魔法科高校の詠使い   作:オールフリー

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ふぅ。何とか書けたぜ今週も。まだ交流会編は一日しか経ってないんだよなぁ。不思議。

初日も大詰め。では本編をどうぞ




合間見える空白と虹色

 黒崎冬夜にとって【自分の人生を変えてくれた恩人】という存在は三人いる。

 うち二人は、小学校からの付き合いである二人の幼馴染ーー北山雫と光井ほのかの二人だ。一国を救った英雄となった今、もしもあの時、あの二人とであってなければどうなっていたのか時々想像すると柄にもなく身震いしてしまう。今の自分がこんなにも真っ直ぐ歩いて行けているのは、ひとえに彼女たちの約束と、また会いたいと思えるほどの思い出を作ってくれた彼女たちの存在が大きいからだ。それほどまでに黒崎冬夜にとってあの二人の存在は大きい。

 

 残る一人は彼の師匠だ。正確にいえば、冬夜に双剣の扱いを教えた人物。中性的な顔立ちと鳶色の髪の毛が特徴的な一人の少年。

 冬夜と同じ双剣を、しかし刀身の色が蒼氷色(アイスブルー)ではなく鮮やかな薄紫色に輝くその剣を腰に下げた少年が、全てを失った冬夜を救い出してくれた恩人。そんな彼との思い出を、冬夜はふと思い出すことがある。

 

『きれいな夜空だね冬夜』

 

 わずか一月の間しか見てくれなかったが、彼に師事した間の出来事。

 子供が夜更かしするんじゃありません。と無理矢理眠らせられたある日の夜。窓辺につけられたベッドに入って、毛布にくるまった冬夜の側で、鳶色の双剣士が夜空を見ながらそう呟いた。

 

 ーーあの頃は夜に寝付くことがなかなか出来ず、酷いときには明け方にならなければ寝れなかったこともあった。

 

 そんな彼のために鳶色の双剣士は毎夜彼が寝付くまで側にいてくれた。恥ずかしかったので拒否した時もあったのだが、如何せんまだ舌先の実力が足らなすぎて言い負かされてしまう。我ながら生意気だったと、後の冬夜は思う。

 

『ユミィも、今頃同じように星を見てるのかな』

『………師匠(せんせい)、恋愛の『れ』の字も知らないオレにノロケても、哀しいだけですよ?』

『良いんだよ!単に独り言なんだからっ!』

 

 顔を赤く染めて呆れ顔の弟子にそう言い返す双剣士。「まったくもう」と口を尖らせてそのまま窓の外の方に顔を向けてしまう。弟子はそんな師匠の顔をじっと見つめる。時々見る師の哀愁に満ちた表情(かお)。会いたいんだけど会えないーー。そんな気持ちを思わせる表情だ。かわいそうだと弟子の少年は素直にそう思うのだが、修行で疲れきった頭でさらに(無自覚な)ノロケまで聞かされるのは堪ったものじゃないため、こうして返事を返すのが彼にとって普通の対応になっていた。………将来、こうしたバカップルにだけはならないようにしよう。彼はこの時心の中で固くそう誓った。

 しかし、それとは別に師匠が言った言葉にも気になるところはあった。夜空。もう遠い昔のように思えるあの幸せな時間(雫とほのかと一緒に過ごした日々)の中で、あの二人は星占いとかよくやっていた記憶がある。

 

『夜空……か』

『冬夜も好きかい?』

『いいえ、ちっとも興味ありません。というか、むしろ嫌いです』

『…………!へぇ、なんで?』

 

 冬夜がはっきりと自分の気持ちを口にしたことに鳶色の双剣士は驚き、その理由を尋ねる。あまり自分のことを話したがらない彼が、こうも自分の気持ちを正直に吐露してくれるのは、自分の事を信頼してくれているだろうか。だとしたら、すごく嬉しい。

 

『夜空はさみしい感じがするから。星の一つ一つはキレイだけど、単にそれだけで何もない。ただ虚しいだけだから。全体を見ればたくさんの星が輝いているけど、一つ一つの星は遠く離れていて一つの星の傍には誰もいない。寂しいだけだから。

 どんなに楽しい時間があったとしても、夜空の星を見ると『結局オレは一人なんだ』って、思わせるから……』

『…………』

 

 予想以上に重い理由に少年の師である双剣士は口を閉ざしてしまう。厄介な心の傷を抱えている彼の言葉にどう返せばいいのか。少し考えた末に彼は再び口を開いた。

 

『………冬夜。君は真冬の夜に見る星空を見たことはあるかい?』

『………え?』

『それもこんな街灯の眩しい街中じゃなくって、周囲に人工物が一つもないような、自然の中で見る星空。プラネタリウムで見るような星空を、君はその目で見たことはあるかい?』

『………ないです』

『そっか』

 

 冬夜の言葉に満足したのか、鳶色の髪の双剣士は冬夜の方に顔を向けると、少し荒い手付きで弟子の頭をなでた。そしてそのまま、彼に語り始める。

 

『冬夜。本当の夜空ってね、息を呑むぐらいキレイなんだよ。今この部屋の窓から見えるよりももっと多くの星が輝いて見えるんだ。中には密集した星が川のように見えるところもある。時期さえ良ければ七色のオーロラだって見える。その美しさは、そんじゃそこらの絵画じゃあ比べようがない。

 いくらこの(ロンドン)が裕福な町あっても、あの美しさはお金じゃあ買えない。君の故郷であってもそれは変わらない。お金に変えられない美しさ、っていうやつなのかな。あの風景は、一度目にしておくべきものだよ』

『そうなんですか?』

『うん。本当の夜空ってそういうものなんだよ。星と星との距離が近くって、眩しくって美しいんだ。それも、身も凍えるような真冬ーー君の名前のような冬の時期の夜は本当にキレイなんだ。

 僕も、初めてフェルンの棘森に行った時はユミィに見せてあげたいって思ったから』

 

 ちょいちょい入ってくる師のノロケを聞き流し、冬夜は彼の言葉に耳を傾ける。彼のこうした話はいつだって冬夜の心に響くものがある。鳶色の双剣士は、少し微笑んで話を続けた。

 

『冬夜、多分君の名前はそういう意味でつけられたんだと思うよ。これまで君の傍には明るく輝く星が少なかったから、街灯の明かりに照らされた都市の夜空のように寂しく感じてしまうんだろうけど、そういうのを一度全部失ったこれから君の傍には、そういう輝く人が何人も集まってくる。そしていつの日にか、誰しもが惹きつけられるぐらいキレイな星空ができると僕は思う。

 いや、そうなってほしいな。冬夜』

 

  そしてその後、彼の側から鳶色の双剣士はいなくなった。しかし彼の言った通り、今の冬夜の周りには星空に負けないぐらい輝く人たちがいる。しかし冬夜は思う。いくら自分の周りが輝いていても、一番大切な者が見えなければ意味がないのではないかと。

 一番大切な人の側に戻ってこれて、そして少し離れてしまった今、彼は強くそう思うようになった。

 

 ◆◆◆◆◆

 

「つ、疲れた……やっと終わった」

「お疲れ様です。すみません、結界のチェックもしなければならないのに、こんなことまでしてもらって」

「いや良いですよ。自分の人気っぷりを実感しましたし、今後こういうイベント開いたときの予行練習だと思ってますから」

「そう言っていただけると嬉しいです」

「ただ、この大量の贈り物については想定外でしたけどね」

 

 夕方で終わらせるつもりが、完全に日も沈みきった夜の時間にようやく交流会初日の全業務を終了した冬夜は、エルファンド校の生徒会室でぐったりしていた。生徒としてではなく教師として参加したため、一人違う日程で交流会に参加していた冬夜は突然開かれた握手会によって予定が崩れに崩れ、左腕に巻いてある腕時計の短針が『7』を越えて、長針が『6』を指した頃になってようやく一息吐くことが出来た。握手会をサポートしてくれた生徒会メンバーに労ってもらう中、握手のしすぎで感覚が狂った右腕を左手でグニグニと揉む。ビキビキと痛みを発していた右腕だったが、筋肉をほぐしたお陰なのか、痛みが多少マシになっていく。

 

生物(なまもの)を除いた食べ物関連はまだ良いとして……どうしようかな、このファンレターの山」

「積み上がってますね。持ち帰るのにも苦労しそうで す」

「いや、持ち帰る分にはどうにもなるんですけど」

 

 高等部生徒会長の林檎と話をしながら冬夜は視線を近くの机へと向けた。そこにあるのは、彼が有名名詠士だということを示す贈り物の山々。手紙ぐらいだったら、どれだけ大量に来ても箱に入れて空間移動してしまえば持ち運びに問題はない。問題なのは……

 

「返事、送るべきなのかなぁ」

「面倒だったら返さなくても良いんじゃないですか?」

「うーん。もらった以上、返さないって言うのもなぁ……」

 

 修の言葉にそう返した冬夜は文字通り山のように積み上がったファンレターを見て、今日何度目かもしれないため息をつく。握手会に参加した生徒のほぼ全員からもらったこの手紙。読むだけでも時間がかかりそうなのにさらに返事を書くとなると、どれだけ時間がかかるか分からない。

 

「困ったなぁ。どうしようかコレ」

「なんでしたらコチラで処分しておきましょうか?中等部の生徒たちには黙っておきますよ」

「………いや、その必要はありません。ちゃんと読んで返しますよ」

 

 高等部の生徒会長である林檎がそう言ってくれたが、やはり書いてくれたのに返さないと言うのは彼の心情的に許せないことなので、一度全ての手紙には目を通すことに決めた。ただし、一人一人返事を書く時間はないため、返事は【エルファンド校中等部の生徒全員に向けて】と一括して送ることに決める。少し悪い気もしなくもないが、それで十分だろうと考え、立ち上がって机の上にあった贈り物を纏めて箱に入れて空間移動でマンションの自室に送る。相変わらず便利な能力だ、と自身の魔法の有能性を感じながら、冬夜は腕を真上に伸ばして強ばっていた筋肉の緊張をほどいた。

 

「もうこんな時間かぁ。疲れたなぁ……」

「交流会の日程では、今頃生徒たちは夕食後のお風呂ですね。ウチの寮にある風呂は豪華ですよ」

「お風呂かぁ……」

 

  冬夜はモクモクと想像を膨らませる。ゆっくりと広い風呂に浸かってのんびりすれば、彼の溜まった疲労などあっという間に流れ出ていくだろう。ユニットバスなんて無粋な機能はいらないから、のぼせるまでゆっくり浸かりたいものだ。昔雫やほのかと一緒に入った北山家の風呂や、四葉本家にあったお風呂は見事なものだった。ここ最近はマンションに備え付けられているシャワーしか浴びてないため、考えると風呂に入りたくなる。

 

「やっぱり日本人は風呂に入らないとダメだと思う」

「あ、やっぱり黒崎先生もそう思いますか?」

「冬夜で良いですよ。同年代なんですし……。と、まぁやっぱりお風呂は好きですよ。熱すぎず温すぎず、ちょうど良い湯加減で長く浸かりたいですね」

 

 なみなみと注がれた熱いお湯。声を出せば響く風呂場の白い壁。日本人ならば一度は入るであろう風呂の景色を脳裏に浮かべる。今夜彼が宿泊する女子寮の風呂場では、今頃どんな会話がされているのだろうか。妄想が広がる。だが今は可愛い女の子と一緒に入るよりも体を休めたい。キレイな景色が見れなくても良い。風呂に浸かってのんびりしたい。ただそれだけでいいのだが、やはり欲を言うならそこにーー

 

「欲を言えば、そこに湯けむり美女がいればなお最高ですか?」

「いえ。キンキンに冷やした牛乳かコーヒー牛乳があれば、なお最高ですね!」

「黒崎さん、それは銭湯です」

 

 定番の組み合わせに修の鋭いツッコミが入る。風呂上がりの牛乳(一杯)は山の上で食うカレーライス並みに美味しいものがある。

 

「…………それに、オレがいる中で湯けむり美女なんて出てきたら、次に会うときには風呂場で息絶えている確率が高いですし」

「それはどこの火サスですか」

 

 どこか心当たりでもあるのか遠い目で何もない虚空を見つめる冬夜。トラブルに巻き込まれる彼の運命力は半端ではないのだ。どれぐらい半端ではないか具体的な例を出すと、水曜九時から始まるドラマの主演が水○豊だった場合、それが刑事ドラマであるぐらい確実なのだ。

 

(いかん、この事について考えると果てしなく落ち込んでしまう)

 

 自分が榊遊矢並の振り子メンタルだと自覚している冬夜は、鬱モードに入りかけているのを察知して顔を振る。これ以上この話題を続けるのはマズイ。

 

「と、とにかく夕飯を食べませんか!もうこの時間じゃ寮のご飯は冷めているでしょうし、ダイニングサーバーのご飯は嫌いなんで、近くに美味しい店があったら教え てほしいんですが」

「思いっきり話を変えてきましたね」

「教えてほしいんですが……っ!」

「…………まぁ一軒ありますよ?この近辺では一番美味しいと評判の定食屋がすぐ近くに」

「よしじゃあそこにしましょういやぁ楽しみだなどんな料理が出てくるのかな!アハハハ!」

 

 冬夜のわざとらしい笑い声が、生徒会室に響く。かなり無茶な話題の逸らし方だったが、一高の生徒会メンバーとは違い人を弄り楽しむ性格のいない心優しい生徒会メンバーはこれ以上は触れないであげることにした。

 

 ◆◆◆◆◆

 

 

 思春期真っ盛りの夜色名詠士が自ら墓穴を掘っている中……

 

「行き止まりか」

 

 単身、ケルベルク研究所の探索を始めていたカインツが、研究所内の最深層部に辿り着いたのは、ちょうど同じぐらいの時間だった。

 途中でトラップでも仕掛けられているのかと警戒しながら部屋を見回ってみたが、入り口付近の蛇以外は特にそういったものもなかった。彼の周囲を円を描くようにして浮遊している二体の名詠生物を光源にしなが進む道中、何人かの研究者たちの石像がここから逃げるような形で石になっていたことから、あの蛇はおそらくここから現れたのだろうとカインツは推測している。

 

 名詠研究所の奥深く。名詠生物の生体を知るための実験室であるここは、巨体の真精も研究できるようになっているためにカインツが名詠している二体では照らしきれないほど広い。

 とりあえず光源が照らせる範囲内には敵はいないようだが、まだ灰色名詠の名詠生物がいるかもしれない。一撃でも食らえば死に繋がりかねないため、警戒を緩めることなく辺りを探索することにした。

 

(研究所入り口付近からここに来るまでに何人もの研究者の石像を見てきたが、全員抵抗したような姿はなかった。どの石像も()()から逃げ惑う姿をしていた)

 

 ここに来るまでの道中、すれ違った幾体もの石像はどんな敵に出会ったのだろう。現代魔法では再現不可能な現象から、下手人はカインツとユミエルが追っている人物であり、例の連続石化事件の犯人【U.N. Owen】である可能性が高い。

 となると、カインツの想像する限り最悪の事態も起こりかねない

 

灰色名詠式の創造者(ミシュダル)は以前、夜色と対をなす、()()()()触媒(カタリスト)孵石(エッグ)を使って灰色の真精を詠んでいたことがある。あの時、灰色名詠の名詠生物の何体かは空白名詠の影響を受けて透明化した事があった。

 第二~第三音階だけでも灰色名詠は厄介だというのに、もしも透明化の能力が十二銀盤の王剣者(イーゼルハイト)についてしまうと手がつけられない……)

 

 カインツが元いた世界で、若くして祓戈民(ジルシエ)の最高段位まで上り詰めた天才少女に『闘いたくない』と言わしめた最強最悪の真精、十二銀盤の王剣者(イーゼルハイト)。神速の動きをもってして標的を斬りつけ殺害する、サイレントキリングの真精。

 並みの状態のそいつとだけでも闘いたくないのだが、そう上手くはいかないだろうとカインツは予想していた。

 

「………僕に幸運の女神とやらがついていると良いんだけどね」

 

 カインツがため息混じりにそう呟くと勢いよく前方へ飛び込み前転をする。瞬間、空気を切り裂く音がカインツの耳に届いた。暗闇の中、音なく近づいてきた暗殺者の姿を確認しながら苦笑を漏らしていた。

 

「……やっぱり下手人はお前だったか、十二銀盤の王剣者(灰色の真精)。音もなく忍び寄っていきなり斬りつけるなんて、おっかない登場の仕方だなぁ」

 

 カインツの目にうつる、銀色の針金を寄せ集め、絡み合わせて無理やり形作った小さな人形(ひとがた)の真精はなにも応えない。しかし、返答の代わりとでも言いたいのか、その周囲に浮かんでいる十の武器が展開した。斧や槍、鎌といった形状の異なる十の武具が、それぞれ一撃で虹色の詠使いを仕留められる距離に広がっていく。カインツはポケットから触媒を取り出してため息をつく。

 

「やれやれ。僕はあんまり荒事は得意じゃないんだけど、こうなったらやるしかないか」

「『やるしかない』か。状況に反して余裕そうだなカインツ・アーウィンケル。伊達に修羅場は潜ってきてない……ということか?」

「!」

 

 カインツが真精を呼ぶ時間稼ぎのための名詠生物を喚びかけたその時、十二銀盤の王剣者の前に一人の男が現れた。

 黒のコートを羽織り、サングラスをかけ顔を隠している白髪の男。不敵な笑みを浮かべ人の感情を逆撫でするような口調で話すその男はカインツに向き合うなり、大仰な態度で挨拶する。

 

「はじめまして虹色名詠士殿。私の名は四条透。今代の空白名詠士にして、この十二銀盤の王剣者(イーゼルハイト)の喚び手、そして今はなき第四研究所元所長だった男だ。以後お見知りおきを」

「………どうやら自己紹介はいらないみたいだね。はじめまして四条透。僕も会いたかったよ」

「それは光栄だ」

 

 暗闇の中で向かい合う男二人。カインツは五色の触媒を握りしめて四条を睨み付ける。

 

 空白と虹色。常識を越えた名詠士同士の戦いが、始まろうとしていた。

 

 


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