二話投稿時には100もなかったのに……いや本当にありがとうございます。
ご期待に添えるかどうかは分かりませんが、これからも続けていきたいと思っておりますので、どうか今後共よろしくお願いします。
あと、オリキャラに関してですが、迷った末出さない方向で行こうかと。
オリジナルの術、例えばゼオンの『シン』級の術に関しては、現在予定しておりません。その辺はおいおい考えていこうかと思います。
「ウェーンフェン、ヒョーンフェン、ヒョンロンペンチョン、フェンチョンペンチャン!」
「…………」
「ピョ~~~ロフッ! ウェ―――ディンロンフォン、パンチョンペンチャンポイノイロンロンピーペプ!」
「…………」
「ビーディルボーディルヘェンディンフォンデン、フォーデルマイデンロンベルデン! ハーマイロンガンビャービューローホー!」
「…………」
「マーデルフォンデン、ウィーベロォオオオオオオッ!♪!♪!」
そして誰もいなくなった。
第三話 キース①
キース。
光線系の術を使う魔物。魔界でも有数の暴れん坊だったバリーのライバル的存在(キース談)。
常に葉巻をくわえていて、片手に持つステッキがトレードマーク。術の力無しでも左右の腕をバネのように伸ばすことができる能力があり、汎用性は意外と高い。若干顔がビクトリームに似ているが親戚か何かだろうか。
態度は若干尊大で、一見かなりの、いや、どうしようもない馬鹿なのだが、頭の悪い言動とは裏腹に、その実力は確かなもの。魔界でバリーにボコられファウード編でもバリーにボコられキャンチョメにもボコられていたが、千年前の魔物たちとの戦いで力をつけたガッシュを、本気を出さずに圧倒した。
ブザライという魔物とのコンビだったからこそ、という説もあるが、物事を冷静に見抜く眼力もあり、敵の術の正体をすぐに見抜く観察眼は本物だ。ファウード編まで生き残っていたのだから、当然実力もあるわけだ。
……まぁ『ディカポルク』に騙されてたけど。迷うことなくゼオンの配下に加わってたけど。どうしようもない馬鹿なんですけど。
そんなキースが、目の前に立っている。踊っている。歌っている。泣いている。
「ふぅ……。今日はこんなところか」
一通り歌い終えると、かなりスッキリしたらしく爽やかな顔をして葉巻を吸い始めた。観客が一人たりとも、いや、俺が残っているんだが、それ以外誰もいなくなるどころか遠ざかっていった。危うきに近寄らず。
別に聞いてもらいたかったわけじゃないらしく、人がいなくなっても気に留めていない様子。すぐ近くでじーっと見ている俺にも気づいていない模様。余程ベートーベンが好きなんだろうな……。
さておき。
(どうしよう……)
どうする、というのは、まぁ決まっている。
倒すかどうか、という話だ。
ぶっちゃけ、倒すのは容易だろう。周囲にキースのパートナー・ベルンの姿はない。パートナーがいない魔物なんてただの的だし、序盤からディオガ級に匹敵するジガディラスを持つゼオンがいる以上、負ける要素は一つもない。これが竜形態アシュロンとか最終形態クリアだったら分からなかっただろうけど、腕飛ばすくらいしかできないキースじゃあお話にならない。慢心していたら負けるかも……、なんて後ろ向きな発想が吹き飛ぶほどの力量差。
もっとも、俺もゼオンがいない以上、勝てるわけがないんだが。
敵側とはいえ原作キャラ、後半でそれなりに存在感ある人物を倒すことに抵抗はないのかと言われれば、まぁそれは……
「ん? どうした人間? 私の美声に酔いしれて声も出ないのか」
「…………」
終始こんな感じなので、倒すことに抵抗なんてちーっともわかなかった。
なんだろう、この腹立つ感じ。実際に対面して見ると分かるこのふてぶてしさ。漫画だと非常に個性的で見ていて愉快なお馬鹿キャラで済んだのに、いざ直接相対してみたらご覧の有様。実はこやつ、馬鹿なだけでいいやつなんじゃないの? って思っていた昨日までの俺にサヨウナラ。
いやアンタさっき会ったばっかやん、と思ったそこの貴方。甘い、甘すぎる。第一印象がその人物の評価に直結するのだよ。さっきのサウンドノイズとウザい言動が妙なハーモニーをなして俺の期待値を低空飛行どころか地面にめり込ませた。これはアレだ、性質的に俺とこやつはマッチしないんだろうな。
……いいよね? もうやっちゃってもいいよね? ゴールしてもいいよね? 別に倒してしまっても構わんのだろう? ぶっ殺す、と思った時にはもうすでに行動は完了していないといけないって兄貴も言ってたしね。
よぅし、パパ今日も元気に倒しちゃうぞー。
―――ゼオンが帰って来たらな。
さ。今のうちにどっかに身を隠さないとな。俺が魔物のパートナーだとバレたら面倒だ。ベルンもいないし、今なら襲われる心配もないだろう。しかしゼオンにどうやって連絡をとればいいんだろうな? 携帯電話なんて持ってないし。いつか買いたいところだけれど、そもそも俺に戸籍が残ってるとは言い切れない。既に死んだことにされてそうだし。その辺りちょっとどうにかしないとなー。
と。
キースは短くなった葉巻を地面に落とし、息をつくと、俺の背中をギロリと睨んだ。
「そこの人間、どこへ行く? 魔物のパートナーなのだろう? 戦わんのか」
………………うっそぉん。
ギギギ、と機械仕掛けな動きで振り向く。キースはポンポンと杖を手の中で弄んでいる。
俺の方を見ながら。
一応、念のため。体が向いている方に目線を送る。誰もいない。キースの華麗なる歌声によって人払いは完遂されていた。なんちゅう気遣いや。
言い逃れは、無理っぽいな。もう一度、今度は身体ごと振り向く。律儀にもキースは棒立ち状態で待っててくれた。意外と真面目なヤツだな。
「……何故俺が魔物のパートナーだと分かった?」
俺の傍らにゼオンはいない。人間に魔力はないから、感知されることはまずないはず。術を使ったわけでもないのに、どうして気がついたんだろう?
「とぼけているつもりか。フン、魔本を堂々持ち歩いて『パートナーじゃありません』だと? どこの世界にそんな馬鹿がいるんだ、この馬鹿が!」
「……………………………………あ」
ソウイエバソウデスネ。
公園で練習してからずっと持ちっぱなしだったね。せめてリュックに入れておけば良かったかしら。考えてみれば当たり前のことでしたね。
あちゃー、またやっちゃったなぁ。やっちゃったよオイ。これマジでヤバいんじゃねぇ? どれくらいヤバいかっつーと初期キャンチョメだけでゴーム倒そうぜレベルなくらいマジヤバい。後でゼオンに怒られちゃうかもしれんね。言い訳考えておかないと。「答えを出す者」よ、上手い言い訳を考えておくれ。
『空飛ぶブリを追いかけていたら魔物の罠だったんだぜ! 俺は悪くねぇ!』
ねぇわ。
鰹節だったらワンチャンあるかもな。
「フハハ、こいつは傑作だ! こんなマヌケなパートナーが存在するとはな! しかも好都合なことに、魔物を連れておらずとも本は持っているときた!」
む、悠長に構えてる場合じゃなかった。
マズいな。俺がパートナーであることはバレているだけでなく、魔物を連れていないことも知られてしまった。一蓮托生となる相方を欠いた状態では、敵の攻撃を防ぐことも応戦することもできやしない。
……ん? て、ちょっと待て。
「早々に脱落させてくれるわ! くらえ、『ガンズ・ギニス』!」
両手を前に突き出し、技名を大きく叫んだ。
…………………………………………………。
当たり前のように何も起きなかった。
「しまった。ベルンは映画の打ち合わせで夕方までいないんだった……」
気づくの遅っ! いや、俺も忘れてたけど!
あ、危なかった。ちょっと焦ったぞ。『おいやめろ馬鹿早くも俺の第二の人生は終了ですね』とか思っちゃったじゃねーか。驚かしやがって! 最初から能力使えば良かったねという話ですよ。
やーいバーカ馬ー鹿、単なるバーカ。そんなんだからボコられポジから逃れられないんだよ。ついでにお前の最後の姿格好悪いんだよ。でもバーガス・ギニスガンはカッコ良かった。語感がいいよね。
「チキショー! せめて火があれば、このクソったれの本を今すぐ燃やせ、る……?」
プンスカ怒っていたキースは葉巻を噛み千切らんばかりに歯を剥いていたが、ふと、視界に映る煙に意識が向いた。
俺の目線も同じ方向へ。
ちりちりと赤く燃えながら、煙を立たせる葉巻。
燃えている葉巻。
なぁ母さんや、これってどうやってつけたんだい?
いやーねアンタったら。そんなのライターに決まってるじゃないの。うふふ。
「…………………………」
「…………………………」
「…………………………火、あったね」
「…………………………ああ、そうだな」
ビュオオ、と吹きつける風。冬の寒さが染み入るベルリンの街中で、男一人と魔物一匹は半ば呆然と佇んでいた。
うーん、シュールだ。
まぁ、それはさておき。
「さ。今日はこの辺で失礼するよ。良い歌をありがとう」
「待たんかァアアアアアアアアアアアアッ!」
「ギャアァアアアァアアアアアアアアアッ!!」
強烈なキックを喰らった。きりもみ回転をしながら吹き飛ぶ俺。地面にバウンドし、木にぶつかって止まった。
野郎……突っ込みに蹴りを使うなんてとんでもねぇ奴だな。もっと人間に気を使って下さい。人間は貴方よりもデリケートなんです。
ブルブル震える手で、キースを制する。
「ま、待て……待ってくれ!」
「ハッ、命乞いが通じると思っているのか!?」
「違う、そうじゃない。聞いてくれ……」
「なんだ、言ってみろ」
「俺は確かに魔物のパートナーかもしれない。けれど、俺だって一生懸命生きているんだ。今まで辛いことだってあったし、悲しいことだってあったさ。時には亡き母のことを思い出しながら涙することだってあった。理不尽ばかりなこの世を恨むことだってしょちゅうだった。けれど立ち止まってばかりじゃダメなんだって、俺は気づいたのさ。病気の父と母と妹と弟と祖父と嫁のためにも、俺はこんなところで死ぬわけにはいかな――」
「ブラボォオオオオオオオオオーッ!」
「ぶるぁアアアアアアアアアッー!」
思いっきりブン殴られた。
「な、何をするんだ! 人が感涙モノの話をしているというのに!」
「馬鹿め! そんな嘘くさい話に感動する馬鹿がどこにいるんだ馬鹿が!」
ですよねー。
「ついでに言うと、それがマジだったら貴様の家系病弱すぎるだろうが!」
あ、そこ突っ込むんだ。ホント律儀だな。実は真面目なのか?
……なんてふざけてる場合じゃない。
蹴られたせいで距離をとれた。すぐに立って逃げないと。
かつてないほどの全速力で脱兎の如く駆け出す。こんなこともあろうかと研究所時代に身体を鍛えておいて良かったよ! いつか魔物と戦う日に備えておこうと真面目に研鑽を積んでたあの日の俺ナイス! お陰でスリムなデュフォーから筋肉質デュフォーになっちゃったけど、それくらいいいよね。
しかし計算外だったのは、キースの想定外のパワーだ。
魔物の腕力を舐めすぎていた。ボクサーに殴られたんじゃないかってくらい強烈な一発をモロに喰らった。足が生まれたての子ヤギのようだ。ツッコミはダメージ換算ナシじゃないんだね、現実って厳しいや。クソが。
逃げなければ。どこに、と思うも、行くあてなんて無い。ゼオンがどこにいるのか分からない以上、遭遇するまで走り回るしかない。それも、キースのパートナーが駆けつけるよりも早く。
震える足に鞭打ち、一目散に走る。とにかく誰も巻き込まないよう、人の少ない場所を選び……たいところだが、甘い考えはすぐに却下した。
人気の少ないところならキースも人目を憚らず、今まで使っていない腕を伸ばした攻撃を行うだろう。今は本通りから外れた人気の少なめな道とは言え、少なからず通行人の姿が遠くに見える。少しは自分が魔物という自覚があるらしい。
巻き添えを恐れて人目につきにくい細い路地なんかへ飛び込んでみろ、もう一発強めのをお見舞いされてお陀仏だ。
やむを得ない。誰かしら巻き込まれるだろうが、身の危険にはかえられない。我ながら外道じみた考えだったが、満足に戦えない俺は我が儘言える立場ではなかった。
それに、人通りの多い場所でなら、キースも騒ぎを大きくできま――
「おぉブラボー……おおブラボォオオオオオーッ!」
そんなこたぁなかったぜ。
雄叫びを上げながら突撃してくる馬鹿。衆人環視など目もくれず、両手をグルングルン回転させながら人を跳ね飛ばし、猛牛のようにドカドカ突っ走る様は、どこからどう見ても馬鹿だった。
しかし一概に馬鹿とは言い切れない。あれは馬鹿は馬鹿でも、純粋な馬鹿力は馬鹿にできない馬鹿だ。馬鹿は計り知れないというがまさにそれである。
「本を寄越せぇええぇえええっ! 本置いてけぇえぇぇえええええッ!」
「妖怪かよ! つーか置いてくわけねぇだろうが!」
「ならちょっと燃やさせろ! 先っちょだけでも構わんぞ!」
「全部焼けただれるわ!」
傍から見たらどっちも馬鹿だった。
だが馬鹿を披露しながらでも、キースの足は加速し続けている。魔物の子の身体能力は、人間のそれとは比較にならないほど高い。俺が三歩走る距離を、キースは一歩で飛び越えてくる。ふざているように見えて、キースの顔はマジだった。
魔物の子にとって、他の魔物はライバル。そこに例外はない。王という座席がひとつしかない以上、椅子取りゲームの勝者はただ一人。だからこそ、ガッシュ達のように手を組んで戦う魔物は稀有な存在なのだ。
キースは元々ある程度の強さを有している。だから群れる必要なんてないし、魔物を見つければ即攻撃は当たり前だった。
誰も助けてはくれない。味方となるのは、己の魔物ただ一人。
(だったら……!)
ゼオンを見つけるまで時間を稼ぐだけだ。
建物の角を小さく曲がり、すぐさまダッシュをかける。一秒後、すぐ真後ろで何かが着弾する音がした。拳がコンクリートにぶつかったというのに、巨木をへし折るような音がして血の気が引いた。
あんなものをそう何度も喰らってはたまらない。次の曲がり角目指して走りながら後方を確認すると、伸ばした腕を引き戻しながらキースが現れた。
思ったよりも距離がとれていない。適当に挑発しながら鬼ごっこに付き合わせる予定だったが、これだとすぐ追いつかれる。
舌打ちし、すぐに予定変更。曲がり角よりも手前でブレーキをかける。後ろの方で怪訝な声が聞こえた。急な減速に疑問を抱いたのだろう。もう後ろを振り返る余裕はない。
再び発進。扉を肩からタックルするように開き、奥を目指して走り出した。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
キースは伸ばした腕を回収すると、青年が曲がった場所辺りにまでやって来た。
「逃げ足だけは早いな」
つまらなそうに呟く。しかし口元は楽しげに歪んでいる。
人間とは脆く弱い存在である。キースが殴れば紙くずのように吹き飛ぶし、魔力もないため自分だけの力で戦うことなどほとんどできない。魔物と相対したところで一方的に嬲られる。
なんと無力、なんと無様。人間など所詮この程度。
そして同時に、キースは少し思う。
(だが、素早い)
殴られ蹴られ、こちらが強者であることは身体で理解させた。最初は舐めた態度だった青年も充分思い知ったはずだ。魔物の力なしでは決して勝てない相手だと。
しかし振り返った青年の目を思い出す。アレは恐怖に怯え逃げる兎の目ではなかった。危機の中でも一縷の望みを信じて逃亡する獣の目だ。
大した力など無いクセに、あれだけ痛めつけられたクセに。まだあんな目ができるのか。
「人間にしては、なかなか楽しませてくれるじゃないか」
だが、それもここまでだ。建物に逃げ込んだ以上、逃げ道は限られてくる。一階の出入口を抑えてしまえば、青年は上の階へと逃げるしかない。それくらい分かるはずだが、それすらも考える余裕がなかったのだろうか。
いずれにせよ、ここが終点となりそうだ。
拳を鳴らしながらキースが前へ踏み出した瞬間、店の中で激しい警報が鳴り始めた。
突然響き渡った音に、キースが少なからず驚きを得ていると、店の中から人間たちが我さきにと出入り口目掛けて駆け込んできた。かなりの人間が建物内にいたようで、滝のように押し寄せてくる。危うく飲み込まれそうになる直前で、キースは横へと身をどかした。
(奴の仕業か……?)
火災、の線はないと断定。青年が逃げ込み、キースが到着して直後だ。そう都合よく警報など鳴るまい。察するに、青年が店内の人間を巻き込まないよう、警報を鳴らして外へ避難させようとしたのか。
だとしたら、ぬるい。
混雑する出入り口から身を引き、手近なショーウインドウ目掛けて拳を放つ。ガラスは簡単に割れ、そこから店内へ飛び込むと、店内に人影は見当たらなかった。まだ鳴り響く警報の音を煩わしく思いながら、奥へと足を進める。
店の中にもう人がいない……ということはないだろう。確信を持って足を進めると、奥側にある他の出入り口に人が殺到しているのが窺えた。
(まさか、混乱に乗じて逃げたか?)
だとしたら面倒だな。キースは思い、ひとまずカウンターの上へと移動する。キースの背丈は人間の成人男性よりも低い。店内にいたのは女性客が多いものの、キースの目線では棚や人のせいで奥まで見渡せない。
目を細め、逃げ惑う人ごみの中にあの男がいないものかと探る。
既に逃げてしまったのか、青年の後ろ姿はなかった。
否、とキースは否定。わざわざ退路の少ない建物内部へ逃げ込んだならば、無策というわけでもあるまい。それにキースが到着したのと青年が逃げ込んだ、その時間の差は数秒足らず。警報を鳴らし、反対側の出口から出たならば、後ろ姿が見えないはずがない。
まだ中にいる。それも、割とすぐ近くに。
確信をもって判断を下すと、キースは目を閉じた。
背後の雑音から意識を逸らし、耳に神経を集中させる。一階に隠れているか、上の階を動いているか。一階には……逃げ惑う人の気配だけ。ならば、そう、上だ。上にいる。
何人か逃げ遅れた人間の中で、走っている音。音にも種類がある。遠ざかる音と、近づく音。近づくのは階段やエスカレーターを使って下りようとする者。あれが最後の人間だろうか。
すれ違いざまに、店員と思しき人間に問う。
「おい。上の階に男がいなかったか? そう、金髪の男で……大きな本を持っていたはずだ」
「え? そ、その人ならさっき二階ですれ違いましたけど……」
やはりか。キースは笑みを深くすると、困惑する店員を置き捨て、カウンターから飛び降りる。
ゴールは近い。天井を見上げ、キースは右腕を掲げた。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
店に入って早々に後悔した。
休日ではないのに、店内には人が多い。午後の買い物客が多く見られ、火災報知器の作動で上の階から人が大量に駆け下りてきた。思ったよりも素早いリアクションは幸いだった。
無関係な人間を巻き込んでしまう自己嫌悪。だが、「答えを出す者」がここへの逃走ルートが最善だと示している以上、それに従うしかない。手段を選べるキースと違い、俺には遮二無二逃げる他ないのだから。
幸い、お互いに術を使ってないせいか、目に見えた被害は今のところない。
ゼオンもキースも攻撃的な術を連発するので、戦うならば極力障害物がなく広い場所が好ましい。
徹底的な時間稼ぎ。それが「答えを出す者」が提示した答えだ。
入ってきた入口からは見えない位置にある階段を使い、上へと目指す。屋上へ出られれば、ある程度行動の自由がきく。逃げることが完全にできなくなり、ゼオンが見つけてくれる可能性は低くなるものの、誰かを巻き込む懸念は消えるし、いざとなれば隣の建物へ飛び移れる。隣接する建物との間隔が狭いからこそできる芸当である。
(上の階まで行けば、少しは時間を稼げる。あとは非常階段辺りを使って、外へ出れば……)
人間である俺が真正面から来ないことなど、向こうだって承知の上。俺がどこに隠れているか、キースには見当がつかないはず。術が使えればフロア全体に攻撃することだってできるかもしれないが、いちいち腕を振り回して物陰まで漁らなければならないとなると、無駄に時間を費やす羽目になる。もっとも、それも稼げて一、二分だ。
早く来てくれ、と切に願う。ゼオンが来さえすれば、いつ襲いかかってくるか分からない相手に怯えながら、息を切らして走り回らずに済むのだから。
しかし、そんな皮算用もすぐに瓦解する羽目となった。
足を前へ出した、その瞬間、
俺の足元の床が、爆発した。
急に足元の感覚がなくなるのと同時、衝撃が全身を強かに襲う。バラバラに砕けたコンクリートが真上へとぶちまけられ、粉塵のカーテンが生じる。その中で、白く細長い何かが虚空へ突き抜けていくのを見た。
キースの腕だ。
(ゆ、床をぶち抜きやがった!? あいつ馬鹿じゃねぇの!?)
一体どんなバ怪力をしてんだあいつ! いや、それより、階段を使えよ! 常識的に考えて!
瓦礫が階下へと落ちていく中、代わりに小さめの影が下から飛び出してきた。下の階から華麗に飛び上がったキースは、衝撃で後退した俺の眼前に降り立つ。
呪文を使わずとも、この程度造作もない――不敵に笑むキースの顔は、上に逃げたのは失策だと物語っていた。
(くそ……こっちが正しい「答え」じゃなかったのかよ!?)
「答えを出す者」は既に使っている。あの場における最善の答え、建物内部に逃れ身を隠し、ゼオンが来るのを待つ――デュフォーなりの解釈を交え、実践してみた結果がこの有様だ。俺があれだけ余裕綽々だったのも、全ては「答えを出す者」があるからこそ、必ず逃げられる方法を教えてくれる力があったからだというのに。
本当にこれで良かったのか? これが正しかったのか? 信じた結果がこれなのか?
いくら問いかけても、答えは出ず。いくら悩んでも、今更遅い。人が完全にいなくなった現状、キースはあらゆる手段を用いて俺を叩き潰すだろう。ニタニタと笑いながら距離をゆっくり詰めるキースに、俺は目線を逸らさないまま引き下がるしかない。
もうどこにも逃げ場なんてない。どこに行っても逃げ切れる自信がない。せめて時間を稼ごうと後ずさりしていた背中に、硬い感触。フロアを支える柱を背にし、俺の動きは停止した。
ちくしょう、これで終わりなのかよ……。
こんなところで負けてしまうのか。
まだ何もできてないっていうのに……っ!
「さぁ、おとなしく本を渡――」
一歩を踏み込んだキースが言い終える直前。
横から何かが飛んできた。
完全に意識が俺へと向いていたキースに避ける手段はなかった。鈍い音が響き渡り、不意打ちを受けたキースは横手へと吹き飛んでいく。カウンターに激突しても勢いは止まず、やかましい音を立てながら棚を突き破り壁に激突した。
呆然とする俺の目の前に、ぶつかった何かが落ちてくる。
ふわり、と。
割れたコンクリートの上に降り立った小柄な影。
「街中で騒いでいるバカがいると思えば―――」
おもむろに立ち上がり、ゆらりと柳のように身を揺らせば、いつか見た紫電の眼光が間近にある。
「―――随分と楽しんでいるじゃないか。なぁ? デュフォー」
ゼオンの方こそ、楽しげな口調でそう言った。
まるで獲物を見つけた猛禽類のように、深く強い笑みを浮かべて。
うーん、なんか書き始めて早々迷走気味な気がします。
ちゃんと最初に書くべきでしたかね「序盤主人公舐めプ」的なニュアンス含む注意書き。
私の中だと転生した人間ってどこか精神的余裕があって最初成長の兆しのないスローペースって印象ですが、どうなんでしょう。
追記:ガッシュって真面目なシーンなのでどこかコミカル描写ありますよね。