サムライ・ドラ   作:重要大事

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ド「世間を騒がす危険ドラッグ、夢魔。吸飲者は強い幻覚作用によって錯乱するばかりか、体から植物が生えるという奇病に犯される」
「笑えないぐらい事態が悪化したこともあり、オイラたちも調査を開始する。調査を進めるとベール共和国の機密工作員の連中が過去の時間で売りさばいていることがわかり、とっちめることにした訳だけど・・・・・・どうやらこの事件、そう簡単には片付けられるものじゃなさそうだ」



理由なき悪意

時間軸5436年

スウェーデン ウプサラ県

 

「参りましたァァッ!!」

パンツ一丁となったダフネ。相棒であるアポロンはドラの逆鱗に触れたがために斬り伏せられ、唯一の証人である彼はドラたちに土下座し、敗北を認めた。

強化アポロンの力によって思わぬ傷を受けた駱太郎は頭を掻きながら、目の前のダフネを昏倒させた張本人―――八百万写ノ神を見る。

「・・・・・・雷電残光(らいでんざんこう)食らってよく無事だったな」

「ちゃんと加減したんだよ!単細胞と違って俺はできる子だ!」

「あの・・・えーと?」

ダフネが困惑する中、幸吉郎が鋭い眼差しを向けてくる。

「説明しろ。てめェらの目的と背後関係だ」

「夢魔という危険ドラッグをあちこちの時間でバラ撒いたのはあなたですか?」

押収した夢魔の袋を見せつけ、茜が優しく問い質す。

「イエスじゃねーの」

顔を上げ、おざなりな返事でダフネは答える。

「なんでそんな事しやがる?」

これまでの夢魔による被害を受け、悲惨な目に遭っている被害者の事を考えながら―――駱太郎は抑えがたい怒りを如実に顔に出し、ダフネへと問う。

「『選別』っつってよ。夢魔の毒にも耐えうる素質がある奴を探してるんじゃねーの。うちのスポンサーが用意してる兵器を使いこなせる奴とか」

一瞬、ドラの眉がピクリと動く。直後、駱太郎は仕事と言づけて他者の命を省みない軽薄なダフネの腕を持ち上げ、鬼のような形相で睨み付ける。

「兵器だか何だか知らねぇが・・・てめぇらの所為でな、関係のねぇ人間がどれだけ犠牲になってるか知ってるか?俺はてめぇみたいなクズ、こうして見てるだけで虫唾が走る!!」

「ひいい///」

至近距離から形相で睨み付けられ、ダフネはあまりの迫力に歯の根が合わない。ドラは興奮気味な駱太郎を落ち着かせ、核心的な事を問う。

「―――そのスポンサーってのは誰だよ?」

「俺も詳しい事ぁ知らねーんじゃねーの。だいたい俺ぁ単なる下請けで―――」

と、口調からも窺えるいい加減な返事をした途端―――ドラたち全員が一斉に武器を構え、露骨に殺気を放つ。

「わー!!あー!思い出したんじゃねーの!?」

あからさまに脅迫を受けると、命の危機を察したダフネは質問に応じた。

「とりあえず俺らに指示を出したのは―――」

 

パンッ―――!

 

「!?」

刹那。ダフネの後頭部から破裂音が聞こえたかと思えば、頭から出血を伴い力なく倒れ伏せ―――即死する。

「狙撃か?」

「いや、違うね」

ドラは動かぬ死体と化したダフネの体を凝視する。幸吉郎たちが訝しげな表情を浮かべる中、ドラの口から夢にも思っていなかった言葉が飛び出した。

「どうやら頭の中に爆弾でも仕掛けられていた様だ」

「ば、爆弾だって?!」

「バイオニクス技術を流用すれば、そう難しい事でも無い。ただし、こういうことをやるのはどうしようもなく下種で、ヤバい連中って事だ」

そう言ったときのドラの顔は、何か重大な事実を察しているような感じだったことを幸吉郎は見逃さなかった。

幸吉郎は、自分たちの知らないところで真意に気付いているドラを野暮に問い質すようなことはしなかった。彼がいつか自分たちに話してくれることを信じ、気持ちを抑える。

「後始末をして帰るよ」

「「「「「わかりました(あいよ)(わかった)」」」」」

嘆息を突くと、遺体袋にダフネの死体を入れ-――踵を返し歩き出す。

 

このとき、ドラたちは気付いていなかった。ダフネが所持していた夢魔の袋が知らぬうちに海へと流れ出てしまったという重大な事実に・・・・・・

 

 

西暦5538年 6月11日

TBT本部 中央フロア

 

過去から戻ったドラたちは遺体を四分隊の研究所に届け終え、オフィスへと戻ろうとする。その際、やけに本部内が慌ただしく人の往来が激しいことに気付く。

「何かあったんでしょうか?」

 怪訝そうにするドラたち。少し考えた後、駱太郎は閃き自信に満ちた様子で声高に叫ぶ。

「分かった!とうとう長官の横領がドラ以外にも及んだか!!」

「人聞きの悪いこと言ってんじゃねぇよ!!」

怒号を放つ声の主―――杯昇流は目と鼻の先でドラたち全員を凝視し、血管を浮かび上がらせ、眉間に皺を寄せる。

「あ、給料泥棒」

「泥棒じゃねぇ!!ちょっと前借したんだよ」

「どっちでもええわ!!そもそも借りんじゃねぇよ!!」

自分が気づかないところで勝手に給料をピンハネする上司の行為に嚇怒するドラだが、昇流は首を横に振り、気を改めて全員に言う。

「そんな事より大変なんだよ。直ぐにこっちへ来い!」

 

昇流に連れられドラたちが向かったのは、最上階にある展望室。

既に多くの職員が集まり一様に窓の外を眺めている。不思議に思いながらドラたちも試しに窓の外を眺めてみると―――彼らがこぞって外を眺めている理由が自ずと理解できた。

窓の向こう側は小樽と言う街が広がっているのだが、街のあちこちから生えた太くたくましい植物の根と蔓が建物の外観を覆っていた。

「なななな!!!なんじゃこりゃあ!?」

「あははは・・・た、性質の悪いどっきりですね。私たちを騙そうとしたって、そうはいきませんよ///」

露骨に引き攣った顔で苦笑いを浮かべる茜だったが、昇流は窓ガラスを強く叩き、険しい表情で大喝する。

「こりゃどっきりでも何でもねぇ!!紛れもない現実だ!!」

「現実って・・・・・・一体何がどうなってるんだ!?」

「つーか、あのバカでけぇ木は何だよ!?」

窓の外を見ていた写ノ神は、街の彼方に観える雲を突き破り天まで伸びる巨大に聳える大樹を指さし―――目を見開く。

それを聞いた昇流は、目蓋を閉じて一時(ひととき)の沈黙を保つ。固唾を飲んでドラたちが見守る中、やがて重い目蓋を開けた彼は真実を語り出す。

「調査員の報告によれば、あの植物に含まれている成分データは・・・・・・こいつと極めて酷似しているとのことだ」

 そう言って空間ディスプレイを表示すると、映し出されたのは危険ドラッグ・夢魔だった。

「それって・・・!!」

「まさか、あれが!?」

「夢魔のなる木(・・・・・・)だっていうのかよ!!」

「信じたくないという気持ちはわかる。だが、それが紛れもない事実であり我々が直面している問題なのだ」

背後から聞こえて来たしわがれた声。振り返えると深刻な表情を浮かべ両手を後ろで組むTBT大長官、杯彦斎がいた。

「大長官!」

「どうしてこんな?!」

「わからん。だが事態は深刻だ、既にこの世界は奴らの手中に収まったと言っても過言ではないだろう」

言うと、彦斎は視界の先に見える夢魔の大樹を見つめ―――眉間の皺を更に寄せる。

「どういう意味なんじゃ?拙僧たちが留守の間、この世界に何が起こった!?」

「・・・・・・」

龍樹の問いかけに上手く答えることができず、彦斎は口籠るばかりだった。

そのとき、呼び出し音と同時に空間ディスプレイが現れ、科学捜査所員のハールヴェイトが彦斎に呼びかける。

『大長官。ちょっとよろしいですか』

「ああ」

一言返事を返し、通信を切ると―――彦斎はドラたちの方へ目を向ける。

「お前たちも一緒に来てくれ」

 

 

同時刻 アメリカ・某製薬会社本社屋

 

夢魔の繁殖に伴う植物による侵食は地球全土にまで広がりを見せていた。ある時期を境に爆発的な増殖を始めた夢魔の木は、他の植物を枯らし、自らの栄養として取り込むだけに留まらず―――人間の居住スペースにもその魔の手を伸ばした。

先に分かっている効能として、夢魔を体に摂取した人間は錯乱したのちに植物が生え、やがて自我を失う。その効果がより強力に現れ始めた結果―――人間たちは夢魔の力に圧倒されようとしている。

この未曾有(みぞう)の危機に直面している人間たちの中で、サングラスに金髪のオールバックをトレードマークとする男は夢魔の森と化した各所の映像を複数の空間ディスプレイに映し、オフィスの中でひとりつぶやく。

「・・・こうなる事は、おおむね予想がついていた」

一息を突き、椅子から立ち上がると―――男は踵を返しオフィスの外へ歩き出す。

「しかし、結果として花野博士は我々に大いなる功績と過失を残してくれたようだ」

 

 

表向きは世界一の製薬会社を装う一方、その裏では生物兵器開発を容易としたことにより、これを大きな資金源として表裏の両マーケットを拡大して企業活動を続け、国際企業へと伸し上がったのが男の会社だった。政界にも太いパイプを持ち、法規などの操作、他社や財政界への二重スパイ活動も行っており、独自に特殊戦闘部隊や保安警察を組織し、有事の際には即座に対応できるよう配慮がされているなど、最早単なる民間企業とは思えない極めて強い力を有している。

遡ること、数か月前―――・・・幹部同士が集まる本社の会議室で、新兵器の開発について話し合いが行われた。

「アメリカでは既に遺伝子操作により、石油を食べるバクテリアを完成させており海の石油汚染に対して実用化している。同じように、原発事故などの放射能汚染に対する有効な手段として考えられたのが核物質を食べるバクテリア・・・抗核エネルギーバクテリア議論だ」

『核物質を食べるだと?』

立体映像の幹部たちは男が発した言葉に疑問符を抱く。男は口元をつりあげ、ディスプレイに『Anti Nuclear Energy Bacteria』と書かれた文字とバクテリアの構造式を同時に表示する。

「本来、それは兵器として実験していた訳ではないが・・・我が社がこれを開発できれば一気に世界の覇者となれるだろう」

そう言った後、同時に男は明朗にして厳しい現実を幹部たちに突き付ける。

「しかし、抗核バクテリアは我が社の研究室だけではできない」

『どういうことかね?』

 熟年の幹部がおもむろに尋ねると、男は振り返りサングラス越しに幹部たちを凝視―――その口を開く。

「抗核バクテリアを作るには必要条件が二つある。一つは、核物質を食べる遺伝情報があること。我々は既に、始祖ウィルスを起点として様々な細菌と組み合わせ意図的な進化をもたらし、核物質を分解するウィルスの開発に成功している。あとはウィルスの遺伝情報をバクテリアに組み込んで作るだけ」

『では、必要条件の二つ目は?』

立体映像を通して別の幹部が尋ねると、サングラスの位置を微調整し、男は答える。

「それを作ることができる人間」

言うと、男が空間ディスプレイに表示したのは―――世界的な遺伝子工学の権威である科学者、花野任三郎の写真だった。

 

 

日本 芦ノ湖・花野新植物研究所

 

抗核エネルギーバクテリアという新たなビジネスチャンスを獲得するため、男は部下たちを連れ、湖畔の研究所で隠居生活を送る任三郎の下を尋ねた。

協力を仰ぐため現場にやってきて男は直談判を試みるも、任三郎の返事は悲嘆に満ちたものだった。

「私はもう二度と始祖ウィルスに手を付けるつもりはありません」

極秘と書かれた渡された研究資料の複写を握りしめ、任三郎は男の方へと振り返る。

「お気持ちは分りますが博士。これは歴史的に価値のある研究です」

男にとって、会社の命運に懸けて花野任三郎を見す見す逃す訳には行かなかった。何とか彼を説得しようと、男はソファーから立ち上がる。

「我々のプロジェクトには、やはり批判的ですか?」

「かなりです」

聞いた瞬間、思わず鼻で笑い―――男はおもむろに語りだす。

「私も科学者の端くれだ。遺伝子工学が人類に与える光の部分だけを見ている訳じゃない。ちゃんと影の部分も忘れないでいるつもりだがな」

「それでしたら、抗核エネルギーバクテリアがどんな軍事兵器になるか、ご存知でしょう」

任三郎が危惧の念を抱き尋ねたところ、男は不敵な笑みで答える。

「核ミサイルを無力化する兵器だ」

「核兵器は最終兵器ではなくなります。そんなものが現れたら、世界のバランスは・・・」

「花野博士。それが現実です。そしてその兵器の材料を我々は持ってる。世界の大国が血眼になって始祖ウィルスを手に入れようとしている。もし余所の国が手に入れたら力づくでも叩き潰す。15年前にアメリカのバイオメジャーが、ベールの花野博士の研究室を襲撃したように。我々は危険を恐れて始祖ウィルスを秘密裏にどこかへ隠した。原発事故の様な下降線で、国家の存亡に関わるような事態が起こらない限り永遠にウィルスは封印されるはずだった。でも実際のところ世界はどうでしょう。段階を追った進化を続ける人間は争いを止めるどころか、連綿と続く凶悪な性(さが)に基づき、今もどこかで血で血を洗っている。CTBT(包括的核実験禁止条約)など形骸化している。北も南も国際法を無視して核の開発を続けている、そうでしょう?」

昨今の複雑怪奇な国際情勢を交えた正論をぶつけながら、男は沈黙を貫く任三郎の下に歩み寄り、真摯に訴えかける。

「私は宝の持ち腐れと言う奴が大嫌いでしたね。このままでは他国に侵略されるまでもなく、文明は自らの作り出した核によって崩壊する」

核がもたらす人類への影響を強調し、近い将来取り返しのつかない運命が待ち受けていると言って、男は花野と面と向き合う。

「だから我々が全てを担う。世界を救う責任を、誰よりも公平に果たせるのは我々だけだ」

サングラスで覆われた瞳に隠された真意は、任三郎にも皆目見当がつかない。ただ、眼前の男が真面なことを言いながら自分を碌でもない事に利用しようとしている事は薄々感づいていた。

「私はその世界よりも大切な娘を、始祖ウィルスのために失ったんです」

利用されたくない気持ちと、二度と始祖ウィルスに翻弄されたくないという気持ちを素直にぶつけ、任三郎は手持ちの資料を返す。

「私にもう守るべきものはありません。どうぞ、お引き取り下さい」

 

抗核エネルギーバクテリアへの協力を断ったその日の夜。任三郎は研究室で花の観察を行っていた。

 

ガガガガガガガ・・・・・・

 

「地震?」

大地を揺るがす激しい揺れ。研究室に飾られたプランターがフローリングに落ち始めると、任三郎は血相を変えてアサガオの園に向った。

『先ほど大島三原山で大規模な噴火が起こりました。これに伴い、関東地方一帯で震度3から5の地震が記録されています。噴火のあった三原山の火口からは今も尚不気味な溶岩が噴き上げられ、夜の空を赤く染めています』

火山活動に伴い発生した強い地震。アサガオの園へと到着すると案の定、任三郎が危惧していた通りの事が起こってしまった。

精密機器によって徹底管理されていたアサガオは激しい揺れに耐えきれずに倒れ、ガラスケースから零れ落ちている。

直ちに花を回収し、研究室へと戻った任三郎は花弁の一部をプレパラートに乗せ電子顕微鏡を使いアサガオの状態を確かめる。

このアサガオは任三郎にとって特別な花だった。15年前、バイオメジャーの襲撃の折にこの世を去った愛娘・真理子の細胞を彼女が大好きだったアサガオの細胞と融合させその育成を試みていた。

しかし、自然が引き起こした理不尽な出来事によってアサガオ―――真理子は再び死の危機に直面してしまった。

「・・・このままでは、真理子が死んでしまう」

 娘の細胞を何とかして生き永らえさせたい―――任三郎はその欲望を叶えるべく、重大な決断をすると同時にある禁忌を犯してしまった。

 

数日後。花野任三郎の方から男の下に直接電話が届いた。任三郎は男の協力を受け入れ、抗核エネルギーバクテリアの開発プロジェクトに参加する意思を明確に伝えた。

「そうですか。花野博士も決心がつきましたか・・・・・・此度の協力、誠に感謝いたします」

『その代り、一つだけ条件があります』

「条件?言ってみてください、我々にできることがあるならすべて手を尽くします」

任三郎は、電話越しに瀕死状態の真理子のアサガオを見る。

「一週間だけ、私の研究所に始祖ウィルスをあずけて欲しい。それが、プロジェクト参加のための必要条件です」

 

ゴゴーン!!ゴゴゴゴ・・・

 

 激しい雷雨に見舞われた芦ノ湖周辺。

薄暗い研究室に閉じこもり、任三郎は男から届けられた始祖ウィルスを使って真理子のアサガオを生き永らえさせる処置を施そうとする。

電子顕微鏡を使い、預かった始祖ウィルスから遺伝情報を取出し、それを今度は採取した花弁に含まれる細胞と融合させる。

ミクロの世界で行われるウィルスの遺伝子とアサガオの細胞との融合実験。任三郎は、自らの欲望に従い作った植物がこの世に大いなる災いをもたらす禁断の植物になるとはこのとき―――夢にも思っていなかった。

 

一週間後。預かった始祖ウィルスを携え、任三郎は男が務める製薬会社の日本支社へと招かれる。

車から降りた任三郎と握手を交わし、男は彼を連れて応接室へと向かう。

「確かに、私たちがこれから遺伝子操作で作ろうとしている物は、ちっぽけなバクテリアです。しかし、このまま行けば遺伝子工学は間違いなく合成生物以上に恐ろしい怪物を作り出してしまうかもしれない」

「花野博士。私たちが作らなくても、誰かがきっと同じものを作るんです。人間がこれまでやってきたことを見れば、それは」

「それじゃあ、私たち科学者も」

どこか二の足を踏んだ様子の花野の態度を見て、男は前のめりになってから両手を組み、不敵な笑みを作り出す。

「どうやらあなたは、科学者でありながら、科学と言うものが解っていないようだ」

 

【挿絵表示】

 

抗核エネルギーバクテリア開発プロジェクトは、任三郎の協力の甲斐あって順調に進み、わずか数週間後には―――目的の抗核エネルギーバクテリアが完成した。

「できたようですね」

「ええ。あとはどんどん分裂していきますよ。30分で2個。1時間で4個。2時間で16個」

「1日で4兆個か・・・」

「ぞっとしますね」

誕生した核エネルギーを分解する新種の抗核エネルギーバクテリアの細胞分裂の様子をモニターで確認しながら、任三郎は一抹の不安を抱く。

 

 

日本 芦ノ湖・花野新植物研究所

 

任三郎がバクテリア開発の為に研究所を留守にしている間、銃器を携えた一人の男が夜の研究所へと忍び込む。

男は研究所に保管された資料と言う資料を物色し始め、ある物を必死に探している。

棚から机まで引っ掻き回し、手当たり次第に物色をしているうち―――男は目的の資料を発見する。

茶封筒から取り出した資料には、赤い字で極秘と書かれた『抗核エネルギーバクテリア開発に関する重要機密』という文字が書き綴ってある。

「Anti Nuclear Energy Bacteria...This is so.(抗核エネルギーバクテリア・・・これだな)」

男の正体は、抗核エネルギーバクテリアの資料を狙っていたベール共和国から派遣された機密工作員だった。目的の資料とデータディスクを手に入れ、急いで研究室を出ようとした直後―――予期せぬ事態が起こる。

「UOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!!!!!!」

研究室の一角から伸びる太く伸びた植物の蔓が、男の体を締め付ける。訳も分らず蔓に捕まった工作員の男は持っていた資料を手放し、そのまま絡め取られる。

「WAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!!!!!!!!!」

断末魔の悲鳴とともに、アサガオの蔓が体を締め付け、汗腺(かんせん)から侵入した有毒物質が男の体組織を変化させ―――男は体中から植物を生やした植物人間と化した。

 

翌日。任三郎の下に一本の電話が入る。

「何だって?研究所が・・・・・・!?」

警察からの連絡が入り、任三郎は男を伴い急いで芦ノ湖の研究所へ戻った。

そして、荒れ果てた研究所の内部を見て唖然とする。警官隊が調査を進める一方、全身が植物と化したベール共和国の機密工作員が目の前で運ばれていく。

だが何よりも任三郎を驚かせたのは―――荒らされた研究所にそびえ立つ巨大なアサガオだった。天井を突き破り、真っ直ぐに伸びたアサガオを鑑識が調べている。

男が外で待機していると、警察の事情聴取を終えた任三郎が戻り一通りの事を説明する。

「死体の男はベール・オイル・コーポレーションの支社長でエージェントだった。抗核エネルギーバクテリアの資料を狙って忍び込んだらしい。しかし、一体何があったのか・・・・・・」

男を連れて、任三郎は研究室にある巨大アサガオを見せる。

「それが一週間始祖ウィルスを預かられた理由ですか?」

目の前で咲き誇る巨大なアサガオを見ながら、切れた蔓の端を持った任三郎に尋ねる。

「自己再生能力の遺伝子を持つ始祖ウィルスで、永遠の命を持つ植物を作ったつもりだった・・・・・・」

「つもりだった(・・・・・・)?」

「ひょっとすると、大変な事になるかもしれない」

今になって、自分がしたことの重要性を如実に突き付けられた感じだった。変わり果てた娘の姿―――任三郎は呆然と立ち尽くすばかりだった。

「・・・ひとつお願いがあるのだが」

沈黙を打ち破り、不意に男が任三郎に話しかける。

「私はあなたに始祖ウィルスを預けた。その結果このような事態となった・・・このアサガオを我々に譲っていただけないか?」

「何だって?」

声が裏返るほど、任三郎は男からの突然の提案に狼狽する。

「博士はあれを警察の科捜研で更に詳しく調べられたくはないでしょう?」

「それは・・・・・・」

「我々としても、始祖ウィルスの事はあまり知られたくはない。迷惑料の代わりとしてそれぐらいの対価は支払ってもらわんと」

「し、しかし・・・・・・」

「大丈夫。決して悪い様には致しません。すべては―――世界を救うための研究に役立てますよ」

 

 

あの後、巨大アサガオは男の根回しによって警察の手に渡らず―――彼が勤める会社の科学研究室へと運ばれた。

白で覆われた長い廊下を歩き、男はある場所へと向かう。

目的の部屋の前に立ち、男はサングラスを外し、声紋と指紋および眼球認証を行う。直後、扉のロックが解除され上下に扉が開かれる。

中に入ると、白衣を着た何人もの研究員が配備され、中央の巨大なポットには任三郎から奪取した巨大アサガオ―――もとい、夢魔の原種が入っている。

男はポットの前に立つと、それを見つめながら低い声でつぶやく。

「これがあなたの言う科学だとしたら、とんだ思い上がりでしたね」

 

 

TBT本部 第四分隊・科学捜査班

 

ハールヴェイトの下に集まったドラたちは、巨大植物と化した夢魔について―――彼から詳細な説明を受ける。

「葉から採取した遺伝情報を詳しく解析したところ、この危険ドラッグには化学成分の他に人間の細胞が使われていました」

「人間の細胞だと?」

ええと答え、ハールヴェイトはパソコンのモニターに詳しい遺伝情報を表示し、それを見せながら話を掘り下げる。

「また、このアサガオには人間の細胞以外にもウィルスと思われるRNA(リボ核酸)遺伝子が組み込まれています。そうした過程を経て突然変異したアサガオの葉にリゼルグ酸ジエチルアミドやフェンサイクリジンなどを混ぜた物・・・それがこれ!」

言って、ハールヴェイトは結果としていきつく物―――危険ドラッグ・夢魔の葉を手に取り、ドラたちに見せつける。

「そして突如として街を覆い尽くしたあの植物こそ、夢魔から進化した変異アサガオの木って訳だ!」

「しかしどうして、そのアサガオから作られた危険ドラッグに人の細胞が使われてるんだ?」

「細胞の持ち主は?」

早急に使われた遺伝情報を調べることにした。データバンクにアクセスをしてみたところ、表示されたのは使われた細胞の持ち主―――花野真理子に関する個人データ。

「こいつだ。使われている遺伝子の持ち主は、花野真理子。筑波大学で植物遺伝子工学を専攻した後、ベール共和国へ向かったが研究所の爆発事故で死亡。享年21歳か・・・」

「花野真理子・・・あれ待てよ、その名前ならどこかで聞いたことあるような」

「私の友人よ」

彦斎が疑問符を浮かべた直後、ドラたちの元に真夜が現れる。

「「真夜(さん)!」」

「おふくろ?!何でここに・・・」

皆が不思議に思う中、真夜は難しい顔を浮かべながらパソコン画面に映し出された親友の肖像を凝視する。

「やっぱり、花野博士はアサガオに真理子の細胞を・・・・・・」

「なんだって?」

「なぁ、花野博士って誰だ?」

ハールヴェイトは真理子の個人情報から更に詳しい経歴を辿り、その肉親である花野任三郎のデータを表示する。

「花野任三郎。花野真理子の父親で科学者だ・・・」

「ただの科学者じゃないよ」

不意にドラがつぶやく。全員の視線が一斉にドラに向けられると、彼は真顔で淡々と知っている事柄を話し始める。

「20年前、万能細胞のひとつ『TEC細胞』を作った天才で遺伝子工学の世界的権威のひとりだ。43歳の時、それらの功績が認められノーベル生理学・医学賞を受賞。アメリカやロシアなどの誘いを蹴って、ベール共和国での乾燥耐性農作物―――所謂“夢の穀物(スーパー・プラント)”の研究開発を行っていたが、バイオメジャーによるテロ行為で助手であり娘の花野真理子を亡くし、科学に失望した」

「ど、ドラ・・・さん?!」

「あ、兄貴・・・・・・あの、なぜそんなにも詳しいのでしょうか?」

不気味なまでに花野任三郎の経歴を熟知していたドラに全員が疑問を抱く。幸吉郎でさえも寒気を催し、露骨に顔を引きつった。

「ちょっと色々あってね、その手の科学者の名前と経歴は全部知ってる」

唖然とする面々。ここで、彦斎が再度真夜に「ところで」と切り出し、保留となっていた疑問点を尋ねる。

「真夜はあのオバケアサガオと花野博士の関係について、何か知っているのか?」

「ええ。もっとも、詳しい事は本人に直接教えてもらうしかないんだけど・・・最早無理になってしまったわ」

「どういう意味でい?」

訝しげな顔で駱太郎が尋ねると、真夜は重い目蓋を開け―――この場にいる全員に衝撃の事実を告げる。

「数日前、花野先生と思われる変死体が芦ノ湖の浜辺で打ち上げられているのが発見されたわ」

「「「「「「「!!」」」」」」」

青天の霹靂。全員が目を見開き、絶句した直後―――本部に警戒アラートが鳴り響き、研究室に緊急連絡が入る。

『大変です!!街中で巨大アサガオの蔓が!!』

「なんだと!?」

 

 

小樽市内 市街地中心部

 

「きゃああああああああ!!!!」

「誰か!!!助けてくれ―――!!!」

街では、巨大アサガオこと―――夢魔の木から伸びた極太の蔓が街中に蔓延り、人間からその他の動物をすべて絡め取り、街そのものを飲み込もうとしていた。

機敏に動き回る蔓は恐怖に慄き逃げ遅れた人々を中心に絡め取る。そうして、汗腺から注ぎ込まれたウィルスによって全身が植物に犯され、自らも植物と化す者が続出する。

「つらあああああ!!!」

現場に駆け付けた幸吉郎は、夢魔の蔓に捕われた人を救助する。

「さっさと逃げやがれ!!」

「ここは俺たちに任せろ!」

言うと、駱太郎は幸吉郎とコンビを組み、夢魔との交戦を開始する。

夢魔は自らの繁殖本能に従い無数の蔓を広げ、たまたま障害となっている幸吉郎を絡め取ろうとする。

「狼猛進撃(ろうもうしんげき)、弐式(にしき)・改―――」

前方から迫りくる蔓と言う蔓に決して臆さず、幸吉郎は水平に突き立てた狼雲で連続突き繰り出し、徹底的に排除する。

「“風花雪月(ふうかせつげつ)”!!」

 目にも止まらぬ鋭い突きが強固で太く伸びた蔓を切り刻む。幸吉郎が蔓を排除すると、それに触発された駱太郎が拳を掲げ―――炎を纏う。

「いくぜ、万砕拳(ばんさいけん)!!炎砕(えんさい)―――ッ!!」

拳に纏った炎を前方へと炸裂し、襲い掛かる夢魔の蔓を圧倒的な火力でもって焼き尽くす。

 

「畜生祭典(ちくしょうさいてん)・巨(きょ)の陣(じん)!」

同様に避難活動に尽力していた龍樹と写ノ神、茜の三人も夢魔の蔓を排除するため、持てる力の全てを発揮する。

茜が畜生曼荼羅から召喚したのは、青く硬い鱗に覆われた西洋の龍に酷似した巨大畜生で、龍は天高く舞い上がると―――無数に伸びる蔓目掛けて突進する。

「行っちゃってください、真之介君!“朱雀蓮舞(すざくれんぶ)”です!!」

茜の一声で、真之介という名の龍は全身を発火させ、炎で包まれたその身体を蔓と激しく衝突させることで、無数の蔓を業炎で焼き尽くす。

「『火(フレイム)』、『小槌(ハンマー)』、『鋼(アイアン)』、魂札融合(カードフュージョン)!!」

 写ノ神が三枚の魂札(ソウルカード)を天に掲げた瞬間、異なる力が合さりあった三枚のカードは一つの力の姿へと変貌を遂げる。

紅色に輝く炎を彷彿とさせる模様が彩られた巨大な板金ハンマーが写ノ神の手に握られる。カードの力から生まれたハンマーを振り上げると―――写ノ神はハンマーヘッドから灼熱の炎を生みだし、勢いよく振り下ろす。

「火具槌(カグヅチ)、“焦熱地獄(しょうねつじごく)”!!」

 

ドカ―――ン!!!

 

ハンマーから吹き出す炎は手当たり次第に周囲の蔓を焼き尽くし、茜の畜生と相まってその繁殖範囲を一気に削って行く。

しかし、夢魔の繁殖力は彼らが想像する以上だった。鋼鉄の絆(アイアンハーツ)が繰り出す軍隊さながらに強力な攻撃に屈するどころか、瞬時に再生を繰り返す。

「何と言う事じゃ、正しく本物の怪物じゃぞ!」

「こんなの相手にしてたらキリがないよ」

そう言った直後だった。一台の白いバンが走って来、緊急停車すると―――車から真夜と超能力者・三枝美紀が降りて来た。

「みんな、連れて来たわよ」

「真夜さん!」

「誰なんじゃその娘は?」

龍樹が率直に尋ねる中、三枝美紀は夢魔の木を見ながらおもむろに目を瞑り、植物とのコンタクトを試みる。

「何をしているんですか?」

「茜ちゃんが動物と心を通わせることができるように、あの子もそう言う力を持ってるの」

「そうか・・・見たことある顔だと思ったら、超能力研究所の三枝美紀か!」

幸吉郎が美紀の存在に気付くと、美紀は夢魔とのコンタクトを終え、自分の頭の中に伝わってきたメッセージを口にする。

「・・・呼んでる」

「呼んでる、何て?」

「“真夜。お願い助けて”って・・・」

「あれが助けを求めてるのか?」

不思議に思いながら、夢魔という巨大アサガオを見つめ―――幸吉郎たちは呆然と立ち尽くす。

プルルルル・・・

そのとき、ドラからの緊急連絡が入った。空間ディスプレイに表示されたドラは全員に真剣な顔で呼びかける。

『みんな!一旦本部へ戻ってきて。とんでもないことが判明したんだ』

 

 

TBT本部 特殊先行部隊“鋼鉄の絆”オフィス

 

「「「「「「えっ―――!!歴史が変わった!?」」」」」」

本部に戻った幸吉郎たちは、ドラの口から衝撃の事実―――すなわち、歴史が改変されたという話を聞かされた。

「そう。これはつまり、タイムパラドックスだ」

 

『タイムパラドックス』

 

時間軸を遡って過去の出来事を改変した結果、因果律に矛盾をきたすこと。つまりは、時間旅行した過去で現代(相対的未来)に存在する事象を改変した場合、その事象における過去と現代の存在や状況、因果関係の不一致という逆説が生じることに着目したものである。

例えば、自分が生まれる前の時代にタイムトラベルし、自分の親を殺すと―――結果として自分自身が生まれなくなるはずなので、存在しないはずの未来の自分が過去にやってきた結果、未来の自分が存在しなくなるという矛盾を来たす。これが有名な親殺しのパラドックスである。

 

「そ、そんな・・・」

「どうしてこんな事になっちゃってしまったんですか!?」

聞かされた事実に唖然とするメンバー。挙動不審に幸吉郎が理由を尋ねると、ドラは眉間に皺を寄せながら答える。

「数時間前、タイムエレベーターで過去へ行ったでしょ。あそこでアポロンとダフネと戦った際、何かのはずみで連中が持っていた夢魔のハーブパックの一つが海に流れてしまったんだ。押収した夢魔の数を確認してそれが分かった」

「だけどさ、それが何でこんな世界になったんだ?」

「夢魔が海に流されてとしても、それが歴史にどんな影響をもたらしたというのですか?」

駱太郎と茜が食い下がったところ、ドラは目を瞑り―――タイムパラドックスの真実を口外する。

「時のいたずらとでも言うのかな・・・歴史条件が悪かった。海を漂っていた夢魔は偶然にも海水に溶け込んだ放射性物質の刺激を受けた。調べてみたところ、オゲスタ原子力発電所から大量の核物質が海に流れ出ていた。それを切っ掛けに夢魔は急激な細胞分裂を繰り返し、少しずつ進化していったんだ」

ここで、ドラの話に補足してハールヴェイトが口を挟む。

「皮肉なことだが、段階を追った進化を辿った人間は世界中の彼方此方で核を作り、それを陸・海・空とあらゆる場所で使用してきた。夢魔は核物質のエネルギーを糧に段階的な進化を辿り・・・ある時期を境に文明は夢魔によって、根こそぎ塗り替えられてしまい、夢魔は世界を覆い尽くした」

「爆発的に発生した植物の種。圧倒的な繁殖力に加えて、夢魔は各地の土壌を汚染し、他の草木を全て枯らしていった。そしてついに―――この地球の歴史まで支配してしまったらしい」

彦斎が言うと、ドラはメンバーの方を見ながら口を開く。

「みんなは『外来種』という言葉を知っているかな?」

「ああ、一応」

「聞いたことぐらいは」

「本来なかった地域に異なる環境から持ち運ばれた生物、それが外来種。土着の生物を全て駆逐して、自らの領土に変えてしまう事もある。例えば・・・」

ドラが促すと、ハールヴェイトは持っていたUSBメモリをパソコンに繋ぎ、外来種がもたらす影響について具体例を紹介する。

「セイヨウタンポポの繁殖力に圧倒されて、日本在来のタンポポは絶滅の危機に瀕している」

「絶滅・・・だって?」

「他にもブラックバスやブルーギルの放流で、ヤマメやイワナなど日本の河川に古来より生息していた魚は食いつくされようとしている」

言うと、研究員が採取した瓶詰にされた夢魔の蔓を見せつけ―――ドラは淡白な言葉をつぶやく。

「この夢魔はいわば“時空を超えた外来種”だよ。圧倒的な繁殖力に加え、葉に含まれる成分を吸引した動物を支配し、種を運ばせる」

「なんでだ・・・・・・どうしてこんな事に」

理由を求めるかのように写ノ神がつぶやくと、それを聞いたドラは断言する。

「理由なんか無いよ。植物が種を散らして生存範囲を広げるのは当然のことだからね。意思を持たない者による侵略行為・・・・・・そう、言ってみれば“理由の無い悪意”だ」

物事には原因があり、その原因によって引き起こされるのが結果である。

過去に置き去られた夢魔が放射性物質によって急激な進化を遂げ、地球全土を覆ったことは夢魔事態に悪意があった訳ではない。植物は人間とは異なり、自由意思を持たず本能に従い生存範囲を広げるために種を運んでいるに過ぎない。人間は圧倒的な繁殖力を手に入れた夢魔の脅威にさらされても、悪意の無い相手に文句を抱いたところで仕方ない。

この一連の話を聞き、一同は重い表情を浮かべ沈黙する。

「何てことだ・・・・・・」

「こんな事になるなんて・・・・・・」

「俺たちの地球は・・・・・・滅ぶんでしょうか?」

絶望に打ちひしがれる中、幸吉郎が恐る恐る尋ねると―――ドラは「いや・・・」と言い、残された一縷の希望を口にする。

「一つだけ手はある。過去に遡って、進化する前の夢魔を根絶やしにすればいい」

「じゃあ!まだ希望はあるんだな!」

「だったら、早くやりましょう!」

「そうしてくれると助かる。いずれにせよ、刻限はあまり残ってないぞ。ここにきて、夢魔の繁殖速度が異常に高まってるからな」

ハールヴェイトは客観的な事実として分かっていることをドラたちに伝える。それに便乗し、彦斎は重い表情を浮かべ言う。

「四分隊の予測によれば、猶予はあと72時間・・・3日だ」

「3日!?」

「たったそれだけなんですか!?」

あまりに短い猶予だった。メンバー全員の表情に冷や汗が浮かぶ。

「それまでにあれを歴史上から抹消しなければ、この星は夢魔の森と化し、地上文明は完全に崩壊するだろう・・・」

彦斎から告げられた厳粛なる言葉。その言葉がドラたちに重くのしかかり、プレッシャーを募らせる。

「夢魔の侵略を許したのはオイラたちだ。隊長のオイラは、その責任を取らないといけないな・・・」

しみじみとつぶやくドラ。深呼吸をすると、気持ちを整え―――ドラはメンバーの方へと振り返る

「みんな!腹くくって行くぞ!!」

「「「「「おおおおおおっ!!!」」」」」

オフィスを飛び出したドラたちは、タイムエレベーターへ乗り込み―――時間軸5526年6月11日のスウェーデンに設定する。

エレベーターは改変されるきっかけとなった過去へと向かい、ゆっくりと降下していった。

ドラたちを見送った直後、超能力者の三枝美紀は「行こう、真夜さん!」と声を掛ける。

「おい、何処へ行く気だ!?」

彦斎が真夜と美紀に呼びかけると、本部を出ようとしていた真夜は彦斎へ振り返る。

「私たちはもう一度、夢魔の木とコンタクトをとってみるわ!」

「大丈夫です。危ないと思ったら、直ぐに逃げますから!」

やけに自信に満ちた顔で答えると、二人は危険を全く顧みない様子で外へと飛び出した。彦際は深い溜息を漏らし、真夜の溢れる行動力に恐れを為した。

「やれやれ。いい歳のくせに、20代と全く変わらんな・・・あの行動力は」

 

 

同時刻 アメリカ・某製薬会社本社屋

 

地球が夢魔によって浸食されるまでの猶予が72時間と分かっていたのは、ドラたちだけではなかった。

サングラスの男はエスカレーターを下りながら、二人の部下に話しかける。

「まぁ実際、夢魔の侵略が避けられない以上この世界の終りも近いのかもしれない。そうなる前に我々は次の手を早急に講じる必要がある」

「次元航行船(じげんこうこうせん)の用意は、既に出来ています」

「いつでも出発可能です」

「まぁ待ちたまえ。本当に地球が終わるなら、その終末を見届けるのも満更悪くはない。たとえ世界から人間から消えたとしても、あれだけはしぶとく生き残るかもしれん」

「それは・・・もしや」

「コードネームSD?」

部下たちがそのように呼称する存在に関し、一抹の不安を感じる一方で―――男は不敵な表情を浮かべる。

「私はね、不安以上に期待をしているのだよ。あれがこの世界を救う最後の希望であると」

「しかし、もしも生き残った場合・・・」

「そのときは、あれが人類の敵になるだけだ。無論、我々の最終目的の大いなる障害となることはほぼ間違いない」

「ならば、早いうちに始末するべきでは?」

「時期尚早。何事にも最良の頃合いと言うものがある。今はまだ動くべきではない。それに、プロジェクトを成し遂げる材料もまだ完全には揃っていない・・・ここは高みの見物といこうじゃないか」

意味深長な発言を繰り返し、男は達観した様子で世界の行く末を見護ることにした。

 

 

超空間 タイムエレベーター内

 

超空間を移動するタイムエレベーター。目指すはタイムパラドックスの原因となった当初、アポロンとダフネと対峙したポイント。

メーターの数値が「5538」から順調に減り始める様子を見つめながら、駱太郎は焦燥を滲みだした顔でドラに言う。

「おい、変なとこに出るなよ!」

「大丈夫。任しといて」

「つーか、俺思ったんだけど・・・」

腕組みをしながら、写ノ神は頭の片隅に引っかかっていた疑問を口にする。

「未来が変わってパラレルワールドになったんなら、ドラは平気でいられるのかよ?」

 タイムパラドックスによって過去が改変された場合、正規の未来で起こり得た事実が歪むことはよくある。その場合、ドラの様なロボットが存在しないという未来も十分にあり得る話であり、写ノ神が危惧したのは正にそこだった。

「おー、鋭い写ノ神!でも安心しなよ。ご覧の通り、オイラは健在だ。ということは歴史はそれほど変わっていないということだ」

と、推測するドラだが―――不意に彼の肩を叩き「あの~・・・」と尋ねる者がいた。

「お話のところ申し訳ないんだけど・・・・・」

言うと、TBT長官―――杯昇流は自分がなぜこの場にいるのかを眼前の魔猫(まびょう)に問い質す。

「なんで俺まで行かなきゃなんないの!?」

「いざって言うときの保険ですよ。あのまま現代にいたところで、長官が周りの役に立つとは正直思わなかったもので・・・」

「あれか、哀れんだのか!?親爺たちの負担を減らしたんだぞって言いたいのか!?」

現代でも過去でも、行く先々でぞんざいに扱われ―――上司をあろうことか“保険”と見たく出す部下の存在に昇流は腹が立ち過ぎて発狂しそうだった。

「な、なんじゃあれは!?」

そのとき、龍樹が目の前の光景に唖然とした。

エレベーターは緊急停止し、前方に立ち塞がる障害に塞き止められる。超空間の僅かな隙間を突き破り、夢魔の蔓が行く手を阻んでいた。

「おいおい嘘だろ!」

「木の根が完全に通せん坊しちまってる!!」

「これでは原因があった過去まで遡る事はできませんよ!?」

 複雑に絡まった太い蔓を容易に退けることは難しかった。

超空間は通常空間と異なり、極めて不安定であり、僅かな衝撃でも命取りとなることが厳然たる事実として分かっていた。

「しょうがない。一番近くの時間で降りよう。どの道夢魔の木を根絶やしにしない分には、未来の状況は改善されない訳だし」

「座軸のずれは?」

「ざっと5年間ぐらいですかね」

ドラは、座軸のズレを確かめながら超空間を脱出する。

タイムエレベーターは座軸から5年先の時間―――西暦5431年6月11日の中国へと下った。

 

 

 

 

 

 

 




次回予告

ド「文字通り悪魔の植物と化した夢魔。世界の命運は鋼鉄の絆(アイアンハーツ)の手によって託された」
「著しい進化を続け繁殖域を広げる夢魔と、その暴走を止めようとするオイラたちの最後の戦いが幕を開ける!!」
「次回、『博士が愛した夢想花』。今回のテーマ、ハッキリ言って子供向けではないよね・・・」

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