SUSANOWO麻雀紀行   作:Soul Pride

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 東二局0本場、親は移って能海治也。

 ドラは{一}。

 

 京太郎:{一}{一}{一}{一}{二}{三}{①}{②}{③}{1}{2}{3}{9}

 

(ダマで純チャン三色ドラ4の好手。牌に意識を傾けなくても、素でこれくらいはできるようになったなぁ……)

 

 配牌でダマ倍満の手牌。京太郎の元々持っていたオカルト、高い手を自ずとツモることができる高打点感覚によってコレを引き寄せた。

 天賦に任せても、損はない。単純な故に、強いのだ。

 彼ら三人を相手にソリティアは通用しない。下手にやってしまえば、冗談抜きで取り殺されると先ほどの放銃で学習した。

 牌に意識は割いていない。それをやってはいけない(●●●●●●●●)。直感が、そう訴えたのだ。

 どういう理由なのかはわからない。しかし、京太郎は己の直感に従う。自分の感覚と心中するつもりでいく。

 思い通りの牌を手元に呼び寄せなくとも、京太郎は彼らと同じ領域に立っている。戦えない訳がない。

 

(だけど……なんだ、この感じは……)

 

 治也に直撃を受けてからずっと続く、心臓を握られているような感じ。鼓動が脈打つ度に、痛みが生じている。

 その源が治也であることはわかっている。ただのプレッシャーなのか、それとも……。

 

 治也 打:{北}

 

 治也の第一打。何の変哲もない、オタ風切り。

 ただの字牌整理でしかない、というのが常人の思考。

 しかし常人じゃない京太郎は、そう受け取らない。この卓を囲んでいるのは、誰も常人ではないのだから。

 

(もう、張ってるな……)

 

 治也も、既に聴牌をしている。恐らくはまたシャンポン待ち。

 役はそれほど高くはない。精々二翻程度だと感覚ではそういっている。

 牌から目を離し、今度は他家の三人を見る。

 治也はいい。心臓を掴まれる感覚の源として、警戒は怠っていない。

 京太郎は信一と浬の二人を……正確には手牌を見て目を丸くする。

 

 信一:{裏}{裏}{裏}{裏}{裏}{裏}{裏}{裏}{裏}{裏}{裏}{裏}{裏}

 

 浬:{裏}{裏}{裏}{裏}{裏}{裏}{裏}{裏}{裏}{裏}{裏}{裏}{裏}

 

「え……?」

「どうした」

「いや、どうして信一先輩と白水プロは伏せ牌なんですか?」

 

 信一も浬も、手牌を立てていない。見えないように伏せて並べている。

 普通、見えるように牌は立てる。どんな玄人でも、チョンボいうつまらないミスを防ぐためにそれを誘発するだろう伏せ牌はしない。

 

「んー、まあアレだ。焼石に水だが数少ない治也対策だ」

「そんなんあるんですか!?てか、それが伏せ牌?」

「あくまで気休めだ。一番良いのが、盲牌もしないことだ」

「いや、それじゃあ麻雀できませんよ」

 

 手牌がわからずに麻雀などできるわけがない。そもそも手牌の中に一つでもわからない牌があれば、和了することすらままならない。

 そうなってしまえば、ただのツモ切りマシーンになってしまう。麻雀という勝負の場に立つことができなくなる。

 

「出来る奴が二人ほどいるけどなー」

「それって、信一先輩と白水プロですか」

「命と蘇芳だ。というより、お前らさっさと打て」

「わりーなっと」

 

 信一 打:{北}

 浬 打:{北}

 

 二人も同じように{北}打ち。ツモ牌を盲牌で感じ取ってそのまま切り出す。四風連打に秒読みがかかっている。

 彼らも同じように治也の聴牌を感じ取ったのだろう。

 

(ここらで一発、地和来い!)

 

 牌を呼び込んでいるわけではないので、{9}が出る確率は限りなく低い。それでもそれが京太郎の出せる最高の手だ。

 この場の流れは、治也に傾きつつある。最初の主導権を握られるわけにはいかない。

 役満を叩きだせば、この心臓を握られる感覚も消えるはず。そう考えた。

 そしてツモった牌を眼前に捲る。

 

(……{北}かよ……)

 

 だが、そううまく幸に転じるわけはなく。引いたのはむしろ最悪といってもいい牌。

 この倍満手を手放すのか、迂回して待ちを変えるのか……。

 

(……無いな)

 

 ツモった{北}を、手牌に加えずそのまま河に出す。

 

「{北}」

 

 一瞬の逡巡、京太郎が切り出したのは{北}だ。

 {9}を切る選択はあり得なかった。何故ならそれは、信一か浬のどちらかの当たり牌に違いなかったからだ。

 自分にとっての最善は、ここで地和を和了することであった。それが為せなかったのなら、この局で自分は絶対に和了できない。いたずらに点数を削るだけ。

 治也が聴牌して、彼らがしていない道理がない。自分ですらそうなっていたのだ。

 彼ら三人、今現在の京太郎より遥かに格上の存在。見上げ仰ぐ、雲の彼方に居る者たち。

 地上にいる自分は、彼らに追いつき追い越すために空を飛ばねばならない。

 

「四風連打で流局ですね」

「だな」

 

 故に、和了できない倍満など意味はない。だったらゴミ手の方がまだ有意義だ。

 彼らに追いつくには、躊躇っている暇など欠片もない。一瞬でも気を抜いていたら、一生追いつけなくなってしまう。そんな錯覚を感じてしまうほどに、彼らは遠くの場所にいる気がしてならないのだ。

 

「あーあ、流局かー。お前らちったぁ手ぇ抜けよー」

「白水プロ、流局が何か……」

「須賀くん、コイツらに勝ちたかったら短期決戦の方がいいぞ」

「……何故?」

「何故も何も……」

 

 浬が何かを言う前に、京太郎は髪が逆立つのを感じ取る。

 反射的に、彼ら二人の方へと振り向いた。

 やばい。何がどうヤバいかどうかなど、京太郎はわからない。ただ、自分は絶望的な状況に陥っていることだけが感じ取れていた。

 

「……」

「フー……」

 

 信一と治也。この二人の集中力が、格段に上昇しているのがわかる。

 このホールに充満していた信一のオーラが、密度と濃度を何千倍も凝縮させた上で、薄皮一枚にまで洗練されていっている。彼の目は何も映さず、まるで信一が信一ではなくなっているような──信一でありながら、全く別の信一がこの場所にいるような錯覚を覚える。

 そして治也は、その空白のオーラをホール中に広げる。空白のオーラは他のオーラを分解して無くす効果があるのかと京太郎は考えていたが、そうではなかった。

 ──それをまともに被った京太郎は、何時の間に回りのギャラリーが姿を消していることに気付く。

 

(何だってんだ、コレ……!?)

 

 回りを見回すと、卓を囲む自分たちと卓だけがある白い部屋に移動している。

 否──これは、そう見させている。実際はホールに変わらず居る。回りのギャラリーも変わらず居る。

 ただ、治也の中にあるイメージを、京太郎は叩き込まれているのだ。

 

「はえーな、もう出来上がってら。気合入り過ぎだろうが、お前ら」

 

 同じものが浬にも見えているのだろう。そしてこれが初めてではなく、慣れた様子。

 信一も治也も、怖いくらいに静か。発しているオーラも波立てず凪いだように穏やかだというのに、京太郎は寒気しか感じられない。

 資質は羨むほど恵まれていると言われた。誰にも真似できない極致にあると褒め称えられた。他でもない、彼らにだ。

 しかし、彼らは才能の極致にある。誰にも到達できない、彼らだけの才の極みの場所。

 これは彼らのモノで、麻雀そのものに繋がることができる京太郎や東征大部員、そして命ですら得ることのできないものだ。

 ──生まれつき得た、天賦の鬼才たち。

 

「……須賀くん、タイプについてはコイツらから聞いたか?」

「詳しくはまだ。だけどなんとなく、感じでわかります」

 

 この二人は、自分とは真逆の位置にいる。それは肌で感じている。

 京太郎のオカルトは、麻雀そのものから汲み上げている。牌と卓、そして自分と他家から形成している麻雀という宇宙から法則を見つけて、力の『破片』を組み上げて指向性を持たせ、オカルトを作り出している。浬も東征大部員たちも、そして全ての元締めである命も同じだ。

 だが、この二人の場合、力の源の出所そのものが違う。この雀卓からではない。

 ……まるで、別の世界から自分の知らない法則を持ってきているような──。

 

「──それであっている。ああいう天才タイプは、ここにないモノを別のとこから引っ張ってくる」

 

 ──だから、自分たちの常識が通用しない。

 自分の世界を作り上げてしまったら、麻雀という宇宙はまったく別の法則で編まれてしまう。

 そうなっては遅い。別世界の法則に浸食される前に、短期決戦を挑まなければならない。

 浬が言ったことは、そういうことだ。

 

「一本場」

 

 東二局1本場。親は変わらず治也。

 ドラは{中}。

 

 京太郎:{一}{五}{九}{2}{7}{④}{⑨}{北}{西}{南}{東}{白}{中}

 

(……ひっでー配牌……。九種で流すが吉だな)

 

 こんな配牌、感覚を得てからの京太郎にとっては初めてだった。

 どんなに配牌が酷くても、ツモで挽回できるのが彼の感覚だった。しかし、今の京太郎はツモ牌が見えなかった。

 国士は信一がいる以上あり得ない。彼以上に国士を使いこなせる自信は京太郎にはない。

 短期決戦を挑まなければならないのに、こうして足止めをくらっている。それがとても歯がゆい。

 他の三人を見ると、信一と浬はさっと牌の表面を触れてから伏せた。それだけで自分の牌を把握しているのだろう。京太郎にはとても真似ができない。

 

「………………」

 

 そして治也は、何かブツブツ呟いて左手を卓の端でキーボードを打つように軽いタッチで叩いている。まるで猛烈に何かを計算しているように。

 目の見えない彼は、一体何を視ているのだろうかと京太郎は思う。

 

「────Q.E.D」

 

 治也 打:{七}

 

 証明終了と最後に締め、打牌。配牌が終わり、十秒弱といった間だ。

 

「{七}」

 

 信一 打:{七}

 

「うえっ、安牌ねえって。{北}」

 

 浬 打:{北}

 

「ロン」

「ゲッ」

 

 治也:{2}{2}{四}{四}{⑥}{⑥}{八}{八}{9}{9}{一}{一}{北} {北}

 

「七対子、2700」

「はい」

 

 治也の七対子。一巡目からの直撃そのものは彼らにとって驚く要素はない。彼らにとって配牌聴牌は基本中の基本でしかないのだ。

 ただ、治也が聴牌しているということは浬も感じ取れたはずだった。その当たり牌も、いつもであれば当然のようにわかるはずだった。

 

(感覚が、鈍ってる……俺も、白水プロも……)

 

 浬が直撃したのも、それが原因だ。普段であれば、当たり牌を読むオカルトを組み上げ、そして回避できたはずだというのにそれが出来なくなってしまった。

 京太郎と浬が共通する、東征大で得た麻雀法則。命から得た力が、通用しなくなっていく。

 別世界の法則が、自分の知る麻雀をできなくしていっている。彼らが生き易い世界へと変わりつつある。

 

「…………須賀が九種の確率、97パーセント。打ち取るのであれば一巡目、白水からが望ましい」

「んなっ!?」

 

 感情のない、機械じみた淡々とした声で。彼が得た証明結果を明らかにする。

 手牌が治也にバレている。そして、九種で流すことも、見抜かれている。

 どういう理屈、どういうオカルト……。手牌を覗き見る力は確かに存在するが、京太郎にはまだノーリスクで使える領域にない。

 難易度の高い力故に、治也がどうして見ることが出来るのか。

 

「何で……!?」

「これが治也の、無謬の数理だ」

「数理……デジタルってことですか……?」

 

 デジタル、と聞いて京太郎が一番に思い浮かぶのが清澄の仲間の一人で、インターミドルチャンプの原村和だ。隙のない牌効率の彼女に、当時の京太郎は上回ることができなかった。

 しかし、デジタルはそつが無い代わりにオカルトのように飛び抜けたモノがないというのが京太郎の印象だった。

 勝つためだけに先鋭、洗練された打ち方。それがデジタル。数字と確率と効率を至上とし、勝つことのみを念頭に置いた戦術。

 ──信一はかつて言った。デジタルは天才だけが許される打法だと。選ばれた者だけの領域なのだと。

 

「本物の『天才』のデジタルは、何でも数字にする」

 

 盲目が故に、治也は見えないものまで視えるようになった。

 視覚を除いた四感を突き詰めたせいで、視覚以上の視野を得て、感覚器官の性能はは常人の比ではなくなった。感受性が高まったせいで、他者の感情イメージを受け取ることができた。それらの処理を日常的にこなす内に、脳内の処理能力がパソコン以上の何かになってしまった。

 突き詰めて突き詰めて、人の性能の無窮を追い求めた結果……彼は、数々の超能力を得た。

 

「対局者の思考や体の情報から牌姿を読み取り、どう打つかの予測をし。牌山の牌一つ一つの重さを見て、どの牌がどこにあるのかを完全に見抜く。もう止めらんねえよ、アレは」

 

 浬は既にお手上げであった。だからこいつらは嫌なんだと辟易している。

 思考すら見抜くということは、牌に意識を浸透させることに対する完全なカウンターだ。そして全員の手牌と牌山からどの牌があるのかすら、牌の僅かな重さで完全に見抜く。

 

「牌が、透けて見えてるってことですか……」

「それより酷い。本領発揮したアイツは──」

 

 東二局2本場。

 ──一巡目、治也の手番。

 

 

 

 

 

「ツモ」

 

 

 

 

 

 治也:{一}{一}{一}{一}{二}{二}{三}{七}{七}{八}{八}{九}{九} {三}

 

 

 

 

 

「16200 ALL」

 

 

 

 

 

「────未来すらも解析し、書き換え、捻じ曲げる」

 

 人間には、それだけの力が秘められている。知らないだけであって、理解が及ばないだけであって、人間にはそうすることができる性能がある。

 人間の性能の極致。それが能海治也である。

 

「これがデジタルって、嘘だろ……」

 

 下手なオカルトよりずっとオカルト。点棒を治也に渡しながら、京太郎はそう愚痴った。

 

「突き詰めてしまえば、デジタルもオカルトも大差ねえよ。究極に近づけば行き着く先はみんな同じだ。つーか前打った時よりずっと早いっての、入るのが!」

 

 浬の言葉は実感が籠っていた。究極とされる四人を相手にしてきた経験上、どんな力であろうと究極に近づけばこうなると知っている。

 そして治也もまた、成長が続いている。どんなに足掻こうが届かない領域にいる癖に、まだまだ彼らは未完成。彼らにしてみれば、究極など程遠いと思っているのだろう。

 

 ────そして、数理の極点が目覚めるのに呼応し、もう一つの無窮が目を覚ます。

 

 東二局、3本場。

 

 治也 打:{西}

 

 

 

 

 

「ロン」

 

 信一:{一}{九}{①}{⑨}{1}{9}{東}{南}{西}{北}{白}{発}{中}

 

「国士無双、32900」

 

 

 

 

 

 渾名、『今韓信』に違わない国士無双。

 デジタルの極致、数理の天才が能海治也であるのなら。

 ────人智を超えたオカルトの頂点は、佐河信一である。

 

「コイツも起きたか、信一……」

「俺の知ってる麻雀じゃねぇ……」

 

 信一の目は虚ろ。何も映さず、何も見ない。故に、治也の領域は及ばない。

 今の彼はトランス状態というべき状態。完全な無意識状態にある。

 

「……須賀くん、神様ってヤツを信じるか?」

「祈ればいるんじゃないですか?」

「その通り。祈ればいる」

 

 祈りは力。渇望は力。資質に恵まれた京太郎は、それを一番良く知っている。それを力にして、強くなったのだから。

 祈りは形を成し、神となる。信仰とはそうであり、祈りが強ければ強いほど、神の力は強くなる。

 宗教における神とは、信者たちの祈りの結晶体だ。

 京太郎はそういうものは信じない。自分の力にならない神など、欠片も信用できない。祈りをくれてやる義理はない。

 だが、唐突に振られた浬の話題。どういう意味なのか真意を聞く。

 

「知り合いから聞いた話なんだけどな、信一は──」

 

 ────神を殺したことがあるらしい。


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