サムライ・ドラ   作:重要大事

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ド「国民の三大義務について、言える人はどれだけいるかな?ちなみにこのクイズの答えは・・・勤労の義務・納税の義務・教育を受けさせる義務だ。中でも一番大切だと思われるのが、勤労。つまり、働くこと」
「そもそもの話、働くって言うのはどういうことなんだろう?何のために人は働き、何のために毎朝早く起きて職場に行くのか?そういう疑問を感じた人は少なからずいるだろう。そんな疑問を抱える人やこれから就活をする大学生のみんなに是非とも見てもらいたい」


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西暦5538年 7月18日

某国国立総合科学技術研究所 第3研究室

 

 とある国の研究機関にて、ある実験が行われていた。

 研究者たちは薄暗い部屋に集まり様々な精密機器と向き合う。怪しげな雰囲気が醸し出される室内で、白衣に身を包む一人の美女は実験の推移を見守っていた。

「これが成功すれば・・・・・・」

 と、淡い期待を膨らませた直後、

 ブー!ブー!ブー!

 研究室に響き渡る警報ランプ。実験は予想外の結果を招いてしまった。

「主任!!」

「冷却装置作動!!オーバーヒートしたらお終いを!!」

 研究途中にあった物質が異常な数値を示した。規格外のエネルギーを産出したことで、研究員は熱暴走を食い止めようと必死になる。

 だがその行為も虚しく、臨界点を突破した物質は硬質性のガラスの容器突き破り―――研究所は大爆発に見舞われる。不慮の事象により、発せられた虹色に輝く粒子は研究所の外へと漏れ出る。

 爆発の余波によって酷く疲弊した体を起き上がらせ、女性は外へと流れ出てしまった物質に関し、一抹の不安を抱く。

 

 

7月19日 午前11時30分

TBT本部 特殊先行部隊“鋼鉄の絆”オフィス

 

 ミーン、ミーンとセミの声響く小樽。俗にいう地球温暖化の影響か、昨今は異常気象の恒常化で北海道の夏も本州並みに厳しい物となっていた。

 

 ブゥゥゥン・・・

「あ~~~・・・あぢぃ・・・」

 扇風機の前で暑いと言う事を露骨に表現する駱太郎。オフィスに一台しかない扇風機を独占し、全身から吹き出る汗を乾かそうとするが―――あまり意味の無い行動だった。

「暑い!!暑過ぎる!!なんでエアコン壊れたまんまなんだよ、修理しようぜ、修理!」

「だぁ~~~うるせぇな!!何べんも同じ事言うな!!お前の存在そのものが暑苦しいんだよ単細胞!!」

 タンクトップ一枚で厳しい夏の暑さに堪えていた写ノ神。目の前で駱太郎が大声を上げるだけで、熱さからくるものと相まって彼のストレスは急激に溜まっていく。

 写ノ神が怒号を発するや、「お前の怒号の方が暑苦しいわ!!」という声が放たれる。言って来たのは杯昇流だった。

「静かにしてくれよ。落ち着いて船組み立てることもできねぇ!!」

「「てめぇは少しは仕事をしやがれ、ボケ!」」

暑さにもめげず、仕事そっちのけで趣味に興じる昇流に駱太郎と写ノ神の心はひとつとなり、声は寸分たがわずシンクロする。

「いい加減にしてくださいよ~~~。写ノ神君と駱太郎さんの放熱で室温が上がりそうです・・・」

 茜も正直な話、この異常な暑さに参っていた。扇子を優雅に仰ぎながら放熱の原因となっている二人を諌める。

「予算削減、節電対策、エアコンどころか装備の修理も滞っているんじゃ・・・お前たちも幸吉郎を見習って黙って仕事せい!!」

 とは言いながらも、龍樹は熱さを少しでも和らげようと―――書類仕事をするかたわら足の下にバケツに張った冷水を設け、その中に浸している。

 周りが口々に暑い暑いと愚痴をこぼす一方、副隊長の幸吉郎は無言を貫き、熱さに屈することなく黙々と事務仕事をこなす。

「こ・・・幸吉郎」

「本当に熱くねぇのか・・・」

 微動だにせず仕事に集中する幸吉郎の姿は、駱太郎と写ノ神にすれば悟りの境地に達した者の様に思えてならなかった。

「どんなに暑かろうと寒かろうと、集中していれば関係ない。仮にも特殊部隊なら、そうやって己を鍛え上げるハズだ!」

「でもすごい汗だぜ、やせ我慢してない・・・?」

 悪気はない駱太郎が気を遣って顔を近づけると、「が、我慢なんかしてねぇ!!俺に近付くな暑苦しい!!」と、幸吉郎は駱太郎の接近を強く拒んだ。

「そう言えばドラは?」

「あれ?さっきまでその辺にいましたけどね」

写ノ神と茜はいつの間にかオフィスから姿を消しているドラの事が気掛かりだった。その話を聞き、幸吉郎はハッと気づいた。

「きっと捜査に行ったんだよ!!こんな暑さなんかものともせず!!さすがは兄貴!!本物の特殊部隊隊長だぜ・・・!!」

「いや・・・・・・それはお前の買いかぶりだと思うけど」

 

 昇流の予想は的中していた。

 オフィスを出たドラは駐車場に止めてあった車の中でひとり、クーラーを全開にして悠々と漫画を読み寛いでいた。

「あ~涼しい、あんなとこじゃ仕事にならないよな~」

 最早仕事などやっていられなかった。自らの欲望に忠実となり、ドラは清々しいサボタージュを決め込んだ。

 

「あ~~~!!!もうダメだ!!」

 と言った瞬間、駱太郎は椅子から勢いよく立ち上がり、外の方へと歩きはじめる。

「どこ行くんだよ!」

「冷やし団子でも食ってこねぇとやってらんねぇ!」

「そんな団子食いたくもねぇよ」

「私も何だか肌がベタベタして居心地が悪いです。シャワーでも浴びて汗を流して来ます」

 駱太郎に便乗するように、茜も席を立ち―――二人はオフィスから出て行った。

 プルルル・・・

 ほどなくして、オフィスの電話が鳴り、幸吉郎はおもむろに受話器を耳に当てる。

「もしもし?・・・・・・あっ?何だお前、イタ電やめろ!!こっちは忙しんだよ!!」

 怒号によって一蹴。火を見るより明らかな怒りを抱いた様子で、幸吉郎は受話器を思い切り叩きつけ電話を切った。

「どうした?」

「いたずら電話ですよ」

「いたずら電話?」

「なんかニャーニャー言ってて・・・“ドラ猫の兄貴は元気か!”って。どこの馬の骨だか知らねぇが、気安く兄貴と口にしてんじゃねぇよ!!」

 どうやら電話の主はドラに対して発信をしてきたらしいのだが、その相手の態度が相当に気に入らなかったのか、幸吉郎は終始不機嫌な表情を浮かべる。

 プルルル・・・

「性懲りもなく!!」

 先程の相手がまた電話を掛けて来たのだと思い込み、受話器を取るや、幸吉郎は腹の底から声を出し―――今の気持ちを赤裸々に伝えた。

「いい加減にしろ!!!こっちはてめぇ程度の相手をしてる暇はねぇんだよ!!おとといきやがれってんだ、×○△*クソ?!♯&野郎!!」

 決して口に出す事もままならない罵詈雑言。幸吉郎の勇み足な失言の結果、電話の主は間を開けてから―――低い声でつぶやいた。

『そうか・・・私はお前にとって×○△*クソ?!♯&の男なのか』

「え!ま、まさかこの声・・・・・・///」

 先程とは違う声だということに加え、それが自分もよく知る人物の肉声だと分かった瞬間―――露骨に引き攣った顔を浮かべ、幸吉郎は受話器を耳から放した。

『・・・折角いい仕事をもってきたつもりなんだがな』

 受話器から聞こえてくる声は紛れもなくTBT大長官の杯彦斎。聞いていた龍樹、写ノ神、昇流の三人は嘆息突き―――幸吉郎の勇み足を哀れに思う。

「マジでツイテねぇな」

「諸行無常じゃ」

「ただのバカだろ、おめぇ」

 

 

同時刻 東京都・立川ビル

 

 北海道から直線距離でおよそ1000キロ―――日本の首都・東京23区内にある護岸工事現場の崖下川岸から、男の転落死体が発見された。

 通報を受けた警視庁の刑事と鑑識が亡くなった男性の遺体を熱心に調べると、手や肩のあちこちから刃物で切られたような傷跡を多数発見する。

「事故じゃないな。刃物による傷だ」

「つまり、誰かに追い詰められて・・・・・・落ちた」

 男性が転落したと思われる眼前のビルを見上げる。

「しかし足跡はとれませんでした。何しろ地面が・・・これですから」

 監視官は地面が雨で濡れていることを指摘する。刑事たちは死亡し身元の確認を急いだ。

 

「財布の中にあったのはこれだけです」

 やがて、死亡した男性の懐から財布と名刺入れ、国民健康保険証の三つの遺留品が発見される。

「被害者の財布、中の金は?」

「所持金はありませんでした」

「物取りの線ですかね?」

「行きずりの犯行なら、厄介だな」

刑事は難しい顔を浮かべながら、発見された国民健康保険証を手に取り、死亡した男性の身元を確かめる。

「えーっと、物袋拓真(もってたくま)・・・生年月日5502年4月9日、今年36歳ですね」

「これ有効期限もうすぐ切れますよ」

 物言わぬ死体の体に雨がポツリポツリと滴り落ちる中―――不意に空から降ってくる、虹色に輝く細かな粒子。それは死亡した物袋拓真の体へと取り憑き、あり得ない事象を引き起こした。

 粒子が体に取り憑いた直後、彼の体は淡く発光すると同時に微かにその指が動かす。

「とりあえず、遺体袋の中に入れて・・・」

 刑事たちが拓真の死体を運び出そうとした瞬間、死亡したはずの彼はムクっと起き上がり、それを見た若い刑事は「うわあああああ!!!」と戦いた。

「ば・・・バカな!」

「どうなってやがる!?」

 我が目を疑う刑事たち。拓真はおもむろに体を起き上がらせると、全身から異質な力をみなぎらせ―――眼前の刑事たちに対して全身から衝撃波を伴った突風を引き起こす。

「「「うわあああああ!!!」」」

 

 

午後7時17分

小樽市内 居酒屋ときのや

 

「元気出せよ。よくあることじゃない」

 あの後、幸吉郎は言うまでもなく彦斎からのお叱りをこれでもかとばかり受けてしまった。ドラは昼間の失態を強く恥じ、意気消沈として項垂れるばかりの幸吉郎を元気づけようとする。

「ですが俺は・・・・・・仮にも大長官にあんな事を言ってしまって。自分が情けないっすよ!!」

 酒が入っている所為か、幸吉郎はいつも以上に感情的だった。ドラはグラスの中の芋焼酎を一気飲みし、赤くほてった顔の幸吉郎を凝視する。

「タイミングが悪かっただけだって。そうだろみんな?」

 ドラが尋ねると、駱太郎たちも同意し、一丸となって幸吉郎の事を励ました。

「何マジに考えてんだよ、幸吉郎!大長官だって鬼じゃねぇんだしさ!」

「大体普段怒らせ慣れてるんだ俺たち。あんなのこの前のカーチェイスに比べれば屁でもねぇ!」

「駱太郎さんのように清々しく開き直るのもどうかと思いますけど。そんなに心配なさっているなら、明日もう一度大長官さんに謝りに行きましょう」

「どうせなら拙僧たち全員で行こう。面と向かい合い、心からの誠意を見せれば大長官も許してくれる!」

「相手も幸吉郎と同じ人間なんだしさ。なっ!」

 写ノ神、駱太郎、茜、龍樹、ドラの順に温かい言葉が向けられた。幸吉郎はいい意味でも悪い意味でも家族一丸となって向き合おうとする彼らの厚意に勇気づけられ、やがていつもの元気を取り戻していった。

「・・・そうっすね。何だか気分が晴れて来ましたよ!」

「はは、人生肝心なのは気持ちの切り替えだよ。うじうじ気にしてたらノイローゼになっちゃうからな。飲んで気を紛らわせろ!」

「はい!!」

 熱燗のサービスを受けると、幸吉郎はお猪口にすりきり一杯の酒をグッと飲み干し―――プハーッと盛大に息を吐く。

 そのとき、気持ちよく飲んだ後で幸吉郎が不意に言う。

「ところで兄貴。万が一の話ですけど・・・」

「ん?」

「もしも大長官が人間じゃなかったらどうしますか?」

「”人間じゃなかったら”?」

「例えば、宇宙人や異世界人だったりして」

 全員の頭の中で、雑駁なイメージを浮かび上がった。TBT大長官・杯彦斎が仮に宇宙人や異世界人の類だった時の共通認識として―――触手が幾重にも生えそろったタコの様な姿を思い浮かべる。

「そんときは酢ダコにして食っちまおうぜ!!」

「え~、美味しくなさそうですけど」

「調理するなら、私がしましょうか?」

 と、料理を運んできた時野谷が彼らの冗談に相槌を打ってくる。途端、ドラたちは大爆笑の渦に包まれた。

 賑やかな雰囲気を醸し出すドラたちを余所に、カウンターに座り哀愁を漂わせていた若禿が目立つ男はおもむろに席を立つ。

「ここ・・・あおいそ」

 会計を済ませた男―――島田龍之介(しまだりゅうのすけ)は、けっと悔しがりながら千鳥足で歩き出す。

「何が会社だ、上司だ・・・・・・んなもんクソ喰らえだ」

 先日のことだった。長年勤めていた会社を「社員の若返りの為」という理由でリストラを受けた。無職となった彼は退職金を糧に生活費を切り詰めながら新たな職を探そうとするが、40代後半に差し掛かった彼を真面に雇ってくれる会社など―――ほとんど見つからなかった。

「俺にはまだまだ可能性ってもんがあるんだ・・・ひっく」

 酔いの勢いで前に勤めていた会社を罵り、かたわら自分の可能性を強く信じている龍之介は不意に立ち止まり、ぼそっとつぶやく。

「だから、あんなケチくさい会社・・・・・・見切りつけてやったんだ」

 直後―――強い吐き気をもよおし、口元を押えると近くの駐車場へと入った。胃の内容物を一通り吐き出すと、彼はむせ返りながら悔しさを滲みだす。

「・・・・・・なんで俺がクビになんなきゃいけないんだよ・・・」

 理不尽なリストラに遭った事を思い返せば返す程、自分を見限った会社とそれを享受した社会に対する憎悪がひしひしと湧き上がる。

「会社のために懸命になって、会社のために必死に働いて来たのによ・・・・・・クソ―――!!!いつか大物になって、あんな会社ぶっ潰してやる―――!!!」

 と、心の底から来る願いを口にした瞬間―――大気中を漂っていた虹色に輝く粒子が龍之介の体へと取り憑いた。

 

「あひっ!」

 奇妙な感覚だった。龍之介は体に入りこんだ異物質の影響で、一瞬の間気を失い力なく倒れ込んだ。

 やがて、二人のヤンキーが駐車場の前を通りかかり―――そこで倒れている龍之介を発見し、近づいてきた。

「おいなんだよ・・・このオヤジ、完全に酔いつぶれてやがる」

「へへ。財布を抜いちまえ」

 わずかな遊ぶ金が欲しかった。ヤンキーの一人が気絶している龍之介の懐に手を伸ばす。直後、龍之介の腕が手首をがっしりと掴んだ。

「「え!」」

 突然目を覚まし、強い力で手首を掴んだ龍之介にヤンキーは戦慄する。彼らが離れると、鋭い目つきの龍之介は二人を凝視する。

 そして、焦燥を滲みだすヤンキーに対しおもむろに手を翳す。

 ヤンキーが言い知れぬ雰囲気を醸し出す龍之介に固唾を飲むと―――掌から圧縮された空気が高速で飛んでくる。

「「ぐああああ!」」

 高速で打ち出された大気の衝撃を受け、ヤンキー二人組は勢いよく飛ばされ、駐車場に止めてあった車のフロントガラスへと激突―――気を失った。

「こ・・・こりゃどうなってるんだ・・・!」

 意識を取り戻した龍之介は、何の前触れもなく突然身に着いた力に吃驚する。が、それ以上に力に対する強い高揚感に躍動する。

「な、なんだかよく分からんが・・・今までにないようなパワーを感じる・・・何でもできそうな気がしてきたぞ!」

 非凡な力が手に入ったと確信した。龍之介はこの力を使って思うがままにしてやろうと思い立った。

「うひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!!!あひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!!」

 意気揚々と不気味な笑い声を上げながら、龍之介はときのやの前を通り過ぎる。

 直後、店から出て来たドラたちがその光景を目撃し、怪訝そうに見つめた。

「なんだありゃ?」

「ただの酔っ払いだろ。ささ、もう一軒行こうぜ!!」

 

 

7月20日 午前7時00分

千葉県 成田国際空港

 

 夜明けとともに日本の国際線に降り立つ一台の飛行機。ボディには、漢字で『碧陽帝国(へきようていこく)』という文字が刻まれ―――その国旗が印刷されている。

 離陸を完了させた飛行機から、一人の女性が降りて来る。

 小柄な体格で黒いショートヘアーを風になびかせる美女。どことなく猫を思わせる雰囲気を持つ彼女はかけていたサングラスを外し、神経を研ぎ澄ませ眉間に皺を寄せる。

「感じる・・・・・・オーロラ粒子の力を」

 確信を持った彼女は車へと乗り込み、移動を開始する。

 

 

同時刻 サムライ・ドラ宅

 

「あ~・・・昨日はちょっと飲み過ぎた・・・気持ち悪りぃ///」

 血気が失われ、唇も真っ青になった幸吉郎はフラフラな体を引きずり、冷蔵庫の前に立つ。扉を開けると、激しい頭痛を緩和するため直接頭を差し出しひんやりとした冷気に当たる。

「はぁ~、きもちい~・・・・・・」

「痛ぅ~・・・脳ミソがガンガンする。ノンアルコールだって言うのに、なんでだ・・・」

 しかし、続けざまに起きて来た駱太郎が幸吉郎の存在に気付かず、誤って冷蔵庫の扉に寄りかかる。

「ふげえええええ!!しまるしまるしまる!!くびがしまる!!」

「あ?なんだ」

 すぐ近くで苦しみ喘ぐ幸吉郎の声が聞こえているのにもかかわらず、駱太郎の頭は完全には覚醒していなかった。

 朝から強烈な理不尽を経験した幸吉郎は自力で脱出し、明確な悪意の無い悪意で自分を無意識に殺そうとした駱太郎に怒髪天を衝く。

「てめぇええええ!!!危うく顔だけ氷漬けにされて窒息するところだったぞ!!」

「何の話だよ?」

「とぼけんじゃねぇ!!おめぇの所為で殺されかけたんだ!!」

「ああ・・・そうなの。そりゃ悪かったな」

「謝る気ゼロだろ!?人の命をなんだと思ってんだ!!」

 耳鳴りがするほどの金切り声。リビングでコーヒーを飲んでいたドラもその声に耳を塞ぎ、読んでいた新聞を無造作に放り投げ―――二人に近付く。

「朝からギャーギャー喚くなよ。貴重なコーヒーブレイクが台無しだ」

「ですが兄貴こいつが・・・!」

「あ~、めんどくさいな。些末な過去は忘れろ!ひとまず、あれやるから」

 そう言って取り出したのは三本の割り橋が入ったコップ。用意された割り箸を見るなり、幸吉郎と駱太郎はドラと一緒に適当に選び―――気持ちを整えると、 一斉に自分の箸を持ち上げる。

「「「せーの!」」」

 取り出した瞬間、今日の当番が如実にわかる。駱太郎は朝食当番、幸吉郎は掃除当番、そしてドラは洗濯当番を担当する。

「あああああああああああああ!!!!またこれだよ―――!!!」

 洗濯当番が当たった瞬間、希望を打ち砕かれたドラはこれでもかとばかり絶望する。というのも、この割り箸くじによる当番決めは毎日行われているのだが、ドラはこの一週間ずっと洗濯当番を担当しており―――いい加減辟易していた。

「どうしていつもいつももういつも洗濯なんだ・・・オイラが何したって言うんだよ///」

「おめぇが泣いてるところ久しぶりに見た気がする」

 ドラが泣くこと事態稀有な事だった。駱太郎がぼそっとつぶやく中、テレビから思わぬニュースが飛び込んできた。

『昨夜未明、東京新橋の大手一流企業ビルが何者かの攻撃によって次々と破壊されました』

「はぁ?」

 耳を疑う珍妙な事件だった。三人は関心を示し、生中継で報告される事件の全容を括目する。

『ご覧ください。日本を代表する一流企業のビルが、無残に破壊されています!幸いに死傷者は出ておらず、警視庁捜査本部は国テロ(国際テロリスト)による犯行が強いと見て捜査を進めています』

 テレビ画面を通して見えてくる、跡形もなく瓦礫の山と化した一流企業の本社屋ビル。駱太郎は思わず「へぇ~、怖いな。仕事行きたくねぇ~」とつぶやき、渋い顔で頭を掻く。

「大丈夫だよ。狙われたのは民間企業。それも一流企業ばかりだよ」

「それもそうっすね。うちは最初から民間企業どころか半官半民の警察もどきですし」

 懸念を抱く駱太郎とは異なり、ドラの悲観的で消極的な言葉に幸吉郎は賛同する。

「仮に民間企業だったとしても、オイラたちみたいな超がつく札付きの不良を雇ってるところなんて、一流どころか三流もいいところだし!ではははははははははは!!!」

「って!何でそんな声で笑っちゃってんの!?」

 甚だおかしな発言だと思った。だから、ボケに回ることの多い駱太郎もこの時ばかりは珍しくツッコミを入れた。

 

 

午前11時40分

東京都内 撮影スタジオ

 

「はい、茜ちゃん!カメラ目線お願いします!」

 東京にあるとある撮影スタジオにて、TBT捜査官であり人気女性雑誌「ガールズモーリー」専属モデルを務める朱雀王子茜は、カメラの前に立っている。

 特注の浴衣を着こなし、用意された小道具などを使いながら読者を惹きつけるポーズをとる彼女の表情はいつもよりもやや硬めだった。だがそれが結果として、雑誌の売り上げを伸ばし―――関係者からは重宝されている。

 彼女の付き添いとして足を運んだ夫、写ノ神は離れた所からカメラの前で美しく輝く茜の浴衣姿に見とれながら、同時に誇らく思い―――撮影の様子を見守った。

「調子いいみたいね」

「ああ、どうも」

 茜を読者モデルとしてスカウトしたガールズモーリーの担当編集の女性が現れ、写ノ神の隣に立ち、茜の様子を窺った。

「洋服姿もかわいいけど、やっぱり茜ちゃんは和服が板についてるわね」

「“現代の大和撫子”と言ってくださいね!」

「ふふ。本当に写ノ神君は、あの子にベタ惚れね!」

 自他ともに認めるバカップル。撮影は順調に進んでいき、思いのほか早い時間で終了した。午前のスケジュールを全うした茜は、コトコト・・・と下駄を動かしながら写ノ神と女性編集者の元に戻ってくる。

「お疲れ。今日もとっても可愛かったわ」

「浴衣姿になったときのお前のうなじがまぁいい感じにセクシーなんだな、これが!」

「う、写ノ神君///そう言う事は二人きりの時に言ってくださいよ、うれしいですけど・・・恥ずかしいですから///」

 夫に褒められること事態は素直に嬉しかった。だが、気恥ずかしいその手の褒め言葉はなるたけ二人きりの時に言って欲しいというのが茜の秘かな願望だった。

「今日はもういいわよ。来月号の表紙、楽しみにしててね!」

「はい。ありがとうございます!」

 写ノ神に手を引かれ、茜は真っ直ぐ更衣室へと向かった。

 その後着替えを済ませと、二人は撮影所を後にし―――手を繋ぎ合いながら都内をぶらぶら歩き出す。

「飛行機までの時間はまだあるよな?」

「そうですね。あと3時間くらいは」

「今日はドラたちもバラエティの撮影でこっちに来てるはずだから、顔出しに行くか」

「ついでに差し入れも持っていきましょうか」

 二人は、ドラたちのいるテレビ局へと向かって進路を北に取った。

 

 

同時刻 東京テレビ 第1スタジオ

 

 この日、テレビタレントでありお笑い漫才トリオ「サムライドラーズ」のメンバーであるサムライ・ドラと山中幸吉郎、三遊亭駱太郎の三人は大勢の観客とひな壇に座る芸能人たちが注目する中、ひそかに温めていた芸を披露しようとしていた。

「それでは、米沢直樹(よねざわなおき)ものまねお願いします!」

 テレビアナウンサーが呼びかけた直後、今世紀最も高い視聴率を叩き出した大ヒットドラマの主人公とその脇役に扮し、スーツで身を固めたドラ、幸吉郎、駱太郎の三人がドラマのワンシーンを再現する。

「謝るのはアナタだけじゃありません。雨の日に傘を取り上げ、トカゲのしっぽのように切り捨てて来た全ての人と会社です!小和田常務、土下座してください!」

 型破りでやられたらやり返す、をモットーとする銀行マンの主人公に扮した幸吉郎が強い語気で言いながら、眼前に立つしたたかで憎らしい上司役のドラを凝視する。

「米沢。もうその辺でいいだろう」

 駱太郎は緊迫した雰囲気をより演出するため、ドラマに出て来た別の登場人物の台詞を間に挟む。

「いいえ。ここで終わらす訳にはいきません」

 幸吉郎のこの台詞をきっかけに、駱太郎はスーツを脱ぎ捨て、その下に着ていた青い作業服を剥き出しにする。そして、眼鏡を掛けると哀愁漂う40代後半から50代前半の男性となり、ドラの前に跪く。

「これ、樹脂製のネジなんや。軽いんですわ~。これがあったら立て直せるんですよこれ!」

 雨が降り注ぐ中行われた完成度が高い会心の名演技を忠実に再現する。傘を差したまま無表情に立ち尽くすドラにすすり泣く様な声で縋りつく駱太郎だが、ドラはそれを冷たく突き放す。

「ここ土地担保に入れてくれたら・・・融資継続してくれるって言うたやないか~///」

 徹底した研究の元に忠実に、計算だ高く緻密に再現された演技一つ一つが見る者すべてを笑いと驚愕の渦に包み込み、リアルな臨場感を生み出す。

 ここでまた、幸吉郎と入れ替わりドラが扮する敵役の常務とメンチを切る。

「地べたをなめるようにアナタにすがりけなされ蔑まれ、それでも必死で家族を、会社を、大事なものを守るためにアナタに土下座し続けた人たちの痛みを、怒りを悔しさを!アナタにも思い知って頂きたい!小和田常務、土下座して下さい」

 悔しがるドラの顔を見ながら幸吉郎は登場人物になり切り、一筋の涙を流す。

「やれ―――!!!小和田っ―――!!!」

「うええええええええええええええええ!!!!!!」

 魂の訴えかけに常務に扮したドラの心も突き動かされる。心底悔しいという気持ちを表現しながら、頑なに土下座をしたくないことを一つ一つの動きで訴えかける。

 所詮はものまねだと高をくくっていた出演者も、ドラマ以上にリアルな演技を披露するドラたちを見て戦慄。足をバンバンと叩きながら膝を曲げ、常務役のドラは日常では絶対にしないであろう土下座という行動をテレビの前で披露した。

「以上、米沢直樹でした!」

 

 

同時刻 東京都某所

 

 弁当屋でドラたちへの差し入れを購入し、写ノ神と茜はテレビ局を目指し歩き続けた。

「幕の内弁当も随分と値上がりした感じですね」

「たかだか3パーセント増税しただけなのにな・・・・・・逆進性って言葉の意味が身に染みて感じるぜ」

 

 ドカーン!!

 

 唐突な破裂音。風を切って伝わる爆音が耳に入ったと思えば、最初の爆発を契機としていたるところから同様の爆音が発生し、黒い煙が上がり始めた。

「なんだ?」

「行ってみましょう!」

 尋常ではない事と悟った二人は、急遽―――爆発が起こっている現場を目指し走り出す。

 

 爆発があった現場では、宙を浮遊する一人の男の手によって都内に密集する会社という会社が光線によって無残に破壊されている。

 破壊しているのは逆立った髪の毛に凶悪な狂気を宿した瞳を持つ島田龍之介。

「はははははは!!!俺を虚仮にした日本企業に復讐してやる!会社という会社はすべてぶっ潰してやる!!」

 ひょんなことから不可思議な力を手に入れた龍之介は、心の内側にある欲望を一気に剥き出しにし、爆発させた。

 彼が内に抱いていた欲望―――それは自らを切り捨てた会社と、それによって成り立っている社会そのものへの報復だった。

 民間企業、合名企業、合資企業―――あらゆる体裁の元に成り立つ会社という会社が破壊される。自己防衛のために出動した自衛隊だったが、龍之介の力はそれすら容易に退けるほど強力な力を秘めていた。

「はははははは!!!誰も俺を止めることはできねぇ―――!!!」

 宇宙の支配者になったような居心地だった。誰も自分を止められない。自分の力に恐れを為して逃げ惑う―――そんな優越感に浸っていた。

 誰一人打つ手がない中、不意に一台のバイクが現れる。バイクに乗っていたのは写ノ神と茜で―――現場に到着すると二人はヘルメットを外し、頭上を見上げる。

「あれだ!」

「何でしょうか、あの力・・・?」

 自分たちが持つ力とは明らかに物理法則が異なる力で破壊活動を繰り返す龍之介に疑問を抱く。

「何でもいいよ。この場でやるべきことはひとつだ」

 言うと、腰に携行していたカードホルダーから魂札(ソウルカード)を取り出し、写ノ神は鋭い瞳で龍之介を見る。

「ははははは!!!俺は無敵だ!!!」

 刹那。人の気配を感じ、後ろへ振り返ると―――そこには剣を構えた写ノ神が目の前に立っていた。

「何!?」

「うらああ!」

 一瞬の出来事に驚く龍之介。写ノ神が繰り出す斬撃を見極め、紙一重のところで回避した。だがその直後、足元から無数の苦無が飛来した。

「くそ!」

 飛来した苦無を躱すと、龍之介は一度地面へと降り―――臆するどころか明確な敵意を向けてくる写ノ神と茜と対峙し、眉間に皺を寄せる。

「まさか・・・こんなガキが?」

「お前ほどじゃないけど、一応俺たちも異能種ではあるよ」

「さぁ、破壊活動を止めて大人しくお縄につきましょうね」

 正義感に溢れる二人の言葉を聞き、龍之介は口元を緩める。

「おもしろい。捕まえられるものなら捕まえてみろ」

 全身に力を込めると、龍之介の体から虹色に輝くオーラが見え、それを視認した写ノ神と茜は武器を固く持ちながら攻撃に備える。

 龍之介は全身の力を一気に解放し、前方の二人に対し突風で圧力をかけた。

「「うわああああああああ!!」」

 凄まじい突風に当てられ、二人は体勢を崩しそうになった。二人が怯んだのを見計らい、龍之介は人差し指を茜に向け―――そこから衝撃波を放つ。

「きゃあああああ!」

 衝撃波に当てられた茜はビルの壁に打ち付けられ、強い圧力を加えられる。身体を押しつぶす強烈な圧力に耐え切れず、茜は軽く吐血し、壁はクレーター状に凹んだ。

「茜に手を出してんじゃねぇぞ!!」

「ふん。ひげも生えていないようなガキが大口を叩く」

「ざけんな!そっちこそ無精ひげぐらいきちんと剃っておくんだな!」

 目の前で茜を傷つけられた事への悔しさからくる屈辱と、彼女を傷つけた龍之介に対する殺意にも似た怒り。諸々の感情を形相に宿した写ノ神は地面を強く蹴り―――剣を携え勢いよく斬りかかる。

「でららあああああ!!」

 鋭い斬撃を浴びせる写ノ神。しかし龍之介は彼の攻撃をものともせず受け流し、写ノ神を翻弄する。そして、空中へと浮かんだ瞬間―――地面の彼に指を突き出し、同様の衝撃波を放つ。

「うおおおおお!!」

「写ノ神君!」

 満身創痍となった身体を押えながら茜は写ノ神の身を案じ、声を荒げる。

 衝撃波の直撃を受けた写ノ神。額からは血を流し、真っ赤になった顔で目の前の敵―――島田龍之介を睨み付ける。

「ははははは!!!どうした、もうお終いか?」

 完全に見下した様子で、ボロボロに傷ついた写ノ神を小馬鹿にして笑う。

 龍之介から嘲笑される中、写ノ神は疲弊した体を何とか起き上がらせ―――血の唾を吐き捨ててから、鋭い目つきで彼を睨み付ける。

「ほう。この状況でもまだ俺に勝てる気でいるのか・・・だったら、その淡い希望もお前の体も完膚なきまでに粉砕してやる!!」

 体の内側から異能の力を極限まで引き出そうとし、龍之介は顔を険しい物へと変える。二人が警戒していると―――龍之介の体から漏れ出た虹色のオーラは彼の体を球状に包み込み、その姿を変貌させる。

 バキバキ・・・ボコッ

 球状の核を中心に形作られるごつごつとした腕や脚。

 バキバキ・・・ボコッ

 そうして、気味の悪い音を伴い誕生した首長竜を意識したメカメカしいスタイルの怪物は、写ノ神と茜の目を見開かせ―――同時に戦かせる。

「な・・・・・・マジで!」

「そんな・・・・・・///」

 影をも覆い尽くす巨大な怪物を、愕然としながら仰ぎ見る。人の身を捨て怪物の姿と化した龍之介は、背中に生えた鋭くとがった翼を広げ―――空中へと舞い上がる。

『力の差を思い知れ!!』

 赤い瞳で地上の写ノ神を睨み付け、口腔内から熱線を放出する。

 

 ドカーン!!

 

 触れた瞬間、コンクリートは圧倒的な火力に耐えきれず瞬時に溶解。熱線は執拗に写ノ神を付け狙い―――彼は傷ついた体で地面を転がりまわる。

『ちょこまか動きやがって。これならどうだ!』

 細々とした動きで逃げ続ける写ノ神に業を煮やし、龍之介は翼から鋭い触手を伸ばし、地面へと向け高速で放つ。

 

 グサッ―――

 

「があああ!」

 一瞬の判断が命取りだった。写ノ神の腹部目掛けて、鋭い触手が突き刺さる。

「いやああああ!!!やめて―――!!!」

 畜生祭典すら真面に行使できず、大切な人を傷つけられる姿を黙って見ることしかできなかった茜は、あまりに惨すぎる光景に耐えきれず、金切り声を上げ―――涙を流す。

『ガキの分際で、俺に盾ついたことを後悔しろ!!』

 息の根を確実に止められる状況が作り出された。龍之介は瀕死状態の写ノ神の体を覆い尽くす巨大な足裏を向け―――勢いよく踏み潰す。

 

 ドーン!

 

「写ノ神君!!!」

「へへへ・・・ん?」

 不敵な笑みを浮かべる龍之介だが、なぜか違和感があった。

 足下をよく見ると、踏み台にされたはずの写ノ神は咄嗟に土の壁を作って攻撃から身を守り、その壁に隠れながら二枚のカードを取り出しぼそぼそとつぶやく。

「鋼鉄よ・・・創主、八百万写ノ神の名の下に・・・・・・すべてを打ち砕く(くろがね)の巨人となれ・・・・・・『(アイアン)』、『変化(チェンジ)』・・・魂札融合(カードフュージョン)!!」

 四大元素「炎」と「風」に属する二枚のカードが目映い光を発すると、写ノ神の周囲を球状の結界で包み―――それを核として金属の構築が開始される。

 精製エネルギーを確保するために、周囲の金属をも素材として取り込み巨大化していくその身体―――そうして生まれ出でる怪物と化した龍之介に対抗する鉄でできた巨人兵。

鉄人兵(ディアブロイド)!!こいつで挽回だ!!」

「写ノ神君!!」

『小賢しい真似を!!』

 写ノ神が生きていたことに感涙するばかりか、今までに見せたことのない超ド級の術式を前にした瞬間、茜の心は大きく飛び跳ねる。

 写ノ神は、自らが作り出したヘビー級の鉄人兵の動きと自分の動きをシンクロさせ、同程度の大きさの怪物と化した龍之介と熾烈な争いを繰り広げる。

 都内のど真ん中に現れた巨大ロボットと怪獣。SF映画さながらの映像を激写しようと、駆けつけた報道カメラはヘリコプターの上から撮影し、離れた場所から傍観していた第三者も積極的にカメラで撮り、すぐさまソーシャネルネットワークを利用して今の状況を全世界に伝える

「おらあああああ!!」

 節々が悲鳴を上げようと関係ない。鉄人兵と一体化した写ノ神は、都民やたった一人の女性の命を危険にさらした怪物をとことん殴り、バインドで体の動きを固定する。

「ぐおおおおお!!う、動けない・・・!」

「歯を食いしばれよ、クソ外道。人の嫁に手を付けた罪は―――千倍にして返すぜ!!!」

 

【挿絵表示】

 

 右腕の肩パーツから蒸気を吹き出し、写ノ神は右腕をぐるぐると回し始める。高速回転で勢いをつけ―――怪物の中心核と思われる箇所を抉る様に、渾身の一撃を叩きこむ。

「チェスト―――!!!」

 

 ドン!

 

「ぐあああああああああああああああ!!!」

 中心核を貫く高速の右ストレート。龍之介は反動で海老反りとなり、凶悪で巨大なその力を急速に失っていく。

「やったー!!」

 写ノ神に撃ち倒された怪物こと、島田龍之介は元の人間の姿へと戻ると地面に強く叩きつけられ―――その衝撃で気を失った。

 苛烈を極めた戦いに終止符が打たれると、写ノ神自身も元の状態へと戻り―――肩で激しく息をする。

「は、は、は、は、は、は・・・・・・うっ」

「写ノ神君!!」

 出血もさることながら、カードの使用の際にかかる気力をまた全て使い果し、写ノ神は死体の様に倒れ込む。茜は駆け足で近づき、傷ついた彼の体を起こし実を案じた。

「大丈夫ですか!?しっかり!」

「俺は大丈夫だから・・・初めて組んだ術式だから気力を使いすぎた・・・」

「ごめんなさい!私が不甲斐ないばかりに・・・///」

 こんな経験は今回が最初ではなかった。自分が初めて彼と遭った時もまた、こんな風に身を粉にして写ノ神は茜の命を救った。そのために彼がボロボロになって傷つき倒れる姿を見るのと―――茜の心は張り裂けそうになるくらい痛んだ。

 すると、朗らかに笑いながら、写ノ神は茜の目から零れ落ちる涙をそっと拭う。

「泣くのは嬉し涙だけにしてくれよ。俺、茜のことは大好きだけど、お前が悲しく泣いてる顔を見るのは嫌なんだ・・・・・・」

 酷いわがままだと写ノ神自身思った。だけど、茜はそんな言葉を言ってくれた彼を責めるどころか―――愛おしそうに強く抱き寄せた。

「本当にごめんなさい・・・それから、ありがとうございます///」

 

 やがて―――現場に一台の車が到着する。降りて来たのは、収録を終えると同時にテレビ局から直行してきたドラ、幸吉郎、駱太郎の三人だ。

「写ノ神!茜ちゃん!」

「早く来て下さいドラさん!写ノ神君が重傷なんです!!」

 駆けつけて来たドラたちに声を掛け、茜は写ノ神の身を案じ続ける。

「こいつはひでー。大分無茶しやがったなこいつ」

「茜ちゃんと都民を守ろうとしたんだね。相変わらず絵に描いたようなヒーローボーイだ」

「ヒーローボーイって柄じゃねぇよ・・・俺りゃ・・・・・・」

 か細い声を上げ、重い目蓋をゆっくりと明けた写ノ神はドラに苦笑いを浮かべる。

「おっせーんだよ、小和田常務・・・・・・部下の手柄は上司の物だって言ってみろよ」

 ふざけ半分に写ノ神が言って来た。それを聞くと、ふふふふと不敵な笑みをし―――ドラはおもむろに答える。

鋼鉄の絆(アイアンハーツ)に部下なんて概念は存在しないんだよ。身内で打ちたてた手柄なんぞちっとも興味がない。興味があるのは、ムカつく野郎と遭遇したときどれだけそいつの弱点を突いたえげつなく、かつ徹底的な理不尽を以てして絶望させることができるのか・・・・・・それだけだ」

 凶悪にして悪意しか感じられない言葉をサラッと口にするドラに、居合わせた四人は露骨に顔を引き攣り、背筋に強烈な寒気が走った。

「ちっくしょー・・・ふざけやがって!」

 そのとき、気を失っていたはずの龍之介が意識を取り戻した。その事に茜や写ノ神が驚き、幸吉郎と駱太郎うは警戒する。

「・・・・・・俺は・・・俺は復讐してやるんだ・・・俺を捨て駒の様に切り捨てた会社とこの社会そのものに・・・!」

 ドラの眉がわずかにピクッと動いた。発言を耳に入れると、ドラはゆっくりと龍之介へと歩み寄る。

「お前。会社をリストラされた口か?」

「へへ・・・お前みたいなタヌキには分らねぇわな。これと言った趣味もなく仕事だけのために身を粉にして会社に命を捧げてきた人間の気持ちなんか・・・」

 ドラはふう~と嘆息を漏らした。そして、龍之介の顔を見ながら鼻で笑い蔑んだ。

「惨めだな」

「なんだと!?」

「オイラにだって、お前の気持ちを理解できねぇわけじゃない。自分を切り捨てた会社を憎んじゃう気持ちも分かるし、八つ当たりしたい気持ちだって湧くと思うよ」

「だったら―――「それでもさ」

 途中で龍之介の言葉を遮り、ドラは強い語気で言い放つ。

「仕事ぐらいその気になれば何でもあるだろうが!!」

 力強く叫ぶドラの言葉に、周りの空気が凍りつく。龍之介の心は大きく揺れ、あからさまに動揺する。

「会社に八つ当たりするなんてカッコ悪い事するな。もっと視野を広く持てよ!見たところどっかの会社の中間管理職っぽいけど、仕事なんか選ばなかったらいくらでもあるんだ!」

「生言ってんじゃねぇ!特別な資格も持たずこの年でリストラされたら、俺みたいな人間を雇ってくれる会社なんざ何処にもありゃしねぇ!!」

「それならいっそのこと農業でもやってろ!後継者不足で人手が足りないああいう場所こそ、再就職先にはピッタリだ!」

「ふざけるな!俺は自慢じゃないが、汚れ仕事が大嫌いなんだ!!」

 ブチ・・・・・・ドラの額の表面に血管の如くケーブルが浮かび上がる。リストラされた挙句、周りに八つ当たりするばかりで、陳腐な自尊心を守ろうとするだけの龍之介の唯我独尊な態度に―――ドラの怒りは最高潮に達する。

「リストラされた腹いせに関係のない人間巻き込んで、日本の借金無駄に膨れ上がらせて、その上ちっぽけな自尊心ばかり守ろうとして・・・・・・お前みたいな奴が仕事選べる立場だと思ってんのかよ。甘ったれんじゃねぇクズがっ!!!」

 

 ボカン!

 

 魔猫の怒りの鉄拳が、龍之介の顔面に叩き込まれた。

 顔が変形する程に強く殴られた彼は地面に叩きつけられた瞬間、ドラによって踏み台にされ―――更なる圧力を加えられる。

「お前が昔どれだけ輝いていたのか、仕事に対して何を思っていたのかは知らないし興味もない。仕事は食い扶持を稼ぐための手段だと思っているオイラには特に!けど、これだけは言えるぞ」

 圧力を徐々に増していきながら、息をするのもままならない龍之介に、

「プライドは弱い者の逃げ道だ。無駄な上昇志向は捨てて、下を見て生きろ!そして全てを委ねろ。なぜなら、自分には実力なんて無いんだから」

 と、言い放った。

 聞いた瞬間―――龍之介の双眸に涙が溜まり、悔しさが一気に滲みだした様子で泣き崩れる。

 辛辣かつ人の真理を突いた言葉が功を奏し、龍之介は抵抗の意思を失い大人しくなる。周りは苦笑いを浮かべつつ、内心では圧倒的な存在感と独特の価値観からくる語録で以っていつも状況を丸く収めるドラの技量に感心する。

 

「よかった!間に合った」

 そのとき―――黒いショートヘアーを風になびかせる小柄な美女が現場に現れ、ドラによって完膚なきまでに心砕かれた龍之介の状態を見て安堵、溜息を漏らす。

「おい。誰だアイツ?」

「外国人でしょうか?」

 

 突然現れた謎の女性―――彼女の正体と、その目的は何か?

 この事件を引き起こした力とは果たして・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

 

参照・参考文献

原作:小森陽一 作画:藤堂裕『S -最後の警官- 6巻』 (小学館・2012)

 

 

 

ドラさん語録~サムライ・ドラが残した語録集~

 

その20: プライドは弱い者の逃げ道だ。無駄な上昇志向は捨てて、下を見て生きろ!そして全てを委ねろ。なぜなら、自分には実力なんて無いんだから

 

シビア、シビアだと思っていたけど・・・ここまでシビアだとは思わなかった。でも、どこか勇気づけられる言葉でもある。働くとは、いや生きるとはどういう事なのかを考えさせられる言葉だ。(第16話)




次回予告

ド「オイラたちの前に現れた謎の女。どうやらこの不可解な事件について何か知ってるみたいだけど・・・・・・」
茜「よくもよくも・・・写ノ神君を酷い目に遭わせてくれましたね・・・・・・絶対に許しませんよ!!」
写「止めてくれよ、頼むから!!茜さ、こういうのも何だけど・・・俺お前のそういう所は好きじゃねぇんだけどな///」
ド「次回、『異民の復讐劇』。さ~て、これからどうなるのかな。取り敢えず茜ちゃんの暴走を止めることは・・・・・・無理っぽいな」

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