魔法科高校の詠使い   作:オールフリー

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一週間ぶりです。ようやく今回で長かった(本当に)交流会編が終わります。

ようやく……ようやくここまでこぎ着けた……!!

それでは、交流会編最終話、どうぞ!


諸人詠う。青と夜の歌使いの結末は

『アーマの言う通りよ。冬夜、あなたは私たちを頼らなすぎ。いい加減にしてほしいわ。まったくもう』

「イヴ」

『あなたったらいつも綱渡りな方法で切り抜けようとするんですもの。ネイト以上に手のかかる子だこと』

「………イヴ、オレはお前の子供になった覚えはないんだが?」

『ものの例えよ。察しなさい』

 

 夜色名詠式第一音階名詠(ハイノーブル・アリア)名詠生物(真精)、【始まりの女】こと【イヴ】がアマデウスの背から降りて冬夜にそう文句を言う。地に降り立った瞬間、これまで冬夜たちを襲っていた多数の名詠生物たちが一斉に距離を取る。イヴの圧倒的な力の前に恐れ戦いているのだろう。

 そんな彼女に、カインツから幾度となく話を聞かされたことのあるユミエルは、声をかけてみた。

 

「あなたが……黄昏色の詠使い、イブマリー・イレェミーアスさん?」

『今は夜色名詠式の真精【イヴ】よ。初めましてユミエル・スフレニクトールさん。いつもそこのヘタレがお世話になってるわ』

「ヘタレって……」

 

 久しぶりの再会なのに散々な言われようにカインツは頭が痛くなるのを感じた。どうにも、自分の周囲にいる昔馴染みの知人は皆そんな風に自分をよく言う傾向にある。確かに自分は方向音痴でよく音信不通になってたり【イ短調】の会議には出てこなかったりするが、そんなに自分は頼りないだろうか。

 

(容姿だけを見れば……そう見える、かなぁ)

 

 この後彼が『もう少し威厳があるような雰囲気を出すにはどうすればいいのだろうか』と思い悩むことになるのだが、それはまた別の話。

 閑話休題。

 ともかく、何年振りかになる再会の出鼻をいきなり挫かれたカインツは、誰にも聞かれない程度に小さくため息をついてイブマリーに話しかけた。

 

「………イブマリー?」

『お久しぶりカインツ。なんだかずいぶんと長い間会ってなかった気がするけど、お喋りしている時間はなさそうね』

 

 イブマリーそう言って視線の先をカインツからエキドナに変える。なにを思ったのか、高等部校舎に張り付いた魔獣は甲高い声でイブマリーを威嚇した。あまりの高音に冬夜やユミエルたちは耳を塞がずにいられない。夜の小型精命たちも顔を顰めて高音に耐えていた。

 しかし夜の真精二体は、そんな威嚇など物ともせず相棒のドラゴンと会話を交わす。

 

『一々喚いていて、品のない女』

『耳障りだな。聞くに耐えん』

『アーマ。アレの相手は私がする。あなたは冬夜と一緒に、この鬱陶しい雨を降らせるあのドラゴンを退治してくれないかしら?』

『承知。冬夜、いけるか?』

「もちろん。ドラゴン退治は得意分野だ」

『ユミエルさんはこのままべリスたちと一緒に地上の名詠生物の掃討。出来る?』

『御心のままに』

「任せてください」

『最後に、カインツ』

「うん」

 

 夜の真精がこちらにいる以上、すでに戦力的な差などないに等しい。傷だらけの体に鞭を打ち立ち上がった名詠生物たちやユミエルに指示を出したイヴは、最後にカインツの方を向いて近寄る。全員が何をするのかわからないでいるまま、漆黒のヴェールを被った彼女は手を差し出して、わざとらしく偉ぶった尊大な態度をとりながら指示を出した。

 

『私と一緒に戦って(踊って)くれるかしら?』

「……ヘタレな僕でいいなら、喜んで」

 

 恭しく、イブマリーの手をとってそう返すカインツ。二人が茶番劇をしていたのホンのわずかな間。次の瞬間には二人とも真面目な顔をしてグリフォン(フォカロル)の背に乗り、地上と空中の名詠生物たちを避けながら、一気に本陣(エキドナ)のところへ乗り込んでいった。灰色の名詠生物たちも再度攻撃をし始め再び怒号が鳴り響き始めた時。

 呆気にとられながらも、その光景を眺めた冬夜とユミエルは顔を見合わせ、一言。

 

「「……はぁ」」

 

 良い年齢(とし)をした男女二人(?)が胸焼けがするような寸劇をしたのを見て、冬夜とユミエルが『やってられない』と思ったーーかどうかは、察するしかほかない。

 

 ◆◆◆◆◆

 

 

「普通の生徒じゃ、多分ソイツを止められないだろう。でも、()()なら、オレだけは止められる」

「……そうか。そういうことか!失念していたよ。まさか、『大特異点』がいるなんて思いもよらなかったからな!」

「大……特異点?」

 

 冬夜の名詠した真精がしょうもない寸劇をした頃。風見鶏内部にある音楽室では、修が四条と真正面から対峙していた。

 兄の後ろで、深雪の傍で隠れながら修の名詠した氷狼を見上げるミア。思わず呟いたその言葉に聞き覚えがあった彼女は無意識のうちに兄の背中を見つめながら四条の言葉を反芻していた。

 通常、名詠式によって呼び出される名詠生物や現象は、名詠士の力量によって規模や個体数が左右されるものの、現象の規模の限度や個体ごとの名詠生物には大きな差はない。だが千分の一の、万に一度の確立で通常の性能を大きく上回る性能を持った特異個体や現象が名詠されることがある。本来ならばまったくの偶然の産物で、名詠しようと思って名詠出来るものではない。まさに奇跡の産物。

 だが、極々稀に、名詠士の中には名詠するもの()()()が特異固体となる名詠士が存在する。努力などでは到底追いつかない、まさしく天から授かった才能としか言いようのない力。

 

 それが【大特異点】。

 

 大特異点が名詠したものは皆通常よりも巨大かつ強力な個体として現れる。ーー例えば、小さな氷の破片を名詠するつもりが、見上げるほど大きな氷塊になり、例えば、第二音階名詠(ノーブル・アリア)の小型精命である氷狼が、第一音階名詠(ハイノーブル・アリア)の真精と同等の能力を持った個体として名詠される。

 

 世界的に見ても、大特異点の才能を有している名詠士は数えるほどしかいない。その中でももっとも有名なのが、世界中の名詠士の中で最強と詠われる『大競闘宮』の現王者【ネシリス】。ほかの名詠士がいくら望んでも手に入れられない才能を用いて彼は王者の地位に着いた。

 そんな彼と同じ、世界中の名詠士が渇望する『力』。ある意味では、深雪と同じ才覚者。

 まさしく名詠士になるために授かった才能を城崎修は宿していた。

 

「お、お兄ちゃん……大特異点だったの!?今までそんなの聞いたこともなかったんだけど!」

「そりゃ、話したこともなかったしな。椎や梢ちゃんには口止めしてたし」

「え、なんで!?」

「オレは名詠士になりたいとか、競闘宮(コロシアム)の覇者になりたいとか、そんなものになる気はないからだ」

 

 宣言するように、自らに言い聞かせるように、修ははっきりとした声でそう言う。ミアを初めとしてその場にいる全員の視線を集めながら、修はまっすぐ前を向いたまま語る。

 

「オレはただ、オレの家族と日常を守りたいだけだ。母さんの世話焼いて、ミアの成長を見守って、たまに帰ってくる親父に話を聞いて、【きのした】で働きながら椎と平和に生きていければオレはそれでいい」

「もったいないな。その才能、使わずに埋もれさせる気か?」

「自分がどう生きるのかを決めるのは、生まれ持った()()じゃない。自分自身でどう生きるか。人生っていうのは考えてどんな選択したかの結果だ。才能なんかで全部決められたくなんかねぇな」

 

 四条の言葉をそう切り捨てた彼は、自身で名詠した氷狼を見上げる。彼自身の才能の具現。その毛並に触れながら彼は氷狼に語り掛ける。

 

「けどまぁ、生きていくと色々面倒なことになる。それを払うためなら、オレは幾度でもこの才能を使うよ。……力を貸してくれるか?」

 

 小さく、修の呼びかけに唸り声で返す狼。修の隣から前に出て、身を屈めて十二銀盤の王剣者に飛び掛る体勢をとる。

 対して灰色の真精は何も答えない。ただ、本体の周囲に浮遊する十二の武具の矛先が薄氷のような色の狼に向けられた。

 

「「ーーーー」」

 

 二体の名詠生物。そしてそれらを名詠した二人の名詠士。沈黙が彼らを包んでいたのは一秒にも満たないわずかな間だった。

 

「行け」

「やれ」

 

 二人の名詠士が、人型と獣型の名詠生物に命令を下したのは、まったくの同時。

 そして、二体の名詠生物がそれぞれに飛び掛ったのも、まったく同時だった。 

 

「………たしかにお前の真精は強い。でもなーー」

 

 一瞬の交差と、勝敗。

 胴を真っ二つに切断され、淡い蒼の粒子となって消えていく氷狼を見ながら、修は不敵に笑った。

 

「どうやら、早さならオレの氷狼の方が上回ってみたいだぜ。少しだけな」

 

 滑るように音もなく氷狼の体を切り裂いた灰の真精ーー修の目の前にソレもまた、氷狼によって致命傷を受けていた。胴体を構成する細い針金部分、それも頭部に当たる部分がまるごと食い破られていた。石化し還っていく氷狼が勝利の咆哮をあげていく中、最強の性能を持つ真精もまた、静かに淡い銀色の粒子となってこの世界から消えていく。

 その光景を、四条はただ無言で見つめていたーー。

 

 ◆◆◆◆◆

 

 

 一対十、いや一対百でも余裕な勢いだった。息着く間もなく鈍色の名詠生物たちはその数を減らしていっているのが目に見えてわかる。地上にいる名詠生物はユミエルたちの攻撃と夜色小型精命たちに追われ、上空からアマデウスの背に乗った冬夜が氷塊や落雷を名詠して消え去っていく。一人、安全領域から眼下の戦場を眺めた冬夜はふとエキドナの方を見やった。

 鮮やかな五色の名詠光が醜い下半身を焼き、美しい上半身の体をイヴが抉る。冬夜がカインツの前でイヴを名詠したのは初めてだったのだが、眼下で行われている見事なコンビネーションを見ていると、とても初対面とは思えない。

 

「………アマデウス、やっぱりカインツさんって」

『お前の予想通りだ。シェルティス・マグナ・イールと同じで、あの男もこの世界の住人とは違う。アイツはネイトやイブマリーと同じ世界から来た人間だ』

「二代目と、同じ……」

『さらに言えば、お前のうちに眠るアマリリスとも知り合いでもある。……既視観でも抱いたか?』

「あぁ。初めて会ったときに、懐かしい感じがした。オレは初対面なのにな」

 

 アーマが尻尾や息吹(ブレス)を使って次々と空を飛んでいる名詠生物を地に落としていく。それがまた攻撃となって地上の名詠生物に当たりさらに還していく。石竜子(バジリスク)など灰色の名詠生物たちもアーマにダメージを与えようと攻撃を回避して接近するのだが、近付けば近付くだけ蒼氷色(アイスブルー)の双剣が迫ってくる。そしてそのまま、とりあえず空にいた名詠生物は大方掃討し終えた。

 

「カインツさんは、イヴとどういう関係なんだ?」

『約束を交わした相手同士だな。二人が学生時代、イブマリーが夜色名詠式を、カインツが五色を融和させた虹色名詠式をどちらが早く構築するか約束を交わした。今思えば、あの男がいなければ夜色名詠式は存在していなかったかもしれん』

「………【虹色を知る、枯れ草色の詠使い】か」

『そうだ。先代空白名詠士(シャオ)旋律を息吹く者(クルーエル)二代目夜色名詠士(ネイト)と同じあの世界でのキーパーソンだった男。今は世界をぶらりと旅している放浪者気取りの旅人だがな』

「普通の旅人は異世界なんて旅しねぇよ」

『普通の子供は剣と運だけで一国の王女と知り合いにもならないぞ』

 

 自分以上に『夜色名詠式』に関係が深いカインツの姿を目に収めながら冬夜はエキドナと戦う二人に思いを馳せる。あの二人にどれだけのことがあったのか彼は知らない。だが、この詠があの二人にとってとれほど重要なものなのかは察することが出来る。

 だが、新しい夜色名詠士である自分に会うために、わざわざ世界間を渡ってきたカインツの規格外の行動力についてあきれ交じりに返すと、アーマが痛いところを突いてきた。言い返すことの出来ない冬夜はムッとして不貞腐れてしまう。そんな彼の仕草にアーマは声を殺して笑った。

 

「……アーマ」

『お前がこの姿の我にそう語りかけるとは珍しい。どうした?』

「今度お前に会ったら聞いておこうと思ったんだ。オレにはまだ早いかもしれないけど」

『言ってみろ』

「【孵石(エッグ)】の中にある触媒、空白名詠式の固有触媒【ミクヴァ鱗片】の対になる【アマデウスの牙】はどこにあるんだ?」

 

 改まって聞いていた冬夜の問いかけにアーマは口を噤む。冬夜はその反応に、答えが返ってくることを期待しないせずアーマに聞く。

 

「四条はオレの肉体を手に入れない限りはミクヴェクスを名詠する気はないらしい。だが、やつが何時どんな風にミクヴェクスを呼びにかかるかわからない。だからーー」

『話の途中で済まないが、来たぞ』

 

 冬夜の話を断ち切ってアマデウスは冬夜に上を見上げるよう促す。頭上にいたのは、灰色名詠最後の一体。カドモスのドラゴン。

 

「空を飛んでいるのはアイツで最後だ!」

『存外臆病な性格だったな』

 

 召喚時に一匹、そしてこれまでの攻撃で逃げ続けた最後のドラゴンを前にして冬夜たちは構える。エキドナからの増援もなく、自分以外の名詠生物がいなくなったことに気が付いた灰色のドラゴンは敵前逃亡することを選択したのか、冬夜たちよりも上空へ向かい一気に結界を突破しようとする。

 だが、そんなことをさせるほど彼らは甘くない。

 

「アマデウス!()()()()()!」

 

 主の命令に従い、アーマは尻尾を器用に操って先端に乗っていた冬夜を真上に跳ね上げる。鈍色をしたドラゴンの真下、固い鱗にがっちりと覆われた背中と比べ、幾分か生身の部分が見える腹に向かって冬夜は空中を跳んでいく。規格外の大きさであるアマデウスの本気の射出は彼をロケットのように打ち上げたが、空気の壁が邪魔をして彼は真っ直ぐにしか進めない。

 灰色のドラゴンもまた、そんな小さな敵対者の攻撃を避けるべく途中で上昇を止める。完全に逃走する前に迎撃をして相手との距離をとることを考えたのか、翼を大きくはためかせ、突風での妨害と逃走の準備を始める。だが、冬夜を切り離して思い切り飛ぶことが出来るようになったアーマが、先回りしてその石頭にガツンと自分の頭をぶつけた。

 

(のろ)い』

 

 灰色のドラゴンがその衝撃で動きを止めたその瞬間に、冬夜が灰色のドラゴンの尾の先に着地する。そしてそのまま、重力に従って落ちるよりも早く自己加速術式で腹に向かいーー

 

還れ(Nussis)

 

 冬夜の双剣が、一撃目で鱗を剥ぎ、二撃目で露になった生身の部分に突き刺さってドラゴンを還していった。

 

 ◆◆◆◆◆

 

「…………」

「オレたちの勝ちだ」

「………あぁ。どうやらそうみたいだな。私の負けだ。完膚なきまでに」

 

 修たちが見つめる中、四条が手を顔に当てて笑う。何がおかしいのか。狂ったように腹から笑う彼の行動に修たちが警戒して見つめる。まだ四条が名詠用の触媒を持っている可能性を考えて、修はもう一度名詠するべきか考える。

 

「【連続殺人鬼U.N.Owen】は死んだ。もうこれ以上の殺人は起こらないよ」

「っ!?孵石が!!」

「これはまだ必要なんでね。返してもらうよ」

 

 だが、彼らの警戒も空しく、機転を利かせて奪った孵石も時間停止によってあっさりと取り替えされてしまう。……しかし、それに見合うだけの成果もあった。修の手から孵石を取り戻すために『時間停止』の魔法を限界以上まで使ったためリミットがやって来た四条は、半透明になって消えつつある。消えかけた体で孵石を持って、達也たちの方に振り返る。--そのまま見た目だけの偽の息子の顔をマジマジと見つめ、皮肉げな顔をした。

 

「まさかこの私が、五年前の実験の被験者にこうも仕返しをされるとは。よりによって、この大事な一年は稀に見る厄年のようだ」

「そりゃ良かった。オレにとっては近年稀に見るツキが回っているみたいだな」

「かもしれんな。ふっ……」

 

 最後の最後まで、自分の正体を隠すべく四条に話を合わせて答えを返していく零式行列。自虐的な笑みをわずかに浮かべると、そのまま視線を右へずらした。

 

「そうだ司波達也。ついぞ現れなかった冬夜に、あの夜色名詠士にこう伝えておいてくれ」

 

 四条からの言葉に達也が身構える。今ここにいる冬夜(正確にはその姿をした零式行列)を横目に見ながら、怪訝そうな表情で彼は四条を見つめた。

 

「【次はこう上手くはいかないぞ】とな」

 

 そう言い残して連続殺人鬼U.N.Owen--四条透は幽霊のように消えていった。

 

 ◆◆◆◆◆

 

「君から見て今代の夜色名詠士はどんな感じだい?イブマリー」

『久しぶりに会って、まず最初に聞くことがそれなのかしら?』

「本当はもっと色々あったはずだったんだけどね。君に会えたら全部吹っ飛んじゃった」

 

 エキドナを倒し、四条も誰かが倒したのか時間停止の結界も解けてエルファンド校高等部周辺の世界が本来の時間軸の姿を取り戻す。星明りの見えない暗い夜の下、前回の別れからしばらく経って再会した二人は肩を並べて話していた。

 

『さっきも言った通りよ。あの子はネイト以上に手のかかる子。才能がある分無茶をするし、危なかしっくて見ていられない』

「でも、ネイトくんに比べたらしっかりしてるんじゃない?」

『表面的にはね。でも、肝心なところではネイト以上にダメよあの子』

 

 カインツの隣でイヴ、もといイブマリーが三人目の後継者をそう断ずる。目の前で四条を倒し、風見鶏から脱出してきた友人たちを会って話をしている冬夜を見て、彼女はどこか物思いに耽ったような雰囲気を出した。

 

「イブマリー?」

『親と子の関係は血の繋がりではなく絆の繋がり。家族とは、子供が一番最初にやすらぎをおぼえる場所』

 

 いつまでも黙ったままのイブマリーに問いかけたカインツは、彼女の言った言葉に意味をすぐに理解できずまばたきしてしまう。カインツが呆然としている隣で、イブマリーは淡々と言葉をつづけた。

 

『私が夜色名詠式を構築したときに願ったことは、【孤独から詠い手を守る】ということ。あなたとの約束もあったけど、私自身が経験したことをせめてネイトには味わってほしくなかった。一人きりの世界は辛くて苦しいもの。例えそれがどれだけ楽で、自由なのだとしても、独りよがりでは誰も振り向いてくれない。認めてもらえない。

 例え周囲が認めていたとしても、心が一人ぼっちではいつか必ず心が壊れてしまう』

 

 イブマリーの生い立ちの一部を知っている彼は、それが一般論の話をしているのか、彼女自身の経験談によるものなのか判断することはできなかった。

 けれど、口数が少ない彼女がここまで饒舌になって話をするということはカインツの記憶にもない。それだけ彼に肩入れしているということなのだろう。漆黒のヴェールの下、心配そうな目で視線の先にいる冬夜を見つめているのが分かった彼は、黙って彼女の話を聞いていた。

 

『僅かな思い出しかないけれど、私には母の記憶がある。ネイトも愛情をもって育てたつもりよ。でもあの子にはそれがない。彼に安心感を与えてくれた家族がいない。一応、誰かから愛されたことはあったけども、一度全部失ったショックでもう一度失うことを極端に恐れている。IMAやCILの人たちで擬似的な家族を作ってもどこかずれていたり、一人きりになるのが嫌なはずなのに今の身元引受人のところから自ら離れて一人暮らしをするあたり特にそれが表れているわ。

 人一倍家族や親の愛情に飢えているくせに、それを知るともう一度失う恐怖が付きまとうから、あの子なりに一線を引いて守っているのよ。自分の心を』

 

 イブマリーは複雑な心境で友人たちに詰め寄られている冬夜の姿を見る。もしかしたら自分もああなっていたかもしれないという確信があるために、妙に他人事には思えないのだ。彼の痛みが我が事のように理解できる。だが、すでに死んで精霊になった自分にはどうすることも出来ない。精々、今回のように力を貸すことで精一杯だ。

 

『せめて、ネイトにとってのクルーエルさんみたいに、誰かあの子のそばにいてくれる人がいてくれたらいいんだけど……』

 

 かつてのネイトを見つめているときと同じく、子供の成長を不安げに見ている彼女の肩に、カインツはそっと手を置いた。透き通った黒の影を身にまといながらも、手を置いた時の感覚は昔から何も変わらない。いつかの時と同じく、彼は振り向いたイブマリーに微笑んだ。

 

「大丈夫だよイブマリー」

『カインツ?』

「彼は彼なりの方法で自分と向き合っている。自分の【傷】とも向き合っている。四苦八苦して見ていられないかもしれないけど、そこは信じてみるしかないんじゃないかな」

『………そうかしら』

「そうだとも。ネイトくんだって大丈夫だったんだ。冬夜くんもきっと平気だよ」

 

 そう言ってカインツは、雫を先頭に仁王立ちする友人たちの前でみっともなく土下座をしている冬夜の姿を目にした。その光景を近くで見てオロオロしているユミエルとミアを後ろにして青の大特異点たる少年は微妙な顔をしている。自分の希望や身を蔑ろにしてでも大衆のーー今回は依頼だったがーーために働く自己犠牲精神を無意識に第一と考えている彼。昨日の夜にあったという噂の中身も知るカインツは、事態が少しずつ改善されて行っているのが分かった。

 

『・・・・・・・・・大丈夫なのかしら、本当に』

「大丈夫さ。恋をすると世界の色が変わるって言うだろう?きっとこの先、澄んだ満天の星空を見るように世界中の色んな人が彼を見守ってくれるような時が来る。いや、見守って、大切に思ってくれているんだと彼が()()()時が来る。後は彼が上を見上げるだけ。

 シェルティスくんの教えを受けて、四年前に立ち上がって歩き続けて来たんだ。最初は夜空を見上げてながら歩いていても、そのまま歩き続けていけば、いつのまにか首が疲れてきて無意識のうちに顔が下を向いてしまう。今の彼は、まさしく首が疲れている状態なんだと思うよ。

 だから、今僕たちが彼にしてあげられることは、彼を信じて見守ることだけなのさ」

 

 

ーー僕がいなくなった後の冬夜のこと、お願いします。

 

 

『弟子は師に似るもの』。エドガーにそう言い残し、元の世界に還っていった鳶色の双剣士に強く影響を受けた彼なら、きっと師に似たような青年になるに違いない。ならば心配は無用だ。あの双剣士と似た性格になるのなら、周りの助けを得ながら彼はまっすぐに成長するに決まっているのだから。

 

 最後まで不安げな顔をしていたイブマリーの肩に手を乗せて、カインツは地面に埋まりそうな勢いで土下座し続ける三代目の夜色名詠士を見守っていた。

 

 

 

 

 

 ーー以上が、国立魔法大学付属第一高校とエルファンド名詠学校との間に開かれた交流会の出来事の全てである。今回またしても冬夜が肝心なところで活躍していなかったが、結果だけを見るなら死傷者ゼロ、建物などの損害も予想よりも軽微で済んだことに開催校である二校は冬夜を誉め称えた。しかし、当の本人は苦笑いをするしか出来ない。一応、四条と直接戦った友人たちは『今度の中間テストの勉強を見る』ということで『時間停止』の結界内でなにがあったのか全て忘れてくれることになった(達也だけは深雪の交流会中の成績を上げるよう改竄を要求した。引き受けたふりをしてそのままの結果を通知したが)。

 ちなみに冬夜の代わりに達也たちを助けてくれた零式行列は、風見鶏から脱出した後、冬夜と会う前に忽然と姿を消していた。恐らくは冬夜と出会って自分の正体を知られないようにするためにそうしたのだろう。だが、礼を言おうにも冬夜の連絡に出てこないため何もできない。

 とりあえず今度会ったら礼を言おう。そう固く心に誓った彼は、数日ぶりに帰ってきた自宅マンションのベッドで、痛みが走る体を休めるように横にして眠ることにした。

 

 ◆◆◆◆◆

 

 交流会が終わり、冬夜が自宅で体を休めている中。

 四葉本宅内にある執務室にて、真夜は葉山と喋っていた。

 

「奥様。例の件について、貢様から『一定の成果が出た』との連絡がございました。例の研究所から抜き出したデータがこちらに届いております」

「そう、ご苦労様。貢さんには引き続きそちらで調査をしてもらいましょう。探ればまだ出てくるものもあるでしょうから。

 葉山さんはそのデータの解析をお願いしますわ」

 

  畏まりました。と報告に来た葉山は頭を下げて執務室から出ていく。自身の右腕とも呼べる執事が出ていった後で、真夜は深くため息をついた。彼女にしては珍しい「憂鬱」という表情。ぼんやりとした頭をイスにもたれかけながら、彼女は呟いた。

 

「……第四研の因縁、ね。お父様はこの事を知っていたのかしら」

 

  真夜は革張りのイスに座り直す。執務室に付けられたパソコンの画面には真夜の元に届いたいくつものメール画面が表示されている。十師族の当主として真夜がやらなければならない仕事なのだが、どうにも集中が続かない。集中しようにも、四条のことが頭から離れられずすぐに途切れてしまう。それにここ最近真夜の耳に飛び込んできたあの話の事もあるのだろう。今日はすこし早めに紅茶でもいただこうかしら?と真夜が考え始めた頃、執務室の扉を誰かがノックした。

 

「どうぞ」

「失礼します」

 

 扉を開けて部屋に入ってきたのは、メイドの格好をした水波だった。冬夜が交流会に行っている間四葉邸に帰ってきていたのである。交流会が終わったので明日には冬夜の部屋に戻る予定だが、今日まではいつもと同じように四葉家のメイドとしての職務をまっとうしていた。

 ……ちなみに幸いにしてまだ生きているらしい。幽霊にはないはずの足がちゃんとある。

 

「あら水波ちゃん。どうしたのかしら?」

「葉山様から『真夜様の気分が優れないようだから、今日は少し早めにお茶にしてくれ』と仰せつかりましたので、お呼びに参りました」

「そう、ありがとう。ちょうどお茶にしようかと思っていたのよ」

 

 筆頭執事の気の利いたフォローに、にっこりと微笑んだ真夜はそのまま水波と一緒に執務室を出た。お菓子を載せた台車を押す水波の後をついて行く。今日は雲一つない晴天。見晴らしの良いテラスに着いた真夜は、水波の引いてくれたイスに腰掛けた。

 

「今日は良い天気ね」

「はい。心地よい風が吹いていて気持ちが良いです」

 

 慣れた手つきでてきぱきと用意する水波は、真夜が愛用しているカップに紅茶をいれる。元々西洋文化好きの彼女が愛用しているのは、冬夜が買ってきたイギリスの高級メーカーが作ったアフタヌーンティーセット。イギリス王室に出入りしていただけあって、その手のコネも冬夜は豊富だった。

 ちなみに茶葉も、お金さえ払えば冬夜が確実に用意してくれるため真夜は好きなときに好きな紅茶を飲む事が出来たりする。親孝行な息子を持って幸せだわ。と、親バカ真夜さんは今日も健在です。

 

「そういえば水波ちゃん。知ってますか?」

「なんでしょう?」

「今年の九校戦。冬夜は出れないかもしれないわ」

「えっ?」

 

 優雅に紅茶を飲み始めた真夜の言葉に水波はすっとんきょうな声を出す。九校戦といえば、毎年夏に開催される全国に九つある魔法科高校の大イベントの一つだ。十日間に渡って開催され、各学校から選ばれた精鋭たちがスポーツ系魔法競技で競い合うこのイベント。普段魔法を見る事が出来ない一般庶民にとっては、魔法を見る事の出来る数少ない機会と言っても良い。

 

 毎年熱狂渦巻くこのイベントでも、今年は一高に入学した【夜色名詠士】の冬夜と三高に入学した【クリムゾン・プリンス】こと【一条(いちじょう)将輝(まさき)】のどちらが強いかが、ファンの間で一番の関心の的になっているところだ。まだ夏に入りきってもいないのに、ネット上ではどちらに軍配が上がるかで熱く議論を交わされているらしい。毎年九校戦を見に行っている北山財閥のお嬢様は『冬夜が勝つ』と断言しているが、その理由を書くと小一時間はかかるため(その上ノロケも入る可能性がある)省略させていただくが、今年冬夜は九校戦でどのような活躍をするのかとても注目されている。

 まぁ、冬夜も一条将輝もまだ九校戦に出場すると決まった訳ではないのだが、どちらも生まれながら宿した才能を今の時点で遺憾なく世間に示している。期末試験の結果があまりにも悪くならない限りはどちらも出場は決まっているようなモノだろう。しかし、真夜の言うように冬夜が出られなくなるとはいったいどういう意味だろうか?

 

「例の狸爺が余計なちょっかいを出してきたのよ。『夏に差し迫った九校戦で選手を含め、大勢の観客に事故があるといけない。U.N.Owenという犯罪者も含め、名詠生物を使ってイベントが狙われるだろう。だからあの夜色名詠士にはIMAの社長として会場の警護を頼みたいのだが、協力していただけませんか?』って関係各所に頼んでいるみたい。

 『十師族はこの国最強の魔法師でなければならない』なんて矜持を強く掲げるあの狸には、冬夜の存在は邪魔なんでしょう。表沙汰になってないですし、ここで私が動いては冬夜が一人暮らしをし始めた意味がないからまだ放っておいてあげてますが、もしもの時はどうしてくれようかしら」

(真夜様、完全に怒ってらっしゃいますね……)

 

 真夜が前を向いてくれたままなので直接その表情を見なくて済んでいるが、きっと今頃彼女は『すさまじく可憐で美しい笑顔』をしているのだろう。真夜は七草家の現当主への暴言を包み隠さず言う。後で黙ってその言葉を聞いている水波は冷や汗をかきながら真夜の言葉ーーというより愚痴ーーを聞いていた。

 

「そういえば、今年の九校戦は真夜様も見に行かれるとお聞きしたのですが」

「えぇ。先生……九島閣下のご厚意に甘えさせてもらおうと思っているわ。今から楽しみよ」

 

 満面の笑顔で、心から楽しみにしているとわかる弾んだ声で真夜は答える。実際、彼女の私室には九校戦のパンフレットが入念に読み込まれている。よほど楽しみなのだろう。「そんなに冬夜様が活躍する姿が見たいのですね」と一人、水波はほんわかしているが、真夜が来ると分かった時点で何人の魔法科高校生が恐怖に怯えるのだろうか。少なくとも一人、某研究所で『ミスター・シルバー』と言われている天才の平穏は消えたことは決定した。

 

「冬夜、深雪さん、達也さん。他の十師族の皆さんも楽しみですけど、私と姉さんの子供がどこまでやれるか楽しみだわ」

 

 うふふふ。と笑みをこぼす真夜。冬夜にしろ深雪にしろ、その実力は現段階で高校生のレベルを遥かに超えるものだ。それが他校、他の生徒相手にどこまで無双するのか見てみたい気持ちもあった。

 こんなことを言うのもなんだが、彼女は純粋に九校戦の開催を楽しみにしているのである。

 

「深雪様はともかく、実技の成績が芳しくない達也様は選ばれる可能性は低いのでは?」

「冬夜と深雪さんが出場している時点で達也さんもエンジニアとして出場が決まっているようなものよ。達也さんは嫌がるでしょうが冬夜が手を回すでしょうし、いざとなれば深雪さんを唆せば済む話ですしねぇ」

 

 黒い笑みを浮かべる真夜。少なくともその笑顔ひとつで某所にて一人の二科生風紀委員が悪寒を感じてしまう。何があったかとその彼は周囲を見渡してみるが何もない。だが、非常に胃がキリキリと痛み出していた。

 それに、と笑顔でさっそく甥っ子にダメージを与えた親バカ真夜さんは心の中で思う。

 

(九校戦に行けば会えるでしょうしねぇ……ふふっ。私が見てない中で冬夜の唇を奪うとはやるじゃない。ねぇ、北山雫さん?)

 

 空を見上げ、ますますキレイになっていく笑顔ーー不気味な表情ーーで紅茶を楽しむ真夜。早く九校戦が始まらないかしら、と彼女は逸る気持ちを抑えて優雅に時間を過ごすのだった。

 

 

 

 

 季節は、まもなく夏に入る。

 日本を震撼させた謎の石化事件の犯人は世間に知られないまま、無情にも時間は流れていく。また一つ、大きな山を乗り越えた冬夜だが、平穏な時間を享受できたのはホンの束の間だけ。すぐにまた、彼には乗り越えなければならない山がやって来る。

 

 日本全国に九つある魔法科高校の学生たちが、魔法を用いた熾烈な戦いを繰り広げる一大イベント。

 【全国魔法科高校親善魔法競技大会】ーー通称【九校戦】の開幕まで、あと少し。





さて、皆様いかがだったでしょうか交流会編。オールフリーとしては一年以上かかったこの話がようやく終わってホッとしているところです。本当は最初の時点でもっと計画的に話が進んでいるはずだったんですけどね?上手くいかないものです。これでようやく、皆様が『楽しみ』と入って下さった例の長編に入ることが出来ます。

さて、今回の犯人『U.N.Owen』こと『四条透』ですが、交流会後、冬夜が警察の事情聴取で一応彼の名前を出して、達也たちから聞いたことを全て話しています。しかし、四条は故人なので警察は信じてくれません。なので世間にも公表されていない、ということになっています。まぁ、『死んでたと思っていたら精霊になって生き延びていた』なんて誰も信じてくれませんよね?
そんなわけで世間的には『U.N.Owen』事件は迷宮入りを果たします。ううむ。どこぞの『小さな名探偵』や『じっちゃんも名探偵』がいれば話は変わるんでしょうが、彼らはこの世界にいないので事件の真相は永遠に謎のままです。

さて、やり残してしまった解説はこの辺にしておいて、今回の交流会に当たりまして謝辞を。最終決戦にて修の氷狼の讃来歌を書いて下さった『SelahNesia』様。讃来歌投稿ありがとうございます。投稿してから何ヶ月経ってんだよと言われてしまいそうなほど、長い時間を空けての使用でしたが、おかげで助かりました。この場を借りてお礼を申しあげます。
讃来歌募集はまだしておりますので、挑戦してみたい人がいましたらドンドン送ってきて下さい!

さてさて、前回と同じく当てにならない次回予告を今回もしようと思います。あ、今回は大丈夫!ちゃんと綿密な計画を立てて話をつくってますから、改稿はしないと思います(笑)。

では、次回からの『九校戦編』次回予告、どうぞ↓



交流会が終わり、九校戦が間近に迫った一高。生徒たちの大半が例年行われるこのビックイベントに期待を寄せる中、黒崎冬夜にまたしても緊急事態。

「え、冬夜九校戦出られないの?」
「あんの狸親父余計な事をッ!!!」

このままだと九校戦の花形競技、『モノリス・コードで優勝して雫に告白する』ことが出来なくなる!
 そんな冬夜は真夜と結託してある奇策を打つ。

「やるなら徹底的にやろう母さん。親子認定、受けてくれるよね?」
「お帰りなさい冬夜。今日からここが、あなたの実家よ」

九校戦が始まる前だけでもうトラブルでお腹いっぱいなのに、九校戦中も気が抜けない。頭のない龍の一部が、一高選手陣の妨害に走る。

「明日のモノリス・コードで彼には死んでもらおう。でなければ、我々がこの賭けに勝てるわけがない」
「悪いな。オレにも譲れないものがあるからーーお前には負けられないんだ!」

果たして、冬夜は雫との約束を果たすことが出来るのか?
そして四葉家の皆さん(特に青木さんと達也・深雪)の胃は平気なのか!?

「あぁ、胃薬が恋しい……(涙)」

魔法科高校の詠使い、新章『九校戦編』

………See you next week!!

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