SUSANOWO麻雀紀行   作:Soul Pride

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熱出してバタンキュー。
38.7度くらい、厨房時代は一日で治ったんだけどなぁ……。
歳取りたくねえよー。


33

「スゥー……ハァー……」

 

 大きく、深く深呼吸。肺に空気を取り込んで、血管を通して全身の隅々に酸素を送り込む。

 思考が鮮明になり、頭が冷たくなり……それでもなお心は激情のまま、灼熱の如く。

 自らをさらに深く、奥へと身を沈める。一筋の光も差さない暗黒、麻雀の闇の深淵に。

 己が想い描く最強へと、この身を変貌させる。暗黒を鎧に変え、剣に変え、不屈の黒騎士を作り上げる。

 形態(モード)を、切り替える。対レベル1の相手……常識的なオカルト使いを相手にした場合の加減から、対東征大……レベル2以上の化物共を対象にした支配の奪い合いを必要とする状態へ。運に頼らない理外の領域、意思と魂の削り合い、剥き出しの闘争心が総ての、修羅たちの殿堂。

 全力へ。渾身へ。全霊へ。『魔王』須賀京太郎を目覚めさせる。

 咲は、目の前にいる生物が京太郎だと信じない。人間だとも思わない。人の形をした何か。そうとしかもう見えなくなってしまった。

 レベル1相当……いや、それ以下である和を相手にここまでする必要は皆無だ。

 京太郎の中の理性も、どこかではわかっている。ここまでする必要はない。全力を出す意味などない。

 相手は麻雀部の仲間で、一度は憧れた高嶺の花で、か弱き女子だ。彼女を相手に自分が加減をせずに全力を出すということは、強姦と変わらない卑劣な行為だということもわかっている。わかっているとも。

 ────だが許さない。

 理性と本能のどちらもが、原村和(のどっち)を駆除すべき害獣とみなした。敵ですらなく、一方的に滅するだけの虐殺対象だ。それは戦争ではなく、制裁である。

 須賀京太郎は、『本物』を知っている。数理の極致を知っている。

 能海治也という本物の『天才』。比較してはならないと頭ではわかっていても、比べずにはいられない。

 不確定の未来すら確定させ改変する、数理の極致。鋼の心の奥底には、神を受け入れる大き過ぎる器と、神を意のままに使いこなす才気、そしてその力を振るうに値する強固な自我がある。決して、理に操られることはなく、神の走狗でもない。必要とあるならば理すら捨てる。それが『天才』能海治也だ。

 そこに魂が、熱が、心があるのなら良い。彼女の、和の心があるのならソレは和の打ち方だ。誰のモノでもない、和のオリジナルだ。

 だが、彼女は空っぽだ。何も持たない。何も感じない。機械と打っているのと、何も変わらない。

 彼女の目に映っているものは、数字だけ。目に見える理しか見ていない。最善手しか打つことしかできない、数理(かみ)の奴隷だ。

 お前はなんだ。人か、機械(どれい)か。京太郎は殺意も怒気も隠さず、彼女を睨み続ける。

 人であるならば、熱を見せろ、魂の輝きを魅せてみろ。

 機械であるならば何もしなくていい。このまま壊して砕いて打ち捨てて、微塵も残さず消し飛ばす。

 

「……穏やかではありませんね、潰すなど」

 

 京太郎の宣言と、ビリビリと肌に走るほどの殺気。無視できるほど、和は不感症ではない。

 一応は仲間と呼ぶべき彼に、潰すと言われるのは甚だ心外である。

 それに、京太郎が自分を凌駕するほどの技量を得ているとは和は到底思えなかった。あの非常識の巣窟たる東征大で何を知り、何を経験し、何を得てきたのか分からずとも、彼が自分を潰すことなど出来などしない。そういう確信がある。

 麻雀は技術のゲームだ。積み重ねた経験がモノを言う。無論、運が絡むためイレギュラーも存在するのが麻雀であるということも認めてはいるが、初心者の京太郎が技術で上回っていることはあり得ない。

 技術で下回る京太郎が和に勝つには、偶然(イレギュラー)をモノにしなければならない。そしてその偶然を片っ端から潰すのが理論(デジタル)だ。

 ──須賀京太郎では、原村和(のどっち)には勝てない。

 

「今までは本気ではなかったと?」

「本気だったさ。だけど、こっからはお前を潰すため全力になる」

 

 全力ではなかったが、本気ではあった。試合の打ち方であり、戦争の打ち方ではなかった。

 これからは麻雀を楽しむための、勝つための打法から、殺すための打法へ。そう切り替えることに淀みはない。

 対信一、対蘇芳、対治也、対命、対浬、対東征大……そういう理外の化物たちと打ち合う時は、殺すつもりくらいでも物足りないくらいだ。僅かな躊躇いは、死を招くと身をもって知っている。

 今の原村和は機械だ。人でなければ、遠慮はいらない。全力で踏み潰せる。

 

「そうですか」

 

 和はブレない。合宿で、揺れない心を、機械に徹する心を得た。

 それが己の最強だと信じている。

 

 和 打:{北}

 

 惑わない。一打目を長考し、完成系を予測する。変わることのないルーティーンだ。完成されたデジタルを成している。

 ──そう、完成してしまっている。

 

 咲 打:{北}

 

 震える手で、打ち出した一打。豹変した京太郎に、咲は恐れている。

 ただ傍にいる。それだけで、頭がおかしくなりそうなほどの威圧感。

 感覚などとうに麻痺している。麻痺しているのに、震えが止まらない。

 和気藹々とした麻雀を楽しみにしていたのに。彼女の何が、京太郎の逆鱗に触れてしまったのか。

 そして、京太郎の一巡目──。

 

 

 

 

 

「カン」

 

 {裏}{9}{9}{裏}

 

「カン」

 

 {裏}{⑨}{⑨}{裏}

 

「カン」

 

 {裏}{九}{九}{裏}

 

「カン」

 

 {裏}{1}{1}{裏}

 

 

 

 

 

 電光石火と表現するには生ぬるく見える、神速怒涛の四連続槓。

 あっという間に四槓子四暗刻単騎確定。しかもその牌姿から、清老頭すらあり得る。

 複合役満無しのインターハイルールで打っているものの、その様には圧倒されかねない。

 咲も、優希も言葉が出ない。こんなことが、あってもいいのか。

 最後の嶺上牌を取り、一瞥して河へとたたき出す。

 

 京太郎 打:{6}

 

「当ててみろよ、俺の単騎待ち」

 

 そう言って、京太郎は残った最後の手牌を伏せる。

 34種の内、槓材の{9}、{⑨}、{九}、{1}と場に出された{6}以外。安全牌はたった一種。

 確率的にそうそう当たらない。ベタオリに徹していればいい。そうわかっていても、当たったら即死(トビ)というプレッシャーは大きい。

 一打一打が身を切る思いになり、恐る恐るで咲と優希は打っていく。

 五回目の槓による流局も、咲は考えた。しかし、それをやってしまったら本当に手遅れ(●●●●●●)になってしまう。

 場を流して、封印する。大方の仕組みを咲は見てとれた。

 流局させてはならない。だけれども、和了することができない。和了できる気がまるでしない。そういう強制力が京太郎から働いているのだから。

 残り数巡ときたところでやっと、咲は京太郎の狙いを予期した。恐らくは、優希も。

 恐る恐る二人は京太郎の顔を見た。面と向かうだけでも神経が凍るほど悍ましい今の彼を見て、自分の予感が正しいと確信させられた。

 まるで、興味が無い顔。卓を全く見ず、上の空で、機械的に牌をツモり、盲牌すらせず出していく。

 ──こうまであからさまで、そして冷酷で残忍な方法を……。特に和相手なら、特級の破壊力となるだろう。

 この状況下でも、和は崩れない。平静そのもの。揺れず、惑わない。

 そういう不安要素を片っ端から切り捨てている。認識すらしていない。不必要と断じた情報を全て捨て、効率のみを追い求めている。

 盲打ちであるのは、京太郎も和もある意味同じであるのだろう。

 ……結局、この局もだれも和了できず流局。京太郎以外がノーテンで終わる。

 

「……なぁ、京太郎。何待ちだったんだ?」

 

 優希は意を決して、京太郎に尋ねた。

 単騎待ちの牌は、伏せたまま。伏せてからずっと、京太郎はたった一つ残った牌に触れていない。つまり、一切待ちを変えていないということだ。

 京太郎が打っている最中は、ロクにツモった牌も見ずに河に出していた。和了する気など最初からない、そう言っているようなものだった。

 咲と優希が想定した最悪は、間違いなく和を傷つける。せめて、その予想は外れてほしいと内心祈っている。

 

「これだ」

 

 伏せた牌を、指で裏返す。

 機械の天使を砕き、壊し、崩す必殺の一撃を……露わにする。

 

 

 

 

 

 京太郎:{6}

 

 

 

 

 

 京太郎の待ちは、{6}単騎。最後の嶺上牌で、和了できたはずの牌。

 瞬間、部室の空気が凍った。咲と優希が考えていた最悪……それがそのまま的中してしまった。

 誰にもツモらせずに役満和了……その気になればそれが出来ていた。だというのにもそれをせず、平然とそれを放棄。まるでこの程度、いつでもいくらでも出来るのだと言って憚らない。

 

「どういう……つもりですか」

 

 思わず席から立ち上がり、京太郎を睨む。その目には明らかな怒りが宿っていた。

 さすがの和も、冷静さを欠く。のどっちでは、なくなる。

 まるでこれは、情けを掛けられたも同然。あえて見逃している、というメッセージだ。

 ……全力を出さない者を、わざとらしく手を抜く者を許さない、彼女がそうだと知っていて。

 

おはよう(●●●●)、和」

 

 ──目を瞑って、眠って打っていたような彼女へ、京太郎はあえてこう告げた。

 

「わかんないか」

「ええ、わかりません。何故そんなことを……」

「おちょくってんだよ。判れ、それくらい」

 

 挑発的で、傲岸不遜な物言いに和はさらに怒る。

 始めの頃に咲と打っていた時──プラマイゼロを連続して打っていた時とは比べものにならない憤怒。

 彼女のケースは、まだ事情があった。拭いきれないトラウマがあった。

 しかしこんなにもわかりやすく、こんなにもあからさまで、こんなにも直接的に……見下すような目で、自分を見ている。

 

「和、お前は嫌いじゃないんだけどさ……そんな紛い物(ガラクタ)を見せつけられたらぶっ壊したくなる。本物を見ちまったら尚更な」

「何を……」

「ぶっ壊される相手が俺で良かった。ツイてるよ」

 

 和を壊すのが自分で良かったと、彼女は冗談抜きで幸運なのだと、京太郎は本気でそう思っている。

 あの四人の誰かであったなら、もっと惨い方法を躊躇いなく選んで実行するだろう。同じ清澄の仲間である京太郎だからこそ、これくらいで済んでいる。

 

「足掻けよ、和。こんなド素人に負けたらインターミドルチャンプの名が泣くぞ」

 

 直後、和は全身に倦怠感を感じる。思うように、体が動かない。

 ネット麻雀をする時のように……のどっちになるように、冷静さを取り戻そうとした矢先に、集中力を乱される体調の変化。ただでさえ怒り心頭で心が落ち着かなくなっているというのに、心身共に崩れていく。

 ふと、和は見た。自分のもう一人の姿……ネット麻雀での最強、のどっちの姿(アバター)を。

 幻とわかっていても、目を離すことはできない。その無惨な姿を。

 大天使の象徴たる羽をもがれ、魔法の杖はへし折られ、露出の高い白のドレスはボロボロにされて更に露出を高めている。さらにその体は逆さにされた十字架に磔にされ、四肢は釘で刺され、胴と首は有刺鉄線で縛り付けられ、頭に茨が巻かれている。

 優希とは比べ物にならない、凄惨な拷問。強烈なほどの縛りを和に与えている。

 倍満の縛りを超える、役満分の封印……。

 

(──じゃ、ないんだよな。コレが)

 

 京太郎が放棄した役は四槓子四暗刻単騎──実質、ルールでは採用されなくとも、ダブル役満分の封印。デジタル派で堅実な打ち手の和は、この封印を破るには至らない。望みがあるとすれば偶然を上回る天運を引き寄せた上で、不条理に身を委ねる必要があった。

 そして、原村和が原村和(のどっち)であろうとする限り、不条理に委ねる勇気は無い。この時点でリタイア同然であった。

 過剰なほどの、執拗な仕打ち。明らかなオーバーキル。

 

(さっさとくたばれ、機械(ガラクタ)

 

 そしてここまでやろうとも、京太郎は攻め手を緩めたりはしない。

 徹底的に、苛烈さを増していく。容赦という言葉を、完全に忘れ去っている。

 東三局、流れ三本場。親は咲。ドラは{6}。

 

 咲 打:{西}

 

 咲にはもう、どうすることもできなかった。自分では、京太郎を止められない。そうわかってしまった。

 遠すぎる場所に、今の京太郎はいる。背中が見えないなどそういうレベルではない。文字通り、次元が違う。

 ……恐らくは、あの佐河信一と大差ない場所に立っているのだろう。

 

 京太郎 打:{南}

 

 優希 打:{西}

 

 京太郎はツモ牌を見ずに打牌、優希はおそるおそる打牌。その姿勢で、誰がこの卓の支配者であるかが瞭然であった。

 恐怖と力で支配する、圧政者、独裁者……どころではない。

 天地を己が力のみで屈服させる様は、『魔王』としかたとえようがない。

 

 和 打:{東}

 

(……ソレが出るか)

 

 和の第一打に、京太郎は苦笑。可笑し過ぎて、表情が抑えきれなくなった。

 そう仕向けた(●●●●●●)とはいえ、バカ正直に打ってくるのは三割程度と京太郎は考えていたが。そんなにも不条理に足を踏み込むのが怖いのか。

 

「……何がおかしいんですか」

「いやな、笑わずにいられないって」

 

 咲の手番を巡り、再び京太郎のツモ番。

 ツモ牌を何も見ずに切るのは変わらないが……その牌を、曲げて出した。

 

「リーチ」

 

 京太郎 打:{横②}

 

 千点棒を置き、リーチをする。

 

「さらに、オープンだ」

「えっ」

「なっ」

「はっ」

 

 

 

 

 

 京太郎:{東}{2}{2}{2}{3}{3}{3}{4}{4}{4}{8}{8}{8}

 

 

 

 

 

 手牌を晒す、暴挙。オープンリーチのルールは大会ルールには存在しない。つまり、オープンリーチをするメリットは存在しないということだ。

 だが、京太郎の目的は和了することではなく……己の手牌を晒すことにある。

 四暗刻{東}単騎待ち。配牌から一切入れ替えることなく、牌姿は変わっていなかった。先ほど和が捨てたのもまた、{東}。その気になれば四暗刻が直撃していたという末路を辿っていた。

 まるで答え合わせをするように。答案用紙に載っている答えと比べるように。

 

「俺が言いたいこと、わかるか?」

「た、ただの偶然です!」

「そうだな。そう言ってしまえば全部偶然(ソレ)で片付けられる。便利な言葉だよな、ホント」

「……!」

「まあ、だから。その大三元は諦めろ(●●●●●●●)

 

 

 

 

 

 和:{7}{9}{南}{南}{発}{発}{発}{白}{白}{白}{中}{中}{中}

 

 

 

 

 

 まるで牌を見透かしている視線。和の手牌が大三元を形成していることなど見通している。

 一矢報いようと念じた思いを牌が叶えたものではなく、京太郎がわざわざ和の分の配牌も分け与えた結果こうなった。そもそも、和は牌に念じれば答えてくれるなどという、女子供のオカルトを信じない。人の想いが現実を捻じ曲げるという現象を、決して信じはしない。

 だからこんなにも他人の領域を弄繰り回すのにも楽であった。蚊を叩いて潰す方が、まだ力を入れるくらいあっさりと出来てしまった。

 

「あがらせねえし、あがらねえよ。誰にもな」

 

 気の済むまで、この地獄は続ける。『魔王』の独裁は続ける。

 力こそ総て。これこそが卓を統治する資格。

 そしてこの卓において、最も力があるのは紛れもなく……須賀京太郎であった。


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