色々な方に少々ご迷惑をおかけしたこと、改めてお詫び申し上げます。
感想などで様々なご意見ご指摘をいただき、私自身も考えるべき箇所がございまして、それでしばらく迷走しておりました。
が、結局のところ、作者の趣味で成り立っているものですし、全ての意見を取り入れることで方向性がブレて、挙句創作意欲に支障が出たり、面倒になって更新を諦めては本末転倒です。
要は何が言いたいのかと申しますと、
「最後までやりたいことやって終わりにしたい」
ということです。当たり前のことかもしれませんが、自分が好きなように書いていって、それで皆様が読んで面白いと感じていただければそれが幸いということですし。
ともあれ、こんな作品を楽しんで頂けれた作者冥利に尽きるということでひとつ。
では前置きが長くなりましたが、始めたいと思います。
ゼオンが現場に到着した時には、デュフォーは追い詰められていたように見えた。
魔物と真正面から戦っても勝ち目はない。非力な人間は無様に逃げ回るしかなく、事実デュフォーは怪我を負いながら建物内部へと逃げ込んでいたところだった。
悪運の強い男だ、とゼオンは思う。敵がパートナーを連れていたら、生き延びることなどできなかっただろうに。
お間抜けにも、相手もパートナーがいないらしく、素手でデュフォーを攻撃している様子だった。だとすれば相手は余程素の力に自信があるのか、それともパートナーをすぐ呼び出せられるのか……いずれにせよ、ゼオンが来た時点で彼我の優劣が確定している。
尻餅をついていたデュフォーは、幾分驚いた風な顔をしていた。
「……よくここが分かったな」
「街中で警察とやらがうろついていたのでな。事情を聞けば怪しい二人組が喧嘩していた、片方が腕を伸ばす怪人だとか。いくらか探す手間が省けたぞ」
それくらい言わずとも分かるだろうに、と目線を投げる。
と。
「………………、」
「どうした? デュフォー」
見ればデュフォーはうつむき加減になり、額に手を当てている。頭痛でもするのか、と無言で待っていれば、ようやくこちらに気がついたデュフォーは、僅かに慌てた様子で首を振る。
「いや、なんでもない」
息をつき、なんでもなかったかのように装う。何かあったと判断したからこそ問うたのだが、それ以上問答しても意味がないだろう。戦うのに支障がなければ問題はないのだから。
「まぁいい。それより、せっかく敵と出会ったんだ。少しは楽しませてもらいたいモンだな」
吹き飛んだ魔物の方へ一歩踏み出す。デュフォーも遅れて立ち上がるが、その寸前に、何かを呟いた。
「今、いや、さっきも……」
囁きほどの小さな声は、ゼオンの耳には届かなかった。
第四話 キース②
「成程な。騒ぎを大きくして街中を徘徊していたパートナーを引き寄せたのか。これはしてやられたな」
ゼオンの蹴りを喰らったキースは、頬をさすりながら起き上がる。
不意打ちをくらったにしてはダメージが窺えない。原作でリオウの鎧も一撃で粉砕していた驚異のキックなんだが……やはりコイツ、馬鹿だが強いな。それともゼオンがまだ身体能力がその領域まで達していないだけなのかね。
「阿呆のようでいてなかなか頭が回る。どうやら認識を改める必要があるようだな」
「そうなのか、デュフォー?」
「吾輩の計画通りである」
「嘘をつくな貴様。というか、その口調はなんだ」
律儀にもゼオンはボケに突っ込んでくれた。あれ、なんか予想外に優しい。てっきりウザい死ねと内心思いつつ派手に舌打ちかますくらいするんじゃないかと思ってたけど。
「まぁいい。パートナーが出てきたということは、貴様も戦う準備は整ったということだ。だが、失念してはいないか? 貴様が騒ぎを聞きつけやって来るということは、私のパートナーも間もなく来るということだ」
そうして粋がっていられるのも今のうちだ、と。立場が逆転しているというのに、えらく自身のこもった口調で語るキース。
パートナーさえ来れば、お前たちなど敵ではないとでも言いたげであり、余裕からか葉巻を再び吸い始めた。ゼオンの強さを肌で感じていないわけではなかろうに。それほどまでに自分の力に対する自信が大きいのか。
余裕云々はともかく、キースの言い分にも一理ある。確かに、ゼオンが素早く駆けつけてくれたお陰で俺は対抗手段を得られたが、あっちにだってパートナーはいる。ゼオン同様、騒ぎを聞いてここにやって来る可能性はゼロじゃない。瞬間移動が使えないゼオンが到着したならキースのパートナーも間もなく登場することだろう。
……もっとも、近場にいたらの話なんだが。
~~~ 一方その頃 ~~~
「お客さん、申し訳ないんだけど、この先しばらく渋滞してるみたいなんだ。どうする?」
「ぃふぁ、もんふぁいないふぉ。ふぉっはらははふひてひふ」
「タクシーん中でイモ天食ってんじゃねぇッ!(バキッ)」
「あべしっ!」
自信満々な発言から一分が経過すると、キースの額に脂汗が浮かび始め、二分もするとそろそろと挙動不審になり、三分もすると地面に座り込んでしくしく泣き始めた。不憫すぎる。
多分、パートナーのベルンは、まぁ大方、来る途中で渋滞に引っかかって動けないか、それとも迷っているかのどっちかだろう。恐らく前者だと思うが、それはこちらの知ったことではない。
「ヤツのパートナーが来ないようだが……怖気づいて逃げ出したか、それともどこぞで彷徨っているのか」
「吾輩の計画通りである」
「貴様それしか言えんのか」
確信はある。「答えを出す者」は自分がまったく知らなくたって答えを出せちゃうのである。さっき本領発揮して欲しかったけどな。
ベルンが来るまであとどれくらいかも、おおまかな検討くらいはついている。どこで打ち合わせをしているか知らないが、少なくともあと一、二分は来るまい。
いやー良かった。
俺としては魔物と戦いにならずに済んで良かった良かったくらいの気持ちだった。だって命の危険に晒されるんですよ? 死にたくないでしょ? いくらチート能力があるからってわざわざ危ない経験なんてしたくない。人間ですもの。
安全に事を運べるならそれでいい。キースは杖と葉巻以外何も持っていない、ということは、人間の方が魔本を持っているんだろう。
だとすれば、無理してキースと戦う必要はない。魔本を燃やせない以上、戦いから完全な形で退かせるには至らない。勿論殺すだとか致命傷を与えるとか、そういうやりすぎな展開にもっていくなら話は別。そうなってくるとさすがに俺も待ったをかけざるを得なくなる。
まぁ、ゼオンも時間の無駄と判ずるだろうし、そこまで心配はしていないんだけどな。
少なくとも、俺はこの時点でとっととオサラバしたいからとっとと帰りたいおうち帰ると思っていた。「一方的に殴られる痛さと怖さを教えてやろうか!?」と仕返しのザケル連打なんて考えない。とにかく安全に事を終えられたらナーと平和ボケしたことを終始考えていたのである。
――ところが、それじゃまったく気が済まないというお方がここにひとりおられるということを俺はすっかり忘れていた。
「チッ、とんだ骨折り損だ。わざわざ街中に出向いたってのに、こんなしけた雑魚しかいないんじゃ腹の足しにもなりゃしねぇ」
バチッ、と火花が散る音。音はゼオンの額から迸る、紫電の光。ゼオンの感情が高ぶり始めた証だ。
昨日俺が見たのと同じ、強い感情、特に怒りを抱いた時に発現するもので、術を使わずとも使える、人間程度なら卒倒しかねない電撃。どうやらストレスが蓄積していたらしく、戦って鬱憤を晴らしたいとか考えていたのだろう。
魔物の子たちの戦いが始まってからどれだけ経つのか、俺にも正直分からない。ただゼオンと出会ってから一週間、一度も魔物と遭遇したことはなかった。魔物の子は一部の例外を除き、誰も彼も王を目指している。その想いに是非もない。
ゼオンだってそうだ。目的が違うとは言えども、王を目指して戦うことに異論はない。自分の実力に絶対の自信がある、王になることは絶対だと言った。
だから、
「やるぞ、デュフォー」
ゼオンはまったく躊躇わない。敵が抗う術などなく、まともに太刀打ちする力がない格下だと分かっていても。相手が敵であるならば、必ず倒す。情け容赦もなく、確実に。
さすがに可哀想じゃないか。ゼオンに意見しようかと思ったが、振り向いたゼオンの有無を言わさない鋭い眼光に、たじろいだ。
アレはダメだ。
何を言っても受け入れない。
敵に情けをかける必要はない、と目線がそう物語っている。確かにそうだ。原作キャラとはいえ、今の俺たちにとっては倒すべき敵。情けは不要であり、手加減も無用。
単純に、俺の戦う意思が薄いだけ。ただでさえデュフォー乗っ取ったり術全部発現させたりと原作ブレイクしまくってるのに、キースを魔界へ送り返したら、もっと予想外で奇天烈な展開になってしまうんじゃないか、という個人的な理由。端からすれば非常にどうでも良い事情であるが、俺にとっては大問題である。
ゼオンを王にしてやりたい、とは思ったさ。でも極力戦いたくない、原作通りの流れで行きたいって思うのは、変なことじゃないだろ? 原作とズレにズレて、序盤でいきなりファウード出現光子力ビーム日本沈没、なんて展開になったら俺はどうすりゃいいんだ。ゾフィスの手下の魔物が全員『シン』取得したらどう対抗すりゃいいんだ。ジガディラスどころかクリアだってどうにもできねぇよ。
ここでキースを失うのは、俺の脳内に残存していた既存のシナリオを大いに逸脱してしまう。だが、まだ出会って間もないゼオンの手綱を、俺は握っていない。
相手の意志を尊重する、なんて高尚なものは俺たちの間に存在しない。あるのは単純な利害関係ただ一つ。実は薄皮一枚で繋がっているような、脆い絆である。
(……仕方がないか)
今の俺に説得する言葉はない。何を言ったところで、ゼオンの機嫌を損ねるだけだと分かってしまった。
本を右手で持ち上げ、ページをめくる。次第に輝きを増していく魔本に、心の力が流れ込んでいく。
「なっ、ちょ、お前ら、待――っ!」
膨れ上がる魔力の波動にキースも血の気が引いたらしい。我に返るや否や慌てて待ったをかけるが、
容赦はしなかった。
「『ザケル』!」
直後、ゼオンの手のひらからすさまじい電撃が放たれた。
ツボ押しの恩恵によって引き出されたゼオンの潜在能力、それを最大限に生かした、全開状態のザケルは、現時点で下級呪文でありながらギガノ級程度なら相殺とはいかないまでも、軌道を逸らす程度の威力を孕んでいる。後半の強力な術合戦を知る者からすれば、なんだその程度、という認識だろうが、少ない術で相手を制する必要がある序盤において、強い術を使えることが如何にアドバンテージを生むか、想像するに難くはない。
強烈な電撃が直撃したとあっては、さしものキースもただでは済まない。直撃した雷の衝撃に吹き飛んでいく。ただ、致命傷には至らない。あくまで衝撃で吹き飛んだだけで、キースは悲鳴一つ上げない。
だが、そこで終わらない。
すぐ前にいたゼオンの姿が消えたと思いきや、飛んでいくキースの進路上に銀色の影が窺えた。瞬間移動ではなく、人間には正視できないほどの驚異的な速度で肉薄したに過ぎない。俺の目にはワープしたようにしか見えなかった。それはキースも同じことだろう。
もっとも、それの上を行くのが「答えを出す者」だ。ゼオンが今どういう風に移動したのか、今何をすべきか。その問に対する的確な答えを、俺が考えるよりも早くたたき出す。そして思考よりも早く、身体が最善を最速で体現する。
「『ザケル』!」
「オギャーッ!!」
無防備な背中に電撃を喰らい、キースはたまらず悲鳴を上げ、全身黒焦げになって倒れ伏す。
うーん、ちょっとやりすぎたかなぁ。
あれは、人間には耐えられないだろうな……。下手をすればトラウマものの雷撃である。ロデュウってよくもまぁあんなにもザケルやらザケルガやらを何度も喰らってまた立ち上がれたもんだ。そこは素直に感心するよ。
いくらキースでも、直撃を二回も喰らったらダメなんじゃないかな……?
と、思いきや。
「ぐ、ぉお……こ、これしきのことで……!」
驚くべきことに、キースはまだ動いていた。体中に鈍い痛みがはしっているだろうに、四肢を張って蠢きながらも立ち上がろうとする。既に息も絶え絶えといった様子だが、目から戦意は欠片ほども失われていない。
ゼオンは、ほう、と感嘆の息をついた。
「下級とは言え、俺の電撃を受けてまだ意識があるか。タフさだけならなかなかのものだ」
雑魚にしてはやる。そんな感想が、俺にはなんとなく伝わった。
久々の戦いで少し興奮気味らしい、どこかゼオンは楽しげだ。まだまだ暴れ足りない様子で、手のひらで電撃を遊ばせている。身体から湧き出る衝動を抑えきれないといった具合に、バチバチと鳴る電気が大気を焦がす。
……なんか絶好調ですねゼオンさん。ここに来てイケイケじゃないですか。よっぽど退屈だったのね。ひょっとして、俺が何もしなくても良い流れですか? 俺は呪文を唱えるためのスイッチ兼稼動用バッテリーってことっすか。デモルトのパートナーinデモルト、みたいな。
ちょっとだけ期待してたんだけどな、「答えを出す者」でゼオンをサポートして勝つ、っていう展開。よっぽど相手が強くなりと、ゼオンが暴れて俺は術を唱えるだけになるんじゃにかって危惧してたけど、まさにそうなっちゃったね。
キースなら或いは、と思っていたけど、やっぱり今じゃ無理か。パートナーいないんじゃしょうがないよね。
もう俺が呪文を唱えなくても良いだろ。あとはゼオンが気絶させるなり捕縛するなりして、やって来たキースのパートナーをとっ捕まえればそれでおしまい。やけに呆気ないし味気ない初勝利だった。
ただ、収穫はあった。
(…………やっぱりか)
「答えを出す者」を使えば、キースの倒し方は分かるはず。俺ひとりじゃどうにもならなかったけれども、ゼオンが傍にいる現状、術を使えるならば、余裕をもって戦える。いっそゼオンだけで戦わせてもいいんじゃないか? とさえ思っていた。
なのに、答えが出ない。
いくら考えても、分からない。
いつもなら瞬時に浮かぶはずの答えが、見つからない。あまりに予想外な事態に頭の中が混乱しだした。
(どういうことだ? まさかゼオンがキースに勝てないってことなのか? ……いや、いくらなんでもそりゃないだろう。こんだけ一方的にボコってジガディラスまで使えてしかも俺までついてるのに、負けるとか有りないし)
しかし、「答えを出す者」は何も答えない。一体どうやったら勝てるのか、どうして勝つ方法を出さないのか、それすらも答えず、沈黙したまま。
どういうことだ。
今更になって不調かよ。今まで訓練っつーか実験に付き合わされてきたってのに、全部水の泡か。今までのはなかったことにしましょうってか。イッツオールフィクションか。どういうこっちゃい。俺の数年間を返せ。
「答えを出す者」が役に立たないとなると、実力でいくしかない。キースも序盤である以上、戦闘経験は少ないはず。となれば、強い術でゴリ押ししてしまうというのも、手ではある。そもそも魔物の戦いって戦術次第でどうにでもなる場面も多かったけど、結局強い術を使われるとどうにもならないケースが多いよね。「答えを出す者」があれば話別だけど、そんなチートが誰にでも許されるわけではないので。
(使ってみるか? ここで、あの術を……)
考えたのは、一度も使っていない術、例えばジガディラスなどの強力な呪文をここで使うこと。今のゼオンの最強呪文、これを唱えれば、キースを跡形もなく吹き飛ばせるという自信はある。それはあくまで俺個人の意見であり、「答え」じゃない。
序盤の敵に対しディオガ級呪文をぶっ放すのは、いわゆるオーバーキル行為だとは思う。思うが、「答えを出す者」が沈黙している以上、俺はゼオンを確実に勝利させる方法が思いつかない。だから強い術を使ってパートナーが来る前に倒す、なんていい加減なプランしか立てられない。
……いや、この際ジガディラスじゃなくてもいいだろ。何物騒なこと考えてんだ俺は。アポロに心読まれたデュフォーじゃないんだぞ。落ち着け俺、こんな建物内でジガディラス使ったら建物が崩れて俺死ぬわ。テオザケルだっていらねぇよ。
さっきからなんか変だな。本調子じゃないっていうか、どっかおかしい。「答えを出す者」も微妙に使えてないみたいだし。なんで今更になって調子悪くなるんだろ? 今まで一回も変になったことないのにな。
「……い、おい! デュフォー!」
「ん、どうした?」
「どうしたじゃない、さっさとトドメをさすぞ」
っと、少し考え事に夢中になっていたようだ。ゼオンが手をキースに向けたまま叫んでいる。
ともあれ、キースはなんとかなりそうだ。このまま炙り殺しワンサイドゲームをするのは流石に良心がマッハなので、せめて次の一撃で楽にして差し上げよう。呪文による攻撃はかなり強烈だが、何、ちゃんと手加減するから死にはしないさ。『ラディス』なんぞは手加減しても死にそうだが。さらばキース、永久に眠れ。なんつって。
「ザケ―――」
再度雷が放たれる、その直前、頭の中で異なる種の答えが沸いた。突然「答えを出す者」が警戒を促し、詠唱を中断させる。術が来る、という漠然とした警告を。
すると、
「『バーガス・ギニスガン』!」
どこからか、呪文を唱える声が聞こえた。
直後、キースの両手から、否、指先から光が生じる。次第に形を変えた光が矢尻のような形状へと変化すると、四方八方へ勢いよく飛び出した。
答えを知った俺と、危険を鋭く察知したゼオンが動くのは同時。大きく後ろへと退いたゼオンは片手でマントを引っ張ると、掴んだ裾を俺の方目掛けて広げた。
虚空へと飛び出した矢尻は障害物に当たると、爆発も貫通もせず、スーパーボールよろしく跳ね飛ぶ。天井の低い室内なだけあって、キースの放った光弾は複雑な軌道を描きながら襲いかかってきた。
すぐに本を抱きかかえ、ゼオンの広げたマントの中へ隠れる。すぐ真後ろで跳ねた光弾がバウンドすると、無防備な俺の背中目掛けて突撃してくるも、白い外套が防壁となって防ぐ。マントに突き刺さるとすぐに爆発が生じ、薄皮一枚隔てた場所で起こった爆音に冷や汗を流した。
一息つく暇はない。敵の次の行動を予測できるだろうかと考えると、今度はすぐに次の答えが浮かび―――あんまりな内容に絶句しかけた。
「答えを出す者」の予測は正しく、階下から聞こえた誰かの声が。
「キース! 上だ!」
「―――ッ、ゼオン!」
ああこれはヤバい本当にやる気だよアイツもう最悪!
叫ばずとも敵の意図を察知したらしいゼオン、舌打ちすると、マントで俺を再び包み、キースから距離をとる。
しかし急な対応では充分間をとれなかった。キースが両手を頭上へ突き出すと、次の呪文が放たれた。
「『ガンズ・ギニス』!」
矢尻のような光線が大量に射出される。先ほどとは異なる呪文。再度出現した光の矢は全方位に乱れ飛ぶことはなく、さながらマシンガンのように前方へ連射される。
しかしその狙いは引き下がる俺らではなく、すぐ上の天井。明らかに攻撃する意志のない行動、光線は天井を食い破り、さらに上の階の天井を突き抜けて、やがて屋上から空へと飛び出していった。
下から乱暴に殴られた天井はすぐに崩壊が始まる。
瓦礫と化した天井の破片が雨あられと床に降り注ぎ、忌々しげに顔を歪めつつゼオンは数歩引き下がった。
「……逃げたか」
ややあって。瓦礫の落下が収まれば、粉塵が舞う中、キースが立っていたところに人影は見当たらなかった。先ほどぶち抜いた穴から飛び降りたのか、それともどこかに隠れたのか。……うん、どう考えても前者だな。下の階にいたはずのベルンも姿が見えない。あそこであの呪文唱えたってことは下から見える位置にいたはずなんだけど。逃げ足が早い。
どこからかサイレンの音が聞こえてくる。火災だと聞きつけた消防車が来たらしい。ゼオンはそんなのお構いなしに追いかけて倒す気満々なようで、おい何をモタモタしているとっととぶち転がしに行くぞとばかりに目で俺を急かしている。それにしてもこのゼオン、ノリノリである。
今から追いかければ一分とかからない。キースは身動きに支障だ出る程度にはダメージを受けている状態だし、ゼオンは無傷。多少疲れてはいるが、俺もほぼ無事だし、走れなくもない。こっちはザケル二発しか使っておらず、対してあちらは「ガンズ・ギニス」と「バーガス・ギニスガン」の二つ。下級呪文しか使っていない分、余力は残されている。
なのだが、
パタン、と。
本を閉じて、息をついた。
「……、デュフォー、どうした」
途端に怪訝な顔になる。今すぐにでも追撃に移ろうとしていたゼオンは、出鼻を挫かれ再び不機嫌を漂わせる。
今気づいたけど、ゼオンってすごい分かりやすい性格だよな。ちょっとでも意にそぐわない事が起きると顔が不機嫌になる。
「地元の消防隊が来ている。じきここも見つかるだろう、今のうちに撤退すべきだ」
「だからなんだ、あの程度の雑魚を倒すのに時間などかからん」
「まだあるぞ」
「……、まだあるのか?」
「もう術が使えない」
先程まで溢れんばかりの光を放っていた本は、嘘だったかのように沈黙している。心の力が枯渇してしまっている。前向きに戦おうしていた、さっきまでの衝動が薄れていた。
心の力が尽きるのがかなり早い。ザケル二発しか撃てないって……とんでもなく心の力少ないな。
まぁ、序盤じゃこんなもんか。最初ガッシュだって一日に数回しかザケル唱えられなかったもんな。
特別特訓もしていない今の俺じゃまだ2、3回しか唱えられない。回復している間に逃げられるのがオチだろう。え、回復しながら追いかけろって? ハハハ無茶をおっしゃる。
折角のところで水を差された気分のゼオンは、たいそうご立腹らしかった。牙のような鋭い歯を剥いて派手に舌打ちをする。
「クソッ! 興醒めもいいところだ、わざわざ現れた敵にトドメをさせずに帰るなんてな」
「ゼオン」
「分かっている!」
ガン、と拳を壁に叩きつけた。ミシミシと悲鳴を上げる亀裂が入った壁が、ゼオンの押し留めた感情がどれほど強いか物語っている。傍らに立っているだけで、先ほどとは比べ物にならない怒気が伝わってきた。
その気持ちは、考えずとも分かる。ゼオンが抱いているのは不快でも怒りでもなく、生まれてこのかた感じたことがないであろう、もどかしさ。
自由に行動できず、全力で戦うこともできない。人目を気にし、慎重な行動を努め、それでいて敵を必ず倒す。
なんと不自由なことか。
彼は、果たして理解できているんだろうか。人間と共に戦っていく以上、必ず魔物との差を意識し、彼我の性質の差を考慮しながら戦わねばならないことを。妥協では済まされない、心の底から人間を認め、人間の力に納得し、己の隣に立つ存在だと了承できるのか。
できるできないの問題じゃなく、やらねばならない。さもなくば、いずれは軋轢を生み、崩壊するのは目に見えている。
ゼオン。お前はこれから自分以外のものと戦っていかなくてはならない。不自由という鎖に縛られながらも、自分だけではなく周囲も意識し続けなければならない。お前にとってはたまらなく腹の立つことかもしれないが、王になるには必要な――
「……は」
考えていたところで、乾いた笑みが出た。
口に出していなくて良かったよ。こんな口上並べたってゼオンは納得しないし、偉そうなご高説できる立場なんかじゃない。
まるで他人事のように考える俺こそが、一番束縛されているのに。
一番何も分かってないくせに。
少なくとも、俺はこの時を振り返る度、後悔の念とともに強く思う。
魔物との最初の遭遇は、中途半端なまま終わりを迎えた。
「アレで良かったのか? キース」
建物からすこし離れた位置にある公園まで辿り着き、キースのパートナー、ベルンは一息つく。
仕事の打ち合わせが延びたせいで、合流予定の時間に遅れてしまい、渋滞に巻き込まれた。途中で徒歩に切り替えたベルンが耳にしたのは、街中で暴れる二人の男の話。
片や金髪の青年、片や奇声を上げながら腕を伸ばす変な男。
その話を聞いて、すぐさま己のパートナーと気づいてしまったベルンは、急ぎ足で騒ぎの中心へと向かった。とある店で火災報知器が作動したらしく、街中を消防車が走行しているのを見、後に続いた。あとは遅れて現場に到着したところで裏口から入り込み、直後に電撃の音を聞いたところで、魔本を引っ張り出して術を唱えた、というわけだった。
少なからず罪悪感があったのか、顔色が優れない。しかしキースはさして気に留めた様子もなく、腹のあたりから葉巻を取り出した。
「構わん。まともに相対したところで勝機は薄かったんだ、無駄にあがいて機を逃すよりはいい」
「お前がそれだけ評価する相手なのか」
「王族の中でも、一際強い雷の力を授かって生を受けた者がいる。幼少の頃より英才教育を施されし雷帝。名は『ゼオン』と言い、残虐かつ冷酷な雷の使い手と聞いていた。その姿を見たことはなかったが……」
まさか早々に出くわすとはな、とキースは紫煙を吐いた。
自信過剰なキースがこうまで評価する相手。電撃の音が聞こえたのはベルンも耳にしている。
相手にもパートナーがいただろうに、よく生き残っていられたものだ。改めて己の魔物の、もとい、魔物の強さ凄さを実感するベルンであった。
「ところでベルン。貴様一体どこをほっつき歩いていたんだ、お陰で無駄な怪我をしてしまったじゃないか」
「そう言うな。お前たちに関係がありそうなモノを見つけたんだ」
お前たち……? と首をひねるキース。ベルンはベンチへ腰を下ろすと、片手に持っていた鞄を地面に置いた。随分重たいモノを入れていたらしく、地面にぶつかると音を立てた。
キースが見つめている先で、ベルンは鞄を開く。
すると、
「キース。お前、この石版に見覚えはあるか?」
巨大な石版。
描かれているのは、椅子に座った魔物の絵。
物語は進む。
本来あるべき形とは、異なったまま。
でもこの話の完成度と中途半端感がひどすぎて改めてみると萎えます・・・
○いつからまじめに戦うの?
だ、第六話からかな……?