魔法科高校の詠使い   作:オールフリー

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皆様お久しぶりです。社会人生活が始まり早一月。慣れない生活に四苦八苦しながらどうにか書き上がりました。

うーむ。大人って大変だぁ……。

それでは続きをどうぞ!


鞘当て

 如何に世界中から有名な来賓客が集まっていようと、今回のパーティーはあくまでも九校戦の懇親会である。

 そのため、そう時間が経たないうちに来賓客の大多数は会場から退出し、生徒たちだけの空間に切り替わっていった。

 ピリピリとした雰囲気を出しながら、テーブルの上に並べられた料理に舌鼓を打ち、また他校への挨拶という名の鞘当てに時間を費やす……。

 ちょっと予想外の出来事はあったものの、九校戦懇親会は例年通りの顔を見せつつあった。

 

「疲れた」

「お疲れ様」

 

 ポン、と肩に手を置いて冬夜を労う雫。薄々『来るだろう来るだろう』と思っていた来賓、というか知人や顧客との会話だったが、予想以上にこの会場に集まっていて大変だった。会うのが懐かしいと思う人もいれば、腹に一物抱えた人、モニカが側にいるというのになぜか商談を持ちかけてくる……などなどちょっとした外交パーティーが開けそうな面子が集まっていた。諸外国とかの圧力とかあったのかもしれないが、もう少し人数はなんとかならなかったのかと、運営委員に文句をつけたくなる。

 

「なんかもう、部屋帰って寝たいよぅ」

「ダメだよ冬夜くん。まだ懇親会は終わってないんだから」

「分かってるよほのか。でもなぁ、戦う前からもう肩に漬物石が乗っている気がしてさぁ……。重い、痛い、制服キツイ」

 

 制服のブレザーを脱ぎたくなる衝動を抑えながら、冬夜は愚痴をこぼす。この会場において各校の選手・技術スタッフは全員制服の着用が義務付けられている。なので今現在、この会場には九つの魔法科高校の制服が存在し、非常に目に映る場となっている。各校それぞれの制服には華と威厳があり、とても色鮮やかなのだが、冬夜と達也と朋也だけは特殊な事情から悩ませていた。

 

「そっか。その制服予備のだもんね。体のサイズにあってないんだ」

「肩がな……ちょっと動かしにくい」

「お兄様、違和感はございますか?」

「あぁ。オレも、脇がちょっとキツイかな」

 

 達也と冬夜が片腕を動かしながら調子を確かめる。やはり、借り物のブレザーでは体にしっくりこない。こんなことになるなら自分の制服を持ってくるんだった、と冬夜は後悔するが

 

「でも結局、着られないんだよねー……ニ科の制服だと」

「こういう場だと学校の校章は目印のようなものだからな。仕方ない」

「色で見分けがつくだろうに」

 

 『校章がない』という理由で着られない。そんな単純な理由で窮屈な思いをしなければならないことに不満タラタラな冬夜だが、その理屈は分からないまでもない。

 各校の制服の色で見分けがつくのは、精々学校関係者のみ、それ以外の、例えば軍関係者などは選手たちが『どこの学校出身なのか?」を校章で見分けている。校章は学生にとって、自身の所属を明確に表す象徴であることから、このような措置も必要不可欠なのも重々承知していた。

 

「やはり、新調されたほうが良かったのでは……?」

「いや、大丈夫だ。すまないな、心配かけて」

 

 仕方ない、と制服の件を諦めていることを口にしたからだろう。深雪が眉を曇らせて、達也の顔を見上げていた。元から達也が二科生であることに不満を持っている彼女のことだから、達也が一言言えばすぐにでも作ってくるだろう。

 しかし、そんな彼女に達也は優しく微笑む。彼としては全員参加の公式行事の場で、こんなしょうもない事で不満に思っている自分を恥じていた。これでは、兄として示しがつかない。

 

「いえ、滅相もありません」

 

 微妙な表情の変化で、達也が鬱々とした気分を吹っ切ったことが分かったのだろう。達也を見つめたまま、深雪は嬉しそうに微笑んだ。

 

「「「…………………」」」

 

 そしてそんな二人を、暑苦しいような、どこか非難するような目で、幼馴染トリオたちは見つめる。この兄妹はどこでも桃色な雰囲気を作り出せるらしい。ほのかは『いいなぁ』と深雪を羨ましがっていたが、冬夜と雫は冷めた目で見るだけだった。………自分たちのことは棚に上げて。

 

 生温〜い雰囲気が辺りを包んだところで、空気を読んでやってきたのか、ひょいと冬夜の目の前に冷たいジュースのクラスが差し出された。

 

「そこで苦い顔をしているお客様、お飲み物は如何ですか?」

「………お。頂こう」

 

 「ナイスタイミング!」と心で思いながら、お盆を片手にやって来たメイドさん(エリカ)から、冬夜はグラスを一つ受け取った。

 

◆◆◆◆◆

 

「関係者とはこういうことか……」

「あっ、深雪から聞いたんだ?ビックリした?」

「……驚いた」

 

 楽しそうに笑うエリカに、気の利いた反撃を思いつかなかった達也は素直に頷く。ヒラヒラのフリルが付いたエプロンに白いカチューシャ。今のエリカはまさしく『メイドさん』の格好をしていた。

 

「よく潜り込めたな……。いや千葉家ならそれぐらい当然か?」

「ざーんねん。今回は千葉家のコネなんて使ってないわ。冬夜くんの推薦でここに来たの」

 

 珍しく達也の推理が外れたことに、エリカは自慢顔で真相を明かす。その真相に今度は達也が目を丸くした。軍の施設で開かれるパーティー。年齢制限だってあっただろうに、それでも採用されたのはそれなりの理由があったらしい。四葉家の力を使ったどうかは分からないが、思い切り権力(ちから)の使い方を誤っている気がする。

 

「冬夜、弁明は?」

「薦めただけで採用を決めたのはオレじゃないし、誰も損しないから良いと思った。後悔はしていない」

 

 こうも、堂々と開き直られるとさすがの達也でも何も言えなくなる。まぁ達也としても、普段年相応に溌剌とした美少女のイメージが強い彼女が、大人びたメイクをすることでこうも化けるとは思わなかった。言いたい事はあるが良い物が見られたと思えばそれで済む話なのは確かなので、胸に渦巻くツッコミ衝動を抑え込んで、達也は沈黙を貫いた。

 

(ん、そういえば……)

 

 と、ここで達也は一つの違和感を覚える。確か深雪の話によると、ここへ来たのはエリカ、レオ、幹比古、美月の四人のはず。

 人混みが苦手で、接客に向いているとは言い難い美月も、コンパニオンとして参加しているのだろうか?

 

「ハイ、エリカ。可愛い格好しているじゃない。関係者ってこういうことなだったのね」

「そういうこと。ねっ、可愛いでしょ?」

「うん。よく似合ってる」

「私分からなかったよ!ね、そのメイクってどうやるの?」

 

 と、達也が黙り込んでしまったスキに女子たちの会話が始まってしまった。きゃあきゃあと盛り上がる会話に、達也はちらりと隣を見てこのプチイベントの黒幕に視線を投げかけてみる。が、黒幕は何も思わないようでグラスの中のジュースを飲みながら女子たちを微笑ましい目で見つめている。

 よくよく考えれば、推薦したのが彼だったのだから、美月がコンパニオンとして採用されているかどうかぐらいは知っているはずだ。達也がその疑問を口にする前に、今度は冬夜がエリカに話を投げかけた。

 

「そういえばエリカ。残りのみんなはどうしたんだ?全員裏方か?」

「ううん。ミキが私と同じ。後の三人は裏方よ。残念だったね冬夜くん。美月の給仕服見れなくて」

「エリカのが見れただけで十分だよ。本命は二週間後だしな」

 

 若干気になる発言をしていたが、どうやら幹比古が同じように仕事をしているらしい。美月と同様に人見知りする彼にこの仕事はキツイだろう。恐らくは抵抗したのだろうが、エリカに言い負かされて給仕の仕事をする羽目になったのがありありと目に浮かぶ。もしかしたら近くにいるかもしれないと、なんとなく辺りを見渡してみる。

 すると──

 

「あっ」

 

 ばっちり、仕事中の幹比古と目が合ってしまった。メイドと対比する執事の服装……ではなく、ホテルの従業員らしい、白シャツに蝶ネクタイと黒のベストを着ていた。

 幹比古としてはこの服装は見られたくなかったのだろう、恥ずかしさから口をパクパクさせたまま達也を見ている。そんな彼を、達也は無感情に見つめていた。話題に上がっている以上、ここで声を掛けるべきか、と達也は考えたが『わざわざ本人が嫌がっているのにそれをバラすこともなかろう』と、何も見なかった事にしようと決めた。スーッとそのまま流れるように達也は幹比古の事を視界から外し深雪たちの方に顔を向ける。幹比古も、達也の気遣いに心の中で礼を言いながら食器を片付けようとその場から一歩踏み出す。

 

「あっ、ミキじゃない。丁度いいわアンタもこっち来なさい!」

 

 しかし、エリカからは逃げられなかった。

 エリカの呼びかけに女性陣+冬夜が全員達也と同じ方向を向き、幹比古の姿を認める。突然声を掛けられた幹比古は右往左往しながら、なんとかこの場から逃れようとするが、最終的にエリカの眼力に負けてトボトボこちらへ近づいてきた。

 哀愁漂うその姿に、達也は同情せざるを得なかった。

 

「うぅ恥ずかしい……」

「大丈夫、変じゃないよ吉田くん!格好良いよ!」

「うん。まさしくホテルのボーイって感じ」

「ほら、みんなもこう言ってる。自意識過剰なのよミキは」

「ううう……公開処刑だ」 

「ははは。心配しなくても平気だよ幹比古。制服も似合っていてちゃんと(サマ)になってるから。今のお前はどこからどう見てもホテルのボーイだよ。なぁ、そう思うだろ司波?」

「えぇ。似合っていますよ吉田くん」

「そんな二人共……」

 

 四人の褒め言葉に当惑するホテルのボーイ。「そうかなぁ」と、もう一度自分の格好を見回してみる。自分の評価と他人の評価がズレることは往々にしてよくあることだ。

 

「ね、達也くんもおかしいとは思わないよね?」

「あぁ。後はしっかりと胸を張っていれば、それなりに見えると思うぞ」

「だってさ。だ・か・ら、もっと堂々としてなさいよミキ!」

「いたっ!?僕の名前は幹比古だっ!」

 

 エリカに活を入れられて、悲鳴といつものやり取りを交わす二人。恒例としていつになっても直そうとしないエリカに幹比古がぶうぶうと文句を言うが、当のメイドさんは素知らぬ顔をするばかり。服装は変わっていても普段通りの光景に、五人は微笑ましい気持ちになった。

 

「うう……。僕は裏方の仕事だって聞いてたんだけどな」

「……それは悪かった幹比古。言い訳するようだが、オレもみんなにやってもらうのは裏方の仕事だと聞いていてな。どういう理由だか知らないが、こんなことになるとは思わなかった。許してくれ」

「あ、いや、別に責めてるわけじゃないんだけど」

「エリカも悪かったな。いきなり給仕係に飛ばされたんだから、戸惑っただろ?」

「んーん。気にしないで。私は楽しんでやってるから」

 

 冬夜のしょんぼりした反応に幹比古とエリカはそれぞれの反応を返す。達也が予想するに、どうも今年は思っていたよりもスタッフの集まりが悪かったらしい。もしくは今年は例年よりも海外の来客が多かったものだから、大多数がそちらに人員を割かれたのかもしれない。

 

(やれやれ。今年の委員会は大変だな……)

 

 自分には関係ないと、まるで他人事のように(事実その通りだが)委員会の災難を達也は考える。例年ならば日本国内だけで済まされた九校戦も今年から三年間は海外からも注目される大会だ。それだけに責任や気苦労も一際大きいものだろう。そうでなければ、未成年のエリカたちを急遽給仕係として働かせるわけがない。

 

「そんなに気にしなくても良いよ冬夜。そりゃ驚いたけど、仕事は仕事なんだし、ちゃんとやるよ」

「そう言ってくれると助かる。最終日のパーティーはちゃんと裏方の仕事が出来るよう、オレからも言っておくからさ」

「うん。頼むよ」

「うーん、よっし。じゃあ私たちはそろそろお仕事に戻るわ。いつまでも喋ってたら上に怒られそうだし」

 

 一通り話をして満足したのか、エリカは他のテーブルの周囲を見渡しながらウィンクをする。達也もちらりと他のテーブルの上を見てみるとちらほらと空いた皿が出てきている。エリカたちの仕事には食べ終わったお皿の回収もあるため、ここで話を切り上げるのがベストだろう。

 

「分かった。本戦始まったら、みんなで応援しに来てくれよ」

「もちろん!頑張って応援するから、雫に良いところ見せなさいよね冬夜くん?」

「ははっ。了解」

「……頑張れよ幹比古。挫けるな」

「うん。ありがとう達也。じゃあみんな、また後で」

 

 お互いに手を振り合ってしばしの別れをする。バスのことといい、どうも今年は例年通りにはいかなそうだ、とグラスの中のジュースを飲みながら冬夜は人混みに消えていった友人二人を見送る。

 

 パーティーは、まだ始まったばかりだ。

 

◆◆◆◆◆

 

 九校戦前々日の懇親会は、他校との交流を目的に開催されている。しかし、戦ったあとならまだしも、戦う前の選手たちが各校の枠を越えて和やかに会話することは稀だ。一応最上級生の真由美たちは、今も他校の生徒会役員とにこやかな談笑を繰り広げているが『談笑』と言うのはあくまで表面的なことで、実態は他校への()()という名の()()()()である。お互いに黒いモノを腹に抱えながら談笑しているのだから、おどろおどろしい怖い雰囲気とキラキラと輝く高校生らしい和やかな会話のミスマッチが絶妙な不協和音を出していて、何もしていないのに彼らの周囲には人払いの結界が貼られたかのように見えない境界線が出来ていた。

 もちろん真由美や他の三年生も望んでこんな事をしているわけではない。彼らだって、出来ることなら平和に料理でも食べて時間が過ぎるのを待っていたいところだが、そうはいかないのが上級生の悲しいところ。

 しかしそれでも、傍らにいる一年生たちが少しでも戦力分析なりをして今後のためになるというのであれば、彼らも努力にも意味があるのだろうが──

 

「ねぇねぇ、あれ『クリムゾン・プリンス』じゃない?」

「えっ、あの十師族一条家の王子様?」

「あっ、向こうにいるのは『夜色名詠士』よ!」

「あれが四葉家の?うわぁイケメンだぁ……」

「素敵よね……。こんな間近で見られるなんて選手に選ばれて良かった」

「プリンスの隣は『カーディナル・ジョージ』だわ。三高の黄金コンビ揃い踏みね」

 

 実態はこんな風になっているのである。悲しいかな、努力が報われることなく現実は非情である。

 高校生らしい、といえば高校生らしいのだが、どうもこの会話をしている女子生徒たちはミーハーなところがあるらしく、冬夜や将輝のことを『他校の選手』というよりも『アイドル』として見ているように思われる。それで良いのかと聞きたくなる気持ちもあるが、同世代の魔法師の中では有名人な二人が目と鼻の先にいるのだから、こうした反応をしてしまうのは仕方がない。

 ちなみに、男子生徒の方はと言うと。

 

「おい見ろよあの子。超可愛くねえ?」

「『超』ってお前なぁ。いつの時代の死語だよ」

「うるせーなぁ。ボキャブラリーが少ないんだよ察しろ」

「胸張って言うことじゃないぞソレ」

「あの子って、あの黒髪ロングの子か?よせよせ、あんな美少女、高嶺の花も良いところだろ。お前じゃ相手にされねーよ」

「つくづくうるせーな。そういうお前も相手にされねーだろ」

「そりゃそうだろ。お前の言う子の隣の奴見てみろよ。あの夜色名詠士だぞ?」

「げっ、アレが()()四葉の魔法師か」

「なんか親しげに話してるな……。どういう関係なんだろうな、あの二人」

「普通に考えて彼氏彼女じゃね?」

「だよなぁ。そうなるよなぁ」

「ん?夜色名詠士の彼女って北山雫って人じゃねぇの?ほら、あの北山グループのご令嬢」

「あー、そういえばそんな噂あったな。でも嘘らしいぞアレ。どっかの誰かが流したデマだって話だ。大方嫌がらせ目的の投稿だろ」

「例え本当だったとしても遊び相手だろそんなん。あんな綺麗な彼女がいるんじゃ他の女なんて目に入らないだろうし」

「立場とルックスを使っての女遊びか?うわーないわー。引くわー」

 

 と、彼らも高校生らしい会話をしており、他校の美少女たちに鼻の下を伸ばしつつ冬夜(イケメン)への悪口を連ねていた。なんだか冬夜が聞いたらひどくショックと憤慨を覚えそうな会話だったが、生で深雪と冬夜を見たらそんな風に勘違いしてもおかしくはない。ステータスといい、ルックスといい、彼ら二人が互いに釣り会える相手が二人以外いなかったのが原因だ。

 雫には残念なことだが、周囲から見た雫と冬夜の関係は『釣り合わない』と『遊び相手』の二つだった。実に悲しい評価である。

 

 とはいえ、一年生の全員が全員、こんなゴシップなネタに興じていたわけではない。ごく一部はきちんと懇親会の目的に沿って行動を起こしている者もいた。

 

「誰も彼も……。戦いを前だというのにお気楽なものね。懇親会をなにか別のものと勘違いしてるんじゃないかしら?

 全く、軽薄で嫌になるわ」

「それだけ気を抜いている者が多いということじゃ」

「沓子はそうやってすぐ楽観視するの良くないわ」

 

 鞘当て、という意味で敵の力量を測る金髪ツインテールの三高選手、【一色(いっしき)愛梨(あいり)】は浮ついた会場の雰囲気に辟易する。ここはこれから約二週間に渡って競い合う敵の姿を確認する場であって、アイドルのライブ会場ではないのだ。これでは選手たちから試合に勝とうとする気概が感じられない。彼らは本当にここへ何をしに来たのか、問い詰めたくなる。

 そんな彼らを見て「楽勝」と余裕を見せているのが三人の中で最も背の小さい【四十九院(つくしいん)沓子(とうこ)】。それを諌めているのが雫と同じくクールビューティな雰囲気を感じる【十七夜(かのう)(しおり)】。

 

 深雪・雫・ほのかが一高女子のトップスリーならば、愛梨・沓子・栞の三人は三高女子のトップスリーだ。

 

 彼女たちは「今年こそ三高優勝!」と意気込んでおり、そのための障害となる選手──特に百家に名を連ねる有力選手──を中心に見ていたのである。

 しかし、大半の魔法師が彼女たちの敵ではなく、その上会場全体の雰囲気もなんだか浮ついたものになっており「こんなものなのか」と、意気込んできた割に大したことがないのを実感してがっかりしていた。

 

「さっき話しかけて来た方も、下心丸見えで偵察ですらなかったし、他校にしても勝つ気があるのかしら」

「愛梨はあしらいが厳しいからのぅ。そうやってバッサリ切られるのを聞くとさっきの男たちが可哀想になってくるぞ」

「師補二十八家でも百家でもなく、さらには大した実績もない人と話しても時間の無駄よ」

「やれやれ、一条とはえらい違いじゃ」

「あれ。その一条くんだけど……」

 

 ふと、栞が視線を外して一年男子が密集している方に顔を向けると、三高が誇る最強のエース【一条(いちじょう)将輝(まさき)】が誰かに目を奪われているのが見えた。

 しかもその視線、単純に注目しているというよりも並々ならぬ熱が込められているように見える。そう、彼の姿を一言で表現するならば。

 

「一条くんが他校の生徒に夢中になっている……?」

「なんじゃとッ!?親衛隊が荒れるぞっ!」

 

 ただならぬ事が起こったと沓子が声を荒げ、将輝の周囲を見る。甘いマスクというより凛々しい顔立ち。『若武者風の美男子』という表現が違和感なく当てはまる容貌に、適度に鍛えられた肉体、長い手足……と、女性が好みそうな外見をしている彼の周りには、常に彼のファンという名の女子生徒が付いている。周囲からは『親衛隊』と呼ばれる彼女たちは将輝を不埒な女から守る盾であり、将輝に擦り寄ろうとする女を力づくで排除する矛なのである。

 三高でそれなりの恐怖を持って伝えられるこの親衛隊が動き出す事になれば、他校であっても難癖付けて(心の)負傷者必死の戦いが起こることは確実。緊迫した雰囲気を感じたいといっても修羅場を見たいわけではない沓子は気が気ではなかった。

 

 ……だが、蓋を開けてみれば何も起こらない。他校へ殴り込みに行くわけでもなく、親衛隊の面々はその場に立ち竦んで動かないでいた。なにがあったのだろうか。

 

「……?いったいどういうことかしら」

「なんだか、戦う前から負けを認めたみたいな感じだけど……」

「なんか面白そうじゃし、わしらも見に行くか」

 

 あの親衛隊がなにも手出しできないとはどういうことなのか。好奇心に駆られた三人は、熱を帯びる将輝の視線の先を辿る。彼の視線の先にいたのは一高生。今年の九校戦において最も優勝に近い学校であり、三高にとっては最も手強いライバルだ。

 三巨頭の三年生が最も有名な一高だが、今年の一高にはあの四葉真夜の息子がいる。彼も自分たちと同じ一年生だ。もしかしたら将輝は、その夜色名詠士の事を注視していたのかもしれない──。

 そんなことを思いながら愛梨たちは会場内を少し歩いて将輝の視線の先にあったものを捉える。

 彼女たちの目に映ったのは。

 

 

「「「─────!」」」

 

 

 とてもこの世のものとは思えない、絶世の美少女だった。

 

(な、なんて美しさなの!?)

 

 その姿を目にした途端、背筋に冷たいものが走った愛梨は目を見開いて立ち眩む。

 師補二十八家の一つ『一色』の一人である愛梨は親類縁者含めて男女問わずかなりの美形を目にしてきている。しかし、そんな彼女でも司波深雪の美貌は目にしたことがないものだった。女性の持つ『美しさ』という点では誰にも敵わない、恐らくはテレビに出る女優やモデルでもここまで完成された『美』を持つ人はいないだろう。

 

「親衛隊が泣いて帰ったのも頷ける」

「う、うむ。三高は血筋からも美形も多いし、目が慣れていると思っておったのじゃったが」

 

 どうも、栞たちも自分と同様の感想を抱いたらしい。沓子に至っては恐れ慄いている。ついさっき、その姿を目に収めた時に感じた本能的な恐怖も合わせて「彼女は一体誰なの?」という疑問が湧き上がる。

 もしかして、自分も把握していない『家』の子女なのか。思わぬところで登場したダークホースの出現に愛梨は気を引き締め直す。

(これは、声を掛けるべきね)

 

 恐らく手強いライバルになるであろう相手を見据え、愛梨は深雪に声を掛けようと一歩踏み出す。

 だがその瞬間。彼女の脇を通り抜けるように、一人の男子生徒が前へ出てきた。

 誰かと思えば、彼女の前に出てきたのは、先程まで熱い視線を深雪に投げ掛けていた三高のエース、一条将輝。だが今の彼は熱ではなく真剣のような鋭い眼差しを携えている。彼は愛梨や他の生徒には目もくれず真っ直ぐ一高生徒が集まっているところへ歩いていく。

 彼の向かう先、背中越しに見える景色をよく見れば、一高側からも一人の男子生徒がこちらへ向かって来ていた。無論、一高一年エースである四葉冬夜である。

 

 何がきっかけで、足を踏み出したのはどちらが先だったか。四葉と一条、今大会で最も注目されている二人が互いに向き合う。他の者には目もくれず、ただ真正面の敵のみを視界に収める。二人が漂わせる得も知れない緊張感に、会場全体が静まり返り、二人に話しかけたいと思っていた女子生徒も空気を読んで声を掛けずにいた。

 

「初めまして『夜色名詠士』。オレは、第三高校一年、一条将輝だ」

「こちらこそ、初めまして『クリムゾン・プリンス』。第一高校一年、四葉冬夜だ」

 

 まだ名乗りを上げただけなのに、ピリピリと感じるこの緊張感。深雪に声を掛けることも忘れて、将輝の後ろで愛梨は二人の動向を見守る。他の生徒も(それこそ他校全てが)会話することを止めて、冬夜と将輝の二人に注目していた。

 

「それで、三高のプリンス。なにか、オレに用かな?」

「あぁ。二つ、お前に用があって来た」

 

 端的に自分の用件を告げる将輝。なんとなく、彼がここへわざわざやって来た理由を察した冬夜は、努めて平静な表情をして、彼の言葉を待つ。

 

「一つ目は()()()()だ。

 今年の九校戦──優勝するのはオレ達『三高』だ」

 

 短く、しかしハッキリと告げた宣戦布告。

 宣戦布告と同時、将輝は半身体をズラして、彼の後ろに立つ三高生を冬夜にも見えるようにする。

 冬夜一人に勝つことは将輝でも難しい。それは覆しようのない事実だ。しかし、彼が最も信頼する参謀である吉祥寺(きちじょうじ)真紅朗(しんくろう)を始めとしたチームでならば話は別。彼らとならば四葉冬夜を、ひいては一高を打倒できる。

 ──『勝ちに行く』と、闘志を滾らせた力強い瞳で将輝は、冬夜に宣言した。

 

 そして、宣戦布告を受けた冬夜は。

 

「良いね。受けて立とう。

 ──だが、勝つのはオレ達『一高』だ」

 

 犬歯を剥き出しにした獰猛な笑みで宣言に応える。

 そうして将輝の宣言に張り合うように、冬夜も半身ズラして一高生を見せるようにする。

 皆、表情はそれぞれだったが概ね三高生に対し対抗心をメラメラと燃やしていた。ごく一部のノリの悪い技術スタッフの男子生徒は「まーた面倒なことになったな……」と醒めた目で見ているが、ここで選手たちの意思は一つになる。

 ──『負けてやるつもりはない』と、研ぎ澄まされた刃のような瞳で、冬夜は将輝に告げた。

 

「で、二つ目の用はなんだ?」

「あぁ、まぁこちらは取るに足らないものなんだけどな」

 

 素敵な宣戦布告を受け、いよいよ開催が待ち遠しくなった冬夜が二つ目の用件を聞く。一つ目が全体の宣戦布告だったので今度はモノリス・コードでの宣戦布告か、と彼は気分が高揚していた。

 実力の彼我など問題にすらならない。ただこうした大会で、向こう側から宣戦布告されるなどという胸踊る展開になった。次はモノリス・コードの決勝戦で会おう、とか、そういう感じかと考えていたが、結果は違っていた。

 

 将輝は冬夜へもう一歩踏み出して近付くと、スッ、と懐から手帳と高級そうな万年筆を取り出して──

 

「この手帳に、サインしてください」

 

 会場全体が、ズッコケた。

 





まだまだ社会人生活に慣れきってないので次回投稿は未定ですが、なるべく早く投稿したいと思います。

それでは次回もお楽しみに!

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