れると―――硬貨の雨を皮切りに、異変は立て続けに起こった。

 ドドドドドドドドドド・・・・・・

「あん?」

 硬貨が降り注ぐ音とは異なる物音がしたと思えば、建物全体が揺れ動いていることに気付いた。恐る恐る建物の外へ顔を出すと、その揺れの正体が何なのかを即座に理解することができた。

 地平線の彼方から急激に押し寄せてくる津波―――それは海水で構成された通常の津波ではなく、一枚一枚が千円札で構成された紙幣の津波だった。

「ぎょええええええええええええ―――!!!」

 奇奇怪怪な現象を目撃した瞬間、昇流は悲鳴を上げ目玉を飛び出した。

 紙幣の津波は本物の津波さながらに周囲の建物から車、あらゆる障害物をどっと飲み込み―――崩し溶かしていく。

 高さ100センチ近い紙幣の津波は勢いを増し、やがてドラたちの宿を飲み込もうと直進を続ける。

「全員退避―――!!!」

 ドラの掛け声とともに一斉に建物から離れる。彼らが一時的に使っていた宿を飲み込んだ紙幣の津波は、猛烈な速度でドラたちの方へと向かって流れてくる。

「チクショー!!金の津波か!!」

「どうせなら諭吉の方が良かったのにな~」

「だからそう言う問題じゃないでしょう!!」

 この期に及んで先ほど同様、値が釣り上がって欲しいという無茶な願いを口にするドラの神経がエルミには全く以て理解し難い物だった。

「でもわかる気がするぞ!これだけありゃもう金に困る事もねぇし、一生遊んで暮らせるかもな!」

「バカなこと言わないでください!!ここは現世法則とは異なる世界・・・持って帰っても使えないんですよ!!」

「あ~あ。節操のない話!」

「どっちかですか!?」

 異常者の様で平常、平常者の様で異常というどっちつかずのスタンスを保ち続けるドラたちを諌めながら、エルミは迫りくるイレギュラーに対処しようとバックから武器を取り出す。

「ここでようやくこれが役に立つ!」

 バックから取り出されるアンチオーロラ粒子を含んだミサイルの弾頭。それをロケット砲に装填し、本物の津波と同じ速度で押し寄せ影を覆い尽くす無数の千円札の束に狙いを定め―――放つ。

 

 ドカーン!!

 

 ミサイルが爆発した瞬間、オーロラ粒子と対をなす灰色のアンチオーロラ粒子が溢れ出る。粒子が紙幣の津波に触れると、津波の体を為していた千円札は消滅する。代わりに、千円札の姿に変えられていた人々が気を失った状態で横たわる。

「なんだ。こいつら取り込まれた街の人たちか!?」

「人を金に変えるとは・・・ある意味恐ろしいのう」

「あ!また何か来ました!」

 そう言った茜が指さす方角から、先ほどの津波と類似した異形種が接近してきた。物影は西洋で悪魔や魔物のレッテルを張られた怪物だが、その実体は二千札と五千札―――そして一万札で形作られた半異民(デミ・イレギュラー)だった。

 ドラたちは怪物の姿を保ち、それでいて人間の欲望を駆り立てる紙切れからできた半異民(デミ・イレギュラー)を見つめ呆然と立ち尽くす。

「あれもみんな金に変えられた人間なのか?」

「二千札に変えられるってのは正直どういう気分なんだろう・・・」

 そんな事を考えていると、需要が極端に少ない二千円札で模られた冥界の猟犬・ガルムを皮切りに、五千円札の巨人・ビックフット、一万札の幻獣・ヒポグリフが一遍に襲い掛かってきた。

「畜生祭典・妖の陣!」

 瞬時に自分の親指を噛んで血を出した茜は、畜生曼荼羅を足元に展開―――そうして呼び出したのは畜生世界の法の番人であり唯一人間の言葉を喋れる存在、烏天狗。それは一体ではなく複数体であり数十匹の烏天狗のうち、烏天狗警備隊という組織の長を務める若くて礼儀正しい存在が茜に尋ねる。

「お呼びしましたか、茜様」

「ヤクモさん。烏天狗警備隊に出動命令です!!」

「了解しました!皆の者、茜様とそのお仲間の命―――我が身を賭してでも守るんだ!!」

「「「おお!!」」」

 命を受けたヤクモを筆頭とする烏天狗警備隊は金の亡者である怪物たちの脅威を退けようと交戦を開始する。厳しい修行で身に付けた自慢の機動力と妖術、刺又を武器として烏天狗たちは怪物たちの動きを封じ込める。

「さぁ、今のうちに!」

「ありがとう、烏天狗警備隊!」

「アバズレにこき使われねぇーよに気をつけろよー・・・「ふん!」

「ぐっほ!」

 余計なひと言だった。駱太郎が最後に言い放った言葉は当人の耳にしっかりと聞こえており、茜は鋭いひじ打ちを腹部に刺し込み彼を気絶させる。そうして口から泡を吐いて意識を失った駱太郎の巨体を、彼女は軽々と担ぎ上げ軽快に走り出す。

 

 烏天狗警備隊の力で怪物との距離を大きくとったドラたちは市内を疾走する。

 と、そのとき―――前方を走っていると、不意に人の姿が目に留まる。

「何!?」

「余興の時間はもうおしまいだ。俺の気まぐれで生かされた8時間を十二分に堪能しただろう」

 残像か見間違いだと思いたかったが、その期待は容易に覆され現れたのはこの世界を作り出した張本人・物袋拓真。

 拓真は異質世界へと誘ったドラたちに8時間という執行猶予を与えた。そうして、その猶予の中で最後の一時を有意義に過ごさせ、刻限を過ぎたのを機に彼らを奈落の底へと付き落とそうと画策していた。

「ちっ・・・あれはそのための時間だったのか。束の間の安穏を味あわせて一気に絶望の淵に叩き落とす・・・相当病んでるね、お前の精神状態!」

「動かないで!」

 強い語気で言いながら、エルミはバックに手を突っ込み―――無表情の拓真を凝視しながらあるものを見せつける。

「これが何だかわかる?」

 勝機を抱く彼女が取り出したもの―――何の変哲もない一本の煙草で、拓真にとってはそれが意図する意味が解らない。

「タバコは吸わない方なんだが・・・」

「聞いて驚けよ、幽霊!!その煙草はエルミちゃんの自信作だ。オーロラ粒子の引き起こした異界侵食を現世法則に引き戻す。こちらには無害でも、完全異民化したお前には毒以外の何者でもない!!」

 昇流はエルミから秘かに渡されたメモを、熱を込めて読み上げ―――周りと拓真に簡潔に説明した。

「長官・・・そんなメモいつの間に用意してたんですか」

「今さっきエルミちゃんに渡されたんだよ!」

「火をつければ途端に煙が出る。そしてその煙が出た瞬間、あなたは真面じゃいられなくなる。どちらに分があるかはっきりしてるはずよ」

 これこそがエルミが切り札として残していた取って置き。直接パイプから煙を吸わずとも、煙突から吹き出る煙を吸っただけでも異民には絶大な効果を及ぼす。

 エルミは言った後の事をすぐさま頭の中でシミュレーションをする。話を聞いた拓真はどんな抵抗をしてくるのか、それをしてきた際に自分たちはどのように対処すればいいのか・・・・・・二重にも三重にも策を巡らせ煩雑化する脳内回路。

 だが驚くべきことに、彼女が想定していた最悪の事態はことごとくはずれ―――拓真は長い沈黙の後、妙な緊張感を抱くドラたちに口を開く。

「・・・・・・俺も男だ。無意味な抵抗はしたくない」

「え・・・・・・?」

 先ほどまで敵意を剥き出しに、自分たちを葬り去ろうとまで口にしていたはずの拓真が突然の戦意喪失―――ドラたちはこれまでにない肩すかしを食らい、唖然とした。

「無意味って・・・・・・お前それ、どういう事だよ?」

「本当はこんな事したって何も意味がないってことは最初から分かってた。俺もバカだな・・・・・・今になって自分が何でこんなアホみたいな事をしたのか真剣に考えるよ。でも要するあれだな。きっと、俺の事を本気で理解してほしいと思う誰かを探していただけなんだ」

 意味深長、あるいは意味不明か―――どちらとも取れる拓真の発言に怪訝そうな顔を浮かべるドラたちは、武器を一旦おろし、真摯に拓真の事を見つめる。

「じゃあ、大人しくこの世界に取り込んだ人と街を現実世界に戻すって約束する?」

「ああ。ただしひとつだけ、どうしても知って欲しい事がある」

 右手を構えると、拓真は掌から淡い光を放つ。

 刹那―――淡い光は日光の如く眩しすぎる強烈な光を周囲に反射し、この場に居合わせたドラたち全員を飲み込んだ。

 

 

 気が付くと、ドラたち全員は意識だけの存在となり―――光すら存在しない闇の中でふわふわと浮いていた。隣には拓真が立っており、無表情な彼はおもむろに語りだす。

「これは俺が人間として生きたいた頃に体験したことの一部。そう・・・俺が自殺を図った1年前の記憶の断片だ」

「記憶の断片?」

「あ・・・何か見えてきた」

 暗闇が晴れ、光が徐々に差しこんでくる。ドラたちの目に薄ら見えて来たのは―――7月18日、オーロラ粒子が取り憑く数時間前にビルの屋上から飛び降り自殺を図ったばかりの拓真の死の姿。

 雨に打たれ横たわった彼の死体を観察すると、腕や掌を中心にナイフで切られたような傷痕、すなわち防御創らしきものがいくつも見受けられた。

「自殺・・・したんだよな?」

「誰かに殺されたみたいな風になってるけど」

 自殺にしては不自然な点が見受けられる拓真の死体。誰もが疑問に思う中、死した自分の姿を見ながら拓真は低い声でつぶやく。

「・・・・・・俺が自分で付けたんだ」

「え?」

「どうしてそんな!?」

「今に分かるさ」

 言った直後―――目の前の景色が切り替わり、空中を浮遊していたドラたちは拓真が死ぬまでの1年間の記憶を断片的に垣間見る。

 

 

5537年 7月

 

「正社員になれるんじゃなかったのか?」

 遡ること一年前―――夜の公園の砂場で砂遊びをする拓真は、仕事帰りの兄を呼び出し、近況を報告する。

 就職氷河期のために正社員としての道を閉ざされていた拓真は派遣社員として働きながら辛うじて身を食いつないでいた。ところが、つい先月になって会社からの解雇通知が届けられた。しかも、ほんの少し前に会社の方から正社員にならないかという誘いがあったにもかかわらず―――

「何で解雇されたんだ?」

「わからない」

 話を聞いた兄は溜息を突き、「クビになったんなら、失業保険が出るだろ」と言って来た。

「雇用保険も労働時間も足りないって・・・」

 会社を退職し次の仕事が見つかるまでの生活支援金として支給される失業保険だが、失業保険をもらうためには、在職時に雇用保険の加入しており退職した日からさかのぼること二年間のうちに被保険者期間が通算12ヶ月以上あること。働く意思があること―――この二つの条件をクリアしていなくてはならない。拓真の場合は、派遣であったゆえに仕事の無い時期も多く、そのために被保険者期間が足りず失業保険が給付されなかった。

「いい加減に働いてるからだ!」

「いい加減に働いてたわけじゃない」

「現にこうなってるだろ?!」

「・・・今別の会社で働いてるよ」

 弟の体たらく振りを厳しく叱咤し呆れかえる兄は、深い溜息を漏らす。

「だったらなんで金が必要なんだ?」

「給料が・・・・・・かなり減って」

 原因が自分の性格にあるのか、あるいは社会制度にあるのか―――どちらかは分別がつかないが、とにかく拓真は切羽詰まった状況で何としても兄に助けを求めようとする。

「・・・・・・俺も自分の家族で手一杯だ」

 望み薄、いや―――最初から希望などなかったのかもしれない。兄の淡白な返事を聞くと、「もういいよ」とつぶやき、拓真は鞄を持って公園から出ていく。

「母さんが入院しても顔見せないで、こんなときだけ来るんじゃない!!」

「もう来ないよ!」

 このやり取りを空の上から見ていたドラたちは、拓真の気持ちを理解できない訳じゃなかった。その実胸が締め付けられる思いとなり―――拓真はこれを見せた上で、

「俺には当時、結婚を前提に付き合っていた女がいた。だけど・・・・・・金の切れ目が運の切れ目。生きていく事はつくづく金だと言う事を嫌でも理解せざるを得なかったよ」

 

5537年 7月

 

「なんで・・・」

 婚約者は拓真宛てに送られてきた解雇通知書を見つめ、愕然とした。拓真は口を閉ざしたまま沈黙を保っている。

「正社員になれるんじゃなかったの?」

「なんか急に業績が悪くなったって・・・・・・でも、新しい会社紹介してくれた」

「新しい会社?正社員?」

 正社員での採用を期待した婚約者の問いに、拓真は罰の悪そうに首を横に振った。

 

「建築系の会社を紹介されたが・・・とても結婚できるような収入じゃなかった。そして、その会社の方もすぐに雇止めに遭った・・・それも一か月もしないうちにな」

「どうして?」

「何か悪い事でもしたんだろ?!」

 落ち度が拓真にあるとある種決めつける駱太郎の言葉に、「こっちは結婚するつもりで朝晩必死になって働いていたんだ!」と、拓真は声を荒げた。

「真面な理由じゃないんだよ・・・で、それから正社員の仕事を探してもなかなか見つからず・・・二か月の月日が過ぎたある日」

 

5537年 9月

 

「ダメだった? 」

 喫茶店に呼び出され、拓真から聞かされた厳しい就職活動報告に婚約者はまたも愕然とし、深い溜息をもらす。

「やっと面接受けられたのに・・・」

「倍率50倍だって。無理だよ」

「じゃあどうすんのよ・・・・・・結婚」

 婚約者は拓真が正社員になれる事を前提に彼との結婚を約束した。ところが現実は非常に厳しく、拓真は正社員になれるどころか次の仕事にも就けぬまま浮浪者としての日々を送り続けていた。

「正社員じゃないと結婚できないの?」

 気まずい雰囲気が醸し出される中、おもむろに拓真は問う。

「何言ってんのよ。拓真が不安定だから、私の給料だけじゃ無理だから結婚できなかったんじゃない。だから、正社員になれるって聞いたときすごく嬉しかった。これで結婚できるって・・・・・・なのに」

「・・・・・・」

 不満気な婚約者は結婚を反故にしようとする拓真に「ちゃんと探してよ!」と思っていた事をぶつける。

「探してるよ!これ以上どうしろってつーんだよ。やっと見つけても、実務経験とか言って面接も受けられない・・・・・・やっと面接受けたって・・・・・・もう無理難題言うなよ」

「安定した生活したいっていうのが、そんな無理難題なの?」

「無理難題なんだよ、今の時代!」

 厳しく世知辛い社会情勢に辟易し嫌悪感すら覚える拓真は、投げやりな気持ちとなり―――目の前の婚約者に心にもない一言を言ってしまう。

「もういいよ・・・・・・どっかの正社員と安定した生活でもしてろよ」

「何それ?」

「だってお前の言う結婚でそういうことなんだろ?どうせ金なんだろ・・・・・・・・・」

 余りにも冷淡で残酷な言葉だった。痺れを切らした婚約者はバッグから婚約届を取出し、悲痛な顔で紙をビリビリと破り捨て、乾いた顔の拓真につき出した。

「どこに行ってもダメなのは、拓真に問題があんのよ・・・・・・あんたなんてもう価値は無いのよ」

 別れ際、一筋の涙を流した婚約者は拓真の前から立ち去り、店を後にする。

 そうして二人の関係は破局し、幸せな時間は瞬く間に崩れ去った。

 

「どんな仕事をしていたら、一か月でクビになるというのじゃ?」

「建築系って・・・具体的に何してたの?」

 ドラが訝しげに尋ねると、「建設現場で朝から晩まで瓦礫運びだよ。ほぼ毎日仕事をしていた」と拓真は答える。

「ほぼ毎日仕事があったのにもかかわらず解雇されたのか?」

「どうして?」

「偽装請負だったんだよ・・・しかも、先方の話じゃ寮があるって聞いたからアパートを引き払って来たのに・・・それは俺みたいな宿無し集めの口実だったなんて!」

 

「え・・・寮って満杯なんですか?」

「ええ。どうします、辞めますか?」

 かつて自分が味わった屈辱的な場面を見つめながら、悔しさが滲みだす拓真は険しい表情を浮かべながら拳を強く握りしめる。

 ドラは隣に立つ拓真を一瞥すると、この場面を見ながら乾いた声で発する。

「派遣切りに遭って、やっと会社を紹介してもらった連中は明日の金にも困ってる。条件が違うなんて言ってごねる奴は一人もいないって訳だ」

「そこまでして集めて何で解雇するんだよ?」

 昇流が尋ねた直後、「その為の会社だったからだよ」と返事を返す。

「”その為の会社”?」

 意味がまるで分からなかった。困惑する幸吉郎たちを見かね、ドラは拓真が言わんとした事を噛み砕いて説明する。

「つまりだね、派遣先での解雇に抗議した連中に新たな職を斡旋するフリをし、更に条件の悪い仕事をさせ、それでも辞めなければ契約を更新しない会社」

「何だよそれ!?」

「最悪の会社だな」

 言ってみればそれは、会社の体を装った強制収容所の様なものだった。そんな劣悪な境遇の下に置かれた拓真は更に話を掘り下げる。

「そんな会社と知ってて先方も紹介して来るんだよ。しかも、たった日当7700円でどうやって暮らしていけって言うんだ!?」

 違法な企業形態とあまりに安すぎる日当に一同は唖然。もしも自分がそんな環境に置かれたとき、それに耐えきれるか否か―――ハッキリ言って後者の方だった。

「仕事道具を貸す時にも金は取られ、そこから交通費や一日の食事代、夜ネットカフェに泊まる費用とシャワー代・・・一日精々2000円くらいしか残らない。アパート代を溜めることも就職活動する暇もない!」

「よくそんなのに耐えられたな」

「耐えられる訳がない!身内にも婚約者からも見放されたんだ・・・あとはもう福祉に頼るしかなかった」

 

5537年 10月

 

 先方会社からの紹介で働き始めた建築会社も一カ月で雇止めに遭ってから二か月。再び拓真はその会社の社長の元を尋ねた。

「就職活動?」

「医療事務の資格があるので、そっちを中心に」

「なんだ、そんな資格持ってるなら・・・」

「でも経験がないと雇ってくれないんです!」

 社長は嘆息突き、「雇ってくれなきゃ、経験詰めないね・・・」と淡白な言葉をつぶやきパソコン画面に目を移す。

「35過ぎた人間に、経験を積ませてくれるところありません。他の仕事探しても見つからないし・・・・・・」

「でもね・・・君のクビは二カ月も前に決まってるし、今また雇う余裕はないのよ、悪いけど」

「その二か月前の給与明細を下さい」

「え?」

「必要なんです。生活保護を申請するのに」

 拓真は生活保護の申請のために自分が働いていた二か月前の給与明細を取りに来た。説得の末、社長は拓真の要求を受け入れ二か月前の給与明細を与えた。

 

「だけど・・・だけど・・・・・・!!」

 悔しい思いが顔に出る拓真。再び映像が切り替わると、見えて来たのは市役所の窓口で生活保護の申請を求める彼の姿だった。

 

5537年 10月

 

「大学を卒業してからも就職活動は続けたんすけど・・・」

「物袋さんの頃も就職氷河期でしたからね」

「ええ。で、派遣とか契約を繰り返して・・・」

「今の会社は派遣ですか?」

「・・・二年前からイベント会社で」

「二年ちゃんと働けてるじゃないですか」

「二年間のうち、何度か仕事の無い時期とかもあって・・・」

 生活保護相談を請け負う局員が淡々と質疑応答に答える。拓真にとって、生活保護は最後の頼みの綱であり、これに見捨てられれば最早後がなかった。

「仕事のないとき、就職活動は?」

「してもダメなんで、医療事務の勉強を」

「医療事務?資格は取れました?」

「医療保険士の資格を」

「凄いじゃないですか」

「でも、そんときイベント会社から正社員の話があって・・・」

「では現在もそこで」

「いや。あの・・・・・・それから一カ月もしないうちに何か急に業績が悪くなったとかで、雇止めになってしまって」

「じゃあ、今は?」

「会社の社長が・・・建築系の会社を紹介してくれました」

「雇用形態はまた派遣ですか?」

 拓真は首肯し、赤裸々に現状を語り訴える。

「給料がかなり減って・・・・・・でもそこもまた雇止めに遭って・・・このままじゃ生活ができませんよ。だから生活保護の申請を・・・」

「しかしですね物袋さん、生活保護というのは基本的に65歳以上の方を対象としていているものでしてね・・・・・・それに物袋さんの場合、親兄弟等がいますし・・・申請をしても扶養義務者が入っていることから審査はかなり厳しくなると思われます」

「で、ですが・・・・・・」

 申請をするどころか、それすら許さないとばかりに必要条件を並べ、話を無下にする局員。椅子から立ち上がると―――局員は淡い期待を込めて拓真の肩に手を当てる。

「まだ若いんだから、頑張って」

 話が終わると、局員は「次の方どうぞ」と言って自分の仕事に専念する。

 申請さえ断られ敢え無く追い返された拓真は重い足取りで歩き出す。その帰り道、建設会社から貰った二か月前の給与明細をくしゃくしゃにし、役所のゴミ箱に放り捨てた。

 

「国民の為の福祉だろ・・・・・・なのに・・・なのになんで///」

 生前に味わった辛酸を思い返し、悔し涙が溢れる拓真が隣に立つドラたちに問いかけた。回答に苦慮する者がほとんど中、ドラは乾いた言葉で語りだす。

「いい大人なら知ってるはずだよ。昨今、生活保護費の不正受給が相次いで起こってる。だから生活保護費を減らせって言う上からの圧力があるんだ。つまり公費が足りないんだ。誰も彼もって訳にはいかないからね」

「その為に生活困窮者を見極めるのが役所の仕事だろっ!」

 と、聞いていた拓真が大声をあげる。ドラは感情に流される事無く、ただ淡々と分り切っている事実だけを述べる。

「その仕事が手いっぱいだったんだよ。役所の人間一人当たり100人ぐらいは担当しているはずだよ。それ以上増えたらパンクしちゃうね」

「じゃあなんだ・・・そいつの仕事が増えない様に申請を止めさせたのか?!」

「やる事はやるんじゃない。でも現状は厳しいよ。ハローワークの住居支援付職業訓練もいっぱいだと思うけど」

「役職の人間の待遇改善と生活困窮者の見極めは全く別問題だ!!確かに要件は厳しい物なのかもしれないけど、申請することぐらいはできたんだ!そうすりゃ、俺の窮状がストレートに家族に伝わっていたんだ!!」

 心の底から想いの丈をぶつける拓真。ドラたちは空気を振るわせるほどの大声で自分たちに訴えかける拓真の言葉を聞き、言い返すことはせず沈黙を決め込んだ。

「もう後がなかったよ・・・・・・そんな時、路頭に迷っていた俺に近付いてきた男がいた」

 

5537年 11月

 

 生活保護すら見放され、極端に金に困り路頭に迷っていた拓真。そんな彼の前に尾崎裕也と名乗る男が現れ―――近づいてきた。

「でも・・・全然就職先が無くて」

 尾崎と知り合った折、仕事が見つからなく生活保護も受けられないことを話した拓真。一連の話を聞くと、尾崎は「いいバイト紹介しようか」と言ってき、拓真はその言葉に耳を傾けた。

「古物商の免許?」

「その免許を取ってくれたら10万払うけど。もちろん、その間の衣食住はこっちが持つよ!」

 

「最初は躊躇していたけど、最終的にそいつの話に乗って免許を取得した。同時にレンタルコンテナの契約もした」

「レンタルコンテナ?」

「古物を保管しておくために利用するんだ。宿無しの根無し草には、いい寝床だったよ」

「古物商の免許をその男の代わりに取得したって事は要するに・・・名義貸し?」

 それが立派な犯罪行為であることは拓真も重々承知していた。だがそれでも、金に困っていた拓真は犯罪に加担することによって何とか食いつないでいたことも確かだった。

「名義人としては重宝されたさ。金も食べる物もない俺は、書類を出されればすぐに書いたさ。それもたった10万程度の金で・・・そうしてやっと一か月程度暮らせる金を与えられ、それが無くなる頃・・・また別の名義屋が寄って来る」

 自分の名義でたくさんの携帯電話を契約し、名義屋と呼ばれる者たちからひと月暮らせる程度の金を受け取り、それを元手にネットカフェで暮らしながら就職活動を続けたが、犯罪で稼いだ金で見返りがくるほど、世の中は甘く無かった。

 

5538年 3月

 

「連帯保証人?」

 ネットカフェに現れた柄の悪い名義人に連れられた拓真は、零細企業が中小企業融資から借りる時に書く契約書―――早い話が連帯保証人の名義人として担ぎ上げられた。

「大丈夫大丈夫。その企業の社長これで融資を受けられたら、その金で身辺整理して自己破産するから・・・・・・君は住所ないし追われることは無いよ」

 間違っても連帯保証人にだけはなりたくないと思っていた拓真は、突き付けられた書類と名義屋をチラチラと見る。気持ちが委縮し躊躇いをみせる拓真に、名義屋は彼に近付き選択肢を絞る。

「じゃ止める?君・・・携帯の契約し過ぎちゃったから、あとできる名義貸しってこれくらいだよ」

 既に多くの名義が出回ったことで、拓真自身もう後がなかった。背に腹は変えられず、拓真は連帯保証人の書類に名義人としてサインをした。

 

「一度名義貸しと言う犯罪に加担すると、その情報が闇に回って・・・次々とあんな風にカモにされんだよ」

「マジかよ・・・」

「怖いですね・・・」

 名義貸しの犯罪の怖さを如実に見せつけられた幸吉郎たちの額に汗が浮かぶ。

「だが、そんなこと長くは続かない。一人の名義が使える範囲なんて、限られてるからね」

 

5538年 5月

 

 ネットカフェでシャワーを浴び終えた拓真が外に出ると、偶然にも以前に知り合った携帯電話の名義屋と鉢合わせをした。

「あ、あの・・・・・・」

 声を掛けられた名義屋は振り返り、会釈をした拓真の顔を見てああと言う。

「あの・・・また名義貸ししてもいいですけど」

「ははは。あちこち名前貸し過ぎだよ」

「いやあの、でも・・・・・・」

「お前の名前にもう価値は無いよ」

 額に人差し指を突き付けられ、挙句軽く笑われ一蹴された。

 就職活動も上手くいかず、手取りの道が完全に閉ざされたと分った瞬間―――拓真は呆然と立ち尽くしたまましばらくの間動けなかった。

「そしてとうとう・・・あの場所も追い出された」

 

5538年 7月

 

 ネットカフェにすら泊まれなくなった拓真は、古物商の免許を取得する際に契約をしたレンタルコンテナを宿泊のために利用していた。

 だがある夜のこと―――苦情を受け見回りにやってきたレンタルコンテナ業者が鍵を開けると、中で毛布に包まり眠る拓真を発見した。

「だ・・・ここ、どうやって入ったんだよ!?」

 驚きながら毛布を照らす業者に尋ねられ、拓真はライトに照らされながら疲れ切った表情を向ける。

「あの・・・物袋です」

 灯りに照らされながらムスっとした顔で答える拓真の話を聞くと、業者は手持ちの名簿を確認し、目の前の拓真を凝視する。

「物袋・・・拓真さん?」

「はい・・・」

「いやいや困るよ~困りますよ~、こんなところで寝てられたら・・・ダメだよ、危ないし!第一ね、契約違反だよ!」

「すいません!」

 拓真は毛布を持ち、慌ててコンテナから飛び出した。

 

 ここまでの記録を断片的な映像とともに見ていたドラたちは何とも言えない表情を浮かべ、隣に立つ拓真を見つめる。

「確かに、朝から晩まで日雇いをして就職活動なんて無理だからな」

「それで名義貸しなんて・・・」

「犯罪と分かっていながらそうまでしないと生きていけない。世知辛いなぁ・・・・・・」

 

 やがて、死後三日前の時間まで遡り―――映像が切り替わる。拓真はとうとう就職活動も放棄して、ただ食べる為だけに歩き回る日々を送っていた。

「試食する為に洋服や風呂には気を遣かった。だけど頻繁に利用できない無料サービスもあるし、利用したらしただけ顔を覚えられる恐れがあった。だから毎日どこに食べに行ったのか携帯にメモした」

 何かしらの無料サービスをやっている施設や試食品コーナーが設置されたスーパーを中心に歩き回り、それを利用しては携帯のメモ帳に記録をする、そんな日常を過ごしていた拓真をドラたちはただただ傍観する。

「そうして、食べ物から食べ物まで歩き、その間にまた腹が減って、また食べ物まで歩く・・・か」

 と、そのとき―――死ぬ三日前に最後に訪れたドーナツ屋の前を通りかかった。

「いつもどうも」

 店頭で試食用のドーナツを配っていた女性は、三度目の来店となる拓真と目を合わせ、声を掛ける。拓真は罰の悪そうに彼女が持っているバスケットの中のドーナツを凝視する。

「あのー、こちら新作ですー。どうぞ」

 今にも手が届きそうになる拓真。しかし、頻繁に利用し顔まで覚えられたことから体裁状彼は中々手を出せずにいた。

 売り子の女性は何度も店を訪れては試食用のドーナツだけを食べ、何も買って行こうとしない彼を店への冷やかしと思い、悪意の無いいじわるを言ってみた。

「気に入ったら、買ってくださいねー」

 それを聞いた瞬間、拓真は試食用のドーナツをすべて取り上げ、足早にその場を立ち去った。

 

 やがて、就職活動に使っていた前のアパートに行ってみた拓真の目に映ってきたのは、引越し屋のトラックから次々と荷物が元いた部屋に運び込まれるという光景。これを知った途端、彼は手に持っていたドーナツのいくつかを落とし―――呆然と立ち尽くす。

 

 そして、7月18日の深夜―――立川ビルの屋上に上がった彼は、持っていたナイフを使い自分で自分の体を傷つける。

 ザッ・・・!ザッ・・・!

「うううう!!!うああああああ///」

 医療事務の教科書で見た防御創を再現しようと、痛々しく自分の手や腕をナイフで切りつける。

 ザッ・・・!ザッ・・・!

「ういいいいい!!!いえてえてててて!!!」

 手首から肩まで、防御創に見立て切りつけること数十回。頃合いを見てナイフを屋上から放り投げた彼はふらふらの足取りで欄干へと足をかけ、意を決してその身を屋上から投げ捨てる。

「へへへ・・・よし・・・よしっ・・・・・・よーし!!ああああああああああああああ!!!!」

 

 

「そんな・・・・・・どうして・・・・・・///」

 死を決意するに至った拓真のこれまでの軌跡を見ていた茜は、ポロポロと涙を流す。エルミも言葉を失い、持っていた対異民用に作成した煙草を手から落とした。

 彼女が落とした煙草を拾い上げた拓真は、おもむろに口に咥え、指先から出した炎を使って火をつけた。

 火をつけ煙草をゆっくりと吸い始めると、身体が粒子化し始め、足下から徐々に消えてゆく。拓真の消滅に伴い彼の願望によって作られたこの世界も粒子化していく。

「お、おい!お前・・・・・・」

 動揺する駱太郎が呼びかける中、拓真は何も言わず―――ただ彼らを見つめ「言いたいことを言えた良かった」と目で訴えかけ、異民としての死を自分から受け入れた。

 

 気が付くと、ドラたちは元の世界に戻っていた。

 拓真の能力で消失した東京の街並みも、紙幣に変えられた住民もすべてが元に戻り、何事も無い平穏が醸し出されている。

 アスファルトの上に立ち尽くすドラたちは呆然とし、拓真が自分たちに何を伝えたかったのか―――それをひたすら考えた。

 

 

TBT本部 特殊先行部隊“鋼鉄の絆”オフィス

 

 遣る瀬無い想いが強く残った今回の事件。ドラたちはオフィスに戻って尚、拓真が伝えようとしたメッセージを必死に考える。

「あいつは・・・・・・俺たちにどうしてあんなこと」

「最後に何を伝えるつもりだったんだ?」

 どんな意図があって過去の自分の姿を見せたのか。何故、あのような死に方を選ぶ必要があったのか―――誰もが疑問に思っていると、ドラが閉じていた口を開いた。

「ここからは、オイラの推測だけど。物袋は、『社会に殺された』・・・・・・そう訴えたかったのかもしれないね」

「社会に・・・殺された?」

 ドラの言葉を復唱しながら、エルミはその言葉に耳を疑った。

「正社員になれるはずだった会社を解雇され、婚約者にも捨てられ、家族にも頼れない中・・・・・・住む家も、新たな仕事も失くし、頑張って取得した資格も役に立たず・・・・・・福祉にも見捨てられ・・・・・・とうとう、犯罪に手を染めてしまった。そうまでして続けた就職活動もうまくいかず、やっと得た安眠の場も追い出され・・・・・・やがて食べるためだけに歩く毎日になった。それもしにくくなったある日・・・・・・以前住んでいたアパートに、新しい人が入ったことを知ってしまう。これで就職活動に使える住所もなくなった。絶望するなという方が無理かもしれないね」

「その絶望を誰かに分かって欲しかった・・・だから、あんな死に方を」

 ドラの言葉に便乗し、龍樹が低い声でつぶやいた。

 オフィス全体に重い沈黙が流れ、時計の短針が刻々と刻まれる。

「・・・・・・普通に試食できる人でいたかった」

「えっ?」

 不意に幸吉郎がそんな風につぶやくと、昇流は呆気にとられた声を出す。

「それが、奴の最後の願いだったのにそれすら叶わなかった・・・」

「周りの人間も、そして奴自身も手を差し出す勇気がなかったのかもしれないね」

「手を差し出す勇気?」

 ドラが言った何気ない言葉が、茜の胸に深く突き刺さる。

「もし、どちらかが本気で手を差し出していたらこのようなことにはならかったんじゃないかな」

「残念ですね・・・・・・」

 物袋拓真がオーロラ粒子の力で異民となり、自分を見限った社会を取り込もうとしたことも、取り込んだ人間を金に変えたことも―――すべては、金と言う魔力で以ってでしか生きられない狭い世界をこの手で壊したかったからかもしれない。拓真が消滅した今、ドラたちはそうして結論付けをすることで彼の気持ちを理解する。

 椅子から立ち上がったドラは、帰り支度を整えると―――口を閉ざし悲壮感に満ち溢れる顔のエルミへ振り向き、話しかける。

「これからみんなで行きつけの居酒屋に行くんだけど、キャットウーマンも国に帰る前にひとつ寄って行くか?」

 誘いを受けた彼女はしばし考えると、遣る瀬無い気持ちを少しでも晴らしてから国に帰ろうと思い、「・・・・・・御同行させていただきます」と答える。

「じゃあ、行こうぜ」

 帰り支度を済ませた鋼鉄の絆(アイアンハーツ)のメンバーは自分のネームをひっくり返し、黒字から赤字になったことを確認して外に出る。

 ドラは誰もいなくなったことをもう一度と確かめ、部屋の電気を消し―――扉を閉める。

 

 

 救いの手を差し伸べるべき側が適切な手段を講じなかったことだけでなく、救いの手を求める側も自分の窮状を本気で訴えられなかった事が悲劇を生んだしまうことがある。

 うまく噛み合わないだけで、人間は物袋が味わったような絶望的なところにまで落ちることがあるのだから・・・・・・

 

 

 

 

 

 

登場人物

物袋拓真(もってたくま)

声:平川大輔

36歳。医療保険士の資格を持っている。東京都の立川にある廃ビルで飛び降り自殺をした直後、漂流していたオーロラ粒子が取りつき異民化する。

自殺を図る一年前までは、イベント会社で派遣社員として働いていたが、正社員にしてもらえるという話を受けそれを真に受け婚約者との結婚を持ちかける。ところが、業績の悪化を理由に勤めていた会社から雇止めを受け解雇される。その後、寮付きという名目で人を集めている偽装請負の建築現場で作業員として働いていたがそこも僅か一ヶ月で解雇される。その直後に婚約者とも破局し家族にも頼れない中、生活保護を申請しようとするも断られてしまう。やがて、尾崎裕也という男にそそのかされ古物商の名義貸しを行い、以降携帯電話の契約や連帯保証人などの名義貸しを続けながら生計を立て、ネットカフェで寝泊りをしながら就職活動を繰り返すがうまくいかず、名義を貸し過ぎてしまい相手にされなくなった。やがて就職活動も放棄して食べ歩くだけの生活を送るようになり、それもし辛くなったある日に引き払ったアパートに人が新しく入ってきたことを知る。就職活動に必要な住所を失い、絶望した挙句自分の手や肩に防御創に見せかけた傷をナイフで付け、飛び降り自殺を図った。

異質世界に取り込んだドラ達に過去の映像を見せた後、エルミが落とした対異民用の煙草に自ら火をつけ、自分から消滅の道を受け入れた。

エルミ・リグザリオ

声:上坂すみれ

22歳。黒いショートヘアーの小柄な美女。碧陽帝国国立総合科学技術研究所の研究員で、オーロラ粒子の開発責任者。

一人称は「私」。どことなく猫を思わせる雰囲気を持つ。その正体は猫から進化した猫人間というべき存在。好きな異性のタイプはドラえもんのようなドラ猫。関節が緩やかで、筋肉や靭帯も柔らかいため、球のように体を丸めることが可能。猫科らしく、瞬発力と跳躍力に長けている。彼女の一族は、黒猫族と呼ばれる周囲の生物に不孝を招く体質で、人や自然が大好きなのに拒絶され続ける日々を送り、身内しか信じられない性格で、一族も彼女を除いて二、三人しか残っていなかった。碧陽に来てからは、他人にも心を開くようになった。感情が劇的に高まると、身長二メートル近くの黒猫となり、身体能力も数倍~数十倍に増加するが、制御が外れて体質の力が倍増してしまう。そのため、帝国の外では変身したがらない。

オーロラ粒子が島の外へ漏れたことで起きた被害の責任を取るため、オーロラ粒子の効果を打ち消すアンチオーロラ粒子や異民体内の世界へ入るための亜空間転移装置など多数の道具を携え、日本へ来訪する。

島田龍之介(しまだりゅうのすけ)

声:高木渉

41歳。若禿が目立つ元中間管理職。

本人曰くこれと言った趣味もなく仕事一筋で生きていたらしく、社員の若返りを理由にリストラに遭った事を恨んでいたところ、日本に漂流していたオーロラ粒子に取り憑かれ半異民化し、一流企業を中心に会社と日本と言う社会そのものへの報復に走ったが、写ノ神の鉄人兵の力の前に敗れる。

汚れ仕事を嫌う島田の態度に腹を立てたドラに殴られ、最後は「プライドは弱い者の逃げ道だ。無駄な上昇志向は捨てて、下を見て生きろ!そして全てを委ねろ。なぜなら、自分には実力なんて無いんだから」と貶され蔑まれ、思わず涙を流す。

登場用語

オーロラ粒子

碧陽帝国国立総合科学技術研究所で開発している資源対策用新物質。次元空間内に亜空間を創造する。創られた空間は何もない虹色に満ちた世界だが、あらかじめオーロラ粒子に世界の情報を入力することでその世界そっくりの世界となる。創られた世界は、上空が常にオーロラのようなものに覆われていることから名付けられている。

開発途中で、オーロラ粒子が島の外に漏れ出てしまい急いで回収に向うも、極少量が日本に漂流し、飛び降り自殺した直後の物袋拓真の肉体に漂着する。これによって拓真は自らの願望に基づく世界を身に宿す「異民」へ変貌してしまった。

異民(いみん)

オーロラ粒子に憑依した拓真の霊が物質化、変貌した存在。体の内側に男の願望を反映した世界が広がっており、既存の法則から外れた異界法則を持つ。

また、この他に「半異民(デミ・イレギュラー)」と呼ばれるタイプがあり、異民よりも力は劣るが人智を超えた能力が身に付く。




次回予告

駱「クソ暑い夏にもめげずロードワークに励む俺が見つけたドラ似のロボット。その側には黒い物体が転がっていた」
ド「おいおい嘘だろ・・・なんでお前がこっちに来てるんだよ!?お前来ると話がややこしくなるからさっさとどっかにいきやがれー!え?・・・次回から新章突入、お前が絡む新章なんてまっぴらごめんだよ!!」
?「次回は新章・星の智慧派教団編!!主役はこの俺!!俺が何者かは次から始まる新章を見ればわかるわかる!全国のプリキュア好きの大っきな友だちのみんな、楽しみにしててくれよにゃー!」

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