SUSANOWO麻雀紀行   作:Soul Pride

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 昼休みが終わりに近づき、午後からの中堅戦が始まる数十分前。

 次鋒戦が終わった後に京太郎は観戦室の信一と別れ、控室に戻っていた。泣き腫らした跡が残った優希の顔を見て、席を立ったかいはあったと京太郎は思った。

 昼食を食べ終わり、髪をおさげに束ねた久はメモに書かれたことを入念に確認していた。

 一種の、プリショットルーティーンである。一流と呼ばれるスポーツマンたちは、これを重要視する。現在の状態を掴んだり、万全時のリズムを保つために一定の動作を組み込み、精神と身体の安定を図る。 

 京太郎から見ても、彼女の調子は良好だった。体温、心音、呼吸、発汗、眼球運動など……あらゆる要素を全力で視ても、普段の状態と変わりない。緊張というものとは程遠いところにいた。

 

「どう、須賀くん」

「ええ、調子良いですよ」

「やたっ」

 

 美人だからか、上機嫌に笑う姿が可愛く映り、画になる。一般的な青少年なら、くらっとくるだろう。

 その一般的な青少年に漏れなく入っている京太郎も、思わず赤面してしまう。

 

「あっれー、どうしたの。もしかして照れちゃった?」

「んなっ!?」

 

 ニヤニヤと、小悪魔めいた顔をして京太郎をからかう。

 その憎たらしい顔ですら綺麗なのだから、文句の言いようがない。

 

「久、京太郎を苛めんのやめんしゃい」

「犬のクセにスケベだじぇ」

「はいはい」

「犬は余計だろ」

 

 本当に、この人には頭が上がらない。

 自分が美人であると自覚して、それを躊躇いなく活用できる人はたちが悪い。しかも彼女はそれを許してしまう魅力がある。

 将来、この人と付き合える男は勇者に違いないと京太郎は確信する。美人で綺麗に違いないが、もし自分が付き合うというのならごめんだ。

 

「……また余計なこと、考えなかった?」

「……いいえ」

 

 おまけに、カンが鋭いときた。

 こういうしたたかな女性(ひと)が増えるから、昨今の晩婚化が進んでいるのではないのかと、京太郎は世間に問いかけたい。 

 女は手弱女でなければならないというほど京太郎は器量は狭くはないが、したたか過ぎるのも問題だ。

 

「ねぇ、須賀くん。私には何かアドバイスないの?」

 

 京太郎のアドバイスを、久は求めた。

 優希にはフォローを、まこには要注意人物の存在を指摘した。

 なら、自分にも何かあってもおかしくないと、京太郎に聞いた。

 

「要りませんよ、今の部長なら」

「あら」

「リズムが狂っているのなら話は別ですけど、ぶれていないなら何も問題ありません」

 

 今の自分が出来ることは何もない、と京太郎は断言した。

 竹井久は、極まった雀士だ。無論、伸び代は依然としてあるが、スタイルが定まって打ち方に迷いがない。雀士としての方向性が固まった、京太郎が目指す領域に立っている先達だ。

 いつもの調子で、いつもの結果を出す。それが何よりも難しい。

 調子が狂っているのなら、京太郎は手を打つつもりだった。しかし、状態が万全であればそこに何か手を加える必要はない。

 彼女は強い。この長野県下で十指……否、五指に入る実力を持っている。身内びいきではなく、公平に、この決勝四校に残った二十人の選手を比べた上での評価だ。

 それがそのままの実力を発揮することが出来たのなら……この中堅戦、負ける要素は無い。

 

「楽しく、打ってきて下さい」

「当然」

 

 二房のおさげが翻り、竹井久は闘いへと赴く。

 己の悪待ちに賭け、己の悪待ちを信じ続け……待って待って待ち続けて到来した、最初で最後の夢の舞台(インターハイ)の切符を賭けた一戦だ。

 楽しまない方が損だ。自然と、顔がゆるんで仕方ない。

 年上らしく真面目な顔をした方がいいのだろうが……もう無理、止められない。

 色んなものが頭から溢れそうになるくらい、テンションが上がってしょうがない。脳内麻薬がドバドバ出て、ギンギンだ。

 

(──さぁ、楽しみましょう。麻雀を!)

 

 

 

 

 

 女子団体戦決勝の中堅戦。その様相は、竹井久の翻弄と蹂躙であった。

 優希とまこの奮戦。後輩たちが苦境に立っていたことを闘牌を見てわからない彼女ではない。そして、後輩たちの頑張りと、実力以上の力を発揮して血路を拓いた後輩たちに、猛らないわけがない。

 生き様と言っていい程に完成された、悪待ちという彼女のスタイルは他の三校を圧倒した。

 他三校の選手たちが弱かったわけではない。むしろ、県予選の決勝まで勝ち残るに相応しい実力を持っている。

 しかし、相手が悪すぎた。彼女たちは良くも悪くも正統派。王道を行く麻雀であったから、不合理と不条理を地でいく竹井久の手のひらの上にあった。

 多面待ちかと思えば悪待ち、悪待ちと思えば多面待ち。思考を誘導され、制限され、一挙一動に目を奪われて……完全に場は久の支配下にあった。

 それも当然か、と観戦する信一は気に入らないながらも彼女を高く評価している。好悪の感情は別にして、彼女が全国で通用するかどうかを問われれば、是と答える。

 あそこまで自身の性質を知り、そうなのだと信じ切ることが出来る人間は全国でも稀である。オカルトやジンクスに身を委ねるということは、かなりの勇気を必要とするためである。たとえ、自分の中にその力があると分かっていても。後の無い本番であれば尚更である。

 竹井久は全国区。魑魅魍魎集うインターハイであっても、戦える力を持っている。

 この中堅戦の流れが、それを証明した。

 

「……しかし、こうもワンサイドゲームだとな」

 

 何かしらの介入もしたくなると、信一は退屈していた。

 何か一発、天和か地和でも出してやろうかなと手を翳すが、気が変わり手を降ろす。

 卓についてなくとも、離れた場所での対局に干渉。そんなことを信一は可能であるか否か。その解答は可能である、と返ってくる。

 こと、麻雀だけでなく、超常的な能力に関しても神域にある。距離や位置は関係無い。認識できるか否かが、信一の可能不可能の差にある。

 だが、何もかもを自分の思いのままにする事は信一の趣味ではない、というのが取りやめた理由の一つ。期待はしていないが、そのまま久の一方的な展開になるとは限らず、何が起こっても不思議ではない。麻雀とは、そういうものなのだから。

 そしてもう一つの理由が、手を出してしまえばほぼ確実に京太郎に気取られるからだ。そうなってしまえば、この中堅戦が公平な対局の体を成さず、信一と京太郎の代理戦争に様変わりしてしまう。そういう展開はお互い望んではいない。この対局の主役たちはあくまで彼女たちなのだから、それくらいの分は弁えている。

 ぶつかるべき舞台は、決まっている。今は、動くべきではない。

 ……しかし、退屈なのは変わりなく。

 

「──ん」

 

 ポケットの中のスマートフォンが、バイブレーションを鳴らして反応する。

 電話の着信、画面に映る着信元は神代家。この時点で、誰からなのかを察した。

 電話帳登録をしている数こそ多いが、逆に信一へと連絡してくる人間はかなり限られている。命、治也、蘇芳、浬くらいで……。鹿児島(じもと)から信一への掛けてくる勇気を持った人間など、たった一人しかいない。

 

「信一様」

「様はやめろって言っただろ」

 

 通話の相手は案の定、神代小蒔であった。恒例となったいつもの掛け合いを交わし、信一は彼女がどういう用で自分に掛けてきたかを考えた。

 

「どうした?とうとう老害共がくたばったか?香典くらいは出してやんぞ」

「……またそういうことを。優しい人たちもいることも、わかっているでしょう?」

 

 その反応から、信一が一番に待っていた朗報ではないと受け取った。

 希望が多分に入っていたことは認めるが、いい加減に本気で死んでくれないかなと思っている。

 

「あの糞爺と糞婆共が俺に毒盛ったの、一度や二度じゃねぇのわかって言ってんのか、それ」

 

 何度死んだと思ったか、と舌打ちを混じえて悪態を吐く。

 伝統、慣習……古く根付いたものを維持し続ける保守的な老人たちにとって、佐河信一という規格外の『怪物』は革新的過ぎた。

 一個人が、神を凌駕する。それも無名に近い低級の神ではなく、超有名どころの戦神や荒神を幾つも従えてしまった『怪物』だ。今までの歴史上にありえなかった化物は、彼らの信じる神道どころか、宗教という概念すら砕きかねない程に、扱いの困る存在だった。

 老人たちは、彼を籠の中の鳥にしようとした。その力を枷で縛り、自分たちの手から出ていかないように。心と体を死ぬ一歩手前に留めた上で、神を超える血脈を神代に組み込むための装置(たねうま)に仕立てようとした。

 幼き頃──神と喧嘩して倒し、神代に囲われ、『悪童』と呼ばれた時から……信一は何度も命の危険に晒された。食事に毒を仕込ませるのは当たり前、呪術をかけられるのはほぼ毎日、直接的な手段(ぼうりょく)を仕掛けられたことは両手の指の数を超えてから数えていない。時には彼が大事な友であり、大切(たから)と思う六女仙の皆を人質に取られたことすらある。

 天を超えた天賦の才能と、祈りの集合体たる神を一人で下す強固な意思力。どちらも兼ね備えた信一だからこそ、心身共に今日まで無事であった。どちらでも欠けていたら今頃は老人たちの思惑通りに、次代の神代の子種を生産するだけの機械(スタリオン)に成り下がっていただろう。

 確かに全員が全員、寄って集って信一を嵌めようとしたわけではない。中には好意的に接してくれる者もいる。それでも、完全に心を許しているわけではないのだ。

 

「それはっ…………!」

 

 声を詰まらせる。正しくその通りで、何も言えなかった。

 泣いてしまいたいくらいに、申し訳ない気持ちになる。──嗚呼、泣けたら本当にどれだけ楽であろうか。 

 だが、自分らに泣く資格はない。それがどれだけ、無責任かを知っているからだ。

 仮にも霧島の姫、次代を担う象徴だ。決して神代家を取り巻く総てが一枚岩ではないことくらい知っている。

 ──かつて、信一が鹿児島を去るまで、そのことを知ることはなかった。それは霞たち六女仙たちも同様で、彼は徹底してひた隠しにしてきた。

 信一が霧島から消えて、彼女たちが初めて知った真実だった。日常の裏に、彼が苦しんでいることを知らずにいた。純粋なまま、汚れぬまま……純白の単衣のように、何も知らずにのうのうと過ごしてきた。

 恐らくは……否、確実に今でも彼は霧島という籠から脱し切れていない。六女仙という人質を使われ、行動を制限された上での仮初の自由だ。

 現実を知った瞬間、彼女たちは吐き気を催した。彼が鹿児島から出ていくのは当然で、ここは地獄も同然だったのだ。

 そして何よりも許せないのが……何も知らずに生きてきた自分たちで、彼を苦しめる材料にもなっていたことに憤っている。自分たちが、彼を縛る鳥籠になっていたのだ。

 出来るものならば、今すぐにでも喉元に刃を突き立てたい。彼が望めば、何の躊躇いもなく小蒔はそうするだろう。

 

「……ま、まあ、何だ。そう思い詰めんな。俺が悪かった」

「で、でも……」

 

 涙声が、少し混じっている。不用意な言い方をしたと、信一は内心で後悔した。

 信一は彼女たちに笑って欲しかったからこそ何も悟らせなかった。命より大切な宝を、涙で汚したくなかったから何も言わなかった。結果として、それが裏目に出てしまったが。

 そもそも、信一は彼女たちを欠片も恨んだりなどしていない。彼女たちが自分を許すことはなくとも、信一は彼女たちを許す。

 鹿児島を出たことも、彼女たちに嫌気が差した訳でもない。麻雀の資質を持つ者がいることを信じて、仮初の自由でも構わないから探したかったのである。その行動は報われ、須賀京太郎を見つけるに至った。

 もっと言ってしまえば……自分を壊そうとした老人たちすら、本当はどうでもいいと思っている。鬱陶しいことには変わりないが、直接手を下すほどの価値を見出せない。無論、彼女たちに手を出すのであればなりふり構わず虐殺するつもりでいるが。

 六女仙と姫は霧島において重要な位置にあるため、老人たちといえど、おいそれと手を出すことは出来ない立場だ。信一も、そして彼らも、それを重々承知しているから、信一が虐殺に乗り出すことはない。

 信一が鹿児島から出ることが出来た時点で、老人たちは詰んでいるのだ。その気になれば、一方的に呪い殺すことだって可能だ。彼らが老い先短い生にしがみついているのは、単に信一が視界にすら入れたくないからである。彼にしてみれば、害虫と同じ扱いである。

 

「……な、何の用で電話したんだ?そう、滅多にあることじゃないだろ、そっちから掛けてくるなんて」

 

 我ながら下手な話題の切り替えと信一は自嘲するが、小蒔の涙には勝てない。

 子供の頃に彼女を泣かしたことがあったが、その時はとてつもなく居た堪れない気分になり、凄まじく心が痛くなり、猛烈に死にたくなるくらいの罪悪感で一杯になった。そんな思いは何度もしたくない。

 神の蠱毒を実行する前にも泣かせてしまい、心のどこかで神でいいからもう殺してくれないかなという思いでいたのだ。

 彼女は、大切な(たから)であると同時に、信一が異性と意識して惚れた女だ。

 好きな人には、笑っていて欲しい。ささやかだが、強く強く信一が思い続けていることだ。

 

「その……来週、そっちで試合なんですよね?」

「そうだな。今日団体戦で、来週に個人戦だ」

 

 今目の前で、女子の試合を見ている。鹿児島で出来る大方の修行はやり尽くし、地元にいる理由もなくなった。直前の一週間くらいは、長野で修行の疲れを癒しながら個人戦を待つ予定だ。

 インターハイに出場する。プロユースを辞め、そしてあの信一が修行してまで勝ちたい相手が出来た。それを彼女たちは信一から聞き、大いに驚いた。

 長野の清澄高校の麻雀部で燻っている彼を見つけた。その力は開花し、全国最強の高校を相手に渡り合えるようになった。信一や治也といった遥か上の天才たちに屈しず、役満を直撃させるまでに急成長した。ユースを辞め、インターハイに出たいと思わせるまでに心を奮わせた。

 須賀京太郎を語る信一はとても楽しそうに笑っていた。

 霧島に居た頃は、強すぎる力を持つが故に、大人であることを強制させられていた。それに抗うかのように、悪ガキとしてふるまっていた、

 男友達とつるんでいる今でこそ、佐河信一は、無邪気な子供でいられているのだ。

 

「……私たちも、応援に行っていいですか?」

「いいけど、大丈夫なのか」

 

 鹿児島の予選も、時期が近い。永水女子の代表たる団体戦に出場する彼女たちは、根を詰めなければならない時だろうに。

 その上、神代の本家が姫たちの遠出に賛成するわけがない。その理由が、たかが神殺しが出来る程度の小僧の応援だ。全国の舞台ならまだしも、地区予選で行く理由になりはしない。

 

「大丈夫です。何とかしますから」

「お、おう」

 

 小蒔が、何とかする。そう言ったら、本当になんとかしてしまうのだろう。

 彼女はあれで、とても頑固なところがある。本気で行くと決めたのなら、周りの反対を押し切ってでも行くだろう。たとえ、一人でも。

 

「わかった。楽しみにしてる」

「はい!」

 

 電話を切り、一週間後の本番に思いを馳せた。

 そして内心、京太郎に詫びる。

 

「──わりーな、京太郎。負ける理由が無くなった」

 

 フェアではある、が。どこか狡いことのように考えてしまう。

 好きな子の前で、負けられる訳がない。カッコいいところを見せたいのだ。

 男の子というものは、それくらいに単純なモノで……頑なまでに譲れないモノがあるのだ。

 

 

 

 

 

「そろそろ……あの二人を起こすべきだよな。けど俺が行くわけにもいかないし、優希はイタズラしそうだからなー。染谷先輩に頼むか」

 

 時は中堅戦が始まって間もない時まで遡る。

 京太郎は、控室を出てトイレから戻る最中だ。

 仮眠室で眠る彼女たちも、もうじき出番が来る。十分に睡眠も取れたであろうし、寝起きのまま、覇気のない寝ぼけた頭で麻雀を打たせるわけにもいかない。

 ……特に、副将戦と大将戦こそがこの決勝においての鬼門と京太郎は考えている。

 先の三人には悪いと思っているが、この二戦においての趨勢が勝負の結果と言っていいくらい、各校にタレントが揃っている。

 京太郎クラスの実力者でもこの決勝戦での結果が読めない理由のほぼ半分が、この副将戦と大将戦の面子のそれぞれがどう反応し合って何が起きるかがわからないからである。

 

(……俺は俺が出来ることだけをやろう)

 

 雀士としてではなく、清澄の部員の一人として出来ることを。全力で彼女たちをサポートし、全力で楽しんで戦えるようにする。

 そして出来るものなら……彼女たちと共に、全国へと行きたい。

 自分の働きで彼女たちに勝ちを掴む機会を得られるというのなら、その手間を惜しまない。

 気合を入れ直し、集中力を取り戻す。

 

「……和?」

 

 仮眠室で寝ていたはずの彼女を、京太郎は見た。

 起きていたのかと、声をかけようとしたが彼女の様子がおかしいことに直ぐに気付く。

 まるで何かを探しているように、辺りを見回りながら歩いている。

 顔も浮かなく、焦っているかのよう。いつもの平静な彼女らしくもない。

 

「どうした、和」

「あ、須賀くん。エトペンが無くなっていて……」

 

 和の言うエトペン、それがあのペンギンのぬいぐるみであると京太郎はイコールで繋げた。

 別名、世界一幸せなペンギン(京太郎命名)。エトピリカになりたかったペンギンという童話に出てくる主人公らしいが、もっぱら京太郎は心の内ではそう呼んでいる。

 和が本領を発揮するために必要としているアイテムで、それを抱きかかえながら打っている。

 彼女と同じ卓で打っている時は、京太郎はそういう感情を切り離すため気にはしないが、傍から見れば嫉妬の対象になっている羨ましいぬいぐるみである。そこ代われと思ったことは、両手の指の数を余裕で超える。

 

「あのペンギンか。わかった、俺も探す」

「ありがとうございます!」

 

 早速仕事が入ったと、腕が鳴る。しかも内容が迷子(ぬいぐるみ)探しとなれば、もっぱら咲で慣れている京太郎の十八番だ。

 こんな可愛いご主人様を心配させるなんて、罪なぬいぐるみだと内心で吐露した。

 エトペン探しに乗り出した京太郎は、和と手分けして別の方で探す。

 ぬいぐるみが自分で歩いたりしたりしない。和でなくとも、そんなオカルトありえませんと断じる。というより、京太郎自身が断じたい。

 しかし、世の中にはそんなオカルトが跋扈しているのもまた事実。彼らに出会わなければ知る事はなかった事象であり、そういうこともあり得ない訳ではないと頭の片隅に可能性としてとどめておく。

 

「どこに行ったんだ、あの幸せモン」

 

 自分が先に見つけたら、一発叩いてもバチは当たらないだろうと京太郎は愚痴った。日頃の嫉妬心の表れだ。

 耳を澄ませ、目を瞠らせ、感覚を総動員で動かして探索に当たる。

 探すモノが人であれば、昨日使ったソナーのように反応が返ってきて誰がどこにいるのかがわかるのだが、いかんせん物であるとそれが返ってこない。そこまでの域となると、『天才』たる治也くらいしか出来ないだろう。

 しかし、自分は運が良いのだろう。見覚えのある丸っこいボディのペンギンを、見つけることが出来た。

 そいつは今、大岡裁きよろしく、女子二人に両方向から引っ張られてるモテっぷりを発揮していた。

 だが間もなくして……両者とも子を思う真の親ではなかったようで、エトペンの腕が千切れるという結果になった。

 

「オイッ!」

 

 京太郎はすぐ様、声を張り上げて彼女らの方へと駆けた。

 彼女たち三人はぬいぐるみが千切れて、呆然としたところを突然声を掛けられてビクりと大きく驚いた。

 身内の物を勝手に持ち出され、壊された。その経緯を、彼女たちに聞かなければならない。

 そのせいか京太郎は気が荒立っており……彼女たちを倒れ伏させてしまう圧力を無意識に与えていた。

 今宮女子の門松葉子と田中舞はソレに抗えずに床とキスをするはめになり、龍門渕の大将の天江衣はなんとか膝を着く程度で抵抗が出来ている。

 これ以上、体が動かない。許されているのは、生存に必要な生命活動と口の動きくらい。それ以外は指の一本すら動かない。

 何が起きているのか、状況がつかめない。混乱ばかりで、考えがまとまらない彼女たちは、遥か上から視点から下される発言を、黙って聞くことしかできない。

 

「……それ、和の私物でな。何でお前たちが持ってる?」

 

 冷たく、人の温かさというものを一切感じさせない事務的で、静かな口調。しかし彼女たちを見下す目は、何も映していない。

 今、この場は須賀京太郎という裁定者が支配している。彼の意思が判を下し、彼の力が彼女らの自由を縛り、彼の裁定が絶対となる。

 

「こ、衣は、落ちていたペンギンを、ハラムラのところに返すつもりだった」

 

 衣は、つらつらと本人の意思を無視して口が勝手に動くのを意識した。

 喋っているのではなく、喋らされている。それに気付いた瞬間、この見上げる相手である金髪の少年が自分が到底及ばない相手であると漸く知った。

 喋っていることは、自分の行動とそれに伴う意思。すなわちそれが、京太郎の知りたいことでもある。

 

「……で?」

「わ、私たちは……」

 

 口が、喉が、勝手に動く。抑えようとも、止められない。

 

「原村を……ちょっと困らせようと……そのぬいぐるみを持ち出して、そんで落として」

「だけど、返そうと思ったんだ。それで、この子供がソレ持ってて……」

「なるほど。つまり、お前たちが犯人か」

 

 それが判ればもういい。衣にかかる重圧は消え、体が自由に動くようになる。

 そして今宮女子の二人にかかる威圧はさらに強まり……呼吸すら、満足にできなくなるようになる。

 このまま意識を失うまで重圧をかけ続けることも出来る。もとより京太郎はそのつもりであった。

 

「そもそも、部外者が何でここにいるんだ。警備甘すぎだろうが」

「男の……アンタが……」

「俺、清澄の部員。ちゃんと許可証も持ってる」

 

 言いたいことはそれが最後か、と首を締め上げるようにさらに重圧を強くする。

 今の彼女たちには、背中に百キロの力士が座っているように感じるだろう。肺の空気は根こそぎ吐き出され、意識も朦朧。あと十秒もすれば、意識は絶たれるだろう。

 後は警備員に引き渡して、彼女らを和の前で頭を下げさせる。それで京太郎のエトペン捜索の仕事は終わりだ。

 

「ちょ、ちょっと待て!」

 

 だが、京太郎に待ったを掛けたのは、天江衣。自分が解放され、そして目の前で虐げらている者がいる。その状況が、彼女を冷静にさせた。

 

「そ、そのペンギンを直せる心当たりがある!だから、それくらいにしてやってくれないか!」

「本当か?」

 

 衣のその言葉に、京太郎は彼女たちにかけていた威圧を解いた。

 重圧が解かれ、急に肺に空気が入ったことで大きくむせる彼女たち。

 直せなかったから、直せる手段がないから、ここまで京太郎はやった。しかし、ソレがあるというのならばこれ以上やる必要はない。

 なんとか起き上がろうとした今宮女子の彼女たちは、自分たちをここまでやった男の面を見ようとする。倒れていたせいで、まともに見ることができなかったからだ。

 金髪の、二枚目半といった容貌。一見ヤンキーのようにも見えるが、近寄りがたさよりも親しみの方が沸く顔であった。

 それなのに(●●●●●)、自分たちを追い詰めた男は間違いなくコイツだ。あまりにもかけ離れた二面性に、彼女たちは大きく引いた。

 

「……ああ、それと。お前らにも付いて来てもらうからな」

 

 再び、向けられる冷たい目。ここで粗相をしなかった自分を、褒めてやりたいと彼女たちは思った。

 人であるなんて、決して認めない。彼のその姿、形容できるものが見つからない。

 ────だが、あえて今のところ仮に冠するというのならば。

 『魔王』、そう呼ぶ以外に、彼女たちの語彙では表現できなかった。


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