SUSANOWO麻雀紀行   作:Soul Pride

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「宮永先輩、大丈夫かな……」

「……わからない」

 

 白糸台高校二年亦野誠子と、同じく二年渋谷尭深はスクリーンに映る先輩、宮永照を案じていた。

 二連続地和であわや千点という窮地から、同じように地和を和了して逸したのはさすがは全国最強の彼女といったところだった。

 宮永照は、文句なしの全国最強だ。挙げた実績だけでなく、その力量、魔物染みたその強さには、全幅の信頼を置けるほどに。部長とチームリーダーこそ弘世菫だが、照の存在はチーム虎姫の精神的支柱にすらなっている上、菫自身もそれを認めている。

 だが、この東征大へと向かう彼女たちは妙に焦っているというか切羽詰まっているように見えていた。いつもの雰囲気じゃない、というのは彼女たちも察していた。

 いつもの練習試合、いつもの対外試合……そう受け止めてしまうのは、自殺行為だと彼女たちから念押しをされていた。

 別名、修羅道地獄。女子の全国最強が白糸台であるなら、十代最強校は間違いなく東征大と誰もが言うだろう。

 そこの部長が、菫の双子の弟である弘世命。彼の顔はメディアの露出などもあり、非常に有名である。

 ここに来て実物を見た時、まるで生き写しのようにそっくりだとここに初めて来た二年生二人は思った。

 ただ、彼の雰囲気とカリスマは、菫の比ではないくらい強大であった。全国から選り抜かれたエリートたちを束ね、そしてその頂点に一年の頃から立っている。見た目は同じであろうとも、中身はまるっきり別物だった。

 ここに来た時にされた歓迎(おどし)、部員一人一人が宮永照を歯牙にかけない実力者であるというのは、発せられるオーラで否応にも理解させられた。たとえ序列最下位の部員であろうとも、照に勝つことが可能なくらいに。

 棲む世界が、まるで違う。東征大(ここ)だけが、世界から切り離された地獄なのだと錯覚させられるほどに。

 

「────何、アレ……あんな麻雀が、あったんだ……」

 

 白糸台チーム虎姫大将、一年の大星淡は呆然としながら対局を見続けている。

 あんな麻雀知らない。あんな麻雀思いついたこともなかった。

 ──淡にとって、照は憧れだった。

 生意気な彼女が唯一懐き慕う上級生。その強さに憧れて、白糸台に入学したほどに。

 だが、スクリーンの中の彼女は、凡百の雀士と何ら変わらない。ただの少女のように、淡の目には映っていた。

 照と同類である淡は、察知できた。彼女の中にある力が、無くなっていることに。

 封じたり、抑えられたりしているわけじゃない。砕かれ、壊されている。もう二度と、照は異能の類は使えない。

 照自身も、それは理解している。点数では並んではいるものの、この場で一番絶望しているのは間違いなく照だ。

 それを行ったのは、あの金髪の男子だというのは検討がついていた。

 須賀京太郎。このエキシビジョンは、彼の実力審査の意味もあった。

 だが、逆ではないのか。彼に、自分たちの実力を測られているのではないのか。

 

「……やっばい、私震えてる」

 

 憧れる気すら失せるほどの圧倒的強者。武者震いでない、恐怖による震え。

 敬愛する先輩が、壊されようとしている。ガチガチと歯を鳴らすほどに震えて、それでもスクリーンから目を離すことができない。

 

「あはっ」

 

 心を壊しかねない恐怖。それに当てられ、彼女の中に狂気が生まれる。

 あの金髪と、あの男子と、戦ってみたい。全力で戦った上で、ボロボロに負けてみたい。

 彼女が抱いた狂気は、自滅衝動だった。破滅に触れたい、砕かれたい。もう自分が自分でなくなっていい。

 自分の力を壊してほしい。自分の自信を砕いて欲しい。

 それが己の救いになると、狂信した。

 

「戦う理由はいくらでもあるよねぇ……テルーの敵討ちとか、それっぽい」

 

 ──確実に歩み寄る破滅に、彼女は狂喜して待つ。

 

 

 

 

 

 東四局1本場、親は継続して須賀京太郎。

 ドラは{⑧}。

 一切の点棒が残されていない今、リーチすらかけることもできない。ノーテンですら命取りだ。失点が許されない極限の窮地にこそ、楽しむべきだ。

 自分で敷いた、この背水の陣。楽しまなきゃ、損だろう。

 

「カン」

 

 {裏}{1}{1}{裏}

 

「カン」

 

 {裏}{西}{西}{裏}

 

「ツモ」

 

 {一}{二}{三}{四}{五}{六}{東} {東}

 

 {裏}{1}{1}{裏} {裏}{西}{西}{裏}

 

「嶺上ツモ、2900オールの一本場は、3000オール……で、いいのかな」

「……ハァ!?」

「んなっ!?」

 

 京太郎の最初の上がりは90符二翻。それも、他の誰にも牌をツモらせずに上がった。

 二連続からのカンからの、嶺上ツモ。

 照は、あの妹の面影を京太郎に見た。

 まるで彼女の意思が、彼に憑依しているかのように。

 獲得した点数は供託棒を含めて13000点。まだまだ、足りない。

 

「二本場、いこうか」

「上等や……!」

 

 敵意むき出しで、京太郎を睨む洋榎とセーラ。窮地を逸したのは褒めてやろう、だが調子に乗られては困る。

 たかだか運が良かっただけだ。カンばかり続く麻雀で、自分に届くわけがないだろう。そんな自負が、彼女たちにはある。

 しかし、照だけは別のモノが視えていた。能力こそ失っていても、オカルトを肌で感じる感覚そのものは失われていない。

 ──だからこそ、わかってしまう。

 今の須賀京太郎は、宮永咲以上の嶺上使いであるということを──!

 

「カン!」

 

 {裏}{白}{白}{裏}

 

 二本場の初っ端も、京太郎のカンから始まる。

 

「嶺上ツモ」

「またかっ!?」

「ええ、またです」

 

 {2}{3}{4}{⑦}{⑧}{⑨}{八}{八}{八}{中} {中}

 

 {裏}{白}{白}{裏}

 

「嶺上開花ツモ白、満貫の二本払いは4200オール」

「げぇっ!?」

「丁度、逆転しましたね」

 

 これで京太郎の点数は25600。原点を少し超える形になり、彼女たちは24800と一律に並んでいる。

 そして何よりも、彼女たちはまたツモ牌を触ることすらできなかった。

 

「ここからは、俺の独壇場だ」

 

 100点棒をさらに追加。三本場へと移行する。

 偶然じゃない。須賀京太郎は、明らかに狙っている。

 カンと嶺上を併用した、擬似天和。他の誰にもツモらせない、究極戦術──。

 

一人遊び(ソリティア)、スタート」

 

 

 

 

 

「結局、そこに行き着くか」

「麻雀は上がらせずに上がれば勝てる競技。その究極は、まあそうなりますか」

「まさに、ソリティアだ」

 

 麻雀における究極の戦術。その正体は、自分は牌を切らず、相手にツモらせない。ただそれだけのことだった。

 放銃せず、ツモらせず。そうすれば絶対に点は減らない。何故なら牌を切っていなければ放銃はあり得ないし、ツモらせなければツモれないのだから。

 一人で牌を回し、遊ぶ姿はまさに一人遊び(ソリティア)。麻雀という四人で行う競技が、一人で遊ぶゲームになってしまえば、そこに敗北はあり得ない。ただひたすら、和了するだけ。

 極々当たり前で、極々当然なこと。しかし、当然なこと故に、言うは易しで行うは凄まじく至難である。

 成立させるには、人外の域に至った運がなければならない。

 そして今の京太郎ならば、それは可能だ。

 

「四家立直のリー棒を結界に見立てて、自分の点を0点にすることで極限状態に身を置き、背水の陣を敷く。そうすることによって、力が結界の外に漏れることはなくなり、集中的に最大出力を発揮することが出来る──どっちかっていうと、俺向きの方法なんだけどなぁ。どっから覚えたんだ、京太郎のヤツ」

 

 信一は京太郎が行った一連の動作には意味が伴っていることを見極めた。

 京太郎が行ったのは自己強化。自分の力を、最大の効率で最大の出力を発揮させるための準備立て。しかもその方法は、本職(●●)の信一に近しい方法だ。

 無論、信一から見れば拙いいい加減な代物で自己暗示みたいなモノだが、効力に関しては十分なモノ。案外馬鹿にはできない、独学にしては大したものだと評価を下す。

 

「オカルトね。信一の得意分野だ」

「まったくだ。デジタルの俺には相容れないな」

「お前が一番オカルトだよ治也」

「同意するわ」

「解せん……」

 

 デジタル派を自称している治也にとってみれば、オカルトの極致とも言える二人にオカルト扱いされていることに納得がいかない。

 今の京太郎は自信を得て、固い殻を自ら破った。雀士としての一次成長どころか、二次成長を突き破るほどに。

 最大強化の今の状態も、準備を経ずとも自力で移行することも可能だろう。自己暗示だから、この鮮烈な記憶が残っていれば体がそれを覚えている。それくらいの切り替えができるようになる。

 もう彼女たちでは勝負にならない。あのまま、点数が削り切れるまで延々とソリティアを続けることになるだろう。

 

「抗い方はとても簡単、だけど彼女たちにそれが出来るか」

「無理じゃね?」

「無理だな」

「少しは出来ると考慮はしないの?二人とも」

「思ってもないこと言ってるのはどっちだよ、命」

「ゼロだとは思ってないわ。限りなくゼロには近いけど」

 

 京太郎の支配に抗える可能性──それはもうゼロに近い。しかし、ゼロではない。

 彼らであれば、その程度の確率を引き寄せる力は持っているが、彼女たちではどうか。

 決して侮っているわけではない。だが、僅かな可能性を引き寄せる力を持っているかどうかは疑問だ。

 

「あのソリティアの唯一の弱点」

「カン出来る牌は全て、ヤオ九牌のみという縛りに気付いて」

「狙うしかないだろう。唯一暗槓で狙える役」

 

 ──国士無双を。

 

 

 

 

 

 東四局三本場。ドラは{⑦}。

 二連続でツモらせないで京太郎に上がられ、0点からの逆転すら許した。

 事故だと、仕方ないと、片付けるのは簡単だ。

 だが、この男はソリティアをすると言った。自分の独壇場だと言った。

 何もさせずに、ただ一人和了し続けると、そう言ったのだ。置物同然にするのだと、そう断言したのだ。

 

「な、舐めんなコラ。そんな偶然が何回も続くかい……」

「せ、せや。全部天和と嶺上で上がるつもりかいな……」

「はい」

 

 京太郎は断言する。誰にもツモらせない、その発言を曲げるつもりは毛頭ない。

 虚言やハッタリではない。本気で京太郎はそう言ってるため、そう信じさせる力がある。

 

「カン」

 

 {裏}{九}{九}{裏}

 

「ツモ」

 

 当然のように、彼は実行する。

 

 {七}{七}{5}{6}{7}{④}{⑤}{⑥}{中}{中} {七}

 

 {裏}{九}{九}{裏}

 

「嶺上ツモ、2000オールの三本場は、2300オール」

 

 ──ソリティアを。

 

「……!?」

「んな、アホな……」

「……」

 

 ただただ、彼女たちは絶句するしかなかった。

 三連続嶺上開花のみならず、またしても誰にもツモらせていない。

 本当に実現している、怪物染みた和了の連続。

 

「四本目」

 

 百点棒を、また一つ積む。

 じわり、じわりと嬲っていく。

 彼女たちに何もさせず、点を削っていく。

 

「……イカサマを疑うわけやないけど、怖いわこの卓。変えんか?」

 

 地和が三連続で出たり、今のような嶺上ツモが連続したり、明らかに異常が過ぎる。

 牌の偏りがあるのではないのかと、セーラは卓の変更を求めた。

 

「そうやな。文句はないな、ルーキー」

 

 洋榎も同意し、京太郎にもそれを求めた。本当に何もしていないのなら、これには頷く。

 そもそも、この現象の原因が京太郎だと疑っている。嫌だとは言わせない。

 

「ええ、いいですよ」

 

 京太郎は了承する。卓を変えたところで、何も変わらないのを知っているから。

 そして照も、無言で頷く。

 

「すいません、卓を変えたいんで移動してもよろしいでしょうか?」

 

 

 

 

 

 別の対局室へと移動する彼らをスクリーンから見届け、ロビーにいる彼女らはほっと一息入れた。

 何もかも、あの男子に──須賀京太郎に振り回されている。

 点棒無しの状態から、あっという間に原点を取り戻し、逆転をしている。しかも全て嶺上開花ツモで、誰一人としてツモ牌に触れさせていない。

 伝えられた初心者という情報は誰一人として信じてはいない。否、初心者だろうと上級者であろうと関係なく、アレは人外のモノであるというのが共通認識だ。

 

「ええ、それでええで、江口。あんな悪い空気でいつまでも出来るかい」

 

 雅枝はセーラの判断を評価する。卓を替えて欲しいというのは所詮は建前。本当の目的はあの京太郎中心に渦巻いていた流れを途切れさせることであった。

 最初からおかしかった不自然な流れ。ずっと京太郎の手のひらで踊らされていたのが原因だ。

 雅枝は須賀京太郎の評価を改める。アレはあの四人レベルの実力者だ。

 盤外戦術だろうとなんだろうと駆使しなければ、生き残れない相手。勝つとか負けるだとか、勝敗は何も考えていない。また再び、彼女たちが牌を握れるようであってほしい。たとえ気休めだとしても、心を切り替える余力くらいは残さなければやっていけない。

 

「バケモン、ですね……あんなんどう勝ていうんですか……」

 

 泉は、アレが自分と同じ一年生であることを信じられずにいる。否、学年どうこうのレベルではなく、同じ人間なのかすら疑う。

 自分が同卓して、勝っている光景がまるで想像できない。まるで少年の夢想がそのまま現実に投影されたかのような魔物に、どう勝てというのだ。

 

「連続地和なんて見せられて園城寺先輩は倒れるし、ふざけんのもええ加減にして欲しいです」

 

 浩子はあの暴れように、とてつもない理不尽を感じられずにはいられない。アレにどう対抗したらいい。完全に運で上回られたら、どんなに頭を働かそうにも無駄ではないか。

 園城寺怜は、あの三連続地和を見た瞬間気を失った。今は清水谷竜華が付き添って、休憩室で休んでいる。

 おそらく、あのスクリーン越しで彼女は何かを感じ取ったのだろう。一番、オカルトに近いのは彼女だ。あのような度が過ぎた化け物を見て、見てはいけないモノを見てしまったのかもしれない。

 手の届きようのない魔物。理不尽の集合体。ああ、アイツをどう喩えたらいい?

 

「──『魔王』、だな。怖い怖い」

 

 ……そう、魔王。それが一番相応しい。得心すると同時に、疑問。今、誰が言った?

 男の声。女子ばかりのこのロビーで、男の存在は限られている。命を除く東征大の部員は、屋上ホールで練習中だ。

 彼女たちが振り返るとそこには、よれよれのモスグリーンのスーツを着た、どこか疲れた風貌の男性が。若い年齢なはずなのに、纏う雰囲気が五つくらい年を増やしたかのように見せさせる。

 

「どうもっす、愛宕さん。お久しぶりです」

「白水プロ……」

 

 東征大(ここ)の出身の、日本の最強候補の一人に挙がる男子プロ──白水浬。

 この男も、間違いなく化け物の一人に数えられる。

 高校卒業後のプロデビューを日本に選ばず、海外で裸一貫で戦って、たった一年で世界ランク9位にまで上り詰めたその実力は恐ろしいの一言に尽きる。

 ヨーロッパでの『Kairi Sirouzu』の名前は、昨年のシーズンを大きく沸かせた若き神風として大きく知られている。

 その実績を買われ、草薙ウィード・キッズへの異例の移籍。彼を欲しがるチームは世界中に存在し、年棒や待遇もそれ以上のものがあったというのに、それらを全て蹴ってでの移籍は、一時期黒い噂が流れていた。

 

「今日は、姫松の方の指導やないんですか?」

「固いこと言いっこなしで。さっき倒れた子の方にアレが飛んでっちゃって、話相手がいなくなったもので」

 

 アレというのは、蘇芳のことだ。怜を心配してでの行動だったのだろう。

 蘇芳は普段こそアレだが、根底のところはとても優しいところがある。雅枝はそれを知っているからこそ、不思議だとは思わなかった。

 

「アレ言うんは……男神蘇芳の事ですよね?白水プロはお知り合いなんですか?」

 

 大阪の麻雀をやっている高校生で、男女問わず、男神蘇芳を知らない者はいない。愛宕家と親戚にある故か、浩子もまた彼と交友があり、対局もしたことがある。

 関西において、蘇芳は神出鬼没の象徴だ。どこにでもいるし、どこにでもいない。誰も彼の居場所を知らない。

 シュレディンガーの猫もかくや、という程。彼の失踪癖と放浪癖は、誰にも止められない。

 時には女子高であるはずの千里山女子で、麻雀部で部員と混じって談笑しながら打っていたこともあった。雅枝の許可もなく、入校許可もなく、男であるはずの彼と女子たちが、平然と卓を囲んでいたのだ。この時ばかりは雅枝も浩子も目を疑ったものである。

 時には京都で、清水寺にて失踪した彼を雅枝が追う逃走劇もあった。彼女から逃げる蘇芳が、清水の舞台から飛び降りることも両手の数では足りず、その全てが無傷で済んでいる。

 ……等等。このように、蘇芳に関するエピソード、武勇伝は数知れない。

 それ故、交友関係は冗談じゃないくらい広い。持前の社交力で、誰とでもすぐに友人となってしまう。

 今を時めくトッププロとはいえ、それは例外ではないだろう。浩子は特段、驚かない。

 

「うん。俺が高校生の頃にここで会って以来の付き合いでね。打つ度ハコにされたよ」

「白水プロがですか!?私と打った時はそんなに強い印象は見えんかったんですけど……」

 

 泉は、度々無許可で千里山へと来る蘇芳と対局したことがある。その時は特別強い印象を受けず、彼女がトップを取る結果となった。

 これが全国最強の高校生なのかと、拍子抜けしたものだ。

 

「そりゃアレだ。アイツ、可愛い子にはデレデレしちゃって本気出せねえの。」

「かわっ!?」

「アイツの可愛いの基準は自分より小さい女の子やないですか」

「あ、知ってた?」

「一応、私も古い馴染みですし。アイツに可愛い言われたのは両手の数じゃ足りません」

 

 自分の容姿にはあまり自信を持っていない浩子ですらコレだ。蘇芳にとってみれば、自分より小さいモノは何もかもが可愛くてしかたないのだろう。

 女の子には誰にも可愛いと言っている野郎だ。筋金入りのフェミニストとして有名である。

 そして、女子相手には本気を出せない。これもまた有名な話だ。

 去年のインターハイの、個人戦の二位以上の上位入賞者の男女が、表彰式後に余興として行うエキシビジョン。真の高校最強を決定するその対局で、蘇芳は照と女子二位の荒川憩を相手にわざと負けている。

 そもそも、男神蘇芳の本気は過去三例しか記録に残っていない。インターミドルの決勝卓、あの三人と対局した場面しかない。

 

「ま、アイツの本気(マジ)はここで見れると思うよ。メンバーが全員揃ってるし」

「弘世命に、能海治也、佐河信一……あんなバケモンと打ちたくありません……」

「俺もだ。つか、アイツらがプロに来たら俺引退すっから」

「そこまで!?」

「そこまで」

 

 トッププロが引退を決意させるほど。そこまでの規格外。

 あの四人の一角の能海治也が、現役高校生でありなあら無敗で七冠を達成した。

 それと同等かそれ以上の雀士が三人もプロに入らずにいる現状。

 引退をしたくなるのも無理はない。日本の男子麻雀界は、あの四人を中心となるだろう。

 

「まだ若いんやから、早すぎるんちゃうんか引退は」

「もう絶対に勝てない、なんて諦めたらプロはやっていけませんよ」

「そか……」

 

 かつてはプロだった雅枝も、その気持ちはわからなくはない。

 頂点に立つ。誰が相手であろうと、勝ち続ける。その気概でなければ、プロはやっていけない。

 勝てないと諦めてしまったら、そこでもう引退だ。若かろうが実力があろうが、関係ない。

 

「あの男子……あの四人級の実力はあると思うんけど……白水プロはどう見ます?」

 

 東征大を知る者として。あの四人を知る者として。プロの世界を知る者として。そして世界を知っている者として。次元を超えた先の強者たちの比較は、彼が一番うってつけだ。

 知っておきたいのだ。次元を超えた先にある、強者たちの格付けを。

 

「ああー、アイツらのお気に入りな。強いぞ。静岡を除けばどこの予選でも突破できるだろうし、公式戦を経験したら命以外の東征大の部員も歯が立たなくなる。インハイの決勝でアイツらレベルになるまで成長は止まらんと思う」

「あれでまだ伸びるんですか!?」

「具体的な比較として、数字で喩えられませんか?」

「んん……。そだな、割とアバウトだが今の東征大部員の平均を基準点として1000としたら、宮永照(チャンピオン)が1か」

 

 ──この時点で、自分たちと彼らの差が絶望的に開いていることを気付かされる。

 高校女子最強が、千倍ほどの差をつけられている。それより弱い自分は、どれだけ小さいのか。

 アリと巨象どころの差ではない。どんな魔法を使えば、同じ高校生でそれほどの差が生まれるというのか。

 

「そんで俺が3000あたりだとすれば、今の須賀くんは2500ってところか……単純な性能差を比べたらそうなるな」

「桁が違うじゃないですか……」

 

 戦っている土俵がまるで違う。勝負にすらならない。

 宮永照が1だとすれば、それ以下の数字で戦っている自分たちは何だと言うのか。

 

「といってもまあ、麻雀なんて競技は実際はどうなるかなんてわからない。何の参考にもなりゃしないよ」

 

 浬が挙げた数字が全てではない。麻雀のような競技ならなおさら、こんな数字に左右されるほど麻雀は底が浅くない。

 アニメや漫画じゃあるまいし、実力が数値化されて決まるなんてことはありえない。

 どのような実力差であろうとも、逆転できる可能性は必ず存在する。絶無では、ないのだ。

 

(宝くじで一等を的中させるよりずっと困難な、そんなか細い可能性を……彼女たちは探り当てなきゃならない)

 

 それでも、戦力差は絶望的には変わりはない。数字が全てではないだけで、たとえ一割程度の影響だとしても大差は生まれているのだ。

 彼女たちは、偶然に偶然を重ねた奇跡というものに頼らなければならない。そうでなければ、須賀京太郎に対抗は不可能だ。

 一方の京太郎やあの四人、東征大の全員はそんなものには決して頼らない。偶発的に訪れるものを頼れるはずがない。常勝を掲げる東征大に、偶然(そんなもの)は不要だ。

 真に欲しいモノは、おのずと自分の手に来る。至ったモノたちの闘牌とは、運に頼らず自力でそれを奪い合うことを言うのだ。

 それが彼らと彼女らを分けている。奇跡を待つ者と、奇跡を呼び寄せるモノ。どちらが優等であるかなど、議論の必要はない。

 

「さて、再開か」

 

 彼らの移動が終わり、スクリーンが再び映る。

 ──東四局、4本場。

 彼女たちの地獄が、再開される。

 

 

 

 

 

 301号対局室の隣、302号対局室にて移動後、先の状態を卓に入力してからの再開。

 それでも、京太郎の勢いが留まることはない。

 

「カン」

 

 {裏}{9}{9}{裏}

 

「カン」

 

 {裏}{北}{北}{裏}

 

「ツモ」

 

 {一}{二}{三}{1}{3}{④}{④} {2}

 

 {裏}{9}{9}{裏} {裏}{北}{北}{裏}

 

「嶺上ツモ、2900オールの4本場は3300オール」

 

 卓が変わろうとも、変化はなし。

 京太郎の宣言通り、独壇場。他の誰にもツモらせず、じわりじわりと、点が削られ嬲られていく。

 

「五本目」

 

 積んだ100点棒は五本目。和了された回数は、これで四回連続だ。

 彼女たちの表情は芳しいものではない。ただ座っているだけの置物、異常が変わらず続く状況、麻雀が出来ない苦痛……精神を蝕むには十分すぎる材料がそろっている。

 

「なあ、そろそろおねーさんたちに麻雀をさせて欲しいんやけど。一人遊びもそろそろ飽きたんちゃう?」

 

 年下の男に、こうやって下手に出るのは洋榎のプライド的に許せない。許せないが、こうでもしなきゃまともに麻雀ができない。

 勝つためなら、プライドだって捨てる。プライドなど、結果を残せば勝手についてくる。勝利に必要であれば、切り捨てることに躊躇いはない。

 

「やっているじゃないですか、麻雀。全然抗っている様子がないんで、そうさせてるのかと思いましたよ」

「は?」

「まあ、何ですか。とっとと揃えてくださいよ、国士」

 

 槍槓による、国士無双。それをしない限り、これは止まらないと京太郎は自ら明かす。

 このソリティアの唯一の弱点。槓材に全てヤオ九牌のみを使っているためか、国士の槍槓は躱すことができない。

 無茶苦茶な話、と普通は思うかもしれない。配牌の時点で国士聴牌を揃えるなど、どんな確率なのだろうと。しかし、至ったモノであればそれくらいは楽にこなす。そうしなければ死ぬ(トブ)までツモられ続けるのだから。

 所詮ソリティアは一人遊び。大きすぎる実力差がある者たちだからこそ成立する。同等レベルの相手であれば、決して成り立たない。

 

「お前、何無茶苦茶なこと言ってるんねん……んなこと」

「出来ない、なんて言ってる時点で俺には勝てませんよ。このままずっと眺めてください」

「……!!」

 

 ギリギリと歯軋りをして、京太郎を睨むセーラと洋榎。

 ──ああ、そうか。そんなにも国士が見たいのか。

 

(お望み通り、拝ませたるわ)

(役満直撃させて、ぶっ飛ばしたる……!)

 

 絶対に国士を出す。その執念を、牌に叩き付ける。

 そうでもしなければ、勝てないというのならば。そうしてやろうじゃないか。

 

(来い……っ)

(来いっ!)

 

 セーラ:{西}{発}{一}{9}

 

 洋榎:{東}{西}{西}{①}

 

(来いっ!)

(来んかっ)

 

 セーラ:{西}{発}{一}{9}{9}{東}{北}{①}

 

 洋榎:{東}{西}{西}{①}{発}{白}{一}{九}

 

 

 

 

 

(来ぃや!)

(来いっ!!)

 

 

 

 

 

 セーラ:{西}{発}{一}{9}{9}{東}{北}{①}{西}{北}{南}{中}{4}

 

 洋榎:{東}{西}{西}{①}{発}{白}{一}{九}{7}{八}{南}{発}{④}

 

 

 

 

 

(クッソォ!)

(ここまで、かいな……!)

 

 二人の手牌には、{⑨}がなかった。それでも、手牌が国士には程遠い。

 

「カン」

 

 {裏}{⑨}{⑨}{裏}

 

「ツモ」

 

 {5}{5}{6}{6}{7}{7}{②}{②}{⑥}{⑥} {⑥}

 

 {裏}{⑨}{⑨}{裏}

 

「嶺上ツモ一盃口。3900の五本場は、4400オール」

 

 無慈悲に下される、和了宣言。

 いいところまではいった。しかし、届かない。

 ありったけの意思を、牌に叩き込んだ。牌も、それに応えようとしてくれた。

 しかし、それを許さなかったのが京太郎だ。この場を支配しているのは彼であって、卓の牌は全て京太郎の配下にある。

 セーラも洋榎も、異様な疲労がのしかかっていた。京太郎の言う支配に抗う、というのはこのことなのだろうと得心する。

 

「六本目……ん?」

 

 また再び、支配に抗う者が。それも、京太郎が眉をひそめるほどの。

 

「……まだ、終わってない」

「照さん」

「私が、京ちゃんを討つ」

 

 彼女はまだ、死んでいなかった。

 彼女の異能は、全て砕かれ朽ちていた。それでも、まだ卓にいる。戦う意思は残っている。置物でいるわけにはいかない。

 息を吹き返した彼女に京太郎は少し驚いたが……もう、何もかも遅かった。

 

「……もう、遅いんですよ」

「遅いなんて、ない……!」

 

 

 

 

 

 照:{九}{1}{9}{①}{⑨}{東}{西}{北}{南}{南}{発}{中}{白}

 

 

 

 

 

 その意思に、牌が応えた。

 国士無双、{一}待ち。京太郎を討ちとる乾坤一擲の一撃──。

 

「もう、遅いんですよ」

 

 {一}{一}{一}{一}{裏}{裏}{裏}{裏}{裏}{裏}{裏}{裏}{裏}{裏}

 

「ロンっ!!」

 

 彼女らしくない、大きな声。体の全ての力を叩き込む、破邪の一発。

 しかし、京太郎は表情を崩さず──。

 

 

 

 

 

 {一}{一}{一}{一}{二}{三}{四}{五}{六}{七}{八}{九}{九} {九}

 

 

 

 

 

「ツモ、九蓮宝燈」

 

 その希望を、叩き斬った。


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