SUSANOWO麻雀紀行   作:Soul Pride

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「……龍門渕の控室?」

 

 天江衣の言うエトペンを直せる心当たりの元へと、京太郎と今宮女子の二人は付いていく。

 京太郎の後ろを今宮女子の門松葉子と田中舞が歩くが、彼の背中から発する威圧は恐怖を刻み込み、彼女たちから逃げようと考える思考を奪い去っていた。

 ほんの少しでも歩幅を小さくすれば、途端に威圧で呼吸を止めてくる。触れもせずに、どういう仕組みで、どういう方法で、彼がそんなことを可能にしているのかが理解が出来ない。わからないことだらけで、ただ黙って進むしかできなかった。

 そして辿り着いたのは、龍門渕高校の控室。さすがに部外者である自分がここまで入り込むのはまずいと思い、出入り口の前で足を止めた。

 

(龍門渕の関係者か……そして恐らく、彼女が天江衣)

 

 あの小学生と間違えそうな……その小さい体躯に、確かな支配の力が秘められていた。

 それは京太郎や東征大の部員たちのような突き詰められた、鍛えられ、研磨されたものではない。もし対局すれば、まず間違いなく勝てる相手だ。しかし、完全な才能だけであれほどの力を有している。半端な大きさではない、とてつもない原石だ。

 

(……咲といい、淡といい、妹尾佳織といい……伸び代が怖いヤツばっかだな、女子は)

 

 彼女たちのような才と力に恵まれた人を見る度、自分はほんの少しだけ、運が良かっただけなのだと京太郎は痛感させられる。

 現時点で力が上回っていることなど、何の慰めにもなりはしない。己には生まれついての才能など持ってはいない。経験も薄く、百戦錬磨には程遠い。持っていないモノが多すぎる。

 ほんの少しでもボタンが掛け違っていたら、一生追いつけないでいたのは自分であると京太郎は知っている。今となってはその現実に悲観はしていないが、気を抜けば彼らを追い越すどころか彼女たちに負かされることだってあり得るのだ。

 

(怖いな、本当に)

 

 これが勝負の世界。勝っていた相手に、いつの間にか追い抜かれていることが常の、油断なき世界。

 最後に勝って、笑うために。負けて、泣きたくないから勝とうとする。自分より上に、誰かがいることが我慢ならないから、上を仰ぎ続ける。そのためだけに、挑み続ける。

 怖い、が。それ以上に楽しい。自然と、京太郎の表情に笑みが浮かんでいる。だから、こんな世界に身を投じたがるヤツが後を絶たない。古今東西、老若男女問わず。どいつもこいつも、この世界の魅力に取り付かれている。

 ナンバーワンよりオンリーワンなどと綺麗事を言っても、人間は結局一番が大好きなのだ。度し難いが、これが人間のサガなのだ。

 

「清澄の!」

 

 扉が開いて、天江衣がエトペンを持ってきた。千切れていた部分は縫合され、見た目では全くわからない。

 彼女が控室に入ってからの数分でここまで直ったのかと、京太郎は引いてしまうくらいに驚く。

 直した人は一体どういう人なんだと、開いたままの龍門渕の控室を見る。

 そこには昨日相見えた中堅以外の龍門渕の面々と、メイドさんが一人、そしてふと目が合ったイケメンの執事。

 ……一瞬にも満たない時間であったが、目を合わせたその間に大量の情報が交わされた。

 エトペンを直した人はその執事であり、もし麻雀をやらせたら彼女たち全員を凌駕し、自分と殆ど互角の力を持っている。

 それ程の力を持っていながら、全くそそられない。戦いたい相手とも思わない。この先ずっと、本気でぶつかることのない相手なのだと確信させられた。

 大星淡の時とは違って、壊されたがりというわけでもなく。彼の我というものがとてつもなく薄く、前に出ようとしない。己というものを完全に律しており、あくまで主人を立てることに徹している。

 ……だからこそ、恐ろしい。目を合わせることが出来たのも本当に偶然であるだろうし、下手をすれば一生認識出来ずにいたかもしれない。

 

「昨日の!」

「須賀京太郎!」

 

 井上純と龍門渕透華が京太郎を認識すると、即座に警戒心を露わにした。

 嫌われたものだな、と京太郎は苦笑する。とはいえ、今の時点で他校同士で馴れ合っても仕方ないので、特に何も言わない。

 

「なんだ、知り合っていたのか。えっと……」

「須賀京太郎、清澄の一年生です。天江衣さん」

「そうか、きょーたろーというのか」

 

 小さくても、年上で先輩。敬った態度で彼女に接した。

 そして、年上扱いされ慣れていない衣は、途端に上機嫌になる。

 

「ちょっと待ちなさい。何でアナタが衣と一緒にいるんですの!」

「まあ、色々と」

「そのぬいぐるみを探していた彼と、返そうとしていた衣様が合流した、というわけですね」

「ええ、そんな感じです」

 

 目が合った時に、彼もまた京太郎から情報を引き出していた。口に出した情報以上に、彼は彼らの経緯を察しただろう。

 言葉を交わさずとも、理解が出来てしまう。目は口ほどに物を言う、というのは本当であり、たった一瞬でもわかることはわかってしまうのだ。

 

「では、ハラムラノノカに返しに行くぞ。きょーたろー!」

「はい」

 

 本来ならもう、衣がこの件に関わる必要はない。京太郎にエトペンを任せ、今宮女子の二人の頭を和に下げさせるだけなのだから。試合を控えている今、余計な接触は本当は避けたい。

 それをしなかったのは……正確に言うのなら出来なかったのは、あまりにも嬉しそうにそうしたいと名乗り出られては、そこまでして止める理由も無くなってしまう。勝率を上げるためだけに、京太郎はそこまで鬼にはなれない。

 決して、ロリコンではないが、子供が嫌いなわけではない。その笑顔を曇らせる罪悪感を背負ってなお、勝ち目を増やしたくもない。

 気にすることを京太郎はやめた。人間、快か不快かのどちらかで動くのだ。そうした方が気分が良い、それだけの理由でいいのだ。

 その後、和と合流してエトペンは衣によって持ち主に返され、今宮女子の二人も謝罪した。

 清澄の控室に二人が帰った時には、中堅戦は前半戦が終了していた。

 そのまま、竹井久の優勢は変わらず……清澄は一位をめくり、二位に龍門渕、三位風越、四位鶴賀と団子のように小さい点数差で連なっていた。

 

 

 

 

 

 団体戦副将戦。マスコミにおいて注目される一戦はここだ。

 インターミドルチャンピオン、原村和。ビジュアルと話題性を兼ね備えた彼女を、マスコミは見逃さない。

 高精度のデジタルの麻雀を可能にする彼女は、確かに強い。京太郎から見ても、その伸び代はかなり大きく、才能皆無の己よりずっと恵まれている。

 だが、真に注目すべきは……脅威は、別にいる。

 

「和。今回は新技(●●)は控えた方が良い」

 

 副将戦前、京太郎は和にそう忠告する。

 京太郎と和は、合流後に一番練習を共にし、吸収しあえるところを物にした同士だ。

 合流以前と以後を比べれば、急速に仲も深まった。以前までは高嶺の花であった彼女に対して気後れしていたが、今では対等に言い合える。

 現状、清澄では彼女本人を除けば……須賀京太郎こそが原村和の麻雀に一番深い理解を得ている。

 ……だからこそ、京太郎は彼女に謝らなければならなかった。

 

「そんな必殺技みたいなもの、私にはありませんよ」

 

 和にとって、麻雀において必殺技もオカルトも何も無い。そういう理解が及ばない、説明のつかない性質がこの世に存在するという認識を得て、抵抗こそ薄まったが、それを自分が使えるなどという自惚れはない。

 出来るのは、全力で打つのみ。原村和はそれしか知らない。

 しかし、京太郎も彼女のことを知っている。

 

「今回に限って、九割の力で臨んでくれ。十割でいったらマジでマズい」

「……その理由は?」

 

 僅かでも手を抜くなど、勝利主義者(デジタル)にとって度し難いが、あの京太郎が深刻な顔でそう言うのだ。ただ事ではないというのはさすがの和でも察した。

 

「風越は典型的な王道のデジタルモドキで弱くはない、鶴賀は常人(まとも)にとっちゃ面倒だが和にとっちゃカモだ。この二人に関して言えば何も言うことはない」

「なら……」

「聞け。最悪、共闘しなきゃいけない相手だ」

 

 和ほど、麻雀における共闘と縁遠い者はそうはいない。団体戦など設けられていも、麻雀はどこまでいこうとも個人競技であり、勝利するのはたった一人のみ。

 ネット麻雀で培われたのは、徹底された牌効率の他に、独りで勝ち抜く力がある。原村和は、インターミドルでの実績からして個人戦向きの力を発揮している。

 京太郎も彼女に無茶を言っている自覚がある。しかし、警告しておかなければ目に見えている地雷を彼女は躊躇いなく踏み抜く。彼だって、わかっていることを伝えずに後悔はしたくない。それが如何に荒唐無稽な事実だとしても。

 

「龍門渕選手だけは、決して起こすな(●●●●)

「どういうことですか?」

「全力でやったら確実に起きるんだ。俺のミスも含めて、悪い情報があるんだけど」

「ミス?」

 

 京太郎が犯したミス、そんなものに彼女たちは心当たりはない。

 選手として打っているのならともかく、サポートに回っていた彼は完璧といって良いくらいに立ち回っていた。優希の全力以上の実力の発揮、まこの要注意人物の警戒、久への調子の確認。どれも的を得ており、今現在試合を優位に進めているのは間違いなく清澄高校だ。一体どこに彼の失敗があったのだろう。

 

「昨日、咲を捜してる時に偶々龍門渕選手に会って……その時威圧振り回してたから起こしたんだ、俺が」

「その、起こすというのも釈然としないのですが。それのどこがミスなんですか?」

 

 彼女が、認識できないもの(オカルト)が存在すると認めざるを得なかった原因の一つとして、京太郎たち化物共の超常的な麻雀の他に、人間として厚みを増した結果として放つことが出来る、重圧感(プレッシャー)がある。

 和も、そして清澄の皆も。全員、京太郎の全力の威圧を受けたことがある。佐河信一という『怪物』を知っていた久からの提案で、京太郎も同じことが出来ないかと問い、やらせた。東征大の合同練習と目的は同じく、どうしようもない相手との対峙を想定してでの練習だった。

 何もしていないのに気絶させられ、何度も何度もありえないと連呼しながらも京太郎の威圧に何度も挑みかかり、そして渋々認めざるを得なくなった経緯がある。

 京太郎の重圧に触発され、龍門渕透華の中にあった何かが目覚めた。オカルトで馬鹿馬鹿しいにも程があるが、そう解釈することにした。

 

「最悪なことにエトペン捜してる時にも鉢合わせてな。須賀京太郎(おれ)がこの会場にいることを意識されちまってる。防衛本能っつーのかな。俺がここを離れたって、居たってだけでもうアウトだ」

 

 脅威が、ここに居た。それだけでも警戒に値する。目覚める理由になる。一度脅かされた存在が近くにいて、落ち着いていられるわけがない。

 龍門渕の控室に近づいたのは完全な失敗であると、京太郎は悔いた。あの執事のことを知れたのは個人的には収穫であれ、清澄というチームとしてはマイナスだ。

 だが、それだけではまだ弱い。その程度では龍門渕透華は目覚めない。

 

「和の新技は天才型で、龍門渕選手も天才型だ。十中八九、和の新技に触発される」

「……胡散臭いですが。まあ、納得しておきます」

「じゃあ、もっと最悪な情報(オカルト)を言おうか?」

「……聞きましょう」

 

 本音として、予感として。聞きたくない、と和は思うが聞いておかなければならない。

 点差が優位な割には、状況は自分が想定するよりずっと悪く彼は見えるようだから。

 

「……信一先輩が……この会場に来てる」

 

 この事実を京太郎が口にした瞬間、全員が目を見開く。

 あの『怪物』が、あの化物が、鹿児島(じもと)へと修行に行っていた彼が、今この会場に居る。

 付き合いのある久とまこは頭を抱え、一年生女子たちは刻みつけられたトラウマが過った。

 

「……帰ってたの、アレ?」

「大会が終わった後に言おうかなと思ったんですけど、この状況じゃそうも言ってられなくて」

 

 言えば小さくない影響が、彼女たちにかかる。それ故、京太郎はこの時点では黙っているつもりであった。

 化物と呼ばれるモノたちはただ存在するだけで、居るだけで何かしらの歪みを発している。気配を限りなく消そうとも、それは変わらない。人に許された、一定のラインを超えてしまったからこそ、彼らは化物と言われるのだ。

 

「じゃが、それくらいなら問題ないんじゃないか?いくら佐河がいようと……」

「別に、信一先輩でなくてもいいんです。蘇芳先輩でも、治也先輩でも、命先輩であっても……もしくは俺の知らない別の誰かでも。あの人たちレベルの人がもう一人会場にいる、もしくは居たってだけで、目覚めやすくなります」

「……そこまでか」

 

 周りが思う以上に、そして本人が思う以上に、彼らの影響度は大きい。その場に居たというだけでも、何かしらの痕跡を残し、事象を歪ませる。例外に該当するのはあの執事くらいだ。

 龍門渕透華のソレは、京太郎の視点から見ても相当に負担が大きく、防衛本能から起きるものに留まっている。身の危険が迫っているからこそ発動できる条件がある。自由自在に扱えているのならば彼女は十分に化物側に属している。清澄は最初から詰んでおり、勝ち目など最初から毛頭もなかったはずだ。

 彼女が肉食獣の類であったなら、恐れを知らない百獣の王であったならまだ対策のしようがあった。しかし、龍門渕透華は危険を察知できる賢き草食獣であり、会場内に居る特級の化物の二人を恐れている。だから、タチが悪い。

 起こした切っ掛けを作ったのは自分である。だから、京太郎は己のミスを悔いている。

 

「……もし、そうなったらどうなるの?」

「咲。もし大将戦開始時の点差がトップと十万点差、しかもトビ寸前の二校を抱えた状態で、昨年度インハイ最多得点王を相手に逆転できるか?」

 

 和より少し遅れて仮眠室からここへと戻ってきた咲に、京太郎は具体的な状況を例にして投げかけた。

 昨年度の最多得点王、それがどんな人であるのかが咲はわからない。全国の基準そのものが、未だに曖昧なのだ。

 

「……わ、わかんない……」

「何なら同じ状況で、相手を照さんに置き換えたって良い。どうだ、いけるか?」

「無理」

 

 即答。逆転どころか、飛ばずに終わる未来が見えない。

 宮永咲にとって、姉である宮永照は別格の相手として映る事を抜きにしても、大将戦に控える天江衣が全国で指折りの雀士であることは間違いない。

 侮っていい相手ではない。副将戦がゴールではないのだ。

 ──この県大会決勝戦が、ゴールではないのだ。

 

「それが、楽観視した場合だ。副将戦で終わっても何ら不思議じゃない」

 

 それが京太郎が想定し得る一番マシ(●●●●)な状況である。

 目覚めてしまったら最後、彼女たちではどうすることも出来なくなる。それほどまでの戦力差だ。決して和を、清澄の皆を過少評価しているわけではない。龍門渕透華を過大評価しているわけでもない。

 東征大の部員の一人が卓に混じっているようなものだ。須賀京太郎でさえ、毛ほどの油断が許されない。

 もし、起きた彼女と京太郎が同卓したのならば、京太郎は惜しみなく全力で戦い、百戦したら内九十九戦は彼が確実に勝利するだろう。

 ──全力で戦っても、一敗する余地が存在するのだ。

 その一敗の重さを、京太郎は知っている。

 己の敗北は、自分一人の物ではない。己を宿敵(とも)と認めてくれた、彼らの信頼すらも裏切るものだ。

 須賀京太郎は、勝利主義者(デジタル)ではない。しかし、勝ちを渇望する心よりも、敗北を忌避する心の方が重い。負け続け、泥を啜ってきた時間が長かったせいか、負けたくないという思いの方が強く作用する。

 彼女は京太郎という化物から見ても、一目置かざるを得ない相手である。相手が誰であろうと己の麻雀を貫く性質(タチ)の和であっても、それを重々念押しする必要があった。

 

「……とまあ、偉そうに言ったが、どうするか決めるのは和だ」

 

 決定権は京太郎にはなく、和にある。京太郎は、知り得る情報を全て彼女に伝えることしかできない。

 和が楽しめるように打ってほしい。それがどんな相手であれ、どんな状況であれ。進言を聞かず、全力でやっても構わない。

 だが、それは責任を背負う義務が発生すると言外に言っている。これは個人戦ではなく、団体戦である。スタンドプレーで起きる結果を、背負いきれるかと問いている。

 もし、和が原因で敗北したとしても、清澄の皆は彼女を責めはしないだろう。だが、原村和自身が自分を許せるのかは別になる。

 以前までの彼女であれば……時の運であったのだと苦々しく認めることは出来たかもしれないが、今は違う。説明出来ないモノ(オカルト)は目に見えないだけで、実在するものであると納得させられた。

 見えない聴こえない触れない……たったそれだけである。認識出来ないというだけで、確実に存在する要素を無視するなど勝利主義者(デジタル)にあるまじき愚挙である。妥協など、ありえない。

 そういったものを持つ者が居ると知った上で、勝たなければならないのだ。

 原村和に退路は無く、常に崖っぷちだ。目指す先は頂点以外に無い。

 

「……ありがとうございます、須賀くん」

 

 全力を出すことしかできないのが、原村和の麻雀だ。最善を尽くすことしか彼女は知らない。

 しかし、思い出させてくれた。自分の仕事をこなすだけが団体戦ではないのだと。

 全力を尽くすのは当然のこと。ならば、その力を勝利へ繋がるように傾ければいい。

 要はがむしゃらに力を出しても仕方ない。力を出す方向性をしっかりと定めろと京太郎は言っている。

 今までのやり方で通用していたとしても、全国ではそうはいかない。

 ────原村和(わたし)はまだ弱い。だからこそ、もっと強くなれる。

 可能性の光を見せてくれた、彼が保証した。限界など無いと、体現した。

 

「……では、行ってきます」

 

 ……勝利主義者(まけずぎらい)だから、彼にだって勝ちたいのだ。

 京太郎が帰ってきた時に、手も足も出ずに惨敗したことを未だに鮮明に覚えている。京太郎だけではない、信一にわけもわからず一方的に蹂躙されたことも耐えがたい記憶だ。

 人外とも称される力を持った彼らに、勝ちたい理由などたった一つで十分。『一回負けた、次は勝つ』──負けず嫌いには、それで事足りてしまう。

 留まっている暇など、歩いている暇など、無い。駆けてでも追いつく保障の無い相手だ。もたついている時間があまりにも惜しい。

 県予選(ここ)はあくまで、通過点でしかない。そして通過点だからこそ、見過ごせず避けて通るわけにはいかない。

 ……清澄に、この場所に居続けたい理由が増えた。別れたくない友達が居て、一緒に勝ちたい仲間が居て、手を伸ばしたい目標が居て。いずれも決して失いたくなく、今抱いているこの想いが、本物であると信じている。

 

「行ってこい」

「はい」

 

 京太郎が伸ばした拳に、和はそれに拳を合わせた。

 士気は意気軒昂、体調は万全。挑む相手も不足無し。

 緊張はしていないが、心が躍る。口元が、笑っていることに気が付く。

 去年のインターミドルの、全国個人決勝よりもずっと、楽しいと感じている。

 ──このプレッシャーを、この緊迫感を、心地よいと思っている自分がいる。

 麻雀がしたくて仕方ない。本番という舞台でこんな気持ちになれたのは、恐らく初めてだ。

 窮地に動ずるのではなく、窮地を楽しんでしまえばいいという発想。今までの原村和であったなら起こり得なかった変化だ。

 そして、心境の変化は麻雀の変化に直結する。

 

(楽しんでいきましょうか、麻雀を)

 

 ──副将戦、マスコミや観客の注目集まるこの一戦。

 誰も見たことがない原村和の麻雀が、覚醒する。


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