SUSANOWO麻雀紀行   作:Soul Pride

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今回はあんまり話は進んでいません。
……大学が、卒論がいけないんや…………!


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 東一局0本場、起親は大星淡。

 ドラは{白}。

 開局と同時に、彼女から『宇宙』が広がる。

 

(……コレ、こいつの持ち物だったのか)

 

 強制的な向聴の押し付け。速度を落とし、足を削ぎ、孤立させ、迷わせる暗黒の宇宙。

 京太郎は、麻雀そのものと接続してその力を知っていた。東征大の皆には通用こそしなかったものの、その有用性と強力さはさわりだけ知っていても理解できる。

 和了させなければ勝ちの麻雀において、配牌の不利を押し付けることはこの上ないアドバンテージを得ることだ。

 麻雀とは十割運。彼らが提唱するその本質を捉えた、強大なオカルトである。

 

 淡 打:{北}

 

「……うん、なるほど」

 

 ……彼女たちのことは、大体理解した。

 持っているオカルト、打牌の傾向、心理状態等々……彼女たちの意識に潜り込み、知っていること知らないこと全て把握する。

 照の『鏡』より深く知り、誰にも悟られない隠密性を兼ね備えている。

 麻雀と繋がった今、卓にある情報が手に取るようにわかってしまう。

 

 京太郎:{東}{北}{南}{西}{西}{一}{九}{発}{1}{白}{2}{⑧}{七} {六}

 

「九種九牌」

 

 ツモってパタリと牌を倒して晒し、ヤオ九牌が九枚以上あることを見せた。

 彼女たちの力量はわかった。彼女たちの力に合わせていく。……ここからが正念場だ。

 やったことのない、難しいと予想できる……手加減というものに着手する。

 ラジカセの音量の調節つまみのように……微妙な調節ができるほど器用じゃない。それは京太郎自身がよくわかっている。

 力の上限を高めることだけに集中してきた。最大音量に固定し続けてきた。力がついて、強くなっていっても、つまみは動くことなく、下限の値の目盛の底が深くなっていく一方であった。

 信一と出逢って間もないというのに……否、信一と出逢う前から、京太郎は全力を尽くしていた。

 清澄で勝てなかったあの頃。もがき苦しみながら、ひたすらにがむしゃらに熱意を麻雀に向けることしかできなかった、弱かった頃の自分。全力を出すことしか知らない自分。

 いつの間にやら、調節するためのつまみは錆びついて、動かなくなった。

 無理に動かそうとすれば壊れてしまうだろう。手加減をして全戦力を出してしまうという、そんな面倒なことになりかねない。

 ならばどうするか。錆びを落とすか?だが、その錆び落としはどこから持ってくる?無い物を別の場所から持ってくるのは、信一や治也のような才能のあるものたちの特権だ。才のない京太郎が、出来るものではない。

 ──ならば、どうするか。

 才能がない。経験もない。ただ愚直に、全力を出し続けてきた。それしか知らない須賀京太郎は、何が出来る?

 自分の中にあるものをかき集めろ。かき集めて並べろ。彼らと戦った時のように全部は使わない。使いたいものだけを吟味して選べ。

 ……ああ、悲しいほどモノがない。少ない。わかっていた。

 しかし逆を言えば、それだけシンプル、わかりやすい。だからこそ、すぐに見つかった。

 駆け抜けた時間こそ短いけれど、思い出が、記憶が自分の中にある。

 つまみを動かすことができないのならいっそ、その時の自分に回帰すればいい。

 ──自分の力を、遡る。

 

「……九種って、まさか……」

「佐河信一の……」

「ああ、九種はこれ一回きりです。信一先輩のように二十回三十回と続けませんって」

 

 あの九種こそ、自分の開始地点。走り抜けることが出来た、スタートライン。

 もっとも、このままでは自分の回帰というより信一の回帰になってしまうのだが。

 

「続いたことあるんだ……」

「続けることも出来るんだ……」

 

 九種自体がそんなに高くない確率だというのに、それが何度も何度も続けることもできる。信一とはタイプと手段は異なれど、同じ結果を引き起こすことは京太郎でも可能だ。

 彼らの直弟子という印象があるせいか、京太郎が彼らのような力を使えば同じようなことをしてくるのではないかと恐々としている。特に、国士と九種というわかりやすい特徴がある信一の業には過剰反応が起きてしまうのは仕方ないことだった。

 

「なあ、あるんだろ?隠してるオモチャ。見せてくれよ」

「……っ」

 

 大星淡は、こんなものではない。単純な才能なら京太郎の遥か上をいく。それこそ、咲に比肩するくらいに。向聴の押し付けは強力な力ではあるが、もっと強力な切り札を隠し持っている。

 それを隠し続けてきたからこそ、打たれ弱い淡でも、東征大で負け続けても挫けていない。

 しかし、合同練習の対局はネット上で公開される。情報の拡散を恐れた菫は、淡にソレを合同練習で使うことを禁じた。

 この対局は牌譜を取っているわけではない。対戦相手も自校の先輩と大会に関係のない男子。

 ──ならば、見せてもいいじゃないか……。

 

「大星、ダメだ」

「淡ちゃん、ダメ」

「……わかってますよ」

 

 少し冷静になり、思いとどまる。

 手加減をする相手に、わざわざこちらが本気でいく理由になりはしない。

 東一局1本場。ドラは{三}。

 

 淡:{一}{九}{1}{9}{①}{⑨}{東}{南}{西}{北}{発}{白}{中} {三}

 

(ほうら、素で私はこれくらいは出来るんだ。凡人とは格が違うんだ!)

 

 淡 打:{三}

 

 国士無双十三面、配牌聴牌。

 自分の中の切り札を切った覚えはない。これが大星淡の実力なのだと信じて疑わない。

 驕りともいえる、自分の持つ才能の絶対的な自信。

 

「……あら、ミスった。こっちの方も印象強かったからなぁ」

 

 やれやれと、京太郎は自分の手牌を見て嘆く。

 手加減は中々うまくいかない。しかし、この方法で間違いないと、確信めいたものもある。

 自分の中にある、体感した記憶の再現。やり方そのものはわかりやすいものだから。

 結果や過程をぶっ飛ばして、結果を打ち立てる。自分はそういうタイプなのだと、わかっているから。

 

「もう一回九種です。すみません、嘘つきました」

 

 京太郎:{一}{九}{①}{⑨}{1}{9}{東}{南}{西}{北}{発}{白}{中} {三}

 

 京太郎、再び九種九牌。……しかも今度は国士十三面という淡のものと鏡合わせのような手牌。

 絶好の配牌を自ら捨てる暴挙。それは昼の練習でも同じことをやっていた。何故、どうして……とは、誰も聞かない。

 

 誠子:{一}{九}{①}{⑨}{1}{9}{東}{南}{西}{北}{発}{白}{中}

 

 尭深:{一}{九}{①}{⑨}{1}{9}{東}{南}{西}{北}{発}{白}{中}

 

 全員が国士十三面。和了を目指す限り絶対に和了することができず、足を踏み外せば必ず死ぬ、夢幻の国士。

 自信のあった淡は愕然とし、誠子と尭深はやっぱりかと納得する。佐河信一が居る場に、彼以外が国士が和了できるはずがないと。

 それが須賀京太郎であっても変わらない。信一たちの愛弟子たる彼が、同じことが出来ない理由になりはしない。

 いつか、信一は言っていたことを京太郎は思い出す。これが片手間で出来るようになる、と。

 ああ、出来てしまった。こんなところまで、来たのだ。

 

「信一先輩、三十回くらい九種やって勝った後、コレやったんですよ。それが印象強くて、つい」

 

 その時の彼を再現してしまった。コレを見た時は、とてもではないが人間業ではないと思っていたが……何時の間にか、自分も同じことができるところまで来てしまった。

 思い出を遡るというのは、中々に難しい。印象の強い記憶に、どうしても引っ張られてしまう。

 もっと自分が嬉しかったこと。それを思い出せ。

 

「……うん、コレだ」

 

 決して出来上がらない国士を穴に放り込み、次に思い出す記憶を懐古し、その時の自分を再現する。

 それが完了した時には、対局の態勢が整っていた。

 東一局2本場。ドラは{東}。

 

「ふっざけんな……!」

 

 自分で手にした国士が、ハリボテだった。自分の力で得たものと思っていたものが、相手のミスによってなったものだった。

 ──バカにするのもいい加減にしろよ。

 髪が、たなびく。無風である部屋の中で、確かな変化がある。

 淡が広げた宇宙に、熱が広がる。深いところからやってくる、理解できない何かがやってくる。

 もう、どうでもいい。手加減したかったら勝手にやっていろ。そしてみじめに負けてしまえ。

 

「大星!」

 

 ──私が本気を出させてやる……!

 

「リーチ!」

 

 淡 打:{7}

 

 大星淡の切り札、ここに切る。

 ダブルリーチ。それが彼女の秘奥である。

 それも、ただのダブリーではないことは京太郎はすぐに察した。

 山が最後の角に差し掛かる時、淡は動く。

 

「カン!」

 

 {裏}{北}{北}{裏}

 

 リーチからの暗槓。カンドラは{七}

 ……そして、一巡後。

 

「ツモ」

 

 

 

 

 {二}{二}{1}{2}{3}{⑥}{⑧}{西}{西}{西}{⑦}

 

 {裏}{北}{北}{裏}

 

「ダブリー、そして……」

 

 裏ドラに手を伸ばし、

 

「ドラ、4」

 

 裏ドラは{六}と{北}。

 

「6100オール」

 

 

 

 

 

 親の跳満ツモ。ダブリーをしてから、カンをして裏ドラを乗せてくる。

 ただでさえ、向聴が押し付けられて速度が落ちている。その状況でほぼ確実に跳満ツモを和了する力は、まさに驚異という他ない。

 これこそが大星淡の必勝パターン。最後まで隠し持っていた、最高の大砲である。

 

「……凄いな」

 

 思わず、そう京太郎は漏らした。

 まさに、凄いとしか言いようのない。

 東征大の部員や京太郎ように才能を後付で得たものではない。持前の、大星淡が元々持っていた才である。

 それは眩く、美しい。

 その気になれば、京太郎も彼女と同じことができるだろう。しかし、これは出来る出来ないの問題ではないのだ。

 これほどの力は、本来ならば麻雀に繋がらなければ出来ない技。それを、完全に自前の才能だけでなしたという事実は、それだけで京太郎を驚かせる。

 能力の優劣に関係なく、彼女は凄いと尊敬したのだ。

 

「どうだ、まいったか!」

「ああ、まいった。惚れそうだよ、まったく」

「ひゃっ!?」

 

 点棒を渡しながら、素直に言う京太郎。

 惚れそうと言われた淡は、軽い悲鳴を上げて驚いた。

 まいったと素直に認められ、さらには惚れそうだと言われた。ストレート過ぎる好意を向けられ、淡の顔は真っ赤になる。

 

「な、ななな何言って……」

「だからこそ、解せない。その才能は、その輝きは、俺じゃあ決して得られない。何で壊されたがったのか、まるでわからない」

 

 それほどの才能、壊すのは非常に惜しい。対戦相手として立つ京太郎としても、宝として、大切にしたいほどに。持ち主である淡本人であるならば、猶更に決まっている。

 かつて京太郎が欲しかったものを、淡は捨てようとしている。もし力がないと嘆いていたその時の自分であったなら、彼は彼女に怒鳴っていたに違いない。

 

「……だって、わけわかんないくらい強いじゃん」

「そうだな。手加減もままならないくらいな」

「だから、同じ場所にいくのに要らないよ。絶対に」

 

 強く、眩く、美しい才能が故に、淡は重荷と感じてしまった。

 そこらの相手であるならば、能力頼りで絶対に勝ててしまう。その事実が、麻雀をつまらなく感じさせてしまった。

 今の淡を打倒できるものは、全国の女子高生の中でも一握りだけだろう。それこそ、両手の指の数で足りてしまう。

 強いヤツがたくさんいる、東征大。そこに期待をかけていた。

 そこには、自分より強い高校生を、何も持っていない男子が一蹴する光景が待っていた。

 勝っているから、最初はそう思っていた。だけれども、どうしようもない程の劣勢に立った彼は、面白くて、楽しくてしょうがないといった風に笑っていた。

 普通はそうじゃないだろう?現に、自分の本気と打った者たちは絶望の表情を露わにした。

 それなのになぜ、そんなに楽しそうにいられるのだ?

 想像を超えた先にいる化物たちを相手に、どうしてそこまで足掻けることが出来るのだ?

 ──それなのに……なぜ、そんなに幸せそうなんだ?

 強いとか、弱いとか、本当は関係ない。

 

「羨ましいんだもん、だって……」

 

 ────あんなに楽しそうに打っていたら、私もそこに行きたいよ。

 ただ、羨ましいのだ。麻雀をあんなに楽しそうにやっている姿を、初めて見たのだ。

 麻雀に何があるのか。彼らに何が映っているのか。そんなに幸せで楽しそうな笑いを浮かべるほどの何かがあるのなら…………。

 

 ──私も、仲間に入れてよ。

 

「……わかった」

 

 ──それが、聞きたかった。

 

「俺、物を教えたこともないし向いてもいないから下手だろうけど」

 

 教えよう、麻雀の楽しみ方を。

 ここへ来たいのなら、誘おう。

 自分みたいに駆け足じゃなくていい。ゆっくりでいい。

 ここへと来るまでに、捨てる必要は何もない。

 だからどうか、お願いだから。

 

「俺で良ければ、きっかけくらいならやる」

「ホント!?」

「その代わり、壊れたいなんてもう言うなよ」

「勿論!」

 

 せっかく、かつて自分が欲しかった物を彼女は持っているのだ。捨てるなんてこと、させたくないし、したくない。

 自分が出来ることなど、たかが知れている。それでも、ここまで来たいという願いを無碍にできない。

 ──では、かつて言われたことを再現してみよう。

 

 

 

 

 

「俺たちの麻雀を知りたいのなら、手助けしよう」

「麻雀の、何を?」

「全部を」

 

 ────ここに、契約は成立した。


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