SUSANOWO麻雀紀行   作:Soul Pride

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「天和、16000オール!」

 

 浬によって叩き出された天和の一撃。

 はるか天空の向こう側、衛星軌道上の軍事衛星から放たれた質量弾。槍状の、劣化ウランやタングステンよりずっと強度硬度密度重量が突き詰められた架空物質によって形成されたモノ。それが寸分の狂いなく、東征大の、彼らの卓へと直撃する。

 それは、如何なる堅牢な守りを跡形もなく砕く。穿ち、貫き、必ず滅殺することを約束する撃崩の一矢。

 照準に定められたが最後、狙われた者に許されることは末期の句を詠むことのみ。

 彼こそが『Bunker Buster』、『神風』、『大量破壊兵器(MDW)』、『絶滅の炎剣(

レーヴァティン)』──世界ランク9位、白水浬なのだ。

 

「ッシャア!!勝ったぞ!!もう二度とテメェらとはやらねー!」

 

 一番歳上の彼が一番勝利にはしゃいでいる。信一と治也を相手に勝つことが出来たことに、心を震わせている。

 ずっと、彼らは目の上のタンコブであった。麻雀に年齢は関係ないが、それでも年下の彼らにいいように負け続けてきたことは浬にとって大きなコンプレックスだった。

 慕ってくれているのはわかっている。好いてくれているのもわかっている。それでも、負けてばかりの自分が不甲斐なく、情けないと思っている。

 ──彼らに出逢うまでは、浬も最強の雀士というものに憧れ、そして目指していた一人であった。

 高校最強の東征大に入学したのも、プロへの最短距離だったから。東征大出のプロは若手であろうともプロの上位に食い込む程の成績を残している。プロユースに入るより、ずっと自分の実力を向上できると考えていた。

 命が入るまで、浬は東征大の最強であった。彼が一年生であった頃であっても、全国から選り抜かれた精鋭や上級生を相手に一軍レギュラーを勝ち取る程に。先代の部長から新たな部長に命じられた時には、名実共に高校最強であった。

 だが、命が部長職をかっさらい。彼の同朋と打ち、泥にまみれると、どうしても届かない、達してはいけない領域があることを悟る。限りなくそこへと近づいた浬は、その境界の前で止まることを自戒した。その先へ行ってしまえば、もう人ではなくなってしまう。それを怖れたのだ。

 浬が先ほど怒っていたのは、彼らにではない。実力だけでなく、立ち向かおうとする心すら弱くなってしまった自分に苛立っていた。

 お前が目指していた最強の雀士という奴は、たかが図抜けた最強を見ただけで、たかが人でなくなってしまう程度で潰えてしまうほど、脆く儚いものであったのかと……須賀京太郎を通して、過去の、東征大時代の自分が、語りかけてきた気がしたのだ。

 対局が始まる前までは、京太郎は自分より実力が少し劣る程度だった。伸び代と成長速度が半端ではないことを考慮しても、信一と治也はその程度で太刀打ちできる相手ではないことを良く知っている。彼らはそれほどの化け物であることを痛い程に熟知している。

 だが、あの化け物どもを相手に果敢に挑む京太郎を見て、浬の心は揺さぶられる。そしてあまりにもあっさりとあの境界を越えてしまう彼に、自分は何をしているのだと苛める。たかがこの程度のことで、何を怯えていたのだと。

 ────最強を目指すなら、人を捨てるくらいわけないだろう。

 こんな形ではあるものの、彼らを相手に勝ちを拾えたことは喜ばしいことなのだ。

 

「そりゃねーだろーが、浬さんよ。もっかいやろーぜ」

「そうだな。勝ち逃げは許さん」

 

 息切れしながら、彼らは再戦を求める。

 限界もいいところなはずだというのに、彼らはさらにその先へと行こうとしている。

 彼ら憑依型の能力は、乱用すれば命に関わる。強力には違いないが、リスクも大きい。

 だがそれがどうしたと、信一も治也も気にもとめない。麻雀で死ぬなら本望な程に、麻雀に焦がれている。

 

「勝ち逃げは大人の特権だ。それに、ほら」

 

 浬が目をやった方に、信一と治也も向く。そこには彼ら以上に疲労困憊し、今にも崩れ倒れそうな京太郎がいた。

 なんとか意識は保っているようだが、喋る余裕もない。呼吸も絶え絶えで、流している汗の量もフルマラソンをやったかのようにびっしょりだ。

 急激過ぎる程に、この半荘で京太郎は力を伸ばしていた。自分の中にあるものを総動員し、無いものを振り絞って。本来耐えきれない成長を、自我と意地で押さえつけて。その身を省みない無茶のツケが、ここで回ってきた。

 

「お前らも疲れてるだろう。そんな状態でやっても、また俺が勝つぞ」

「チッ、しょーがねーか」

「勝ちは譲ろう」

 

 納得のいっていない顔だが、浬の勝ちを認める。

 なんだかんだでこの四人の中でマイナスに転落することもなく、オーラスで逆転した。

 あまりにも、京太郎との鬩ぎあいが楽しすぎた。浬の力が侮れるものではないと知っておきながら、そのことが抜け落ちるほどに。

 

「京太郎、立て……はしないか。俺が肩を貸そう」

 

 信一は京太郎の腕を回して立ち上がる。

 おぼつかない足取りだが、信一を支えにしてなんとか歩いている。

 周りを囲っていたギャラリーは、出口までの道を開けた。誰もがその道を通る信一と京太郎に目を離さない。

 パチパチと、乾いた拍手の音が鳴る。それを皮切りに拍手が重なっていき、万雷のものとなり彼らの健闘を褒め称えるものになっていく。

 麻雀の極致を見た。人の可能性を見た。人間は運を支配下におけることが出来るのだと、証明してくれた。化け物とされる彼らに、果敢に立ち向かった勇者を見た。

 

「……聞こえてるか、京太郎。この拍手は、お前が作ったんだ」

 

 信一と治也のワンサイドゲームが繰り広げられていたのなら、この拍手の渦は生まれなかっただろう。

 京太郎が極限までしのぎを削ったからこそ得られた栄光だ。

 この栄光は、京太郎のものだ。雀士としての、初めての栄光を、彼は手にしたのだ。

 これを京太郎のモノと認めないのであれば、信一は許さない。

 

「……満足そうな顔しやがって」

 

 死ぬほど辛くて疲れているはずなのに、浮かぶ顔は満面の笑み。

 ──そんなに楽しかったか。ああ、俺も楽しかったよ。

 

「内容じゃ浬さんの勝ちだが、本当の勝者はお前だよ」

 

 麻雀を心底楽しめたヤツこそ真の勝者。そういう意味では、勝ちを収めたのは間違いなく京太郎であろう。

 羨ましくてしょうがない。こんなにも麻雀を楽しそうにするなんて。

 資質に関してはやはり、群を抜いている。だからこそ、こんなにも強くなったのだ。

 保健室へと向かう途中で。ホールから出ていくと、屋上の外には命が立っていた。

 信一と京太郎を待っていたかのように。ホールでの騒ぎの中心人物たちを咎めに来たのだろう。

 中で起きていたことの一部始終知っているに違いなかった。彼の城で好き勝手にやったのは失敗ではあったが、後悔はしていなかった。

 

「…………あー、悪い命。あんまアイツ等怒らんでやってくれ」

 

 勝手に自分たちが勝負をやったのが悪いのだと、練習を放棄した東征大の部員たちを庇う。

 

「何のこと?私にはよくわからないわ」

 

 そう言って、命はウインクをする。その容姿でやれば、男であることを忘れてしまいそうになるほど魅力的に映る。

 一つ貸しだと、無言で言っている。

 

「……ありがとよ」

「信一」

「ん」

「楽しかった?」

「すっげー楽しかったよ。羨ましいか?」

「ええ。凄く、羨ましいわ」

 

 勝手に楽しんで、と嫉妬が籠った視線をぶつけられるが、信一はそれが心地よかった。

 

「まあ、インターハイに出れないプロユースは、存分に打ってなさい」

「負け惜しみにしか聞こえんな~」

「何よ。ユースを辞める気?」

「それも考慮してもいいな。辞めんのは簡単だし」

 

 インターハイという大舞台で、京太郎と打つのも良い。そのためならプロユースなどかけらも惜しくない。

 プロユースは入るのは難しいが、辞めるのは簡単だ。違約金さえ払ってしまえばすぐにアマチュアへと戻ることが出来る。

 それほどまで、京太郎に惚れこんでしまった。プロで立場を確立してしまった治也はもう無理だが、彼もまたそうしたい衝動に駆られているはずだ。

 命はハァ、と大きなため息が出てしまう。男子の個人戦は想像以上に激戦となるということが予想できてしまったのだ。

 

「それで、お前はどうすんだよ」

「何が?」

「個人戦。ずっと出てねえじゃんか。団体戦だって大将に陣取ってるクセに副将までで必ずトンでるから、公式戦で打ったことないだろ。高校入ってからよ」

「ああ……」

 

 弘世命は個人戦に出ない。出てしまえば、必ず男神蘇芳と激突するのが目に見えているのだ。

 勝ちたい相手ではある。だが、好んで戦いたい相手ではない。故に個人戦の出場は忌避していた。

 そして団体戦においても。命がオーダーを組み、一年の頃から自分は必ず大将に置いていた。そして全ての試合において、必ず副将までで決着がついてしまっている。

 高校に入ってから、一度たりとも公式戦を経験していない。

 ある意味において、弘世命は伝説になっている。絶対王者の東征大に身を置き、部長・監督に就きながらも──一度たりとも公式戦を経験していない。

 故にこういう疑問が生まれてしまう。

 弘世命は、本当に強いのか?

 

「……出ますよ、個人戦」

「ほう」

「OB連と後援会にせっつかれて。個人・団体共に制しての東征大だとね。蘇芳の連覇を阻止しろと言われましたよ」

「老害もいいとこだなオイ」

 

 男神蘇芳に勝つことの難しさ。それを東征大のOBや後援会はまるで理解していない。

 それも大舞台の本番となれば、あの男の力は底知れなく高まっていく。目立てば目立つほど、力が湧いていくタイプなのだ。

 言う方は簡単だ。そうしろああしろと、命令すればいいのだから。

 しかし実現する方は、とんでもなく骨を折らなければならない。

 

「まあ、何にせよ……」

「ええ」

 

 ────今年のインターハイは、一波乱起きる。そんな確かな予感が、彼らにはあった。

 

 

 

 

 

 京太郎が目を覚ましたのは、昨日チェックインしたホテルの一室のベッドの上だった。

 体が異様に軽い。そしてもの凄く渇いている。とにかく、水が欲しかった。

 どうしてここにいるのか、わからなかった。自分は東征大で打っていたのではないのか。

 

「お、起きたか京太郎」

「信一先輩……」

 

 隣のベッドには、信一が寝転がっていた。

 やっと起きたかと、待ち望んだように。

 

「……俺、東征大にいましたよね。何でここに……」

「俺らと打って、そのまま疲れて寝ちまった。今、何時かわかるか?」

「えと……」

「八時だよ。飯と風呂行ってこい」

 

 午後八時が現在時刻とすると、結構寝ていたことになる。

 わざわざ割いてくれた練習時間を、無駄にしたことになる。

 

「その、すいませんでした」

「何を謝ってんだ。謝るのはこっちの方だよ。夢中になりすぎて無茶させちまった」

 

 ああなってしまったら、自分でも歯止めがきかない。楽しさに夢中になりすぎて、京太郎の身を案じなかった。

 

「…………俺、負けたんですね」

 

 オーラス、浬に天和を和了されたところまでは覚えている。

 意識と無意識の間に垣間見た、衛星兵器から放たれたバンカーバスター。それが浬の麻雀の形なのだと理解する。

 

「白水プロのアレって、二人以上で使うやつですよね」

「何でそう思ったんだ?」

「なんていうか、そういうイメージが浮かんだんで」

「お前ほんっとおっそろしーわ」

 

 意識せずに宮永照の『鏡』と同じことをやっていることに、しかも使っていることをあの面子に悟らせないレベルにまで至っていることに、信一は戦慄が走る。

 もう、ほとんど命がいる場所と変わらない。京太郎がオカルトを使ったことを察知できるのはもう命しかいない。

 命が本気で『鏡』を使えば、使ったことすら気づかせない。それは他のオカルトも同じく、オカルトを使ったという認識すらさせない。

 そういう境地に、京太郎も立とうとしている。

 

「まあ、確かに。アレはリザベーションって呼ばれてる。浬さんの妹とその後輩は、それで大会を荒らしまわってた。北九州最強の女子高生はその二人だよ、間違いなく」

「けど、それは正規のモノですよね。白水プロの物はなんていうか、相当いじくっていたような……」

 

 浬の使っていたモノは、京太郎が麻雀と繋がって得た情報のモノとまるで別物。原型が80㎝列車砲(グスタフ・ドーラ)だとすれば、何をどうすればあんな衛星兵器に変わるというのか。

 

「この東征大には誰がいるよ?そういうもんを思うが儘に弄れるヤツがいるだろ」

「……弘世先輩」

「そういうことだ。まあ、それをリスク無しの五連結バージョンなんてモノを、東征大は団体戦で使ってるから。大概中堅あたりでどっかがトブ」

 

 命が入学した代から。当時副部長であった白水浬のリザベーション能力の戦術が取り入れられた。

 リザベーションの本来の形の、五連結。京太郎は、その力が縛りにかけた翻数の倍の数を次の選手に和了させるというものと思い出す。それが五連結となれば、想像を絶するモノになるのは目に見えている。

 リザベーションを使う際の厳しすぎる条件……他者と同調出来るということに関しては、東征大の部員に関しては何ら問題ないと京太郎は思っている。何故なら全員、命のデッドコピーであり、その在り方を模倣した存在であるのだから。むしろ同調しない方が難しいだろう。

 

「浬さんのは単独で、プロの世界で使えるようにリザベーションのバージョンが幾つもある。俺らに使ったIO(インタラプト・オーダー)、ってのはその一つだ」

「……場で積み上げられた翻数を、そのまま自分に使う。俺たち、役満を連発してましたからね」

 

 他家と同調し、場で作り上げられた翻数分を自分のモノにする。トンでなければ機能する、絶対的なカウンターだ。

 数えるのもバカらしくなるくらい、役満を出し続けていた。アレも麻雀なのかと常人では疑問になるほどに。

 しかし、京太郎は胸を張って答えるだろう。そういう麻雀もあるのだと。

 引っかかっていた疑問も解けた。

 京太郎は風呂の道具をまとめて、部屋を出ていく。

 

「京太郎」

「はい?」

「……楽しかったか?」

「もちろん」

 

 部屋を出ていく際にそう問うと、即答で返される。

 ガチャン、と扉が閉まると、信一はベッドに体を放り出して一人笑いを浮かべていた。

 

 

 

 

 

 食事を済ませ、ホテルの最上階の大浴場で汗を流した京太郎は、浴場前の休憩ホールで体を休めていた。

 その合間に、携帯で電話帳からある人へと連絡する。

 番号の隣にあるパーソナルネームは竹井久。清澄の麻雀部の部長だ。

 数回のコール音が鳴った後、繋がった証拠である刹那の間が空いた。

 

「もしもし、部長ですか?」

「ええ、須賀くん。そっちはどう?東征大は」

「一局打つ度に強くなってく実感があるくらい充実してますよ」

「あらら、それは凄いわね。部室に戻ったらその実力の程を見せて頂戴」

 

 掴み所のない、いつもの久だった。強くなっているというのも、半分信じているくらいだろうと、今の京太郎は彼女の心がわかってしまう。

 東征大で練習して力を増したという話は、聞いたことがなかった。かえって自信を無くし、麻雀から手を引くという話の方が良く聞くくらいだ。

 しかし、あの信一が逸材と呼ぶほどの京太郎の資質を信じれば。京太郎を丁寧に育て上げるはずだ。信一は不良ではあるが、麻雀に関しては嘘をつかない純粋なところがある。それで半々というわけだ。

 ──と、久は考えている。

 

「みんなはどうですか?」

「気になる?順調にスキルアップしてるわよ。須賀くんじゃ勝てないかも」

「俺だって、強くなってますよ。部長だってコテンパンにできますって」

「それはとても楽しみね。嘘じゃないことを祈ってるわ」

 

 清澄に戻ったら部長をトバそう。密かにそう京太郎は誓う。

 

「……すみません、咲に代わって貰えませんか?あいつ携帯持ってないんで」

「それが本題ね。いいわ」

 

 久にそう頼むために、彼女に電話した。

 電話が代わるまでの少しの間、向こう側の様子が、少しだけ聞こえてくる。

 もしも、もしも信一に出逢わなければ、自分も向こう側にいたのではないのかと思いを馳せる。そして未だに、燻っていたに違いない。もがき、空気のない水中で溺れ苦しんでいたのだろう。

 だがもう、それは意味のないことだ。今の自分は、強くなると決めた。あの四人に、あの憧れたちに追い付き追い越すという目標を持ってしまった。もう戻れないし、戻りたくない。

 ただ走り抜けることしか、須賀京太郎は知らない。

 

「もしもし、京ちゃん?」

 

 馴染みの深い、幼馴染の声。聞いているだけで安息を与えてくれる声。

 彼女の声さえ聴いていれば、ここは自分の居場所なのだと落ち着かせる。ほんの少しの間、会っていなかっただけでこんなにも心寂しく感じてしまっていた。

 東征大という修羅場に居続けていたせいか、なおさら心が安らぐ気がした。

 

「ああ、咲。元気してたか」

「してるよ、もう。心配してくれたの?」

「ポンコツの幼馴染を持つ気持ちを、咲はわからないからな」

「むーっ」

 

 電話の向こうでふくれっ面になっている咲の様子が、手に取るようにわかる。

 当たり前で、いつものこと。こういう風に悪態を吐ける相手は、京太郎には咲しかいない。

 過酷な環境にいた影響か。日常の象徴であった彼女のことが、とても愛しく、大切に思えるようになってしまっていた。

 心境の変化に、京太郎は内心戸惑うが、割とすんなりと受け入れることが出来た。

 

「京ちゃんこそ、大丈夫なの?」

「何が?」

「その……東征大って、もの凄く強い人ばかりって聞いたから」

「ああ。みんな訳わかんないくらい強かった。その癖初心者の俺に一切手加減しねーの」

「ええっ!?」

「けど、打ってみてわかるんだ。みんな麻雀にすっげー真摯で真剣で、本気で来るのも俺を対等の相手だって認めてくれているからだってわかるんだ。それが凄く嬉しくてさ」

「京ちゃん……」

「俺は大丈夫だって。それに、その凄い面子を相手にトップを取ったんだ。強くなってるって自信はついてるんだぜ」

 

 今の京太郎には、実力と共に確かな自信が付随していた。自分の力は確かなモノなのだと、納得出来るものがあった。

 次に打つ時には、今度は俺が彼女たちを驚かせてやる。そういう悪戯心が湧いてくるくらいに、京太郎は自信に満ち溢れていた。

 ──そして、彼女に伝えなきゃいけないことがある。

 むしろ、これが本題だった。

 

「咲。東征大で、照さんに会った」

「──!?」

 

 声にならない、驚き。それが向こう側から伝わってくる。

 

「東征大の合同練習で、白糸台が来たんだ。そこに照さんもいて、会って話したよ」

「そう……なんだ……」

 

 なんとか、絞り出したような声だった。

 話題に出すべきではなかったかと後悔があったが、彼女は姉に会うために麻雀で全国で行く気でいる。余計なことと思われても、その背中を押すくらいのことはしたかった。

 

「何か、伝えることはある────か?」

 

 ふと、顔を上げると休憩ホールに新たな人影が入ってくるのが視界の端で捉えた。

 その二人は風呂上りらしく、髪は少し湿っていて京太郎と同じく浴衣を着ていた。休憩ホールの端にあるアイスの自販機に向かっていく。

 ……後姿であったが、間違えるはずがなかった。

 

「ううん、大丈夫……。京ちゃん?」

 

 電話から伝わる咲の声は遠く。

 ただただ、京太郎は彼女を見ていた。

 

 

 

 

 

「聞いてねーよ、同じとこで泊まってたなんて」

 

 

 

 

 

 運が良いのか、悪いのか。このところの巡り合わせは、出来すぎると言っていいくらいなものだと、京太郎は自嘲する。

 ──ああ、信一は言っていたな。俺は運が良いって。なら、そう思うことにするよ。

 京太郎は自販機の方へと小走りで向かう。

 

「照さん!」

「……京ちゃん」

 

 そこにはアイスを購入した宮永照と、その隣には大星淡がいた。

 彼女もまた、京太郎がここにいることに驚いている。

 宿泊施設が同じだったという偶然。まるで図ったかのようとしか思えない。

 

「照さん。何も言わずに、この電話の相手と話して下さい」

 

 そう言って、京太郎は通話状態のままの携帯を照に渡す。

 首を傾げながら、照は携帯を受け取る。

 

 

 

 

 

「もしもし」

「え、その声……」

「──!」

 

 

 

 

 

 ほんの僅かの声を聴いただけで、照の表情は一変する。

 声だけで、電話の相手が誰なのか。それがもうわかってしまったのだろう。

 反射的に、照は京太郎の携帯を突き返した。

 通話はもう切れていた。

 

「どういうつもり、京ちゃん」

「……俺は、咲の助けになりたいだけです」

「余計なお世話だよ……」

 

 そう言って彼女は、京太郎の脇を通り抜ける。

 確かに、余計なことだったかもしれない。いくら幼馴染とはいえ、姉妹間に何が起きたかを知らない京太郎は部外者だ。

 それでも、やらなければならないことだった。

 

「私達のことは、ほっといて……」

 

 去り際の一言を言い残して、照は休憩ホールから出ていく。

 置き去りにされた京太郎と淡。どうやら相当根深い何かあったことを察する。

 咲に手に負えるものなのかと心配する京太郎だったが、咲本人が解決しなければならないと、この件については一線を引く。

 もし、咲が助けを求めて来たのなら。その時にこそ京太郎は持てる力を全て使って彼女たちの助けになろう。

 

「ねえ、アンタとテルーって知り合いなの?」

「ん、ああ……。一応、幼馴染ってやつだけど」

「ふーん」

 

 淡は京太郎を改めて良く見る。

 淡は彼に何かを感じられなかった。照のような、麻雀が強い者が発する何か……怖気や寒気、痺れるものが何もない。

 だがそれは、今日一日一勝も挙げることが出来なかった東征大の部員も同じだった。そこらの凡人と同じだと思って舐めてかかったら、今までにない程に負けてしまったのだ。

 そしてこの京太郎も、照を相手に何もさせずに勝ったのだ。能力を壊し、ツモらせず、一方的に和了し続けて勝利した。

 きっと、彼女の想像の域を超えた先にいるモノたちは、麻雀が強いと感じさせる気配を消す方法を知っていると淡は考えた。

 ──知りたいのだ。その先に行く方法を。次元を超えた先にいく術を。

 照を相手に圧倒的な勝利を収めた対局だけでなく、信一、治也、浬といったプロの最精鋭が集ったあの頂上決戦を見て、魅せられたのだ。

 あんな麻雀を、人は打つことが出来る。知ってしまったのなら、目指すしかない。

 

「えっと……」

「大星淡、白糸台の一年生だよ。格好良かったよ、須賀京太郎」

「お、おう……」

 

 天真爛漫、という言葉が良く似合う少女だ。女の子に格好いいと、ストレートに褒められたのは京太郎は初めてだった。

 思わずドキリと心音が高鳴る。一言褒められただけで揺さぶられるなんて、自分はどれだけチョロイのだと頭を悩ませる。

 そう言えば麻雀部に入ったきっかけは和だった。今でこそ麻雀に首ったけになってはいるものの、彼女の容姿に釣られて来たのは否めない。そしてあろうことか男である命に一目惚れしかける始末。男だと明かしてくれなければ、本気で惚れていたかもしれなかった。

 まあ、つまり。須賀京太郎は年頃の男子の例に漏れず、可愛い女の子が大好きなのだ。

 そしてこの淡も、胸こそ咲とトントンだが、容姿も良い。そして性格も、純粋で明るい子なのは見ていてわかる。

 女子から率直に好意を向けられれば、男子は嫌がれない。特に、可愛い女の子であればなおさらだ。

 

「……ねえ、私と打って?」

「ここでか?」

「うん。練習じゃ打てなかったから。遊技場に麻雀卓もあったし、ね?」

 

 剥き出しの好意。自分と打って欲しいというのは本当で、そこに嘘はない。

 ……だが、京太郎はふと気付く。嘘はないが、裏はあると、根拠のない直感が知らせてくる。

 自分に向けられる、淡の甘えるような視線。だがその瞳の奥に、確かな狂気を感じ取った。

 

(……これ、は……)

 

 京太郎は、無意識の内に彼女の内へと潜り込んでいた。

 どうやって、どういう方法で、どういう原理で。そういう過程をすっとばし、結果だけを得てしまう。

 淡の考えていること。淡の心の内。淡が京太郎との対局で望んでいる、願っている真意を読み取っていく。

 それこそが、弘世命の立つ境地。果てなき闇。形無き暗霧。無限夢幻の深淵。京太郎が立っている場所とは、その一歩前に居る。

 訳もわからず、情報が頭に入ってくる。その全てが本当のことで、紛れもない真実なのだと納得させられてしまう。

 ────壊して欲しい。

 見たことのない、とても素晴らしい場所を、とても面白い場所を見てしまい、知ってしまった。

 私もそこにいきたい。行きたいと願う衝動が抑えきれない。だけど、今まで積み上げてきたモノが重すぎて、そこへと向かうのに走って行けない。鈍重に、歩いて行っても一生じゃ追いつけない。

 知る前まで、時を戻せない。知ってしまったのなら、そこへと向かうしかない。

 ────だから、私を壊してほしい。私の中にあるものを、壊して踏みにじって、大星淡を軽くして。

 それこそが、大星淡の京太郎への願い。

 対局を望む、本当の理由にして目的。

 

「……壊されたがりに、用はない」

 

 本当なら、挑まれた対局を断る理由はない。どんな素人であろうと、どんな玄人であろうと、フェアであるのなら、麻雀をやれるのなら、京太郎は願ったり叶ったりだ。

 しかし、それは勝ちを目指す者同士が戦うからこそ、麻雀は面白い。

 淡には……まるでそれが感じられなかった。

 負けるために打つ。壊されるために打つ。そのためだけに麻雀に付きあうほど、京太郎は暇じゃない。

 

「……なんで」

「勝つ気もねえヤツと打っても、何も面白くないんだよ」

 

 そんなこともわからないのかと、京太郎はあからさまに嘆息する。

 

「ああ、アレか。麻雀初心者を相手に、勝てる気がしないと?天下の名門校のレギュラーも底が知れてるな」

「っ!それ、私のことを言ってるの?それとも、みんなのことも……?」

 

 京太郎の発言は、淡に言ってるともチーム虎姫全員に言っているとも取れる。

 もし後者であれば、淡は京太郎を許すつもりはない。

 淡は、チーム虎姫の中でも最年少で、唯一の一年生だ。だから上級生の四人にめいっぱい甘えられて優しくされて、愛されている。

 その敬愛する先輩たちを、馬鹿にした。

 

「……さあな、自分で考えろよ」

 

 そう言って、京太郎も休憩ホールを後にする。明日に備えて、休んでおきたい。

 

「待て!」

「……なんだよ」

 

 わざとらしく、いやいやしく、京太郎は彼女の方へと振り向いた。

 ああ、清澄で信一が挑発した時。東征大の屋上で、彼らが照を挑発した時。こういう気持ちだったんだなと、京太郎は理解できた。

 溢れるばかりの、闘志。お前を打ち倒すと燃え盛る、激情の炎。

 

「──私と、打て!」

 

 淡の目には、もう狂気など欠片も残っていなかった。

 

「──いいぜ。やろう、麻雀」

 

 不謹慎ではあるが。笑いが、止まらない。


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