サムライ・ドラ   作:重要大事

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ド「危険ドラッグ・・・結構ニュースでも取り上げられているけど、それがどういうものなのかを知らない奴が意外と多い。簡単に言えばだね、大麻や覚醒剤みたいな麻薬と類似した成分を吹き付けた葉っぱってところだ。法律の規制の対象から外れているんだけど、催眠・興奮・幻覚・幻聴作用などがあって、意識障害や呼吸困難などの重篤な健康被害を引き起こす恐れもあるんだ」
「そして、危険ドラッグは今や様々な時間犯罪の温床となりつつある。だけど、単なる危険ドラッグと思って高をくくっていたら痛い目を見ることになった。これは、時間犯罪の枠を超えた地上文明の存亡をかけた戦いの幕開けだったのさ」



禁断の危険ドラッグ

西暦5523年

中近東 ベール共和国

 

始まりは15年前―――ひとりの科学者の身に起こった不幸な出来事から始まった。

 

『ベール共和国』

 

中近東にある国家で、石油資源などの採掘を主な財源とし、全世界へと輸出している。莫大な石油資本やレアアースで潤う一方、干ばつ地帯ゆえに広大な砂漠での作物栽培は事実上不可能とされていた。

 

陽もすっかり沈んだ深夜。高原都市として建てられた街の一角にたたずむ一軒家。

そこの家主―――科学者の花野任三郎(はなのにんざぶろう)(48)は鏡を見ながら顔中の脂汗をハンカチで丁寧に拭きとる。その後、ネクタイを結び始める。

すると、トイレのために二階から降りて来た任三郎の愛娘―――真理子(まりこ)(21)は怪訝そうな表情を浮かべ、身支度を整える父を見る。

「こんな真夜中に・・・どこへ?」

「お前は寝てていいよ。さっきアメリカから例のものが届いたんだ。今電話があって、直ぐに凍結処理をする」

白のスーツで身を清めると、任三郎は愛娘を家に残して職場へと向かおうとする。

 

「お前まで一緒に来ること無かったんだよ」

しかし、彼の希望通りにはならなかった。家を出ようとした直後、真理子は父と一緒に職場へ向かうことを決めた。

真夜中の砂漠を車で走りながら、そんな風につぶやくと―――車を運転しながら真理子は破顔一笑する。

「何言ってるの。一人じゃ何もできないくせに」

仕事以外は何かとズボラな性格の父を放っておけなかった。本当の事を言われ若干悔しい気持ちにもなるが、それ以上に真理子が自分の事を気に掛けてくれることが何よりも嬉しかった。

運転する娘を一瞥し、任三郎は穏やかな表情を浮かべる。

 

 

ベール共和国 ベール生物工学研究所

 

砂漠を走る事およそ5時間―――オイルマネーという莫大な資産を還元して作られた世界規模の生物工研究所へ到着する。

任三郎は真理子を助手とし、砂漠でも育つ作物の開発に尽力していた。

「じゃ、あたしは先に研究室の方へ行ってますから」

白衣姿が板に付いて来た真理子と一旦別れる。研究棟へと続く階段を上って行く娘を見送り、任三郎は研究所の所有者でスポンサーのベール・オイル・コーポレーション社長と面と向き合う。

「The founder virus was a treasure chest of genetic engineering.(始祖ウィルスは遺伝子工学の宝庫でした)」

「But virus what have been mere splash if there was no genius.(その宝物も君と言う天才がいなければただのクズだったよ)」

「No. You provided to me ways the best laboratory.(いや。世界一の設備を誇るこの研究所の成果です)」

流暢な英語で談笑をし合い、二人は研究棟の向かいに建てられた建物の中へと入って行く。

社長室へと入った途端、手元の資料を無造作に机の上に置き―――社長は心中の切実な想いを赤裸々に打ち明ける。

「In this country we all alive because of oil bills. But we cannot depend forever. We must find a way to transform this vast desert into granary.(オイルダラーの力は偉大なものだ。しかし、いつまでも油に頼ってはいられない。この広大な砂漠を緑の穀倉地帯に変えなくては)」

「My daughter Mariko, has succeeded enclose breeding a new type of wheat from wheat and cactus cells. This wheat can grow in the desert. (すでに娘の真理子が、小麦とサボテンを細胞融合させ砂漠でも育つ小麦を完成させています) 」

ソファーに腰かけ、話を聞いていた任三郎は面と向かい今日の研究成果を報告する。

「If we add self reproductive genetic information from the founder virus an in this structure super plant will be completed.(それに始祖ウィルスの自己再生能力の遺伝情報を組み込めば、永遠に枯れることのない夢の穀物(スーパー・プラント)は完成です)」

「Good. Then the America will so be mortified. The position of supreme export in the world was shaking.(すばらしい。アメリカのくやしがる顔が目に浮かぶよ。小麦の大量輸出で世界に君臨してきたアメリカもこれまでだ)」

考えた瞬間、社長は笑いが止まらなくなる。夢の穀物(スーパー・プラント)によってもたらされる莫大な富と世界中から集まる会社への期待、そして自分への見返り―――想像には難くは無かった。

 

ドカ―――ン!!!

 

空気を突き抜けるような轟音と、同時に発生する激しい揺れ。

尋常じゃない事と直感した二人。社長はオフィスの内線を繋ぎ連絡を試みる。

「What’s happen?What’s wrong?(どうした?何事だ?)」

『The research building was exploded by whether you are whom.(研究棟が何者かに爆破されました)』

 報告を耳に入れるや、任三郎は一目散に駆け出し―――研究棟へと向かう。

 爆破された研究棟から試験管や実験器具を持った科学者が一斉に階段を下ってくる。

「Dr. Hanano!It’s dangerous!Please separate a cultured cell is already in pieces.(博士!危険です!離れて下さい、培養細胞はもう粉々です)」

黒煙を上げる無残に破壊された研究棟を目の当たりにした任三郎は唖然とし、一瞬思考が停止するも、娘の安否が気にかかり強く尋ねる。

「Where is Mariko?(真理子は?)」

真理子は研究室から出て来ていない。それを知った瞬間、任三郎な黒煙上がる研究棟へ一目散に走り出す。

「Doctor!(博士!)」

同僚の制止を振り切り、爆破された研究棟へと到着した任三郎は見た。

何もかもが破壊され、機材も重要な研究成果も根こそぎ粉々となった散々たる光景が目の前の広がる中―――彼の心を最も強く締め付けたのは娘の真理子だった。

「真理子・・・・・・」

アサガオの花とともに倒れる魂の抜けた真理子の肉体。永遠の眠りに堕ちた彼女の下へと歩み寄り、任三郎は言葉を失い呆然と立ち尽くす。

 

 

西暦5538年 3月31日

日本 芦ノ湖・花野新植物研究所

 

歳月は流れ15年後。ベール共和国でたった一人の娘を失った花野任三郎は科学に失望し、日本へと帰国後、芦ノ湖の湖畔に建てた自宅兼植物研究所でひっそりと暮らしていた。

その日、フリージャーナリストで死亡した真理子の友人・杯真夜(さかずきまや)は一人の少女を伴い、隠居した任三郎の下を訪れた。

彼女が連れて来た少女は、中庭にあるアサガオの園へと招かれる。アサガオは精密機器の下で徹底管理されており―――少女は花弁を眺めながら、神経を研ぎ澄ませ、花と心を通わせようとする。

「三枝美紀(さえぐさみき)、17歳。TBTの精神科学開発センターで最も強い超能力を持つ女の子です。植物にも精神的なエネルギーの場があることは様々な実験で知られています。ですから、植物の意思とコンタクトの出来る人間がいても、決して不思議ではないんです」

そう説明をしながら、研究室で育てられている多種多様な植物を眺める真夜はかたわらで見守る任三郎に怪訝そうに尋ねる。

「でもまたどうして、急にアサガオの声が聞きたいなんて思われたんです、花野先生」

「いやぁ、私も年だな。おまけにこんなところで15年も一人で暮らしていると、ふとそんな馬鹿な事を思うようになって」

真夜は話を聞くと、15年前に不慮の事故で死亡した友人―――真理子の若い頃の写真を手に取り、しみじみとつぶやく。

「もう15年か・・・・・・真理子は大学の頃から、いつか砂漠にアサガオの咲く日が来るって言ってました」

真夜と真理子は大学時代の友人であり、同じサークルに所属していた。穏やかな表情を浮かべながら、花野は真夜を外へと連れ出す。

アサガオの園で植物とのコンタクトに臨む美紀の下へ歩を進める中、不意に任三郎が隣を歩く真夜に尋ねる。

「お父さんの方は元気かね?」

問いに対して、真夜の表情は些か微妙な顔つきとなる。

「元気すぎて、今度は自分の財団でバイオバンクのプロジェクトを始めるなんて打ち上げて」

「ノーベル賞受賞者。日本のVIPの精子や細胞を冷凍保存するという奴かね?」

「国民の良識を敵に回して大変みたいです」

真夜は、日本の政財界に強い影響力を持つ財団―――佐村河内(さむらこうち)財団の一人娘だった。巨大な財団を束ねる総帥を務める父が新たに掲げる野望に対し、真夜は批判的であり辟易した態度を示している。

「まだ、この国では無理だろう。だから、私たちも外国に出て研究しなければならなかった。あの頃と、少しも変わっていない・・・・・・」

真理子の死を切っ掛けに一線を退き、科学そのものに失望した任三郎が当時を振り返り、悲壮感に満ちた言葉をつぶやく。

アサガオの園に到着すると、ちょうど美紀が二人の方へと歩み寄ってきた。

「どうだった?」

真夜の問いかけに、美紀は首を横に振る。

「黙ってるだけ。あのアサガオ」

芳しくない結果が花野の表情を露骨に歪める。

この三人の様子を、湖畔から目と鼻の先にある道路に停車したトラックの中から、一人の男がカメラを持って監視している。

カメラを担ぎながら、男は率直なコメントをする。

「That’s seen be anybody important.(特に重要な人物じゃなさそうですぜ)」

「Well, I think so too. But・・・(ああ、そうだな。ただ・・・)」

「But, What’s?(ただ?)」

男が尋ねると、トラックの荷台を改造して作られた監視モニターを通して映像を見ていたもう一人の男が言う。

「She’s very excited.(美人である点をのぞけば)」

モニター画面に映る20代前後の美貌を保つ杯真夜という美魔女に、男は虜になっていた。これには同僚も笑わない訳にはいかなかった。

「Is this a beauty contest?(美人コンテストの審査員ですか?)」

「You right, OK.(実はそうだ)」

重要な任務を仰せつかっていながら、そんな冗談を飛ばし合う。

 

しばらくして、概ねの用事と話が済み―――真夜は美紀を車に乗せ研究所から帰ろうとする。

「それじゃ」

「わざわざどうも」

遠路はるばる来てくれた真夜と美紀に感謝の言葉をかける任三郎。

エンジンをかけ、出発を試みようとした瞬間―――美紀は何かに気づいたように目を見開き、真夜と任三郎に呼びかける。

「今なんか聞こえませんでした!?」

「ん?」

「誰か女の人のような声が・・・真夜さんを呼んだような」

超能力者である美紀が自分たちには聞こえない者の声を聞いたらしい。

怪訝そうにする真夜と任三郎は周りを見渡し、耳を研ぎ澄ませるが―――生憎と美紀の様に目に見えない者の声を聞きとる事は叶わなかった。

しばらくして、声を聞くことができなかった真夜はハンドルを握り、車の外で立ち尽くす任三郎へ別れの挨拶を済ませる。

「じゃあ、今日はこれくらいで失礼します」

 白いバンはゆっくりと発進し、任三郎の研究所を後にする。

 

3か月後―――地球全土を揺るがす巨大な歴史事件はゆっくりと動き出す。

 

 

6月3日 午後2時39分

TBT本部 特殊先行部隊“鋼鉄の絆”オフィス

 

『アメリカ遺伝子工学産業大手4社の共同機構、所謂“バイオメジャー”による遺伝子工学分野での市場独占の動きが強まる中―――』

オフィスに伝わる昨今の時事。テレビのニュースを見ながら、杯昇流は緑茶を飲み、隣では駱太郎が大好物の団子を貪っている。

「お前さ、キメラって知ってるか?」

「あんだって?」

唐突に昇流の口から飛び出すキメラと言う単語。彼の口から決して飛び出さないような知的な言葉に、駱太郎は食べるのを止め、耳を疑った。

「口から炎を吐いて、暗黒の海に突然現れて、激しい嵐を起こす。でもって、人類を破滅させる怪物。頭がライオンで、胴はヤギ、尻尾は竜」

「ギリシャ神話か?」

 龍樹が相槌を打つと、テレビから流れるニュースを見つめながら昇流は茶を啜り、再度口を開く。

「細胞を弄んだ挙句、遺伝子工学はそのキメラを作っちまった。神がこの地球に作った以外の新しい怪物を人間が作り、それが時間犯罪者によって色んな時代で売りさばかれる・・・・・・恐ろしい話だと思わねぇ?」

 賢者の如く聡明な言葉を述べた昇流。そんな碩学の老人を彷彿とさせる彼に駱太郎と龍樹は激しい寒気をもよおす。

「いつもはチャランポランのくせして、今日は妙に賢いキャラになってるぜあんた///」

「長官。拙僧は医者やセラピストではないが、祈祷ぐらいならやれなくもない」

「アホウ!お前らの軽蔑前提の気遣いなんざ元より願い下げだっ!!」

自分に対して周りが変な気遣いをすると、昇流はあからさまに苛立ち、たちまち素の自分を曝け出す。

「ですが、現に私たちが初めて対峙した敵もまた合成生物を作っていましたよね」

「アコナイトか・・・もう1年も経つんだな。ま、俺は個人的にアコナイトよりもミトラ弟への怒りが未だに収まらねぇ!!」

「あはは・・・」

写ノ神は鋼鉄の絆(アイアンハーツ)というロボットと特異点によって構成される特殊部隊が結成される切っ掛けとなった事件を振り返り、ある人物に対して露骨に怒りを露わにする。彼が何に対して怒るのかを重々に理解する茜は苦笑いを浮かべる。

そんな彼らの話を耳に入れるかたわら、ドラとともに領収書の整理をしている幸吉郎は不適切な領収書を発見―――それを書いた人物を厳しく咎める。

「おい、駱太郎!お前何度言ったら分かんだよ!!」

駱太郎の下へと近づくと、幸吉郎は間違いがある領収書を突き付け、人差し指で間違っている部分を指さした。

「ここ見ろ!『鋼鉄の絆』って明記するなって口酸っぱく言われてるだろ!!名前は必ず、“TBT臨時付時間犯罪対策部特殊先行部内都合”で通す!!でねーと会計課から後で文句言われるのは兄貴なんだぞ!!」

「しゃーねぇだろ!んな長ったらしくてややこしい言葉、一言一句覚えられねぇよ!そもそも、何なんだ“TBT臨時付時間犯罪対策部特殊先行部内都合”って・・・・・・何処をどういじればそう言う名前になるんだ、ええ?」

「俺が知るかよ!!おめぇの都合も会計課の都合も知ったこっちゃねぇが、これだけは言える!!大事なことって奴は常に面倒だってことだ!!」

人にとっては些細な間違いなのかもしれない。しかし、幸吉郎にとってその間違いは決して許される事ではなく、それを平気な顔をして許して貰おうとする人間―――駱太郎の開き直った態度が彼の苛々を助長する。

一方、幸吉郎と違ってドラは淡々と領収書の整理をし続ける。

『日本政府は、全米ナンバーワンシェアを誇る大手製薬会社のアンブレラ社と提携して、新薬などの医薬品や最新の医療機器開発の支援を強化する為、製薬会社健康・医療戦略室を設置する意向を明らかにしました』

ピッ!

テレビから聞こえてきた何気ないニュースを聞くなり、ドラはテレビのリモコンを押しニュースを消した。

その行動に、幸吉郎たちは目を丸くする。

「どうかしたんですか、兄貴?」

「何でもないよ」

背中越しにドラは乾いた声で答えると、黙々と自分の仕事を続ける。

ピロロロ~~~♪

「ドラ、メールが届いているぞ」

ドラのパソコンに一通のメールが届けられた。龍樹に言われ、メールボックスを確認すると―――差出人は意外な人物からだった。

「あれ?太田からだ」

「何だって、ルーキーから!!」

送信者はひと月前、アメリカ支部麻薬局に異動となった鋼鉄の絆(アイアンハーツ)のメンバー・太田基明(おおたもとあき)だった。

意外そうな声を上げるドラとは対照的に、何かと太田の事を気に掛けていた他のメンバーは吃驚し、嬉々とした声を上げる。

「あいつ、麻薬局で上手くやってるかな」

「大丈夫ですよ。いざとなったシドさんもいますし」

と、各々がコメントをした後―――ドラは太田から送信されてきたメールの中身を確認する。

仕事熱心で何事にも全力で向き合う性分の太田らしい礼儀正しい日本文がメール一杯に書かれている。

一目十行(いちもくじゅうぎょう)に優れるドラは早々にメールを読み終わると、淡白な言葉をつぶやく。

「ふ~ん・・・・・・当たり障りにないつまんないメールだな」

「おいおい、いきなりそれかよ」

「本人が聞いたら泣くぜ」

「いいんだよ、本人居ないんだから。第一、オイラこういう杓子定規でダラダラと長ったらしい文章読みたくないんだよね。言いたいことがあるならまず結論から持って来いって、東進のカリスマ国語講師がテレビで言ってなかった?」

「ちょくちょくメタな発言するねー、お前・・・」

昇流のツッコミが、オフィス全体に空しく木霊する。

「まぁ、確かにお世辞にも面白みのある文章とは言い難いですが・・・・・・」

「おいこれ見ろよ」

そのとき、写ノ神はメールに添付されていた画像ファイルを指さす。データを引きだし画像を表示したところ―――ディスプレイに現れたのは幸吉郎たちがこれまでに見たことのなかった物だった。

「何だよこいつ?」

 画像を見ると、透明な袋に茶殻(ちゃがら)の様な葉がぎっしりと詰まっており―――それが袋から取り出された写真も添付されている。

 怪訝そうに見つめる幸吉郎たちだったが、不意に駱太郎が素っ頓狂な言葉を放つ。

「おお、そうか分かったぜ!細かく刻んだチャイブだろ!」

全員が拍子抜けた様に体制を崩し、床に転がり込む。そして、すかさず幸吉郎は起き上がり「んなもん添付してどうしたいんだよ!?」と怒号を放つ。

「あれか、最近チャイブにはまってますって報告か?てめぇのライフスタイル興味ねぇよ!!」

「ひっでーこと言うな!」

幸吉郎の率直な感想に駱太郎が返事を返すと、メールに添付された画像を一瞥したドラが自分の推測をメンバーに伝える。

「それ、危険ドラッグだよきっと」

「危険ドラッグ?」

 

『危険ドラッグ』

 

自然の植物の葉に幻覚などの化学物質を混ぜて作られている、所謂脱法ドラッグのひとつ。マリファナなどに含まれるカンナビノイドを人工的に作り出し、吸飲者に束の間の高揚感や脱力感をもたらす。

法の網を巧みにすり抜けて販売されているため、摘発事例がほとんどないため実態はあまりわかっていない。

 

「昔はハーブって名前が付いていたんだけどね。危険ドラッグを服用するとね、興奮や幻覚、陶酔感を引き起こすんだ。調子に乗って乱用すると、どうしようもない依存に陥ってしまう・・・つまり、実害は麻薬と変わらないんだよね」

「それを吸引させる店っていうか・・・危険ドラッグの専門店が、札幌とかに行けばあるんだぜ」

「「「「「へぇ~」」」」」

ドラの話に便乗し、昇流は友人から聞かされた実際の話を皆に伝える。

「中学時代の友だちの友だちがさ・・・どうもそれやってるらしくてな。店に入ると、一見するカフェみたいなんだわ。でもって、棚にこう・・・色とりどりのパッケージが並んでる訳だ」

「店にもよるけど、一般的に危険ドラッグは“お香”っていう風に説明して販売してるっぽいよ。でもさ、その一方で吸引に使うパイプとかも売られててさ、店員は吸引すること前提で商品を勧めて来るんだ!」

これは一例に過ぎないが、昨今では少々事情が変わってきており―――店側は規制を逃れるために客に対し「吸っちゃダメだよ」と言って売るのである。

「クラブとかに行っても普通に貰えるみたいだし、バカな奴はその場ですぐテンション上げたいから普通に服用するみたいだぜ」

「なんか、酒やタバコみたいな感覚なんだな・・・」

 手軽に手を付けられるという点から、写ノ神がそのようなコメントをする。

「でもって、店の奥とかに行くとパイプ持った若い連中が虚ろな表情(かお)でスーパッパしてるの!」

“ハーブ”という名前ゆえに覚せい剤や麻薬よりも安易に手を付けてしまいがちだ。インターネット上でも危険ドラッグ(脱法ハーブ)の通信販売サイトが乱立している。

また、一回の服用によってひどい中毒症状が出る場合がある。仮に重大な症状が出ない場合でも、含まれる化学成分によって異常な発汗や動悸、極端にヤル気の出ない状態やあるいは、恐怖心の暴走から自制心が利かなくなりそこから奇行に走ることもある。

悲惨な例で言うと意識を失い、そのまま救急搬送。あるいは運転中に意識朦朧としてアクセルを踏み続け、交通事故を起こすなど―――合法と言って次々に新しい化合物が加えられ、本当に何が入っているのかわからない。

「では、太田さんがドラさん宛にこの画像を送って来たと言う事は・・・・・・」

「それが笑えねぇ深刻な問題になってて、俺たちに注意を促さない訳にはいかなかったから・・・だろうな」

茜がもう一度画像を見ながら言うと、窓際で背もたれの方を前にした状態で座っていた幸吉郎はキッパリと言う。

さらに、添付された画像を見ながら本文を読んでいくと、問題となっている危険ドラッグの名前と現状について詳細が書かれていた。

「この危険ドラッグ・・・通称“夢魔(むま)”による被害はアメリカを中心に世界中で飛び火しているようだ。どうやら先週、太田も騒ぎに巻き込まれたみたい」

「騒ぎって?」

「何でもいきなり男に絡まられたと思ったら、突然そいつが泡吹いて倒れて、救急搬送された病院のベッドで・・・・・・え!?」

その先の言葉を読んだ瞬間、ドラは吃驚した声を出す。

「どうした?」

駱太郎が尋ねた直後、自分の目を本気で疑いながら―――ドラは本文に書かれてある重要箇所をゆっくりと読み上げる。

「倒れて・・・・・・体から植物が生えた(・・・・・・・・・)!?」

「「「「「え(何だって)!?」」」」」

「おいおい、どういうことだよそれ?」

全員はまるで意味が解らなかった。メールに添付された画像は全部で三種類あり、危険ドラッグ“夢魔”そのものを示した写真が二枚とそれがもたらす特徴的な被害状況を如実に示す写真。

全員が固唾を飲んで見守る中、ドラは三枚目の画像を引き出し、中身を見る。

「「「「「「「な・・・・・・・・・」」」」」」」

ドラたちは絶句した。送られてきた画像には確かに、病院のベッドの上で横たわり体中からアサガオの様な花と蔓を生やした異様なハーブ吸飲者が映し出されていた。

「これ・・・」

「何かの冗談、だよな・・・」

この世のものとは思えない奇病に誰もが目を疑う。

難しい顔のドラは現実には起こり得ないような奇病に苦しむ患者の写真を凝視―――終始口籠る。

 

 

午後8時01分

小樽市内 居酒屋ときのや

 

「夢魔、ですか?」

「なんか知ってるか?」

密告屋の時野谷に相談を持ちかけた。ドラの話を聞いていた時野谷は厨房で洗い物をしながら、カウンターに座るドラに答える。

「確かに、最近巷でそんな名前の危険ドラッグが若者を中心に流行っているという噂は聞いたことがありますね。ルーキー君もその目で見ているみたいだすし」

「ああ」

「こちらとしても手は尽くしますが、何だか今回は最初から嫌な予感しかしませんね」

「どういう意味だよ?」

おもむろにドラへと振り返ると、時野谷は神妙な顔で言う。

「危険ドラッグ自体は昔からありましたし、安易に手を出す者もたくさんいました。ただ、今回はその広がり方が普通じゃありません。まるで、私たちが及ばないような巨大な組織による意図的な干渉の様な・・・・・・」

「そういえば、バイオメジャーの動きが強まってるって、ニュースでも言ってたな」

 言うと、芋焼酎をひと口啜り―――時野谷が作ったイカの塩辛を箸でつつく。一見すると落ち着いている様に思えるドラを内心気に掛ける時野谷は、一抹の不安からくる言葉をつぶやく。

「ドラさん。飽く迄私の仮説なんですが。まさか、今回の事件・・・・・・彼ら(・・)が関与しているなんて事は」

時野谷が言った直後、ドラは眉間に皺を寄せ難しい顔となる。そして、そのまま芋焼酎を一気に飲み干す。

「おあいそ」

代金をカウンターに置き、ドラはそのまま店を出て行った。

不安そうにその後ろ姿を見ていた時野谷は、ドラが心中何を思い、何を考えているのか理解しているつもりだった。だからこそ、自分の仮説が間違っていて欲しいと切に祈った。

「・・・・・・私も夢であって欲しいと思っていますよ」

 

 

アメリカ合衆国 某高層ビル

 

そのビルは、紅白の日傘をロゴとする世界一の製薬会社の本社屋で―――アメリカ政府も迂闊には手が出せないほど巨大な組織だった。

世間からも注目を集める製薬会社の廊下を歩く一人の男。

長身痩躯だがそれでいてしっかりと鍛えられた肉体を隠す漆黒のレザースーツ。その上から黒い革のジャケットを羽織り、オールバックの金髪にサングラスをかけたダーティーな雰囲気が見る者に圧力をもたらす。

男は純白な壁と天井で覆われた廊下を黙々と歩き、会議室へと向かう。

たくさんの椅子がある中、部屋には男以外に誰もおらず―――その事を気にも留めていない男は自分の席へと座る。

男が着席した瞬間、机に仕掛けられた装置が作動し―――遠く離れた場所の会議室から立体映像を通して会社の幹部たちが現れ、話し合いが始まる。

『どうやら早くも、各地で侵食被害者が出ている様だな』

『ここまで夢魔が蔓延すれば無理もない。夢魔の依存度は通常の合法ドラッグの12倍だからな』

『だがこれ以上被害が広がれば、どうなるか・・・』

幹部の中には夢魔の拡大を危惧する者が少なからずいる。そうした弱気な懸念に対し、サングラスの男は手を組み、口元をつり上げる。

「心配はいらん。下準備は既に万全だ。我々は引き続き、事態を隠ぺいしつつプロジェクトの推進に当たる、いいな」

虞(おそれ)を知れない男の威風堂々とした言葉。彼の発案に誰もが合意をせざるを得ず、早急に話がまとまったところで会議が終了する。

幹部たちの立体映像が消えた後、男は椅子から立ち上がりブラインドを開けると、ゆっくりと窓へと近づいて行く。

美しい街の夜景をその目に焼き付け、サングラスの位置を微調整しながら男は自分の中の決意を今一度固定化する。

「いかなることがあっても、我々は傘で人類を庇護するものであり続ける・・・・・・それこそが我々の正義だ」

 

 

6月10日 午前10時46分

小樽市内 某喫茶店

 

夢魔の情報がもたらされて一週間後―――写ノ神と茜の二人は、休暇を利用し近場の喫茶店で穏やかな時間を堪能していた。

「ん~、いい香りですね」

写ノ神と過ごす貴重な二人きりの時間。大好きな彼と一緒に飲むハーブティーの味と香りを堪能する茜は至福の時を満喫していた。

「ハーブはハーブでも、やはりレモンバームが最高ですね」

「そん中でも、俺はお前が淹れる紅茶が一番だぜ」

「もう~写ノ神君ったら、そんな人前で恥ずかしい事をさらっと口にして~♡」

フェミニストである以前に裏表のない茜への直情的な愛情表現が写ノ神の持つ最大の魅力だった。嘘や偽りの気持ちが無い言葉に茜は頬を淡いピンクに染め、体をくねくねと動かす。

幸せな時間がゆったりと流れ、全体的に甘い雰囲気が漂う。

そこへ、「ときのや」というロゴが書かれた灰色に近いボディの日産・ラシーンが通りかかる。

「お二人とも。お日柄もよく、デートですか!」

通りかかった車の窓から顔を出した時野谷久遠は、デートの真っ最中の二人に声を掛ける。

「あら時野谷さん」

「買い出しか?」

ええと言って、時野谷は助手席に乗せていた買い物かごいっぱいの食材を窓から出す。

写ノ神と茜は席を立ち、時野谷の方へと歩み寄る。

「ちょうどいいところで通りかかったな。例の件、何か成果はあったのか?」

「ああ、それに関してですが・・・・・・」

と言おうとした矢先-――きゃあああ、という絹を裂くような女性の悲鳴が耳に入る。

「なんだ?」

 三人が声に気付いた直後、今度は悲鳴ではなく奇声を発する不審な男を目撃する。

「うおおおおおおおおおおお!!!!!」

男は20代前後で、周囲に奇声を発しながら突拍子もない奇行を繰り返している。その行動は段々とエスカレートしていき、次第に口から泡を吐き、完全に自我を失い暴徒と化す。

「こんな真っ昼間からヤク中かよ?!」

「あ!あれ見て下さい!!」

性質の悪い薬物中毒者だと思ったとき、茜はそれを否定するように男を指差した。写ノ神は瞬時に理解に及んだ。自我を失った男の体からアサガオの花と蔓が生えるという奇病に犯されていると言う事を―――

「あれは!まさか・・・・・・夢魔の?!」

「ざけんじゃええぞ!!!!俺が何したって言うんだよ!!!」

道行く者に暴力を繰り返し、ゴミ箱を蹴飛ばしたりと自制心を失くした男はひたすら暴れ、支離滅裂とした言葉を叫ぶ。手当たり次第に暴れる男の行動に周りの人々は恐怖し、逃げようとしたところを掴まれ殴られる。

「いけない!」

 いても経ってもいられず、時野谷は車から降りて走り出す。

「あ、時野谷さん!」

「おい、あぶねェぞ!」

二人の制止を振り切った時野谷は暴れる男の下へ走り、前方に立ち塞がる。

「やめろ!!」

「あ?なんだてめぇえええ!!!俺にはしずすんじゃねぇよ!!」

時野谷の呼びかけを受けた男は呂律の回らない様子で怒号を放ち―――時野谷に向かって突進する。

元・TBT捜査官という経歴を経て居酒屋の大将となった男―――時野谷久遠。襲い掛かる男の動きを鋭い眼光で見極める。

「うらああああああああああ!!!」

鋭い拳を突き立て殴りかかった瞬間、時野谷は僅かに体を動かし拳の軌道から外れる。刹那、躱したと同時に腕を掴み、男の体を持ち上げ豪快に一本背負いを叩きこむ。

「ぐああああ!!」

地面に強く叩きつけられると、男は気を失い動かなくなった。

「ふう。腕はまだ鈍ってなかったようだ」

昔取った杵柄。たとえ捜査官を辞めても、凶悪犯罪と立ち向かうために鍛え抜き、その身に刻み込んだ技の数々は彼の中にしっかりと生きていた。

 

更に一日が経つと、事態はより深刻なものへと発展した。

 

 

6月11日 午前11時02分

札幌市 TBT附属病院

 

『患者はいずれも、10代から20代を中心とした若者で、病院側は未知の病原菌による感染症の疑いがあるとし、付近の若者に精密検査を呼びかけています。また、予てより話題を呼んでいた未成年者による危険ドラッグの摂取と何らかの因果関係を疑う声も上がっており―――』

危険ドラッグ・夢魔は大きな社会問題となっていた。爆発的に広まった夢魔はお香やハーブと言う名で売られ、それに対して警戒感が薄い若者の間で大流行。その結果、謎の奇病を発症し病室に緊急搬送された数は一か月で1万件を超え―――全世界では1億人にも上っている。

「ああああああああああああ!!!!」

「やだやだだだだだだだだ!!!」

アサガオに似た植物が体のあちこちから生え、精神を犯された患者は医師や家族に押えつけられながらもがき苦しむ。

病院のベッドで苦しむ哀れな患者たちを病室の窓から覗き込み、かたわらテレビから流れるニュースを見て、ドラたちは重い顔を浮かべる。

「この数日で、若者による被害者数は全世界で1万件以上にも上っている」

「そして、いずれも被害者は危険ドラッグ “夢魔”を吸引し、その結果発狂して・・・挙句あんな末路を辿っちまう」

植物によって体を侵食され、この世のものとは思えない苦しみを味わう被害者を一瞥し―――写ノ神は眉間に皺を寄せる。

「さらに言えば、様々な時間軸で同様の被害が報告されている。こりゃ、単なる危険ドラッグ事件で済まされなくなってきたね」

「チクショーめ!!」

直後、悔しさの余り感情を堪えきれなかった駱太郎は拳を壁に叩きつける。そして、押収した夢魔のパッケージを力強く握りつぶし、形相を浮かべる。

「夢魔(こいつ)がこれ以上出回るのだけは絶対に勘弁ならねえ。必ずスポンサーも作った野郎もブッ潰してやる!!」

駱太郎だけではない。この場に居合わせた全員が同じ気持ちだった。

「まぁ唯一の救いは、訳も分からぬ危険ドラッグを高値で売りさばく売人の正体が今しがた掴めたって事かな」

ドラは手元の資料に目を向け、全員に呼びかける。時野谷から渡された資料には二枚の写真がクリップで止められており、全員は資料に書かれた売人の個人情報を確かめる。

「バイオメジャーの秘密工作員、コードネーム『アポロン』と『ダフネ』・・・」

「そいつらが夢魔を?」

「何のために?」

「それを今から聞き出しに行く」

ドラたちは、病院を出ると―――本部へと戻り、夢魔を過去の世界で売りさばく時間犯罪者を逮捕する為に行動を開始する。

 

 

時間軸5436年

スウェーデン ウプサラ県

 

現代からさかのぼる事およそ100年―――ストックホルム県の北、ストックホルム都市圏のほぼ外輪に位置するウプサラ県。大学関連の医療メーカーやハイテクメーカーが多く集まり―――最先鋭の酪農、牧畜ほか農業が盛ん。

「よォし、ここだな」

丘の上から街を見下ろす二人の白人―――アポロンとダフネ。二人はバイオメジャーの工作員であり、夢魔を過去の世界で売りさばく事を目的に活動を行っている。

「なるほど確かに都合よさげなエサ場じゃねーの、アポロンの旦那」

「さっさと仕事すましちまおうぜ。夕方から見てぇドラマの再放送があんだ」

 腰に携行した危険ドラッグ・夢魔を詰めた箱。恰幅のいい体格のアポロンは全身に入れ墨を施し、タンクトップ姿で銃剣を担いでいる。

「んじゃ、とっと始めるとするか・・・選別を」

街に近付く直前、ダフネは空間ディスプレイを表示し、最も近い場所にある集落の人口密度と生活環境について客観的なデータとして表示する。

「おー。いるいる、被験者の群れ」

「被験者ね」

「どうせここでも生き残る奴なんざいねーよ」

「やってみないことにゃわからねーから俺らがここにいるんじゃねーの」

「ふん。んじゃまあ、さっそく散布を始めるぞ」

「夢魔の洗礼を受けて、何人生き残れるかな―――じゃねーの?」

 ある目的のために夢魔を散布しようと画策する二人だが、仕事を始めようとした瞬間―――奇妙な音と共に何かが急速に近づいてくる。

「「!!」」

刹那、彼方よりロケット砲らしき弾頭が飛んで来、二人目掛けて撃ちこまれる。

 

 ドカーン!!!

 

「「うおおおっ!」」

爆炎に飲まれた二人は、辛うじて致命傷を避けると身を屈め未知なる敵の攻撃に狼狽える。

「見ーっけ、見ーっけ」

そのとき、間の抜けた様な声を上げて現れたのは―――サムライ・ドラと彼との絆を結び交わしたTBT特殊先行部隊“鋼鉄の絆(アイアンハーツ)”の五人。

「あれがそうか。ギリシャ神話に出てくる神様の名前だっけか、アポロンとダフネって」

「どう見ても『アポロンとダフネ』って顔じゃねぇな」

「それ以前にオトコと女ですらねーよ駱太郎」

幸吉郎が言った後、アポロンは眉間に皺を寄せドラたちを睨み付ける。

「なんだァてめーらァ!?」

「鋼鉄の絆(アイアンハーツ)という言う名前の処刑人、ですかね」

いつもの調子で茜は笑みを浮かべながら、毒々しい言葉を吐き捨てる。

「鋼鉄の絆(アイアンハーツ)だァ・・・?」

「止しとけよ茜。この手の輩に言葉が通じると思うのが間違いだ。もっと簡単な方法があるぜ」

自分たちの存在を知らないアポロンに多弁は意味が無いと思った写ノ神。彼が茜に助言をしたのを皮切りに、全員が武器を手に取り戦闘配備につく。

「身も心もズタズタになるまで引き裂いて、かまゆでにでもすりゃ嫌でも口を割らぁ!」

「さすが兄貴っ、わかりやすいです!」

実際どちらが犯罪者なのか区別がつかないかもしれない。敢えて言うと―――ドラたちこそ時空間の歪みとなる不穏因子を取り除き、時間の法と正義を守る存在、時空調整者団体(TBT)の一員なのだ。

「思い出したぜ。TBT本部の野良犬集団―――面白ェ」

「俺はちっとも面白くねいんじゃねーの」

ドラたちの事を思い出した途端、血気盛んな性格のアポロンは狂気を孕んだ笑みを浮かべる。その隣に立つダフネは露骨に顔を歪め額から冷や汗をかく。

「やるぞダフネ!こいつらから片付ける!」

「ああもうかったりーんじゃねーの」

 ダフネはこうした諍いは心から望んでいなかった。しかし、ダフネの気持ちとは裏腹にアポロンは真っ向から勝負をするつもりでいたから、断るに断れなかったし―――スポンサーからの依頼を無下にする事も出来なかったからやむを得ず交戦する決意を固める。

「オイラたちでイレズミの方をやる」

「承知!拙僧たちはバンダナの男を捕える!」

「では、行きますよ!」

言うと―――茜は隠し持っていたロケット砲を取出し、二人に狙いを定め躊躇なく引き金を引く。

 

 ドカーン!!!

 

「うおーっとオッ!見かけによらず、派手な攻撃だぜ!」

ロケット砲を回避し、ダフネは龍樹と写ノ神、茜の追っ手から逃れる。

「TBT切っての個性派集団のお出ましたぁ、穏やかじぇないねぇ!」

言った瞬間、後ろから飛んでくる護符と火炎弾、無数の苦無。ダフネはそれらをすべて回避する。

「知ってるぜ。あんたら周りから随分と睨まれてるそうじゃねぇか。なぁ、ここはお互いに干渉し合わない方が時空の平和を保てるんじゃねぇーの?」

「何言ってやがる!お前らみたいな始末が悪い奴がいるから、俺らがいるんだよ!!」

「それ以前にあなた方のしている事も見過ごせません」

「んぁ、選別作業のことかぁ?わりーがそいつも下請け仕事でよ」

踵を返し、ダフネは懐の銃に手を伸ばす。

「文句は現場じゃなくて上に言って欲しいじゃねーの!?」

じゃねーの、という口癖を連呼しながら銃口を向けるも―――ダフネが振り返った時には既に三人の姿が見当たらなかった。

「・・・・・・あれ?」

直後、後ろからカチャという音が聞こえ―――それに気づいたダフネは目を見開く。錫杖の先と苦無の切っ先を首筋に突き付け、龍樹と茜は神妙な表情を浮かべている。

「責任転嫁とは無様じゃな。それにこちらも『改善しろ』という要求をしているわけではない」

「私たちが言っている事はもっと単純なことです。それは―――」

二人が言った後、ダフネの頭上から刀身に電気を帯びた剣を手にした写ノ神が勢いよく飛んでき―――口元をつり上げて言う。

「気に喰わねえからブッ飛ばすって言ってんだよッ!」

 刹那、写ノ神は掲げていた雷の剣をダフネ目掛けて勢いよく振り下ろす。

「奥義(おうぎ)・雷電残光(らいでんざんこう)!!!」

「ふがああああああああああああ!!!」

 ドドド―――ン!!!

 海岸線の近く、斬撃と共に豪快に降り注ぐ雷が―――情け容赦なくダフネを傷つける。

 

「ぐぁっ!」

同じ頃、アポロンの方も力の差を見せつけられ、圧倒されている。岩場に転がったアポロンの方へと歩み寄り、幸吉郎と駱太郎は哀れんだ目で彼を見る。

「弱えよ。おめぇ」

「んだと・・・?」

 幸吉郎が冷淡に放ったその一言が、アポロンの怒りに火をつける。

「もうお前に勝機はねェ。大人しく降参しな」

 さらに、駱太郎が情けをかけると―――憤怒したアポロンは強い語気で言い放つ。

「ふざけんな!!俺がこの程度の事で、どうにかできねぇと思ったのかよ!!」

抑えがたい怒り。その怒りを力に変えようと、アポロンは懐に手を伸ばし青緑色に輝く液体が入った注射器を取り出す。

「へへへへ・・・・・・」

薄ら笑いを浮かべながら、注射針を太く鍛えられた二の腕に突き刺し液体を流し込む。すると、その直後からアポロンの肉体に劇的な変化がもたらされる。

「うおおおおっ!!」

漲る力に声を上げる。身体に流れ込んだ液体は急激な肉体強化をもたらしアポロンの筋肉量を爆発的に増やし、また体を巨大化させる。それに伴い体色が白から緑へ変化し―――声も低くなる。

「んだよ・・・こいつ!?」

「てめぇ、一体何しやがった!!」

アポロンの常軌を逸した変化に激しく困惑する幸吉郎と駱太郎。

その直後―――アポロンの巨大化した腕が高速で叩きこまれ、直撃を受けてしまった二人は軽々と吹き飛ばされ、岩場へと激突する。

 

 ドカーン!!!

 

「幸吉郎!R君!」

「へへへ。最高だ・・・最高の気分だぜ!!」

かつて味わった事の無い力に高揚感を抱くアポロン。人間らしさを排した姿になった事への悲嘆は無く、ただただ巨大な力に酔いしれているのが如実に伝わる。

「!?」

幸吉郎と駱太郎が殴り倒され、若干の動揺を抱いたドラは―――アポロンの体から生えた植物の蔓に捕えられ、体の自由を奪われる。

「おおおおっ!!」

ドラの体を縛った蔓を引き寄せ、アポロンは強烈なパンチを炸裂する。

「がっは・・・」

破壊力抜群の拳がドラの体に炸裂。ほぼ至近距離から食らったダメージは尋常ではなかったらしく、ドラの意識がたちどころに吹っ飛んだ。

激しい攻撃を受け、意識が飛んだドラはアポロンの足元に這いつくばるように倒れる。アポロンは不敵な笑みでドラを見据え、その体を左手で持ち上げる。

「ガキのプラモじゃあるまいしウィルスとウィルスをくっつけるなんざ・・・科学者さんのやる事はよくわからねぇな、俺には」

言いながら、ドラの頭を鷲掴みにし、徐々に力を込めていく。

「だが、この力は俺にとって大いに役に立つことは確かだ!!ふははははははははははははは!!!!!!」

意識が一瞬の間飛んでいたドラ。不意に、過去の映像が脳裏に浮かんでくる。

 

 

『科学なんて所詮、政治の道具でしかないでしょう?』

冷淡なコメントをすると、ドラの言葉を聞いた一人の科学者は穏やかな表情で笑い、悲観的なドラに対し「そんなことはないさ」と言い返す。

『確かに歴史上の至る場面で、科学は政治と強く結びつき社会の発展や破滅をもたらしてきた。だが、そんなことは最初から予測がついていた事。科学の目的は社会に還元する物を生み出す事でもなければ、それによって生活を豊かにすることでもない』

しみじみとつぶやいた科学者は、自分の話に全くと言っていいほど興味を抱いていない素振りを見せるドラを凝視し―――淡い期待を込めて言う。

『純粋に知を求めること―――神の手帳を覗き見ること以外の何物でもないんだ』

 

 

「こいつで―――死んどけっ!!」

強い言葉を吐き、ドラの頭を握りつぶそうとしたアポロン。

ギュルッ!!ギ!

だが、途中で違和感を覚えると―――冷徹な瞳のドラがアポロンに「このクソッタレが・・・・・・」と言って、静かなる怒気を見せつける。

「変なモンを思い出させやがって―――」

 

【挿絵表示】

 

魔猫の凄まじさは半端ではなかった。薬の力で肉体的に人間のそれを大きく上回り、有頂天になっていたアポロンを一瞬にして竦ませる。

「おいチンカス、死ぬ前にひとつだけ覚えとけ。この世界には神もいなきゃ救いもない。それでも救われたいと思うなら、自ら考えて行動する、それ以外に道はないんだ!!」

「この・・・・・・!!」

ブッシャッ!!

危険を感じたアポロンが慌てて力を込めようとすると、ドラは右手に持っていた剣を振り払い、アポロンの右腕を斬り落とす。

「があああああ!!」

強化された右腕を斬り落とされ、アポロンは激痛に苛まれ声を荒げる。

「てェめェェェエッ!!」

ドラへの憎悪に飲まれ、我を見失ったアポロンだが―――ドラは非情にも彼の左腕を斬り落とし、「じゃかしい」と冷徹な眼差しで言う。

両腕を失ったアポロンは膝を突き、恐怖に怯えた様子でドラに助けを乞う。

「た・・・頼む・・・・・・殺さないでくれ/////頼むっ!!!!!!」

 ドラは悪魔染みた笑みを浮かべると―――刀を振り上げる。

「こいつで死んどけッ!」

刹那、死の淵に立たされ恐怖するアポロンの頭上目掛けて凶刃を振り下ろす。

 

 バシュン―――

 

 

 

 

 

 

参照・参考文献

あしたの暮らしをわかりやすく政府広報オンライン 短編マンガ『合法といって売られている薬物の、本当の怖さを知っていますか?』

http://www.gov-online.go.jp/tokusyu/drug/manga/index.html

 

 

 

ドラさん語録~サムライ・ドラが残した語録集~

 

その18: この世界には神もいなきゃ救いもない。それでも救われたいと思うなら、自ら考えて行動する、それ以外に道はないんだ!!

 

悩みからの脱却と、心の救いを求めて、多くの人が依頼すべき他者を求めて、さまよい歩いている。なぜ、人は自分の内に救いの主を見出せないのだろうか?なぜ、「救いの主は他人の教祖である」と信じ、それに全面依存しようと願うのか・・・ドラにとってはそれが理解できないのだ。(第13話)




次回予告

ド「過去の世界から戻ったオイラたちだが、現代はとんでもないことになっていた」
「突如自生した謎の巨大植物によって地球全土が森に覆われてしまうなんて・・・理不尽な冗談と思いたいよ!!」
「次回、『理由なき悪意』。随分と荷が重い話だよ、チクショーめ!!」

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