今回は少し短めです。次話は頑張ります。
案の定、階段を上がってみるとそこには扉の前に【音楽室】と書かれたプレートが掛けられてあった。
「どうやら一階で聞こえてきたのはここのピアノの音だったみたいだね」
「あぁ。練習中みたいだな」
音を頼りに風見鶏の四階まで上がってきた達也達一行は、扉の窓から中の様子を伺ってみる。ガラスの向こうにはだだっ広い空間が広がっており、50人ぐらいなら余裕で入れてしまいそうだ。ただ、窓から見える柱や窓、壁には洋風のシンプルな飾りが付けられ風見鶏の雰囲気を持っている。
「あの子……小学生かな。けっこう可愛くない?」
「ミキ、ロリコン発言は控えなさい。気色悪いから」
「僕はロリコンじゃない!!……っていうか、感想言っただけなのにそこまで言われると傷つくよ!?」
「大丈夫だ幹比古。オレも同じ事を考えていたからな」
「零野くんは優しいね……」
辛辣なエリカの発言を聞いた後だと余計に染み渡る零野の優しさ。思わず幹比古は涙が出そうになる。その零野の隣で妹のまやかが「私のほうが可愛いですよ……」と小言で文句を言う。 しかし、イスに座ってピアノを弾いている少女は確かに可愛い女の子だった。かなり短めなショートカットで、一見すれば男の子のように見えなくもないが髪に付けた桜の花びらのヘアピンが女の子らしさを表現するポイントとなっていた。横顔を見るだけでも鼻筋が通っており顔が整っているのが分かる。ピアノを弾く彼女の姿は窓から覗いていて絵になっていた。
(ま、単なる美少女ならこちとら毎日見慣れているがな)
しかし、見た目は小学生、その上深雪を筆頭に可愛い女の子達に囲まれた学校生活を送っている零野達は、芸能プロダクションのスカウトマンのように目が肥えてしまった。そのため、『あ、可愛い子だな』程度にしか思えない。悲しい慣れである。
「さっきから聞こえてくるこの曲、たしか【エリーゼのために】だったけ?」
「そうですよ。ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーベン作【エリーゼのために】。先ほどの絵画と同じく、音楽の世界では超がつく有名曲です」
「良かったわね~レオ、今度は間違わなくて」
「うっせ。黙って聴いてろよ」
先ほどから流れてくる曲を見事当ててみたレオは、エリカのニヤニヤした笑みを見せる。気まずそうな顔をするレオは内心『当たって良かったぜ』と思っていたがために、心を見透かされたような気がして恥ずかしかったである。
「そう言えばこの曲、昔雫が引いてたの聞いたことあったなぁ」
「うん。昔、ほのかと冬夜の前で弾いたことがあるよ。あんまり上手くなかったけど……」
「ううん!すごく上手だったよ雫!」
「……ありがとう」
幼なじみ二人は過去を思い出して少し、照れていた。ちなみにこの中でピアノを弾けるのは深雪と雫の二人は、ピアノを弾く少女の演奏を聴いて素直に『上手い』と感じていた。彼女が初心者ではなく経験者なのは確かだろう。しかしどこかしら粗が目立つところもあるので、もしかしたら今は習ってないのかもしれない。とはいえ、他人の演奏にケチを付ける気など彼女たちにはなかった。そんなことをするぐらいなら、黙って演奏に聞き入る方が何百倍も有意義なのだ。
「上手ですね。あの子」
「そうだな。多少音が外れているが、おおむね正確だ。よく練習してるんだろう」
「達也さん、なんか視点がずれてるような……」
「すまない。どうにも美術や音楽は苦手でな。昔から、絵を見たり音楽を聴くぐらいなら計算式を見ていた方が気が楽だったんだ」
「達也さん、音楽苦手なんですか?」
「楽器が弾けない訳じゃない。音は正確だぞ?ただし、それだけだったから『機械みたいだ』とよく言われた」
「そうだったんですか」
他のメンバーが聞いている中、達也は独自の視点から少女の演奏を評価していた。激情がない達也はこういった個人のセンスにかかわる解釈が苦手なので、譜面通りに正確に弾けるかどうかでしか判別できない。(譜面は深雪のを見せてもらったことがある)。それゆえ彼は、こういった場合においては非常に苦労していた。
(………あれ。そういえば)
ここで、少女のピアノ演奏に聞き入っていた美月がふと気付いた。いや、気付いたと言っても話すようなものでもない、とてもくだらないものなのだが……
(音楽室の窓から隠れるように小学生の女の子を覗く私たちってーー)
『おまわりさんこっちです』。ふと、どこからかそんな声が聞こえた気がした。
◆◆◆◆◆
風見鶏四階。音楽室のピアノを占領して一人【エリーゼのため】を弾いていた城崎雅は、視線を感じていた。
(なんだろう……この睨め付けられるような嫌な気分……)
ピアノの音に雑念が入り交じり、綺麗な音でなくなってしまう。これではいけないと、ピアノに向かって彼女は集中するが、やはり視線はある。それも複数の視線だ。一体誰が見ているのだろう。
(今日は部活もないし、この教室を使ったのは私たちのクラスで最後だから、カードキーを持ってる私以外いないはずなんだけど……)
ワンマンオーケストラの練習の前に、音感とキーボードを引く感覚を取り戻そうと、教員にピアノの練習をしたいと言ってカードキーを返さないままこっそり練習している彼女は頭の中で考えてみる。すると、やはりピアノは彼女の不安な心を的確に反映して音が濁らせる。
(気になるなぁ……でもこんな事で集中乱しちゃダメだよね……)
人前に出るパフォーマンスを極めることを趣味としている彼女だが、実はかなり恥ずかしがり屋な性格をしているのだ。実は【きのした】でお手伝いを始めることにしたのも、趣味に必要な用具の購入資金を貯めるため、そして人前に出るのに致命的なこの性格を少しでも直すためなのだ。おかげで以前よりかは人前に出ることを恐れないようになったが、まだ慣れてない人相手では緊張して呂律が回らなくなってしまう。
(一体誰だろう。今日は下駄箱にラブレターなんてなかったし、やっぱり先生方かなぁ。お兄ちゃんはまだ生徒会だし、梢さんだったらこんなに気になったりしないはずだし……)
うーん。と唸りながらも運指の再確認も込めて始めた【エリーゼのために】を弾き終える。鍵盤には久しぶりに触れたせいか、指がゆっくりになってしまった所もあったが、とりあえずどこに指を押せばいいのかは思い出せた。下手くそでも一応は弾ききった余韻に浸りながらピアノの前でだらーんと手を下ろし、天井を見つめる。次の曲に移る前に少し外の空気でも吸って気分転換しようと、ピアノから視線を外すとーー
「………???」
『…………』
目が、あった。
二十二個の好奇の視線が、雅の体に目を向いていた。音楽室の扉の前でジッとこちらを見つめていたのだろう。演奏をやめた今でも微動だにしない。だが、自分を観察でもしているつもりなのか、扉から動く気もないらしい。ジロジロと見つめるその視線は人見知りの激しい十歳の少女にとって恐怖そのものでしかなかった。知らない制服と顔から向けられた目は彼女の恐怖心を刺激し、防衛本能を起動させる。その光景はなぜだか以前被害にあったストーカー(幼女趣味のあったきのしたの常連客だった人)のねっとりとした視線そっくりで、あまりのことに思考回路が停止した雅は、無意識のうちにポケットからヴィッジホンを取り出しーー
「た、助けてお兄ちゃん!!音楽室前に変態がいるよぉっ!!」
ボタン一つですぐに繋がる緊急連絡先の兄に、助けを求めた。
◆◆◆◆◆
「……どうせ起こるなら結城リトみたいなトラブルだけ起こってほしい」
「下心丸見えですね」
「それだとこの作品の趣旨が変わっちゃうよ」
その頃、雫とのキスの件で追求を受けていた冬夜は、ようやく生徒会からのお説教から解放されてぐったりしていた。新鮮な空気を吸おうと外にあるベンチに腰掛け、一緒に付いてきたカインツとユミエルが苦笑いを浮かべている。一の幸せが来るとついでに十の不幸がやってくる体質の彼は、ようやくやってきた幸福を喜ぶ気力を根こそぎ奪われていた。
「もう女に刺されて死ぬんでいいから平穏な毎日を送りたい……少なくとも恋人といちゃいちゃしても何の文句言われない生活を送りたい……」
「まぁ、無理なんじゃないかなぁ。夜色名詠式が使える時点でもう君は『普通の人』じゃないよ」
「くそぅ。こんな硬くて冷たいベンチじゃなくて雫の膝枕で休みたい」
「惚気けたいのかボヤキたいのかどっちなんだい……?」
茶色の塗装がされているベンチに深く腰掛け、首で支えるのがだるくなってきた重い頭をベンチに預けるように上を向く冬夜。太陽が沈みつつある今、空は夕焼け色に染まり雲が悠々と浮かんでいる。
「
無意識の内に声に出していた一言。そして、もう少しで夜が来る。犯行予告の通りなら今夜必ずあの男はやってくるだろう。もし合間見えることになれば、実に五年ぶりの再会となる。
(正直なところ、会いたくない。だが、そうはいかないんだろうな……)
自然と、五年前のあの日の事を思い出す。実験の影響で心が死にかかっている中、一度意識が途切れるまで見ていたあの男の死んでいる姿。そして、その後イブとアマリリスに出会ったときのことを。
(五年前は実力不足でしとめ切れなかった。だから、今度こそ確実にーー)
「でも、少しうらやましいです。シェルティスはそういうことしてくれなかったので」
「
「えぇ」
冬夜が五年前の事を振り返りかけた時、ベンチの隣に座ってきたユミエルが同じように空を見上げながらそう言ってきた。『そう言えば今まで師匠の話をしていなかったな』と交流会中を振り返り、冬夜がユミエルのほうに顔を向けると、彼女はどこか哀愁漂う面持ちで話を始めた。
「シェルティスは奥手でしたから。それにユミィがどれだけアピールしてもそれに気づかないような鈍感で、見ているこっちはいつもヤキモキしていたんです。『どうしてそこまで行って踏み出せないんだ!』って思ったことが何度あったか」
「あの
「あ、一応勘違いしないでほしいのはシェルティスも姉のーーユミィの感情は知ってるんです。ただ、相手を大事にしすぎるあまりそこから進展しないんですよ」
ユミエルは自らの想い人であるシェルティスとユミィーーある意味で自分と同一人物の少女ーーを姉として語る。エデンの最終決戦の後、一度も会っていない彼らの仲がどう進展したかは分からないが、少なくとも、自分が知っている限りシェルティスとユミィは、今の冬夜と雫のような関係にまで進んでいない。
「後もう一押しでイケルところまで来てるんですけどねぇ……。シェルティスが純情すぎるのがいけないのか」
「あぁ。確かに師匠は真面目だったから、女性の相手は苦手みたいでしたね。修行時代、暇つぶしで賭博場に行ったとき、師匠が怒って連れ戻しにきてたんですが、賭博場の女の子の衣装に顔を真っ赤にしていたなぁ……」
(それ以前になんで君は賭博場に行ってるんだい冬夜君……?)
『なんてところに来てるんだ冬夜!』と叱られ首根っこ捕まれた記憶がよみがえってきた冬夜。あの違法賭博上ではコンパニオンの女性が全員バニーガールの衣装を着ていたが、当時はなぜ師匠があんなに顔を赤くしていたのか分からなかった。
(バニーガール好きなんですか?って聞いたらゲンコツ食らったし、今思えば師匠ってかなり純情だったんだな)
長い旅のせいですっかり表面的な女の子の扱いが上手くなってしまった冬夜。あの師匠の純粋なところを思い出すと、なぜだか自分が汚れてしまったかのような錯覚に陥った。いや、実際何人もの女の子を泣かしてきた実績があるので、相当『悪い男』になっているのだが。
「だから、ほんの少しだけ冬夜君のこと『良いなぁ』って思っちゃいました。あの煮え切らない関係見ていると、シェルティスがもう少し男らしくリードしてくれれば良いのに、って何回も思ってましたから」
「師匠……オレには大事にしろと言っておきながらそれはないでしょう。どこまでヘタレ何ですかまったく……」
我が師匠ながら情けない。と思う弟子。もしもここに本人がいれば『余計なお世話だ!』と言いながらへそを曲げているところだろうが、ここにいない人物のことを想像しても仕方がない。冬夜はこの際だから、思う存分突然いなくなった師への文句を言ってやろうと思った。
--茜色の空の下、冬夜とユミエルはシェルティスの悪口で盛り上がっていた。
◆◆◆◆◆
「まったく緊張感のない……いくらなんでも気を抜き過ぎだ。バカ息子め」
そしてその時、冬夜たちのいるエルファンド校高等部校舎の屋上ーーさらに言えばその屋上の上空にサングラスをかけた男が一人、浮かんでいた。
連続殺人鬼U.N.Owen--元第四研究所所長、四条透。自らの野望のため人間を止め精霊になった者。空白と灰色の詠を操る物。
ミステリーに登場してくる犯人のように、その男は予告状通りエルファンド校へとやって来た。
「予告状には『いつやって来るか』など書いてないが、こんなご大層な結界まで拵えたというのに、お前というやつは……平和ボケしすぎだ」
眼下で談笑する息子の姿を見て、そう吐き捨てる空白の詠使い。彼の最終的な目的は冬夜の肉体だが、恐らく世界で唯一自分と対等に戦える成長した冬夜がどう向かってくるか楽しみでもある。やはり形は歪んでいてもそこは親というところなのだろうか。自分の子供の成長を喜んでいた。
「この国の魔法師もそうだ。つい五年前に大亜連合から侵略を受けたばかりなのに気を緩めている。世界中が互いを牽制しあっているこのご時世に、平和とは名ばかりの停滞に浸かっている。昔から、自分に直接関係あることでないと対岸の火のように扱うこの国の国民性はやはり嫌いだ」
研究者故なのか、それとも現代魔法の産みの親として受けた経験からか、四条は憎々しげな表情を浮かべる。先程まで冬夜も眺めていた空を今度は四条が眺め始めた。
「過去から失敗を学び、
故に、失敗は恐れるのではなく積み重ねていくものであるし、偉人や祖先は尊ぶべきものだ。……基本はな」
どこか懐かしい気持ちにさせる空の色に触発されたのか、何かを思い返すように一人呟く白髪の幽霊。その隠された瞳の奥に浮かぶのはなんなのか。それは誰にも分からない。ただ、その顔はどこか寂しげな雰囲気を漂わせていた。
「だが私は失敗した。人の身でありながら、人の身に余る力を作り上げてしまった……。そして多くの過ちを犯してきた。そしてその失敗は拡大し続け、ついには三度目となる戦争まで起こした。
しょせん私がどれほど願ったところで、この流れを変えることは出来ない。頭で理解していても心が許さない。過ぎた力は人の驕りを助長させ、恐怖から保身に入り、家族を守ると称して殺し合いをする。
どれだけ人が増えても、時間が過ぎても、それは何も変わらない。失敗しても人間はなにも変わらなかった。それどころかあらたな火種を生み出すだけだった」
四条は右手を前に出し虚空を掴む。そして、精霊になってまでかなえようとした夢のため、覚悟のこもった宣言をする。
「だから私は変える。過去の失敗から学び、現在と未来を変える。ならば私の持つこの固有魔法も、それにふさわしい由緒ある名で呼ぶべきだ。この力はまさしく、『世界』を変えるのにふさわしい力なのだから!」
そして彼はーー自らに宿った魔法を、その名称を高らかに宣言し、開放した。
「【
時間の流れから切り離された世界の中でーー
連続殺人鬼U.N. owen最後の犯行が、始まった。
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