SUSANOWO麻雀紀行   作:Soul Pride

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大変、お待たせいたしました。
就活がね……ホント、クソ。
さぁってと。次は卒論のまとめだぁ(泣


46

 副将戦は、開幕から原村和の羽化から始まった。

 配牌を手に、目を閉じて逡巡する。

 電脳世界(ネット)でも、そして現実世界(リアル)でも変わらなくなった彼女のプリショットルーティーン。その動作の意味に察した者は、卓を囲む中ではただ一人、龍門渕透華だけであった。

 そして、開眼と共に一打。同時に彼女に起きた変化に他三人が気がついた。

 上気した赤い顔と急激な体温上昇は計算処理能力の向上(クロックアップ)の副作用。目に映すものを悟らせない俯瞰視点の朧げな瞳。そして、視える者には背後に浮かぶ、天使のアバター。

 ネット麻雀における伝説。牌効率の極みに達した機械天使(デジタルエンジェル)──のどっちが第一打から目を覚ました。

 

(──随分と早いお目覚めですこと。都合が良いことこの上ないですわ!)

 

 龍門渕透華にしてみれば願ったり叶ったり。原村和の打倒こそが自身の目的。完膚なきままに勝敗を分けるのならば、早々に本気を出して貰わなければ困る。

 原村和(のどっち)を相手に、彼女以上に研究を重ねた者はいない。

 それ故、知っている。悔しいが、牌効率の計算精度においては和に一歩譲ると。目立った欠点が無く、死角が存在しない。のどっちになってしまった今、攻略法というものが存在しなくなってる。

 インターミドルの時であれば、牌効率の精度にムラが存在して付け入る隙はいくらでもあった。片鱗こそあったが、到底及ばない粗末なものだった。

 だが現状(いま)、女子の高校生で和以上のデジタル使いはいない。特異な力や強い運を持っている相手でない限り、地の力量で彼女を上回る女子高校生はいない。

 ────だからこそ、挑む価値がある。熱くなれる。

 透華は震える。武者震いだ。嬉しくて、楽しくて、怖くて、慄いている。

 

(おはよう、のどっち)

 

 どうしても、笑みが浮かんでしまう。直そうとしも、直らない。対戦相手を前に笑うなど、礼儀に失するというのに。

 だが許してくれ、ずっと待っていたんだ。貴女と戦える日を夢見ていたのだ。

 彼女を、超える。超えた先に価値あるものがあるのだと信じて、この手にするために。

 ──ああ、回りくどい。品のない言い方だが、こう言わせもらおう。

 憧れたお前に勝ちたい。だから、倒させてもらうぞ。

 

 

 

 

 

「ほー……」

 

 観戦室で見る信一は、卓を囲む四人の戦力分析をし、戦局の趨勢を予測する。

 風越の深堀はオードソックスで堅実な麻雀。防御が上手く、目立った欠点は存在しない雀士。信一にしてみれば、面白味の欠片もないと断じる。

 風越という名門校の性質上、ブレなく安定して結果を出すことができる選手が選出基準なのだろうと推論する。そう考えれば命が好むタイプである。

 残る三人。この三人が、信一の視点から見ても中々の際物揃いだ。

 

(どいつもこいつも、治也好みのヤツらばっかだ)

 

 同時に、信一本人が興味を抱くタイプである。信一と治也、天才という人種の琴線に触れる、尖った物を持っている少女たちだ。

 各々、武器となるものを持っている、もしくは自覚している。特異を用いることの出来る才能を、麻雀卓という宇宙の外から別世界の力を持ってくることが出来る才能を持っている。

 

(特に原村和(チャンプ)……何があった?相当垢抜けてんじゃねーの)

 

 京太郎と出会った日に、清澄の一年生女子たちと打ってからの変わりよう。彼女の打ち筋を知っていたからこそ、信一は驚いている。

 原村和が行き着く先は神の奴隷(かずのおもちゃ)。自身で考えることもなく、数に縛られ数に従うままの中身の無い機械(ガラクタ)へと成り下がるだけだと失望したものだった。

 打った時こそ半端なものだったが、遠からず行き着くと予想していた。そうなった時は跡形もなく二度と牌を握らせないようにしようと信一は考えていた。才あるもの故に、人であるが故に、心までもが機械になってしまった雀士など、気持ち悪くて仕方ない。

 機械化(のどっち)が、原村和の限界だ。それ以上もなく、以下もない。停滞した、完成してしまった進化無き機械。これ以上伸びようとする意思(ねつ)がなく、知らず知らず錆びついていく様しか見受けられない。

 緩やかに劣化していくのは構わない。むしろ衰える現実を否定すべく足掻く姿は尊いと信一は思っている。積み上げた力が崩れていくことを認め、苦渋を呑むこともまた良しとしている。変化することは、万物において例外無く在る法則なのだから。

 ……だが。完成したと思い上がって、可能性を放棄する者を信一は侮蔑する。変化を止めた生物など……まるで神に似せたようで醜くて仕方ない。

 のどっちになるのが、原村和にとっての終着点(かんせい)。本心であり本望であり、最悪にもそうなれる力が噛み合っており、着々と静止(かんせい)していっていた。それを信一は察していたが既に手遅れであり、止まっていくことを止めることが出来なかった。

 

(それを、捻じ曲げやがった。どんな魔法を使いやがったんだ京太郎!)

 

 信一が出来ないと断定せざるを得なかったことを、変えることが出来なかった運命を捻じ曲げた。わからぬ者はただ、その現実を認識するだけで終わるが、わかってしまう信一は驚愕を隠すことが出来ない。

 人を機械(にんぎょう)に変えることは可能だ。現実、雀士としての和はそうなりつつあった。しかし、機械を人にすることは叶わない。無いものを作ることなど、失ったものを取り戻すことなど出来やしないのだ。

 その不可能を可能にしたのは、どう考えようとも須賀京太郎しか行き着かない。

 資質(あい)の化物。才能の有無など鼻で笑える、想念の塊。佐河信一が、弘世命が、能海治也が、男神蘇芳が嫉妬し、憧れ、倒してみたいと思わせる最愛の宿敵だ。

 

(……いや、アイツは魔法なんざ使っちゃいない。ただ、自然のままに……いつものように麻雀打ってただけに違いない!それだけでいいんだ、京太郎は!)

 

 京太郎と過ごしてきた信一は、彼に特別なものなど必要としていないことを熟知している。その莫大な資質を近くで見続けてきたが故に。

 京太郎が思うまま、京太郎が願うまま、京太郎がやりたいまま、麻雀を打っていれば、その姿は雀士であれば魅せられる。心底楽しそうに、心底真剣に打つ様は、ああなってみたいと憧れを抱かせる。

 熱くならずにいられるものか。たとえ、機械になりつつある者であろうとも、心を宿すくらいはやってのける。麻雀が好きなヤツなら、意思(ねつ)が入るに決まっている。

 一層、信一は京太郎を羨む。彼のようになれるのなら、才能など、力など投げ捨てても構わない。そう思わせるくらいに。

 

「クッソ……マジで待ちきれねえ……」

 

 今から一週間近く待たなきゃならない。それがどんなに辛いか。それがどんなに幸せか。誕生日を待つ子供のように、夏休みを待つ子供のように。胸がはち切れそうで、死んでしまいそうだ。

 自制をするだけで、脂汗が滲む。残った理性が無理矢理にでも抑え込まなければ逝ってしまいそうになる。包帯が巻かれた二の腕に爪を立て、赤黒い血が浮かび上がる……これくらいしなければ、ぶっ飛んでしまうのだ。

 一秒が永遠に感じる信一の体感時間。これが京太郎との対局の前に立つ最後の障害である。そしてこれこそが、如何なる神を凌駕する脅威であると信じて疑わなかった。

 苦痛と歓喜が同時に押し寄せ、地獄と天国が同居している。こんなにも苦しく、こんなにも楽しみだ。数秒後に狂死してもなんら不思議ではないと感覚で理解している。

 佐河信一は笑みを浮かべて、じっと耐えて待つ。流れる時ですら、彼を痛め苦しめ……そして強くしていく。

 

 

 

 

 

(……須賀くんには、思い知らされましたね)

 

 膨大な牌効率計算を行う脳内の、僅かに空いた余裕の思考領域にて。原村和は己の未熟を実感する。

 ネット麻雀をする時に起きる、集中状態(のどっちモード)。竹井久が提案した、エトペンを抱えながら打つというスタイル。それが見事に嵌り、彼女の最大限の実力を発揮することを可能にした。大崩れすることがない、牌効率の理想そのもの。原村和の完全体だ。

 しかし、これは死路であった。短期的に見れば著しい実力の向上だが、同時に幾多に用意されていたであろう他の可能性を全て殺すことであった。

 視覚情報の狭窄。その他四感の放棄。牌と点棒だけに情報を限定した打ち筋は、それ以上の発展の可能性を切り捨てた。

 ネット麻雀では十分であっても、現実で牌を握るのは人間だ。そこには生身の意思が、生身の熱が、牌に込められている。それを感じずに全国で勝とうなど、東征大でトップレベルの力を見てきた京太郎にしてみれば甘過ぎて吐き気がするほどだったのだろう。

 

(これまでの私であれば、これで十分でした。ですが、まだ先があると知ってしまった……)

 

 ──この先を、行く。

 和は視野を広げ、更なる情報を取り入れる。ズキズキと走る頭の痛みを少しずつ慣らしながら、情報量を増やし続ける。

 自分はスロースターターである。今までその自覚は無かったが、現実の麻雀で集中状態(のどっち)に持っていくにはそれなりの時間を要していた。

 それを指摘され、大会までの僅かな間で開局直後に集中状態に持っていくところまで可能にした。そこまでに至るまで、多少の荒療治を京太郎から受けたがそれを含めていつか絶対に借りを返すつもりでいる。

 集中状態(のどっちモード)の維持だけでなく、切り替え速度を含めて性能の向上を意識しつつ打ち続けている内、もっと先があることに至った。 

 

(まだまだ未熟であることを恥じるべきなのか、それとももっと強くなれることを喜べばいいのか。ちょっと複雑でしたね)

 

 全国までに、のどっちモードより先の領域に至る感覚を完璧に物にしたい。移行する際に痛みを発しない程に、完全なコントロールを手に入れる。

 ……ちなみに、先の領域を知覚した和があっさりとソレに至ったのを見た京太郎は、才能の違いの差に大きく落ち込んだ。才能が無いと自覚はしていても、それでも落ち込まざるを得なかった。

 

(今回は使わない方が良いと言ってはいましたが……いつでも移行できる状態にはしておきましょう)

 

 それでも時間はかかるが、念を押した方がいい。自分の持つ最強を、控えさせておいて損はない。

 

「ツモ。1000、2000」

 

 先駆けたのは、和。最も効率の良い選択を経た、最速の和了。

 この卓において、最速のスピードと最硬の防御を持つのは紛れもなく彼女である。

 麻雀に限らず、ゲーム全般は選択肢の連続である。その選択において理論的最善を選び続けることが出来る和は、麻雀における地力が凄まじく高い。

 よっぽどの確率の偏りがない限り……たとえオカルト要素を含めたとしても、彼女を打ちのめすのは非常に難しい。

 隙がない。故、強い。安易な才に頼った特異な能力ではなく、薄皮を張り重ねた経験量で培われた単純な技量(ちから)で周りを突き放す。シンプルなだけに厄介で、わかりやすいが故にその域までに辿り着くまでの難しさが、同じ卓で打っていて悟ってしまう。

 気持ちで圧倒したら、勝ちだ。精神的優位を、和は勝ち取れる。本人は最善の答えを選び続けるために崩れることはない上、自分は常に相手の調子を崩し続ける。攻防が理想的過ぎるくらいに噛み合う、えげつないスタイルだと京太郎は評した。

 ……ここからより、和の独壇場となる。誰も彼女を侵すことは出来ず、誰も彼女に追いつけない。

 並の打ち手ならば、一通り蹂躙されて前半後半共に終了となっていただろう。しかし、県予選決勝の四校に残った選手たちである。いわば全国区の予備軍。彼女の完封を阻止する実力は持っている。

 後半戦、東一局0本場。

 握られたペースを乱し、勢いを手にすべく。三校の内の一校が一石を投じた。

 

「リーチ」

 

 牌が曲がれて打たれ、千点棒が置かれた。

 ……その聴牌宣言(リーチ)に、驚くほど警戒を露わにしたものはいない。

 和は集中状態のために、表情に表れないと説明がつく。しかし、他の二校はまるで気にも留めていない。まるで最初から、リーチなどされていなかったかのように。

 ……そして数巡後。傍から見れば無防備に出された龍門渕透華の牌を、容赦なく刈り取った。

 

「ロンっすよ」

 

 完全な慮外からの、栄和宣言。まるで寝耳に水を掛けられたように驚き、声がした方へと向いた。

 河を見ればリーチがされている。自分がリーチに気付かなかったなど、間抜けもいいところだ。

 

「……アナタ、リーチ宣言したんですの?」

「したっすよ」

 

 しているわけがない。不正を感知すれば、カメラ越しから監視している審判員がすっ飛んでくる。

 つまり不正はなかった。審判団はそう判断したのだ。

 風越の深堀純代も彼女のリーチを知覚することが出来なかった。同じように彼女のリーチに動揺している様子なのだから。

 

「5200、払って下さいっす」

 

 ──鶴賀学園副将、東横桃子。

 別名『ステルスモモ』。自称ではあるが、その渾名に恥じない存在の薄さは麻雀において……大きな脅威となる。

 

 

 

 

 

『なんてペテンだ』

 

 観戦室で見る信一と、控室の京太郎が彼女──東横桃子の麻雀を見て、場所は違えどほぼ同時に発した言葉である。

 一目見て、彼女の特性の源泉を見抜いた。信一は肉眼だけに頼らない視界を持っているために、京太郎はもっと内面を読み取りづらい存在に邂逅したことがあったために。そしてもっと、彼女よりも消え方が巧い人物を知っていたが故に。

 

「あら、私にはただ不用意に振り込んだようにしか見えなかったのだけれど」

「……画面越しならそうでしょうね。だからペテンなんですよ」

 

 自分が何も持っていない普通の打ち手であったなら、詐欺に等しい。そんなのありかと京太郎は愕然としていただろう。

 久が言うように画面からは何事もないように振り込んだようにしか見えない。当然だ。コレはそういうものなのだから。

 

「部長。麻雀に限らず対人戦におけるゲーム全般で絶対に勝つことが出来る方法って何だと思いますか?」

「……そんな方法ってあるの?」

 

 京太郎からの問いに、久だけでなく清澄の皆全員が頭を巡らす。

 ゲームで絶対に勝てる方法。そんな方法がこの世にあるものなのかと悩ませた。そんなものがあるのなら、全国制覇も容易いはずだ。

 

「……ヒントは?」

「対人戦ってのが肝です」

「戦わないこと?」

「勝っても負けてもないですね、それは。戦わないなんて認めませんよ」

「……お手上げよ」

 

 全員、思い浮かばず両手を挙げる(ギブアップ)。戦い続けて絶対に負けない、勝ち続ける方法などありえないし考えられない。

 そんなありえないものの例外として久が思い浮かぶのは……公式戦無敗の記録を持つ現役プロ──小鍛治健夜と、十代最強の『奇跡』である男神蘇芳くらいである。

 化物の一角の一人として力を付けつつある京太郎でさえ、無敗とは言えない。何度も負け続けたことがあり、これからも敗北を喫することになるだろう。そして佐河信一でさえ中学では三年連続の準優勝であり、優勝経験は無い。公式戦無敗の男神蘇芳ですら、非公式戦のプライベートな対局では女子相手に勝った試しがまるでない。

 常勝の存在とは、夢想の類である。特に、麻雀という勝負であれば殊更あり得ない。

 それを成す方法がある。そんなものがあるのなら、是非聞いてみたいものだとこの場の全員がそれを思った。

 

「答えは簡単です。相手を負けさせれば良いんです」

「……んん?」

「勝つのではなく、負かすのではなく、負けさせる。相手がたとえ全局天和出来たとしても、和了させなければいいんです。そうすれば絶対に負けません」

 

 ……それは、かつて信一が語ったものとは全く違う別の発想。

 麻雀は運ゲーにしてクソゲー。勝負を分かつ要素の十割(すべて)が運で構成されると断言し、そして運の領域から逸した化物たちにとっては意思の強固さと牌の支配の範囲と強度で勝負が決まる。

 化物の視点から見た、絶対に勝てる方法。その究極が相手を負かして勝つのではなく、相手を如何に負けさせるという答えだ。

 

「どういうことだじぇ、京太郎」

 

 いまいち意味が呑み込めなかった優希は、京太郎に質問をする。

 真正面から堂々と戦って勝つ。優希の麻雀はそれがスタンダードだ。無論、力勝負だけでなく作戦を優先させる物分りさもあるが、基本はガチンコ思考に偏りがちだ。

 他の三人は京太郎の意図に気づいたが……その本質に辿り着いたのは久だけであり、同時に京太郎らしくない考え方だと疑問に思った。

 

「如何に勝負の場に立たせて相手を降参させるか……究極的に言ったらそうなるんだ」

「余計訳わかんないじぇ」

「お前はそれで良いんだよ。縁が無えから」

「それはお前は馬鹿だから無理だって言ってないか?」

「自覚無かったのか」

「なにをー!」

 

 ポカポカと叩いて京太郎にじゃれ付いていく優希。純粋で真っ直ぐ、愛らしさすら感じる。

 そんな彼女に京太郎は自分(ばけもの)たちの麻雀の暗部を知って欲しくない。縁がないというのは本当なのだ。

 ……勝負の場に立たせた上で負けさせる。その意味は、相手に勝つ意欲を、戦う士気を失わせることにある。

 だがこの方法は京太郎自身はおろか、他の化物たちもまた好まない。そして同時に、至ってしまった相手には精神的に揺さぶりをかけることに効果が見込めないのがわかっている。

 例を挙げれば、信一がやった一年生たちにやった連続九種九牌と、京太郎がやった和への全力の行使。共に圧倒的な実力差を見せつけ、心をへし折ったことがある。勝とうとする意思を取り上げ、思考を奪い去るという点において共通している。

 ──精神を圧し、勝てなくする。対人戦においての必勝法とはソレである。

 ……そして世の中には、精神そのものに作用する能力もまた存在する。

 

「鶴賀の選手のソレは、極々限定的とはいえ直接精神に作用している力です」

 

 視認していても、見えない。そもそも、認識を受け付けない。視界に入っているのに、目に映るものを頭で処理が出来ていない。

 卓にいる全員が身体的な機能低下は見られず、正常であると映像越しでもわかる。

 ならば考えられるのは、精神な認識能力の欠損。それしか考えられない。

 それを作用させる能力を突き詰めれば……最終的には、相手を勝たせなくさせる力となる。

 

「そ、そんなもんがあんのか!?」

「アレは洗脳、催眠術の一種です。俺から見ても惚れ惚れしますよ」

 

 化物たちから見ても見事としか言う他ない、認識阻害(ステルス)。その本質は催眠術や洗脳術だと言う。

 催眠、洗脳系の能力は対人対戦においてほぼ無敵と京太郎は断言する。思考能力を奪い去り、ただのツモ切りマシーンに変えてしまえば負ける理由はありはしない。

 東横桃子のステルスは、自分の牌と河にのみ作用する。洗脳といってもささやかな代物だが、彼女の場合は天然でやっていることに驚くものがある。

 ほぼノーリスク。使うための代償も条件も有りはしない。京太郎が同じよう結果を再現しようとするのなら、たとえ全力行使でもリスクを避け得ない。精々が副露が出来ないというだけで、そんなものは欠点になりえない。面前に限定するだけなら、平均打点が高まるという利点もある。

 彼女自身、どういう理屈でどうして消えるのかなどわかっていないのだろう。こうやったら相手が自分を認識しなくなったから、それを使っている。──それが、東横桃子を含めた、天才と呼ばれる者達の理屈である。

 他者が真似出来ないことに特化して優れる。才に乏しい京太郎は、天才たちを羨み、憧れる。持っていないものを欲しがるのは凡人のサガであり、そういった意味では彼は常人という器から逸しきれていない。同時にそれが、京太郎の強みでもあるのだが。

 

「────本当、和が相手で良かった」

 

『──ロン、2000』

 

 映像は、鶴賀から直撃を取る和。

 認識が出来ない相手に、直撃を取る。一撃を食らった東横桃子も、まさかといった表情で和を見ていた。

 

「決勝四校の内、彼女に対する唯一の天敵。それが和だ」

 

 昨年の全国MVPを獲った天江衣であっても、名門校風越女子の最強である福路美穂子であっても、我が清澄の宮永咲であっても……東横桃子から直撃を取ることは難しいだろう。

 だが、原村和だけは別だ。彼女もまた、天才型の一人に数えられる。

 他者に干渉する彼女とは真逆に位置する、自己だけに完結する不惑の極致。

 

「効いてないの?」

「ええ。和に、洗脳とか催眠術の類は一切合切通用しません」

 

 集中状態に入った和は、惑わない迷わない。

 点と牌だけを眺め観る和の視点は、卓にある限り逃れることが出来ない。機械化された、揺れず動じない鋼の打ち手。

 それだけしかなく、それだけのみを固執していた時の産物であり、原村和の武器の一つ(●●●●●)だ。

 対人戦において、洗脳や催眠術の能力はほぼ無敵だ。……相手が、人であったなら。

 今の和は、心は人のままに機械の鎧で包まれている。眼は高解像度のカメラに置き換わり、心臓は変わらないリズムを刻むエンジン、神経血管リンパ腺は電子回路、脳は牌効率を高速で処理し続けるCPUと成り変わっている。

 機械に洗脳は通じない。彼女の認識阻害(ステルス)も同じだ。京太郎でさえ、和を相手に洗脳系の能力は使えないと諦めている。そして恐らく、麻雀における能力の元締めたる弘世命でさえ、同じだろう。

 

「けど京ちゃん、ああなった原村さんのこと毛嫌いしてなかった?」

「あの時はな。自分で可能性を潰してるのを見てられなかったし」

 

 和ほどの才能の持ち主がそのまま停滞してしまうなど見ていられなかった。彼女には集中状態(のどっちモード)だけではない、もっと別の、新しい力を得られるのだ。

 本人こそ抵抗感が拭えていないが、説明が出来ないもの(オカルト)にも高い適性を秘めている。

 和なら負けず嫌い(デジタル)のまま……デジタルの極致、真の『天才』──能海治也に届き得るかもしれない。京太郎はそう信じている。

 

「半端じゃないぞ、和は」

 

 京太郎は、手放しで和を評価している。これから先、実戦を繰り返せば自分だけの力でこちら側に来れる素養を持っている。

 同類が増えることを、化物たちは歓迎する。遊び相手は、多い方が楽しいに決まっているからだ。

 

「────あ」

「────やば」

 

 感じ取ったのは、咲と京太郎。

 手の先が急に冷たくなった錯覚を感じ、肌が泡立つ。

 気温湿度は変わらずとも、控室の空気の温度が下がったのだと、信じ込ませてしまうほどに。

 

「拙い。龍門渕さんが──」

 

 起きる。それを、確信した。

 和はとっておきを使ってはいない。原因は何だと探りを入れるが……あの状態は防衛本能としてのものではなく、思いのままに使うことが出来る随意的な代物であるという可能性を捨てきってしまった自分にあると京太郎は気が付いてしまう。

 鶴賀に直撃をくらい、その鶴賀に直撃を奪った和との実力差。それは怒りか、屈辱か。如何なる感情かはわからないが、それが龍門渕選手のリミッターを取っ払ってしまった。

 力を得て、調子に乗りすぎた自分のせいだと京太郎は己を責めた。何がアドバイスだ、麻雀経験は彼女たちの方が何倍もあるというのに。

 

(……スマン、和)

 

 心の中で、深く謝罪をする。敗因は自分にある。相手の、実戦の中での成長を考慮に入れなかった。

 祈るように、手を合わせた。目を閉じ、ただただ僅かな可能性を……逆転が可能な点差に収まってくれることを。

 

「……大丈夫だよ、京ちゃん」

 

 幼馴染の咲は、そんな京太郎の心の内を理解した上でそう言った。

 京太郎の助言は何も間違ってはいない。だから何も悔やむことはない。

 それは、対局の中で証明されている。

 

『ツモ、6000オールですわ!』

 

 龍門渕選手の和了。目を開けば、起きた様子など微塵もない彼女がいた。

 

「起きなかった……?いや、違う」

 

 詳しく見ていなくとも、手牌と河を見れば感じ(●●)でわかる。アレは、牌効率を捨てた打ち方であると。

 彼女の生来の性質とはまるで真逆、荒々しい氾濫した激流を思わせる鮮烈な打ち方。目を閉じていたことを悔やむくらいに、眩しいものであったと想像させる。

 

「……龍門渕選手自身が、ねじ伏せた?」

 

 画面越しからも伝わる、彼女の強い意思の力。私を見ろ、私を見ろと主張する華々しい心意気。それは、和への対抗意識が垣間見られた。

 目立ってナンボ──京太郎は知らないが、龍門渕透華の行動基準はそれだ。ちやほやされたい、脚光を浴びたい。名誉を重んじ、称賛を得ることを生き甲斐にする。

 彼女の持っている力は、地味で目立たない……そして何より、原村和の対抗存在ではない。そんな力はこちらから願い下げだと、克己心が能力を凌駕した。

 

「……本人が能力を拒絶する、か」

 

 そんな例もあるのだなと、京太郎は驚かされた。己の意思にそぐわない力など要らない。自分であったら、そうはっきり断言出来たであろうかと思う。

 強くなりたいと足掻いていたあの頃の、信一と出会う前の燻っていた頃に、いかに良くない類の能力であろうとも、自分は拒絶出来たであろうかと京太郎は自問する。

 そんな彼女をたまらなく、強いと感じた。そしてまた、ある意味では負けず嫌い(デジタル)なのだろう。

 

「──憧れるよ、全く」

 

 力ではなく、心の有り様に。龍門渕透華という選手の名を、心に深く刻みこまれた。尊敬するに値する、素晴らしい人であると。

 魅せられ続けて、感動ばかり。卓を囲む選手全員が、心を打つ。

 褒め称えたい。最大の賛辞を選手たちに贈りたい。

 今すぐ打ちたい。触発されっぱなしで、全身の感度が敏感だ。

 

「ほんっと……羨ましい」

 

 ────副将戦、終局。

 一位清澄、二位鶴賀、三位龍門渕、四位風越。だがどのチームも、一位を狙える点差圏内にある。

 インターハイ団体戦長野予選……大将戦にて、全てが決着する。

 

 

 

 

 

「……これに勝てば、全国に行けるんだ」

 

 対局室を前に、咲は立ち止まる。

 緊張はない。落ち着いている。いつもの、自分の麻雀をするのに何ら支障はない。

 

「……ありがとうね、京ちゃん。付き添ってもらって」

「いいって。また迷子になったら困るし」

「京ちゃん!」

 

 頬を膨らませて自分を迷子扱いすることに抗議する。毎度毎度迷子になるわけではない、と。

 だが、そんな彼女の頭を京太郎は撫でて宥める。

 それで許してしまう自分の安さ。幼馴染として付き合ってきた時間が、いつの間にかこんなにも骨抜きにしていた。

 ……最近は、なんだかとても格好よくなっていて。

 麻雀を真摯に、そして楽しそうに打つ彼を見ているだけで、知らなかった彼を知っていくようになって……。

 気心を知った仲のはずなのに、一緒にいるだけで体が熱く、胸が痛い。知らない誰かの隣にいるような気持ちになっていた。

 この症状が咲が思い当たる病であるのなら。先人たちが記した本の記述よりずっと、読んだ以上に耐えがたい苦しみであった。

 

「……京ちゃんは、私に何か言ってくれないの?」

「助言、要るのか?俺はもう、この勝負勝った気でいるぜ」

「何それ」

「何にも心配はいらないってことだ。咲はいつものように楽しく麻雀やってりゃ、絶対に負けない」

 

 ────俺が保障する。

 そう、京太郎は断言した。

 楽しく麻雀を打つ咲に、勝てる同年代の女子は存在しない。

 その無根拠の溢れ出る自信は一体どこから来るのか。咲は自分のことのように言う京太郎に、少し呆れた。

 

「さっきの原村さんの時みたいに、予想と違った……なんて起きない?」

「ねーよ。たとえあっても、咲なら大丈夫」

 

 

 

 

 

「……俺が最初に憧れた麻雀を打ったお前なんだ。疑いなんて、あるはずがない」

 

 

 

 

 

 一片の曇りが無い、迷いも疑いも挟まない目で、京太郎は言い切った。

 予測の食い違いなど、咲は凌駕してみせる。彼女なら、この対局に負けたりはしない。

 勝利するのは、清澄で、宮永咲である。それを完全に信じ切っている。

 

「俺は今でも、咲は凄いって思ってるんだぜ」

「……京ちゃんの方が強いのに?」

「それでも……今でもお前は俺の憧れだ」

 

 須賀京太郎が、こうなってみたいと思った麻雀の原点は……紛れもなく、宮永咲の麻雀だ。佐河信一でもなく、弘世命でもなく、能海治也でもなく、男神蘇芳でもない。彼女しか、いない。

 彼女の背中を押して、対局室へと向かわせる。

 心配するべきことなど、何もない。後は優勝の報を待つだけである。

 

「京ちゃんっ!!」

 

 大人しい彼女から考えられない、思いっきり張り上げられた声。

 その声に京太郎は振り向いた。

 

「私、楽しんで来るよ!」

 

 そう意気込む咲の表情は、満面の笑みを浮かべていた。

 楽しんで麻雀を打つ咲は、無敵だ。京太郎はそう信じ切っている。

 対局室へと入っていき、扉が閉まるまでその姿を見送った。

 用事が済んだ京太郎は、控室へと戻るべく来た道を辿って帰る。

 ……その間に、見覚えのある顔とすれ違う。とても高校生と思えない小学校低学年と言った方がしっくりくる幼さと、うさぎの耳のような赤いカチューシャが特徴的な彼女に、また出会う。

 龍門渕高校の大将、昨年度全国MVP……天江衣。

 

「……」

 

 交わす言葉はない。対局を前にして、敵同士で語ることなど何もない。

 彼女は言葉の代わりに、精一杯の、全力の威圧を京太郎に当てつけた。

 届かないと、通じないとわかっていても、ぶつけずにはいられなかった。天江衣は負けはしない。この決勝戦、勝つのは龍門渕であると示しつけた。

 その挑戦状を、咲に代わり京太郎は笑って受け取った。衣の威圧を柳のように受け流し、背後から睨みつけられる視線を感じながら控室への歩みを止めない。

 

 

 

 

 

 麻雀インターハイ団体戦、長野県予選決勝戦。

 ──最終戦、大将戦……開幕。


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