サムライ・ドラ   作:重要大事

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ド「危険ドラッグとして巷で流通していた夢魔から始まった今回の事件。オイラたちTBT職員は現代から持ちこんだものを間違っても過去に置いて来たりして、未来に影響を及ぼしちゃいけないのに・・・やっちゃんだよな、これが」
「それにしたって、いくらなんでも急すぎるでしょう。放射線の影響で突然変異を起こすなんて・・・これぞリアルなゴジラだ!!ゴジラは動物だけど、そうとしか言いようがないね。で、これからそのゴジラみたいな怪物と戦うオイラたちは実に命知らずだ」



博士が愛した夢想花

時間軸5431年 6月11日

中央アジア 中国国境地帯・天山山脈

 

地球の歴史を修正するため、ドラたちを乗せたタイムエレベーターは天山山脈の山中へと下りたった。超空間内で起こった不祥事によって、タイムパラドックスが発生した過去へと遡れなくなったゆえ、彼らは5年先の未来へと緊急着陸する。

エレベーターから降りると、一行は足場が安定しない岩場に立ち、辺りを見渡す。

「ここは・・・」

「どこに下りたんだ?」

「えーっと、この景色は中国の天山山脈のどっかだね」

「とりあえず、こんにゃく出してくれよ」

「こんにゃく(・・・・・)?」

突拍子もなく昇流がそんな事を口にする。全員が訝しげな顔を浮かべ凝視すると、薄ら笑いを浮かべた彼はドラにとって屈辱的な言葉を口にする。

「だって、それねぇと中国語話せねぇだろ?そうだろう・・・ドラえもん」

ブチッ・・・

昇流の性質の悪い冗談にドラは露骨に機嫌を損ねた。額にケーブルを浮かび上がらせ、形相を作り出す。そして、昇流の体を持ち上げ崖から投げ落とそうとする。

「あああああああああああ!!!!ゴメン俺が悪かった、許してくれ―――!!!」

「元ネタでからかうとどうなるか知ってて言った報いじゃ!!」

史上稀に見る極悪ぶりを見せつけられた。ドラは確信犯・杯昇流を崖下目掛けて容赦なく投げ捨てる―――無論、冗談ではなく本気で。

「いやだ―――!!!死にたくないよ―――!!!」

命綱なしのまま、崖下へと真っ逆さまに落下する。昇流は自分が犯した愚行を今になって後悔しながら、急激に加速度を増す体を仰向けに維持させ助けを求め手をドラの方へと伸ばし続けた。

深い溜息をつき、ドラは仕方なく持っていた救助ロープを投げ縄の如く放り―――間一髪のところで昇流はそれをキャッチする。

「は、は、は、は、は、は、は、は・・・・・・助かった///」

「冗談の効かぬ奴じゃ」

「いつか本当に死んじゃいますよ」

「人間いつかは死ぬんだよ。長官がオイラに殺されるのもまた、運命って奴だ!」

「そんな運命俺は望んじゃいねぇ!!」

ロープに捕まりながら、崖下の昇流は心の底から思った事を大声で口にする。

 

辛うじて崖から這い上がった昇流は、鳥肌が立ち全身は汗でびっしょりと濡れている。生と死のギリギリの狭間を行き来した苦労者に、幸吉郎たちは同情をかける反面―――彼の愚行も非難する。

「長官。あんたはかわいそうだけど学習能力の無いバカであることも違いないっすね」

「何のために手帳を持ち歩いているんですか」

言いながら、写ノ神はTBT捜査官の証であるTBTというロゴマークがデザインされた専用の手帳を取り出す。

「この手帳は、どの時代でも通用する警察権力の証明であるとともに、自動翻訳機にもなっているって・・・お忘れですか?」

「知ってたさ・・・知っててからかいたくなって」

ブチッ・・・

聞いた瞬間、ドラは持っていた刀を鞘に納めた状態で振り上げ、昇流の顔面をボールに見立てスイングを叩きこむ。

「ふぎゃあああああああ!!!」

鋼鉄製の鞘がこれでもかという力で昇流の顔面を殴りつける。意識が飛びかける昇流の体を抑え込み、ドラは更にエビゾリ固めで苦しめる。

「ああああああああああ!!!!やめろ―――!!!!」

「ドラ。その辺にしとけよ」

「つーか、長官連れてきてもあんまり特になるようなことがあると思えねぇ気がする」

サディストと化したチームリーダーに制止を求めつつ、昇流の必要性を疑うメンバーの言葉にドラは「そんな事は無いよ」と補足する。

「大丈夫。いざって時は貢物にして夢魔に差し出そう!」

「生贄!?俺は生贄になる運命だって言うのか!!」

エビゾリ固めを食らいながら、聞かされた言葉に昇流は狼狽した。

 

ゴゴゴゴゴゴゴ・・・・・・

 

そのとき、足場が大きく揺れ動き、周囲から音が轟く。

「な、なんじゃ!?」

「すっげー揺れだぜ!!」

「あ!危ない!!」

突如、崖の上から崩壊した岩が雪崩の如く降ってくる。

「逃げろ―――!!!」

「「「「「「わああああああああ!!!!」」」」」」

落ちてくる落石を回避するため、ドラたちはその場から駆け出し―――降り注ぐ岩を避けながら安全な岩場へと隠れる。

辛うじて危機を回避したドラたちは、肩で息を乱しながら昇流に対し理不尽な八つ当たりをする。

「ほーれ見ろ!やっぱ長官を連れて来たから、碌な目に遭わねェンだ!」

「俺の所為じゃねーだろどう見ても!」

「いいえ、あなたの所為にしないと気が済みません!」

「この悪魔どもめ!!」

「でも、長官は単なる疫病神って訳でもなさそうだぜ。コイツを見ろ」

不意に写ノ神が助け舟を出してきた。彼の呼びかけに応じ視線を向けると、岩場に対し垂直に生える植物の蔓を発見する。

「これ、夢魔の蔓だぞ!」

「あれ見ろ。上から伸びてる!」

幸吉郎は崖の上から伸びる夢魔の蔓を指摘する。ドラたちは自力で崖を這い上がり、頂上へと到達する。

そこで彼らが見たものは―――大地が夢魔の根と蔓に覆われた中央アジアの風景。土色が失われ、緑だけが生い茂るその光景にドラたちは唖然とした。

「たった5年ずれただけでもこの有様・・・・・・どんだけ生命力が強いんだ、夢魔は!?」

「これからどうするよ、ドラちゃん?」

頭を掻き、詮方ない現実に辟易する昇流はおもむろに尋ねる。

「近くに街があると思います。現状での生存者の数を調べましょう」

 

ドラたちはもっと近い場所に位置する街へ向かい歩き出した。その途中、彼らは彼方より人の悲鳴らしき音を聞く。

「様子がおかしい」

「急ごう」

音が聞こえた方へと向かって走り出す。しばらくすると、夢魔による侵食を受けた草木で生い茂る集落を発見。ひっきりなしに聞こえる悲鳴に危機感を募らせる中、やがてが悲鳴はピタリと収まり―――やがて現れた者たちに一同は目を見開く。

「これは!?」

「「「ウオオオオオオオオオオオオ!!!!」」」

体中を覆う植物の蔓と花。夢魔に侵食された人々は心を失い、身も心も夢魔に支配された人間でも動物でもない存在―――植物ゾンビと化し、人の息に反応するが如くドラたちに向かって歩いてくる。

「何があったんですか!?」

「確かなのは、最早あれが人間としての心を失ったただの怪物であるということ」

意を決し、ドラは鞘から刀を抜いた。

「全員戦闘準備!」

「「「「「「了解!」」」」」」

植物ゾンビが前方から迫りくる。心を失った者たちは本能に基づき、心を失わず自我を保つ者たちを同族に誘い入れるため―――ドラたちに襲い掛かる。

「ひと思いに楽にさせてやらぁあああ!!!」

言うと、幸吉郎はその場で助走をつけて勢いよく前に出る。水平に構えた刀を向けると、人の心を失った植物ゾンビの体を串刺し、息の根を止める。

「オラオラオラオラ!!!」

己の拳のみを武器とする純格闘戦士(ピュアファイター)・三遊亭駱太郎。視界に映る植物ゾンビを徹底的に殴る。殴る。殴る。殴りまくる。

直後、背後へと回り込んだ植物ゾンビが唸り声を上げながら奇襲を仕掛ける。

「つらああああ!!!」

声を聞くなり、駱太郎は体を捻り―――後ろから襲い掛かる植物ゾンビの体に鋭い蹴りを叩き込み、彼らを迎撃した。

「ケンカは腕だけでやるもんだって、誰が決めつけたよ?」

 

「ノウマク・サマンダ・バサラダン・センダマカロシャダ・ソワタヤ・ウンタラタ・カンマン(あまねき金剛尊に帰命したてまつる。恐ろしき大忿怒尊よ。打ち砕きたまえ。フーン。トラット。ハーン。マーン)・・・―――」

植物ゾンビと対峙する龍樹。法具の一つ、金剛杵(こんごうしょ)を握りしめると「真言(マントラ)」を唱え、法力を高めていく。龍樹の言い知れぬ雰囲気に恐れを為しているのか、植物ゾンビは唸り声を上げるだけで襲おうとしない。

法力を高めた龍樹は目をカッと開き―――金剛杵を前に突き出し、空気を震わせるように声を張り上げる。

「諸法無我印(しょほうむがいん)――――――“千手金剛杵(せんじゅこんごうしょう)”!!」

 

【挿絵表示】

 

植物ゾンビたちの視界に映る、亜空間から飛び出す金剛杵を手にした千本の腕。それらは植物ゾンビの体を金剛杵によって射抜き、彼らを支配する夢魔という名の邪念を浄化する。

「南無三(なむさん)」

浄化された植物ゾンビは青い炎に包まれ、灰となって消滅する。

 

「おっと!」

人の息に反応し、四方から襲い掛かる植物ゾンビの攻撃を避けながら、写ノ神は腰元のカードホルダーに手を伸ばす。

「こいつらキョンシーみたいだな。まぁどっちにしろ斃すには・・・燃やす以外に手はねぇよな」

一種の諦めと慈悲を宿した瞳で植物ゾンビを見据える。カードホルダーから取り出した四大属性を司る最高位カード「火(フレイム)」と「風(ウインド)」を指に挟み、その力を引き出した。

「“炎よ。風持ちて業火となれ!眼前の障害をすべからく焼き尽くせ”!!」

二枚のカードを天に掲げると、目映い光を発したカードから炎と風が現出―――二つの力は絶妙に溶け合い、強烈な火災旋風を巻き起こし植物ゾンビたちを焼き尽くす。

「「「ギャアアアアアアアアアアアアア!!!!」」」

 

「流石は写ノ神君。カードの選択が実に研ぎ澄まされています!」

夫への愛情表現は率直かつ純情。しかし何かと周りに毒舌を浴びせるのが趣味の様に思えてならない畜生使いの少女は、袖の下から苦無を取出し植物ゾンビの首筋目掛けて投げつける。

投げた苦無は正確無比に植物ゾンビの首筋に突き刺さる。よく見ると、苦無の先端には漢字で『爆』と書かれた文字が印字されている。

「ごめんなさいね」

パチンと指を鳴らした瞬間、苦無に付けられた札が効果を発揮し、植物ゾンビたちの首元が爆発する。その威力によって、茜の目の前で植物ゾンビたちの首が吹き飛び、やがて力なく倒れる。

 

植物ゾンビは何も人間だけがなる物ではない。集落の中で買われていた動植物もまた夢魔に支配されればゾンビと化し、ドラの眼前から凶暴化した植物犬が牙を向いてきた。

「たかが犬の分際で」

手に持っていた刀を地面に突き刺すと、ドラは襲いかかる植物犬を鷲掴み。それを胴体部分から豪快に引き千切る。

「魔猫に盾つける訳ないだろう?」

淡白な言葉をつぶやき、ドラは返り血を浴びながら胴体が二つに裂かれ、胸骨や内蔵が生々しく見える植物犬の死体を無造作に捨てる。その後も同様の殺し方で植物犬を淡々と排除していく。

「なんでオイラが世界守るために動物殺さないといけないと思う?でも、こういう事する実は意外と好きだったりして!」

凶悪な独り言を言いながら、犬の首を引き千切り、その断末魔の悲鳴にもドラは一切心心を振るわせない。

「お、おいおい・・・それじゃハッキリ言って動物虐待だぞ」

虐待の域を越えている虐殺行為。昇流が待ったをかける中、それを無視してドラは犬を殺しながら、酒宴の席にいるかの如く管を巻く。

「毎日毎日見たくもない上司の間違い書類を直して!その上バカな上司から給料くすねとられ、挙句そんなどうしようもないバカの教育指導まで押し付けられて!」

「おいそこのドラ猫・・・・・・人の悪口言いながら犬に八つ当たりするのは止めろ」

「そもそもの話!!危険手当が低すぎるんだよな!!せめて二ケタぐらいいかないと正直やってらんないつーかさ!!全部長官が悪いんだよ!!あんな不甲斐ない男がいるせいで、こっちは要らぬストレスを溜める結果になる訳で!!」

 ブチッ・・・

「やめろっつってんのかわからねぇのか、この冷徹鬼畜外道ドラえもんが―――!!!」

途中から昇流の不平不満から始まる罵詈雑言しか言わなくなったドラに堪忍袋の緒が切れた。昇流は所持している拳銃をドラに向けて、躊躇なくその引き金を引いた。

人の目で捕えきれない速さで飛んで行く鉛の弾丸。ドラは飛んできた弾丸を絶妙のタイミングで躱し、自分の背後から襲い掛かる祝物ゾンビをそれで排除する。

「誰が―――ドラえもんじゃああああああああああああ!!!」

踵を返し、昇流の方へと走り出すドラ。形相を浮かべながら彼を思い切り殴ろうとする。昇流もまたそれを絶妙のタイミングで躱し、背後から襲ってくる植物犬をドラの拳で迎撃する。

直後、ドラと昇流は両手を掴み合い―――激しくいがみ合った。

「てめぇ!!何避けて当然みたいに俺の弾避けてくれちゃってるかな!?俺の天才的な射撃技術を以てこそ、敵は一撃の下に斃されたけど。そうやってお前がこうして立っていられるのは誰のお陰だ、オイッ!!」

「誰が!!!誰がアンタに助けられたって!?ふざけんなっ、チンカス青二才!!才能に溺れその他の努力を怠りのんべんたらりと生きようとするアンタにだけは死んでも情けをかけられたくはないんですよ!!」

「誰が才能に溺れてるって!?おい、このタコ野郎!ことわざにこんな言葉がある。“好きこそものの上手なれ”・・・って!!ボトルシップも射撃も、俺は誰よりも影で努力して腕を磨いていると自負してるつもりだっ!!」

「その努力をもう少し別のことに役立ててくれませんとね、例えば書類仕事とか!!いつもいつも小学校中学年並みの作文で無理矢理行数埋めやがって!!あれを良い感じに脚色するの、どんだけめんどくさいかわかってるのか!?」

世界が危機にさらされているという逼迫した状況にもかかわらず、二人は周りを平気で無視し不毛な争いを勃発する。

こうした状況を省みないドラと昇流のいがみ合いは、幸吉郎たちの士気にも影響が及び、彼らは上司と上司によるとりとめのないやり取りを見て、露骨に顔を引き攣る。

「あ~あ・・・こんな時でもおっぱちめやがって!」

「兄貴!長官も今はそれどころじゃないでしょう!?」

「「じゃかしい!!!敵はてめーらだけで何とかしろ!!!」」

「ひどい理不尽だ!」

「もう~~~、どうしてこの二人は私たち夫婦みたいに仲良くできないんですかね!?」

甚だしい八つ当たりを受け、写ノ神と茜も酷く悲嘆した。

 

結局。ドラと昇流はあのまま不毛な争いを続け、仕方なく幸吉郎たちで残りの植物ゾンビたちを一掃した。

不毛な争いに勝利し、昇流をこれでもかとばかり痛めつけたドラは彼の悲惨な負傷体をズルズルと引きずりながら、幸吉郎たちと合流する。

「終わった?」

「そっちも終わったようだな・・・違う意味で」

「他の生存者は?」

廃墟と化した村の中を詳しく調査する。センサーを使い生体反応を確認したところ、芳しくない結果に茜は残念そうな顔を浮かべる。

「ダメです、みんな死んでいます。生存反応はありません」

「どうやら夢魔の侵食が進んでしまって、人間に戻る事が出来なかったようだ」

人の住居にまで根を巡らせ、村そのものを植物化させた夢魔の底知れぬ生命力が如実に伝わる。龍樹はただただ世の無常を感じてしまう。

「しょうがない。生存者がいない以上長居は危険だから、さっさと移動しよう」

「で、どっちを目指せばいい?」

「あそこへ」

言うと、ドラは遥か先に窺える巨大な樹木―――夢魔の母体を指さす。

「結構遠そうだな」

「なーに。廃村にだって車の一台くらいあるでしょう」

「運転は?」

誰かがぼそっとつぶやくと、幸吉郎は自信満々に「勿論、この俺だ―――!!」と叫んだ。

「「「「「「それだけは嫌だ―――!!」」」」」」

 

村にあったトラクターを押収し、幸吉郎の荒っぽい運転の下ドラたち一行は夢魔の木を目指して出発する。

「やっふ―――!!!やっぱ運転はこうでねぇとな!!」

「みんな気をつけなよ、舌噛むからね」

幸吉郎の荒い運転に対し、助手席のドラは荷台に乗っている五人に注意を呼びかける。

ガタン!

「いっで!!もう噛んじまってるよ///」

「幸吉郎さ、少しは安全に運転するってスキル磨いた方がいいと思うよマジで!!」

ガタン!

「ぬおおおお!!!!老人にこんな危険な目に遭わせるとは、生きて帰ったら覚えておけ!!」

「不良の言いぐさと変わりありませんよ、それでは・・・いっだ!!!う~~~///」

ガタン!

「ガッ!!ああああああ~~~前歯いった~~~///」

舌を噛む者、衝撃で変な場所を打ち付ける者が続発する。昇流は特にその程度が酷く、口元をトラクターの角にぶつけたことで歯茎から多量の血を流す。しかし、彼を心配する者など誰もいない―――皆自分の事だけで精いっぱいだった。

「兄貴!このまま直進でいいんですね!!」

「あと5キロも行けば砂漠地帯に入る。スピードが出せるなら今のうちに出しときな」

「了解!!!アクセル全開!!エンジンフルスロットルだっ!!!」

アクセルを名一杯踏み、幸吉郎は砂漠地帯に向かって全速力で走り出す。

「「「「「「うわああああああああああああ!!!!!!」」」」」」

荒い運転に加え、更にスピードが加わったことで―――メンバーは激しく揺れる荷台の上で悲鳴を上げる。

「うわわわわわわわ!!!」

直後、バランスを崩した昇流が勢い余って駱太郎の背中を押す。

「いっで!!」

「わあああああああ!!!!こっち来んな単細ぼ・・・!!」

 

ブチュー!!!

 

「ああああああああああああ/////////」

決して見てはいけない光景だった。茜が血の気の引いた表情を浮かべる中、眼前の写ノ神と駱太郎が心の底から望んでいない接吻をする。

目と目が合った瞬間から、二人の顔は青ざめていき―――およそ5秒経ってから、我を取り戻し重なっていた唇を放す。

「「うえええええええええええええええ!!!!!!!!!」」

「今どき珍しいベタな展開じゃったな」

「「他人事みたいに言ってんじゃねぇえええ!!!///」」

「どうしてくれるんですか長官さん!?写ノ神君なソフトな唇に駱太郎さんの小汚なくて油まみれな唇が触れちゃったじゃないですか!!」

「俺の唇はいつでもフレッシュだよ、アバズレ!!」

望んでもいない接吻をしてしまったばかりか、その相手の妻から心無い言葉を言われると、駱太郎も黙ってはいられなかった。茜は駱太郎の言葉を聞き流し、原因を作り出した張本人―――杯昇流の胸ぐらを掴み、激しく憤る。

「お仕置きです!!」

そう言って、茜は何故か懐に隠し持っていた夢魔の蔓を取出し、それを使って昇流の首を絞め上げた。

「あなたには死を持って償ってもらいますからね!!」

「あああああああああああ//////俺の人生ってやっぱ呪われてやがる//////神様のバカ野郎――――――!!!」

杯昇流、その魂の叫び声が―――砂漠の中で空しく木霊する。

 

 

西暦5538年 小樽市内

 

夢魔による地球侵略の刻限はおよそ72時間。そのうちの10時間が経過した。

刻限が迫るたび、夢魔は繁殖範囲を広げ活性化する。その影響で夢魔に取り込まれた人々が植物ゾンビと化し、生き延びた人々を同族に駆り立てようとする。

「はっ!」

自分たちの世界を、街を守るため、真夜はハンドガンを両手に武装局員さながらに動き回り―――奮戦する。他の武装隊が呆気にとられる中、50代間近とは思えないアグレッシブルな動きを見せつけ、蔓の進行を食い止める。

「ほら、ボーっとしてないであなたたちも!」

「は、はい!!」

真夜に触発され、自衛隊や警察、TBTの垣根を越え結集された武装隊が火炎放射器などを多用しながら夢魔の進行を最小限に食い止めようとする。

「助太刀しますよ―――!!」

そのとき。“ときのや”と書かれたラシーンが後方から走ってくる。

「みなさん避けて下さい!!」

時野谷は窓から顔を出し皆に呼びかけると、車体の上に装備した大砲の照準を蔓や植物ゾンビに向け―――勢いよく放つ。

「時野谷さん!」

 頼もしい助っ人の登場に真夜は高揚。車から降りた時野谷は「お待たせしました!」と親指を突き立てる。

「手が足りなかったよ。助かるわ」

「それにしても、一体どうなるんでしょうか・・・」

無尽蔵に繁殖を続ける夢魔の蔓と本体である巨大すぎる木を眺め、時野谷は額に汗を浮かべる。

 

一方、武装隊に守られながら夢魔とのコンタクトをとっていた超能力者・三枝美紀は夢魔の声を聞き、真夜たちの方へ振り返る。

彼女の方へと歩み寄り、真夜と時野谷は率直に尋ねる。

「どう?」

「夢魔が・・・泣いてる」

美紀が言った直後、まるで生き物であるかのようにつぼみの状態のアサガオが泣き始めた。辛くも人の遺伝子を融合させた結果、夢魔のそれが切なく聞こえ―――聞く者に悲痛を訴えかける。

「真理子・・・」

変わり果てたかつての親友。その親友が嘆き悲しむ様に、真夜は胸を痛ませる。

 

 

新疆(しんきょう)ウイグル自治区 タクラマカン砂漠

 

任務開始から12時間―――暮れなずむ砂漠地帯で、茜色に輝く夕陽を受けながら五人の男たちは砂にはまったトラクターを手で押していた。

「「「「「セイホー!!!」」」」」

平坦な道や舗装されていない道路の方が遥かに良かった。男五人がかりで押せど、車はなかなか溝から脱出できず時間だけが空しく過ぎていく。

「頑張ってください!もう少し行けば、あの夢魔の木まではもう直ぐですから!」

助手席から茜が写ノ神を始め、男たち全員にエールを送る。

「つってもよ・・・結構きついんだよ、正直!」

「時間がねぇーって分かっていながら思う様にいかない・・・ほんと、神様はどこまでも俺たち人間を苦しめやがる!」

「長官。神ほど聡明で残酷な存在はありませんよ」

「おめぇはそこで何してるんだよ!!少しは他者を労われ!!」

手伝いもせず、運転席でGPS片手に進路確認をするドラに昇流は皆の気持ちを代表して激しく抗議した。

トラクターは時間をかけて、ゆっくりと砂漠を進み続けた。男たちの努力の甲斐あって、夢魔の木まで残り数十キロに差し掛かった。だがその代償として、男たちは炎天下の下体力と水分を奪われ、とうとう力尽きてしまう。

「もうダメ・・・これ以上はもう・・・動けねぇぞ」

「レベルが下がった・・・休まなくちゃ」

「砂漠のど真ん中で、年寄りにこの苦行は辛すぎるぞ・・・」

「あんた仮にも僧侶だろう・・・何寝ぼけたこと言ってやがる・・・」

トラクターに寄りかかり息を切らす男たち。運転席から降りると、ドラは周りを見渡し全員に呼びかける。

「今日はここでキャンプだ」

「こんな砂漠のど真ん中で?乾燥肌になってしまいますよ!」

「茜ちゃんはまだ若いんだから、コーラゲン不足にはならないから大丈夫。心配なのはそこの爺さんとか爺さんとか爺さんとか」

「ええい!三回もわざわざ言わんでもいいっ!」

「兄貴・・・俺、喉が渇いて死にそうです・・・」

「俺は団子さえ食えればいつ死んでもいい・・・」

「死ぬならせめて、ふかふかのベッドで夢心地と行きたいものじゃの・・・」

「茜が無事なら、俺は何も要求しねぇよ・・・」

「私はできることなら、シャワーを浴びたいですね」

「ったく。注文が多い連中だ」

過酷な条件下で無理難題な注文を要求する彼らの図々しさにドラは舌打ちをし、砂の丘を下りて行く。

「おーい、待ってくれ・・・!俺の注文は!」

「聞きたくない!!」

昇流の要望はあっさりと切り捨て、ドラは銀色のケースからあるものを取出す。それは四分隊の研究員が開発した超小型の即席キャンプで、砂の上に放り投げればすぐにキャンピングテントが出来上がる。

「さぁ、出来たよ」

「え~~~!こんなチンケなのしかなかったかよ!?」

「なんつーかこう、ドラえもん的な・・・ドデカくて立派なのない訳!?」

 思ったよりもテントが小さい事を不満に思う我儘なメンバー。ドラは苛々を募らせながらここは辛うじて抑え込む。

「オイラドラえもんじゃないし。別にいいんだよ、文句があるなら使わなくて。言っとくけど、砂漠には遮蔽物がないから夜は死ぬほど寒いんだからね。そこんとこ分かってもらわないと、困りますねー」

冗談を排したドラの意地悪な発言。この脅しにぐうの音も言えなくなると、全員は不承不承にこのテントで妥協する。

「わかった、わかった。文句を言って済まなかった!」

「シャワーは諦めますからどうかお許しください、お奉行様!」

「よろしい。さぁ、入り給え!」

重い足を運び、ドラの許しを乞うた者たちがテントの中へと入る。だが、昇流が入ろうとすると、

「いっで!」

張り手でもって、ドラは露骨に入室を拒んだ。

「てめぇえええ!!!上司は普通一番に入れるはずだろ!!」

「オイラに銃口を向けた報いです!!」

そう言って、昇流に唾を吐き捨て―――ジッパーを固く閉じてしまった。顔面にかけられた唾を拭き取り、昇流はこの上もない怒りを爆発させる。

「チックショー!!生きて帰ったらゼッテーぶっ殺してやるからな!!覚悟しとけよ!」

 

3時間後。砂漠に厳しいな夜がやってきた。ドラが言うように、砂漠は昼間のうだるような暑さが嘘のように冷え切り、零下に達する。その理由は、砂漠には雲がほとんどないからだ。

雲があると熱が宇宙空間に出ていきにくく、冷えにくくなる。即ち、雲が熱を地上から逃がさない壁になっている。しかし、雲がほとんどない砂漠では、夜になって太陽からの熱が無くなった途端、外に向けて熱がどんどん逃げていきます。この事を「放射冷却(ほうしゃれいきゃく)」という。

「ぶるるるるる・・・・・・///」

放射冷却によって熱を奪われた砂漠において、杯昇流は身も心も凍てつく寒さに死にかける。テントの中でドラたちが寒さをしのぐ一方、彼は身を持って砂漠の極寒を体験する。

「あ、あの野郎・・・・・・マジで上司を見殺しにするつもりだぜ・・・///ああ・・・意識が段々遠のいて行く・・・///」

徐々に朦朧とする意識。しかし、そこは意地にでも保とうとする。

「いやいやいや!!ここで死ぬなんて割に合わねぇ!落ち着け・・・落ち着くんだ杯昇流、考えろ。楽しくてエッチな事を考えろ・・・・・・」

気を紛らわすため、昇流は砂漠の上で淫らでどうしようもない妄想を膨らませる。

 

 

「「「昇流さま~~~♡」」」

虚妄の中の昇流はバスローブを身に纏い、多くの美女たちをはべらせ、優雅にワインを堪能する。

「俺の女になった気分はどうだ?」

「もう最高!!」

「生きてて良かった♡」

「ねぇねぇ、あっちも触ってもいい」

「ああ。構わないぜ・・・ただし、順番に頼むぜ―――」

 

 

「へへへへ・・・///」

こんな妄想でも意識を保っていられるのなら大したものだろう。鼻の下を伸ばし、更に鼻腔から血を垂れ流していると、

 

ゴゴゴゴゴゴ・・・・・・

 

「あん?」

唐突に砂漠が揺れ始めた。不思議に思った昇流が振り向くと、彼が観たのは常軌を逸したな光景。彼方にそびえる夢魔の木がゆっくりとだが、確かに移動をしている。

「あはははは・・・・・・///落ち着け、落ち着くんだ俺///木が自分から動くわけがないんだよな・・・そうだ!これは蜃気楼(しんきろう)だ!!そうだよ、だってここは砂漠だもんな!!」

それっぽい理屈を並べ無理矢理信じ込もうとする昇流だが、夢魔の木は確かに動き、着実に近づいている。

「なぁドラっ!!蜃気楼だって言ってくれよ!!あれ、マジで木が動いてるようにしか思えねぇ!!」

テントの中のドラに強く呼びかける。尋常じゃない様子の昇流の声に反応し、ドラたちはテントの外に出る。

「な・・・・・・」

彼らもまた言葉を失った。巨大な夢魔の木が無言のままこちらに向かって進路を取り、着実に近づいているという光景に。

「おい!何とか言えよ、黙ってねぇでさ!!」

焦燥を滲みだし、昇流が周りに声を掛けると―――全員が挙って顔を渋くする。

「悲しい事じゃが、あれは蜃気楼・・・などではない」

「そもそも蜃気楼ってのは、大気の温度差によって生じる光の屈折現象・・・全体的に気温が下がった夜の砂漠じゃ、まずあり得ないですよ!」

蜃気楼の原理を説明するドラとは無関係に、夢魔の木は周りの砂を押しのけるように一歩一歩と近づいてくる。

「緊急退避だぁ!!」

自分たちの影をすっぽりと覆い隠すほどにまで接近してきた夢魔の木。ドラたちはトラクターの方へと走りだし、慌てて乗り込んだ。

「こっから離れるぞ!おい何やってんだよ!?」

「早く出発しないとマズイ!」

「今やってるよ!!だけど、エンジンが掛かんないんだ!!」

出発を促すメンバー。しかし、肝心の車がエンストを起こしてしまうという不運に見舞われる。

「このポンコツ!!漫画みたいなことならなくていいから、とっと起きやがれ!!」

車に文句を言ったところでどうにかなる訳ではない。無情にも近づいてきた夢魔の木はワニ状の蔓を伸ばし、ドラたちに対し襲い掛かった。

「うおおおおおおおおおおお!!!まいごおおおおおおおおおおおおおお!!!!」

死を覚悟した昇流の悲鳴が砂漠中に響き渡る。ドラたちは車を放棄し脱出する。

ワニ状の蔓の攻撃を受けた瞬間、トラクターは大破し、ドラたちは逃走手段を失った。おもむろに振り返ると、眼前にそびえる巨木を仰ぎ見、その不気味なまでの巨大さに息を飲む。

「なんつう・・・大きさだ///」

「垂れ下がったおばさんの尻みてぇだな」

「全国のおばさんを敵に回したね、R君!後で非難殺到だよ」

「誰に言ってるんだよお前は!!」

冗談を飛ばし合う暇などなかった。凶暴化した夢魔がワニ状の蔓を伸ばし襲い掛かる。凶悪な攻撃を避けると、突1の駱太郎が先陣を切った。

「喰らえ!!!」

炎を纏った拳から火炎弾の乱れ打ちを炸裂する。夢魔の蔓は火力に耐えきれず千切れ落ちる。が、即座に細胞を自己修復させ再生させた。

「火力が弱い!!もっと強いのをぶつけろ!!」

「それでしたら私が!」

畜生曼荼羅から、茜が呼び出す畜生。それは炎のように光り輝き熱を発する神鳥―――ガルーダ。召喚されたガルーダは猛烈な炎を口から吐き、強い火力で以って夢魔を攻撃する。

「拙僧も力を貸すぞ!」

助太刀に加わった龍樹は、真言を唱え、法力を極限まで高めようとする。

「ぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬ!!!!」

徐々に赤い蒸気が体中から溢れ出る。まるで、龍樹の血を燃やしているかの様な。

「涅槃寂静印(ねはんじゃくじょういん)・・・秘儀!六道六世(りくどうりくせ)!」

鬼神の如く形相を浮かべながら、煌々と燃え上がる業火を背後に纏い出現させるもの―――不動明王が絶対的な火力を夢魔に向けて放熱する。

神鳥と明王の放つ業炎。基本的に火に弱い夢魔の木は炎に焼かれながら、悲鳴にも似た鳴き声を空気中に震わせる。

アサガオの花弁が落ち、全てが炎に包まれそうになるも、夢魔の生命力は底知れないと言う事をドラたちは嫌が応でも実感する。四方八方に張り巡らせた根から養分を中心核に向けて急速に吸い上げる。直後、夢魔の体が怪しく蠢き出す。

「まずいぞ。様子がおかしい・・・」

「どうなっちまうんだ?」

 進化の速度が異常なまでに急激だった。花の体裁を為していた夢魔は吸い上げた養分と、炎から得る放射熱を逆に利用し、体内の微生物の働きを高めながら無敵の生物へと姿を変える。

 より巨大に、より肥大化した体は植物の域を脱し―――口角にイノシシのような牙を生やしたワニ状の巨大な頭部を持つ、植獣(しょくじゅう)となった。

「怪獣になっちまったぞおい・・・///」

「どうやら夢魔の中にいる微生物の働きが炎の熱で活性化したんでしょう。さらに各地に張り巡らせた根を通じて栄養素を受け取り、細胞分裂を急速に繰り返したあれは原発を凌ぐ人類最恐の敵となりました!!」

正真正銘の植物怪獣となり、それに伴い人間としての心を完全に喪失した夢魔は砂漠からワニ状の頭部を持つ蔓を幾重にも呼び出し、ドラたちに向けて攻撃を開始する。

「避けろ!!」

蔓からの猛攻に対し、ドラたちはひたすらに避け続ける。隙を見て、茜のガルーダに搭乗し、危険が及ばない空中へと回避する。

ひと口で街一つを飲み込むほどに巨大な口を開け、夢魔は空中のドラたちを威嚇する。

「本当にあれが、元は人間の細胞と融合させたアサガオだったのか」

「最早元となった人間の心は、あれには宿っていない様じゃな」

「今のあれは、ただの凶悪な怪物だ」

周囲を旋回しながら夢魔を牽制し、反撃の機会を窺う。母体の夢魔から伸びるワニ状の蔓は空中へと伸びていき、目障りな蠅に食らいつこうとする。

「くそ!」

ガルーダの頭部に立つと、ドラは伸びてくる夢魔の蔓を刀で斬って、斬って、斬って、斬って・・・斬りまくる。そうした単純作業を短い時間に何度も行う。

蔓が斬られると、母体である夢魔は悲しそうな声色で叫び―――巨大な口から黄色い強酸性樹液を吐き出した。

吹き出す強酸性の樹液は、飛行中のガルーダの翼に付着。その強い酸の力は忽ちガルーダの翼組織を溶かし崩した。

「つぼみちゃん!!」

「また突飛な名前つけやがって!鳥だろ、こいつ!?」

「言ってる場合かぁああああ!!!」

翼を傷めたガルーダは体勢を崩し、背中に乗っていたドラたちも振り落とされる。

「「「「「「うわああああああああ!!!」」」」」」

「これに乗れー!!」

撃墜の際の衝撃を和らげようと、ドラは銀色のケースから特殊道具を取出し、砂地に向けて投げ込んだ。刹那、落下地点に特大のエアバックが展開し―――全員が辛うじてその上に着地する。

「た、助かった~」

「でもねぇよ!!」

一難去ってまた一難。凶悪すぎるまでに凶悪な夢魔の蔓が伸びてくる。

「この!」

咄嗟に、昇流はホルスターから特殊弾を装填した拳銃を取出し、夢魔の蔓の先に対し放つ。

ドーン!

銃弾の着弾と同時にワニ状の蔓は勢いよく爆発。力なく萎れ砂地に倒れる。

「どうだ!ちったー保険らしく役に立ったろ!!」

「ああ、十分すぎるほどにな!」

「あんたやっぱ、ただ者じゃないって感じだ!!」

「油断するな!まだ終わってないよ!」

ドラが警告すると、夢魔の母体は口から強酸性の樹液を放出する。一行は足場の悪い砂地を疾走し、自分たちでは手が付けられない相手の脅威から逃げ続ける。

「背を向けて逃げるしかできねぇのか、俺らは!!」

「そもそもの話、俺らだけであれを根絶やしにできる訳がなかったんだ!」

後悔先に立たず。既に後戻りはできない状況だった。周りが愚痴ばかりを零す中、ドラだけは違った。

逃げることを唐突に止めると、踵を返しそのまま夢魔の方へと走り出した。

「兄貴!!」

「あのバカ猫!血迷ったか!?」

「長官じゃあるまいし、血迷ってなんかいません!ただ・・・やっぱ逃げることが性に合わないってだけですよ!魔猫は魔猫らしく、目の前の存在を完膚なきまでに屈服させるまでだ!!」

臆して逃げるのではなく相手を完膚なきまでに叩き潰す―――徹底して勝ちに拘った生き方を貫いてきたドラ。どんな局面でも彼に例外は存在せず、必要に迫られた戦いにおいて彼は「勝利」だけを考える。

スケールも圧倒的に巨大な植獣の前に立つとおもむろに刀を掲げ、ドラは力強く言霊を唱える。

「仇(かたき)を斬れ―――ドラ佐ェ門(ざえもん)!!」

 

雲一つない砂漠の真ん中に、落雷が生じる。ドラが掲げた刀に直撃すると、鍔の部分がドラの顔を模したデザインへと変化する。

夢魔が本能的に危機感を覚える様子を見ながら、ドラは変化した刀に呼びかける。

「いくぞ。魂魄兵装(こんぱくへいそう)!」

直後―――光り輝くドラの刀身に向かって、青白く輝く無数の光が集まり始めた。それらはすべてこの世界での役割を終えた死せる者の魂―――霊魂で、ドラはその魂を使役し武装することができる。

夢魔の侵食によって命が奪われ、その霊魂のほとんどが天にも還れず現世で彷徨っていた。ドラの刀身に凝縮された各地の霊魂は、彼に力を貸すことを条件に魂の解放を求め―――彼はそれを承諾した。

両手で柄を持ち、夢魔を見据えたドラは鋭い語気で言い放つ。

「本当の怪物は夢魔でもオイラでもない。人間―――それは神が作りしこの世で最もタチの悪い怪物だ!!」

直後、ドラは渾身の一撃となる一振りを払った。

「魂魄弾(こんぱくだん)!!!」

黄金色に輝く斬撃は真っ直ぐに飛んで行く。夢魔の中心核と同時に巨大な体をも一刀両断する圧倒的な破壊力。夢魔は断末魔の悲鳴を上げる。

「やったぞ!!」

「あの野郎、いつもながら無茶苦茶だぜ!」

「おい、夢魔が!」

ドラの一撃を受けた直後から、夢魔の様子が変わり始めた。苦しそうな悲鳴を上げていた夢魔の体から金色に輝く粒子が現れ、空へと舞い上がる。

全員がその光景に見とれていると、怪物と化した夢魔に宿っていた人の心―――真理子は自分自身を取り戻し、彼らの頭の中に話しかける。

「え・・・」

「おい、今・・・」

「夢魔が?」

 

そして現代―――夢魔の消滅に伴い街を覆い尽くしていた蔓と森が徐々に消えていき、夢魔に犯された人々も自分を取り戻していった。

天に聳える夢魔の木が金色の粒子となって空に昇る様子を真夜と時野谷、美紀の三人も街の一角で見つめている。

「ありがとう・・・?」

「え?」

「夢魔が」

「真理子!」

美紀は夢魔からの心の声を聞きとった。真夜は綺麗な粒子となって、この星を離れる永遠の植物となった親友に想いを馳せ、心の目で確かにその笑顔を見る。

「・・・・・・いつか本当に、砂漠にアサガオが咲く日が来るのを博士と一緒に空の上で見届けてちょうだい」

空に向かって言いながら、彼女は一筋の涙を流した。

 

母体である夢魔の木が消滅すると、その意思に従ったかのように各地で広がっていた蔓と根もまた金色の粒子となり、地上を離れる。

現実的にはあり得ない超常現象に言葉を失うも、メンバーは無事に事が済んだことに安堵し―――しみじみとつぶやく。

「・・・夢魔は空へ昇って行く」

「心を失った植物に、再び人間の心が戻ったという訳か」

「夢見てるんじゃねぇかな・・・俺」

ドラもまた、空をしばらく眺めていたが―――やがて刀を鞘に納め、達観した表情を浮かべ言う。

「理由の無い悪意という言葉を口にしたものの、夢魔も無責任な怪物が生み出した犠牲者の一人に過ぎなかったってことだ」

「兄貴・・・」

「改めて思い知らされたよ。どこで花野任三郎があれを作ったのかは知らないけど、どこに行っても同じ人間のやる事だ結局。優れたこともバカな事も」

その言葉に皆が思わず考えさせられ、一時の沈黙が流れる。

「これからどうする?」

沈黙を破って、龍樹が問うと―――ドラは疲労感漂う様子で「そうだな・・・」と口にし、率直な願いを言う。

「とりあえずベッド行く。ぐっすり眠りたい」

「そりゃいい!こっちはもうクタクタで動きたくねぇよ」

「無駄に暴れすぎなんだよ、おめぇは」

「写ノ神君、帰って愛をハグハグしましょうね♡」

「お、おう・・・///」

「でははははははは!!!さぁ、家(ウチ)に帰ったら全力で寝るぞ―――!!!」

夢魔による脅威を退けた鋼鉄の絆(アイアンハーツ)。悠然と現代へ凱旋するため、タイムエレベーターへと目指し広大な砂漠の上を力強く歩きはじめた。

 

 

 

 

 

 

ドラさん語録~サムライ・ドラが残した語録集~

 

その18:人間、それは神が作りしこの世で最もタチの悪い怪物だ

 

ドラが言うとシュールに思えるかもしれないが、実際人間は酷い生き物だ。もしもエデンの園で人間が禁断の果実を口にしなければ、人は怪物にならずにすんだのか・・・。(第15話)

 

その19:どこに行っても同じ人間のやる事だ結局。優れたこともバカな事も

 

人間は不完全ゆえに間違いを犯し、その間違いの積み重ねがひとつの正解を導き出す。そうした積み重ねが人類の歴史であることを忘れてはならない。(第15話)

 

 

 

 

 

 

登場人物

花野任三郎(はなのにんざぶろう)

声:小杉十郎太

享年63歳。遺伝子工学の世界的権威のひとり。43歳のとき、『TEC細胞』という万能細胞を作成に成功。それらの功績が認められノーベル生理学・医学賞を受賞している。

5223年に、ベールにて砂漠でも育つ植物を開発していたが、始祖ウィルスの争奪に巻き込まれ娘・真理子を失ったことで科学に失望する。日本に帰国後、湖畔に建てた研究所で生前に真理子が育てていた花に囲まれひっそりと暮らしていた。ある日、謎の男から抗核エネルギーバクテリアの開発を依頼され一度は断るが、真理子の細胞を組み込んだアサガオが瀕死となったことで承諾。その際に預かった始祖ウィルスをそのアサガオと融合させ、夢魔の原種を誕生させてしまう。ほどなくして謎の男にアサガオを没収された後に殺害され、芦ノ湖の浜辺で打ち上げられているところを発見される。

花野真理子(はなのまりこ)

声:伊瀬茉莉也

享年21歳。花野博士の娘。杯真夜の友人。筑波大学で植物遺伝子工学を専攻した後、父の助手としてベール生物工学研究所に勤務していたが、バイオメジャーの爆破により死亡。後に細胞が夢魔に組み込まれることになる。

三枝美紀(さえぐさみき)

声:大坪由佳

17歳。TBT精神開発センターに所属する少女。夢魔の意思を感知したりする強い超能力を持つ。終盤では空に還って行く夢魔=真理子の言葉を真夜に伝えた。

アポロン

声:松田賢二

バイオメジャーの白人系工作員。「アポロン」はコードネームで本名不明。恰幅のいい体格でタンクトップの下は全身に刺青がある。性格も短気で粗暴。スポンサーの依頼で、様々な場所で夢魔を高値で売りさばいている。

ダフネと共に5436年のウプサラ県で選別と称する夢魔の転売を行おうとするが、情報を入手したドラ達の襲撃に遭いドラと幸吉郎、駱太郎相手に戦いになる。幸吉郎と駱太郎相手に窮地に陥るが、スポンサーから報酬として貰っていた薬を注射し自らの体に注入し、無敵の細胞活性化によって筋肉隆々の巨漢に変化した上、驚異的な肉体を手にする(その際、肌の色は緑入りに変化している)。最初こそ強化された筋力を生かし、幸吉郎や駱太郎らを圧倒したが、何の気なしに放った言葉が切っ掛けでドラの逆鱗に触れたため惨殺される。

名前の由来は、ギリシア神話に登場する男神で、オリュンポス十二神の一角を担うゼウスの息子「アポローン」。

ダフネ

声:鈴木達夫

バイオメジャーの白人系工作員。「ダフネ」はコードネームで本名不明。頭にバンダナを付けたお調子者の男。

スポンサーの依頼で、アポロンと共に5436年のウプサラ県で夢魔の転売を行おうとした。龍樹と写ノ神、茜に敗れた後生け捕りにされて尋問を受けるが、口封じのために頭に埋め込まれていた小型爆弾が作動し死亡した。捕まる直前、夢魔のひとつを海へ落としてしまい、それが間接的な原因となって夢魔の大繁殖を促してしまう。

名前の由来は、ギリシア神話に登場する河の神の娘で、ギリシア語で月桂樹の意味を持つ「ダフネ」。




次回予告

ド「北海道の冬は寒い。だから逆に夏は本州よりも涼しいと思いがちだけど、最近はそうとも言えなくなってきたな」
「真夏の夜に降り注ぐ虹色の流星群が引き起こす理不尽な事件。死者をも蘇らせる強大な力の正体は・・・」
「次回、『ボーダーライン』。ところでこれを読んでる人に唐突に尋ねるけど・・・働くことの意義って、何だと思う?」

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