【凍結中】亡霊の軌跡   作:機甲の拳を突き上げる

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12話 答えのない道

ルバーチェでも聞き込みの成果がなく、『(イン)』という名を手掛かりに、ロイド達はイアンの元に訪れていた

 

「お疲れ様だ。頑張っているようだね」

 

イアンは快く出迎えてくれ、さっそくロイドは本題である『銀』について尋ねる

 

「その名前ならば心当たりがないわけでもない。この脅迫状と同じ人物を指しているか分からないが……それでも構わないかね?」

 

それにロイドは頷いて尋ねる。それはイアンが出張で共和国に行った時、奇妙な都市伝説を現地の人に聞いたという。それが『銀』と呼ばれる伝説の凶手がいるという内容だった

 

「凶手……暗殺者のことか」

 

ミッチェルの問いにイアンは頷き続きを話す。どうやら本当に実在しているのかどうか分からなく、噂では仮面と黒衣で身を包み、決して素顔を見せないという。影のように現れ、影のように消え、狙った獲物は絶対に逃がさない……そんな亡霊の存在として噂されていると言う

 

「(亡霊(ゴースト)……か)」

 

元の世界から馴染み深い名にミッチェルは思うところがあった。相手の実力は分からないが、いるかどうかも不明な相手が恐ろしいのは自分自身が知っていることだとミッチェルは思っていた

 

「ですが、その伝説の刺客がどうしてイリアさんに脅迫状を?」

 

ティオのいう通り、その都市伝説の存在がイリアに脅迫状を出す理由が不明であった。『銀』という東方風の名前……そこから全員はある名前を浮かび上がって。黒月(ヘイユエ)の名である。黒月はカルバート共和国の東方人街に一大勢力を置く組織で、『銀』と何らかの関係があっても不思議ではなかった

 

「それであの若頭が反応したのか。確かに黒月と『銀』が結びついてたらルバーチェには脅威だ」

 

ランディはガルシアが反応した理由が察せた様子であった。しかし、その『銀』がイリアを脅迫する理由……これが未だに不明のままであった。そして、話の話題である黒月に事情聴取をしに行こうとなり、ロイド達はイアンに礼を言って湾港区へと向かう

 

「ここか……」

 

目の前の赤い建物には『黒月貿易公司』と書かれた看板があり、扉にはプレートが掛けられており

 

『御用の方はノックしてください』

 

と書かれていた。ここまで来て引き返す訳もなく、ノックをした。だが、反応が返ってこないと思っていたら中から人の声がした

 

「クロスベル警察、特務支援課に所属する者です。とある事件でお聞きしたいことがありまして、そちらの支部長さんにお取次ぎを願いたいのですが」

 

ロイドが所属と要件を言うと、待つように言われるが、その声も警戒を表していた。待つこと数分、扉が開き中から東方風の男が出てきた

 

「お待たせしました。支部長が会われるそうですので、どうぞ中へ」

 

招き入れられるように建物の中へと入っていき、階段を上がると支部長室へと通されて、中には眼鏡をかけた紫髪の男がいた。ロイドが自己紹介をすると

 

「ふふ……こちらこそ、初めまして。『黒月貿易公司』クロスベル支部を任されているツァオ・リーといいます」

 

ツァオも自己紹介をしてくれた。その見た目は優男そうであったが、イアン曰く切れ者であるという情報から目の前の男が相当な狸であるのではと、内心疑いもってリーを見るミッチェル

 

「ロイドさんに……エリィさん、ランエィさん、ティオさん、ミッチェルさんでよろしかったですか?」

 

一人ずつの名前を言うリーにロイド達はおどろく。いきなり牽制をかけてきたのかと気を引き締めるミッチェル、種明かしをするツァオはクロスベルタイムズで知ったとい、特務支援課のファンであると言う。ここに来た要件をロイドがいうが、ツァオの会話内容からもどんな人物か定められそうになかった

 

「ふむ……『(イン)』ですか」

 

脅迫状の差出人の名が東方風であることから、何か知っていないかとロイドが尋ねるが

 

「まるで私どもが、その『銀』なる犯罪者と関わりがあるかのような仰られようですね?」

 

それにロイドが否定し、情報を求めるために来たのだという。ツァオも随分といやらしい言い方をするなと黙って聞きながらミッチェルは思った。するとツァオは『銀』についての伝説を詳しく教えてくれると言うのだ

 

「『銀』という名前は、共和国の東方人街では非常に有名です。仮面と黒衣で身を包み、素顔を見せない謎の凶手……影のように現れ、影のように消え、狙った獲物は決して逃さない……そして……ここが肝心ですが、どうやら不老不死という話なのです」

 

不老不死、その単語にロイドが説明を求める。なんでも、『銀』は百年以上前から凶手として活動を続けており、その時期の記録を調べると確かに『銀』の名前が頻出するのだと言う。要人を次々と葬った謎の摩人として

 

「やっぱり、ただの言い伝えで実在はしてないんじゃねえのか?」

 

ランディがそういうが、ツァオはそれを否定する。東邦人街の裏側において『銀』はただの伝説ではなく、正体不明だが条件さえ整えばミラで雇える最高の暗殺者で、あらゆる暗器と符術を使いこなす神速の(はや)さを秘めた闇の武術家であるという

 

「(随分と、いい表情をするものだ)」

 

ツァオの顔は悪い顔とでも言うべき笑みをうかべ、揺さぶりをかけてくるような言い方であった。更にツァオが噂でカルバート共和国の東方人街から姿を消し、とある組織に大きな仕事が入ってとある自治州に向かったのだと言うのだから

 

「(回りくどい脅しだな)」

 

と内心溜息を付いて思うミッチェルだったが

 

「……不老不死と言ったが、頭を撃ち抜けば死ぬのか?」

 

突然、黙って聞いていたミッチェルがツァオに尋ねると

 

「さぁ?だれも『銀』に致命傷を与えた者はいませんので」

 

笑みを崩さずに言うツァオ

 

「なら四肢を捥いで海にでも捨てれば問題ないな」

 

と簡単そうに言うミッチェルにロイド達は驚くものの

 

「……そうですね。いかに不老不死でも、そこまでされては生きてはいないでしょう」

 

笑みと言うポーカーフェイスを崩さないツァオが肩を竦めながら言う。エリィがルバーチェと同じだと言うが、ツァオからしたら地方の組織にすぎない……しかし、中々手強くて手こずっていると言うのだ。かなり意味深なことを言うが

 

「……一つ聞かせてください。そのルバーチェとの競争の中にアルカンシェルは入ってますか?」

 

ロイドの発言に初めて笑みを崩すツァオ。ルバーチェがイリアを使って帝国に興行をすると言っており、黒月としても同じことを考えているのかと尋ねる。ツァオは回りくどい言い方をするも、関わっていないといい、脅迫状に使われた『銀』の名を不思議がっていた

 

「色々と参考になりました。どうも、ありがとうございました」

 

ロイドが席を立ち礼を言う。ランディ達がもういいのかと尋ねるも、これ以上の収穫は無いと言い、部屋から出ていこうとする。が、ツァオに呼び止められ、ロイドが嫌そうな顔をして振り向くと

 

「ふふ……そんな恐い顔しないでください。私があなた方のファンというのは本当のことなんですから。今回の一件……なかなかに興味深い、イチファンとして、あなた方がどのように解決してくれるか……楽しみにさせて頂きますよ」

 

含みのある笑みを浮かべながらツァオに、ロイドは一応礼を言って建物からでた。その建物の前で黒月も今回の事件に関わってないのは支部長の言い方から読み取れ、恐らく雇われているであろう『銀』が独断で動いているのではと話し合っていると

 

「ねぇ、この一件……警察本部にまかせてみてはどうかしら?」

 

エリィの発言にロイド達は驚く。事件の犯人であろう伝説の暗殺者相手では自分たちで逮捕できる保証はなく、イリアが関係しているのであれば国際的にも大スターな彼女のためクロスベル警察の威信に賭けてでも動くというと

 

「その通りだ」

 

どこかで聞いたことのある声が聞こえて振り向くと、法律相談所の前で出会った男がいた。一課のダドリーだと名乗り、ついて来るよう言われて付いていく。黒月貿易公司から離れた場所で、あのような前で悠長に長話する奴があるかと怒られた後

 

「お前たち、アルカンシェルがどうとか口走ってただろう。それと、お前たちが『黒月』を訪れたことに何の関係があるのか……洗いざらい話せと言っている」

 

そんな厚顔無恥なことを言ってくるタドリーに流石のロイド達も怒りを覚える。ティオが図々しいと言うが、タドリー曰く此方の方が図々しいと言い、なんでも一課は『黒月』を一か月前からマークしてるとか言い出し、なんの断りもなく割って入ってきたのはお前たちだと言うが

 

「……別に貴様の了解をとる必要もあるまい。こちらの捜査の一環だ」

 

ミッチェルが当たり前のことをした様に言うと、タドリーの目が吊り上り、睨む。無論、その程度の睨みなんぞ痛くも痒くもないミッチェルは平然としている

 

「とにかく、全て話してもらおう。従わなかった場合……こちらの捜査妨害を行ったとしてセルゲイさんに厳重抗議する」

 

それにはロイドも渋々従い、内容を話す。その内容にタドリーは口元に笑みを浮かべる、黒月が尻尾をだしたのだと言うのだ。ルバーチェに対抗するために黒月が切り札として雇ったのが『銀』だと言う

 

「しかし、ルバーチェの方は放置でいいのですか?」

 

ティオの言う通り、黒月だけでなくルバーチェもマークしないでいいのかと尋ねる。すると旧市街の一件や軍用犬を使った事件を事前に知っていたと言うのだ

 

「……知っていながら、なぜ動かなかった?動かなかったにしても、なぜ情報を回さなかった」

 

ミッチェルがタドリーに問う。すると、殺人でもないのにあの程度の小さなイザコザに構ってる暇などないと言い、情報も貴様達に渡すような物は何一つもないと言う。更にイリアの件を捜査一課が引き継ぐと言う。『銀』を捕える手段のないロイド達は何も言えなかったが

 

「……なるほど、所詮は口だけの腰抜けか」

 

ミッチェルは肩を竦めて、溜め息を付きながら言う

 

「……なに?」

 

その言葉を寛容できなかったのか、明らかに怒りを表したタドリーがミッチェルを睨み付ける

 

「貴様の言う小さなイザコザ程度なら、片手間で解決できる物ではないのか?それともマフィアが恐かったのか?下に情報を回さないで威張るだけのエリート一課とは……恐れ入る」

 

ここまでバカにされたタドリーは怒りが頂点に達し、ミッチェルに近づく。だが次の瞬間、ミッチェルはホルスターに手を伸ばし、タドリーも反射的に懐に手を入れる。だが、タドリーが懐に手をいれた時にはミッチェルが既にタドリーの額に銃口を突き付けていた

 

「……貴様、何をしているのか分かっているのか!?」

 

歯を噛み締めながら、憤怒の形相でミッチェルを睨みつける。ロイド達も行き成りの出来事に理解が追い付いていなく、唖然としている

 

「なぜ怒る?」

 

するとミッチェルの言葉が理解できなかったタドリーが呆気にとられた

 

「住民を見捨てたお前に怒る権利はあるのか?」

 

そこまで言われてタドリーは気づく。だが、ここまでするのかと冷や汗が頬を濡らす

 

「貴様は私と同じことをクロスベルの住民にやったのだ。不当な暴力に苦しむ彼らを貴様は見て見ぬ振りをした」

 

ミッチェルは拳銃を下し、ホルスターに仕舞う

 

「何が捜査一課だ、不当な暴力から守らずよく言えたものだ。貴様らは犬にも劣る畜生だ」

 

祖国の為に命を散らそうとしたミッチェルは、小さいイザコザだから構わないと言うタドリーの物言いに我慢が出来なかったのだ

 

「私の知っている一課の二人は、例え小さな事件であろうとも、そこへ飛んでいき事件に当たる男だったぞ」

 

ミッチェルの脳裏にはガイとアリオスの姿があった。二人とも小さな事件でも真剣に取り組む熱い男であるのを知っているのだ。言い終えたミッチェルは踵を返して去っていく、それにロイド達はタドリーに一礼してミッチェルを追いかけていく

 

「……そんなこと、言われなくとも分かっている」

 

タドリーの胸にも熱い男の姿があり、拳を握りしめることしかできなかった

 

「まったく……いきなりあんな行動をするのは止めてくれ。肝が冷えたよ」

 

とりあえず報告するためにアルカンシェルへと向かうロイド達にミッチェルは怒られていた。ミッチェル自身もやりすぎた感はあり、一課も殺人などの重犯罪の抑制や犯罪組織に外国の諜報機関から住民とクロスベルを守るべく日夜駆け回っているのを知っていた。だが、ミッチェルにも譲れない一線があるのだ

 

「すまなかった、今回の行動は軽薄だった」

 

ミッチェルも反省しているようで、アルカンシェルの前にたどり着くと、中から二人の男性が出てきた。その二人とエリィは知り合いの様子であった

 

「おじいさま……アーネストさん」

 

エリィの祖父と知り合いであるようだが、なぜアルカンシェルから出てきたのかを疑問に思っていると

 

「フフ、なかなか会えないが、元気でやっているようだね。仕事の方は頑張っているのかな?」

 

どうやら久々にあったらしく、老紳士の方は会話を楽しんでいる様子であった

 

「は、はい……まだまだ新人なので至らない所もありますが……マクダエル家に恥じぬよう精一杯、頑張らせてもらっています」

 

エリィは畏まった言い方をしており、その老紳士の服装や会話内容から上の人間であると考えられるとミッチェルが思っていると、ロイド達が老紳士に自己紹介をしていた

 

「ふむ、私の名前はヘンリー・マクダエルという。どうやら孫娘が色々と世話になっているようだね」

 

その丁寧な言い方にロイドは恐縮しながら、何かを思い出そうとしている

 

「いえ、ご息女には此方も大変お世話になっている身です。彼女の知恵と判断力には何度も助けられています」

 

ミッチェルが失礼のないように姿勢正しくして言う。こういう相手は訓練生時代に叩き込まれていた。だが、ランディは報告書や書類作りに助けられているなど砕いた言い方で、エリィも苦笑いする

 

「フフ……充実した職場で何よりだ」

 

その光景を嬉しそうに見るヘンリーだが、秘書であるアーネストが偶には実家に戻るべきだとエリィに言う。だが、ヘンリーはアーネストを咎めて自由にやらせるべきだと言う。すると、まだ用事があるのか、駐車してあった高級リムジンに乗って去って行った。一体何者であるかと思っていると、突然ロイドが大声を上げた

 

「ヘンリー・マクダエル!このクロスベル市の市長さんの名前じゃないか!」

 

さってから気づいたロイドの答えにランディとミッチェルは初めて見た様子であり、ティオもデータベースに乗っていたことを思い出す。それにエリィが溜め息をつくと

 

「今まで気づかれなかったのが不思議なくらいだと思うけど」

 

エリィが苦笑いしながら言うと、ロイドも面目ないと謝る。エリィは気にする様子もなく、イリアに捜査一課への引き継ぎを報告しなければならなかった。劇場に入り、ホールへと向かうとイリアとリーシャが稽古をしており、それに目が奪われた。一通り稽古が終わったのか、拍手をしながら舞台へと向かう

 

「このまま詰めていけば、中々のシーンになりそうなのよね。リーシャ、月の姫のターンだけど、ほんの少しタメを作りましょ。太陽の姫もそれを受けて、虚を突かれる演技を入れるから」

 

リーシャにアドバイスを言いながら、完成度を高めていく。しかし、その彼女達に残念な結果を言わなくてはならないロイドの表情は暗かった。団長を加えて黒月と『銀』の存在があり、公演の中止を言ってみるが

 

「ありえないわね」

 

と、一蹴りにされる。たとえ爆破予告されとも劇場に上がるといい、これは団長も同じ考えであった。そこで捜査一課への引き継ぎの件を話、背に腹は代えられなく、お客の安全のため受け入れると言う

 

「そ、それじゃミッチェルさん達は?」

 

リーシャの問いに、捜査一課に引き継がれるから、自分達は外されると説明する。それにリーシャは残念そうな表情をし、イリアも残念がる。だが、報酬として劇場のチケットをくれるといい、ランディは大喜びしてミッチェルも少なからず楽しみにしていた

 

「その……何だか迷惑ばかりおかけしてしまったみたいで……」

 

劇場から出て、リーシャが申し訳なさそうに頭を下げる。それに気にするなとロイドが言う。新作の本公演前にやるお披露目の公演であるプレ公演にむけて頑張れとランディが声援を送る

 

「皆さん、ありがとうございました」

 

リーシャは最後に一礼をして、稽古をするため劇場へと戻っていく。ロイド達は行き成りな出来事が多すぎて、疲れたのでビルに戻ると、玄関にはヘンリー市長の秘書であるアーネストがいた

 

「ああ、良かった!本当にこの場所でいいのか迷ってたんだよ」

 

エリィの姿をみたアーネストがホッとする。なんでもエリィに用があるようで、内容が警察を辞めて戻ってこいと言うのだ。行き成り何を言い出すのかとロイド達が思っていると、そんな疲れた表情をして本当にそれが進み道なのかと言う

 

「そ、それは……」

 

エリィも言葉が詰まる。アーネストは構わずに話を続け、市長のことまで持ち出して、最後とひと押しと言わんばかりに君の判断に任せると言う

 

「みんな、ごめんなさい。……少し疲れたから、ちょっと休ませて」

 

そういい、エリィは足元がおぼつかない様子で自室へと戻っていく。突然の事でティオやランディが疑ってかかるが、アーネストはエリィの目的が政治家志望であると言い、彼女の過去を話してくれた。アーネストが去り、ビルの中へ入ると、今度はセルゲイに呼ばれる

 

「ミッチェル……やりすぎだ」

 

昼の時の行動がセルゲイに届いていたらしく、ミッチェルに厳重注意を言い渡された。そして、報告を聞くと

 

「で、これからどうするんだ?」

 

セルゲイに問われ、ロイドが捜査一課の手伝いはと言うが、断固拒否されるという。だが、黙ってやる分には別だと言われ、ロイドは頭を傾げる。鼻摘みものが集まるこの部署は規格外だと、腹括るのはお前らだと言う

 

「まぁ、そう言っても、その様子からじゃ無理そうだろうがな。なにせ仲間うちに迷っているヤツがいるくらいだ、チーム一丸となって腹を括れる状態じゃねぇだろ」

 

それが誰を指しているのかは全員わかり、沈黙が続いた。セルゲイから解散を言い渡され、各自が自室へと戻る。ミッチェルは自室で銃の整備をしていると、ノックされる音が聞こえた

 

「あいているぞ」

 

そういうと、ドアが開いて、そこにいたのはエリィであった

 

「ちょっと……いいかしら?」

 

どうやら相談事みたいだと感じ取り、ミッチェルは椅子と机を用意した。ミッチェルがコーヒーを用意し始めると

 

「ねぇ……どうしたらいいのかな……」

 

ふと、呟くようにエリィが言う。ミッチェルはカップにコーヒーを入れてエリィの前に置く。自分も椅子に座り、コーヒーの一口飲むと

 

「どう……とは?」

 

エリィ自身が何をしたいのか不明な状況では何も口を出せない、だから詳細を求むと

 

「わたし……分からなくなっちゃった。今日、ルバーチェに黒月にタドリーさんから言われたこと考えたら……わたしが本当にしたかったことが分からなくなっちゃった」

 

帝国の共和国の狭間で生かされ誇りを持てず、嘘と欺瞞に満ち溢れている。呟くようにエリィが言っていると父と母の話をする。離婚した二人は帝国と共和国で生きている。父は正義感の強い政治家で、クロスベルの現状を打開しようと尽力を尽くした、だが帝国派と共和国派から排斥される形で潰されたのだ

 

信じていた同志に裏切られ、友人を無くし、義父であるヘンリーはクロスベル市長として中立的立場故に助けられなかった。それに絶望したエリィの父が議員を辞めて、妻子と別れてカルバートに帰る道を選択したのだ

 

「……それで、君は諦めるのか?」

 

黙って話を聞いていたミッチェルはそう口を開く。アーネストからエリィの夢が政治家になることで、何を目指して政治家になるのは大体見えてきた。だからこそミッチェルは言うのだ、ここで諦めるのかと、お前の夢はその程度で潰れるものなのかと

 

「……」

 

エリィは何も言わずミッチェルを見る、その瞳は揺れて迷いがあるのを言い表していた

 

「誰かに言われて諦める程度の(ユメ)なら捨てろ。理想を口にするだけでは誰でもできる」

 

まるで突っぱねるように言うミッチェルにエリィはテーブルの下で拳を握りしめ、表情には怒りが表れていた

 

「所詮は君の父も君自身の思いも綺麗事に過ぎないということだった。そういうことだろ?」

 

コーヒーを一口飲み、溜め息をつくかのように言うミッチェルにエリィは顔を上げる

 

「私の言ってることは綺麗事かもしれない!でも……この国を……父と母が愛したこのクロスベルを守りたいんです!」

 

目に涙を溜めて、いつもと違う思いを込めた声で本音をいうエリィ。その瞳は先ほどの揺らぎはなかった

 

「君の言った言葉を綺麗事と捉えるのかは人それぞれだ。君が諦めなければ、それは綺麗事ではなく現実となる」

 

すると、手の平を返したかのように言うミッチェルにエリィは唖然とする。カップを置いて口元には笑みを浮かべる、口では諦めるなど言ったがエリィが諦めるなど微塵も思っていなかった。それはいままで共に戦い歩んできた仲間のことを信じているからこその発言だった

 

「綺麗事とは、実情にそぐわない体裁ばかりを整えた事柄……口だけにしかできないことだ。それを実現させたら、それは綺麗事ではく事実となる」

 

そう言うと、エリィも思うことがあったのか……黙って考え始める

 

「だが、私では君の答えを言うことはできない。まぁ……それができる人物は一人いるがな、君も分かってるんじゃないか?」

 

ミッチェルがコーヒーを飲み干して言うと、思い浮かべるのは一人の熱い少年。それをエリィも思い浮かべたのか、若干頬が赤くなっていた。席を立ち、頭を冷やすため屋上に行くとエリィが言い、ドアノブに手を掛けると

 

「……付き合う事になったら報告してくれ。その時は盛大にお祝いしてやる」

 

そんなことを言うもんだから、エリィの顔が真っ赤になって頭から湯気が出ているかのように言い訳をする。それを笑っているだけのミッチェルにエリィは溜め息をついて

 

「……他人の事には機敏なのに、なんで自分のことには鈍感なのかしら」

 

などといった後に部屋から出て行った。後は少年しだいだ、と考えて自分の役割が終わったとばかりに明日の用意をして就寝についた

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

翌日、ミーティングをしているロイド達であるが、エリィの様子は何時もに増して元気なようであり、何故かロイドと距離が近いようにも見えた

 

「(お前……昨日、お嬢がきてただろ?なにかしたのか?)」

 

ロイドとエリィが反し合っている時、ランディが隣に座るミッチェルに小声で聞き、それにティオも耳を傾ける

 

「(……背中を押してやった)」

 

それに納得したかのように頷くティオとランディ。ロイドとエリィのニマニマしながら見ていると、気づいた2人が焦る。騒がしいミーティングであったが、いつも通りに戻ったなとミッチェルは思った。

 

「お熱いね、お二人さん。ひゅーひゅー」

 

「……ひゅーひゅー」

 

ランディとティオが慌てて言い訳をするロイドとエリィのからかうように言い、その様子をミッチェルが薄笑いを浮かべて笑っていた。すると、流石に怒ったエリィの一言に場が静まる。そこで何故かロイドが地雷発言を言い、ミッチェルが天然なのかイカれてるのか分からなくなっていた

 

ミーティングも終わり、支援要請を確認すると……思いがけない物があり、ロイド達を驚愕させる

 

『《銀》より支援要請あり。試練を乗り越え、わが元へ参ぜよ。さすれば汝らに使命を授けん』

 

なんと、『銀』から導力メールが届いていたのだ。ミッチェルがどこから送られたのかをティオに調べさせると、クロスベル国際銀行……IBCから送られてきたのである。それにロイド達が混乱する、天下のIBCから何故こんなのが届くのかと思っていると

 

「……IBCにサーバーがあるのなら、そこを経由して送ってきたのかもしれない」

 

元の世界でも、様々なとこを経由して、どこから送信したのかを攪乱する方法がある。それをミッチェルが説明すると、ティオがIBCの地下にメインサーバーがあると言い、そこから送られてきていた。IBCに直接伺うか考えていると、エリィの幼馴染がIBCの関係者で内密に調べてもらえる可能性があると言う。そういうことで、早速IBCへと向かった

 

「しかし、相変わらずデカイな」

 

16階建てのビルにランディがまじまじと見ながら言う。向かう途中にアーネストやグレイスに出会うが、早々に会話を終えてIBCへと入っていく

 

「あらエリィ様、それに特務支援課の方々も」

 

受付嬢がエリィの姿に一礼する。エリィが総裁はいるかと尋ねる。すると受付嬢は珍しくいると言い、総裁に面会の確認をとってくれた

 

「エリィ様、総裁がお会いになるそうです。カードを発行しますので、そのまま最上階の総裁室まで直接おいきになってください」

 

受付嬢からエレベーターのカードを受け取る。認証キーでもあるカードは最新技術のセキュリティシステムであることにランディは驚きながらも最上階へと上がっていく。最上階からの景色に見とれながらも、奥にある総裁室に入る

 

「やあエリィ、久しぶりだ。半年ぶりくらいになるのかな?」

 

目の前にいたスーツの男性がIBCの総裁のようだった。エリィと他愛ない会話をして、ロイド達が自己紹介をする

 

「ふふ、クロスベルタイムズで君たちの事は一応知っているよ。IBCの総裁を務めるディーター・クロイスだ、どうか私のことは遠慮なくディーターと呼んでくれたまえ」

 

もの凄く爽やかに歯を光らせながら言うディーターにロイド達が苦笑いをする。本題に入り、『銀』からのメールがIBCから送られたものであると説明する

 

「このビルのセキュリティには正直、自信を持っていてね。特に端末室があるフロアには許可されている人間しか入れないようにしているんだ。端末の操作も、権限のある者しか出来ないようになっている」

 

これほど巨大な銀行であるのなら、そのセキュリティの厳重なのも理解できる。だが、ここから送られたことが事実なのには変わらないのだ

 

「外部からハッキングがされた可能性があるのでは?」

 

ミッチェルが外部の端末からIBCのメイン端末に侵入されたのではと聞くと

 

「その可能性も考えられるね。君は思考が柔軟なようだ」

 

ロイド達がIBC内部から送ったのだと思っているのに対し、ミッチェルは外部からIBCのメイン端末を経由してきたのだと考えていた。どんなに強固な防壁があろうとも突破される時は突破されるのだ。それこそ祖国の国防省が自国の少年にセキュリティを突破されたみたいに。だが、ハッキングの意味を知らないロイドとランディに意味を説明しながら

 

「メイン端末がハッキングされたというのも、それはそれで由々しき問題だ……よし、君たちが端末室に入れるよう手配しようじゃないか」

 

内部の人間でも簡単に入れない所へ招待するというディーターの発言にロイド達は声を出して驚く。ハッキングされているなら、その痕跡がみつかるかもしれないというのが理由であった。スタッフの誰かを呼ぼうかとしたとき

 

「その必要はありませんわ」

 

女性の声と共にドアの開く音がした。そこから現れたのはスーツを着た特徴的な髪をした女性だが、年齢的にはエリィと同じそうであった

 

「ベルッ!」

 

エリィはその女性を知っているような声を上げる。すると突然女性がエリィに抱き着いたり、その後に体を触って感触を確かめたり、その言い方からあっち(・・・)系ではとミッチェルは思わずにいられなかった

 

「しょ、紹介するわ。彼女はマリアベル……総裁の娘で、私の友人よ」

 

エリィが離れて、紹介してくれると、次はロイド達の紹介をしようとした。だが、マリアベルは自分で検分すると言い、一人ずつの前に立って確認していく。するとエリィとティオを別方向に置いて、男性陣から離すと

 

「貴方たちは不合格ですわ」

 

いきなり不合格と言われてロイドとランディは面を食らっていた

 

「……一応、理由を尋ねても?」

 

ミッチェルが理由を聞くと、ムサ苦しい男どもがエリィの側にいるのを我慢できないと言い出した。何を言っているのか理解しかねる発言にミッチェルが溜め息をつくと

 

「大体なんですの?そのラフすぎる服装は。せめてスーツくらい着るのが礼儀というものでしょうに」

 

潔癖症なのかとミッチェルは思いながら

 

「……別にスーツを着なくとも仕事はできる。それに、スーツを着ていて戦闘なんてできるものか」

 

祖国のビジネスマンは基本、私服である。大事な用事である場合はスーツを着るが、毎日着ているのも少数である。更に、戦闘の際にスーツでは動きにくいのだ。それにマリアベルがミッチェルを睨み、ミッチェルとは相容れないと思っていた

 

「ハッハッハ、盛り上がっているようだね。うむ、若い者は若い者同士で親交を暖めてくれたまえ」

 

そう言うと、次の仕事があるとディーターは部屋から出ていき、ロイドとエリィの関係をマリアエルが問い質しながらも端末室へと向かった。端末室では巨大なモニターと制御用の普通のモニターが並んだ場所であった

 

「マリアベルお嬢様!お疲れ様です!」

 

研究員がマリアベルの姿を見て挨拶をする。外部からハッキングを受けた可能性があると言い、ティオが専門的な用語を交えながら研究員たちに事情を説明した。研究員が疑うものの、実際にメールが届いたので研究員が確かめると、メールの転送システムがクラッキングされているのを発見した。侵入経路を探してみるものの既にロストしていた

 

「……端末を一つ、貸してもらってもいいですか?」

 

するとティオが探すのを手伝うと言い、それをマリアベルが許可するティオが中央にある制御端末の前に座ると

 

「アクセス、エイオンシステム起動」

 

そう言うと、頭につけていたカチューシャらしき物が光りだし、もの凄い勢いでキーボードを叩きはじめる

 

「多次元解析によるリアルタイム制御を試行……全端末のログを解析、隠蔽された痕跡の前後における不審なアクセスを全て精査」

 

ティオが調べる速度は研究員の何倍もの速さでログを解析していっている。その光景にはミッチェル達全員が目を見開いていた

 

「サポートお願いします。クロスベルの全ターミナルに管理者権限でアクセスをかけます。不審と思われるログを吐き出すのでチェックお願いします」

 

専門の研究者にサポートをさせるほどティオの技術の高さが伺えた。ロイド達は何を言っているのかを理解できずにマリアベルが説明していたが、ミッチェルは何をしているのかを把握していた。元々訓練時代では教官から情報戦への道を進められるほど情報には強かったのだ。だからこそ、ティオが無茶と言えるほどの集中力をつかっていることも

 

「ビンゴ!こいつだ!ジオフロントB区画、『第8制御端末』……ここからアクセスしたらしい!」

 

ものの数分で見事にアクセスポイントを割り出して見せた。場所は歓楽街の地下にあるというジオフロントB区画であった。ティオが席を立ち、ロイド達の方へと歩いてくるが

 

「あっ……」

 

足をもつれさせ、こけそうになる。それをミッチェルが受け止めると

 

「あまり無茶をするな……だが、よくやった」

 

無茶をしたことについては軽く咎める程度で、アクセスポイントを割り出したことを褒める。それにティオは顔を赤くしながらも頷くと、ティオを抱き上げる

 

「す、スコットさん!?」

 

突然抱えられてティオは驚きながら尋ねると

 

「そんな状態で歩くのは危険だ、嫌だと思うが我慢してくれ」

 

何もない所でこけそうになるティオは相当な体力を消費していたのが分かった。それも、あの集中力で調べたのが原因であるとミッチェルは判断し抱きかかえた。それに、ティオは何も言わず、顔を赤らめるだけで、じっと抱きかかえられていた

 

「……なるほど、こいつも女の敵ですわね」

 

なにか意味の分からないことを言うマリアベルを無視して、ロイド達にジオフロンB区画に向かうべきだとミッチェルは言う

 

「あ、ああ。ジオフロントのゲート管理は、たしか市庁舎の管理だったはずだ。受付で借りられないか聞きに行ってみよう」

 

ロイド達はジオフロントの鍵を借りるべく、市庁舎へと向かった

 




何回も見直して誤字・脱字のチェックしてるんですけどね……一向に減らない……なぜだ……

いつも報告をしてくだっている方々にはいつも感謝しております

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