サムライ・ドラ   作:重要大事

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写「俺、鋼鉄の絆(アイアンハーツ)の第五席で八百万写ノ神!つってもこの名前は本名じゃない。本名は千葉神太郎って言う。何かと個性が強い俺たちだけど、自分じゃ一番個性が弱いほうだと思ってる」
「嫁の茜と知り合ったのは1年くらい前になる。そんときのあいつは敵の術に嵌って心を奪われていた。だから俺があいつを助けた。以来、ずっと俺たちは一緒だ。根は従順でかわいい奴なんだけど、どこで覚えたか知らない毒舌をやたらと吐きまくる・・・いや、俺に対しては言わないんだぜ!それが余計に性質悪い気がする・・・」


異民の復讐劇

東京都 東京スカイツリー頂上

 

 人は何のために生まれ、何のために働いているのか。

 誰しもが一度は考えたそんな疑問を死してなおも自問し続ける者が、日本一最も高い電波塔の頂上に立っている。

 確かに自分は死んだはずだった。だが、気が付くと息を吹き返し生前にはなかった不思議な力を身に付けていた。

「・・・どうしてなんだ」

 死してなおその命を得た者―――物袋拓真(もってたくま)は生前に自分が生まれ育った街を見下ろし、ぼそっとつぶやく。

 目を瞑ると、脳裏によみがえる自分が死する直前の出来事。辛酸を舐めるような屈辱的且つ耐え難い経験が乱雑な映像となって駆け巡る。

 理不尽な社会制度のために不条理な死を選ばざるを得ない状況を考えると、そうして味わった絶望は今―――涙となって零れ落ちる。

「・・・・・・俺たちは生きていていいはずなのに・・・なんで・・・なんでこの 世界は、必要な人間とそうでない人間を選別しようとするんだ・・・・・・!!」

 日本と言う資本主義社会では、人間は常に「選別」することを前提に生きている。我々は選別されることから逃れられず、むしろそれを無意識に享受している。そうした選別作業は特に新自由主義・新市場主義的な考え方のもとでは、その側面が強くなる。

「分からせてやる。俺を選別した連中すべてに・・・・・・」

 拳を強く握り、ある決意を固めると―――拓真はスカイツリーの頂上から飛び降り、一瞬にして姿を消した。

 

 

TBT本部 特殊先行部隊“鋼鉄の絆”オフィス

 

「単刀直入に聞くけど、お前何もん?」

 島田龍之介との激闘を終え、地元へと戻ってきた鋼鉄の絆(アイアンハーツ)の五人。ドラは現場に居合わせた外国人の女性をオフィスへと招き、その正体を問い質す。

ドラからの問いかけを受けると、女性はしばし考えたのち―――ちょっとだけ自分を可愛く見せようと右手を猫の手に若干舌を出して、

「キャットウーマンです!」

 と、答えてみた。

「ちょっと待てー!」

 その直後だった。龍之介との戦闘で深手を負った写ノ神は全身に包帯を巻きつけた状態で大声を上げる。女性の視線が写ノ神の方へと向けられる。

「いろいろ端折り過ぎだろう!さっきまで東京にいたんじゃないのか俺ら!?」

 そう・・・つい1時間前までドラたちは確かに東京の街のど真ん中に立っていた。ところが彼らは行きと違い、帰りは飛行機もその他の交通機関を利用すること無くして地元の職場へと戻っていた。しかも驚くべきことに、写ノ神が指摘するまで周りはそうした疑問を抱かず平然とした態度をとっていた。

 あっ、という声を上げる者もいた。興味がない様子で鼻をほじくる者もいた。そうした周りのリアクションに対し、素姓のはっきりしない女性は皆が咳払いをする。

「まぁ細かいことはどうでもいいじゃないですか」

「どうでもいいってなんだよ!?結構重要な事だろ!!」

「まぁまぁ。写ノ神君もダメですよ、そんなに興奮しては傷に障ります。こういう時は私に任せて下さい」

「え?」

 かたわらで写ノ神の容体を心配する茜が言った何気ない一言に、彼は怪訝そうな顔となる。

 女性の前に立った瞬間、茜は悪意に満ちた笑みを浮かべ―――鋼鉄製の手甲をはめるや、手首をボキボキ・・・と鳴らし始める。

「てめぇ・・・なんか知らねぇけど私や旦那に怪我させた原因について色々知ってるみてぇだな・・・」

 

【挿絵表示】

 

「え!?あの・・・えっと・・・」

 明確なる殺意が女性に向けられる。状況が全く理解しがたい中、女性は圧倒的な怒気を孕みさもこれから殺戮行為に及ぼうとしているであろう粗暴な口調で、左手に邪悪なる力を秘めた黒いオーラを纏った茜に激しく動揺を示す。その際ドラたちは茜が怖いのと、所詮は他人事であると言わんばかりに平気で無視を決め込んだ。

「この恨み晴らさでおくべきか・・・・・・!!!」

「イヤイヤ待ってください!これから原因について詳しく説明しようって言うのに、いきなり理不尽なことされるなんて・・・ちょっと!!あなたたちも何とか言ってくださいよ!」

 女性がドラたちに茜の暴走を止めて欲しいと懇願するが、ドラは耳の穴をほじくり、カスを飛ばしてから乾いた声で「めんどくさい」とだけつぶやいた。

「めんどくさいって何!?そんな投げやりな態度を取られると私どうしたらいいのか!!」

「姉ちゃんさ。もう諦めろよ、アバズレが一度キレると俺らでも手がつけられぇねんだ」

「痛みは一瞬じゃ。それで茜の恨みが張れるなら安い物だと思うが」

「イヤイヤイヤイヤ!!意味わかんない意味わかんない!!お願いですから誰か私を助けて―――!!!」

 駱太郎と龍樹の諦観を前提とした奇妙な助言を聞くなり、女性は首を横にブンブンと振りつつ、手首も左右に振った。

 女性の叫びに応じる者は誰もいなかった。味方の無い四面楚歌の状況において、邪神と化した茜に恐怖しながら―――その一方的で不条理な制裁を受けることを女性は甘んじて受け入れるしかなかった。

「うおおおおおおおおおおおおお!!!!万倍返しじゃあああああああああああああああ!!!!!!!!」

「いやああああああああああ!!!!」

 世界が一瞬、ほんの一瞬だけ血の色に染まった―――

 

「さてと、それでは状況を説明してもらえますか?」

 茜の怒りは何とか収まった。女性は彼女の気が済むまで徹底的にタコ殴りされ、美しい容姿は原型を留めぬほどに腫れ上がり、全体的にジャムのおじさんを彷彿とさせた。

 暴挙が終われば、茜は純真無垢な少女へと立ち戻り―――涼しい顔で状況の説明を求めてくる。凄まじいまでのギャップを見せつけられながら、既に慣れを抱いていたドラたちは彼女の行為を相変わらずだぁ~・・・程度に思い、理不尽な暴力を受けた女性の事を哀れんだ。

「と、とりあえず挨拶が遅れました・・・・・・///」

 酷く腫れあがった顔を押えながら、女性はおもむろに懐から名刺を取り出す。

「私、碧陽帝国国立総合科学技術研究所の研究員のエルミ・リグザリオと申します」

碧陽帝国(へきようていこく)?」

 その言葉を聞くのは決して初めてではなかった。ドラはエルミが口にした単語の意味を思い出そうとすると―――駱太郎がエルミを見つめ、懐から名刺を取り出した。

「俺らぁTBT特殊先行部隊“鋼鉄の絆(アイアンハーツ)”の突1で総司令官・・・のつもりの三遊亭駱太郎!」

 さらに、これに便乗するように昇流が駱太郎の隣に立ち―――自分の名刺を見せつけなら胸を張って言う。

「TBT長官、そんでもって全国ボトルシップ愛好会名誉会長、杯昇流だ!」

 何の意味も無い張り合いだった。ドラたちは肩透かしを食らい体制を著しく崩しかけた。

「肩書で張り合ってんじゃねぇ!!つーか駱太郎!てめぇ総司令官のつもりだったのか!?」

 自分に与えられた肩書きを誇示ようとする二人を叱りつけると、幸吉郎はエルミを睨み付け駱太郎と昇流を一喝した勢いで問い詰める。

「で、何なんだよその碧翠院(へきすいいん)って!?」

「”碧陽帝国”です、わざと間違えないで下さい」

「幸吉郎。碧翠院は螺鈿迷宮(らでんめいきゅう)だよ」

 テレビのドラマに出て来た架空の病院の名前で混同する幸吉郎の間違いをドラがさり気無く指摘した。その後、エルミが母国についての概要を語りだす。

「碧陽帝国―――北緯40度東経160度に位置する人工島に建設された人口およそ700万人前後の主権国家です」

 さらに、彼女が言った言葉にドラが付け足しを加える。

「時々ニュースに碧陽出身の科学者や政治家の名前が出てきたりもする。とは言え、碧陽帝国はどっかの北の国みたいにあまり国際社会に対して積極的に門戸を開いていないから、実態はほとんど分かっていないのが現状・・・そうだろ」

「よくご存じで」

「ニュースを見てれば誰でも分かる」

「俺はほとんど見てねぇ!」

 何故か胸を張り、誇らしく昇流が言うと―――その清々しさが気に入らなかったドラは彼を一瞥し、「だからあんたはバカなんだよ!!」と露骨に貶し蔑んだ。

「やかましいわ!見ても興味がわかねぇんだよ!!」

「アホウ!好むと好まざるとに関わらずニュースぐらいきちんと見てろ!!いい大人なんだから!」

「言ってることが難しすぎて、俺には理解できねぇんだ!!」

「やめんか二人共。そうやって何かある度に喧嘩をしとるから、いつまで経っても話が進まんじゃろ!」

 例の如く些細な事を切っ掛けに不毛な喧嘩を始めるドラと昇流に呆れながら、人生を彼らの倍以上生きた賢者が厳しく諌める。龍樹の仲裁を受けた二人は、互いに舌打ちをし合い不承不承に喧嘩を中断する。

「で、あんたが日本に来た目的は・・・間違っても観光(サイトシーン)じゃねぇわな」

「当然です。私はオーロラ粒子を回収しに来たんです」

「オーロラ粒子?」

 写ノ神の質問に答えたエルミが口にした、聞き慣れない言葉に茜は疑問符を浮かべる。

 コーヒーに映った自分の顔を見つめると、それをひと口だけ啜り―――エルミは事の詳細を話し始める。

「現在、碧陽帝国国立総合科学技術研究所で開発している資源対策用の新物質―――それがオーロラ粒子です。次元空間内に亜空間を創造し、あらかじめオーロラ粒子に世界の情報を入力することでその世界そっくりの世界となります」

 聞いた途端、ドラを除く六人は目を点にし、茫然自失と化す。そして、我を取り戻した駱太郎を切っ掛けに全員がエルミに強く問い詰める。

「ちょ、ちょちょちょちょちょちょと待てよ!まるで話の意味がわからねぇよ!?」

「じ、次元空間?亜空間を創造するだぁ・・・?!」

「それに、世界の情報を入力って?空言も大概もしやがれってんだ!」

「嘘でも空言でも無いんです!実際あなたたちも見たはずです。異民(いみん)と化したあの男性の力を!」

「異民って言うのか、これ」

 言うと、動画サイトに投稿された1時間前の戦いの映像を見ながら昇流がおもむろに問いかける。エルミは首肯し―――ええ、と即答する。

「しかし、それが本来的な異民という訳ではありません。恐らく、漏れ出たオーロラ粒子のうちの本当にごくわずかな粒子によって変異した存在―――半異民(デミ・イレギュラー)です」

半異民(デミ・イレギュラー)でも半虚(デミ・ホロウ)でもいいけどさ・・・そもそも、どうしてそちらの国で研究していたオーロラ粒子が、日本に飛んで来ちゃった訳?」

 幸吉郎たちとは違い、ドラは動揺することなく淡白に確信的な問いをする。皆がエルミを凝視する中―――彼女は目を瞑り渋い顔を浮かべる。

「・・・・・・私たちの実験が成功する確率は極めて高かいはずでした。ですが、実験中の事故で容器が爆発してしまった。その結果、開発途中のオーロラ粒子が爆発の際に誤って島の外に漏れ出てしまった・・・・・・と言う訳です」

「はっ。気の毒な話だな」

 完全にエルミを見下し、ドラは彼女を鼻で笑った。

「オーロラ粒子は本来、資源の枯渇が危ぶまれるこれからの地球環境を考慮し、その打開策として開発されていたもの。過失によって異民が生まれてしまったこ とは、開発責任者である私のミスです」

「だから、責任を取るため自分一人でこの日本まで来たのか」

 駱太郎が問いかけるも、彼女は渋い顔のまま無言で答える。

「本物の異民の力は、写ノ神君と茜ちゃんが対峙した半異民(デミ・イレギュラー)とはまるで別格です。そもそも異民とは―――オーロラ粒子に憑依した人間が物質化し、変貌した存在を指します。体の内側にその者の願望を反映した世界が広がっていて、既存の法則から外れた異界法則を持っています」

「それは即ち、この世界の法則に従って生きている拙僧たちではどうにもできないということか?」

 冷静な物言いで龍樹が問うと、「はっきり言ってしまえば・・・・・・」とエルミは返事を返す。

「でも安心してください。こうなる事は想定の範囲内です。対処すべき手は万全に用意してあります」

 そう言った後、エルミは持参していたボストンバック状の鞄から事態を収拾するために用意した多種多様な道具を取り出した。

 おたまや木天蓼など、中にはまるで用途が不明な物も混じってはいたが―――ドラたちが取り立てて目を奪われたのは碧陽の国旗が印字されたミサイルの弾頭だった。

「オーロラ粒子を壊すにはオーロラ粒子とは対となるエネルギーをぶつけて相殺させる、もしくは異質世界の中心核を破壊すること。これはアンチオーロラ粒子を発生させるミサイルです」

「そいつを使えば異民を倒せるのか?」

「かなり高い確率で」

 その言い方が不服だったのか、ドラはまたしても鼻で笑い「信用ならないね・・・・・・」と、間延びした声を上げた。

「門戸を閉ざして国際社会とほとんど向き合おうとしない閉鎖国家で作られた道具なんて・・・・・・大人は人格や仕事でその人を評価するんだ。ポッと出て来たモブキャラがこれで万事解決できますって勧めた物を客観的に見て、“はいそうですか。では、ありがたく使わせていただきます”って答える奴は一人もいないよ」

 冷嘲的で客観的な見解に基づく発言だった。ドラが言った言葉自体は仕事真っ当意見だったから、エルミは反論することできず苦い表情を浮かべ口籠る。

 辛辣なコメントを口にした後、ドラは彼女に背を向け窓の外を眺める。

「大体なんだよ。一人で責任を取るって・・・・・・まるで自分がすべて悪いみたいな感じに聞こえるけど」

 ドラがため息交じりに言うと、エルミは難しい顔を浮かべながら口を開く。

「・・・実験を始めた段階でこうなる事も予測がついていた。だけど、高をくくって防げたはずの過失を生んでしまったのは紛れもなく私です。開発責任者である私は、この失態を何としてでも償わなければ」

 彼女の自責の念から来る言葉を聞き、ドラは眉を顰め低い声でつぶやく。

「自分で撒いた種を自分でどうにかしようとすること事態は、別に褒められた事じゃない。それが当然だと思っている奴からすればね・・・・・・でも世の中には、自分で撒いた種でもないのにその責任を無理矢理押し付けられる者の存在があることを忘れてる訳じゃないだろうな」

「え・・・・・・・・・」

 エルミは一瞬の間、頭の働きが停止する。ドラは意味深長な発言を残し、皆の視線を受けながらオフィスから出て行った。

「ドラさん・・・?」

「なんだよあいつ」

「あの・・・私何か気に障る様な事を言ったのでしょうか?」

「いや~気にすることは無いよ。あれの性格は正直俺たちでもよくわかんねぇんだ。でもまぁ、この中で付き合いが長い者の立場から言わせれば・・・・・・あいつにも思い当たる節があったってことだ」

 昇流はそのように述べると、去り際に言い放ったドラの言葉を頭の中で反芻させ、やや憂いを帯びた表情を作った。

 

 

同時刻 東京都 丸の内上空

 

 半異民(デミ・イレギュラー)としての力を解放させ、東京のオフィス街の中心部―――新宿の街を大規模なまでに破壊した島田龍之介。彼によってもたらされた被害総額は甚大で、日本の借金を100倍に増幅させたことは言うまでもない。

 警察や消防隊、自衛隊などが協力して瓦礫の撤去作業と行方不明者等の捜索に尽力する光景を見下ろしながら―――物袋拓真はぼそっとつぶやく。

「社会に思い知らせてやろう。虐げられ、見捨てられた者たちが何を思って生きているのかを・・・」

 

 

TBT本部 第四分隊・科学捜査班

 

「碧陽帝国か。俺もイマイチどんな国かは知らねぇが、目の前の姉ちゃんはなかなか俺好みの美人だったりして!」

 科学捜査班の協力を得て日本のどこかへと身を隠す異民の捜索に当たるエルミを横目に、ハールヴェイトは自分好みに女性に思わず鼻の下を伸ばす。

「へぇ~。お前って、こういうのがタイプだったのか」

「豚みたいに太ってるくせに」

「体系は関係ねぇだろ!?いいじゃねぇか別に!」

 駱太郎の露骨な悪口にあからさまに不機嫌となり、ハールヴェイトは声を荒げる。

 その直後、話を聞いていたエルミは申し訳なさそうにハールヴェイトを一瞥し、彼や周りを見ながら口を開く。

「ハールヴェイトさんには誠に申し訳ないことなんですが、私はどちらかというとドラさんの様な方が好みでして///」

「「「ええええ―――!!!」」」

 脳に雷が落ちた様な凄まじい衝撃だった。昇流とハールヴェイト、そしてドラ自身も彼女の言葉をたちの悪い冗談だと疑いたかった。

 エルミはショックを受けるドラを余所に、照れた様子で指をモジモジといじる。そんな彼女の態度に幸吉郎たちは露骨に顔を引き攣った。

「あはは・・・・・・物好きな奴がいたものだな」

「で、ですがドラさんは見た目こそはかわいらしいじゃないですか」

「しかしのう、エルミ。あれのどこがいいのじゃ?」

 疑心暗鬼の眼差しでドラを見ながら龍樹が核心的な問いをする。エルミはその問いの答えとして―――

「ですから、その見た目ですよ!」

 力強く断言した。聞いた瞬間、この場に居合わせた全員の力が一気に抜け、盛大に床に転がりこんだ。

「チクッショー!!なんでだよ、なんでこいつばっかり人気があって俺には・・・ううう///」

 世の中は何て不公平なんだ―――内心そう思いながら、昇流は性格崩壊も甚だしいドラばかりが好かれる現実に激しく悲嘆し涙する。

「メラビアンの法則って知ってます長官?俗流解釈をすれば、話の内容よりも視覚情報・・・見た目事が一番なんですよ!」

「元はと言えば、おめぇのそれは藤子・F・不二雄先生が作ったんだろう!!謝れ、偉大なある児童漫画家の作品をオメェは汚したんだ!!!」

 余程悔しいのか、そう言った直後から昇流は顔面を壁に打ちつけるなど奇行に走った。傍から見れば自暴自棄になってしまった可愛そうな人なのだが・・・・・・その奇行を止めようとする者は不思議といなかった。

「見つけた!この人です!!」

 間もなく、異民となった人物に関する情報探索が終了し、詳しい人物データがディスプレイ上に表示される。

「えーと・・・物袋拓真、36歳」

「かなり変わった名字だな。物に袋って書いて“もって”だもんな」

「あれ?でもこの方、すでに死亡とありますけど」

 茜はバンクに登録されている物袋拓真に関する情報のうち、最も肝となる箇所―――死亡と明記された赤字を指さした。さらに、記録を読み進めていくうちに幸吉郎がある記述に目を光らせた。

「これ見ろ、警察の調書だ。発見した直後に、遺体が突如動き出して現場に居合わせた刑事・警察官含め十数人が重傷だってよ・・・」

「それが、異民になったことの何よりの証です。オーロラ粒子に憑依したその男性の霊が物質化し、変貌したんです。体の内側に彼・・・物袋氏の願望を反映した世界が広がっており、これを止めるには私が作ったこれをぶち込むほかはありません」

 言いながら、何処からともなくアンチオーロラ粒子を含むミサイルの弾頭を取出し科学捜査班を地味に驚かせる。

「ふう~・・・何つーか、根拠のない自信に聞こえるのはオイラだけ」

ドラはやはり彼女の事をあまり信用していない様子で、どこか対応が淡白だった。エルミは彼の態度に嘆息を突き、おもむろに口を開く。

「あなたが私を信用していないことは誠に残念ですが、あなた方に異民を止める術はあるのですか?これ以上の被害を生み出さず、事態を早急に解決できる力があるのなら今すぐ見せて下さい」

「んなこと言われてもよ・・・」

「無理を言わないでもらいたいものじゃ」

「だったら、もっと私を信じて欲しいですね」

 そう言った直後―――テレビのニュースから臨時速報が流れ、ドラたちの耳に衝撃の報せが届けられた。

 

『番組の途中ですが、臨時ニュースをお伝えします!今日午後3時ごろ、突如東京の街並みが地上から忽然と姿を消しました!』

 かなり動揺した様子の若いアナウンサーが冷や汗を浮かべながら、次々と渡される文面を読み上げている。呂律が回り切っていないアナウンサーからの報告に誰しもが耳を疑う中、現場からの中継カメラの映像が真実を映し出す。

 ヘリコプターから撮影された映像は東京の変わり果てた街並みを具に映し出している。画面が切り変わると、東京という街全体が巨大な隕石の衝突に遭ったが如く直径数十キロのクレーターと化し大きく陥没―――消失していた。

「な・・・東京が・・・!」

『ご覧ください!!我々は夢を見ているのでしょうか・・・信じがたい光景が目の前に寒々と広がって・・・』

 プツン・・・・・・

 ザー・・・ザー・・・

「おいおい、どうした?!」

 番組の途中でテレビ画面が突如途切れ、何もない砂嵐の光景となった。

「どうやら、気づかれたようですね」

「気づかれた・・・誰に?」

 周りが訝しげな顔を浮かべる中、エルミは当初想定していた事態以上に深刻な問題になったのだと結論付ける。

 椅子から立ち上がると、手早く荷物を整え、ドラたち全員に出発を促した。

「急いで、東京に向いましょう!」

 

 

東京都 国会議事堂痕

 

 日本の政治機能は完全に停止した―――というよりも、政治家を含め彼らが党利党略を繰り広げる建造物事態が忽然と姿を消したのだ。

 極東の島国の首都の機能が停止したことで、日本中のあらゆるところで不具合が起こり始める。交通、経済、福祉サービス・・・・・・そのほとんどを東京に依存していた地方自治体は混乱する人々を鎮静化させることさえままならなかった。

 日本が大混乱する様を上空から眺める異民―――物袋拓真。彼は内に抱く願望を具現化させ、それを現実世界で行使した。それに伴い、東京という街一つを消失させるほどの巨大な力を彼は手に入れた。

「誰でもいい、認めさせてやる。懸命に生きようとしていた俺たちがどうして爪はじきにされなければならなかったのか」

 拓真が抱えるたったひとつの願い。その願いを実現するために、彼は異民としての力を限界まで引き出し、日本と言う国すべてを取り込むほどの強い力を作り出そうする。

 そうして作られたブラックホール状の空間が、上空に現れ、それに吸い寄せられた事物すべてを等しく飲み込んでいく。

 

 大規模な破壊活動が加速度的に進む一方、街があった場所から少し離れた場所に魔法陣が発生―――その陣を通ってドラたちが出現する。

「ど、どうなってやがる?」

「あのさ、今あんた何したんだ?!」

「写ノ神君が冒頭で言っていた質問の答えがこれです」

 職場にいたと思えば、気が付けば日本の首都の近くに移動していた。誰もが訳が分からず不安に駆られていると、エルミは瞬間移動の種を明かす。

「碧陽帝国で開発した瞬間転送ポートです。これがあれば、いつでもどこでも任意の場所に移動することが出来るんです!」

「ああ。サムライ・ドラ版の“どこでもドア”って訳だ!」

「それ言っていいのか・・・」

 些か疑問に思う中、龍樹が周りから奇妙な気配を感じ取り―――皆に注意を促す。

「何か来るぞ・・・・・・」

 周囲から感じ取れる異質な気配に全員が眉を顰めていると、どこからともなく弊衣破帽でのろのろと歩く大量のホームレスが現れる。

「みすぼらしい連中だな」

「それになんですか・・・この鼻の曲がるような臭いは///」

「何週間も風呂に入ってないホームレスから発せられる体臭か・・・こりゃ、思った以上に強烈だ!」

 弊衣破帽な服はドラたちに嫌悪感を与えると同時に、不衛生ゆえに汗やその他の汚れが複雑に混ざり合い異様な臭いを発している。

 真面に嗅いでいると嗅覚がおかしくなりそうだった。ドラたちは鼻をつまみながら、目の前のホームレスを警戒する。

「彼らもまた半異民(デミ・イレギュラー)と化した者たち。みなさん、気をつけて下さい!」

「ったく・・・・・・面倒な仕事がどうしてこう次から次へと舞い込むかな」

 ぶつくさ文句を言いながら、ドラは腰に差している刀を引き抜き―――それを皮切りに幸吉郎たちも戦闘準備を整える。

「仕事してると、ほんと嫌な事ばっかりだ!」

 刹那、異界法則に捕われたホームレスたちが一斉に銀色に輝く粘着質の怪物と化し、ドラたちに向かって襲い掛かってきた。

 襲い掛かる敵を前にし、一旦散開をすると―――幸吉郎が真っ先に刃を突き立て、自慢の狼猛進撃を繰り出した。

壱式(いっしき)牙狼撃(がろうげき)!!」

 確かな手ごたえを感じた。銀色の粘着質に覆われた怪物を突き倒した、つもりだった。

 だがしかし、敵を傷つけた瞬間―――真っ二つに分かれた体が戻りはじめ、飛び散った組織もすべて元の状態へ帰化する。

「なに!?」

 目の前の光景を強く疑う幸吉郎。再生した怪物は手首を鋭利な刃物の形に変え、複数体で反撃を始める。

「ちっ!」

 攻撃を受ける寸前で飛び上がり、幸吉郎は四方八方から襲い掛かる怪物たちを手当たり次第に斬りまくる。

 しかし、それをすればするだけ先ほどと同じことが起き―――斬られては再生し、斬られては再生するという行為を繰り返された。

「斬っても斬っても切りがねぇ!何なんだこいつら!?」

 

「つらああああ!!!」

 悪戦苦闘するのは幸吉郎だけではなかった。駱太郎も敵を殴ったそばから、殴られた相手が何事も無かったように体を再生させ、決定打を決められずにいた。

 そうして、地味に体力を消耗させていきながら隙を突いて数に物を言わせて集団で襲い掛かってくる。

「だったら全部打ち落としてやるよ!!万砕拳、乱万砕(らんばんさい)!!」

 ダダダダダダダダダダダダダ!!!

 一撃必壊(いちげきひっかい)の破壊力を持った拳、その乱れ打ちが飛び交う。

 ダダダダダダダダダダダダダ!!!

 拳に触れた瞬間に敵の体は破裂し、飛び散った銀色の粘着質が無造作に飛び散って行く。だがそうやって敵を倒しても、瞬時に再生されてしまうので結果は元の木阿弥だった。

「こいつら天然のサンドバックみたいな連中だ!こっちのスタミナ減らすのがうめぇことうめぇこと!!!」

「とはいえ、この状況はかなり不利ではないか?」

 駱太郎の言葉に相槌を打った龍樹は現在、下手な攻撃手段を捨て呪縛の法典による拘束術で以って敵の動きを封じている。だがそれが決して有効な打開策ということではないくらい、彼は熟知していた。

「こんなこと真面にしてるわけにはいかねぇのによ!」

「全くです。これじゃ何のために写ノ神君が酷い目に遭ったのか分らないですよ!」

 互に背中を預け合いながら、写ノ神と茜も龍樹同様に敵の動きを封じつつ、何とかその数を減らそうという努力を続けた。だがその実、効果はほとんど皆無に近い。

「言ったはずです!異民は既存の法則から外れた異界法則を持っているんです。現世側の物理法則に従って生きるあなたたちの攻撃では彼らを倒す事はできません!」

「だったらあんたの持ちこんだアンチオーロラ粒子とやらで何とかできねぇのか!?」

 これと言った特異な能力を持ち合わせず、単純に生命力が高く射撃の腕が超一流というスキルで以ってこれまで生き続けてきた昇流は、銃で応戦しながらエルミに率直な事を尋ねる。

「こんなに沢山いたんじゃどうにもなりませんよ!」

 質問に答えようとすると、エルミに向かって敵が一遍に襲い掛かる。彼女もまた敵の数と性質にほとほと困り果てている。

「それに、これを作り出した張本人は最初にオーロラ粒子を浴びた者・・・つまりは、物袋拓真と言う男性なんです!彼を捕えないとどうにもこうにも!」

「ですが、それらしき人の姿は見えませんけどね」

「おい!あれ見ろ!!」

 そのとき―――駱太郎が声を上げ、空中を指さした。

 上空を見上げると、弊衣破帽なジャンパーに身を包み、かなりくたびれたジーンズをはいた異民・・・・・・物袋拓真が空中に浮いた状態で頭上のブラックホールの中へ街を取り込み続けている。

「東京を消し去ったのはあいつか!」

「ブラックホールみたいなもので何でも吸い込むつもりなんだ。ふざけやがって!!」

「よーし!それならここはオイラに任せろ」

「どうするつもりですか、兄貴!?」

 ドラは草鞋の下にあるジェットエンジンを作動させると、勢いよく空中へ舞い上がる。そしてそのまま、拓真の元へと直進する。

「うおおおおおおおおおおおおお」

「ダメですドラさん!!犬死しますよ!!」

「オイラは猫だああああ!!!」

 エルミの忠告にツッコミを入れ、ドラは刀を振りかぶり―――躊躇いなく拓真へと斬りかかる。

「死人のくせに調子こいてんじゃねぇぞ!!」

 

 ドラは拓真を斬り殺したつもりだった・・・・・・だが、拓真の体は斬撃をすり抜ける。

「な!!」

「おいマジかよ!?」

「斬撃をすり抜けやがった!?」

 夢か幻の様な光景に一同は唖然。ドラは一瞬思考が停止したが、気を取り直し、再度同じことを繰り返す。

 だが二度斬っても同じだった。諦めきれないドラは、無意味とも思えるほどに何度も拓真の体を斬り続ける。

「この!この!このこのこのこのこのこのこの!!」

 斬っても、斬っても、斬っても、斬っても・・・・・・いくら斬ってもドラの斬撃はまるで暖簾に腕押し、手ごたえは一切感じられなかった。

(くっそー・・・覇気を纏った斬撃も効果なしとは。こりゃホントにこっちの世界の法則が効かない相手みたいだ)

 と、そのときだった。焦りの表情を浮かべ出したドラを一瞥し、拓真は無表情のままおもむろに掌をドラの前に突き翳す。

「!!」

 刹那、凄まじい衝撃波が大気と一緒に弾かれ―――ドラの体に直撃する。

 

 ドカーン!!

 

「兄貴!!」

「「「ドラ(さん)!!」」」

 地上へと落下したドラは勢いよくアスファルトに激突。巨大な粉塵を巻き起こし、衝撃力に伴った大きさのクレーターを作った。

「ててて・・・・・・・・・理不尽なイジメを受けるのは人間のはずなのに」

 そう思いながら、長らく体感していなかった強烈な痛覚にドラは渋い顔を作った。

 やがて、ドラの安否を気にしたエルミを筆頭とする全員が近づいてきた。

「ドラさん!」

「兄貴、大丈夫ですか!?」

「んな訳ないだろ。体中の部品がイカレちまいそうだよ!」

「その割には元気そうじゃねぇか・・・」

「空元気だよ!!見りゃわかるでしょう!!」

 と、怒鳴った砌―――全身が球状の結界で覆われた物袋拓真が地上に降り立った。ドラたちはそれなりに慌てた様子で、いつでも迎撃できるように戦闘態勢を作る。

「警察も自衛隊も手が付けられない事態なのに・・・どうしてお前たちは俺に刃向うんだ?なんで逃げないんだ?」

「刃向ってるわけじゃない。気に入らないからぶちのめしに来ただけだ」

「あなたが内に秘めるオーロラ粒子・・・それを取り戻しに来たんです!」

ドラやエルミが各々の目的を口にすると、拓真は深い溜息を漏らす。そして彼らを哀れんだ眼差しを向ける。

「せめて苦しまない様にあの世に送ってあげるよ。死ぬ前に言いたいことはある?」

「碧陽帝国国立総合科学技術研究所研究員、エルミ・リグザリオ!!」

 真っ先にエルミが名乗りを上げた。

「TBT長官兼全国ボトルシップ愛好会名誉会長、杯昇流!!」

「TBT特殊先行部隊“鋼鉄の絆(アイアンハーツ)”総司令官・・・三遊亭駱太郎!!」

 直後、彼女をきっかけに昇流と駱太郎が順に前に出て―――胸を張り所有する肩書きと一緒に自分の名を名乗る。

「だから肩書で張り合ってんじゃねぇよ!!!」

 こんな状況でもバカ丸出しの二人を幸吉郎は再度怒鳴りつける。

 刹那、四方から半異民(デミ・イレギュラー)の怪物たちが飛来―――ドラたちを袋叩きにせんと襲い掛かる。

「はああああ!!」

 エルミは瞬時に敵の動きを見極めると、片足飛びで10数メートルほど高く飛び上がり、飛んできた怪物たちに強烈な蹴り技を炸裂し、一網打尽とする。

「すっげ~~~!!」

「エルミ・・・ホントに人間か?」

 やや引き攣った顔でドラが尋ねる。地上に降り立ったエルミは肩を鳴らし、その問いに素直に応じる。

「正確に言うと違いますね。私もあなたと同じ、元は猫みたいな生き物でしたから」

「”みたいな”?」

「黒猫族と言いましたね・・・私たち一族は周囲の生物に不孝を招く体質ゆえ、人や自然が大好きなのに拒絶され続ける日々を送り続けていた」

 エルミ・リグザリオの正体―――それはネコ科の生物から人間の姿に進化した存在、猫人間というべき存在だった。黒猫族と呼ばれた彼女の一族はその体質のために迫害され、疎んじられていた。そのため彼女自身も元来は身内しか信じられない性格で、彼女を除いた一族も二、三人しか残っていなかった。

「そんな体質でしたから、みんなからの嫌われ者だし味方もお姉さま方しかいないと思ってた。でも、碧陽の皆はそんな私たちを受け入れてくれた。私の不幸を乗り越えて、幸せだって言ってくれたんです!だからこそ、オーロラ粒子を完成させて恩返しがしたかった」

「だけど、俺はあんたのそのどうしようもない国で作ったどうしようもない研究のお陰で大迷惑を被ったんだ。漸く死んで生きてた頃の不幸・・・苦しみから解放されたと思ったのに・・・・・・その矢先がこれだ。俺が何をしたって言うんだよ!!」

 拓真は死んで楽になったつもりが、望んでもいなかった力に取り憑かれたがゆえに辛い経験ばかりを味わった現世に異民という形で蘇ったことを迷惑と言い、あからさまにエルミとその研究、碧陽帝国そのものを罵倒する。

 これを聞き、エルミは拳を強く握りしめ反論する。

「異民にああだこうだ言われるのもそうだけど・・・・・・私のしたことで碧陽が悪く言われるのは、我慢ならない!!」

 自分の研究以前に、今の自分の居場所である碧陽という国事態を罵られたことが何よりも許し難かった。エルミは薄ら涙を浮かべ、拓真に強く反発する。

 その直後、ドラが嘆息を突いてから閉ざしていた口を開いた。

「舐めるなよ、キャットウーマン。碧陽の連中に乗り越えられる程度の不幸なら、オイラたちにだって出来るに決まってんだろうが!」

「兄貴の言う通りだ。ネコ娘も異民の男も何が不幸だ、苦しみだバカ野郎!生きてりゃ人並みに辛いことがあんのは当たりめぇだ!!人並みの不幸もな!!」

「俺の味わった不幸は・・・人並みなんかじゃない!!」

「てめぇの話になんか興味ねぇよ!!こっちは仕事でやってるんだ!!」

 最後に何の気なしに言い放った幸吉郎の言葉が、拓真の抑えがたい根源的な怒りと憎しみに火をつけた。

「仕事・・・仕事・・・仕事と・・・・・・・・・その言葉を死んでもなお聞かされるとは思わなかったよ」

 どす黒い負の感情が沸々と湧き上がる。拓真が異民としての力を急激に増大させると、周囲の空間が大きく歪み乱れ始めた。

 晴れ渡っていた空が厚い雲に覆われ、光が遮断されると嵐の如く突風と雷が巻き起こる。

 気象状態が著しく乱れる中、ドラたちは上空で肥大化し強く歪曲するブラックホールを凝視し、固唾を飲む。

「おい・・・・・・ちょっと、不味くねぇか?」

「ちょっとじゃないよね・・・・・・相当に不味いよね」

「いけません!彼の怒りから来る新たなる願望が具現化しようとしているのです!!」

「願望って・・・例えば!?」

 恐る恐る写ノ神が尋ねると、エルミは感情のコントロールが効かなくなっている拓真を一瞥し、額に汗を浮かばせながら答える。

「我々をこの世から完膚なきまでに消滅させる・・・・・・とか!!」

 

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!!!!!」

 刹那―――感情を爆発させた拓真の体からオーロラ粒子が飛び散った。飛び散ったオーロラ粒子はブラックホールの中に吸い込まれると、ブラックホールの吸引力を著しく高め、周囲にあるものすべてを取り込んでいく。

「全部・・・全部・・・・・・消えてしまええええええええええええええええええええええええええええ!!!!!!!!!!!!」

「うわあああああああああああああああああああ!!!!!」

「きゃあああああああああああああああああああ!!!!!」

 ドラたちは抵抗することもままならず、悉くブラックホールへと吸い寄せられ、黒い渦の中へと飲まれていった。

「「「「「「「「ああああああああああああああああああ!!!!」」」」」」」」

 

 

 

 ブラックホールへと飲まれたドラ達の運命は?!

 

 

 

 

 

 

ドラさん語録~サムライ・ドラが残した語録集~

 

その21:大人は人格や仕事でその人を評価するんだ

 

社会に出ると大人たちは仕事を通じてその人の人間性、仕事の度合いなどを見て総合的な判断を下す。だが実際のところ、何を持ってすれば大人と認められるのか?存在を認められることが大人なのか、あるいはその当為にあるのか・・・。(第17話)

 

 

 

 

 

 

短篇:緊急取調室

 

 緊急取調室―――その部屋は、捜査官と被疑者の最後の戦場。そして今宵、過酷な戦場に立つ麗しき大和撫子が一人。

「それでは、取り調べを始めます。あなたをマル裸にしてみせます」

 TBT特殊先行部隊“鋼鉄の絆(アイアンハーツ)”第六席、朱雀王子茜。またの名を―――マル裸の女。

 

 

TBT特殊先行部隊 緊急取調室

 

 中年太りで強面、その上サングラスをかけた被疑者と茜が面と向き合う。取調室と言う被疑者との距離が50センチほどばかりの密室において茜は痺れを切らし、声を荒げる。

「いい加減にしてください!」

 言いながら、叫ぶのに便乗して右手を机に思い切り強く叩きつけた。

「痛った~~~い!」

「何やってんだよ・・・」

「痛い~~~///」

 思った以上に叩いた衝撃が強かったらしく、茜は涙目となり声を上げ、間近で見ていた被疑者の男も呆然とする。

「痛かったら叩くなお前、それさっきからよ・・・あんだよ!」

 腫れ上がった掌を息で冷やすと、茜は気を取り直し被疑者と向き合い問いかける。

「もしもし!昨日の晩・・・今朝9時ごろ、どこで何をしてたんですか?」

「どっちなんだよ?!昨日の晩か今朝9時かどっちかにしてくれよ」

 矛盾した内容に戸惑う被疑者。茜は指摘を受けると「あら失礼」と返し、再度尋ねる。

「昨日の晩、何をしてなんですか?」

「昨日の晩?歯が痛くてずっと寝てたよ!」

「そうですか」

「そぅだよ」

 話を聞き、茜は被疑者の顔を凝視しながらおもむろに―――

「そろそろ、はいたはどうなんですか?」

「”はいたらどうなんだ”みたいに言うな。なんだ“はいたはどうなんですか”って。直りかけたわ、なぁ。だから俺下着泥棒だろ俺よぉ?捕まってんだろ今よっ!」

 男は下着泥棒、それも杯真夜の下着を盗んだ罪でこの取調室に招かれ―――真夜から直々に許可を得た茜が取り調べを担当している。

「そんなことどうでもいいんですよ」

「どうでもいいってどういう事だよお前?」

 取り調べの最中、突然茜が訳の分からない事を言って来た。被疑者の男が尋ねると、机に置かれた丼の容器を指さし、茜は強い語気で言い放つ。

「私が言っているのは、どうしてこのかつ丼を食べないのかってことですよ!」

「どうだっていいわこんなもんお前!腹いっぱいなんだよ勝手に用意しやがってコンニャロー!」

「伸びてもいいんですか?」

「伸びねぇだろかつ丼はよ!バカじゃねぇのほんとに・・・」

 それを聞いた直後、ハッとした表情を浮かべ―――茜は訝しげに尋ねる。

「あなたまさか・・・・・・ソースかつ丼派ですか?」

「そういうの知らない。ソースかつ丼も好きだけど、そういう派閥ねぇだろ別によ」

「もしもし」

「なんだよ?」

 すると、机の引き出しから茜は一本の包丁を取り出し見せつける。

「これが何かわかりますか?」

「包丁じゃねぇか」

「かつ丼を作るときに使用した包丁です」

「・・・・・・・・・・・・だから何なんだよ?!」

 一瞬思考が停止した被疑者。長い間を開けたのち率直に思った事を彼女に言った。

「俺下着泥棒だからさ、知らねぇんだよ包丁とか!」

「いいですか」

「なんだよ?」

「私の作った超絶美味しい、夫の写ノ神君も大好物なこのかつ丼を食べる為に、何度も犯罪を犯すお馬鹿さんがいるんですよ!」

 それを聞いた瞬間、「ダメだろそれ!」と被疑者は一喝する。

「何リピーター持ってるんだよお前・・・お前が作ってるのこれ、ねぇ?お前の包丁じゃねぇかよ」

「早く食べて下さい」

「いらねぇーつんだかつ丼は!腹いっぱいなんだよ俺よ!」

「私この道1年も満たないですが、あなたみたいなお客さんは初めてです」

「客じゃねぇよ!捕まってここに来てんだよ今!」

 段々と彼女にいろいろ質問されることが面倒となって来た。不満を募らせる被疑者に対し、茜は「しかしですね」と口を開く。

「今のあなたの姿をお母様が見たら、さぞかし悲しむでしょうね」

「お袋関係ねぇだろ。出すなよ!」

「豚みたいに太ってしまって」

「体系の話しか!誰が豚みたいだうるせぇな。ちっちぇー頃からずっと太ってんだコノヤロウ・・・」

 いつもながらキレキレの毒舌がお見舞いされる。被疑者の精神的な負荷は益々重くなる。

「でもあなたのその姿を見たら、お母様・・・・・・ブログに何て書くでしょうね」

「ブログやってねぇよ。母ちゃんブログやってねぇんだよ、なぁ。コメントぐらいすっかもしれねぇけどよ」

「あなただって昔は、素直なころもの頃があったのでしょうね」

「子ども(・・・)ね!何ころもって?かつ丼にかかってんだろうころもって。めんどくせぇなこいつ何なんだよ・・・」

 よく言い間違いをすることも作戦のうちなのか、あるいは単なる天然か。どちらかは不明だが、至極面倒であることは確かだった。

「まぁあなたも一人っ子です。ご両親も優しくしてくれたんじゃないんですか?」

「八人兄弟だよ俺、なぁ。残念だったな」

「いいですか」

「なんだよ?」

「こういう時は一人っ子にしておくものです!」

「どうやってすんだよ!?七人いるんだ他七人、なぁ!母体に返すのかお前!?」

「ちょっと何言ってるか分かんない」

「なんで何言ってるか分かんねえんだよ!七人いるんだ他に!八人兄弟だよ!」

 さらっと被疑者の話を何事も無かったように流そうと茜の態度に激怒し、一人っ子で無理矢理話を通そうとする彼女に八人兄弟であることを強く主張する。

「そうですか八人兄弟なんですか!」

「そうだよ」

「お母様さんも苦労したのでしょうね」

 母親の話をすると、被疑者の表情が若干曇り出す。

「子ども七人を学校に行かせなければならない・・・食事も与えなければならない・・・あなたのお母様、大変だったでしょうね」

 被疑者の心の機微を感じ取り、母親感情に乗っ取って被疑者の心に揺さぶりを掛ける。被疑者が物寂しそうに黙り込むと―――茜は不意に歌を口ずさむ。

「かあ~さん、かあ~さん、おはながながいのね~♪」

「歌絶対違うわそれ!」

 歌っている途中、被疑者は茜の歌った甚だしい歌詞違いを指摘する。

「“ぞう~さん、ぞう~さん♪”でしょそれ!?普通なんかお前“夜なべして手袋編んだ”とかそう言う歌だろうが!」

「何で下着泥棒、それも真夜さんのを盗んだんですか?」

「ムシャクシャしてたんだよ」

「ムシャムシャしてたんですか」

「”ムシャムシャ”じゃない、ムシャクシャ!何俺飯食いながら下着盗んでんの、バカじゃないの・・・」

「まぁ誰だって、魔が差すとペガサスは似てると思いますよ」

「全然似てねぇわ!何だ魔が差すとペガサスってお前・・・・・・ちょっと似てんな」

「誰だって魔が差す事はあるんです。あなたもそうなんですよね?」

 そう問いかけた直後、被疑者は悲壮感に満ちた表情で溜息を漏らし、自分が下着を盗もうとした動機を語りだす。

「いや実はさ・・・「うんうん」

「会社もリストラに遭って・・・最近いい事全然なくって「うんうんうんうんうんうんうんうん」

「俺そういう奴大っ嫌いなんだわ、なぁ!!」

 完全に話が終わっていないにもかかわらず、無暗やたらと相槌をしてくる茜の態度に大喝―――被疑者はわざとらしい彼女を睨み付ける。

「なんで話聞こうとしねぇんだよ!?うんうんうんじゃねぇよ!」

「まぇでもあなた私よりも年は上ですが30代なんて今の時代若い方ですよ。いくらでもやり直しがききますし、一生自分の歯で物を食べたいですよね」

「自分の歯?自分の歯!?」

「虫歯を直して、私のかつ丼を食べたいですよね?」

「いらねぇつってんだかつ丼は!」

「もしもし!」

「なんだよ!?」

「あなたまだ自分の立場が分かってないみたいですね」

「何なんだよ?」

「いいですか、これだけは言っておきますよ」

「あんだよ?」

 言った瞬間、茜は立ち上がり―――眉目秀麗の少女から一変、狂気に支配されたサディストへと変貌し、いつの間にか鞭と蝋燭を携えている。

 被疑者は激変した彼女の態度に恐怖しながら、圧倒的な存在感に動揺する。そして、彼女は鞭を叩きつけると―――少女とは思えない形相で睨み付ける。

「あたいがたっぷりとしばきあげようかい・・・このブタヤロウ!!!」

「ああああああああああああ!!!!!」

 

 

 数十分後。トランクス一丁となり、身も心も茜に打ち砕かれた被疑者がロープで巻かれた状態で緊急取調室から出て来た。

 取調室で起こった出来事を感知していなかった男たちは、何をどうすればこのような結果になるのかと、被疑者に起きた惨事に目を疑った。

「無事にマル裸にしてみましたよ♪」

「マル裸の意味が違うし・・・・・・」

「ひでー取調室、いや取上室だな・・・・・・///」

 

 

 TBT特殊先行部隊“鋼鉄の絆(アイアンハーツ)”第六席、朱雀王子茜。

 またの名を―――マル裸の女。その意味は、実に恐ろしいものだった。

 

 

 

 

 

 

 

                 おわり




次回予告

ド「ブラックホールの中へと吸い込まれたオイラたち。物袋拓真はオイラたちに自分が辿った、死ぬまでの経緯を具に伝えようとする」
「本当に救われなければならない人間とは何なのか?なぜ、奴は社会への恨みを抱き続けているのか?」
「次回、『ある男の存在価値(レーゾンデートル)』。安定した生活を送ること・・・それは簡単な様で、すごく難しいことだった」

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