SUSANOWO麻雀紀行   作:Soul Pride

43 / 63
41

 東征大合同練習、そして合宿から六日後。

 インターハイ、長野県予選女子団体戦。その初日。

 清澄高校麻雀部は、日頃の練習の成果を発揮を発揮するために赴いていた。

 目指すは全国優勝。そのためにはこの県予選は避けて通れず、一位入賞は絶対条件だ。

 須賀京太郎もまた、女子団体の手伝いとして会場入りを許されている。

 そして佐河信一はまだ長野に戻っていない。学校にすら登校していない始末だ。

 しかし、必ず個人戦には間に合わせてくると信じており、直感している。とことん、納得のいけるところまで彼は突き詰めてくるだろうと。信一もまた天才に分類されるし、凝り性で完璧主義な所がある。

 京太郎は麻雀部の一人だ。故、彼女たちの応援もしたい。劇的に実力は向上しようとも、その精神は変わらない。自主的に雑用し、彼女たちのサポートに回る。

 ──共に行きたいのだ、全国へ。

 

「……うん、まあそんな気はしてたけどさ。あのポンコツぶりは文化遺産レベルだってくらいは」

 

 何ならユネスコに登録したっていい、と彼は思う。

 大会会場で逸れた宮永咲を、京太郎は探していた。

 こんな人の多く広い場所では十中八九迷子になる予想くらいはしていた。しかし、実際に防がねば予想しても意味はないのだ。

 こんなことだから、手を繋いでおくかと彼女に言ったのだ。しかしそれを言ったら咲に脛を蹴られる上に、他の皆に生暖かい視線を向けられたのだ。

 

「咲ー、どこだー」

 

 声をかけども、返事はなく。見つけることは難儀しそうだと、頭を抱えた。

 会場建物のマップは大方頭に入っているのでミイラ取りがミイラになることはないが、あの超絶ポンコツの思考パターンを読み取るというのは凄まじい難易度になりそうだった。

 

「せめて試合が始まる前には見つかってくれよー」

 

 最悪、大将戦が始まる前には見つければいいものの。見つからなかったら大惨事だ。

 ──部長の、『間に合わなかったら須賀くんを女装させて出さなきゃ』と言っていた時の目は割と本気の目をしていたのを思い出している。なんとしてでも、咲を見つけ出さねばならない。

 ふと、思い出す。別に普通に見つけようとしなくていいと。自分が頼れる器官は五感だけでなく、他にもある。

 目で探す必要はない。その上この方法ならば、この予選で勝ち上がっていく学校が予想できるかもしれない。

 

「──やってみるか」

 

 出来なかったら出来なかたらで、また真面目に探せばいい。時間はまだ余裕があるのだ。

 ……段々と、人間離れしていく自分に苦笑を隠せず、それに適応していっている現状に……昔の自分だったら信じられなかっただろうなと感慨に浸る。

 

「──全力だ。開戦の号砲代わりにはなるだろ」

 

 景気づけの花火を、打ち上げる。

 

 

 

 

 

 ……すれ違った、清澄の制服の女子が原村和ではないのか。あの地味な見た目の少女に、彼女たちが信望する魔物──天衣衣と同等の何かを、感じ取ったのは気のせいなのか。

 龍門渕高校の四人……龍門渕透華、国広一、井上純、沢村智紀は、この感覚は確かであると確信がある。同じような寒気を、身近に感じているのだ。

 後ろを振り向けば、その清澄の女生徒はすっ転んでいた。本当にこの感覚の出処は彼女なのかと疑問はあるが。……清澄高校は、原村和だけではない。その危惧を抱かせた。

 油断は最初から毛頭無い。今年もまた、東京(インターハイ)へ。絶対に行くのだと意気込んでいる。

 敗者を踏み潰して、最強を決める地へ。誰が相手であろうと、負ける気はない。

 たとえ、衣と同レベルの魔物だろうと──。

 

 

 

 

 

 ────その悪寒を、最初に感じ取ったのは誰だったか。

 

 

 

 

 

 首を絞められたような、息苦しさ。一切の呼吸を、誰もが許されなかった。

 全身から冷や汗が吹き出て、手足が震えて止まらない。

 この廊下の一帯……否、この会場中が、別の世界に変わったかのような錯覚。視界のピントが合わず、地面が波打つように不安定で立っていられない。

 のしかかられるように、背中が重い。這いつくばらされ、そのまま動けない。

 何倍にも重力が増したかのような重圧に、意識を保つので精一杯だ。

 

「なんっ……だ、これ……!?」

 

 井上純は、コレの出所を探す。この場所から、近い。そうでなければ、こんな格好を晒すわけがない。

 後ろの清澄……衣と同じ雰囲気を感じ取った彼女からなのかと、なんとか背後を見たが……出所は彼女じゃない。自分らのように倒れてはいないものの、彼女から感じ取れたものではない。

 衣クラス?冗談じゃない。プロであっても、こんな威圧感は感じない。

 

「……透華……!」

 

 彼女ら四人の内、ただ一人……龍門渕透華だけが、膝をつくことなく立っていた。それを、国広一は見上げている。

 しかし、彼女は知っている。透華は今、冷たくなっていた。

 冷たくなって、ようやく拮抗している。否、強制的に冷たくさせられた上で、なりふり構わずにどうにかやっと均衡を保っているのだと。

 

「……来る」

 

 床に耳を当てているせいか、もしくはこの会場中の誰もが足を止めているせいか。沢村智紀はここへと歩いてくる足音を耳にする。

 ローファーが床を踏む音。カツン、カツンと、音は徐々に大きくなり、近づいてくる。

 

「──ああ、咲。見つけた」

 

 この圧倒的な威圧感の主。曲がり角から出てきた学生服を着た金髪の彼は、清澄の女生徒を見るとそう言った。

 倒れ伏す龍門渕の面々が彼の視界に入ると、付けっぱなしだった電気を見たかのように「あっ」と口を漏らした。

 気づくと威圧感は消え、呼吸が許されて身動きが出来るようになる。

 冷たくなった透華も、元の意識が表層に戻った。それでも疲労感は隠せないようで、息絶え絶えに呼吸を荒げていた。

 

「……あ、京ちゃん」

「このポンコツ。やっぱ手繋いでた方が良かったじゃないか」

「あうっ」

 

 彼の方へと駆け寄った彼女は、(デコ)に指を突かれていた。

 彼もまた、清澄の生徒なのだろう。原村和にのみ注視していたため男子の方は門外漢であるが、同じ学校の生徒であればああいうやりとりが出来るだろう。

 ……そう。男子は専門外なのだ。無知に等しい。男女別に分かれているために、直接対決することは練習試合程度。重要度は同性のライバル校に比べたら低いのは当然だ。その上インターハイの男子は、レベルの低下が著しく、敵ではないと高をくくっていた。敵になるのなら東征大以外、あり得ない。そう決め付けていた。

 ──だから、あんな化物は知らない。

 

「……お、お待ちなさい!」

「うん?」

 

 透華は、彼を呼び止める。

 どんな天才だろうと、魔物だろうと、化物だろうと。この男は自分たちを脅かし、親友たちに膝をつけさせた。この屈辱は、許しがたいものだ。

 臆すな、憤れ。倒れ伏すな、立ち上がれ。

 名を聞き、そしてこちらの名を刻みつけねば、我慢ならない。

 龍門渕透華と、国広一と、井上純と、沢村智紀の名誉と誇りを守るためにも。

 

「そこの男子、名を名乗りなさい!」

「俺?」

「そうですわ!」

 

 四人の目線が、彼へと集中する。さっきの威圧感はもう無い。

 だが、気配が静か過ぎる。何も感じさせない、凪いだ空気のようだ。

 だからこそ、怖い。その気になれば、弱者になりすまして騙すことも可能なのだから。彼女たちほど力に慣れ親しんだ者なら、逆に感じなさすぎて違和感を感じ取る程だ。

 

「良いけど、どちらさん?」

 

 名前を明かすのはやぶさかではないが、その前にそちらの名前を聞きたい。

 名乗るのなら、こちらから。当然の権利と義務だ。

 

「龍門渕高校、龍門渕透華」

 

 龍門渕と聞いて、思い当たるところがあったのか。彼は眉を少し動かした。

 

「……清澄高校一年、須賀京太郎」

 

 『無名だが、よろしく』と続けた。確かに、その名前を聞いたことは彼女たちはない。

 しかし、有名無名は関係はない。彼──須賀京太郎は紛れもない脅威で、清澄の生徒であるということ。女子でなかったことが最大の幸運であった。しかし、間接的とはいえ、清澄と関わっている。マークを外す理由になどなりはしない。

 

「……?」

 

 ただ一人。沢村智紀だけが、その名前を聞いて違和感を感じた。

 聞いたことがない、それは本当か。つい最近、同じ名前を聞いたことはなかったか。

 

「行くぞ、咲」

「うん」

 

 清澄の彼と彼女は、ここを去っていく。

 衣と同じような感じを持った魔物と、それを遥かに超える化物。清澄が原村和だけだと、誰が言った。いるじゃないか、それ以上の主力が。

 ただ相まみえただけで、この威圧感。指先の震えがまだ、止まらない。

 

「……()と同じですわね、アレは」

 

 ……同じような経験を、過去にあったことを透華は思い出す。

 自分たちを相手に、決して本気を出さなかった……出せなかった彼と、後姿がダブる。

 ただそこにいるだけで誰よりも目立ち、そのくせ少し目を離しただけですぐ消える、神出鬼没の象徴。

 その気になれば、衣を含めた龍門渕全員を鎧袖一触で蹴散らすことが出来る、彼女たちが知る限りの最強の雀士。

 誰よりも自由で、誰よりも最強で、誰よりも魅力的。龍門渕透華は他者より目立たれることを嫌うが、彼に対してだけは羨望の対象として憧れる。

 ──公式戦無敗、0%(ゼロ)に隣り合う者、十代最強、『奇跡』。

 その彼とどこか酷似──。

 

「っ!ともきー!」

「──東征大の牌譜……!」

 

 透華も智紀も、気付き、思い出した。

 知らない名前、無名、とんでもない。あんな化物、ポッと出で存在するわけがないし、知られていないわけがない。

 聞いたことはなくとも、見たことはあった名前だった。

 彼こと男神蘇芳、かの男子インターミドル決勝、『奇跡』と『怪物』と『修羅』と『天才』、修羅道の殿堂たる東征大……そして、須賀京太郎。これらのワードは、見事に繋がる。

 無名など、よくもぬけぬけと言えたモノだと彼女二人は拳を握りしめた。

 今や、データを重要視する雀士にとって、須賀京太郎の名は全国区。

 他校の生徒が東征大学付属震洋高校麻雀部の部員に勝つという快挙は男神蘇芳と佐河信一、能海治也という例外以外は、弘世命が入部し部長と監督就任以後、未だに例がなかった。

 男子はおろか、女子の最強……宮永照ですら、歯牙にかけない。ごく一部の例外を除けば不敗。団体戦の成績がそれを証明しており、ただ一度も大将に座す弘世命の出番もなく、春季秋季大会そしてインターハイにて優勝している。

 現在の東征大は、全部員がトッププロより強い。数多の男子プロを輩出し、プロの四割が東征大出身であったという伝説もある修羅の殿堂にて、間違いなく歴代最強だ。

 その東征大が、敗北を喫した。例外を除けばただの一敗ですらしたことがない場所にて。たったそれだけで大ニュースになる。不可能を可能にした、例外の一人に加わったとして。

 ……須賀京太郎は、東征大に勝った男である。

 

「……一筋縄ではいきませんわ」

 

 ──この県予選は、全国の本戦より荒れる。直接関わらずとも、そうなる予感がしてならない。

 

 

 

 

 

「ただいま戻りましたー」

 

 京太郎はようやく、はぐれて迷子になっていた咲を連れて、清澄の皆と合流できた。

 二人の手は未だ繋がれたまま。それを見て、久とまこと優希は、ニヤニヤと笑みを浮かべた。

 

「お熱いわね、二人とも」

「……?あっ」

 

 久の目線の先が自分たちの握っている手だとわかった瞬間、咲は京太郎の手を解いた。

 赤面して恥ずかしがる咲は、プイっと京太郎の方から顔をそむけた。

 

「い、いつまで握ってるの京ちゃん!変態!」

「酷っ!」

 

 迷子から見つけたというのに、この扱い。手を繋いでいなかったらまた逸れるだろうからそうしたというのに。そもそも今更、手を握った程度で変態扱いされるような間柄ではないだろうに。

 理不尽を感じている京太郎は、不平を訴える眼差しを彼女らに向けた。

 

「まあ、それはともかく」

「スルー!?」

 

 清澄で自分の味方はいないのかと、軽くショックを受ける。

 

「……須賀くん、本気出した?」

「……ええ、まあ。咲の居場所を捜すのに、ソナーっぽく」

「多機能溢れてるわね、本当。お陰でこっちは大変だったわよ。私たちは慣れがあったからいいものの、急にあちこちで倒れたりして」

 

 久は、このホールで急に他校の生徒が倒れたり苦しんでいた様子を京太郎に言った。

 倒れた者と、倒れなかった者とまちまちではあったが、大変だったのは違いない。清澄の全員は、京太郎の本気を一度は経験しているために、慣れがあって耐性が付いている。

 咲を捜していた時に出会った龍門渕高校の人たちも、威圧で倒れ伏せていた。抵抗出来た者は極僅かの人──清澄の面々と、咲を捜していた時に出会った龍門渕透華という人くらいだ。

 手加減を会得していなかったら、これが常だったのかと京太郎はそれを聞いて思う。前に信一が言っていた通り、強過ぎる猛獣は飢えるだけだ。気配を殺す術を持っていなかったら、誰も京太郎の近くに寄ることが出来ない。

 

「次からは気をつけますよ」

 

 しかし、やった価値はあったと京太郎は思っている。会場中に放った威圧は、突出した実力者にはリアクションとなって返ってきた。

 どういうタイプの雀士なのか。どの程度の実力なのか。それらの情報を読み取った。ソナーのようなものと京太郎言ったが、実際は宮永照の『鏡』に近いものだ。

 結果、この長野予選は想像以上にバラエティ豊かだった。東征大の合同練習で打った、全国区の三校の面子にも劣らない。

 

「……なんつーか、羨ましいな」

 

 出来るものなら、団体戦にも出てみたかったという気持ちもある。

 男子と女子では勝手は違うだろうが、それでも多く試合が出来るというのは魅力的に映る。

 

「あら、やっぱり女装して出てみる?」

「それくらいの価値はありますよ、この大会。女装はしませんが」

 

 久の冗談に京太郎は苦笑しながら、この大会は混迷を極めることを予想する。絶対に優勝出来るなど、どこも保証が出来ない程に、各校の実力(ちから)個性(タレント)も拮抗している。

 鮮やか、彩りに満ちている。まるで綺麗な虹を見ている気分であった。

 強い、弱いでは測れないものがある。この麻雀大会には、確かな()があって、それを持つ者たちが集っている。

 技量も、力も大事だ。しかし最後に勝負を決める要素は心と意思だと、京太郎は信じている。

 

(……楽しんでくれよ)

 

 どんな結果になろうとも、負けて泣こうとも、勝って笑おうとも、最後はやって良かったと思って欲しい。一打一打に後悔しない、麻雀にして欲しい。

 勝ちを狙っていくのは当然だが、楽しんでこその麻雀だ。

 同じ清澄の皆だけでなく、この会場にいる全員にそう思って欲しい。

 それが須賀京太郎の、願いであった。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。