サムライ・ドラ   作:重要大事

11 / 76
ド「困っている人を放っておけない性格の人は大変だ。自分の良心に従って温かい手を差し伸べる。オイラには真似できない、ていうか真似したくもないことだけど・・・」
「何ていうのかな、オイラ人様から優しく手を差し伸べられると突っぱねたくなるって言うか、他者の力を当てにする様にそういう姿を見せつけられると虫唾が走るんだよね。たとえ当人にそう言う気持ちがなくたって、腹立つものはしょうがないんだ」
「だから敢えてオイラはみんなに言いたい。他人に依存することは悪いことじゃない。それをしながら預貯金をするつもりで自立できる力を身につけろ、と!」


アモール従士団

5月18日 PM5:00

小樽市 サムライ・ドラ宅

 

『あっさですー!あっさですー!あさですよー!あっさですー!あっさですー!おっきましょー!! 』

 深閑とした寝室。朝日が昇り切っていない薄暗い時間帯において、空気を震わせる独特のアラームがドラの耳元に鳴り響く。

 サムライ・ドラ愛用の「ドラえもん目覚まし」に内蔵されたサウンドがけたたましく部屋中に木霊する。その清々しいまでのドラえもんボイスは、深き眠りの中にいるこの世で最も理不尽な存在―――魔猫の眠りを呼び覚ます。

 モコっと、ベッドの上で微かに動く。おもむろに伸びた白い丸手は目覚まし時計のスイッチとなっているタケコプターに触れ―――それを押す。

『やっと起きたねー。ジャンジャン!』

 音が止み、ベッドに包まり熟睡していた魔猫が最も無防備な姿を曝け出す。

 アイマスクに青のパジャマを着こなし、可愛さを敢えて強調してやいたいと周りに訴えかける様にナイトキャップを被っている。

 むっくりと体を起こし、アイマスクを外すと―――「あ~~~・・・・・・」と唸り、ドラは最悪の寝起きを披露する。

 

【挿絵表示】

 

 パンパンに膨れ上がった顔。目ヤニも酷い。

 二日酔いに見舞われた人間は恐らくこんな感じなのだろう―――部屋を見渡しながら、ドラは縮こまったひげをピンと伸ばし、パジャマの上から尻を掻く。

「ぶぁ~~~~~~///」

 キュートとは無縁の見るに堪えない寝起き。しまいには、放屁までする始末。

「あ~~~~~~誰かに八つ当たりしてぇ~~~~~~粉みじんにして~~~~~~」

 以前、昇流が言っていたことを覚えているだろうか。

 KKKの集会でポティート兄弟の兄に捕まった際、切羽詰った状態の昇流はドラの生活習慣について若干触れており、彼はこう話してる。

“怒りを制御することができないネコ型ロボットゆえに、わざと早い時間に寝て、朝早く起きて憂さ晴らしに誰かを殴る”と―――

 

 起床して間もなく、ドラは日課であるジョギングに出かけた。

 朝靄がかかる市内を赤いジャージ姿で走る光景は、新聞配達業者やジョギング愛好家の間では広く知られたものだった。

 小樽という街は、港町であるとともに平たんな道路が少なく坂道など起伏が多く見られる土地だった。中でも、『地獄坂』と呼ばれる場所はその名に恥じない急勾配の坂道である。もっとも、名の由来は勾配が急だからではなく―――坂を上った先に警察署が立地しているからだった。

 閑話休題。普段は気分屋で気まぐれな性格のドラだが、ジョギングの時だけは毎朝決まった時間に起きて、律儀に自宅の周辺をゆっくり、時間をかけて走っていた。

「ん?」

 帰路へと続く道、ドラは奇妙な光景に出くわした。

 眼前には大所帯が存在し、老若男女問わず誰もが透明なゴミ袋を持ち、積極的に清掃活動をしている。

「ゴミ袋なくなった人はいませんか?」

「足りなければ私の使ってもいいですよ!」

「俺のもまだ空きがあるぜ!!」

 この光景を見るなり、ドラは激しい違和感を覚えた。というのも、毎朝ロードワークをしているドラは知っていた―――この時間帯はジョギング仲間であるごく僅かな仲間と出くわすだけで、それ以外にこうして人があからさまに集まる様な場所ではないと。

 しかし、現実にこうしてあり得ない光景に出くわしてしまった。不審に思いながら前進を続けていると、一人の老父が話しかけて来た。

「おや、ドラじゃないか」

 老父は、毎朝ドラと顔を合わせるジョギング愛好家で浦沢と言った。

「浦沢のじいさん、こりゃ何の前触れだ」

「前触れ?何のことだ」

「だって・・・昨日までゴミ拾いどころか、朝早く起きて好きでジョギングしてたのオイラたちぐらいだろう?何があったらこんな風に数が増えるんだよ」

 周りを指さしながら、思った事を率直に尋ねると―――浦沢は破顔一笑し、ドラの質問に対し答える。

「まぁいいじゃないか。早起きは三文の得だって、ようやくみんなが気づいたのさね」

「え~そうかな?」

「ああ、そんなことより。ドラも一緒にやらないか?」

 言うと、浦沢は周りの行動を懐疑的に捕えているドラにゴミ袋を見せつける。

「まさか・・・オイラにゴミ拾いをしろと要求してるんじゃないだろうな!?」

 暗にゴミ拾いを促す浦沢の態度にドラは目を見開き、すぐさま両手を交差し―――浦沢の要求を突き放す。

「じょ、冗談よしてよ!なんで人間の手で汚した街の掃除をロボットのオイラがするんだ!?バカ言ってんじゃないよ!」

「しかしドラよ。掃除をすると心が洗い流されるぞ。ああ、こんな話がある・・・治安の悪い犯罪都市で落書きで汚れた地下鉄を綺麗に掃除したところ、以後落書きする者はいなくなり犯罪も減少したのじゃ」

「ふ~ん・・・で?」

「つまりじゃ。不浄な環境は人の心も汚すのじゃ。健全な精神は健全な肉体と環境によって培われる!身の周りを清浄に保つことは、人の心に愛を芽生えさせる!!どうじゃ、いいこと言ったじゃろう!」

 鼻で息をし、自慢気な表情で強く訴えかける浦沢。話を聞いたドラは「ふん・・・」と鼻で笑い、冷淡なコメントを返す。

「きれいごと言っちゃって、反吐が出る。年甲斐もなく毎晩キャバクラとかでバカスカ投資してるエロ爺が!掃除するなら勝手にやってな。オイラ、生憎と心がドブみたいに汚れてるからそんな気になれないんだよ」

 そう言って、周りの雰囲気に合わせずドラはそのまま帰路へと向かって走り出す。

「ああ、キャバクラに通うのはもうやめにするよ!」

 直後―――浦沢が何気なく放った言葉。聞いた瞬間、ドラはその場に立ち止まる。

「・・・・・・今なんつった?」

 耳を疑うような発言に息を飲むと、真意を確かめるためドラはおもむろに振り返り、浦沢に聞き返す。

「いや~。お前の言う通り、いい年をした老父がキャバクラに通うなんて恥ずかしいと思ってな・・・・・・金輪際キャバクラに行くのはやめにしようと思うんだ♪これから、ばあさんと一緒に二人で協力して、慎ましく静かに隠居するよ♪」

 と、浦沢は清々しい笑みで答えた。

 ドラの頭に雷が落ちる。聞くに堪えない知り合いの言葉と潔白な笑顔を見るなり、堪えきれなかったドラは浦沢の方へと走り、躊躇いなくその顔面を殴る。

「うらあああああああああああ!!!」

 周りの目を憚らず、浦沢を殴ったドラは激しく狼狽え―――切羽詰った感じで殴られてもほのぼのとした笑みを浮かべる浦沢の胸ぐらを激しく揺する。

「しっかりしろエロ爺!!そうやってまたオイラを嵌めようって魂胆だろ!!だけど知ってるぞ、爺さんがメチャクチャ性欲が強くて若い女の子見るとついついナンパしたがる性質だって、嫌って言うほど!!」

 ドラは大喝すると、気の狂ったように心和やかな浦沢に強烈な往復ビンタを高速で撃ちこんだ。そうして彼の目を覚まさせようとするが―――浦沢は怒るどころか優しい笑顔を向け続ける。

「ほほ。それでお前の気が済むなら、わしはいくらでも殴られるぞ」

「な・・・・・・っ」

 邪念と言うものが一切含まれない清々しい笑顔だった。理不尽な暴力をこれでもかと受けながら、仏の如く慈愛を見せつけられる。ドラは畏怖の念を抱き、露骨に引き攣った顔を浮かべる。

 ドラが暴力を止めると、周りでゴミ拾いをしていた者たちもまた屈託のない笑みを見せつけ―――いつもとは異なる強い違和感の中にいたドラは後ずさり、鳥肌を立たせる。

「き・・・・・・・・・気持ち悪っ!!」

 気味が悪くなり、ドラは足早にその場を立ち去った。

 ドラが居なくなると、周りの若者がドラに殴られ顔が酷く腫れあがった浦沢に優しく手を差し伸べる。

「おじいさん、大丈夫ですか?」

「立てます?」

「ああ、ありがとう。さぁてと、わしも協力するから、さっさとゴミ拾いを終わらせようじゃないか」

 言うと、浦沢は頭上で燦々と照りつける太陽に手を透かし―――血脈を実感すると、和やかな気持ちで周りに訴えかける。

「愛の力は―――この世界を救うのじゃ!!」

 

 

TBT本部 特殊先行部隊“鋼鉄の絆”オフィス

 

 数時間後。職場へ出勤したドラは、今日の奇妙な朝の出来事を幸吉郎たちに打ち明けた。

「ほう。あの浦沢がのう・・・・・・」

「ねぇ、変な話でしょう?」

 ドラと同じく浦沢と付き合いがある龍樹は意外そうな声を漏らし、腕を組みながら怪訝そうな表情を浮かべる。

「しかし信じられんなぁ。あれとは先週一緒に飲み明かしたのじゃが、そのときはいつものと変わりなかったがのう」

 

 

 先週の夜―――龍樹は浦沢に連れられ、彼が日頃から飲み明かしているというキャバクラで放蕩の限りを尽くした。

「もう~おじさまだーいすき―――!!」

「でぅはははははははは!!!!!!」

 男の欲望を刺激するように、わざと肌を多く露出した格好で接客する美女たち。浦沢は強い酒で泥酔し、気前よく美女たちにチップを配っては両手に侍(はべ)らせる。

「お立ち台で―――す!!!」

 また、浦沢に誘われる形で店にやってきた龍樹も酒の魔力で人格が変貌していた。酔った勢いでテーブルへ上ると、龍樹は服を脱ぎ捨てふんどし一丁で騒ぎ出す。

「あ、ちゅっちゅんのちゅんでニューボトル!!」

「レナちゅあ~~~ん♡」

 気分を良くした浦沢は、本能の赴くまま―――理性をかなぐり捨て自らの欲望に任せて美女たちを金の力で侍らせ手元に引き寄せる。

「わしらも踊るべっ!」

「え~~~ほんとうに?」

「だはははははは!!」

「もう~おじさまったら強引なんだから!」

 乗りに乗りまくる浦沢。龍樹は、美女たちを大いに笑わせる道化と化し―――羽振りがいい訳でもなく、高い酒を明け、チップを彼女たちへと振り撒いた。

「どぅははははは!!愉快愉快!!!笑う門には100万ボルト――――――!!!」

 ・・・・・・・・・・・・

 ・・・・・・・・・

 ・・・・・・

 ・・・

「雑念だらけじゃないっすか!!」

「龍樹さん・・・・・・あんたねぇ」

「やっぱ爺さんは、清々しいまでの破戒僧だぜ」

「どぅはははは!一度きりの人生、適度に欲望を解放せねば。修行ばかりで身を清めることが必ずしも正しい仏の道と―――拙僧は思いたくはない!」

「開き直らないで下さいよ」

 まるで浦島太郎が、竜宮城で過ごした出来事を現実味溢れる体験談として聞いた感じだった。仏教で定めた戒めを無視し、堕落の一途を辿る龍樹を周りが軽蔑の眼差しを浮かべ注意を促したところで、本人は笑って誤魔化すだけだった。

 そのとき、オフィスの戸が開くと―――げっそりとした表情を浮かべたドラたちの直属の上司である杯昇流が始業時間から30分を過ぎたところで、入室する。

「おっぷ///」

 オフィスに姿を見せるなり、青ざめた顔で今にも吐きそうな昇流。彼が口元を押えた瞬間、ドラが瞬時にバケツを用意し―――昇流はドラが差し出したバケツ目掛けて嘔吐する。

「うえええええええええええええ~~~!!!」

「死体見た映像が未だに脳裏に焼き付いて離れませんか?それとも、人の忠告無視して懲りずに昨晩も飲み明かしたツケ?昨日は紹興酒(しょうこうしゅ)以外にも、色々な酒をチャンポンしてたって、真夜さんから聞きましたよ」

 淡々と言葉を述べるドラを余所に、激しい二日酔いに見舞われていた昇流は体中の毒素を一通りバケツの中へと吐き捨てる。

 そして、精気の籠っていない表情で茜に懇願する。

「あ・・・・・・茜・・・前に言ってた黄連湯(おうれんとう)って奴作ってくれる///」

「作りませんよ」

 淡白な口調で即答し、茜は昇流の要求を突き放した。

「ンなこと言わないで作ってくれよ・・・・・・二日酔いにはあれが一番効くんだって///」

「バカのくせにそういうことは知ってるんすね」

「あれだろ。自分で体験してみて初めてその効能って奴が分かるんだよ!」

 幸吉郎の言葉に付け加えた直後、駱太郎は怪訝そうな顔で周りに尋ねる。

「ところで、オウレントウってなんだよ?」

 その言葉に全員が呆れ、体中の力が一気に抜けた。深い溜息を突くと、ドラは駱太郎の質問に的確に答える。

「黄連湯は漢方の方剤で、吐き気や嘔吐、胃もたれ、消化不良などを改善してくれるんだ」

「付け加えるならば、体力が中くらい以上の人に適していますね」

 茜が言った後、写ノ神は席を立ち―――給湯スペースへと向かう。

「しゃーないっすね。黄連湯の代わりに、俺が嫌がらせドリンクでも作って目覚まさせてやりますよ」

 言葉の意味は解りかねるが、写ノ神は昇流のために黄連湯の代わりとなる物を作るため鍋を取出し、火を沸かす。

「ったく。太田がアメリカ行って進歩の階段を駆け上がってると思えば、長官は進歩の欠片も無い体たらく振りで・・・・・・リアルにカイジって呼ばれますよ」

「おいおい。進歩ってのはしょうもない欲から生まれるものなんだぜ・・・」

 と、自分を正当化するようにそのような事を口にしながら、昇流は冷蔵庫から氷枕を取り出す。

「パソコンだって、仕事目的よりエロ動画見たさで始めた方がはるかに上達が早いだろう///」

「呆れた動機だな」

 幸吉郎のツッコミもなんのその―――昇流は氷枕を額に付けて患部を冷やす。そして、来客用のソファーの上へ寝転がる。

「ねぇ~ドラちゃん。俺今日休んでもいい?」

「仕事なんて碌にしたこと無いんだから、いっつも休んでるみたいなもんでしょう?」

「そうですわ!長官さんも早朝ジョギングをしましょう!日頃の不摂生を改善できる上、ライフルスタイルを見直すいい機会だと思います!」

「それを言うなら、”ライフスタイル”。ライフルスタイルって何だよ、なんか撃つのか?」

 二日酔いで脳の血管が破裂するが如く激しい頭痛に見舞われる中、そうした言葉の言い間違いには何故か素早く反応できる器用さを持っていた。

「おまたせー。特性嫌がらせドリンク!」

 茜の言い間違いを訂正した昇流の元に写ノ神が近づいてくると、出来上がったばかりの特性ドリンクと題する謎のスープを持ってくる。

 鍋の中で泡を上げるそれは全体的に真っ青で、いつどこで拾ってきたのか分らないが、虫の死骸の様なものがところどころ浮いており、アンモニア臭が鼻につく。

 飲む前に酔いが覚めるほど強烈なインパクトをもたらす眼前の料理に息を飲み、昇流はこれを作った少年に恐る恐る尋ねる。

「・・・・・・これ、なんのポイズンクッキング?」

「違いますよ。冷蔵庫にある物手当たり次第に突っ込んだらこうなったんです。まぁ、これで二日酔いは一瞬にして覚めるはずだぜ!」

「じょ、冗談止せよ!!こんなの飲んだら流石の俺でも・・・「なにぃ―――!!!」

 と言った矢先、駱太郎は大声を張り上げると、驚いた拍子にドリンク目掛けて昇流の顔を押し込んだ。

「ふがががが!!!」

 熱々の鍋の中に顔を浸された昇流。駱太郎は無意識に上司を追い詰めながら、新聞の一面を占めるあるニュースに驚愕する。

「・・・『消費税増税に関する世論調査の結果、増税賛成100パーセントで反対意見は0パーセントに』だぁ!?」

「ぎゃあああああああああ!!!!ドラ―――!!!死ぬ!死んじゃうよ///」

 断末魔の悲鳴が聞こえた気がした。苦しみ、喘ぐ昇流を周りは敢えて無視し―――ドラは駱太郎の話に便乗する。

「そのニュース今朝のズバズバでもやってけど、0パーセントなんてまずあり得ないから!だって、その手の世論調査ってセンサスと違って番組ごとにバラツキがあるんだから。ひとつの項目で100パーセントになることだってないのに、賛成100パーセントってことは日本中が増税を甘んじて受け入れますよって事だもん!」

 現実的な話、世論調査で偏りがでないようにするには最低何件の世論調査が妥当なのか。統計学的にいえば、1億2千万の標本調査ならば、母集団が正規分布に従うのかどうかをまず調べるためのデータ抽出が必要となる。少なくとも、10万人のサンプルを、ランダムかつ無作為に採らないと意味がない。しかし、世論調査は全数調査と違って、単なる指標の一つでしかないため、法的な拘束力は持たない。

「最初見た時は新聞の誤植かと思ったのじゃが、どうやら本当のことらしいのう」

「ネット上でも同じことが書かれてますしね」

 実際にネット上でも、同様の結果が得られたという記事がいくつも掲載されており、嘘でないと言う事か明朗に伝わってくる。

「ほんと、浦沢のじいさんといい・・・増税大賛成といい・・・何かこの頃おかしいよな」

「おかしいと言えば、昨日スーパーへ買い物に行ったときです」

 ふと、茜は自身が最近経験したことのある奇妙な出来事について思い出す。

 

 

「すいませーん」

 数日前。スーパーで買い物をしていた茜は、野菜コーナーで不良品のキャベツを発見し、近くの店員を呼びつけた。

「これ、虫に食べられていません?」

 青虫に食べられたように一部葉が丸く食い千切られていることを主張すると、店員は深々と頭を下げる。

「申し訳ありませんでした!!ただちに新しいのに交換いたします。あ、発見していただいたお礼に、こちらサービスいたします!」

 と、店員は過剰とも言うべき野菜のサービスを茜に提供する。手に収まらないほどに盛られた野菜。茜は唖然としながら店員に言う。

「こ、こんなにたくさんは・・・・・・流石に私一人では持って帰れませんので」

「それでしたら、後ほど当店で配送いたします。もちろん料金はこちらで負担させていただきますので!」

「え、えええ!!」

 ただ不良品を見つけて報告しただけのつもりだった。なのに恐ろしいほどの自己犠牲を如実に示す店側の過剰な対応に、茜は狼狽える。

 すると、そんな茜の元に売り場の店員が次々と現れ―――信じられない事を始める。

「お詫びの気持ちです!このお肉、サービスで3割引きにします!」

「こちらのトイレットペーパー、半額にした上でさらにもう2つばかりサービスしますよ!お詫びの印です!」

「え・・・え・・・え・・・えっと・・・・・・どうなってるんですか!?」

 決して特別なことをした訳ではなかった。周りが店側の異常な行動に何ひとつ疑問を抱かない中、茜はただただ不必要に商品の提供を受け続けた。

 ・・・・・・・・・・・・

 ・・・・・・・・・

 ・・・・・・

 ・・・

「と言う事がありましたね」

「チクショ~~~~~~ゥ!!!」

 話を聞いた直後、ドラは床を激しく叩きだし、心底悔しがる。

「ボクレンめ!!いつからそんな気前良すぎるくらい気前よくなったんだよ!!オイラには一度もそんなことしてくれたことないのに!!!」

 要するにドラは羨ましかったのだ。古くから馴染みあるスーパーから一度もそうしたサービスを受けたことがない彼は、過剰な悔しさを滲みだしている。

「お前は要注意ブラックリストに登録されてるんだよ。何かって言うとすぐ難癖付けて、何でも値切ろうとするから」

「アホっ!少しでも商品を安く買いたいと思うのは、消費者なら当然だ!立花だって言ってただろ、現世は人を出し抜いて金を儲けたいと思ってる社会だって―――とにかく得して生きていきたいと思うのは至極真っ当な精神だろ!?」

「いや確かにそうかもしれないけどさ・・・・・・」

 異常なまでに吝かなドラの性分には、写ノ神もどう対応したらいいのか分からず、ただただ困惑する。

「わかる!俺もその気持ちは痛い程わかるぞ!!」

 そんなドラの話を聞き、スープの毒で一時的に昇天していた昇流が突如復活を果し―――変な風に便乗する。

「俺もどうせ飲むなら、もっといろんなものをちょこっとずつ楽しみたいもん!!」

「女子かてめぇ!!いいからそこで死んでろ!!」

 話の腰を折ろうとする昇流を、ドラは恫喝する。

「まぁそこの飲んだくれの話は置いといて・・・さっきのスーパーの話に戻るけどさ。確かにいくらなんでも気前良すぎだと思うな」

「つーか、そんなんじゃ店の利益にならねぇし、大赤字になる一方だよな」

「顧客へのサービスは基本中の基本ですけど、民間企業のする事ではありませんよね」

「ん~~~・・・・・・どうにも腑に落ちないね」

 

 ドラたちが疑問に思い始める中、こうした違和感の原因を作り出しているのは―――五人の少女たちだった。

 桜色の防護服に身を包み、腰にレイピアを携えた少女―――愛原佳奈美(あいはらかなみ)を筆頭にシアンとオレンジ、パープルとクリムゾンを基調とする防護服とレイピアを携えた四人の少女はTBT本部ビルの上から街を見下ろし―――人間の心の機微の変化を感じ取る。

「予想以上ね」

「それだけ、この国の民草が愛に飢えていたという証拠ですわ」

「愛が芽生えれば、みんな仲良く暮らせる。仲良く暮らせるようになれば、争いもなくなる」

 四人の仲間と共に、愛の力を以って世界を変えようと思っている佳奈美は自分の胸に手を当てると、目を瞑り―――しみじみとつぶやく。

「争いからは何も生まれない。誰かを虐げることからは愛は生まれない。世界に博愛の心を芽生えさせる―――それが、あたしたちの理想だから」

 

 

小樽市 サムライ・ドラ宅

 

 その日の夜。風呂から上がったドラは嬉々としながらテレビのリモコンを操作する。

「へへ。今日は『アウトレイジ』があるんだったな」

 この日は、ドラが先週から楽しみにしていた邦画が放映されることになっていた。意気揚々とチャンネルを変え、大好きな芋焼酎とスルメイカを肴に映画を鑑賞しようとした矢先―――思いがけない事態が待ち受けていた。

『今夜の木曜ロードショーは、昨年大ヒットした感動作『こころ』をお送りします』

「ぶっ――――――!!!」

 予定していた邦画が急遽別の映画に変更になっていることに驚き、ドラは盛大に口の中から酒を吹き出した。

「あれ~~~~!?」

 楽しみにしていた映画が突然変わっていたことに我が目を疑う。冒頭で流れるテロップには、“都合により『アウトレイジ』の放送を控えさせていただきます”と表記されている。

「ちょっとどういうことだよ!?こちとらアウトレイジ楽しみにしてたんだぞ!勝手に内容変更するんじゃないよ!!」

 新聞のテレビ欄にも記載ミスなどは無かった。しかし、テレビ画面からは無機質な謝罪文が申し訳ない程度に真横から流れるだけ。

 この心許ない対応に、ドラはフラストレーションを全開にし―――テレビ画面を睨み付けながらテレビをガタガタと揺すり出す。

「ふざけるなっ!!オイラは暴力映画見てスカッとしたかったんだよ!!返せ!!オイラの二時間を返せ―――!!!」

 テレビに八つ当たりをしたところで事態の解決にはならない―――分かっていても、ドラはこの怒り何らかの形でぶつけなければ気が済まなかった。

 見かねた幸吉郎と駱太郎はドラの怒りを鎮めようと、必死に制止を求める。

「落ち着いてくださいよ兄貴!どうか、キレないでください!!」

「じゃかしい!!こいつらは人の二時間を無断で奪ったんぞ!!」

「だからって、テレビに八つ当たりしても仕方ないじゃないですか!?」

「これが八つ当たりせずにいられるか!?この前から予告バンバン流してたんだぞ!てっきりこっちは『あ、来週アウトレイジだ。見なきゃな』と思ってたんだぞ!!」

「子どもじゃあるまいし、大人しく諦めろよ!大体、そんなに見たいんならDVD借りてくりゃいいだろう」

 

 

小樽市某所 レンタルショップ“玄”

 

 駱太郎の言葉がドラの興奮を急激に冷ますいい薬となった。

 うっぷんを晴らすため、ドラは仕事でもプライベートでも日頃から利用しているレンタルビデオ店に足を運ぶ。

「R君の言う通りだな。今の時代、見たいものがあれば店で借りるなりパソコンで見るなり何とでもなるわな」

 そう考えると、先ほどの行動がバカっぽく思えてならなかった。ドラは自分の言動を内心顧みながら、目的のDVDを借りようと店内を物色する。

「え・・・・・・」

 がしかし、棚に連なったDVDの種類にドラは目を点にし、唖然とした。

 陳列されたDVDはすべて『愛』や『感動』を基本テーマとし、それを売り文句とした邦画や洋画、さらにはアニメで埋め尽くされており―――ドラが好むところの人が傷つくことが想定されるバトルアクション映画や、ホラー映画などはアニメに至るまで徹底的に排除されていた。

「な・・・・・・なんじゃこりゃ――――――!!!!!!」

 悪い夢を見ている気分だった。悲鳴を上げると、ドラは店内をくまなく探し目的のDVDを見つけだそうとする。だが、全てにおいて『愛』にまつわるカテゴリーに分類されたDVDばかりが目に留まる一方、ドラが探し求める映画は一向に見付からない。

「ない!ない!!な―――い!!!なんてこった!どれもこれも生ゆるいヒューマンストーリーになってる!は、ということは・・・・・・!」

 ここで、危惧の念を抱いたドラがいつも借りているアクション映画コーナーの棚に移動すると、案の定―――ドラの恐れていた事が起きていた。

「だあああああああああああ!!!い、インディー・ジョーンズシリーズがごっそりなくなってる――――――!!!」

「ぬあああああああああああああ!!!!」

 ドラに便乗するように店内から上がる甲高い悲鳴。聞き慣れた声だと思って振り返れば、杯昇流が小刻みに体を震わせ、壁に向かって呆然と立ち尽くしていた。

「ど・・・どうなってんだよ!?なんで・・・なんでもっこりビデオコーナーが無くなってるわけ!?これじゃ何のためにここに来たのか分らない・・・///」

「長官!何してんのこんなとこで!?」

 アダルトビデオコーナーがいつの間にか撤去されていたことに、深く嘆き悲しむ昇流の元へドラは歩み寄る。

「ドラ・・・///俺は世界一不幸なイケメンだ―――!!!」

 言いながら、昇流はドラに泣きつき自分が如何に不幸であり、二枚目の男であることを大袈裟に主張する。

「自分でイケメンって・・・・・・と、とにかく玄さんに事情を聞きましょう!」

 納得のいかない二人は、表向きはレンタルビデオ店の店長を務めてる情報屋―――通称“玄さん”に事情を問い質す。

「どういうことだよ玄さん!!何でインディー・ジョーンズないの!!何で棚一面にヒューマンドラマ並べてんのさ!!」

「俺のもっこりの楽しみどうしてくれるんだよ!?」

 台を激しく叩いて怒りを露わにするドラと昇流。そんな二人を飄々とした笑みで見ながら、店長の玄は口を開く。

「いやいや。ドラちゃんも昇流ちゃんも一旦落ち着こうよ」

「これが落ち着いてられっかよ!!こっちは、健全な生活に関わることなんだぞ!!」

「アウトレイジは見らないわ、インディーは撤去されるわ!一体何さまのつもりだよ!客を舐めてんのかクソ爺っ!!!」

 お互いに自分が好きな映画・作品を無許可で撤去されたことに憤怒している。そうした常連客のクレームに対する返答として、玄はドラたちが耳を疑う発言をする。

「いやぁ~、何と言うかな・・・・・・もっこりビデオもアクション映画もいいけどさ、やっぱり今一番必要なのは『愛』だと思ってさ♪」

「「あ、愛!?」」

「これお願いします!」

 そこへ、一人の客がDVDを籠に詰めて会計に現れると―――ドラは引き攣った顔となり、現れた人物の姿に目を奪われる。

「げっ!お前は・・・」

「あれ?あなたは確か・・・・・・」

 赤み帯びたショートヘアを靡かせ、ピンクを基調とする服に身を包んだ少女―――愛原佳奈美はつぶらな瞳でドラを見る。

「いつかの幸福王子!」

「愛原佳奈美か!」

「いや~、佳奈美ちゃん!今日もテレビ見たよ。がんばってるみたいだね」

「ありがとうございます。これ、借りてもいいですか?」

 言うと、佳奈美は複数枚のDVDを借りようと籠を台に乗せる。玄は満面の笑みで「勿論いいとも!」と答え、ケースの蓋についたバーコードを読み取って行く。

「いや~、佳奈美ちゃんに見て貰えるなんて。こんなにも嬉しい事は無いね!」

「はぁ!?ちょっと玄さん、あんた何言っちゃってんの?」

 先程おかしなことばかりを口にする玄の物言いに耳を疑いながら、ドラは佳奈美の方もチラチラと見る。佳奈美はドラの方へと顔を向け―――頭の中で考えてから口を開く。

「えっと・・・確かあなたは、TBTのサムライ・ドラさんですよね?」

 佳奈美がおもむろに尋ねる。ドラは苦々しい顔を浮かべ、視線を逸らし答える。

「そうですね・・・・・・」

「そうですが、だろ?そうですねって・・・森田和義アワーじゃないんだから」

 昇流のツッコミに対し、「あれなら3月に終わったでしょう」とドラは言い返す。

「・・・じゃなくて!そんなことはどうでもいいんですよ!こっちは全然納得してないんだから!」

「そ、そうだよ!玄さん、もっこりビデオを出せ―――!」

「アウトレイジは!?スター・ウォーズとかも無くなってたけど!?」

「あ、あの!お二人とも少し落ち着きましょうよ」

 未だ納得のいかない二人は激しく玄を責め立てる。これを見て、佳奈美は興奮する二人を宥めようと口を挟むが―――ドラが凄まじい眼力で威嚇する。

「ガキンチョは黙ってろよ!こちとら見たい映画見れずにイライラしてるんだから!!」

「でも、怒っててもいいことなんてありませんよ。あ、そうだ!これ、あたしのおすすめ映画なんですが、よかったらどうぞ♪」

 そう言って彼女が勧めて来た映画をドラは手に取った。

 真顔で映画のタイトルを見ると、「星になった少年」と書かれ―――インドゾウと日本で初めてゾウ使いになった少年の写真が添えられている。

「ふざけんなぁああああああああああああ!!!」

 売り物であることまるでお構いなし―――ドラは佳奈美が勧めて来た映画のDVDを床に叩きつけ、足の裏で踏みつぶした。

「ああ。ダメですよ、売り物なんですから。ディスクが壊れちゃいますよ」

「うるさいんだよ!オイラを誰だと思ってるんだ!?魔猫が、こんな生ぬるいヒューマンドラマを見ると思ってるのか!?」

「思わねぇな・・・」

 と、小さい声で昇流がつぶやく。

「あなたにとっては生ぬるいのかもしれないけど、あたしはとっても好きなんです。この映画を見ていると、なんだか胸がポカポカしてきて・・・キュンキュンして、愛は人を救うんだって実感できるんです」

「バカ野郎、この映画の結末知ってるか!?最後ゾウ使いの青年死ぬんだよ!!全然愛は人を救ってないだろう!!」

 こうしたドラの反社会的な冷淡で辛辣な反応にも屈せず、佳奈美は絶えず笑顔で呼びかけ―――愛の素晴らしさを分かってもらおうとする。

「佳奈美ちゃん。はいこれ」

 やがて、玄はDVDを袋に詰め佳奈美へと手渡す。「ありがとうございます!」と元気よくお礼の言葉を述べると―――佳奈美は店を出る直前、ドラの方へと笑顔を振りまく。

「じゃ、あたしはこれで!絶対それ見ることをお勧めします!胸がキュンキュンときめくと思いますからっ!!」

 その言葉を最後に店から立ち去った佳奈美。ドラは終始不機嫌な様子で、拳に力を込め―――沸々と湧き上がる怒りを抑えることができなかった。

「胸がキュンキュンするだぁ?・・・・・・・・・魔猫にそんなものは感じ取れねぇんだよ!!バ―――カッ!!」

 

 

小樽市内 北海道立双葉中学校

 

「おはよう、佳奈美!」

「おはようございます。佳奈美ちゃん」

「寧々!明日香!おはようっ!」

 翌朝。登校してきた佳奈美は生徒会の副会長を務める幼馴染みで親友の新川寧々(しんかわねね)と、神無月明日香(かんなづきあすか)に元気よく挨拶。机に座ってもなお、至極ご機嫌な様子で―――その笑顔を周囲に振り撒いている。

「かなりご機嫌な様子だけど、わざわざ聞くまでも無いわね」

「うん!」

「成果は順調のようで、何よりですわ」

「アモール粒子がかなりの範囲で効き始めてるのが、手に取るようにわかるんだ。街の人たちひとりひとりに愛が芽生え始めているのが、この胸に伝わってくる!」

 言うと、佳奈美は目を瞑り胸に手を当てる。

 ドクン・・・ドクン・・・ドクン・・・ドクン・・・

 日本中から伝わる愛の鼓動をその胸で感じ取り、佳奈美はその愛の大きさが日を増すごとに大きくなっていく事を実感しながら、その事にときめいている。

「感じる・・・・・・日本中からキュンキュンした愛の鼓動が!」

 自分たちの理想へとまた一歩近づく度に笑顔となって行く親友の姿に、寧々と明日香も嬉しくなり―――佳奈美に共感を抱く。

「もうじき、佳奈美が理想とする“誰もが幸せになる世界”になるわ」

「寧々。あたしだけじゃなくて、あたしたちみんなの理想だよ!」

「そうですわね。この世界に愛を広げ、争いの無い平和な世界を作り上げる―――アモール従士団たる私たち共通の願いですもの」

「ところで、まなみと陽菜ちゃんは?」

 佳奈美が周りを見渡し、教室にいない二人の友人を探していると―――

 バタン!

 教室の扉が勢いよく開かれ、遅れて現れたのが三人と志を同じくするアモール従士団の少女、池澤まなみと小川陽菜(おがわひな)の二人だった。

「佳奈美!やったわ!!」

「ついに手に入りましたわ!」

「手に入ったって・・・・・・まさか!!」

 やや息を上げながら言って来たまなみと陽菜の言葉に、ある確信を抱いた佳奈美は机から立ち上がり、強い期待を内包した強い眼力で二人を見つめる。

 まなみと陽菜は佳奈美と面と向き合い―――呼吸を整えてから口を開く。

「タイムマシンが手に入ったわ。これで、例の計画を実行できる!!」

「色々と骨が折れましたが、ベストを尽くしましたわ!!」

「そっか・・・・・・ついに、この時が来たんだね」

 報告を受けると、佳奈美は安堵し表情を和らげる。寧々と明日香もそれに便乗し深いため息を漏らす。そして、自分たちを引っ張る存在―――愛原佳奈美に向けて力強く助言する。

「この時間での実験で、概ねの収穫は得られたわ。善は急げよ、佳奈美!」

「愛の力で、この世界―――地球を救いましょう!」

「うん。きっと大丈夫、あたしたちならできるよね」

 そう言った直後―――佳奈美は幼い頃の記憶を思い出す。

 

 

 ドガーン。ドドドドド。ドドドドド。

 銃声と轟音がひっきりなしに聞こえる戦場。元々は平穏な民家が集まる場所だった。

 ドガーン。ドドドドド。ドドドドド。

 しかし、ある日を境に凄惨な戦争へと突入し、街は一夜にして炎に包まれた。

 ドガーン。ドドドドド。ドドドドド。

 当時の出来事を鮮明に脳裏に焼き付けている佳奈美は、胸元に入れてあったロケットを取り出す。

 平和だった当時―――戦争で生き別れる前に撮った最後の家族の肖像。彼女の父と母は戦争の犠牲となって死に、生き残った佳奈美は寧々たちを伴いこの世界へと逃れた。

 父母の手に抱かれる幼い頃の自分を見つめながら、一滴の涙を流すと―――佳奈美はロケットを強く握りしめ、寧々たちにはっきりと告げる。

「みんなが幸せになれる世界を実現するために、あたしたちが今為すべきことはひとつ――――――この世から戦いを終わらせよう!!」

 

 

TBT本部 食堂

 

『消費税増税まで残り1週間。前回NSSが行った世論調査では、“消費税の増税に賛成だ”と答えた割合は100パーセント。“消費税の増税に反対だ”と答えたのは0パーセントになり、街の人々から以下のような声を上げています』

 食堂で昼食を食べながら、ドラたちは他の局員に交じってテレビ画面に注目する。

 報道フロアから映像が切り替わり、街頭で取材を受けた人たちの率直な声がドラたちの耳に届く。

『政府が決定した事ですからね。日本の将来を考えると、消費税の増税は英断だったと思いますよ』

『家計が苦しくなるのは仕方がない事ですが、私たちはみんなが幸せになる未来を作っていかなければいけないんです!』

『今まで105円で買えてたおやつが108円に値上げされても、みんなが幸せになるならぼくはガマンします!』

 口々に“みんなが幸せになる”という言葉を口にする街の人々の言葉に、ドラたちは耳を疑い唖然とする。

 テレビから伝わる情報が報道番組による性質の悪い虚偽だと本気で信じたいと思ったが、周りの人間がテレビから伝わる情報を当然のことの様に受け入れているため―――違和感を覚えている自分たちの方が異常なのかと、本気で疑った。

「やっぱり変だわ。なんかの洗脳を受けてるみたいに、みんなしておかしいもん!」

「そういえば、誰しもが『みんなが幸せになれる社会』って言ってますね」

「このフレーズ・・・どっかで聞いたことねぇか?」

 食事の手を止め、全員が真剣に考え込む。

 と、そのとき―――駱太郎があることを思い出す。

「そうか。あの嬢ちゃんだ!」

 

『あたしは、みんなが幸せになれる世界であってほしい』

 

 以前、無差別殺人を引き起こした通り魔を逮捕した際、テレビ画面で愛原佳奈美はマスメディアを通して日本中にそのような言葉を口にし―――その後も、テレビに顔を見せるごとにその部分を強調していた。

「愛原佳奈美が?」

「言われてみれば、テレビでしょっちゅうそんなこと言ってたよな」

「インタビューを受けると、サブリミナル的に『みんなが幸せになれる世界』って言葉を言っていました」

「幸福王子教の信者たちも、その手の言葉をしょっちゅうネットに書き綴ってるみたいだしな・・・」

「どうやら、この違和感の正体が何なのか・・・・・・突き止める必要が出て来たな」

 自分たちだけが違和感を抱くことへの不信感、愛原佳奈美への不信感、そうしたありとあらゆる不信感を抱きながら、ドラは早々にカレーを食べ終えると―――携帯電話を取り出す。

 プルルルル・・・・・・ガチャ。

「もしもし?時野谷、お前に調べて欲しい事があるんだ。『愛原佳奈美』に関する事すべて―――日常の些細なことから友だち関係、その友だちのことも事細かく!大至急だ!!」

 時野谷に協力を仰ぎ、愛原佳奈美の正体に迫ろうとするドラ。僅かな焦り不安を掲げる彼だったが―――そのとき、何の前触れもなく正体不明の違和感がより一層強く具現化する。

 

 ガタン・・・・・・

 

 昇流を始め、食堂にいた職員が次々と倒れ出し―――動かなくなった。

「なんだ?」

「どうしたんですか?」

 ドラたちが憂慮する中、昇流や職員はことごとく寝息を立てている。

「ね、寝てる・・・?」

「おいおい。長官、まだ夜には早ぇぞ」

「まさか・・・・・・」

 強い不安に駆られると、ドラは食堂を飛び出し他の部署へと急いだ。

ドラの不安は的中した。食堂だけではなく、他の場所でも同様の現象が起こっており―――全員が原因不明の病に犯されたが如く、深い眠りに陥っている。

 鋼鉄の絆(アイアンハーツ)を除いた人間が活動を停止し眠りに陥るという摩訶不思議な出来事に、六人は絶句し開いた口が塞がらない。

「なんで・・・・・・こんなことに?」

「兄貴。どう思いますか?」

「どうって・・・・・・異常事態だってことは火を見るより明らかだ」

「街の様子が気になる。外に出てみよう」

 本部の異常を見たドラたちは、建物の外へと出てみることにした。結果は言うまでもなく、街中の人間が眠りにつき―――人間らしい活動を完全に停止している。

「やっぱり。みな眠ってしまっている」

「嫌な予感しかしねぇ。まるで、世界が終っちまうような・・・・・・」

「でも、みんな寝てるだけなんだし・・・・・・起こせばいいんじゃねぇの?」

 素朴な疑問をぶつける駱太郎。そこで、ドラは試しに寝ている人間を適当に持ち上げ、マシンガンの如く強烈な往復ビンタを顔面に叩き込んだ。

 バチバチバチバチバチ!!!

 しかし、どんなに強く叩かれても起きる気配は一切なく-――逆に虚しさが募った。

「ダメだ。全然起きない」

「起きたら起きたで、さぞかし痛いんだろうな・・・」

 秘かに往復ビンタを受けた人間を気の毒に思う写ノ神だが、「時野谷は!?」という幸吉郎の言葉を聞いて我に返る。

 慌てて時野谷の店へと向かったドラたち。店に到着すると、時野谷もまたパソコンで調べ物をしている途中で力尽き―――深い眠りに堕ちていた。

「あちゃ~。こいつもだよ!」

「遅かったか・・・おい、起きろオーナーシェフ!調べ物はどうするんだよ!?」

 体をいくら揺すっても眠りに堕ちた彼は起きる気配はおろか、それを拒むかのように大きな鼾をかき続ける。

 そのとき、茜はパソコン画面に表示されているとあるデータを発見し―――目の色を変える。

「これを見てください!」

「ん?」

 彼らが発見した衝撃のデータ。だがそれを見たからこそ、ドラは頭の中で引っかかっていた違和感の正体を突き止め、ある確信を抱くことができた。

 

 

時間軸7万年前 後期更新世中国大陸

 

 地球全体が氷河に覆われ、氷期に伴う氷床の拡大・縮小による海水準変動に伴って、海岸線の位置が移動していた時代―――タイムマシンを入手したアモール従士団の五人は原始人が出現したこの時代を起点に、世界中に特別な粒子をばら撒き始めた。

 防護服に身を包んだ彼らは空へと舞い上がり、手と手を繋ぎ合い、力を高め合う。

 背中に生えた翼を神々しく輝かせると―――そこから淡い光の粒子を周りへと放出する。

 その粒子は周りの原始人の中枢神経に作用し、極度のリラックス状態を作り出す。それによって原始人は野蛮な行動―――摂食行為に基づく狩猟を止め、周りの命を慈しみ合いながら戦いによる利益の享受から、譲り合いによる利益の享受へと考えを改める。

 木の実や野草を集め、それを食べるかたわら、自らの手で農地を開拓しようという試みを促す―――佳奈美は理想の追求のために自らの存在を懸け、この不可思議な力を内包した粒子を周りへ巻き続ける。

(争いの無い、みんなが幸せになれる世界――――――それがあたしたちが目指す理想の世界。だから・・・そのために人間の記憶から“戦い”を抹消するんだ)

 

 ボッ!!

 

 刹那、どこからともなく火球が飛んでくる。

「!!」

 驚いた佳奈美は作業を中断し、火球を避ける。

「何ですの!?」

「誰がこんなことを?」

 自分たちが最も憎み、恐れていた“敵意”という感情があからさまに向けられ―――動揺を隠しきれないアモール従士団。

 そのとき、崖の方に現れた六人の人影が目に留まり―――砂ぼこりに隠れながら、先頭の一体が口を開く。

「ただの中学生じゃないとは思っていたけど、随分と始末の悪いガキであることには変わりなかったな」

「あなたたちは・・・・・・!」

 佳奈美は目を見開き驚愕する。

 敵意の正体は、佳奈美たちが知る中で最も極端に攻撃的で理不尽な言動が目立つ魔猫と、それに随行する五人の仲間たち―――鋼鉄の絆(アイアンハーツ)のメンバーだった。

 

 

 

 

 

 

ドラさん語録~サムライ・ドラが残した語録集~

 

その15:とにかく得して生きていきたいと思うのは至極真っ当な精神だろ!?

 

損得を考えたら誰だって得したいと思うだろう。だから、目先の得に心奪われるのは仕方のない事。急がば回れ、最終的に先々の事を考えて行動出来ればいいだろう。(第11話)

 

おまけ:言わせて!!消費税増税

*これからの十数行は、作者の考えに基づくドラの個人的な意見です。

 

ド「消費税の増税は仕方ないとして、缶ジュースが120円から130円に上がるのはおかしいと思う!!理由は聞いたよ。便乗値上げになるのを避けるためらしいけどさ、そんな風に言われて納得できるか!!これこそリアルな理不尽だよ!!」

 

以上!!




次回予告

ド「みんなが幸せになる未来・・・それを実現させるために争いを排除しようとするアモール従士団と、その狂言を止めようとする鋼鉄の絆(アイアンハーツ)」
「人にとっての幸せとは何か?幸福王子の独善的な幸せ論を断固オイラは否定する!!」
「次回、『みんなが幸せになる方法』。ちなみにオイラの幸せはね・・・仕事しないで朝から酒飲んで寝る事かな」

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。