SUSANOWO麻雀紀行   作:Soul Pride

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 ──インターハイ長野予選、男子個人戦は支配領域の奪い合いである。

 弘世命、能海治也、白水浬……この化物の三人は、共通してこの個人戦がそういう様相になると思っている。

 そして同じく、この大会に出場している、公式戦経験のある化物、佐河信一も同じことを考えているだろう。唯一この会場に居る化物級で気づいていないのは、ただ一人……公式戦経験のない須賀京太郎だけである。

 

「あの……どういうことですか?支配の奪い合いって……」

 

 観戦室で。信一の応援に来た六女仙の巫女たちと姫は、彼と京太郎の麻雀が目的で長野まで来た治也と命と浬とで、行動を共にしていた。

 あの信一が、同格と認めた親友(とも)たちだ。神を下して従わせる、人智を超えた力を持つ彼が、常勝出来ない相手だと認めた化物(にんげん)だ。あの『怪物』の対等な宿敵であり、対等な同朋であり、互いに尊敬し合っている憧れである。

 彼女たちの知らない信一を、彼らは知っているのだ。地元で畏怖と畏敬の存在とされる信一に、対等な友達などいなくなってしまっていた。幼馴染たる六女仙(わたしたち)でさえそうなっていたのだ。

 ───気になるし、知りたい。奉らわれる神よりも畏れられる彼ではなく、肩を組んで並べられる彼らの悪友たる佐河信一としての彼を……。

 

「ああ、神代さん……かな。永水女子の」

「は、はい」

「有名人だからね、君は」

「え、ええ……」

 

 浬が言えば、皮肉にしか聞こえない。国際規模で活躍する麻雀男子プロ選手としての彼の名声は、インターハイで活躍する女子選手とは比較対象にさえならない。

 ……そもそも、この一団はかなり目立っていた。

 巫女服を着用する見た目麗しい美少女たちと、レディーススーツがこれ以上なく似合う長身の麗人、白髪褐色肌の白衣の青年と、彼らの保護者的立場であろうサングラスの怪しい男だ。

 もし、彼らの正体が露見してしまったら、会場内は騒然となるだろう。昨年のインターハイで暴れた女子選手と、男子インターハイ最強校の長、現在での男子プロで最強だろう二人が、ここに居るのだから。

 

「教えてー、浬せんせー」

「……お前がそれを言うか命」

「こう言えば、浬先輩は断らないってあの子たちは言ってたわ」

「それを言わんでも説明してやるっての。支配の奪い合いについてか。特に難しい話でもないし」

 

 パチパチと、わざとらしい命の拍手で迎えられた。それにつられて、小蒔もまた拍手をする。

 突如として立ち上がった新コーナー『教えて、浬せんせー!』。常人には理解しがたい化物どもの常識を、化物と常人の境を行き来する浬先生が、常人の目線で解説する企画である。以上、説明終わり。

 

「問一。君たちは、個人戦と団体戦の違いって、何かわかる?」

「ええっと……やっぱり、チームで打つのと一人で打つことでしょうか」

「うん、そうだね。それに伴って団体戦に合わせたルール改定がある。十万点制とか、ウマ無しオカ無しとか。……では、学校(チーム)を一個人として見立てた場合は?」

 

 永水女子の五人で構成された一チームを、一人の選手として見るのならば。五人で一選手という観点から見た場合、団体戦と個人戦での違いとは、何であるのか。

 

「……トーナメント戦とリーグ戦の違い?」

「正解」

 

 滝見春の解答に、花丸を付けて返す。

 団体戦と個人戦の違いとは、トーナメント戦とリーグ戦の違いである。それが、最大の差異。

 参加者人数の違いもあり、参加人数の多い個人戦においては、急ピッチで行うことが出来る東風戦に限定される。しかも、それを負けたら終わりのトーナメント戦で行おうとすれば、実力者を選別しようとする予選の意義に沿うことは無い。

 長野県下で麻雀が強い高校生を選別するのが予選の目的であり、東風戦が強い高校生を選別するのが目的ではないのだ。

 

「つまり……負けが許される……いや、正しくは負けたら打たされる(●●●●●●●●●)ってことだな」

 

 公平さを期すためのリーグ戦であり、許容できる範囲であれば負けても上を目指すことが出来る。

 リーグ戦において、負けは負けではない。……通常であったならば。

 ……そこに、化物という常識外の存在を二体以上放り込んだ瞬間、別のゲームと化す。

 

「……ほれ、丁度信一の試合が終わったぞ」

 

 映像に映るは、呆然と卓を見る三人と、対局を蹂躙した『怪物』が去っていく様子であった。

 卓を見るに、信一が国士無双を和了したようだった。いつものことである。

 結果は三者トビのAトップ。これもまた、いつものことでこの中では誰も驚かない。

 

「……特に、何か変化があったようには見えませんが……?」

「ああ、表面上はね。……だが断言する。さっき打ったあの三人は全員、既に信一の支配下だ」

 

 えっ、と彼女たちは呆気に取られた。

 信一は特に何か術を使ったようには見えなかった。無論、系統を同じくする彼女たちであっても、彼の術を察知することは非常に困難なことなのだが。洗脳や憑依といった他者を操るような大掛かりなものであれば、違和感を感じ取るくらいは容易いのだ。

 

「別に思考や心を操るわけじゃない。操るのはたった一つでいい」

「それは……」

「有体に言えば、未来を操っている」

 

 さらりと、浬は言った。未来を操るなど、荒唐無稽な戯言にしか聞こえないが、信一や彼らであれば出来ても不思議ではない。

 

「不確定の事象を、確定させることに俺たちは特化している。ましては一度負かした相手の未来を捻じ曲げるなんざ訳もないさ」

 

 彼らにとって、麻雀とは。わからない未来を、己の思うがままの未来に確定する競技である。麻雀の配牌やツモといった不確定要素を決してわからないままにはしない。それは、一度戦って負かした相手の、次の勝敗にも干渉する。

 敗北で意気消沈して出来た心の隙に付けこみ、自分の支配下に置く。己の望む結果になるように操る。それを対局の度に繰り返し、己の配下を着々と増やしていって勝敗と点数(スコア)をコントロールし、万全な形で勝ち上がっていく。

 化物たち故、相手が化物または化物に伍する者でない限りは敗北はない。そのために、性質が悪い。

 

「じゃんけん列車って、子供の時分にやったことある?」

「あの、じゃんけんをして負けた方が勝った方の後ろに付いて並ぶ……アレですか?」

「そう。原理はだいたいアレ」

 

 明解な例えを出され、彼女たちは納得する。なるほど、一度でも負けてしまったら、参加はしているのに進路方向は自分で決めることが出来ない。こうなってしまっては、打つというより、打たされると言った方が確かに正しい。

 だが、この個人戦とじゃんけん列車が違う点は。ほぼ無条件で信一に敗北し、信一以外は他者を支配する術を持たないということだ。為す術なく信一の支配の毒は感染していき、止まることはない。

 化物が大会で打つということは、そういう意味だ。妥協も容赦もない、勝利すべく徹底する。

 

「俺たちは、偶然や運に決して甘えない。不確定要素に頼るなんて怖いこと、絶対にしないね」

 

 運に任せた時点で、負けも同然。試合で勝ったとしても、勝負で勝ったとは思わない。

 ……それが、化物たちの戦い。完璧に近いが故に、完璧でないが故に……完璧であろうとする者たちの麻雀である。

 化物と呼ばれる者たちは、運を支配下に置く程の、強大過ぎる力を持つだけで化物と呼ばれるわけではない。常に高みへ、常に上を見続ける飽くなき向上心を兼ね備えるが為に、そう呼ばれるのだ。

 彼女たちは、彼女たちが信じる最強である信一が、彼らを己と同格を認める理由が、ここでやっと理解した。

 不可能を不可能と思わない、強固な意思の力。単独で祈りの集合体たる神を倒すほどに練り上げられた一個の意思は、才能を持つだけでは決して得られない。

 彼らは自分たちとは世界が違う。自分たちの神と対峙できる才も無ければ立場もない。だがそれでも……もし対峙したのなら、誰もが神を容易く捻じ伏せる程のポテンシャルを持っている。

 

「……京太郎の方も終わったな」

「公式戦は初めてなのよね?練習で打つのとは空気が違うから、大丈夫かしら」

 

 

 

 

 

「嶺上、ツモ」

 

 {九}{九}{九}{1}{1}{1}{9}{9}{9}{東} {東}

 

 {裏}{一}{一}{裏}

 

「四暗刻、16000オール」

 

 須賀京太郎、公式戦デビュー戦。その最初の和了は、配牌からの嶺上開花……一人遊び(ソリティア)による親の役満ツモだった。

 化物級にのみ許される、天和あるいは嶺上開花を併用した擬似天和。誰にも和了させないがために、誰にも牌をツモらせず、誰にも牌を切らせない。ただ一人、牌を動かして和了し続ける。麻雀における突き詰めた先の究極で、絶技。自分と相手の間に圧倒的実力差がなければ成立しない神業である。

 本来ならば、京太郎は一人遊び(ソリティア)を使うつもりは無かった。一人遊び(ソリティア)は実戦の中で使える技ではないのだ。圧倒的な実力差が成立した上で、緻密な支配能力が要求される、繊細なものであり、元来は魅せ技に分類される。

 にも関わらず、京太郎がこのタイミングで一人遊び(ソリティア)による役満和了を行った理由が存在する。

 圧倒的実力差を示すためではなく、華々しい戦績を飾りたいがためでもない。これは叱咤であり、激励であり……彼らを鼓舞させるためのものであった。

 卓を囲い、彼らを見渡した京太郎は危惧を抱いた。このままでは拙い。自分だけではなく、彼らも危険な目に遭ってしまう……。理屈ではなく、完全な勘からのものだが、その直感は正しいものであった。

 別の対局室から届いた、信一の波濤。その力強さは、一週間前にて出会った時と比べてさらに強くなっていた。

 佐河信一の『怪物』の異名に違わず……彼はこの大会で選手たちを食い散らかすように暴威を揮うだろう。食う度に力を増していき、屍の山を築くのは想像に難くない。

 つまり、京太郎はこの和了でこう言いたいのだ。──貴様ら、腑抜けたままだと俺が(とば)すぞ。

 厳しく残酷で、同時に慈悲深い。真剣勝負の場で、ここまでする義理は存在しないが、最後は皆が笑える麻雀にするのが、京太郎の麻雀の勝利である。そこに、妥協は存在しない。

 その甲斐はあったようで……彼ら全員の目に、火が灯った。

 想像を超えた先に居る、悪夢の権化のような相手。彼らには京太郎が、そう映ったに違いない。いきなりの役満和了は、狙ったものであると強くわからせた。そういう相手と、対峙しているのだ。

 だが、どうしてか。内から湧き上がる、熱い何かは。今までに出遭ったことのない化物に対し、諦めよりずっと強く、勝ちたいという想いが勝っている。

 一瞬の、役満和了。この動きが、あまりにも綺麗で見惚れてしまった。目に焼き付いて、離れない。

 男の、生まれついてある心の中の火が。長く、眠っていただろう熱が。須賀京太郎という灼熱に当てられて、目を覚ましてしまった。

 役満を和了して、得意気な顔を浮かべている。ああ、ひどく腹が立つ。そのニヤけ面が苛立ってしょうがない。

 この卓を囲んだ初対面同士。共通する想いはただ一つ。────須賀京太郎(こいつ)を倒す。俺が倒す。誰かじゃなく、俺が倒す。邪魔するならコイツらも倒す。

 途端に、対局室がピリついた雰囲気になった。敵愾心を隠さず、点差を点差と思わず、京太郎を討ち取るための良配牌を呼ぶために一点集中する。

 力で及ばないことは重々承知している。だから、足りないものをかき集めている。真似出来るところは、取り入れられるものは、京太郎から吸収しようと、彼をつぶさに観察している。……それは、いつかの誰かを彷彿させる姿で──。

 

(……やっと、気合入ったか)

 

 ──資質は、伝染する。

 京太郎の自覚のあるなしはともかく、気付けの方法はなんとなくで知っていた。東征大にて自分にしてくれたことを、そっくりそのまま見せればいい。

 清澄の部内……京太郎が彼女たちに与えた影響の度合いは、実を言えば小さいものであった。

 男と女の違い……内に秘めた、火に点くモノを持っているかいないかは、資質の伝染力は全く違うものになる。

 その効力は、一時的とはいえ牌の支配能力を得るほどのモノ。能力や才能の有無に関係なく、運と偶然に縛られた勝負から、支配の奪い合いの領域に引き上げてしまう。

 京太郎と打ち、内に熱くなるものがあれば。負けたくない、勝ちたいと想ったのなら。負けたら泣くほどに悔しがれて、勝ったら踊ってしまうくらい喜べそうなら。男なら、誰でもその場所に連れて行ってくれる。須賀京太郎と、対等な勝負条件で戦うことが出来る。誰でも、『魔王』に対する『勇者』になれる。

 これから、京太郎は。公式戦を戦い続けるにあたって、苦戦は免れない。不利な状況を自らの性質がために呼び込んでしまい続ける。たとえ結果が圧勝であっても、内容は京太郎自身が苦しい場面が多々あり続ける。

 敵に塩を送り続ける、難儀な性質。だが、これでいいと京太郎は笑う。

 自分はまだ、未完。出来上がっていない、未熟そのものである。だから、自らを育て上げる要素は多い方が良い。

 艱難辛苦よ、俺に降りよ。その全てを踏破して、目指す場所へと突き進む。目指した場所の向こう側へも、走り出す。

 

(こっからが、本番だ)

 

 この卓の全員が、獰猛な笑みを浮かべている。俺が勝つ、そう信じて疑わない馬鹿野郎たちが、卓上にてぶつかり合う。

 

 

 

 

 

「「「うわぁ」」」

 

 治也も、命も、浬も。京太郎のデビュー戦が終了した卓の様子を見て、発した言葉がこれだ。

 ドン引きである。こんなのアリかと、驚愕が多分に混じった苦笑いを浮かべた。

 実際起きているのだからアリなのだが、それでも驚かずにはいられない。

 

「ど、どうしたのですかー」

「あー……うん。あの野郎、俺のした説明を全部お釈迦にしやがった」

 

 結果は、京太郎が一位。条件を対等にしようとも、支配領域の奪い合いという土俵において、京太郎は一日の長がある。画面に映る映像には、立ち上がって歓びを上げる京太郎と、一目で負けて悔しそうな顔の三人があった。

 浬が彼女たちにした、支配の奪い合いについての説明。信一は負かした相手の未来を操り、自分の勝利を盤石なものにしようとしている。それをじゃんけん列車にたとえた。

 しかし、京太郎がやったことはまるで違う。浬の説明、化物における個人戦の基本戦略を、根本からぶった切ったような戦い方だ。

 

「……私個人としては嬉しいものだけど、監督としての立場だったら遠慮願いたいわ。アレは」

「だろうな。どうせお前、インハイ終わったら京太郎を東征大(ウチ)に呼ぶつもりだったろ」

「ダメ元で言うつもりだったけどね。でも、アレじゃダメ。蘇芳と同じで、東征大の基本方針(ドクトリン)に喧嘩売ってるわ」

 

 全国最強校、東征大。蠱毒の坩堝、雀鬼の巣窟などなど、呼ばれる名が尽きない場所にて。最強を背負う『修羅』──弘世命ですら、須賀京太郎に首輪を嵌めることは出来ないと認めてしまった。

 人を統率することに、まとめ上げることに特化した命が、唯一手が付けられないと認めた前例が、『奇跡』──男神蘇芳だった。それしか、いなかった。高校麻雀(アマチュア)から離れた能海治也であろうと、別の高校へと行った佐河信一であろうと、もし東征大麻雀部に入部していたのなら、思うようにコントロールしていたという自負がある。それは、治也も信一も認めていたところでもあった。

 その命の例外に、京太郎が加わった。今の京太郎を見て、この場で悔しい顔を浮かべたいのは命である。

 

「簡潔に言えば、勝負条件を元のリーグ戦に戻した……ってことだな」

 

 まだ完全ではないが、いずれそうなる。つまりは、信一がやっていることが全て無駄足になるということになる。

 領域の引き上げ。相手の資質を刺激し、レベル1から東征大級(レベル2)へと持ち上げるだけの効果ではない。

 京太郎が負かしたあの三人の目。悔しがる彼らの目は、未だ死せず。負けこそしたが、次は勝つという闘志が剥き出しになっている。もっと言えば、支配強度が上昇し、洗練されたものへと進化している。

 そして彼らは、同じことを繰り返す。京太郎から吸収したものを自分の物とし、これから次の対局でも資質の炎を振るうだろう。……そして新たに伝染した、一時的にレベル2の力を持った選手が誕生する。

 対局後も、資質の伝染は持続するのだ。最低でもこの大会中は、ずっと続いていく。

 それに比べてしまえば、信一の未来操作などちゃちな物になってしまう。そもそも圧倒的実力差があったからこそ成立したものであり、抗えるようになったのなら意味を成さなくなってしまう。

 

「あれが怖いのは、ねずみ算式に広がっていくことだ。信一が三局やっても支配できるのが九人だけで、京太郎の場合は単純計算で六十三人も同類を増やすことになる」

 

 対局数を重ねれば重ねる程に、加速度的にその数は増していく。資質の熱の伝染速度が、半端ではないのだ。

 化物二人による、支配合戦は京太郎に軍配が上がる。しかしそれは、あくまで勝負条件が対等になっただけに過ぎず、元のリーグ戦方式に戻っただけである。

 ただ違うのは、麻雀という競技が運に左右されなくなったという点のみ。未来を操作するといった信一たち化物の個人戦戦略は覆され、目の前の対局に集中せざるを得なくなる。

 

「彼は、この会場を東征大にするつもりよ。当たり前だけど、ウチの子たちより粗末な感は否めないけど……」

 

 レベル2に引き上げられた雀士で占められた会場は、まさに東征大に迫るもの。総合的な錬度や技量などの何もかもは本家本元の東征大に劣ってはいるが、この大会にいる選手全員が、京太郎と信一の二人を相手に、対等の勝負を行える権利を得るようになる。

 京太郎はこの本番の舞台にて、自身の経験値を稼ぐ気でいる。実戦という独特の空気の中、支配の奪い合いを演じることが出来る敵を生み出して、戦い、勝って、純度の高い高品質の経験値を得れば……資質の塊たる彼はどこまでも進化を続ける。

 進化を遂げた京太郎は、さらに資質を強め、周りの選手たちをさらに上の段階へと踏み入れさせる。打てば打つ程に京太郎は強くなり、それに伴って選手たちも引き上げられて完成度を高めていく。それは偶然にも信一が鹿児島で行った神の蠱毒と同じ原理で……知らず知らずに彼は、知識もなく経験もなく、この場で実行しようとしているのだ。

 須賀京太郎は自覚している。現時点では、自身は信一に劣っていると。同時に、自分が未完の器であると。そして、自身の成長速度は凄まじく速く、信一の域にまで追いつき追い越すことが出来ることにも。

 強敵と渡り合う程に、京太郎は成長を加速させる。普通に麻雀を打つだけで、完成に至る器である。すなわち、京太郎の成長が信一の域に届くかどうか。それが京太郎の個人戦での戦いである。

 

「信一の戦略を潰し、自分たちに対抗できる選手を生み、自身の強化に直結することが可能で打てば打つ程に成長し、それが周りにも伝播する……一石で何羽の鳥を落とすつもりかしら、彼」

「リーグ戦じゃあ絶対に当たりたくない相手の筆頭……いや、そもそも同じ大会に居たくない相手だな、アイツ」

 

 周りを強くする。京太郎の性質とは、一概に言ってそれだけだ。デメリットの大きい、敵に塩を送るだけの力である。……だが、単純なために小細工が通じなくなる。

 化物における個人戦戦略の一切を覆してしまう。確実に勝ち上がるという保証が、なくなってしまう。麻雀における運を排除した上で、フェアな戦いを強制する。

 賞賛と悪態を上げる彼らは、共通して笑みを浮かべている。

 立場を抜きにすれば、彼らは麻雀狂い。京太郎と打ちたい、あの中に混じりたいと本気で思っている者ばかりである。

 

「……つまり、信一様は不利ということですか?」

「いやいや、佐河信一を舐めない方がいい。不利の内にも入らんよ」

 

 たかが、条件が同じになっただけ。戦う相手が、強くなっただけ。

 その程度で『怪物』を止められる程、甘いものではない。むしろ猛って喜ぶだけである。

 それは『天才』と『修羅』の二人も同じことである。だから、余計に共感が出来る。

 

「アレもまた、百戦錬磨。追いつくのは厳しい」

 

 時代に寵愛された男は、伊達ではない。佐河信一もまた、成長期の真っ只中。京太郎が強敵を用意してくれるというのならば願ってもない。彼もまた、実戦を通して成長を続ける。

 ここからは見ごたえのある対局になる。治也は、命は、浬は、疼く体をじっと耐えて、彼らの戦いを見届ける。

 多忙を極めている自分たちが、僅かで貴重な余暇を見つけてここまできた。それ以上の価値が、ここにはある。

 ここに来て、本当に良かったと思わされた。

 

 

 

 

 

 昼の休憩時間となり、京太郎と信一は治也と命と浬、そして永水の彼女たちと合流する。

 内六人が和装で、さらに五人が巫女服という異質な十人の集団……目立たないわけがない。さらに、プロたちの正体がバレてしまったら昼食どころでは済まなくなってしまう。

 落ち着いて食事が出来る場所を探していた。良さそうな場所が中々に見つからず、隣の会場にまで足を運んだ。

 ……彼女たちと遭遇したのは、全くの偶然であったと言っていい。

 

「あ」

「あら」

「げ」

 

 反応したのは、京太郎と信一。昼食を取ろうとしていた清澄の女子たちと遭遇し、京太郎は奇遇と思い、信一は露骨に嫌そうな顔を見せた。

 久は彼らのそうそうたる面子を見て、あんぐりと口を開けた。まこも優希も、和も同じで、唯一咲だけは彼らの素性を京太郎以外は知らずにいた。

 

「須賀くんたちもこれからお昼?」

「はい。早い内に対局が進んだので」

「京太郎、行くぞ」

 

 苦虫をすり潰した表情で信一は京太郎の袖を引っ張る。一秒でも早く、ここから離れたい。

 竹井久と佐河信一は、犬猿の仲である。思想が違い、気に食わず、反りが合わない。顔を合わせれば、口喧嘩は絶対にする間柄である。

 清澄随一の不良と、見た目優等生の学生議会長。その不仲は、二年生以上の清澄生では常識であった。立場こそ対等であり、口喧嘩の勝敗もほぼ互角であったが……。

 この場は、最悪な程に信一が不利であった。

 

「……あっれー。どうしたのかなー、佐河くーん?」

 

 ここには、信一のアキレス腱(たから)がいる。ひたすらに隠し通してきた、最愛の弱点が。……よりにもよって、一番知られたくない相手に露見してしまった。

 竹井久は非常に察しが良い。僅かな挙動を見逃さずに、相手の急所を抉り込む情報(ネタ)を掴んでしまう。それは気に入らない相手として認めている信一が、誰よりも知っている。

 

「信一様、この方たちは信一様のご学友でしょうか?」

「だから様はやめろって……あー」

「まあまあまあ……」

 

 小蒔が信一に様を付けて呼んでいる、彼を見る彼女の視線が異性を見る物であることに、久は即座に気付く。ああ、こういうことだったのかと。

 巫女服の彼女たちを見て、信一の関係者であろうと当たりをつけていた久だったが、こういう仲であったとは意外であった。

 偶然、鬼の首を獲った気分とはこういうものなのだろう。ニヤニヤとした顔が直らない。一方で信一は頭を抱えた。これから先、ずっとこの話で弄られ続けるのが確定したのだから。

 

「じゃ、一緒に食べましょうか。興味深い話が、色々と聞けるかもしれないから」

「あ、私は信一様の長野での様子を聞いて見たいです」

 

 小蒔も、そして他の巫女たちも。清澄との一緒の昼食に乗り気であった。

 命も治也も浬も、そして京太郎も、反対する理由はない。ここは丁度、人気も少なく落ち着いて食事が出来る。

 ……落ち着いて、ゆっくりと話が出来る。

 

「……いっそ、殺せ……」

 

 力なく呟いた彼の独り言は、耳の良い治也以外には届かず。同じく愛しい人を持つ者として、治也は同情を抱いた。


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