魔法科高校の詠使い   作:オールフリー

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さてさて三話目。灰になった冬夜はどうなったでしょうか。感想、誤字報告お待ちしています。

それでは本編をどうぞ!


U.N.Owenからの手紙

 その日の夜、北山邸の雫の部屋にて。

 

「…………………………すぅすぅ……」

「…………………………くー……」

「……ホント、変わってないなぁ二人共」

 

 光井ほのかは、彼女が泊まることを前提に作られたキングサイズのベッドを見てそう呟いた。そのベッドに静かに寝息をたてて寝ているのは、ほのかにとって掛け替えのない大切な幼馴染たち。

 お互いのことを想い合っているのにも関わらず、すれ違いが多いこのバカップル(仮)の寝顔を、ほのかは手のかかる妹と弟を見守る姉のような気持ちで見つめていた。

 

「昔もこんな風に、私が最後まで起きてたんだっけ」

 

 顔を寄せ合って眠る二人にほのかは昔のことを思い出した。まだ冬夜と別れる前、三人でよく一緒に遊んだ頃の記憶。あの頃もお泊り会の時に夜中三人で話していると、冬夜が一番に寝てしまい、雫が後を追うようにベッドに入っていた。最後に一人残ったほのかが、二人のあどけない寝顔を見て寝るのが常だった。今、顔を寄せ合って眠る彼らの顔は、五年前から何一つ変わっていないように思える。

 

  なぜ今、冬夜とほのかが雫のベッドで川の字になって寝ているかというと、単純に冬夜のために何とかしてあげたいと二科生の友人たちがあれこれ言い合った結果こうなったからだ。一学年主席の兄曰く、『冬夜のエネルギー源は雫だから』らしい。なんか納得できるような納得しちゃいけないような。そんな気持ちになったほのかだったが、達也が言うのなら間違いはないと試してみた結果である。 

 

「………早くくっつけばいいのに」

 

 幸せそうに顔を寄せ合って眠る二人の寝顔を見て漏れる彼女の本音。この二人を見ている分にはとても面白いのだが、時々じれったく思うことがある。『このまま二人きりにしたら明日の朝どうなるのだろうか』とちょっとした悪戯心が芽生えるが、それはまた後日やればいいと考えて実行には移さないでおく。

 まぁどうせ、くっついたところでこの二人との関係がそこで途絶えるとは思っていない。恐らく、この二人と自分との関係は未来永劫変わらないのだろうーー。根拠こそないが、ほのかにはそう言いきる自信がなぜかあった。

 恐らく一生、この二人のドタバタ劇を自分は見守り続ける事になる。

 

「ま、それはそれで面白いかもね」

 

 呑気に寝ている二人の頬を少し突いて、「「ううん……」」と、昔と変わらぬそっくりな反応が帰ってきた事に満足したほのかは、そのまま眠りについた。

 

 ◆◆◆◆◆

 

 そしてそのまま夜が明け、翌日の朝。

最愛の人と一つ屋根の下で一夜を共にした冬夜は、昨日までとは違いしっかりとした存在感をもって学校に来ていた。

 …………その左頬に真っ赤に染め上がった紅葉を添えて。

 

「オレが何をしたって言うんだ……」

 

ヒリヒリと痛む頬を擦りながら、若干涙目になっている彼は、誰もいない廊下を歩きながらボソッと呟く。その後もその紅葉を作った原因の少女の愚痴を溢しながら、白塗りの校舎内を歩いていく。

 

「あの無表情無愛想娘め……いつもいつもなに考えてるかわかんねー面してるくせに………叩くならまだしも追い出すことねーだろ……。はぁ、黒沢さんの手料理食べたかったなぁ。折角泊まりに来たのになんでコンビニのサンドウィッチなんぞで朝を済まさなきゃならんのだ……」

 

ブツブツと、呪詛のように雫への恨み辛みを口にする四葉家嫡子の少年。北山家自慢のハウスキーパーの手料理が食べれなかったことがそんなにも悔しかったのか、恨み辛みを言い続ける。食い物の恨みは怖いとよく言うが、何があったのだろうか?

 

「朝起きたらいつのまにかほのかに抱きついて寝ていただけなのに、なんでこんな扱いを受けるんだ……」

 

 当然の扱いだと思う。

 

 ……しかし少し考えれば、無意識下で行動していた冬夜に非がないことは分かるはずだ。単に寝返りを打ってそのまま抱きついてしまったのだから。元々彼は一人の寂しさが原因で雫の家に泊まることになったのだ。人肌が恋しかったのだろう。深層意識に正直に動いてしまった彼の体を責めることは出来ない。だが、人間はいつだって論理的に行動できるわけではない。むしろ感情優先で物事を進める人間だっているのだ。ムクれた雫がそのままへそを曲げたってしょうがないことだろう。

 

「………ベーコンエッグ、食べたかったなぁ」

 

 冬夜からしてみればとんだ災難である。そんな出来事があったため、現在彼は怒り半分、落ち込み半分の状態で登校していた。

 

「にしてもこんな朝早くから招集か。……なにがあったのかな」

 

 『雫に嫌われたかも知れない』という考えに行き着かないように他のことを考えていた冬夜はそう次の話題を口にした。こうでもしなければ、昨日以上の鬱モードに突入して再起不能になりそうだったので、今朝のことから目を必死で背けている。とりあえず黒沢女史の朝ご飯は心底食べたかったが、また食べる機会があると考えを切り替えて、交流会の中心メンバーとして、これから行われるであろう会議内容について思考してみる。しかし、必死で目を背けようとも今朝のことが気になって考えがまとまらない。考えられる理由はいくつかあるが、あれこれ考えても答えは出てこなかったため、冬夜は考えるのを止めた。

 

 それからほどなく歩いていると目的地である会議室にたどり着いたので、彼は扉に教員用のカードキーをかざして中に入った。

 

「失礼します。お呼びでしょうか校長」

「おぉおはよう。こんな朝早くからすまないな」

 

 校長室の中には、数人の教師が円陣を組むように座っていた。優秀な一科生の生徒である幼馴染の二人ならこの場に集まった全員の顔を見たことあるのかも知れないが、二科生である冬夜には今回始めて見る顔の人もいる。おそらくこの場に集まったメンバーが、今回の交流会で一年生を引率する教師たちなのだろう。さすが子供の生徒とは違い、教員は大人なのか冬夜の制服の左胸部分を見ても誰も動じない。『さすがだな』と冬夜が先生方の姿を見る。スーツ姿や研究員のような白衣姿をしている者が多くいる中、枯れ草色のスーツを着た、ひときわ目立つ男性の姿があった。

 

「校長、そちらにいる男性の方は……」

「あぁ。ちょうど全員揃った事だし紹介しよう。こちらは我が校とエルファンド校の交流会に参加して下さる、国際名詠士協会所属の名詠士、カインツ先生だ」

 

 校長がそういって紹介すると、枯れ草色のスーツを着た二十代ほどの男性が、イスから立ち上がって礼をした。

 

「国際名詠士協会から派遣されました、カインツ・アーウィンケルです。飛び入りの参加で至らないところがあると思いますが、皆さんよろしくお願いします」

 

 枯れ草色の名詠士が柔和な笑みを浮かべる。ハンサムな優男風のその男性の笑顔に女性教師の幾人かが見とれていたが、全員すぐさまハッとして顔を逸らす。男性教師の中からねたみの声や舌打ちが聞こえてような気がするが、それはきっと気のせいだろう。

 しかしその中で冬夜だけは、一人奇妙な感覚に囚われていた。

 

(………なんでだ?初めて会うはずなのに、『懐かしい』感じがする)

 

 懐かしい友人に出会った時のような気分。胸の奥の方で()()が反応しているような、そんな感覚。

 疑問で頭の中が一杯になるが、知らず知らずの内に見つめていた枯れ草色の名詠士は冬夜の視線に気がつくと、先ほどと同じようにフッ、と笑った。

 

「さてそれでは、早速本題に入りたいところだがその前に」

 

 一度全体を見渡して、冬夜が自分の真向かいに座ったことを確認した百山は、手を挙げて切り出した。

 全員が百山の方を見つめる中、百山は冬夜の方を見つめ一つ質問する。

 

「それで、気分はどうかな?黒崎()()

「………正直、緊張で胃がどうにかなってしまいそうです」

 

 ニヤリ、と悪戯好きな子供のような笑みを浮かべる百山に冬夜は苦笑を浮かべ正直に答えた。

 

 そう。実を言うとこの後彼は、一高の名詠式の責任者として交流会のガイダンスを同級生()()を相手に行わなければならないのだ。しかも制服では生徒たちに示しが付かないとかでクローゼットにしまった黒のスーツを着てやらなければならない。誰が好き好んでこんな羞恥プレイじみたことをしなければならないのだろうか。

 

(けど仕事だから仕方ない。そう割り切るんだオレ)

 

 だがしかし、なんやかんや言っても大抵のことはプロ意識のもとで全部腹の底に飲み込んで堪える。やらなきゃいけないからやる。そう考えると少しだけ気分が楽になった。

 

 と、ここで、今回の一高とエルファンド校の交流会について簡単に説明しておこう。学校間による協議の結果、二泊三日の日程になったこの交流会の目的は【魔法師(の卵)たちに名詠生物との戦い方を身に付けてもらう】ことだ。

 昨今有名なU. N. Owenを始めとして、最近は名詠式を使った犯罪が増えている。赤色名詠の火炎を使った放火のような事件から、キマイラを名詠して銀行強盗をするような凶悪犯罪まで。各国とも名詠大国として知られるイギリスを手本にした対名詠生物専門の組織を作っているが、真精を相手できるレベルとなると一握りしか存在しない。

 なお、日本の隣国である大亜連合はIMAが設立される前から存在していた、祓戈(ジル)と呼ばれる専用の金属槍を使って【反唱】を行使する祓戈民(ジルシェ)と呼ばれる人たちを、その宗家であるユン家ごと保護することで名詠生物の対策をとっている。

 このため、大亜連合を除く各国は、魔法師の増強による戦力拡大と同時、名詠生物の対処法を身に付けさせる必要も出てきたのだ。

 刻印儀礼入りのCADを使えば魔法師もある程度は名詠生物と戦うことが出来るが、決定打に欠ける。そのため第一音階名詠(ハイノーブル・アリア)の名詠生物も含めた全ての名詠生物に有効な【反唱】の技術を身に付けてもらう事が、本来最も望ましいことなのだが、それには大きな問題があった。それは、【反唱】はその発動条件上、個人の身体能力に大きく依存するという点だ。

 

 反唱の発動条件とは、還したい名詠生物と同色の媒体(カタリスト)を名詠士と名詠生物が()()()()()()()状態で【還れ(Nessis)】と唱えないといけないこと。

 ……分かりやすく噛み砕いて説明すると、名詠士は媒体(カタリスト)を握りしめた拳で名詠生物を殴らなければならないということだ。先程出した祓戈民(ジルシェ)の人たち以外は全員、こうしなければ反唱が使えない。

 

 さてここで一つ質問しようーー仮に雫やほのかがキマイラのような名詠生物を前にして、そんな某上条さん的な戦いをすることが出来るだろうか?ーー無理に決まっている。

 

 そのため今回の交流会は、全ての生徒が皆例外なく名詠式を学ぶことになった。期間が限られているため、教えるのは精々護身用に使えるぐらいの第四音階名詠(コモン・アリア)の名詠式。色は夜色を除く五色を各自で選び、色ごとに別れて学ぶという訳だ。

 

 とはいえ、例え一番初歩の第四音階名詠といえど、最初から教えていたのでは時間が足りない。中学の時に名詠式を学んでいない生徒もいるため、そう言った知識の偏りを防ぐ意味合いも含め今日から一年生を対象に名詠式の基礎知識を教える事になったのだ。その講師に選ばれたのが反唱のエキスパート(IMA現社長)の冬夜。 そしてその事は既に一高中に公布されているため、冬夜の事を気に食わないと思っていた一科生は、今回の件で冬夜の本当の実力を認めざるを得なくなり憎々しい表情を浮かべ、反対に二科生の方では……

 

『よう黒崎先生。今度の授業、楽しみにしてるぜ』

『おはようございます黒崎先生。今度の授業、頑張ってください!』

『オッス黒崎先生。昨日の宿題、分かんないところあるんだけど教えてくれないか?』

 

 ………このように多くの二科生が冬夜のことを『先生』と敬称までつけて呼ぶようになった。それは冬夜にとって、非常にむず痒いものだった。

 

「聞いておるよ。君が入っている1-Eの生徒たちの実技の成績が他のクラスの生徒より良い成績を収めているらしいじゃあないか。こういうのもなんだが、これを機に教師に転職してはどうかね冬夜くん?」

「……生憎ですが、向こう三年間は自分は生徒でいるつもりですし、進路についてはまだ考えていません。とりあえず魔法大学への進学を第一に考えています」

「うむ。将来の選択の一つとして考えておくれ。何も君はかならずIMAに帰らなければならないわけではないのだから、あまり視野を狭くするなよ?

 明日のガイダンスはカインツ先生を特別講師、君をアシスタントとして行うつもりだ。後でよく話し合っておくれ」

 

 生徒を指導する教師らしく(といっても本物の教師だ)冬夜にそうアドバイスした百山は、咳払い一つして空気を変える。ここからが本題、という現れなのだろう。冬夜を含め、全員の顔が引き締まった。

 

「さて、様々な人の思惑そして縁あって今回の交流会が開催されることが決まった訳だが、この場にいる教師諸君は、先日のブランシュ襲撃事件におけるーーあの真っ黒な名詠生物のことを覚えているだろうか?」

 

 百山のその言葉に教師たちの表情が一瞬険しいものになる。謎の触媒(カタリスト)、【孵石(エッグ)】を介して名詠されたあの正体不明の名詠生物。幸い死人こそでなかったものの、あの名詠生物で生徒会長の七草真由美、副会長の服部刑部少丞範蔵が現在入院中、他数名の風紀委員が通院する事態になったあの名詠生物。 

 冬夜が禁音と忘音の詠を歌って召喚した剣があって初めて送り還せたあの名詠生物の存在は、脅威として教師たちの頭の中に残っている。

 

「人命に関わるような事態だけは避けられたのは不幸中の幸いと言ったところか。アレで魔法師生命が絶たれるようなショックを受けた生徒はいなかった上、建物などの被害はない。我が校に夜色名詠士がいて良かったと心底私は思った。………アレは幾つもの偶然が重なって出来たらしいが、そもそもの元凶は我が校に持ち込まれたあの凶悪な触媒(カタリスト)にある」

 

 毒をはくように吐き捨てた校長は冬夜の顔を見る。視線で問われる孵石(エッグ)の状態に冬夜は「大丈夫です」と小さく頷き返した。

 あの後、孵石(エッグ)は冬夜の手によって時空間の狭間に封じられ、冬夜以外手が出せないようにしてある。念のために何重にも安全装置を施し、二度と勝手に使われないようにするために。

 

「あの厄介な触媒を精製した研究所、名をケルベルク研究所というのだが、世界中に支部がある珍しい研究所でな。国際名詠士協会の直接の庇護下にある研究所でもあった。実際、私の元に触媒を置いていったのも支部の職員だった。

 そして先日、本部の方と連絡を取った際に分かったことがある。なんでもここ最近、その支部との連絡が付かないらしい。音信が途絶えたまま支部が現在どのような状況になっているのかも分からん」

「そこで、僕がその研究所を調査するために今回やってきたというわけなんです。今回の交流会で皆さんが向かうエルファンド校はケルベルク研究所と近いですから」

 

 なるほど、協会も無視できない奇妙な名詠生物。その名詠の原因となった謎の触媒を精製した研究所。音信の途絶えたその研究所で何があったのか、この枯れ草色の名詠士は調べに来たわけだ。

 優男風な顔を持つ名詠士がやって来た理由を冬夜はそう考えた。

 

「まぁ、本来参加する必要のない我々の行事に参加してくれるのは、カインツ先生の善意によるところが大きい。私も感謝している」

 

 百山はカインツに視線で礼を言いカインツも軽く頭を下げた。

 

「さて、前置きが長くなったが、ここからが諸君にこんな早朝に集まってもらった用件だ。先日、私がエルファンド校に会議に向かった際、向こうからあることが伝えられた」

 

 百山の言葉に、教頭の八重坂が各人に一枚の資料を配付する。A4のコピー紙に書かれていたのは一通の手紙の文面。手紙の内容はーー最悪の事態を想像させるものだった。

 

 

 

 

 

 小さな兵隊さん四人、地図を持って町へ歩き出したら

  『四』の血を引く人が道に迷って残りは三人。

 

                               --U.N.Owen

 

 

 

 

 

 

 その資料を読んでーー校長室の中で全員の息が止まった。

 

「おそらくだがこの交流会、例の連続殺人犯が関わってくる」

 

 百山は口調を変えることなく淡々と言葉を紡いだ。

 

「本来なら今回の交流会は中止にするべきところなのだが、私がこの事を知ったのはホンの二、三日前でな。今更中止にすることなど出来ない。そしてケルベルク研究所が音信不通になった時期が、四月のあの事件の頃と重なる」

 

 今回の交流会はマスコミも注目している。安易に中止することは出来ず、さらには今回の交流会が中止になれば二度と開かれない可能性だってある。

 ーー例えそれが、生徒たちに危険を及ぼす可能性があったとしても。

 

「頼むぞ夜色名詠士(黒崎冬夜くん)。今回の交流会は我が校だけでなく魔法科高校全体の、ひいては魔法師サイドと名詠士サイドの繋がりを結ぶきっかけになるかもしれん。我々は交流会を必ず成功させないといけないのだ。………その言葉の重みが、君になら理解できるだろう?」

「ええ。理解できます」

 

 もしもの時は、オレが命懸けでみんなを守りますーー。

 

 自分に言い聞かせるように、冬夜はそう宣言した。

 





次話は改訂前にはなかったカインツ視点のオリジナル話です。楽しみに待ってて下さい。

それでは次回またお会いしましょう!!

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