「断る」
「えー……」
「打つかどうかは俺の気分次第だ。今日はもう打たないと決めたら絶対打たない」
淡と打つ。そう決めた京太郎は面子を集めるために、自室で寝ていた信一を誘った。
だが、にべもなく断られる。今日はもう休むつもりでいるのに、また麻雀を打つというのは信一にとってはあり得ない。
打ちたい時に打ちたいだけ打ち、打たないと決めたら気分が乗らない限りは絶対に打たない。
我が侭ではあるが、信一はこれは譲らない。それが麻雀を最高に楽しく打つ秘訣。誰にでも実践可能な、基礎にして基本だ。
「それに、打つ相手はあの白糸台の金髪だろ?」
「わかってたんですか?」
「お前に熱々の
「いや、眼の前の対局に精一杯だったんで」
「鈍いな、
「マジで!?」
京太郎はあの東征大で目の前相手以外に気を回すことなど出来なかった。そうすることが最大の礼義であったし、最高の対局をするためにはそうすることが大前提だと信じていたからだ。
蘇芳以外の三人と浬、そして東征大の部員たちのほとんどは淡の抱えていた狂気に気付いていた。その対象が京太郎であることも気付いてはいたが、指摘してしまえばさらに悪化する可能性を恐れて、触れることができなかった。
彼らは優れた雀士ではあるが、セラピストではない。強くなりすぎてしまった故に、常人の気持ちがわかりにくくなってしまったのだ。
「俺はあんな壊されたがりと打つつもりはねえ」
壊されることを望んでいる。負けることを望んでいる。淡の内にある狂気を、ちゃんと信一は知っていた。
そういう打ち手と、打ったことがある。突出し過ぎた雀士に出遭ってしまうと、壊されたがる者が出てくることを。
そういう奴らは、どう打ったところで壊れてしまう。経験上、信一はそういう雀士を何人も何人も壊してきた。
そして壊した後は、何ともいえない苦味が口いっぱいに広がるのだ。
それを京太郎が知りたいというのなら信一は止めないが、それに巻き込まれるのは勘弁であった。
「俺だってそうですよ。ちゃんと焚き付けておきました」
「あん?いつの間に煽り文句を覚えた?悪いヤツだな、京太郎」
「信一先輩にだけは言われたくないです」
清澄の部室であんだけ煽っておきながら。清澄一の不良は伊達じゃない。
そもそも悪いヤツ云々を、信一に言われる筋合いはない。学業優秀の不良など、エリートヤンキーそのものであるのだから。
「なーにー?生意気だぞ京太郎」
「俺は健全な優良高校生のつもりですしね」
「
「しませんよ!」
一瞬、淡にはドキっとしてしまった京太郎ではあるが。彼女のことを可愛い女の子だとは思ったりもしたが。打ちに行くと気持ちを切り替えてしまえば、そんな迷いは一切ない。
本気で、叩く。勝ちに行く。お互いがそうなってしまえば、全力で麻雀を楽しめるはずなのだから。
「……京太郎」
「何ですか?」
ベッドから起き上がり、京太郎を見据えて、
「お前、そろそろ手加減を覚えろ」
「…………はい?」
全力を出すと意気込んでいる最中に、信一の水を注すような言葉。
京太郎は少しムっとなる。全力を出してこその真剣勝負。出すもの出してこそ、勝利に意味は持ってくるのだと、京太郎は信じている。
「あの子をぶっ壊す気はないんだろ?」
「そりゃそうですよ。好き好んで雀士としての命を絶ちたいわけありませんし」
「そういう人種も、まあいないわけじゃないんだがな」
ぶっ壊して悦に浸る打ち手。弱者をいたぶる打ち方を熟知した雀士。いないわけではないし、信一も名前を知っている者もいる。世の中には、そういう奇特な人間もいるのだと納得している。理解は決してできないが。
そしてそれは、京太郎も同じこと。東征大での特訓は、実力以上に精神性を定まらさせた。
相手が麻雀に対して積み重ねてきた時間や情熱、そういったものに最大限の敬意を払っている。それらを受け止めた上で、全力でもって叩きのめすことが最高の礼儀と知ったのだ。
相手の心を壊そうとする打ち方は、それを土足で踏みにじるようなことだとわかっている。積み重ねてきた熱意は、どれもとても美しく見えるのだから。それを踏み壊すことなど、京太郎にはできない。
本気には本気で。今の京太郎にはそれしか知らない。
「だったら尚更そういうわけにはいかないんだよ。別に手を抜けなんて、言ってねえし」
手加減と手を抜くことはまるで違う。
手加減とは、力のコントロール。適切な場面に適度な力加減を発揮するための制御。自分の持つ力を隅々まで理解することだ。
京太郎はここまで、全力以上を出すことを要求され続けた。空っ欠になりながらも限界以上を絞り出して、力の最大値を上げることのみに努めてきた。結果、彼らが想定していた速度より何百倍も速く今の場所へと到達してしまった。
資質が高い者は成長スピードも劇的に高い。それはわかっていたが、京太郎のソレは異常が過ぎた。本来ならば、今年のインターハイの決勝卓の段階でやっとそこに着くと、彼らは思っていた。
……言ってしまえば、彼らが教えられる範囲での強くなるためだけの要訣は、もう何も残っていない。そこから先は、彼らにとっても未踏の地であるのだから。
だからこそ、ここから要求されるのは得てきた力の完全なコントロール。逸脱しすぎた力をコントロールし、周りに適合していくための擬態技術。
麻雀が強い者は、だだ在るだけで畏れを抱かせる。魔物と称される者たちであれば、感が鋭い者を身震いをさせるくらいに。
今の京太郎の域に至っては、無遠慮に威圧を振りまいてしまったら問答無用で怪物扱いだ。周りに適応することも出来ず、迫害されるのが目に見えている。
百獣の王たるライオンも、狩りの際も堂々としていては、獲物を狩れず餓死をするように。気配を消すことも長けなければ、回りに順応出来はしない。
それが突出した力を持ってしまった者の、宿命だ。
いつもいつも、全力であれば最善であるというのは間違いなのだ。
「同じことじゃないですか」
「同じじゃないんだ。じゃあ聞くが、昼に俺と打った時、俺らは全戦力を発揮していたでしょうか?」
信一と治也、そして浬と演じた死闘。血が湧き叫び、内にある全てを吐き出した闘牌は心に刻まれ、今でも鮮明に思い出せる。
十年経とうとも決して色褪せない対局だったと、思い出しただけで心が躍る。
そして彼らは間違いなく全力であった。そういう気迫が、想いが、痛いくらいに伝わってきていた。
「当たり前ですよ。全力全開の力だってビリビリ感じましたし」
「
「はいっ!?」
「確かに全力だったよ。だが、全戦力だったかどうかと聞かれれば違うな」
「全戦力じゃないって、どういうことですか。全力とどう違うんですか?」
単なる言葉遊び?そうじゃないのは京太郎はわかる。資質と才能、と同じ意味に聞こえる言葉をあえて信一は言い分けた。
資質とは麻雀に対する愛や執着で、決して替えが利くものではない。才能とは後付が利くものであり、いくらでも組み替えることができる。どちらも強さに直結することが出来るものではあるが、その意味することは全く違うものと京太郎は知った。
おそらくは、それと同じことなのだろうと京太郎は受け取る。
「例えば。浬さんが感情を爆発させてから本領を発揮するのは、打ってみてわかっただろ?」
「はい、それが……」
「あれ、全然怒ってねえ方だからな」
「……うろ覚えですけど、すっげー怖かったんですけど」
「一回だけ、本気で怒らせたことあんだけどよ……あんなモンじゃねえぞ。俺と治也と蘇芳が全力で協力して打ってようやく二着にさせられたからな。本人は覚えてねえようだけど」
浬という例を一つ挙げても、全力と全戦力の違いがこれほどのものである。本人が忘却するほどの怒りで、浬は全戦力を発揮することができる。その力は、競争意識の非常に高いあの彼らが協力をするという異常事態を引き起こすくらいに。
余談ではあるが、彼らはこの日を境に浬に対して怒りの原因となった話題を封印した。
実に恐ろしい、浬のシスコン。浬の前では、妹というワードは最大級の禁句である。
「じゃあ、信一先輩や治也先輩もその……全戦力じゃなかったってことですか?」
「ああ。全戦力ってヤツは、麻雀を楽しむためのものじゃないし……そもそもなったことないからな、俺と治也は特に」
「なったことないんですか?」
なったこともないのに、全戦力というものがわかるのか?怪訝そうに見るが、信一は肩をすくめた。
「なったら死ぬし、俺ら」
そして、何の気もなしに、あっさりとそんなことを言った。
「……は?」
「俺らが何かを降ろしたり、別の法則を持ってくるっていうタイプだっていうのは、京太郎もわかってるだろ?それを突き詰めちまうと、精神が死んで法則を垂れ流すだけのただの肉の器になっちまう。周りに災害をまき散らすだけの植物人間直行だ」
「うわぁ……」
信一たちにとって、全戦力の行使というのは自殺と同じだ。死んで別世界の法則をまき散らすだけの、災厄と化してしまう。
そんなオカルト、と京太郎は否定できない。むしろ、納得できてしまう。本気の彼らと打って、あの力が行き着いてしまったらそうなるというのが簡単に想像できたから。
──歴史を紐解けば、そういう前例が幾つか存在する。信一は家柄、そういうものに深く関わっていたため、突き詰めてしまえば周りを巻き込みながら身を滅ぼすことを知っていた。
「全戦力ってのは暴走と変わらん。そんなんで麻雀が楽しめるか?」
「無理です」
「あの子にも、俺らとやった時のように挑む気だったろ。アレ、全戦力の一歩前だったからな。たまにならいいが、常習的にやってたら寿命を削るぞ」
彼らを相手に拮抗することが出来たのは、全戦力状態に入りかけていたから。もし完全になってしまったら、京太郎にどんなリスクが負っていたのかわからない。
京太郎はあの力を使いこなしてこそだと考えていたが、それは勘違いであったと改める。
ならば、そのギリギリを見極めれば……。
「ギリギリを見極めればいいとか考えてるだろうが、やめとけ。リミッターを外す引き金が緩くなるだけでロクなことねえぞ」
「……何でわかったんですか」
「俺らが同じことを考えなかったわけがないだろう」
お前の考えていることくらい、既に自分らが通ってきた道だからお見通しだ、と信一はさも当然のように言う。
無茶も時と場合によっては美徳だが、デメリットしか生まないことをさせる意味はない。
「それに、手加減を覚えるってのは手を抜くわけじゃない……てのは言ったか。俺らの支配の奪い合いってのは、綱引きみたいなもんだ。時には引くことも有効なもんだ」
手加減とは、何も力をセーブするだけじゃない。彼らレベルまで来てしまうと、僅かな力の弛みも駆け引きを生む。
力は必要だ、それは大前提である。しかし、力だけで勝てる領域は京太郎はもう通り過ぎている。
「だけど、手加減って……。俺そんな器用じゃないし……」
全力しか出せないのは、ブレーキの利かない暴走列車と同じ。なまじ馬力が凄まじいため、もたらす被害は甚大なものになってしまう。
しかし、京太郎は混乱していた。今まで全力以上の力を発揮しなければまともに勝負にならなかった。だからこそ、強くなることに必死で、駆け足でここまで来た。
手加減とは、力のコントロール。調節ツマミで自在に操れるものではないので、難儀するだろうと京太郎は考えている。
それでも、使いこなせるようになればとても便利というのはわかっている。絶妙な実力差を生ませ、切磋琢磨しながら実力を上げさせることや、必要な時にのみ力を入れることによって力の温存を可能に出来る。
「そうだな。命も蘇芳も、手加減下手だし」
信一や治也と同格のあの二人でさえ、手加減は苦手である。むしろ、浬や東征大の部員たちの方がよっぽど技巧者である。
蘇芳は単純に不器用。加減をしようにも上手くいかない。女子を相手に本来の力を出せないのはそのせいだ。だがそれは、あの巨体を見ればイメージに合うので、自然だとは思う。
「弘世先輩がですか?」
一番そういうのに器用そうな命が苦手だという事実に、京太郎は意外と思った。
東征大の指導者として超優秀であるのなら、そういう力加減は非常に上手だと思っていた。
事実、京太郎に告げた麻雀の心得は、今の彼に深く根付いている。
「命は、コントロールが下手っつーか……現在進行形で暴走しっぱなしなんだよ」
「まさか……」
「────ずっと、戻ってねえんだよ。あの四年前のインターミドルから」
命は、あのインターミドルから変わったきり。それ以来ずっと全戦力状態。ブレーキの利かない暴走列車。
超えてはならない超深層へ。潜ったままずっと、帰ってきていない。深く暗い霧の中で、迷ったまま。
弘世命の時間は、四年前から止まっている。
ならば、あの命は何なのだ?あのように振る舞う、京太郎の知る彼は誰だ?
「初めて顔合わせした決勝の時にはもう、既にああだったからな……俺らはそれ以前の命を知らないが、それより前の牌譜や映像を見れば別人だってわかる」
「じゃあ、今の弘世先輩って……」
「食われたんだろーさ、麻雀の闇に。俺らと違って、命は自分を凡人だと思い込んでたからな」
当時、弘世命は麻雀の腕こそ優れてはいたが、彼らほどの現実離れした力は持っていなかった。
佐河信一、能海治也、男神蘇芳。この三人ほどの、自らの力と才に絶対の自信を持っていなかった。
だからこそ、彼らと戦える場所まで潜り込んだ。深く、深く、深淵へ。自力で戻ることの出来ないところまで。超えてはならない一線を、超えてまで。
「凡人だと認識して尚、アイツは俺らと渡り合おうとした。その願いの果てが、今の命だ」
「……弘世先輩は、元に戻りたいと思ってるんでしょうか?」
「知らん」
「知らんって、そんな……」
「勝手に命が賭けたんだ、今までの弘世命ってヤツを。それにな、俺は一度たりとも、アイツの口から元に戻りたいなんざ聞いたことがない」
だから、信一は命に手を差し伸べない。助けて欲しい、元に戻りたい、そう言ってくれなきゃわからないのだから。
それは親友である命が相手だろうと変わらない。そもそも、ああなる前の命を、信一たちは知らないのだから、元に戻すと言われてもハッキリしない。
信一たちにとって今の命こそが、弘世命であるのだから。
「……京太郎」
「なんですか」
「お前が命と同じになろうと、どんな化け物になろうと、俺はお前を見捨てはしない。それは約束する」
「覚えてますかね、俺がその約束を」
「忘れても、俺は絶対覚えてる。……だけどな」
一呼吸置いて、信一は京太郎に告げる。
「俺は今のお前が好きだ。あんま、無茶はすんな」
「……滅茶苦茶恥ずかしいこと言ってません?」
「うっせぇ、馬鹿。さっさとエッチぃことしに行ってこい!」
「しませんって!」
恥ずかしいが、嬉しくもある。
信一は止めはしない。どうなるか、どうなりたいかは、京太郎が決めること。選ぶ権利は、京太郎にある。
どんな道を選ぼうとも、どんな化け物に成り果てようとも、信一は京太郎を見捨てない。それだけで十分であった。
友情に厚い彼に、感謝を。心気遣ってくれる彼に、感謝を。
──部屋を出ていく時、小さく「ありがとう」と言い残した。
「で、そっちはいないと」
「ああ、俺一人でいい」
ホテル内の遊戯室には、卓球台や将棋盤や囲碁盤などが置かれており、カウンターからお金を払えば用具や駒などを借りることが出来る。また、隅には一昔前のシューティングゲームの筐体が置かれており、喧しくデモ画面を流し続けていた。
遊戯室の麻雀卓には、淡が二年生の亦野誠子と渋谷尭深を連れて座っていた。本当なら東征大で打ちっぱなし負けっぱなしを繰り返し、ゆっくり休んでおきたかったのだが、淡がどうしてもいうので仕方なく来ていた。
同じチームの二人は、京太郎を見るなりギョっとした表情になる。
寝る前の軽い体操と思って軽い気持ちだった。まさか、この男がここにいるなど想像もつかなかった。
「……オイ、聞いてないぞ大星。軽く一局だけで良いって聞いたから打つってのに……あのトンデモ一年と打つなんて」
「淡ちゃん、恨むよ……」
「何言ってるんですか。私たちは天下の虎姫ですよ。どんな相手だろうと、勝つだけです」
淡は、対戦相手のことを伏せて頼んでいた。照と菫は東征大の練習で疲れ切ってもう寝ていたし、誠子と尭深は京太郎を含めたあの五人に完全に恐怖していた。名前を出してしまえば、必ず断る。
今回、初めて合同練習に参加した白糸台の三人。全国区の一軍エースなのだという自負はあったが、その自信は粉々に砕けそうになる。
今日一日居て、ようやくわかった。東征大とは、掛け値なしの修羅道だと。部員の一人一人がトッププロレベルのエース。一部を除いた現在の実業団やプロの選手を、根絶やしにすることくらいは可能なほどの実力者しかいない場所だ。正直、同じ麻雀をやっているように思えなかった。
その雀鬼共が蠢く地獄で。当然のように無敵を誇るのがあの五人だ。
そしてその一人が……宮永照を始めとした女子の全国トップクラスの雀士たちを一蹴し、正真正銘の化け物である信一と治也をトビ無しルールとはいえ一度はマイナスにした、超新星の『魔王』──須賀京太郎。
あの対局を見てから、彼を初心者と侮った視線で見る女子は皆無だ。否、初心者とか玄人とか、そういう次元ではない。アレは成るべくして成った化け物だ。
彼を東征大の合同練習の参加を推したのは信一たちということから……同類の臭いを嗅ぎ取ったのだろう。初心者ということが事実だとしても、そこまでに短時間で至らせる規格外の何かがあるのだと。
(……この二人も、全力でやったら壊れそうだ)
負けないという気持ちこそあれど、それはとてもか細いもの。容易く折れそうなほどに、もろく見える。
年上だというのに。実績もある、経験者であるというのに。完全に京太郎を相手に萎縮してしまっている。
彼女たちを壊したくはない。麻雀によって積み上げてきた情熱、時間、汗、苦痛、栄光、喜び……その全てが眩く輝き、綺麗なのだから。それを壊すなど、忌避したいものだった。
「まあ、明日も練習ありますし。俺も加減しますんで」
出来るかどうか、不安な手加減。それに挑戦する。
勝ちを目指す過程を楽しむ麻雀をするのではなく、一喜一憂して楽しむことを優先する麻雀を目指す。
配牌が良ければ心が躍り、ツモが良ければ笑いがこぼれ、和了すれば歓喜を露わにする。
配牌が悪ければ心が沈み、ムダヅモが続けば苦い顔が浮かび、和了されたり放銃すれば泣きたくなる。
──そう、それは、初めて牌を触った時のような……。
「ハァ?私を相手に手加減するっていうの」
「是非とも本気にさせてくれ。信一先輩に、手加減の練習をしろって言われたんで」
「こんっの……!」
拙い挑発だが、淡はそれに乗せられる。瞳に宿る闘志の炎が、さらに燃え上がる。
裏返された場決めの風牌を表にめくる。京太郎は{西}、淡は{東}、誠子は{南}、そして尭深は{北}。
起親は大星淡。
「楽しもうぜ、麻雀をよ」
負け続けた故に力に飢え、勝利に拘る麻雀から……純粋に楽しむ麻雀を。京太郎は、そこまで来ることができた。
麻雀を楽しもう。そう伝えたのは、彼女たちにか。それとも、自分にか。
いつの間にか忘れてしまった、あの感動。あの驚き。麻雀を始めてそんなに日は経っていないというのに、まるで遠い昔のように懐かしく感じる。
とても楽しかった。とても面白かった。だから短く、一瞬に過ぎ去ってしまった。
彼女たちは尚更そうだろう。京太郎以上のキャリアの長さに加え、名門校の一軍として勝利を要求される立場。恐らくもう、覚えていないだろう。
今こそ、自分と麻雀を、見つめなおす時。
──思い出そう。麻雀を始めたばかりの、あの時の気持ちを…………。