【凍結中】亡霊の軌跡   作:機甲の拳を突き上げる

20 / 20
なんか筆が乗ると、バリバリ書けて不思議なもんですな。


19話 ミシュラム

広大な湖を緩やかに走るバス、そのバスの甲板にて頬を撫でる風を受け、僅かな休息を楽しむミッチェルの姿があった。

 

時は遡り、『黒の競売会(シュバルツオークション)』に向かうべく、ロイドたち特務支援課は届いていた支援要請を片付け、会場であるミシュラムのハルトマン議長邸を目指していた。

 

「……今更ながら、浮いた格好な気がしたけど」

 

ロイドが自分のジャケットを見ながら言う。今から向かう場所は上流階級の人間しか入れないパーティーであり、当然ドレスコードもある。

 

「そうね……フォーマルな格好で行った方がよかったかしら?」

 

ドレスなどを着なれてるであろうエリィが言うが、そんな服装を他のメンバーが持っているはずがなく、皆いつも通りの服装であった。

 

「ま、パーティーに乗り込めると決まったわけじゃねぇしな。テーマパーク目当ての観光客に紛れていいんじゃねえか?」

 

ランディの言う通り、招待カードがあるが、確実に乗り込めるかと言われると不安である所であり、普段通りの方がかえって怪しまれないとミッチェルも思った。

 

「それでもわたしは、やや浮いているかと思いますが。いっそ『みっしぃ』のパジャマでも着て行けばよかったでしょうか?」

 

そんなズレたことを言うティオにロイド達は苦笑いして、逆に目立ちすぎると言う。

 

「でもスコット、その荷物は何?」

 

エリィがミッチェルが大きめのボストンバッグを肩掛けしており、割とパンパンなのを不思議そうに尋ねる。

 

「そういやお前、俺達は泊まる予定もないのに、何もってきたんだ?」

 

同じようにランディもバッグの中身を尋ねると。

 

「念の為の物と、今回で使用する装備だ」

 

ミッチェルの回答に全員が察した。ドンパチ賑やかになりそうだなとロイド達は溜息をはき、ランディは笑っていた。水上バスが来るまで後数分となり、列に並んでいると。

 

「ん~……?こっちでいいのかねぇ」

 

ふと聞こえた声にロイド達が視線を向けると、赤髪にアロハシャツ、サングラスを頭に掛けた軽そうな男がいた。

 

「(観光客?)」

 

その姿から観光客かとロイドが思っていると。その男がロイド達の方に気づき、笑みを浮かべて近づいてきた。

 

「よ~彼氏たち。ちょいと訪ねたいんだけど構わないか?」

 

どうやら道に迷った観光客であるとロイドは思い、頷いた。

 

「この街、ちょっと広すぎてな~、そんでさ、ミシュラムって場所に行きたいんだが、こっちでいいのか?」

 

同じ目的地であったようであり。

 

「ええ、こっちでいいですよ。俺達も丁度、ミシュラムに行く水上バスを待っているところなんで」

 

その返答に男がグッドタイミングと言わんばかりに手を叩き。

 

「お、ビンゴだったか。そんじゃあオレも並ばせてもらおうかねぇ~」

 

列の最後尾に行こうとした男だが、何かを思い出したような顔をし、再びロイド達の方を向いた。

 

「言い忘れてたな、オレの名前はレクター。レクター・アランドールだ。エレボニアの帝都からさっき鉄道で着いたばかりだぜ」

 

自己紹介と共に出身地も喋るレクター。

 

「それしては随分しゃれた恰好だな、サングラスなんざかけてもろにバカンス仕様じゃねぇか」

 

ランディの言う通り、その姿恰好からして観光を満喫する気マンマンであると伺えた。

 

「おう、クロスベルっていやぁ最近リゾートでも有名だからな!郷に入れば郷に従え、これでも気合い入れてきたんだぜ~?」

 

そこから意気投合したように水上バスがくるまで話が盛り上がった。すると汽笛の音が聞こえ、そこには桟橋へと近づいてくる。その見た目は船の外部に車輪型の推進器と思しきものがあり、昔の船の推進器を思い浮かべさせられるような形ではあるが、後部に排気ノズルらしきものもあり、奇抜なシロモノであった。

 

「なかなかイカす船ではないか、早速オレ様は甲板席の最前列をゲットさせてもらおう。そんじゃ、お先~」

 

バスがくると、間髪いれずに中へと駆けこんでいく、それでも前の乗客を追い抜かさないあたり、割と真面目みたいだとロイド達は苦笑いした。

 

「なんかランディをさらにチャランポランにしたような人だったわね」

 

エリィの言う通りだなとミッチェルも相づちを打つが、ランディはあそこまで出ないと否定する。日頃の行いのせいか、対して変わらないように見えるのもご愛敬であった。

 

「あら……奇遇ね」

 

すると、後ろから女性に声を掛けられ、振り向いた。そこには艶やかな長い黒髪が特徴的な美女、偽ブランド品の摘発の際に出会ったキリカであった。

 

「フフ、一昨日はどうも。ここにいると言う事は、あなた達もミシュラムへ?」

 

その発言からキリカもミシュラムへ向かうようであった。

 

「キリカさんも、ミシュラムへ?」

 

エリィが尋ねると。

 

「仕事半分、観光半分ね。それより……今の派手な恰好をした子は?」

 

どうやらレクターの姿が思ってた以上に目立っていたようで、キリカが尋ねてきた。

 

「先程知り合った人です。何でもエレボニアの帝都から、観光に来たみたいですけど」

 

レクターのことをロイドが簡潔に説明する。

 

「帝都から……ふふ、成程ね」

 

すると、その説明でキリカは納得したような表情をする。それにロイド達は首を傾げるが、ミッチェルは訝しむ視線を向けた。ティオが知り合いかと聞くと。

 

「いえ、ユニークそうなオーラをまとっていたから職業柄気になっただけよ。それではお先に……あなた達も早く乗りなさい」

 

そう言ってキリカは水上バスの中へと入っていった。その後ろ姿をミッチェルが、まだ訝しむ視線で見続けていた。

 

「どうした?」

 

それを不思議に思いランディが尋ねてきた。

 

「いや……さっきの納得したような表情がカンパニー(CIA)の連中と同じように見えてな」

 

元の世界の諜報機関であるCIAの人間を思い浮かべた、キリカは芸能プロデューサーであると話していたが、なんとなく予想はできた。たが、確信がもてないでいた。

 

「……いや、気にしないでくれ」

 

下手に行ってロイド達を混乱させてはいけないと考え、ミッチェルは首を横に振り、水上バスの中へと向かい、それをロイド達も後を追った。

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

水上バスが出航して、短いバス旅となった。外から見た限りでは大きく揺れていたので大丈夫かと思ったミッチェルであったが、想像以上に揺れが無く、乗り心地は快適であった。

 

「……物理法則とかどうなっているんだ、この世界は」

 

そう小声でつぶやくミッチェル。あの揺れから、ここでま快適だと逆に心配になるレベルであり、改めてファンタジーな世界にきたなと思っていた。

 

「どうかしましたか?」

 

隣に座るティオが不思議そうな顔をしていた。

 

「いや、あの揺れからここまで快適だとは想像もできなくてな」

 

溜息をつきながらミッチェルが言うと。

 

「あぁ、それですか。導力器による慣性制御をしていますので、中は揺れが最小限になっています。これらの技術は飛行艇にも適用されていて、導力器による力場を全体に発生させて空気抵抗を軽減、飛行中でも甲板に出ることが可能です」

 

異世界人であるミッチェルに説明をしてくれるティオ。その他にも、照明・暖房・通信・兵器にインフラまで全てが導力器で賄われていると言うのだから、万能の一言につきた。

 

「(エネルギー省の人間が聞いたら卒倒するな)」

 

アメリカのエネルギー保障に四苦八苦している連中が聞けば白目をむくレベルであると内心思っていた。目的地まで、まだ時間があるようで、船内を探索するとキリカに出会った。

 

「ミシュラム……興味深い所ね。もう少し時間があったら、テーマパークにも寄りたいのだけど」

 

話しかけてきたキリカは観光半分と言っていたのでテーマパークであると予想していたロイド達はその言葉に予想外という表情を見せた。

 

「テーマパークにではないのですか?」

 

思った疑問をロイドが聞いてみると。

 

「えぇ、ヤボ用でね」

 

と返答した。クロスベルに来るのも最後でないとキリカが言い、テーマパークは次回に持ち越しであると言った。

 

「そういえば、アルカンシェルの新作はどうだったッスか?確か昨日見たんですよね?」

 

ランディが尋ねたが、なぜそこまで詳しいのか逆に疑問に思ったミッチェルであった。

 

「えぇ、夜の部でね。私も色々な舞台を見てきたつもりだけど……あんな奇跡的なバランスで成立しているステージは初めて見たかもしれないわ」

 

キリカ曰く、脚本・演出。衣装・音楽・派手な舞台装置と全体的に見たら質は高いが、他の名だたる劇場と比較してもズバ抜ける程ではないとのことであった。しかし、イリアの存在がそれらを更に昇華させ、イリアを核に、舞台が生き物の様に覚醒し、まるで生命の誕生に立ち会った気分であると言う。

 

「いや~、さすが芸能プロデューサー!言われてみれば、確かにその通りッスよ!」

 

ランディがよいしょするが、その着眼点と生命と例えた発想はまさに芸能プロデューサーに恥じないものであるとはミッチェルも思えた。

 

「ただ、今回の新作については軌跡の立役者はもう一人いるわ……『月の姫』を演じる大型新人、リーシャ・マオ」

 

リーシャも重要な立役者と言うが。

 

「死の気配を漂わせる彼女の存在が、舞台をさらに高みへ押し上げている」

 

そのキリカの説明にミッチェルが反応した。死の気配……芸能関係は闇が深いのは元の世界にてある程度は知っているが、そうそう気付くようなものではないはずであった。それに気付くキリカに漂わせるというリーシャ、この二人に反応するのは無理もなかった。

 

「……フフ」

 

驚くロイド達を尻目にキリカがミッチェルの方を僅かに向いて笑みを見せた。悟られない様に表情を変えなかったつもりだが、悟られた様子にミッチェルは内心舌打ちをした。

 

「でも、リーシャがですか?」

 

ロイドが尋ねる。キリカは、あくまで直観であるが太陽と月、金と銀、光と闇、そして生と死と、イリアとリーシャは見事までの対照的な『気』を纏っていると言う。

 

「まさに『陰陽』『太極』を2人で体現していると言えるわね」

 

陰陽と太極、それは東方武術で使われる概念かとランディが聞くと。

 

「フフ、武術だけではないけどね。ただ、彼女達が出会ったのは、まさに運命的な偶然でしょうね」

 

運命的な偶然、それの言い回しに含むものがあるのかと勘繰るミッチェルをよそに、キリカはクロスベルという街が彼女達を導いた『場』の特異性であり、自体もアルカンシェルを高める要素であり、他で演劇をする際には一工夫必要ではあるが、交渉の価値ありと答えた。

 

「ふぅ……」

 

ロイドは一息つくように息を吐いた。キリカとの話を終え、外の空気を吸おうと甲板に出ることにした。すると、そこでは何やら歌い声が聞こえ。

 

「これは……」

 

ロイドも聞き覚えのある声であり、歌の発信源を見てみると、楽器を弾きながら歌うレクターの姿があった。

 

「なんか……メチャメチャ満喫していますね」

 

ウクレレを弾いて歌い終えるレクターに苦笑いを浮かべながら話しかけるロイド。妙に上手い所がランディをイラッ☆とさせていた。

 

「おう、青春は爆発だからな。旅先で歌を奏でるどこぞの皇子の専売特許じゃないんだぜぇ」

 

青春と言える年齢かと思いながら、そんな酔狂な皇子なんているのかと疑問に思うミッチェル。

 

「えっと、レクターさんはミシュラムにどういった要件で?」

 

話の流れを変えようとエリィが目的を訪ねた。桟橋で話していた時にはテーマパークがあることを知らない様子であり、誰かの代理であるとも話していた。

 

「あー、さっきも言ったように代理として来ただけなんだよな。喰えない中年オヤジの代わりなんだけどよー」

 

喰えない中年オヤジ、いったい誰なのかと思考を巡らせるロイド達であり、その人物の名前を尋ねると。

 

「うーん、名前ぐらいは知ってるんじゃないのか?ギリアス・オズボーンっていう喰えないオヤジなんだが」

 

その人物の名前にロイド達は一瞬呆けた。

 

「ギリアス・オズボーンだと」

 

だが、ミッチェルはその名前に直ぐに反応した。ギリアス・オズボーン、エレボニア帝国の宰相であり、『国の安寧は鉄と血によるべし』を信条とし、そこからついた異名が『鉄血宰相』であった。その名前はクロスベルでも容易に見たり聞いたりする名前であり、詳しく調べていたミッチェルからすればとんでもない大物であった。

 

「あー、やっぱり知ってるか。あのオヤジ、押し出しだけはやたらといいからなぁ。丁寧にヒゲの手入れなんざして薔薇の似合うカリスマ美中年でも気取ってるつもりかっつーの」

 

直属の上司であろう人物の悪態をこれでもかと吐くレクター。

 

「ま、まさか帝国政府の人間とは……」

 

驚いた様子で言うエリィ、その姿から全くの予想外であった。

 

「ま、オレはただの二等書記官だけどな」

 

鉄血宰相の代理がただの書記官な訳あるかとロイド達は思った。

 

「クロスベルのトップの1人でハルトマンってオッサンがいるだろう?去年、そいつとギリアスのオッサンが極秘裏に……といってもバレバレだけど、会談してパイプを作ったんだ。そのパイプの繋ぎとして、オレが派遣されたってわけだ」

 

情報をベラベラと喋るレクターにミッチェルは背中に冷や汗がながれた。一体なんの狙いがあって、そこまで情報を出すのか意図が分からなかったのだ。

 

「いや~、宮仕えは大変だぜぇ」

 

そんなミッチェルをよそに、レクターは溜息をついて悪態を吐いていた。

 

「そうですか……って、そんな事まで俺達に話してもいいんですか?」

 

ロイドが情報をそんなに話して大丈夫なのかと聞くと。

 

「どうせアンタら、ここで死ぬんだし」

 

そういった瞬間、ミッチェルは懐から武器屋で買った新しい拳銃、ZCF製・P226を抜いてレクターの眉間に銃口を向けた。だが、レクターそれに怯えた様子などなくむしろ笑みを浮かべた

 

「……今、この水上バスにオレの部下が何人くらい乗り込んでると思う?」

 

そう言って軽薄な笑みを浮かべるレクター。するとミッチェルは空いた片手の指で太腿をリズムよく3回叩く。それにロイドとランディが後方を警戒、2人の背で他の乗客に見えない様にエリィとティオが武器を構えた。

 

「へぇ……」

 

その反応の良さにレクターは関心をしめした。

 

「中々いい反応だが、多分片手の指じゃ足りないくらい乗ってたっけな~、あんたの行動は軽率じゃないかい?」

 

僅か5人で多数の工作員を相手にする気かと挑発してくる……だが。

 

「……この水上バスの乗客はお前を含め13人に乗組員含め16人。全てお前の部下だとしても制圧は問題ない」

 

水上バス内を探索してる際に、ミッチェルは乗客の人数と運転手に乗組員の人数を数えていた。武器もあり、目の前には人質として価値のある人物もいる。既にミッチェルの頭では戦闘の際の動きを予想していた。この程度の危機などゴーストとしての人間が、ましてや隊長が怯えるには温過ぎるのだ。

 

「……」

 

レクターは何も言わず、笑ったままミッチェルを見つめる。それに対してミッチェルは射殺さんばかりに睨みつける。

 

「……わはははははははッ!」

 

すると突然レクターは笑い出した。それにロイド達は驚くが、ミッチェルが一瞬たりとも気を抜かない。

 

「くっくっ……いやぁ、いい反応だ」

 

銃を向けられてるにも関わらず、涙を流して笑うレクター。

 

「こんな手に引っかかるなんて、なかなか純朴だな!冗談だよ、冗談!」

 

レクターが冗談で言ったと言うが、ミッチェルは警戒したまま銃を下ろさない。

 

「安心しろって、部下なんて一人ものってねぇよ。オレは別にあんた等をどうこうする気ないから銃を下ろしな」

 

笑いながらレクターが言う。それでも警戒するが、いまの大笑い声にて乗客の視線が集まっており、今の状況を見られたら厄介であり、ミッチェルは銃を懐へと仕舞うが手を離さなかった。

 

「いやぁ~クロスベルに来るまでの間、列車の中で読んだ小説の設定、まんま持ってきただけなんだけどな。そんな律儀に反応してくれるなんてオレ様、予想外だったぜ」

 

悪戯が成功したように、喜びながら言うレクター。それにはロイド達も顔を顰めた。

 

「はは、あまりに反応がいいんで『競売会(オークション)』の潜入調査にきた警察の人間かと思ったが……さすがに警察の人間がすぐに銃を人に向けたりしないよなぁ」

 

明らかに挑発しているのは目に見えてわかった。

 

「……いや、こちらも咄嗟とはいえ銃を軽々と向けてしまった。申し訳ない」

 

ミッチェルは銃から手を離し、レクターに頭を下げた。

 

「いや、気にすんなって。オレの演技が迫真すぎたんだからよ」

 

それをレクターは笑って許した。

 

「……てことは貴方も例の『競売会』に?」

 

レクターの発言から、彼も競売会に行くと言ってるのかとティオが尋ねると。

 

「オレが鉄血宰相の代理ってのはなしな」

 

どうやら代理なのは秘め事のようで、表向きは帝国貴族のボンボン息子であり、都合がつかなくなったおやじの代理人という設定だと言う。

 

「ま、あんた等も会場であったら相手にしてくれよ。オッサン共だらけの相手なんて勘弁だからな」

 

そう言って、レクターはバスの内部へと向かった。それをミッチェルは今だに警戒心を露わにした様子で見ていた。

 

「……スコット、あいつは」

 

それはランディも同じであった。

 

「……ただの書記官が銃を眉間に突き付けられて平気なはずがない」

 

たった一人で武器を持った人間を挑発してくるほど肝の座った人物であり、危険な輩であるのは間違いなかった。ミッチェルはバッグの中身を使わないことを祈ったが、一筋縄ではいかないことを予想していた。

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

水上バスがミシュラムへと到着した。想像以上にゴージャスな雰囲気にロイドが圧倒されており、なんでも高級保養地にIBCが着目し、ホテルやテーマパークなどを2年前に建設したとのことであった。

 

「とりあえず、目的地の偵察に向かうぞ」

 

どうも、娯楽だらけの雰囲気に気が緩みそうな面々にミッチェルが気を引き締めさせて、目的地であるハルトマン議長邸へと向かうことにした。正面にあるホテルの一階アーケードを抜け、高級住宅街を進む

 

「しっかし、どこもかしこも、でかい家ばかりだな」

 

ランディがキョロキョロしながら高級住宅を見回す。クロスベル市内になる住宅地やハロルドの家もそこそこ大きかったが、ここはそれ以上であった。

 

「ここは、政治家の人や資産家の別荘をかねてたりするから、全ての家に住んではいなわ」

 

その辺りの事情に詳しいエリィが説明してくれる。確かに家の数に比べて人通りが少なかった。それに、創立記念祭・最終日でこれなのだから、普段はもっと少ないとも説明してくれた。

 

「そうか……」

 

説明を聞きながら、住宅地を見回すミッチェル。各家々は湖に作られた土台の上に建てられているようであり、その庭には木が其れなりに生えていた。住宅街を道沿いに進んでいき、その石橋の向こう側にホテルと見間違うほど巨大な建物があった。

 

「あれが、ハルトマン議長邸……すごいな、屋敷というよりお城みたいだ」

 

その巨大さにロイドが息を飲む。

 

「まぁ、クロスベルでは昔からの名士の家系だから……あの屋敷も、百年近く前に帝国の統治時代の総督邸として建てられたものだときいているわ」

 

エリィの説明を聞き、どれほど改築を重ねてきたのか思う一方で、それだけ古ければ秘密の入り口があるのではとミッチェルが思っていると。

 

「あれは……!」

 

屋敷から黒服の男達が現れ、ロイド達が石柱に身を隠す。黒服の後ろから、ルバーチェの若頭であるガルシアが現れた。

 

「(どうやら、主催はルバーチェで間違いないようだ)」

 

ロイド達に聞こえる程度の小声で言うミッチェル。玄関で話すガルシア達の声は、遠かったのもあり聞こえ辛かったが、既に警備を厳重にするようであり、オークションの品や目玉である人形も搬入済みであることは聞こえた。

 

「もう、警戒し始めるなんて……」

 

まだ日が高いのに警戒が厳重であるととエリィが言うと。

 

「恐らく『黒月』を警戒してだろうな。しかし、簡単には入れそうにないな」

 

特務支援課のメンバーの面はルバーチェには割れており、招待カードを持っているにしても通してくれるか不安であった。

 

「……とりあえず、いったんここから離れよう。ここで連中に見つかったら元も子もなくなりそうだ」

 

ロイドの言う通りであり、この場を離れて作戦を練ることにした。そのまま踵を返して進もうとしたその瞬間だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

                      ミツケテ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「え……」

 

突然としてロイドとミッチェルは振り返った。

 

「いまのは……」

 

間違いなく聞こえた少女の声。その声にはミッチェルは何故か聞き覚えがある声に思えた。

 

「スコットさん?」

 

足を止め振り返っているロイドとミッチェルに、疑問を思いながら声をかけるティオ。

 

「どうしたの?」

 

二人がジッと屋敷を見つめているのに首を傾げながらエリィが尋ねると。

 

「いま……少女の声がしなかったか?」

 

エリィ達の方を向きミッチェルが聞くが。

 

「いや、何にも聞こえなかったぜ」

 

ランディは首を横に振り、エリィもティオも同じであった。

 

「そうか……なんでもない、行こう」

 

再び踵を返したミッチェルにランディ達も頷き、アーケードへと足を進めた。

 

「……ロイド」

 

ミッチェルは隣を歩くロイドに声を掛けると。

 

「あぁ、俺にも聞こえた」

 

どうやら先程の声は空耳ではないことは確認できた。しかし、聞こえたのはロイドとミッチェルだけであり、ランディ達に聞こえなかったのは謎であった。

 

「……なにがあるんだ一体」

 

ハルトマン議長邸の方を向くミッチェルは、そこには底知れぬ何者かが潜んでいるのかと思えずにいられなかった。アーケードに到着した面々は、このままでは会場に入るのは不可能であると結論づいていた。

 

「チェックにはマフィアの連中がやってるみたいだからな、このまま突撃しても門前払いされるがオチだ」

 

特務支援課とルバーチェ、警察とマフィア、水と油であり顔が知れ渡っている現状ではどうしようもなかった。

 

「招待カードを使えるでしょうが、身元を照合される可能性も高そうです」

 

ティオの言う通り、カードはあるが贈られた家々は、もしかしたらハルトマン議長やルバーチェと関わりある人間限定である可能性も否定できなかった。

 

「やはり、作戦を練り直す必要がある」

 

落ち着いて話す場合、レストランでは人の目が多いので可能ならば避けたかった。

 

「なら、上のホテルに空室はないでしょうか?」

 

ホテルに空きがないかとティオが言うが、創立記念祭である状況で空きがあるとは思えなかった。

 

「ま、ひょっとしたらキャンセルがあるかもしれねぇ」

 

僅かな望みに賭けるべく、ランディの言う通りに2階のホテルのフロントへと向かった。

 

「いらっしゃいませ。ホテル・デルフィニアへようこそ」

 

支配人自ら受付をしており、エリィが空室がないかと尋ねると。

 

「大変申し訳ありません。実は先程、一件キャンセルがあったのですが、すぐに予約が入ってしまいまして」

 

支配人は申し訳なさそうに言う。それにロイド達は肩を落としたが、しかたないとしてレストランへと向かおうとした。

 

「フフッ……お困りみたいだね」

 

すると、聞き覚えのある声が聞こえ、声の方を向いた。そこには何時もと違う服装をしたワジの姿があった。

 

「何だか、部屋が取れなくて困っているみたいだけど……ゆっくり話ができる場所が欲しいってところかな?」

 

ワジの言う通り、静かに話す場所が欲しいのだとロイドが言うと。

 

「だったら話は早い、僕の部屋を提供してあげるよ」

 

突然の申し出に、ロイド達は驚くものの、そんなのを気にすることもなく部屋へと案内するワジ。そのホテルの一室は中々豪華な作りであり、個人で泊まろうものなら相応の金額が必要な部屋であった。

 

「フフ、しかし君たちも、なかなか優雅じゃないか。記念祭の最終日に休みをもらってミシュラムで豪遊とはねぇ」

 

どうもワジはロイド達が遊びにミシュラムへ来たと思っている様子であった。

 

「あー……まぁ、骨休みにね」

 

独断専行の潜入捜査なんて口が裂けても言えるはずがなく、お茶を濁す返事をするロイド。

 

「それより、ワジ。君のその格好は……」

 

ワジの姿は何時ものテスタメンツの格好でなく、大分お洒落な服とアクセサリーを身に着けていた。

 

「フフ、イカスだろう?僕の副業の制服みたいなもんさ」

 

どういうことかロイド達が疑問に感じる。ワジ曰く、上流階級のマダムに一時の夢をみさせる仕事……いわゆるホストであると言う。

 

「おいおい!なんて羨まし……もとい、ケシカランことを!」

 

案の定悔しがるランディは無視し。

 

「ようするに、君はホストの仕事でここに?」

 

ミッチェルが尋ねると、エスコート役だと言うワジ。この時期、この場所、そこで上流階級の婦人のエスコート……ここから導き出される答えは難しくなかった。

 

「なるほど……秘密のパーティーと言う事か」

 

その言葉にワジが反応する。

 

「ふふ……成程ね」

 

感づいた様子のワジにロイド達は焦るも、どのみちバレるであろうと思っていたミッチェルは普段通りの様子であった

 

「『黒の競売会(シュバルツオークション)』……大方、その名前を知って調べに来たって所だろう?」

 

核心を突かれたロイド達、ワジは既に参加した経験があると言う。

 

「でも君たち、その競売会を摘発するつもりなのかい?さすがに無茶だと思うけど」

 

ワジの言う通り、後ろには帝国側議員であるハルトマンがおり、摘発なんて夢のまた夢であると言う。

 

「いや……悔しいけど元より摘発するつもりはないさ」

 

それにロイドが顔を暗くさせながら言う。

 

「ただ、知っておきたかったんだ。クロスベルの歪みを象徴したような豪華絢爛な裏の社交パーティー……俺達が乗り越えるべき『壁』がどの程度のものであるかを」

 

暗い表情から一変、覚悟を決めた表情をするロイド。それは他のメンバーも同じであり、強大な敵に恐れることなく立ち向かう姿に、今後が楽しみだとミッチェルは思いながら口元に笑みを浮かべた。

 

「フフ……なるほどね。その意気込みは買うけど、あいにく『競売会』には招待カードがないと入れないよ」

 

まさか招待カードを持っているとは考えていなかったワジが言うが。

 

「いや、あるぞ」

 

ミッチェルが懐から金の薔薇が施された黒い招待カードを取り出す。それにはワジも驚いた表情を見せた。

 

「……どうやって手に入れたかを聞くのは野暮ってもんかな?」

 

その驚いた顔も一瞬で、すぐに何時もの涼しい顔を見せた。

 

「まぁ、それなりにな」

 

カードを仕舞うミッチェル。今度、レンに何か御馳走しようと思った。

 

「この招待カードだけど……身元の特定はされないのかしら?」

 

心配事項であった身元の特定のことを聞くエリィ。

 

「いや、それはないと思うよ。裏の社交界的な側面があるから、新規の客を歓迎しているみたいなんだ。盗品を預かっている以上、あえて身元を特定されたくない有力者も多いみたいだしね」

 

なんの躊躇いもなく、盗品を扱っていると言うワジ。想定内のことなどでさして驚く様子をロイド達は見せなかったが。

 

「ワジ、前回の出席していたみたいだが……人間の競売はあったか?」

 

するとミッチェルが真剣な表情で、ワジに尋ねた。裏の社交界で貴族連中が集まっているとなると、人身売買の可能性もありえたのだ。

 

「いや、流石にそこまで犯罪的なものはなかったよ」

 

涼しい顔で否定するワジ。

 

「そうか……」

 

その返答に、ミッチェルの心配事項が一つ減った。

 

「そういや、一枚の招待カードで何人まで入れるもんなんだ?」

 

思い出したかのようにランディが聞くと。

 

「特に決まりはないみたいだけど……ただまぁ、大抵は2人連れだね」

 

ワジの回答に、パーティーに行けるのが2人と言い、5人連れは目立つからお勧めできないと言う。

 

「それと、一応パーティーだからフォーマルな格好をした方がいいね」

 

社交パーティーなのだから、それは仕方ないとワジの言葉に同意するロイド達。

 

「スーツやドレスは下のアーケードで買えばいいだろう、問題はメンバーだが……」

 

ミッチェルはロイドの方を向き。

 

「まずロイドは確定だ」

 

それにロイドは驚くも。

 

「お前の自身の目で確かめてこい、クロスベルの歪みと壁を」

 

そう笑みを浮かべて言うミッチェル。その言葉にロイドは、決意を胸に抱き、笑みを浮かべて了承した。

 

「もう一人を誰にするか、今の内に考えておけ。だが、私はパーティーには参加しない」

 

パーティーに参加しないと言うミッチェルにロイドが何故かと尋ねると。

 

「私はやることがある」

 

その視線は、窓から見えるハルトマン議長邸へと向けられていた。

 

「あと、服だけど。前に来た時に使った事があるし、私が立て替えておくから」

 

服の購入代金はエリィが出すと言う。こんな場所での購入で、さらにスーツやドレスとなると、手持ちで足りるとは思えなかった。それ故にエリィが出すと言う。

 

「いや、それは……」

 

それにロイドは躊躇うも、他に手に入れる方法もなく、エリィの言葉に甘えることにした。

 

「ま、とりあえず下のブティックに行こうぜ」

 

ランディの言う通り、服を買うべく部屋を出ることにした。なぜかワジも付いてきたが。

 

「フフ、せっかくだから、コーディネートの指南でもしてあげようと思ってね」

 

確かにワジのセンスは高そうであった、ここまで来たら仕方ないとロイドは溜息を零した。一階のアーケードにあるブティックの前までやってくると、店内へと足を入れた。

 

「うぅ……高そうだな」

 

高級スーツやドレス等を置いている様子から、高級ブティックであるのは見て取れた。

 

「それでロイド誰を連れていくか決めた?」

 

エリィの問いにロイドは頭を悩ませ……その結果。

 

「俺は……エリィ、一緒にきてくれるか?」

 

ロイドが選んだのはエリィであった。

 

「……うん、分かったわ。まぁ一番さり気なく中に入れそうな組み合わせかもしれないわね」

 

エリィはそれに頷いた。

 

「確かに二人ならカップルでも装っていくのが一番だな」

 

ミッチェルが笑いながら言うと、ロイドとエリィは顔を赤らめる。

 

「ヒューヒュー」

 

「ひゅーひゅー」

 

それをランディとティオが茶化す。

 

「そうだね、行動的な資産家のお嬢様が庶民出のボーイフレンドを連れて話題のパーティーに参加してみた……そんな感じで行ってみたら?」

 

ワジも即席のカバーストーリーを作り、それが見事マッチしてるあたり、二人の相性の良さが見て取れた。

 

「それに、エリィは社交パーティーの経験もあるようだ。その経験でロイドをカバーできるのも大きい」

 

市長の娘であるエリィはこういった経験や留学の経験まであり、そう言うのに不慣れなロイドを手助けできるのが大きいとミッチェルが言う。パーティーに出席が決まった二人が早速着替える。

 

「おぉ~」

 

ランディが声を出す。

 

「ふふっお待たせ」

 

エリィの着ているドレスは、胸元が大きく開いたドレスであった。

 

「どうかな?」

 

ロイドはスーツだが、エリィの後だと見劣りする所があるが、仕方ないと言える。

 

「さすがに慣れてるるだけあって、お嬢のドレス姿は言うことねぇな」

 

ランディの言う通り、ドレスを見事着こなしているエリィは一層魅力的に見えるほどであった。

 

「それに比べロイドは……」

 

ミッチェルはロイドを苦笑いしながら見た。スーツに着せられている感があったのだ。

 

「でも、ロイドは肩幅が結構あるからスーツ姿も似合うわ」

 

それをエリィがフォローする。

 

「ありがとう、何とかエリィのボーイフレンドに見えればいいけど」

 

そんなことを億することなく笑顔で言うロイド。

 

「え、ええ……ちゃんと見えると思うわ」

 

それにエリィは頬を赤らめる。素で言う辺り女誑しであると言うんだと思うミッチェルとランディであった。

 

「そうだ、ついでにこれを持っていくといい」

 

するとワジが何かを取り出し、ロイドに掛けた。

 

「これは……」

 

ワジがロイドに伊達メガネを掛けたのだ。それが想像以上に似合っており、何時もの印象と違ってマフィアにもバレないだろうとティオが言う。

 

「よし、準備が整ったな」

 

ミッチェルは着替えた二人の姿を見て、背負っていたボストンバッグををランディに、招待カードをロイドに渡した。

 

「これから私は行くところがある」

 

腕時計で時刻を確認しながら言う。

 

「もう、4時過ぎた所だけど、どこに行くんだ?」

 

パーティーまで時刻が迫るなか、どこに行くのかとロイドが尋ねると。

 

「テーマパークだ」

 

その言葉にティオがいの一番に反応した。

 

「な、なんでテーマパークに?」

 

ミッチェルの言葉に驚きながらもエリィが尋ねると。

 

「偵察だ」

 

それにエリィは首を傾げたが。

 

「成程、観覧車か」

 

ランディが納得した顔をする。観覧車に乗り、ハルトマン議長邸を上から偵察すると言う事なのだ。

 

「パーティーの一時間前に戻る。だからティオ、悪いが今回は我慢してくれ」

 

ソワソワしていたティオだが、明らかに付いていく気満々であったのだ。

 

「……はい」

 

明らかに落胆した様子だが、今回は仕方なかった。時刻は過ぎ、午後6時45分。部屋へと戻ってきたミッチェルから作戦の概要を聞き、一同が驚くも、その様子にミッチェルは口元に笑みを浮かべた後であり、ロイドとエリィは既に石橋の上を歩きハルトマン議長邸へと向かってた。

 

≪こちら、ゴースト。どうぞ≫

 

暗闇に紛れ、ミッチェルは今、屋敷の対岸にある住宅の草むらにいた。

 

≪こちら、アホウドリ。感度良好≫

 

エニグマにて通信しるランディとミッチェル。バックアップであるランディとティオはベンチにて静かに湖を見ていた。

 

≪時間だ、作戦を開始する≫

 

ミッチェルは装備の最終チェックをする。

 

≪了解、以後はお前からの通信を待つ。幸運を≫

 

そのまま通信を切ろうとすると。

 

≪スコットさん≫

 

ティオの声が聞こえ。

 

≪……どうか、ご無事で≫

 

心配そうにミッチェルの身を案じるティオに。

 

≪了解、心配せずに待っていろ。アウト≫

 

そう言ってミッチェルはエニグマの通信を切り、ビニール袋に入れて口を堅く二重に縛ると、バックパックにいれた。そして、壁を越えると湖へと静かに入り、姿を消した。

 




と言うわけで筆が乗ってか、ガンガン書けました。いつもこの位で書けれたらなぁ……

次回はいよいよということで、楽しみに待っていただくと幸いです。

感想もドシドシお願いします。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
一言
0文字 一言(任意:500文字まで)
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。