サムライ・ドラ   作:重要大事

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ド「Win-Winっていうフレーズを聞いたことがあるかな?要するに『自分も勝ち、相手も勝つ』こと。取引などにおいて、関係する両者ともにメリットのある状態であることを指す」
「幸福王子こと、愛原佳奈美は争いの無い平和な世界を実現する為にアモール粒子をばら撒き、人の闘争本能を無くし、愛の力で地球を救う為原始時代にタイムムーブした」
「だけど、人間から争いを無くしたら人間の歩んできた5000年の歴史を否定することになる。悪いけどお前らのその馬鹿げた妄想、オイラたちが全力で叩き潰すから!」


みんなが幸せになる方法

時間軸7万年前 後期更新世中国大陸

 

 愛の力で世界を救う―――それを信条とし、地球の歴史に介入して“争い”という概念そのものを消し去ろうと考えた佳奈美たちアモール従士団。だが、それに待ったをかけるかのように現れた六つの敵意。

 佳奈美は意味が解らなかった。絶対的な効力を発揮するアモール粒子の力が、なぜ彼らには及ばないのか―――そう思いながら眼前の敵・鋼鉄の絆(アイアンハーツ)を見据える。

「どうして!?みんな、アモール粒子でリラックス状態にあるはずなのに!?」

「ほうほう・・・それがあの不可思議な現象を引き起こしている元凶って訳か。確かに日本中、いや世界中で奇妙奇天烈で変わった粒子が散布されていることは時野谷の掴んだ情報で分ったけど・・・アモール粒子って言うのか」

 既に勝敗が決しているが如く、言い知れぬ何かに畏怖の念を抱き警戒する佳奈美たちをドラは圧倒的剛毅(ごうき)を見せつける。

「そのアモール粒子とやらは、人間の中枢神経に働きかけて極度のリラックス状態とすることで人間から戦意・・・より詳しく言えば“闘争本能”を喪失させる。だが、オイラはロボットだから元よりそんなものは効かないし、幸吉郎たちも特異点だから歴史への影響は一切受け付けない。だから、いち早く事態に気付くことができた」

「そんな・・・・・・」

 ロボットという生物と機械の融合機械ゆえに生物に対し絶大な効能を発揮するアモール粒子による影響を逃れたドラと、特異点と言う歴史への干渉行為自体に一切の影響を受けない幸吉郎たち五人。

 佳奈美たちは鋼鉄の絆(アイアンハーツ)という不穏分子の存在を軽んじた結果、致命的な計算ミスを引き起こしてしまったことを後悔する。

「R君から話を聞いたとき、オイラはそこの幸福王子の力に違和感を覚えていた。だけど、不思議と周りはその力に疑問を持つことは無かった。そして、あっという間に時の人となった愛原佳奈美と愉快な仲間たちの手により―――人間は戦意を喪失した」

「どういうことなんですか?どうして、こんなことをするんですか?」

 茜は核心的な問いかけを彼女たちにした。それを聞き、パープルの防護服を身に纏った従士―――池澤まなみと小川陽菜は語気強く言い放つ。

「すべては、争いの無い平和な世界を実現するためよ!」

「だからわたくしたちはタイムマシンでこの時代へとさかのぼり、愚かなる人間の戦争の歴史を終わらせるのです!」

「戦争の歴史だぁ?」

 二人の言い分に対し、ドラたちは挙って疑問符を浮かべる。彼らが訝しげに見つめる中、新川寧々と神無月明日香、愛原佳奈美は続けざまに鋭い語気で言う。

「争いからは何も生まれない。復讐は新たな復讐心を抱き、その復讐心がまた新たな戦争の火種となる」

「愚かなる人間は戦いの怨嗟から逃れられない。ですから、私たちアモール従士団が醜い戦いの怨嗟を断ち切るのです!!」

「そして、争いの無い誰もが理想とした平和で幸せな世界を作る!!それで、たくさんの人の笑顔を守りたい!!」

 始めから彼女たちに裏の顔など無かった。そこには純粋な理想があり、その理想のために身を粉にして世界を変えようとしていた。人々は彼女たち-――佳奈美が元来持つカリスマ的な魅力にひかれ、誰一人として彼女の存在を警戒しなかった。その結果、人々は小さな扇動者の言葉にたらしこまれてしまった。無論、彼らにたらしこまれたという自覚はない。

 扇動者のような立ち振る舞いをする佳奈美の話を聞き、ドラは白けた顔を浮かべると耳の穴をほじくる。やがて、乾いた声で問いかける。

「ちょっと聞くけどさ、あなた方は戦争がなくなれば平和で幸せな世界になるとお考えなんでしょうか?」

「え?」

 呆気にとられた声が漏れた。アモール従士団の五人の視線が一様にドラへと向けられる。

「お前たちは大いなる勘違いをしているようだな。戦争ってのは外交の一手段であって、平和の対義語ではないのだよ。平和の対義語は、無秩序―――混乱だ。たとえ戦争してなくても、お前たちの家の周りに強盗や殺人者がウロウロしていたら安心して生活できるかな?日本国内にあって秩序を守ってくれているのは警察であり、国外に対しては軍隊、そして時空間ではオイラたちTBTなんだ。オイラたちの様な存在がいるから君たち市井(しせい)は安穏とした生活を送れるんだ、そうだろ?」

 正論をぶつけられ、一瞬たじろぐ佳奈美。しかし、それでも必死に抗い食い下がった。

「だけど、それでも世界から人の争いが無くなることはないじゃないですか!!それどころか、争いは今も増え続けて・・・・・・その所為でたくさんの人が死んでいる!!」

「戦いとはそういうものなんだ。人の歴史は戦いの歴史そのものだからな。身のうちに潜む闘争本能によって、人は人らしくいられたんだ。だが、お前たちがやってることは人間の歴史を否定するに等しい行為なんだよ!!」

 鋭い語気で佳奈美たちに言い放つと、ドラは電子パッドを取出し、空間ディスプレイに未来の映像を見せつける。

「見給え。お前たち、アモール従士団が放ったアモール粒子で神経を犯され、平和を望む心を利用された人間たちの成れの果てがこれさ!」

 如実に映し出される、すべての人間が活動を停止し眠りこけるという異様な光景。

「これは・・・・・」

「どうして、こんな・・・///」

 アモール従士団は、リラックス状態にある人間が人間らしい行動を停止し、眠りにつくという現象に目を疑った。彼女たちは自分たちがもたらす力が、このような結果を生む事になるとは思いもよらなかった。

「お前たちの言うように、争いは避けるに越したことはねぇのかもしれぇ」

「けどな、戦わねぇで眠ることが理想の結果だとは俺らにはどうしても思えねぇ!」

「人が争うということは、そこに感情が存在すると言う事。じゃが、それすらできなくなった・・・必要としなくなった人間は欲望を失う」

「欲望がないと、即刻経済活動が停止する。必要最低限以上の消費活動がされないばかりか、こんな風にみんな眠っちまうんだよ!!」

「これでは、あなた方の言う誰もが幸せになる平和な社会など到底実現しません。だって、眠ったままでは誰一人人を助け合うということも、そのための努力もできないのですから」

 佳奈美たちが若干苦い顔を浮かべる様を凝視しながら、幸吉郎たちが順に言葉を紡ぐ。

「そうなると、社会システムそのものが崩壊するわな。少なからず社会システムは助け合うという善意があることを前提に構築されている。だから、家族ってものも成立しなくなる」

ドラはおもむろに刀を抜き、地上から自分たちを見下ろし天使の如く立ち振る舞いのアモール従士団に明確なる「敵意」を突き付け、やがて言う。

「今、ここに宣言しよう!オイラたちはお前たちをぶちのめす為に戦う!それが、オイラたちが信じて来た幸福への近道である以上!!」

 言った直後、幸吉郎たちもまた決意と覚悟の籠った表情を浮かべ―――アモール従士団誤認を注視した。そして、強調してドラは今一度彼女たちへ言い放つ。

「オイラたちは戦う!!この身の意地とたったひとつの『優しさ』の名に懸けて――――――!!」

 誰もが幸せになれる世界を実現するため、戦いを全面的に否定する者たちと―――戦わない事が幸福な世界の構築に繋がると微塵も思わない者たち。今ここに、決定的な対立が生まれた。

 宣戦布告をしたドラは不敵な笑みを浮かべ、戦いに激しく狼狽え躊躇するアモール従士団に刀を向け続ける。

「あたしたちは・・・・・・あなた方と戦いたくない!」

「そうですわ。わたくしたちは、ただみんなが幸せになる世界を作ろうとしているだけです!」

 無論、佳奈美たちは彼らの宣戦布告に応じるわけには行かず―――これを真っ向から否定しようとする。

「お前らのやってることが、みんなを幸せになる方法だって?ぷっぷー、どんだけ笑わせてくれるんだよ!中学生にもなって、そんな子ども染みた幻想を本気で信じてるなんて!」

「私たちのやってることが子ども染みてるですって!?」

「もう一度言ってみなさいよ!」

 本気で世界を救おうと努力する自分たちの志と行動を露骨に否定し、嘲笑するドラの態度に憤る寧々と真奈美だが、ほらそれだよとドラは指摘し―――龍樹が付け加える。

「お主たちは問うていたな・・・なぜこの世から争いが消えず、なぜこの世から憎しみが消えないのか―――と」

「答えは単純明快」

 刹那、ドラは彼女たちの視界から消えたかと思えば―――佳奈美の目と鼻の先へと接近し、狂気を孕んだ笑みで答えを言う。

「人間は生まれながらに完璧な人は居ないからだっ!!」

「はっ!!」

 

 ドーン!

 

「佳奈美!!」

「「「佳奈美(ちゃん)!」」」

 衝撃が起こったと同時に空中で煙が発生。ドラに刃を向けられた佳奈美は、空中でレイピアを引き抜きドラの斬撃を辛うじて防ぐ。

ドラはその間、足裏に備えられたジェットエンジンを起動させ、空中で静止しながら凶悪な笑みを向け続ける。

「止めてください・・・!あたしたちは、あなた方に敵意を向けたく・・・」

「敵意ってのは思想の違いから生まれるものだ。お前らの生ぬるい理想も綺麗ごとも、聞いてるだけで腹立たしい!!」

 言った瞬間、ドラは極端に凶悪で強烈な敵意で佳奈美を怯ませ、鍔迫り合いの末に佳奈美を地上数十メートルの高さから突き落とす。

「きゃああああ!!!」

 

 ドーン!!

 

 相手が誰であろうと関係ない。中学生の女子にも一切の手を抜かないドラが攻撃を開始したのを皮切りに、幸吉郎たちも漸次動き出す。

「行くぜ!!」

「嬢ちゃんたちには悪いが、てめぇらのやってることを認める訳にはいかねぇ!」

 丘を下り、佳奈美の元へと走り出す幸吉郎と駱太郎を見―――親友の危機を察知したまなみは二人の進行方向へと立ち塞がり、レイピアの先に風を纏わせる。

「スーパーセル!」

 アモール騎士団には、それぞれが司る属性がある。まなみは大気を自在に操る事に長けた従士。剣先で回転する継続した上昇気流域を伴い、先端から荒々しい激しい嵐を放出する。

「駱太郎!!」

「風には風をぶつけてやろうじゃねぇか!!」

 飛んでくる嵐を避けるどころか、正面から向かって行こうとする。駱太郎は拳に極限まで圧縮した風圧を伴い、それを一気に爆発的に解放させる。

「万砕拳!!風圧砕(ふうあつさい)大嵐(たいらん)”!!」

 ドドド―――ン!!!

 巨大な嵐と竜巻が猛烈にぶつかり合う。苛烈なまでに激しく吹き荒れる風と風。その近くで、龍樹と陽菜がぶつかり合う。

「ぬらあっ!」

 護符を投げつけると、龍樹が投げた護符が爆発。その爆発で陽菜が怯んだのを確認し、素早く袈裟の下から法典を取出す。

「“呪縛(じゅばく)法典(ほうてん)”」

 陽菜の周りを取り囲んだ龍樹の法力が込められた法典は彼女を動揺させ、瞬時に体へと巻きつき身動きを封じる。

「ぐっ!!」

「若気の至りも度が過ぎたようじゃな」

「こんなもの・・・・・・!」

 法典の呪縛から逃れようとする陽菜。

 しかし、それをしようとすればするほど法典はさらに力ずつよく彼女の体に巻きつき、拘束力は高まり続ける。

 平和で誰もが幸せである世界を築くことを夢見る若者に敵意を向けることは不本意ではないものの、龍樹は年の功より達観した意見を口にし、浅はかな思想を箴言する。

「争いや憎しみは愚かなことだろう。ただ、拙僧の口から言えることは完璧な社会もあり得ねば、完璧な世界もあり得ぬこと。だからこそ、自分が今いる時間で努力をし続けることが大事なのではないか?」

「それでは・・・・・・それでは遅すぎるのですよ!!」

 言うと、拘束力の高い呪縛の法典を打ち破り―――レイピアを手にした陽菜は龍樹の言葉を真っ向から否定し、鋭い剣幕を浮かべる。

「愚かな指導者がいるうちは争いは消えませぬ!あなたならば、それをご承知のはず!」

「ならば、我々は心して政治を監視していかなければならぬじゃろう!人間はパソコンのようにインストールなどできぬ。地道に学び続ける以外に何ができる?」

 互に正論と正論をぶつけ合う、イタチごっこのような拉致の無いやりとり。陽菜は、悔し涙を浮かべるとレイピアを天へと掲げる。

「ロータス・オブ・パッション!!」

 直後、頭上に蓮の花が螺旋状に渦巻き現れると―――炎を纏った蓮の花が一斉に龍樹目掛けて飛んでいく。その勢いは凄まじく、龍樹の体を飲み込んだ。

 

 ド―――ン!!!

 

 大嵐や大爆発が起こる一方、写ノ神と茜は水と大地の力を司る寧々と明日香と対峙し、互いに出方を窺っていたところ―――痺れを切らした寧々と明日香が先に動いた。

「アクアプレーニング!」

「クレイマキアート!」

 水の力を引き出す寧々に便乗し、明日香は周りの土を操り、寧々が引き出した水と掛け合わせる。そうして出来上がった濁流を敵対する写ノ神と茜へと流し込む。

「“流木よ、我らを守る砦と化し災厄を封じ込めよ”!『(ウィード)』、『(バイン)』!魂札融合(カードフュージョン)!!」

 四大元素「土」に属する二枚のカードを使い、その力を融合させると―――写ノ神と茜の前方に対し地面から無数の太い蔓が生え、蔓は複雑に絡み合いながら壁を作り、押し寄せる濁流を塞き止める。

 濁流の脅威から逃れると、僅かに出来た隙間を覗きながら茜は印を結びつつ―――寧々と明日香、他の従士団に対しても疑問を投げかける。

「世界からすべての戦争がなくなり、 みんなが仲良くなれば、平和な世界になることができますか?」

「「!」」

 一瞬の出来事だった。寧々と明日香の周囲に現れた畜生曼荼羅から蛇や狂犬など、獰猛で血の気の多い肉食の畜生が多数召喚され―――二人を包囲する。

「畜生祭典・猛の陣“十戒封餌(じっかいふうじ)”―――これでもまだ抵抗しますか?それとも、私のかわいい子たちのためにその身を捧げますか?ま、私としてはどちらでも構いませんけど」

「どっちでもいいんだ!?」

 いつもながら、茜の過激かつ辛辣な発言に写ノ神は動揺する。

「さっきの質問の答えだけど、貴方はどう思ってるの!?」

「答えを知っているなら、教えて頂けませんか!」

 茜に問いかけられた寧々と明日香は、自分たちを否定した上で戦っている鋼鉄の絆(アイアンハーツ)が、まるで嘗て人類が到達したことのない『答え』を既に知っているかのような態度に疑問を抱いた。

 だから、敢えて自分たちも知りたいと願う明確に『答え』の無い問いの答えを求めたところ―――茜と写ノ神は見合い、おもむろに口を開く。

「答えという答えなど最初からありませんよ。ただ、強いて言うなら私たちはこう思います。世界というわけではありませんが、一国単位ならばそれを実現した国が、歴史上ありました。江戸時代の日本です」

「200年ほど国内で戦争が無かった、まさに平和な世界だったな。ただ、その世界も長く続いちまったから、最後のほうはシステムが破綻寸前だった」

「結局、江戸幕府は外国からの開国要求を機に明治維新で倒れますが、もし、外国の圧力がなかったとしても、いずれ幕府は倒れたと思います。世界すべてから戦争がなくなり、みんなが仲良くなったとき、きっと江戸時代の日本のような戦争がない世界になるでしょう」

「でも、平和な世界になったとしても、長く続けば社会に歪みも生じるし、それが拡大すれば、やがて人々の不満は革命へとつながる。革命から戦争へ。そして、また戦争のあと、みんなが仲良くなって平和な世界に・・・・・・歴史っていうのはそういうことを繰り返してきたんだ」

 歴史から学ぶ数々の人間の過ちや成功。時間と言う枠の中で客観的に見た場合、人は時代の節目節目ごとに形は違えど、争いと言う行為を繰り返し、古い時代から脱却して新しい時代を築いてきた。

「要するに・・・・・・人間は争うことを永久に止めないって事なの!?」

 諦観か達観か、そのどちらとも取れる写ノ神と茜の物言いに寧々が声を張り上げると、「悲しい(さが)ですが、そういうことになりますね」と茜はつぶやく。

「それでは、何の意味もありませんわ!我々は今こそ、自らの愚行、過ちを正し―――愛を取り戻して絆の下に結集しなくてはなりません!でなければ、いずれはこの星も滅んでしまいますわ!!私たちの故郷の様に!!」

「何だって?」

「どういう・・・ことですか?」

 私たちの故郷―――その言葉が明日香の口から飛び出た瞬間、写ノ神と茜は困惑しながら率直に尋ねようとした。

 寧々と明日香は二人の問いかけを無視すると、全身からシアンとオレンジ色に輝くオーラを放出し始める。

「この星を―――私たちの星と同じ運命を辿る前に!」

「私たちが、地球から悲劇の元を取り除き―――世界を愛の力で救うのです!!」

 覚悟を決めたアモール従士団。寧々と明日香に触発されるが如く、まなみと陽菜もパーソナルカラーであるパープルとクリムゾンのオーラを放出する。

 刹那、背中に生えに神々しい輝きを放つ翼の下に第3、4の翼が生える。

「何!?」

「なんだ・・・この感じは?」

 これまで経験した事の無い未知なる力を肌に感じる幸吉郎たち。

 アモール従士団が放つそれは、殺気や敵意、害意とは性質が異なっている。ゆえに彼らは戸惑いを隠しきれなかった。

 四枚の翼を大きく広げると、四人の従士は天空へ舞い上がり―――従士の中で最もレイピアの扱いに長けるまなみが先端を地表へ向け、幸吉郎たちに狙いを定める。

「はっ!」

 

 ド―――ン!!!

 

 強烈な愛の波動が放たれる。着弾と同時に地面は陥没し、辛うじて攻撃から逃れた幸吉郎は敵の力の上昇に舌打ちをするも、率直に感じたことをつぶやく。

「・・・滑稽だな。戦いは御断りじゃなかったのか?」

「こうなってしまった以上、戦いは避けては通れません」

「ですが、わたくしたちの最終目標はすべての戦いを終わらせること。この戦いも、忌わしき戦いの怨嗟のひとつです」

「・・・そうか。てめぇらはそうやって戦いを否定する為に戦いを求めるか」

 皮肉を込めて言うと、幸吉郎は携行している袋から何かを取出し、それを自らの愛刀・狼雲(ろううん)へと取り付けていく。

 刀の鍔部分には左右に噴射機を備えたパーツが付けられ、その重量も大幅に増える。

「だったらこっちは、お前らの寝言ごとこのつまんねぇ戦いを終わらせるために戦うまでだ!」

「マジでやるのかよ・・・剛金狼撃(ごうきんろうげき)は流石にヤリ過ぎじゃねぇか?」

 幸吉郎が行おうとする行為、またはその技を指して剛金狼撃と称して、危惧の念を抱く駱太郎。

「心配いらねぇ。お前と違って俺は器用な方なんでな」

 口元をつり上げると、幸吉郎は鍔部分に付属した左右の噴射機から爆発的な推進力を生みだし―――彼自身の脚力に併せて機動力を高め、助走をつけるとエンジンの推進力を利用して空中へと舞い上がる。

「つらあああああああああああああ!!」

「来るわ!!」

「私が止めてみせます!!」

 幸吉郎の攻撃に備え、従士団で最も防御力が高い明日香は周囲の細かい砂埃を掌に集め、強固な土の壁を作り出す。

「クレイウォール!!!」

「しゃらくせええ!!狼猛進撃、参式(さんしき)跳牙(ちょうが)!!!」

 

 ガキ―――ン!!!

 

 四人の愛の戦士たちが、魔猫に随行する者と激しい攻防を繰り広げるかたわら―――最も強い愛の力を司り、現実にアモール粒子と呼ばれる強力な催眠効果をもたらす物質を散布したアモール従士団筆頭・愛原佳奈美は理不尽の権化たる魔猫―――サムライ・ドラと己の存在理由を懸けてぶつかり合う。

「フィーリア・テンペスト!」

 キュートなハート型の弓を手に取ると、佳奈美は愛の力で生み出した桜色に輝く矢を無数に嵐の如くドラへと撃ちこむ。

 前方へと飛んで行く無数の矢に対し、ドラは持っている刀をプロペラのように器用に高速回転させ―――すべての矢を薙ぎ払う。

人侍剣力流(じんじけんりょくりゅう)!!」

 間髪を入れず、ドラと言う存在を佳奈美が認識するよりも前に間合いへと入り込むと、ドラは刀を突き立てたままその上に倒立し、回転し凄まじい突風を引き起こす。

刀輪斬閃(とうりんざんせん)!!」

「まだだよっ!」

 技の威力から逃れ、佳奈美は空中へと高く舞い上がる。そして、射程範囲にいるドラに狙いを定め―――地上100メートルの高さから踵落としを仕掛ける。

「はあああああああああ!!!」

 

 カキ―――ン!!!

 

 重力加速度に相まった、アモール従士団としての高い身体能力から繰り出された強烈な踵落としを、ドラは曰くつきの刀一本で受け止める。

 尋常じゃない圧力が全身に掛かっているにもかかわらず、ドラは臆するどころか未だ余裕の笑みを浮かべ、追い詰めているはずの佳奈美の方が冷や汗をかいている。

 そうして、踵落としから逃れたドラはロボットとは思えぬ速さで小まめに移動する。ドラは佳奈美の目を速さで翻弄しながら鋭い斬撃を地上、空中問わず叩き込み―――彼女もまたレイピアで全力の攻撃を受け流す。

「あなたは、何も解っていない!このままじゃ、本当に地球は滅んでしまう!!」

「滅ぶときは滅ぶ。死ぬときは死ぬ。それでいいじゃんか」

「それじゃダメなんですよ!!この地球は―――あたしたちの手で守っていかないといけないんです!」

 強く言いながら、佳奈美は弓を構え愛の力を込めた渾身の矢を放つ。

 心の底から危惧する自分の願い、主張を必死にドラに分かってもらおうと努力もするも、ドラは彼女の願いを無下にし、気に食わないという感情のみに従いすべての矢を削ぎ落す。

「エラそうにしやがって。そもそも、お前この星の人間じゃないんだろう?この星の人間でもない奴が、地球の行く末にケチをつけるな」

 足元の土くれを刀で斬り飛ばし、佳奈美を攻撃する。

 それを防御しながら、佳奈美は眉間に皺を寄せ―――戦いの中、あるいはもっと早くから自分たちの正体が地球外生命体であると気づいていたドラの碧眼に驚く。

 忌むべき戦いを強いられ、避けられない運命に抗い、満身創痍になりながらも懸命に闘い続けるアモール従士団。

 暫しの沈黙が流れると、防護服のあちこちを汚した佳奈美は拳をギュッと握りしめ、重い口を開く。

「・・・・・・サムライ・ドラさん。あなたの言う通り、あたしたちはこの星の人間じゃない。青の星から遥か何万光年先の宇宙より、漂流してきた異星の者―――・・・それがあたしたち“アモール人”!」

 

「アムール人?」

 同じころ、幸吉郎たちもまた寧々たちからアモール従士団の正体について聞かされていた。もっとも、駱太郎は聞いた直後に言い間違いをしたから、寧々が苦言を呈する。

「あ・も・う・る・じ・ん、アモール人よ!!ロシアにある河川の名前みたいに言わないでちょうだい!」

「そうなのか?」

「知らねぇ」

 ロシアの河川の名称はともかくとして、寧々が苦言を呈したのち―――明日香は生まれ育った故郷の惑星での記憶を語りだす。

「かつて、私たちの故郷の星はこの地球と同じ美しく―――生命の楽園でした。大地には青々とした木々が芽吹き、母なる海からは私たちの祖が生まれ、すべての命が生き生きとしていたのです」

 佳奈美たちが生まれ育った星も、地球と似たような進化を辿っていた。たくさんの生物が共生を図り、絶妙なバランスで世界は秩序を維持していた。その中で生まれたアモール人が佳奈美たちの先祖だった。

「だけど・・・・・・私たちの星は滅びの一途を辿ったわ!」

「悪因悪果。天網恢恢(てんもうかいかい)。神は愚かな人間の行いに怒りを覚え、天罰を与えたのです!」

「天罰だぁ?」

 真奈美と陽菜が露骨に顔を歪め、悔し涙に瞳を濡らしながら周りに訴えかけると―――佳奈美が四人の元へと戻り、鋼鉄の絆(アイアンハーツ)の六人に真実を暴露する。

「あたしたちの星でも、この地球で起こっていることと同じことがありました。進化の過程で人は自然を貪りつくし、自分たちの生活をより豊かに、より便利なものにしたい―――そういう気持ちが強すぎたために、人は争いを止めなかった。いや、止めることができなかった!愛を無くした人たちは周りを省みることを忘れ、とうとう自分たちの星を滅ぼす事態になるまで戦い続けた!!」

 一息を突き、佳奈美は悲壮感から来る一筋の涙を流す。

「自分たちの手で自分たちの住処を壊すほど、馬鹿げたことは無いと思いませんか?あたしたちアモール人は、故郷の星を離れ、暗闇に覆われ無限に広がる宇宙を漂流しつづけた。そして、やっとのことであたしたちが辿り着いた理想の環境―――それが青の星・地球!!」

 嬉々とした声で佳奈美が語ると、寧々たちは彼女の言葉に便乗する。

「ここを私たちの新しい住処として、この星の人たちに大きな愛を伝える。そうすることで、私たちがしてきた愚行を止めることができると思った!」

「ですが、やはりそう簡単にはいきませんでした。どんなに頑張っても、小さな愛を小さな区画に広げるだけでは、この世界から争いの火種を消し去ることはできませんでした」

「人には欲望がある。欲望がある限り、闘争本能は消えず必ずどこかで争いの火種となってしまう・・・」

「このままではこの星も、いずれは自らの手によって滅びの運命を辿るのは必至―――だからこそ、わたくしたちが愚かなる人間たちの愚行を正す者として、導き手となることにしたのです。たとえこうして、貴方方と敵対し危険を冒す事になったとしても!!」

 聞いている内に、ドラは内心疑問に思い始める。彼女たちはどうして“みんなが幸せになる世界”を実現しようとしながら、同じ人間を“愚かな存在”だとみなし、対等な立場で見ていないのかと。

 そう思っていると、佳奈美は理不尽と自己中心的に周りに迷惑を振りまき、愛の可能性を強く否定するドラを指さし、鋭く強い語気で口にする。

「サムライ・ドラさん。あたしは知っています!あなたがいつも人間の欲望に火をつけ争いをけしかける極端で攻撃的な言動を多用して理不尽で叩き伏せて・・・愚かな人間ほど威勢のいい言葉と態度になびきますからね。人間の愚かさ、醜さを利用して勝ってきたのがあなたの手法なんです!」

 佳奈美がドラという理不尽の権化そのものを強く否定し、そうした攻撃的な姿勢ばかりを強調する彼を平和の敵とみなす中、ドラは終始不敵に笑う。

「でも、そこに幸せはありませんよ。ただ一時の快感があるだけです。幸せは、不本意でも面倒でもお互いが懸命に妥協点を見つけだすことでしかないんです。争いを避け、みんなが幸せになる社会とはそういうことなんです!相手に譲る事、与える事は勇敢で気高い人間でないでないとできない。サムライ・ドラさん、あなたやここに集まった鋼鉄の絆(アイアンハーツ)のみなさんが勝ちにこだわるのは・・・・・・・・・“臆病”だから。違いますか?」

 佳奈美は極めて聡明な子どもだった。短時間のうちに鋼鉄の絆(アイアンハーツ)のメンバーが勝敗に拘泥する理由を見抜いたのだ。核心を突かれた幸吉郎たちは口籠り、佳奈美に突き付けられた事実について逡巡する。

「そりゃ、違うか違わないと言われればな・・・・・・」

「違わないと思う」

「だとしてもお前たちに皆を幸せにすることはできないね」

 事実を認めた上で、ドラはそのような強気な言葉で佳奈美たちに言い返し―――彼女たちの手で皆を幸せにすることは不可能だと断言する。

「どうして!?私たちは現に、たくさんの人々を幸せにしてきたわ!この前だって、通り魔事件の犯人の心を救った!確かに彼は愛を取り戻した!」

 まなみがドラにレイピアの先を向けつつ、必死に食い下がろうとするや―――乾いた口調で「お前たちが言う通り魔事件の犯人がその後どうなったか知ってるか?」と、ドラは問いかける。

 アモール従士団全員が息を飲む中、おもむろに語りだす。

「捕まったら捕まったで訳の分からない証言を繰り返し、一貫して自分は無罪だと主張している!裁判が始まっても遺族への謝罪の言葉は一切ないそうだよ!!あまつさえ、不幸にも通り魔によって命を落とした被害者遺族は後を追う様に次々と自殺に走ったそうだ!!却って不幸になっているんだ!!」

 一瞬の沈黙が支配する。額から一滴の汗を流し、唾を飲み込んでから佳奈美は口を開く。

「うそです・・・それはあなたが今作った」

「でははははは!その通り、だがそうなるかもしれないよ」

「そのときは・・・・・・また救うわ!何度でも!」

「どうやって?」

「人間の純粋さを信じることです!醜さではなく、美しさを見ることです!誰しもそれを持ってるから!」

 それを聞いた瞬間、ドラは目の前の彼女たちを嘲笑し「やっぱりお前たちはそろいもそろって救えないガキンチョだな」と決めつけた。

 どんなに訴えかけても自分たちの考えをまるで分かってくれない、分かろうとしないドラの態度に我慢できず―――佳奈美は声を張り上げ問い質す。

「あたしたちのどこが間違ってるんですか!?」

「間違ってないと思っているところだよ!」

 キッパリと、大きな声でドラが言い放つ。それを聞いた途端、佳奈美たちは絶句し―――返す言葉を無くした。

「お前たちは 『人間は愚かだ』と言った。まったく同感だ。どいつもこいつも愚かで、醜く、卑劣だ」

 人間を愚かだと見下す佳奈美たちの考えに共感しているドラ。だから、分かりやすく過去の世界で出会った現在の鋼鉄の絆(アイアンハーツ)のメンバーを通して具体例として取り挙げた。

「自分の名誉と保身のために誰彼構わず攻撃する元・山賊。団子がないと生きていけないとほざくトリ頭。戒律を清々しく破る僧侶。嫁の愛を独り占めしたい少年。無数の畜生を従え夫以外に毒舌を吐きまくる美少女。仕事もせずボトルシップばかり作る無能な上司。欲望のために永久に戦いを求める人間兵器。わがままで、勝手で、ずるくて、汚くて、醜い底辺のごみくずども、それこそが人間という生きものだ」

 徹底した悲観。諦観。綺麗ごとを一切排除したドラの言葉は、人間の本質を精緻に捕えていた。

「だから・・・だから、それを導こうと・・・!」

「それが違うんだよ。まずそこから降りろ。自分も底辺の醜いごみくずの一匹であることを自覚しろ!」

「佳奈美は醜くないじゃない!」

 目の前で佳奈美を愚かな人間と称し、彼女でさえも“ごみくず”の一匹である醜い生き物だと認めさせようとするドラを寧々たちは激しく嫌悪し、必死で佳奈美を庇護しようとする。

「いいや相当醜いね。自分の理想の実現のために人をたらしこみ、だまし、タイムマシンで原始時代までさかのぼり、歴史を改竄(かいざん)しようとする」

「それは・・・」

「自分の賢さにうぬぼれ人のために尽くす自分が大好きで犯す危険に酔いしれる」

「違うっ!!」

 周りの圧力にも屈せず、ドラは佳奈美の周りを徘徊し、彼女の神経を逆撫でする言葉を多用しあからさまに怒りを抱かせる。

「皆を幸せにしたい。Win-Winにしたい。だがそれらは全て所詮お前個人の欲望だ!皆から感謝され、あがめ、奉られ、ファンレターをいっぱいもらい、ベストドレッサー賞までオイラよりも先に獲得してさぞ満足だろう。だがお前がやってることはWin-Winじゃない!小さなLoserをたくさん作ってお前ひとりがWinnerになることだ!」

 徹底的に佳奈美を追い詰めるドラ。そして極め付け、自分の鬱憤をベースとして彼女の本性をストレートに突き付ける。

「いいかお前の本性を教えてやるからよく聞け! お前は独善的で、人を見下し、いい子ぶったニコニコ笑いが胸くそ悪くて、ファッションセンスがおかしくて、クイズもろくにできなくて、フットサルもそれほどうまくない、クソ面白くもないヒューマンストーリーを勧めてくる、甘くてぬるくてちょろい、裏工作をしてみたらたまたまうまくいっただけのゆとりの国のポンコツへタレ癖っ毛短足ヘッポコ小娘だ! バ―――――――カ!!!」

「うわああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!」

 温厚な佳奈美も我慢しがたかった。屈辱的かつ人格や尊厳も顧みない魔猫の罵詈雑言に感情を堪えきれなくなってしまった彼女は、愛の力を暴走させ―――全身から過剰な愛を放出する。

「何だ・・・!?」

「うわああああああ!!!」

「佳奈美!!」

「佳奈美ちゃん!」

 周りが絶対的な愛の力に降伏どころか、畏怖の念を抱く。

 仲間たちの声が届かなくなった佳奈美は感情に任せ―――理想を否定し、愛を否定し、更には自分と言う存在までも否定したドラ目掛けて四枚の翼から愛の光線を激しく放つ。

「あたしのやり方を否定しないで―――――――――!!!!!!」

 張り裂けそうな心の叫びに乗せて、ドラへと向けて撃ち出された愛の光線。

「へっ」

 

 バチーン!!!

 

 ドラは向けられた巨大な愛の光線を右手で掴み、軌道を強引にずらし、弾き飛ばした。

「・・・・・・・・・・・・・・・嘘でしょ・・・・・・」

 魔猫に思いの丈は、愛は届かなかった。

 目の前の光景に愕然とする佳奈美。ドラは不敵な笑みで彼女の間合いに飛び込むと、佳奈美の顔面に狙いを定め―――

「うらあああああああ!!!」

 ボカン!!

 彼女の顔が変形する程に、強く殴った。

 

 非情な魔猫に殴り倒され、鼻血が出て真っ赤に腫れ上がった顔の佳奈美はドラの足元に沈み込み、跪くとポロポロと涙を流し泣き崩れる。

「あんな酷いこと言わなくたって、こんな風に顔を殴らなくたっていいじゃないですか・・・・・・///あたしだって一生懸命やってるのに・・・・・・///」

 すべてを否定されたことに対し悔しがっているのか、悪意の塊から顔を傷つけられたことに対して悲嘆しているのか、あるいはその両方か。

 ドラは茜から手鏡を貰うと―――泣き啜る佳奈美の顔の近くへ置き、その顔を写し取る。

「良い顔になったじゃないか。人間の世界へようこそ!」

「ぐっす・・・・・・あたしは・・・・・・あたしは・・・・・・///」

 鏡に映った真実の顔を凝視し、心が折れた彼女はこれから何をすべきかわからない。それを承知していたドラは彼女を見つめ、言う。

「もしお前が、皆が幸せになる世界を築きたいと本気で思うならこの事を頭に入れておけ」

 泣いている彼女の目線まで身を低くし、ドラはこの日初めて最も柔らかい表情を佳奈美に見せ、助言を口にする。

 

【挿絵表示】

 

「そこにいる一人一人の個性が生きていて、誰も犠牲になっていない状態―――それが最も幸せを感じるときなんだ」

「ううううううう//////ああああああああ////////////」

 佳奈美の胸中で渦巻いていたものが一遍に涙となって、外へと放出される。

 彼女が敗北したのを機に、寧々たちは戦意を喪失し降伏を認めた。

 

 

 アモール従士団が散布したアモール粒子は、彼女たちの手により削除され、人々は愛の呪縛から解放された。

 彼女たちの処遇に関しては、ドラたちの裁量によって事実上「お咎めなし」と言う事で決着が着いた。

 14歳以下の未成年者による時間犯罪は現行の時間法の規定に基づき児童相談所へ通告し、児童自立支援施設等へ入所ないし裁判所への送致が通例となっている。但し、例外的にそうならないケースも存在する。

 今回の彼女たちの行動を振り返ってみると―――アモール従士団は「殺人」や「強盗」など悪意ある犯罪行為には手を染めていない。飽く迄も純粋に「愛」の力によって世界から争いを無くそうとした事で、人間活動が極端に阻害されるという悪果に繋がった。

 これはアモール従士団が今回の様な結果を予見することができたにもかかわらず、注意を怠って認識・予見しなかった心理状態からくる結果―――即ち、時空間で生じた「過失」であり、佳奈美たちの罪は結果的に問われず、厳重注意ということで話がまとまった。

 

 

西暦5538年 5月25日

小樽市 TBT本部前

 

 事件後。佳奈美たち五人は地球を離れる決意を固め、独りよがりな愛を是正してくれたドラたちに最後の挨拶をしにやってきた。

「ドラさんやみなさんの言葉で、目が覚めました。これから、みんなと一緒に甘い自分を徹底的に鍛え直してきたいと思います!」

「佳奈美は甘くは無かったと思うぜ」

 佳奈美の話を聞き、駱太郎は率直に思った事を口にする。

「だってよ、争いを避けるって言っていながら、一番懸命に戦ってきたのは嬢ちゃんだぜ」

「駱太郎さん・・・」

「ドラにも果敢に立ち向かって行ったしな。大した奴だよ、お前は」

 駱太郎はドラには負けてしまったが、争いを避けるために奮闘し続けた少女の努力を称賛し、その頭を優しく撫でる。この行為に、気恥ずかしく思いながら満更でもないのか、佳奈美は頬を紅潮させる。

「みなさんと出会えて、本当に良かったです」

「またいつか、この星に戻ってきます!」

「もう戻って来なくていいよ。さっさとどっか行っちまえ、クソガキ共」

「おいドラ!」

「ひどいですよ、ドラさん。いくら彼女たちが青臭くて『友情・努力・勝利』を本気で信じ込んでいる痛い腐女子だとしても!」

「あなたの言ってることが一番ひどいと思いますけど!!」

 実害が最も悪い茜の毒舌を聞き、寧々が正当なツッコミを入れる。

 やがて、佳奈美は改めてドラと面と向き合い―――その手を固く握りしめる。

「ドラさん・・・・・・あたし、きっと誰もが幸せになれる世界を実現させてみせます!応援よろしくお願いします!」

 しかし、ドラは深い溜息を突くと佳奈美の手を振り払い、そっぽを向く。

「オイラには興味がない。応援なんか絶対しない」

これには全員が苦笑いとなった。

 そうして、最後の最後に佳奈美が代表して鋼鉄の絆(アイアンハーツ)のメンバー全員に感謝を表する。

「みなさんと出会えたことはあたしたちの最高の財産になりました!ありがとうございます!この調子で今後もみなさん力を合わせて頑張ってください!!ファイト―――!!!」

 ドラたちを激励し、グッドラックと言って親指を突き立てた佳奈美は、翼を広げ―――仲間たちとともに空高く舞い上がる。そして、ドラたちへの感謝と愛を胸に抱き宇宙へと旅立った。

 彼女たちが地球から居なくなった後、ドラは乾いた声でつぶやく。

「幸吉郎、あいつ完膚なきまでに負けたよな?」

「はい!木っ端みじんです」

「勝ったのオイラたちだよね?」

「完全勝利!」

「なんで最後までWinnerなんだ!?なんで去り方まで主役っぽいんだ!?」

「・・・・・・人たらし、ですな」

「バカなだけなんじゃないか・・・」

 

 

 

 

 

 

ドラさん語録~サムライ・ドラが残した語録集~

 

その16:わがままで、勝手で、ずるくて、汚くて、醜い底辺のごみくずども、それこそが人間という生きものだ

 

よくもまぁこんなにもストレートに言ってくれるものだ。綺麗ごとを嫌う彼だからこそはっきり言える言葉なのだろうが、それぐらい清々しく認めた方が変に気を張り詰めなくてもいいのかもしれない・・・。(第12話)

 

その17:そこにいる一人一人の個性が生きていて、誰も犠牲になっていない状態―――それが最も幸せを感じるときなんだ

 

みんなが幸せになる世界を目指す佳奈美は、困っている人を放っておけないゆえに自己犠牲の精神が強い。ドラの言葉は、彼女の行き過ぎた自己犠牲と博愛主義に待ったをかけたように思える。(第12話)

 

 

 

 

 

 

登場人物

愛原佳奈美(あいはらかなみ)

声:生天目仁美

14歳。北海道立双葉中学校の2年生で、生徒会長を務めている。

一人称は「あたし」。親友の寧々から「愛をふりまき過ぎ」と注意され、ドラからも「幸福王子」などと揶揄されている程のお人好しで、困っている人を放っておけない性格かつ天然の人たらし。面倒見が良く、周囲からも信頼されている。

考えるよりも先に動くタイプで、何事も体当たりで問題を解決していく。好奇心が強い上に肝が座っており、何事にも殆ど動じない。学校に侵入してきた通り魔から生徒を助けとした時にも平気で説得しようとしたりした。

成績は優秀で、運動神経も各運動部からスカウトされる程に抜群だが、自身を顧みずに厄介事を背負い込んだり、相手の事情を考えずに軽率な行動を取ることがある。

その正体は、遥か宇宙の彼方から漂流してきたアモール人の生き残りで、アモール従士団のリーダー。かつて、自分の両親を争いで亡くし、星が欲望から生まれる人間同士の争いによって滅んでしまった経験から、皆が幸せになる社会の実現を夢見る。しかしその信念は、民衆は愚かなのでそれを自らが導くという、独善性の強いものであった。

理想の実現の為に日本中にアモール粒子を散布して人間の中枢神経を犯し、闘争本能を喪失させた。その後、入手したタイムマシンを使って原始時代へと遡り、人間の歴史から争いそのものを無くそうと試みるが、ドラ達によって計画は破断する。ドラに敗北した後、「そこにいる一人一人の個性が生きていて、誰も犠牲になっていない状態が最も幸せを感じるとき」と説かれて改心。自らを鍛え直すため仲間たちと共に武者修行のため宇宙へと旅立った。

アモール従士団としての能力は、アモール粒子を含んだ光線や矢を放ち、相手の戦意を喪失させる。また、他の四人の力を100パーセント引き出す。

新川寧々(しんかわねね)

声:東山奈央

14歳。佳奈美と同じアモール従士団の少女で、十年来の幼馴染。同じ中学校の生徒会で書記を務めている。

一人称は「私」。佳奈美と明日香、まなみのことは呼び捨てにしているが、陽菜のことは「ちゃん」付けで呼ぶ。

清廉かつ真面目で優しい性格であり、佳奈美と自分の関係を「幸せの王子とツバメ」に例える通り、厄介事を背負い込む佳奈美を放っておけず、常にフォローしている。そのため、当の佳奈美には感謝されているが、自身も佳奈美に勇気付けられている。

アモール従士団としての能力は、水を自在に操り状態変化、また水そのものを自在に操ること。作中では明日香との合体技を披露した。

神無月明日香(かんなづきあすか)

声:野水伊織

14歳。アモール従士団の少女で、佳奈美と同じ学校に通うクラスメイト。

一人称は「私」で、誰にでも常に礼儀正しい敬語で、時々「~ですわ」などのお嬢様口調で話す。 佳奈美達のことは全員「ちゃん」付けで呼ぶ。

外見はおしとやかでおっとりとした雰囲気で、アモール従士団の中で佳奈美の次に争い事を憎んでいる。

アモール従士団としての能力は、大地を自在に操りそれを自由に加工すること。作中では寧々との合体技を披露した。

池澤まなみ(いけざわ-)

声:持月玲依

14歳。アモール従士団の少女で、佳奈美と同じ学校に通うクラスメイト。

一人称は「あたし」もしくは「私」。佳奈美が掲げる理想の実現のために陽菜と共にタイムマシンを手に入れ、その後原始時代へと遡りアモール粒子を散布しようとする。

アモール従士団としての能力は、大気や風を操ることができる。また、五人の中で最もレイピアによる扱いが優れている。

小川陽菜(おがわひな)

声:榎本温子

14歳。アモール従士団の少女で、佳奈美と同じ学校に通うクラスメイト。

一人称は「わたくし」。佳奈美達からは「陽菜ちゃん」と呼ばれている。佳奈美達に対しては呼び捨てにする。

物腰は大人びており、周りに厳しく言うことも多いが、自らの弱点を克服したり、優れた能力を持つ者に対しては素直に称賛する。

アモール従士団としての能力は、炎や電気、磁力などのエネルギーを操ることができる。




次回予告

ド「巷で流行する謎の危険ドラッグ。夢魔と呼ばれるそれは若者を中心に広がりを見せ、時間犯罪の温床ともなりつつあった」
「だがこれは、地上文明の崩壊と理由なき悪意による侵略を暗示していた」
「次回、『禁断の危険ドラッグ』。またまたとんでもないことになりそうな予感だね!!」

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