雷帝の魔本   作:神凪響姫

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ご感想をいただきました。この場を借りてお礼申し上げます。

ガッシュの二次創作はなかなかお目にかかりませんよね。原作終了から大分経っているので増えることは恐らくないというのがなんとも……
なのはみたいにリメイク劇場版とかあれば話は別なんでしょうが。

かたい話は今回まで。次からはなるべく説明やら面倒な言い回しやらは控えるようにしていきたいと思っております。



あ、今回は最初と最後だけ読むと大変なことになるのでお気をつけください。←


邂逅編
第一話 魔物の子


 

 

 

   ●   ●   ●

 

 

「貴様、どういうことだ!?」

 

 早朝。

 欧州某所にて。

 

 朝の穏やかな空気を引き裂く、落雷のような怒声が響き渡った。

 

「いきなりどうした、ゼオン」

 

 青年、そう、先日ゼオンが救った青年は、無表情に視線を返す。その間にもフライパンを揺らす手は止めず、たまごが全体に行き渡るよう動かしている。既に焼きあがったベーコンは、皿の上で相方の登場を今か今かと待ちわびている。

 

 いわゆる朝の台所風景であった。

 

 何を怒っているんだ、とでも言いたげな青年の目。それがゼオンの琴線を余計に刺激した。

 

「あれから数日が経った! 環境の変化に適応するためと思い一日猶予を与えはした。だがオレは最初に説明したはずだ! 我ら魔物の子100体による、魔界の王を決める戦い! それは既に始まっているのだと!」

「ああ」

 

 青年は小さく頷く。その顔には動揺一つさえ感じ取れず、感情の波さえ伺えない目がある。出会った時からそうだった、人間として、生物として、何かを欠いているようにしか見えない姿。

 出会った当初、ゼオンは、ちょうど良い相方だと思った。無駄に感情豊かな人間では、激しい戦いの中で無駄な善悪感情を働かせ、戦いを危惧し忌避するようになる。戦争がほとんど途絶えた現代社会の中で、互いに傷つけあうことを良しとする人間は少ない。そういう意味では、おあつらえ向きなヤツだとさえ考えていた。

 

 そう、戦い――魔界の王を決める戦いだ。

 

 人間の住まう世界とは別次元に存在する世界、魔界。そこでは千年に一度、魔界の王を決めるため、選抜された100人の魔物の子が人間世界へと送り込まれる。雷の力、重力の力、癒しの力……それぞれ属性は異なり、実力や素質は千差万別だが、いずれも、人間より優れた力を持つ者ばかりだ。

 魔物の子は魔界の王となる権利を、魔本と呼ばれる一冊の本とともに授かる。これこそが力の源であり、力を行使する唯一無二の術である。中には魔界の文字とは異なる特殊な文字が書かれてあり、あるきっかけが訪れると、文字が光り輝いて、読めるようになる。その文字を読むことで、初めて魔物が持つ力を、術という形で発揮できるのである。

 

 しかしそれには条件がある。それは、魔物の子と共に戦う、人間のパートナーの存在だ。

 

 王を決める戦いでは、必ず人間一人と組んで戦うことになる。組んだ人間――パートナーは、魔物の子が持つ魔本、そこに描かれた文字を、唯一読むことができる。パートナーが呪文を唱えた時、術の力は正しく発揮される。

 このパートナーは完全にランダムで決められる。世界各地に散らばった魔物の子たちは、それぞれ異なる手段を用いて、パートナーを探し当てる。大体はパートナーとなりうる存在の近くに転送されてくるのだが、たまに例外もある。

 

 魔物の子は、パートナーとなる人間とタッグを組み、やがて衝突するであろう他の魔界の王候補者を倒す。権利の証である魔本は、術などで燃やされた場合、消滅する。それに伴い、人間界に来ていた魔物も自動的に魔界へ送還される。いわばこの戦いは、純粋なサバイバルレースなのだ。

 

 そして最後の一体となるまで生き残った者。それが次の魔界の王となる。

 

 この魔物の力、術の力は、使いようによっては、人間世界に無用な混乱を起こしかねない力ともなる。人間には到底持ち得ない超能力じみた力を、魔物の子たちは例外なく所持している。それを無闇やたらに振るえば、どれだけの悪影響を及ぼすのか、考えるだけでも恐ろしい。

 

 しかし、そんな人間の都合など、ゼオンにはどうでも良かった。

 

「戦いをするには、まずは強くならねばならん! 最悪なことに、魔界にいた頃使えた力も、今では術という形で封印されている始末……術の力が目覚めねば話にならん! そのためにはオレだけではない、貴様も強くなる必要がある! 人間がパートナーに選ばれた以上、争いは避けられない! それくらいは承知しているはずだ! 

 ――だというのに、貴様は何をしているんだ!」

「たまごを焼いてるんだが」

「そうじゃないッ!」

 

 ガン! と拳が机を強かに打ち鳴らした。すると、焦げたような匂いが漂った。

 

 フライパンの卵が焦げているわけではない。ゼオンが無意識に放つ電撃をまとった拳が、机を焼いていた。術を使わずとも、ある程度は魔物の子として本来持つ力を使える。だがそれも、ある程度の範疇におさまってしまう。本来持つ強力な雷の力を振るうには、どうしても、人間の助力が必要なのだ。

 

 デュフォーは焼かれた机をじっと見つめている。ただそれだけだ。ややあってからゼオンへと無感動な目を向ける。怯えた様子どころか、感情の一切が伺えない。常人ならば、まるで人形と対面しているかのような錯覚を得られるだろう。

 

 その様子がまた、ゼオンをたまらなく刺激する。

 

 

 青年の事情は知っている。異能の力が発見され、施設にて秘密裏に能力拡張実験を受けていた子供。人間の果てなき欲望に振り回され、人生を台無しにされたという、悲劇の少年。その過去は如何に人間が俗物であるかを物語っており、実験の最中に少年が抱いた感情は、想像を絶するものだろう。

 

 人間全てに憎悪を抱いてもおかしくはないほど、少年はそれなりに過酷な人生を送ってきたはずだ。

 

 だというのに、

 

「だというのに、復讐する気もなくば怒りを見せる気配もない! わざわざオレが手を貸してやると言っても右から左、自由な生活を送れるようになったら、そこらへんの人間とまったく同じ生活でも良いなどとぬかしやがる! お前は今まで一体何を感じてきたんだ!? 身勝手な都合を押し付けてきた他の人間が憎いと一度も思わなかったのか!」

 

 いや、とゼオンは一度言葉を切った。

 

「貴様のことなど、どうでもいい……。貴様が生きようが死のうがオレにはどうでもいい話だが、パートナーである貴様には是が非でも生きてもらわねばならん! この戦いでオレは勝ち残る! 本来オレが受け継ぐべき術『バオウ』を奪った憎き弟・ガッシュに地獄を見せた上で叩き潰し、オレは魔界の王となる! それは決定事項だ! だがムカつくことに、この戦いでは人間の力を借りねぇと力を振るうことができない! 満足な力を発揮することができない! オレが勝つには、貴様の手を借りねばならん! 」

 

 魔物の子が持つ力は強大だ。しかしその力には制限が課せられている。パートナーとなる人間が戦う意志を持たねば、まったくの宝の持ち腐れ。

 

 

 何故だ、とゼオンは思う。

 それだけの力がありながら、どうして振るおうとしない。あれだけの辛い境遇にありながら、どうして憎しみを抱かない。

 

 こいつは―――

 

「答えろ、デュフォー! 貴様はオレの味方となるか! それとも敵となるか!? どっちだッ!」

 

 ―――こいつは、俺と同じじゃなかったのか?

 

 

 

     ●   ●   ●

 

 

 

 ゼオンが自分を――デュフォーを助けに入ることは知っていた。

 

 それが情ゆえの行動ではなく、せっかく見つけたパートナーを死なせるわけにはいかないという利己的な理由だが、そんなのはどうでも良かった。

 自分を利用するため。今まで見てきた研究者と同じ理由ではある。それが失い難い異能者だからか、魔物のパートナーだからか、その程度の差でしかない。

 

 それでも、俺は感謝していた。

 世界でたった一人だけのまま、誰にも知られないまま、雪に埋もれて死んでいかずに済んだ。それはゼオンのおかげだ。

 

 起爆装置で吹き飛ぶ前に助けてくれると知ってはいても、万が一助けてくれなかったら、そう思うと、恐怖が体を震わせた。怖くてしょうがなかった。研究所にいた時に何度も思った。『俺』というイレギュラーがあるから、ゼオンの行動にも変化が生じているかもしれない。そうしたら、もしかしたら、ゼオンは俺を救わないかもしれない。何度も何度も頭の中で最悪のパターンを想定した。その答えは「答えを出す者」をもってしても解き明かせない、未来の出来事だった。

 

 だからこそ、ゼオンの出現に、俺は救われた。

 そのことは、とても嬉しい。

 

 どんなに自分に言い聞かせても、所詮俺は紛い物。他人の体に宿る偽りの命でしかない。考えようによってはただの感傷でしかないけれども、空想上の存在とはいえ、誰かの肉体を横取りしたという事実は、ひどく重くのしかかった。

 誰にも話せない事実。ゆえに、他者に自分を肯定してもらうことなどできず、自分さえも己を肯定することができない。

 

 だから、

 助けてくれたことに、俺は心底感謝している。

 

 自分に価値があるんだって、そう言われた気がするから。

 

 ただ、

 

(そっか。まだゼオンは、ガッシュのことを憎んでいるんだったな……)

 

 ゼオンは弟であるガッシュが王の住まう城から離れた後、どんな生活を送っていたかを知らない。ガッシュは育ての親であるユノに奴隷のような扱いを受け、虐待のような待遇の中で育った。過酷すぎる環境下で、彼にとって唯一希望だった、見も知らなかった本当の母と父、そして、兄の存在。

 

 ゼオンとガッシュ。現魔界の王の息子であり、強い雷の力を授かって生を受けた双生児。

 ゼオンは負の感情の影響を受けやすいがため、王の監視下に置かれ、己の感情に屈せぬよう厳しい訓練を課せられ。ガッシュは王の手に余るバオウの力を秘めたまま、決して目覚めさせぬようにという願いを託され、一般家庭に送られた。

 

 どちらもお互いのことを深く知らず、事情も分からぬまま、幼少期を過ごした。そのせいで、ゼオンは弟に対し強い憎悪を抱いてしまった。自分が辛い目に遭うのはガッシュのせいだと思い込み、いつか必ず地獄を見せてやると決心してしまう。人間界に降り立って、まだパートナーのいないガッシュを強襲し、記憶を奪い、ファウードを用いて世界を滅茶苦茶にしようと目論んだ。

 

 今の彼にあるのは復讐心だけ。立ち塞がる壁を破壊し、群がる敵を粉砕し、王の座に立つ。全てはバオウを奪い、平和な場所でのうのうと生きておきながら、日々訓練を課せられ虐待同然の境遇で生きたゼオンと同じ、魔界の王の候補者として選ばれた、ガッシュへの復讐のためであり、それがゼオンにとって唯一の目的だった。

 

 

 そのことが、とても悲しい。

 

 きっと昔の、原作のデュフォーのままなら。同じ憎悪と激怒に駆られた身、同じ感情で生きている者同士、気が合ったからこと協力する気になったんだ。行くあてがなく、生きる希望もない彼が唯一気を許せた人物。

 

 けれど、今ここにいるデュフォーは違う。その身に異なる魂を宿した別人である。

 

「どうした!? だんまりでは何も分からんぞ!」

 

 考えにふける俺に苛立ちを更に募らせたゼオンの怒声。

 

 彼と出会って一週間。行動を共にすることで、大まかな性格は把握できた。漫画では上辺っ面しか理解できなかったからこそ、戦いに時間を割かず相互理解を深めようかとのんきに思ってたんだけど、逆効果だったらしい。

 

 そもそも、なんでそんなにキレているんだろう。

 

 俺は戦いたくないなんて一言も口にしていないし、ゼオンの事情も深く受け止めている。家庭事情やら過去やらまで話してくれるほど仲良しではないので、あくまで王を決める戦いに関して聞かされただけだが、王になることに執着していることは分かっている。

 

 だから最初は事前準備を整えようと提案し、彼も一応承諾してくれていたのだが……

 

(ひょっとして……)

 

 ゼオンは、デュフォーに自分自身の過去の姿を投影しているんじゃないだろうか?

 

 理不尽な仕打ちに絶望し、不条理な現状に怒りを灯し、人生を歪められた存在。それはデュフォーも同じこと。魔物とパートナーは相性の良い者同士というが、成程、分からなくもない。

 

 この身体は、本来の俺のものじゃない。だから他人事のような感想しか抱けない。だって本当に他人で、ここは俺が元々いたところとは違う世界のお話なんだから―――我ながら、ずるい逃げ口上である。

 

(だけど)

 

 他人の肉体を横取りしている現状に対し、何か思わないわけでもない。けれども、俺がここにいるのにはきっと意味がある。

 

 それはきっと、――ゼオンを王に導くため。

 

 最後には和解できたものの、憎悪に身を委ねたまま多くの者に不幸を撒き散らした彼を救う。

 かつてのデュフォーには成し得なかったことを、俺がやる。そのために、俺という存在が、ここに送られたのではないだろうか。

 

 ただの妄想、自分勝手な解釈。「答えを出す者」の力でも答えようがない、俺自身の最大の謎。

 

 でも、もしかしたら。

 この魔界の王を決める戦いの中で、俺が何故ここに来たのかが、分かるかもしれない。

 

 

 デュフォーは一度死んだ。その事実は決して覆らない。

 今は俺しかいない。その現実は決して変えられない。

 

 ならば、

 

(俺が、どうにかするしかない)

 

 今ここにいる理由。そうなるに至った原因。これからどうすべきか。全ては俺のこれからの働きにかかっている。

 

 

 ゼオン。

 

 お前は『俺』を知らない。俺もまだ、本当の意味でお前を知らない。

 

 だから、これからは。パートナーとして、一人間として。お前と共に生きてみるよ。まだまだ分からないことばかりでも、辛いことばかりで泣いてばかりだったけれども。いつか必ず、笑えるようになるはずだ。

 

 

 

 

 

 ――それが、『俺』を救ってくれた『少年』への、せめてもの恩返しというものだろう。

 

 

 

 

 

「ゼオン」

「なんだ」

 

 手から稲妻を放ち、紫電を瞬かせるゼオン。その瞳にあるのは、ガッシュへの復讐を遂げ、屈辱を与えバオウを打倒した上で魔界の王になるという、強い負の感情だけ。そこに果たして、パートナーに対する怒り以外の感情はあるんだろうか。

 

 それをこれから築き上げていかねばならない。人間と魔物の子、本来あるべき姿。協力し合い、信頼し合い、共に支え合う良き関係。

 

 そう。

 

 だから、

 

 

 

 

 

 

 

 

「今からツボを押す。ちょっと後ろを向け」

 

 

 

 

 

 

 

 

 空気が凍った。

 

「……は?」

 

 ゼオンは元々丸い眼をさらに丸めた。さすがのゼオンも想定外だったようで、年相応の顔を覗かせている。ちょっと可愛いと思った。不覚。

 

「お前が魔界の王になりたいという理由は分かった。ガッシュとかいうヤツに復讐したいという理由も承知した。だが、今のままで勝てると思うのか?」

「貴様……! このオレがあんな落ちこぼれ如きに遅れを取るとでも言うのか!?」

「いや。しかしその『バオウ』とやらに敗北する可能性はあるだろう」

「……ッ!」

 

 言葉に詰まる。

 

 ゼオンはガッシュを無力な落ちこぼれと見なしている。それはあながち間違いではない。厳しい訓練を課されたゼオンと、一般家庭で育ったガッシュ。彼我の優劣など火を見るより明らかだ。

 しかし、バオウを掠め取ったと思われているガッシュ自身はともかく、バオウそのものの力をまったく考慮していない。元はバオウ・ザケルガを継承するのは自分こそ相応しいと考えていたゼオンだ、頭の隅にくらいなら、考えていただろう。

 

 だが、長い年月の中で復讐心が冷静さと並び立つほど大きくなり、魔界の王を決める戦いにガッシュが抜擢されたという事実が、勢いを弱めていた激情に引火した。彼の目には憎きガッシュへの復讐のみが映っている。

 

 バオウの恐ろしさ。その強さを、ガッシュ以上に理解しているからこそ、彼は強い執着を見せている。

 

「ゼオン。確かにお前の力は他の魔物と比較しても遜色ないものだ。だが『バオウ』とやらは、魔界を統治する王が全盛期において、無類の力を発揮したほどの脅威なんだろ? それをちっぽけな子供が所持している。危険な話だと思わないか? それが誰かに向けられた時、向けられた者がどうなるか、考えたことはないか?」

「ぐ……ッ!」

 

 ぐうの音も出ないとはこのことか、ゼオンは言葉が出ない。やはり見落としていただけで、承知していたはずなのだ。

 

 バオウこそ、現在の魔界の王が、激しい戦いの中で勝利の栄光を掴み取れた、力の象徴。その力は絶大であり、それこそゼオンが欲するもの。原作において最高位の術「シン」と同等以上の威力を誇る、全力のバオウ・ザケルガ。それを手にするには、今はまだ、足りないものが多すぎる。

 

「まずは力をつけろ、ゼオン。そして考えろ。お前の力はガッシュに決して劣っていない。しかしバオウを手に入れるには足りないものがあるはずだ。まずはそれを手に入れろ、そうすればお前に立ち塞がるものなど何もないだろう」

 

 ……我ながら言いくるめている感がひどい。基礎能力からして雲泥の差のゼオンとガッシュでは、下級呪文の「ザケル」しか使えない今でも、戦えばゼオンが圧勝するだろうに。というか、時期的にガッシュはまだパートナーである清麿と出会ってない。バオウ使うどころか呪文唱えられねーよ。

 

 もっとも、ゼオンとしては、ガッシュに自分以上の辛い目に遭わせてから魔本を燃やしてやろうと目論んでいるので、今すぐガッシュの元へ乗り込もうとは考えていない様子だが。

 

 

 ゼオンは俺の説得に納得できるものを感じたらしく。溜飲を下げため息をついた。

 

「……貴様の言いたいことは分かった。確かにバオウは脅威であり、ガッシュがそれをやたら無闇に振りかざす可能性も考慮せねばならない。これから修行し、力をつけた上で奴を打倒しろというのは別に構わんが、貴様は俺に何をさせたいんだ?」

「そう。―――そこでツボ押しだ」

「なんでそんな結論にたどり着くんだ」

 

 あまりにトンチンカンな飛躍にゼオンもついて行けない。眉を歪めて小首を傾げている。

 

 力を込めていた腕からはすでに電撃が消えている。先ほどまでの怒りが少しずつ収まっている、というより、他のことで思考が割かれている証拠。

 

 良い感じだ。

 

「俺の『答えを出す者』については話したな?」

「ああ」

 

 頷く。『俺』の育ちが一般人のそれとは大いに異なるのは分かっていたはずなので、後々揉めるのも面倒だと思い、特異な力を所持していることを告げた。普通なら異常すぎる「答えを出す者」の力に何らかの感情を抱くのだろうが、ゼオンは特別何の感慨もなく割とあっさり受け入れた。戦いに便利そうだと判断したのか、それとも人間の事情など些末事だと思っているからか。どちらかというと後者だろうな。

 

「この力で、お前にある特殊なツボを突く。そうすることによって感受性が豊かになり、発想の転換も容易になる。お前の中で様々なイメージも浮かぶようになるだろう。そうすれば、お前の考え方も大分変わる」

「ふむ」

「恐らくこの魔本には、人間との関係やお前の成長も何らかの形で関わってくるはずだ。でなければ人間をパートナーにする必要もないし、期間を限定しない理由もない。長い戦いの中で魔界の王になるにあたって必要な何かを、足りないモノを探すのも目的の一つなのではないかと俺は踏んでいる」

「……成程。人間との出会いが魔物の成長を促進させるのか。確かに一理ある」

 

 腕を組んで一息つく。

 

 ゼオンは本来頭が良い魔物だ。こうして思考する猶予を与えれば素早く答えを導き出せる。英才教育を施され、拷問のような修行を続けていただけのことはある。知能と身体能力において、同年代の中では比肩する者などいないだろう。

 

「これから押すツボは、言ってしまえばお前の中にある潜在能力を引き出すためのものだ。人は考え方一つで印象も大分変わるし、力も多少なりとも変化が生じる。それは魔物も同じだろう。

 一度で引き出す力には限度があるため、何度か繰り返さねばならない。だが比較的簡単に強くなれるのは間違いない。それが実力となってお前に役立つかどうかは、これからのお前の成長にかかっている。

 どうする、ゼオン? お前は王になる道を自ら閉ざすか? それとも俺と共に、王になる道を歩むか?」

 

 挑発ともとれる問い。王になるという覚悟を持つゼオンにとっては愚問でしかない。

 

 しかしこれは重要なものだ。『俺』はゼオンのことを何も知らない。どんな思いを抱えて人間界へ赴き、戦いに身を投じるのかを。

 

 だからこそ、問う。

 

 

 ――王になりたいというなら、それだけの意志を見せてみろ、と。

 

 

 言外に込めた意図を察したのか、ゼオンは口の端をにぃ、と大きく釣り上げ、三日月のような笑みを浮かべた。

 

「フン、俺が魔界の王になるのは当然のことだ。今更考えるまでもない」

「なら―――」

「だが、その問いに答える前に一つ聞かせろ。貴様は戦う気はあるのか? 貴様にとって何の利益もないというのに、自分の身を危険な場に投げ出す覚悟はあるのか?」

「……」

 

 ゼオンは。

 虚偽を許さぬ鋭い眼光を放ち、俺の目を捉えている。

 

 これは俺の身を慮っての発言じゃない。強い力を持つゼオンにとっての懸念事項、弱い人間であるパートナーが戦いを忌避しては、勝負にならない。

 

 だからこそ、彼も問うている。

 それはつまり、戦いから逃げ出す腰抜けはいらないし、足を引っ張る邪魔者ならばそれ相応の対処をとる、ということ。

 

 そこに俺の自由意思が介入する余地は、おそらくない。是と答えようが非と述べようが、ゼオンにとって手間がかかるか省けるかの差でしかない。

 

 ゼオンには記憶を操作する能力がある。最悪の場合、俺の記憶を奪い、それを代価に戦いを強要するなり、戦いを望む無情な人形に仕立て上げるなりするだろう。それだけゼオンの王に対する願望は強く、そのためならば決して手段を問わない非情さを持っている。

 

 だから、

 

 いや、

 そもそも。

 

 俺が拒否することはないんだけどな。

 

「構わない。今まで見れなかったモノが見えてくるなら、オレはそれで良い」

 

 輝く眼光から目を背けず、視線を交わす。

 

 俺が嘘を言っているかどうか、探る目線。凡俗ならば恐怖に怯え、あまりの威圧に目を逸らしていただろう。特別な力を持っているとはいえ、俺は元は凡人。他人にこれだけ強い目を向けられることは初めてだった。

 

 それでも、俺は目を逸らさなかったし、差ほど焦りも不安も恐怖も感じず、向き合うことができた。

 

 なんとも不思議な話である。会ったばかりでほぼ他人、血の繋がりも面識もなく、あるのは魔物とパートナーという堅苦しい肩書き。片や相手をまるで信用せず、片や全てを知りながら何も知らない。ダメな要素ばっかりで、これで大丈夫なのかと言われれば心配だらけの状況。

 

 でも、

 

 きっとなんとかなる。どうにかなるさ。

 そんないい加減な「答え」が、俺のなかにはあった。

 

「……フン。いいだろう、貴様のことをパートナーとして少しは認めてやる。だが足を引っ張るような愚図はいらん。王に至るまでの道を妨げない凡夫なら構わんが。転がる石ころなど容赦なく蹴り捨てるぞ」

 

 んなこといちいち言わんでも分かっとるっつーの。

 

 無言で首肯。ゼオンはひとまず俺がパートナーであることを認めてはくれた。やれやれ、先が思いやられるなぁ……。

 

「じゃあ行くぞ?」

「ああ、さっさとやってくれ」

 

 ドンと来いみたいなドヤ顔。なんでそんな無駄に自信満々なのかよく分からんけど、既に覚悟は決まっているらしい。ツボを突くって言ったから覚悟する必要なんて無いんだろうけど。

 

 ま、やれって言うなら遠慮なく……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ズブゥッ!!!!!!!!!!!

 

 

「―――、あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”ーッ!!!!!?????」

 

 

 




最後まで読んで┌(┌^o^)┐とか思ったお客様、出口はあちらです(゚Д゚)ノ


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