SUSANOWO麻雀紀行   作:Soul Pride

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「……はぁ」

「何だ京太郎。まだ落ち込んでやがるのか」

 

 弘世命に車で送られた場所は、事前に予約をしておいた、宿泊施設として使うビジネスホテル。

 シャワーも浴び、夕食も食べて寝るばっかりになって、二人はベッドで寝転がっていた。

 そして京太郎は、未だに落ち込んでいた。その原因は信一も察している。

 

「だってさぁ……あれが男って反則だろう!?本気で惚れかけたよマジで!」

「命を初対面のヤツの反応って面白いからよー、飽きないんだ。今じゃ全国規模で顔割れてるからそういう反応はレアなんだ。許せ」

 

 自分がまるで悪いと思っていない態度の信一に、京太郎は力が抜けてしまう。

 

「……有名人?弘世さんって」

「高校麻雀で有名な弘世っていうのは二人いる。その片割れが命だ」

「どんな人なんですか?」

「超が頭に付く人たらし」

 

 それだけ言い切って、信一は続ける。

 

「全国から猛者という猛者が集まってるのが東征大だ。当然、個性っつーかキャラがどいつもこいつも濃い」

「ああ、何か予想がつくかも」

 

 その道の一流になれば、個性やキャラクターが強くなる。特に麻雀という競技は、個人の性格が出やすいものだ。

 実力は高いが、アクが強い。そんな人物は想像つきやすい。

 特に、京太郎の視線の先にいる人物が代表例だ。

 

「…………」

「……なんだよ」

「いや、別に」

 

 京太郎は何か言いたそうにじっと信一を睨んでいたが、何でもないと流した。

 

「ま、そういう奴らを命は束ねてる。リーダーシップっていうか、カリスマっていうか、指導者としては文句の言いようがないくらい優秀だ」

「へぇー」

「……何でそんな物珍しそうな顔してんだよ」

「……いや、先輩が俺以外にそんなにべた褒めしてるの初めて見たので」

 

 出逢った時から。信一は京太郎を持ち上げていた。というより、探し求めた原石との遭遇に、喜びに打ち震えていたと言っていい。

 初心者といえど、決して見下さない。むしろ対等で、先人らしく導こうとしている。

 しかしながら、咲や和などの実力者たちにはあまり友好的な態度をとっていない。ある程度の実力があることを認めてはいるものの、次元が隔てた、決して手が届かない領域にいる者として線を引いている。

 裏レートの雀荘で卓を囲んだ黒ずくめでさえ、強者と認めてはいるものの、対局すれば必ず勝つという確信……悪い言い方をすれば、見下した視線はなくなっていなかった。

 そして今日、初めて命と出逢った時に。信一の彼に対しての視線は対等のものを見る視線であった。

 京太郎と、それ以外との扱いの差。ようやく初めて、信一が認める本物と出逢えた気がしたのだ。

 

「伊達に一年の頃から部長張ってねえぞ、アイツは」

「へっ?」

「命が東征大に入る条件として、部長と監督の役職を要求したんだよ。ぶっ飛んでるだろ?」

「いや、それって……」

 

 入ったばかりの下級生が部長を名乗る。そんなことになれば、周囲との不和を呼ぶだけだ。部外者の京太郎であっても察せられることだ。

 ギリギリ部としての体裁を保っている清澄の麻雀部ですら、三年の久が部長を務めている。最も実力のある、咲ではなく。つまり、部長職というのは実力だけでは成り立たないものなのだ。

 ましては、音に聞こえた超名門、東征大付属。部員の数は500人以上。一年生が執り行えるようなものではないと目に見えている。

 

「上級生が反発とかしなかったとか?したさ。けど実力と指導で黙らせた」

 

 実力で黙らせる、というのは京太郎にもわかる。前に信一が清澄の部室でやったような、アレと同じようなことをしたのだろう。

 しかし、指導で黙らせるというのはわからなかった。

 安直で考え付くのは、暴力によるもの──シゴキであろうか。

 あの穏やかな顔で、竹刀を片手に振るう。想像として浮かんだだけで、ぞっとする恐怖だった。

 

「指導で黙らせるって、相撲部屋のシゴキみたいな……」

「昨今のPTAとモンペがうざったい今で、超名門校の文化系の部活でそんなことやってみろ。週刊誌と新聞の目玉記事にされた挙句、速攻廃部だ」

「で、ですよねー」

「もっとエグイことやった」

「ファッ!?」

 

 思わず変な声が出てしまう。

 もっとエグイこと。京太郎には、想像もつかない。

 

「ま、京太郎にはダメージは少ないから語れるけどさ。聞くヤツが聞けば、マジで震えるしな」

「き、聞く人によってダメージが違う話ですか?」

「おう。特に──」

 

 一呼吸置いて、信一は話を続けた。

 

「麻雀に長く時間を費やしたヤツ──プロとかにはな。東征大の連中にも、この話は禁句だからよく覚えとけ」

 

 コクリと、京太郎は頷いた。

 これから世話になるところの、触れてはいけないもの。知らないよりは、知っておいた方がいい。

 

「まず最初に、アイツは当時の部員全員と対局。全員ハコにした」

「すごっ!?」

「まだ序の口だ。部長と監督に就かせろっていう命の要求の、学校が出した条件をクリアしただけだからな」

「……まあ、先輩なら同じようなことも出来ますよね」

「時間はかかるな。俺がやったら一日かかるかどうかだが……アイツは、同時に四つの卓で対局してたからな。半日もかからず終わったらしいぞ」

「超人か何かっすか。弘世さんって」

「これくらいで驚くなよ。命が本当に怖いのは、こっからだよ」

 

 麻雀が意味がわからないくらい強いのは、信一の力を見てわかりきっている。その同類である命も同じだけのこと。

 しかし、弘世命の真骨頂はここから。

 

「入学後、アイツは部長と監督に就任こそしたがすぐさま現部員とOB連、後援会から不信任案が提出された。力があるのは認めても、エリートの矜持は折られてなかった。まあ、当然だ」

「強いものに従え、っていうわけにはいきませんもんね。動物と違って」

 

 弱肉強食の、自然の掟にそのまま従えるほど人間は潔くない。京太郎も、暴力で従えと言われたら反抗したくなる。

 

「そしてそれが、そいつらにとっての最大の不幸だったってわけだ」

 

 東征大に在籍しているのは、中学時代に名を馳せた全国区のエリート。そして、インターハイで輝かしい実績を残している上級生たち。実績が違う、積み上げてきたものが違う。それを築いてきたプライドは、折れたりはしていない。

 支え(プライド)がある限り、力に屈したりはしない。どれだけ命に負けようとも、積み上げた伝統というものが立ち塞がった。

 それを当時の命はわかりきっており。そしてそれが、何よりも邪魔だった。

 

「命は、不信任案を出した全員に言ったよ。東征大歴代最強のメンバーを揃えて、戦いましょうってね」

「歴代の最強メンバー……」

「当時、男子プロの四割が東征大出身って言われててな。かき集められた歴代最強チームって、言ってしまえば、ちょっとしたドリームチームだ。それこそ日本代表にだって引けを取らん。現役のタイトルホルダーだって何人もいた」

「まさに、東征大の歴史そのものってヤツですか」

「まあな。しかし同じように力でねじ伏せても、大して意味がないのは命もわかっていた」

 

 ここからが、アイツの本当に怖いところと信一は念を押す。

 あの美貌、あの容姿、あの穏やかそうに見える気性から、決して見えることのない容赦の無さがそこにある。

 

「勝負内容はインハイの団体戦と同じ五人でやるルール。命は一人で五戦をこなす予定だった」

「……だった?」

「こともあろうに、命は自分の代理を立てた。一週間前まで、麻雀のマの字も知らない初心者の小学生をな」

「……は?」

 

 思わず呆けた声が出てしまう。

 トッププロたちが押し寄せてきているのに、代理を立てた。しかもその代理が初心者の小学生。

 京太郎は一瞬、信一が何を言っているのかがわからなかった。

 

命が一週間指導した(●●●●●●●●●)、小学生だ。小遣いにつられた近所の小学生らしいぜ」

「い、いやいやいや。一週間じゃ……何教えたって付け焼刃もいいとこじゃないですか」

 

 事実、京太郎は初心者の苦悩を味わってきた。経験者を相手にするのは、辛いものがあるのを痛いほど知っている。

 

「そう思うだろ?俺もバカなって思った」

「あ、思ったんだ」

「まあな。けどよ、俺はその時、命の得意分野を知らなかっただけだった」

 

 弘世命の、その本質。耳にした当時は、親友の信一ですら知らなかったもの。

 

 

 

 

 

「────その小学生は先鋒戦で、対等の条件でプロを相手に、ハコにして勝った。団体戦の持ち点、十万点をだ」

 

 

 

 

 選手として、雀士として、超一流。それは激戦を繰り広げた卓を囲んだ仲。言われずとも知っていた。

 しかしそれ以上に。指導者としての才能は、雀士としての力量をはるかに超えたものだった。

 

「嘘!?」

「嘘じゃない。記録に残ってるから、本当なんだ」

 

 故に嘘でも虚言でも与太話でもない。証拠が残っている以上、それは真実として語られている。

 プロは決して弱くない。プロ選手としてチームと契約し、勝つことに専念して麻雀をやっている。弱いわけがないのだ。

 それが、たった一週間練習した小学生にハコにされる。どんな衝撃なのか、計り知れない。

 京太郎は、震えが止まらない。これが弘世命。これが今の東征大。

 経験が薄い京太郎でさえ、コレなのだ。この話を、麻雀に長く時間を費やした人たち……特に、プロが聞けばどうなってしまうのか。

 

「その小学生は、勝った直後にこんなことを言ったよ。『麻雀って、こんなに簡単なんだね。だって一週間でプロに勝てるんだもん』ってさ。怖いよな、子供の無邪気さって」

「その後は、どうなったんだ?」

「対局したプロは間もなく引退。OB連も後援会も部員たちも、アイツの指導能力の高さを認めざるを得なくて部長と監督職の兼任を認可。そんで命の人柄(カリスマ)に触れて、今に至るってわけさ」

 

 その場にいただろう東征大に関わった面々は、命によってプライドをへし折られたのだ。

 今まで築いてきた伝統、積み上げてきた栄光、揺らぐことのない最強の証明……それらを、命自身が手を下すことなく、砕いたのだ。

 結果。命自身の実力ではなく、命が持つ育成能力の高さがこれ以上なく証明された。

 

「その、小学生は?大会とかで活躍してたりすんのか?」

「もう二度と牌を触ってないらしいぞ。飽きたらしい」

「飽き、た……」

 

 開いた口が塞がらない。

 プロになるまで、どれだけの時間を麻雀にかけたのだろう。プロになってから、どれだけの時間を麻雀に費やしてきたのだろう。途方もない時間だということは、京太郎にもわかる。

 しかしそのプロ生命を、容赦なく絶たされた。しかも絶った本人は飽きたという理由で牌にも触っていない。

 怒りよりも、悲しみよりも。やるせなさが残る。

 

「……アイツが本気で指導するとな。どんな奴だってあっという間に最強の雀士にさせちまう。それこそ、俺らと渡り合うことだって出来る」

「じゃ、俺がいる意味ないじゃないですか」

 

 そんな力があるのなら、彼らが求めるものが須賀京太郎である必要がなくなってしまう。

 誰でもいい。強くなりたい雀士に、そう声をかけてしまえばそれで終わりなのだ。

 

「いーや、お前じゃなきゃダメだ」

「な、何で……」

「俺の、俺たちの言う、資質(●●)ってのはな。どんだけ麻雀に夢中になってるか、そういうもんなんだよ。京太郎、お前の持ってるソレはな、俺らの誰もが羨むくらいあるんだ」

 

 信一は、語った。才能と資質は違うと。

 才能はいくらでも後付がきく。しかし、資質に関して言えばそうはいかない。

 麻雀がどれだけ好きか。麻雀をどれだけ愛しているか。麻雀にどれだけ執着しているのか。

 京太郎の資質は、とび抜けたものを持っている。それこそ、信一が羨むほどに。

 あの、初めて出遭った時に。辞めたくないと叫んでいた、あの燻った炎のニオイを感じさせるほどのもの。

 信一は、その想いの強さに。京太郎の麻雀に対する愛に、嫉妬すら覚えた。

 

資質(あい)がなくて簡単に強くなっちまうとな。呆気ないくらい飽くもんだ」

「……そう、なのか?」

「スライム一回倒して、チート使って簡単にレベルマックス。最初の内は無双して楽しいかもしれないがな、虚しくなってつまんなくなっちまう」

 

 信一の例え話に得心する。

 命の指導というのは、まさにその通り、チートと同じなのだ。

 時間を長く費やすというのは、そのまま愛着となる。あっさり強くなってしまったら、底が見えた気になるのは必然だ。

 

「俺も、アイツ(●●●)も。あのインターミドルの決勝卓で当たってなかったら麻雀辞めてた。俺も、降って湧いた力を使ってたからな」

 

 だからこそ、信一は才能よりも資質が大事だと知っている。

 勝った負けたより、楽しんだかどうか。それこそが重要なのだ。

 麻雀は、所詮娯楽。全力で楽しんだ者が、誰よりも勝利者なのだと知っている。

 

「……怖い人なんですね、弘世さん」

 

 弘世命という人物の一端を知るエピソードを聞いて、京太郎は慄いた。あの優しげな顔に、自分はまんまと騙されていたと思い込む。

 

「命は優しすぎるくらい優しいっつの。言ったろ、超が付くくらいの人たらしって。優しいからこそ、人の心を抉る方法にも長けてるって話さ」

 

 怖いってのは同感だが、と信一は遠くを見るように何かを思い出していた。

 多分、昔に命に何かをやったんだろうと京太郎は納得していた。

 

「じゃあ、なんで弘世さんはそんなに部長に執着したんですか?」

 

 ただ入学するだけなら、そんなに大事になることはなかった。歴代の東征大の面々と対峙することも、トッププロ選手のプロ生命を絶つこともなかった。

 京太郎には、そこが腑に落ちない。

 

「決まってるだろ。お前を探すためさ」

「……え」

「部長職・監督職はスカウトの権限を持ってる。資質があるヤツを、東征大に招きたかったんだ」

 

 有名・無名問わず。命は資質に優れた雀士を探し続けていた。

 超名門校が得られる情報量、それこそが東征大に命が入学した理由だった。

 信一も、そして他の三人も。資質に恵まれた者を見つけるのは、命だと思うほどだった。

 結局は、信一が京太郎を見つけたが。それでも東征大(ここ)へ頼ることになった。

 それだけでも、東征大にいる意味にはなったと彼は思っている。

 

「麻雀を楽しめ、京太郎。お前の楽しみ方を、お前が見つけ出せ」

 

 麻雀で何がしたいのかを、自分で見つけ出せ。その言葉を、京太郎は胸に刻んだ。

 今は、強くなりたい。勝ちたい。そう、心が叫んでいる。

 

「俺たちは、その一助になる」

 

 先人として、力になる。

 信一は、京太郎にそう言った。

 

「……俺も、先輩たちの力になりますよ」

「そう、言ってくれるか」

「当たり前です」

 

 ただ頼るだけというのは、京太郎にとっても気持ちが悪い。

 受けた恩は、それ以上に返したい。

 力になってくれた以上は、それ以上に力になりたい。

 

「……その言葉だけで、救われたよ。良い夢を見れそうだ、今夜は」

 

 出逢えたのが、京太郎で良かった。身に染みるほど、信一は感謝に震えていた。

 今までやってきたことは無駄ではなかった。徒に時間を費やしてきたわけではなかった。

 はじめて、報われた気がした。

 

「もう、寝る。おやすみ、京太郎」

 

 後輩に、涙を見せたくないために布団に潜る。

 ──ああ、本当に。今夜は、良い夜だ。


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