久しぶりという方、どうもお久しぶりです。
ある種まともな転生モノを書くのは初めてですので、色々拙いところはあるかと思われますが、何卒、よろしくお願いいたします。
あ。文章が読みづらく長いと思ったら、最初と最後だけを読めば大体どういう話かわかると思われます←
プロローグ
目の前は真っ暗だった。
が、声は出ないし、足元もおぼつかない。落ち着いてみれば、手足の感覚も定かではないし、まるで水中を漂っているかのような感覚が全身を包んでいる。
ははぁ、これは夢だな?
寝るときは足の裏が地面についてないから、夢ん中だと水の中を漂っているような感覚だっていうし。自覚があるのが不思議だけど、まぁそういう時だってあるよね、うん。
どっかで見たこと聞いたことある展開な気がしなくもないけど、別に転生トラックに跳ね飛ばされたり気まぐれ殺人犯に斬られりした記憶はないんで。
けどまあ、こんな何もない夢とはつまんないな。
やがて意識がすぅ、と浮いていく感覚が訪れる。
そろそろ目が覚める頃合か。
しかしやけに眩しいな。誰だよ明かりなんてつけたヤツは―――
「博士。少年Dの蘇生治療に成功、意識が回復しました」
● ● ●
その少年を発見したのは、偶然だった。
アメリカの片田舎で噂になっていた天才少年。どんな難題も解き明かし、中学高校どころか、大学の入試問題さえ幼いうちに解き明かすという、噂にしては聞き慣れすぎたもの。
しかし噂とは必ず出所がある。当時普及されつつあったインターネット上で確認された少年の情報を元に、とある組織に身を置く人物――ドクターと呼ばれる老人は、現地へ趣いた。
そこで見たのは、想像通りの少年だった。
だが、少年の能力は噂以上だった。
たったの七歳、そう、まだ小学校に通う年頃の、物事の善悪さえ定かでない少年でありながら、現代医学では完治することができない難病の医療法を提示し、金銭面から破綻しつつある政府の懐事情を考慮した上で現状の打開策をパターン分けして答えた。
恐ろしい、いや、素晴らしい力だ。
これに目をつけたドクターは、すぐさま母親に交渉を持ちかけた。母親の方も息子を薄気味悪く思っていた様子で、一万ドルというはした金で我が子を売り渡した。少年の価値を考えれば破格の値段だが、母親は引き取ってくれるならなんでも良かったのか、それとも目先の金に目がくらんだのか。少年の価値などまったく考慮せず、すぐに手続きを行った。
いずれにせよ、少年の身柄を預かることとなったドクターは、すぐさま研究施設へと少年を移送した。
実験は長期に及んだ。最初は母親のもとへと帰りたがる少年――通称『D』を欺き、実験に協力すれば家に帰すと、適当な約束で半ば無理矢理身を差し出させた。最初は幼い身体ゆえ、薬物投与や肉体および精神へのショックは与えず、書類検査や質疑応答がメインとなった。
やがて少年Dの出した答えにより、数多くの企業が資金援助を行い、それによって新たな施設が設けられた。少年Dは北極の地下施設にて、新たな実験に付き合わされることになる。
この頃から、少年の能力は「答えを出す者」という呼称が定着した。
やがてDは反抗心を抱くようになり、実験に非協力的な態度をとるようになった。書類は破り捨て、こちらの質問には無反応。やはりというべきか、兵器開発のために非人道的な実験に付き合わされているという自覚が芽生え始め、罪悪感も手伝って、こちらの実験に拒絶するようになる。
しかしこれまた予想の範疇、少年Dが口で答えないならば直接頭に聞くまで。ヘッドギア型の機器を装着させ、脳波の変化などから少年Dの反応を感知し、情報を引き出す。いささか効率が落ちるものの、少年Dの脳が活動している間、常に刺激を与え続けることができる。多少の反応の悪さが目立ったが、概ね良好だった。
いつか少年Dの怒りが爆発するときがくるだろう、と誰もが思っていた。
とはいえ。
まさか少年Dが自害するとは思わなかったが。
『まさか自殺するほど意志の強さがあるとは思わなかったね』
まだ幼く死の概念すら危うい年頃、命を絶つことに躊躇いはあったはずだ。しかしそれ以上に、過酷な環境で実験動物扱いされることに耐えられなかったのだろう。あるいは、自分の力によって得た情報で、大量の殺戮兵器が完成したという事実に罪悪感が押し寄せたのか。
ドクターにとって少年のことなど些末事だが、その力は失い難いものである。ゆえに、彼が誤って死なぬよう、細心の注意を払っていたのだが、自殺は考えていなかった。
もっとも、自害など想定内の出来事だ。
少年Dの力は唯一無二の存在だ。その価値は到底計り知れないモノ、人間に発展と栄光をもたらし、危険を招き破滅を呼ぶモノだ。使いようによっては人の役立つ物を産み出し、長きにわたって栄華を約束する。ただの子供が持つには相応しくないが、みすみす手放して良いモノではない。
少年Dがどのような状態に陥っても、通常の状態に戻せるようこの施設には最先端の治療器具が備わっている。これも少年Dによる功績の一つであるが、彼はそれを知らないだろう。
これにより、少年Dは意識を回復。自害による逃避など許さない、彼にはまだまだ人類のために、彼らのために役立ってもらわねばならない。損得勘定によって蘇生された少年には、その価値が失われるまで働いてもらう……決して尽きることなき人間の欲望に、永劫付き合うことになるのだ。
彼の心中は穏やかではないはずだ。ようやく終わらぬ悪夢から逃れられると安らかに眠るはずだった彼を再び呼び覚まし、また監獄の中で苦しみ続けなければならない。憎悪、悲観、激怒……いくつもの感情が混ざり合っていることだろう。しかしその感情もまた、「答えを出す者」の力を発揮する動力源。いつか死するその時まで、いや、その価値が失われる瞬間まで、生ける屍として働き続けるのだ。
……そのはずだったのだが。
「おいじいさん。腹が減ったからステーキ食わせろ、肉は神戸和牛なそれ以外は認めない」
少年Dは、椅子の上でふんぞり返っていた。
「……D。生憎だが、ここにはそのようなモノは無い。そもそも君には、その必要が無いのだよ」
「えーないのー? そっかー食えればすっげぇ気分良くなって天才的ひらめきが訪れたりするかもしれないんだけどなー。かーっ、惜しいなー。まーないなら仕方ないかーないんだもんなー」
尊大な口調、不遜な態度。えらく不満げに眉根を寄せ、大きく溜め息をついた。
「君が本調子ではないと思いある程度は見過ごしていたが、怪我は既に完治しているはずだ。治り次第実験は再開するよ」
「あーやだやだ、ケチなヤツって気分悪くする天才ですわ。美味い飯をまともに出せないオッサン略してマダオとか存在価値皆無なんすけど」
「……あの、話を聞いているのかい?」
「は? え、何そのよろしくない返事。誰のお陰で金儲けしてると思ってるの? それくらいのことも分からないの? 馬鹿なの? 死ぬの?」
「いや、だから」
「うるさい黙れ。あんまりしつこいとあんたが死ぬまでの予想時刻を言うぞ、一秒刻みで。あ、今五秒減った」
「…………はぁ」
心の底から疲れた様子で、ため息をついた。
復活してからこのかた、少年Dは『まるで普通の少年』のように振舞っていた。
少年Dの態度が豹変したことに気づいたのは、助手のミス・グレースだった。元々、少年Dに対し同情的であった彼女を世話係に置くのは宜しくないと思っていた矢先、慌てた様子で駆け込んだミス・グレースの表情は記憶に新しい。
なんでも意味不明な言動を繰り返しているとのことで、ひどく狼狽していた。特に脳には異常が見られなかったが……また実験を嫌がって何かしたんだろう、と思ったものの、今までとは異なる表情を浮かべるミス・グレースの様子に眉根を寄せた。
一体何が起きたんだ。
ほんの少し不安を抱きつつ、ドクターは実験部屋へと足を運んだ。防弾ガラス越しに見える少年Dの姿を見て、とりあえず安堵の一息をついた。特に普段と様子は変わらない。やはりミス・グレースの思い違いか、と思った瞬間、少年Dが振り向いた。
そして、
ドクターの顔が強ばった。
少年Dは、笑っていたのだ。
(な……!?)
一瞬、ドクターの顔から血の気が引いた。
少なからず衝撃を受けたのは、間違いなかった。
彼の置かれた環境や境遇を考えてみれば、分かるはずだ。彼の扱いは実験動物のそれと同じであり、非人道的な実験を繰り返してきた。怒りや憎しみを抱いた時に最も能力が正確性を増すことから、彼の大事にしていたペットを殺したこともある。さらには少年の意志を無視して自殺を防ぎ蘇生処理を施した。恨む理由は十分すぎた。
だというのに、
少年Dは笑っていた。
口の端を釣り上げ、意地の悪そうな笑みを浮かべていたのだ。
加えて、今のこの状況。最早別人に成り代わったと言っても過言ではない豹変ぶりを見せた少年D。
一体、どういうことだ?
何が起きたというのだ?
● ● ●
いやぁ、「答えを出す者」便利だわぁ。さすが原作屈指のチート能力。二次創作じゃ滅多に見かけないけど、使ってみるとその異常な汎用性にビックリ。
この能力はあくまで『答えを出す』ことに限定されてるから、自分の肉体の限度を超える答えや現実的に不可能な答えを導き出すことはしない。あくまで自分が出来そうな範囲内での理想の答えを即座に導き出せる、というもの。しかし引き出しの多さというか、可能性の無限性は驚異的だ。
例えば空を飛べるにはどうしたら、と考えれば、飛行機に乗ればいいという常識的な解答よりも早く、自力で飛行する手段が出る。今の人類では完成できない技術をふんだんに使い、ともすれば世界の常識が転覆しかねないほど脅威の論理をもって。
「答え」は柔軟性に富んでいる。今最も欲しい事実、理想的な答え、人に無理ではない範囲での解答。それらは全て、一瞬の思考の猶予さえ与えてくれれば、何だって「答え」が出てしまう。
この能力の恐ろしいところは、『自分が知らない情報も引き出せる』ということだ。かつて原作のデュフォーが不完全な状態で世界最高峰の難問を平然と説き伏せたのは、「答えを出す者」の力で、問いに対する最高の答えを『出した』からだ。
つまり「答えを出す者」とは、考えただけで何事であろうと最善にして理想の答えを瞬時に叩き出せる、という能力。
まぁ、それを使わずとも、自分の現状を把握するのは簡単なことだった。
俺は『デュフォー』になった。ガッシュの世界、漫画の世界に存在するキャラクターの一人として、生まれ変わった。
つまりはそういうことだった。
憑依とか異世界転生とか、疑問に対して色々考えられることはあるけど、この答えは「答えを知る者」をもってしても分からなかった。
能力にムラがあるから、というより、「答えを知る者」にだって分からないことは分からない、ということだろう。古代の文字すら解読するこの力だって、異世界に行く手段なんて用意できないし、記憶を持ったまま生まれ変わる方法なんてどう足掻いても無理だと判断してしまうからだ。
そもそもこの力からして非常に曖昧だ。何でも答えられる、という謳い文句に反して、デュフォーはゼオンの心境の変化の原因を突き止めることができず、己の中にある未知の感情が何なのか理解できなかった。
万能である「答えを知る者」だが、全知全能じゃない。この世すべての謎を完全に解き明かすことなんて、人の身では不可能。俺の出した最終結論は、これだった。
聞けばデュフォーは、実験途中で自殺を図ったらしい。非道な実験を受けているという現実と、兵器開発に加担しているという罪悪感に押しつぶされたせいか。それは「答えを知る者」なんて使わなくても、なんとなく察した。
当時、デュフォーはまだ子供だった。人間の薄汚さ、外道さを理解しきれていない年頃から研究所に押し込められ、長い年月の間に憎悪と激怒を溜め込んでいた。辛かっただろうに、よく何年も耐えたものだ。
だが自殺は未遂に終わった。デュフォー自身が提供した情報によって完成した技術によって。
結果、デュフォーは望まぬ蘇生を果たしたわけだが、どういうわけか、中身は違う人間のものとなっていた。
しっかし、不思議だなぁ。この力があれば、脱出する方法の一つや二つ、簡単に思いついただろうに。現に俺の頭の中には、外への脱出するルートが幾つも浮かんでいる。通信機器があり、背後の組織から多大な資金を受け取っているという推論が正しければ、人間が来れる場所である以上、必ず逃げ出せる。そう確信してしまえるだけの力があるんだ。
……いや。
デュフォーはきっと気づいていたはずだ。未熟な状態でここから出ても、以前のように人間社会に溶け込んで生きていける術などない、ということを。
「答えを出す者」の力は強力無比、本来人間が持つには不相応な力だ。どんな難問も瞬時に解くことができる、人類にとって最高の力。それだけの力を持つ男が、普通の人間の中に混じって、普通の生活を送れるかなどという簡単な疑問に、答えを出せないはずがない。
実験に付き合うことに嫌気が差しつつも、外の世界では決して受け入れられることがないと悟り、どうすることもできず、絶望のまま死に絶えたデュフォー。
まぁ。
それも今となっては、終わってしまった話なわけだが。
「おい腐れジジイ、飯はまだか」
『ついさっき食べたばかりだろう?』
「は? うわ出たーそうやってまるで記憶力が低下した老人を欺くクソ外道ヤツー。頭酷使してんだからカロリー消費して腹減るの当たり前じゃん、常識よ常識。あーでもやっぱ糖分欲しいなー糖分。やっぱ飯はいらんからチョコレートくれよチョコレートホワイトならなお良し。さぁとっとと寄越せはよ寄越せ、さもなくばお前の頭を焼き畑農業すんぞ」
ドクターといかいう、責任者らしきじいさんは困った顔をしている。そりゃそうだろうな。
俺はというと、他人の肉体に入り込んだせいか、「答えを出す者」を持っていることに対しそこまで違和感がないし、人間離れした力を所持していることに嫌悪感を抱いてもいないし。まだ日が浅いからとか理由は色々あるんだろーけど、今のところ問題はない。
どちらかというと問題なのは、肉体がまだ幼い以上、俺は無理をできないということ。所詮身寄りがない子供、外に出たところで生き長らえる手段は限られてくる。
だから、少なくとも青年期……原作デュフォーと同程度の歳になるまで、ここにいる必要がある。ある程度協力的な姿勢をとっていれば、向こうはこっちに危害を加えることなんてないし、衣食住も最低限保証してくれる。
挑発的な行動は、度が過ぎないよう意識はしている。あまりに目に余ると今後の待遇に影響が出る。それはマズい。
今はここで、望まない境遇を甘んじて受け入れよう。
死にたくない。
ただその一心で、俺は生きる。他人の身体を使ってでも。
しばらくは適当に生活しながら、様子を見よう。いつか事態が急変する時が来る。
―――魔物の子たちが、人間世界に降り立つその時まで。
● ● ●
「ほう。もう研究には協力しないと、そう言うのかね?」
少年Dの豹変から数年後。
ドクターはモニター越しに、少年の決意を受け取った。
既に少年Dの能力も、間もなく円熟期に達そうとしている。それに伴い、少年も青年期に達していた。顔つきは精悍なものになり、体つきも成人男性のそれと比較しても遜色ない。体を鍛えたいという少年Dの申し出を断らなかったドクターは、実験に差し支えない範囲であればという条件の元、簡単な運動やトレーニングは許可していた。
自画未遂の一件から、少年Dに怒りや憎しみを抱かせるよう実験を試みても、以前ほど能力のムラは見られなくなった。強い怒りや憎しみを抱かせた時、少年Dの能力は最大限発揮されたのは、過去のデータからしても明らかだ。だがその後は芳しい結果が得られず、逆に良い数値が出ないことが連続した。
そこで方針を変え、あえて少年Dが喜ぶような実験を試したところ、値が最大を示した。ドクターの中で推論が確信に至った瞬間だった。
少年Dの変化は、能力にまで及んでいる。
死したことで能力に変化が生じたのは、疑いようもない事実だった。
少年Dの態度が横柄なのは、この際無視することにした。蘇ってからの少年Dは、実験には差ほど興味がないらしく、割とすんなりこちらの実験に付き合っていた。不機嫌になるのは彼の要望や言動を無視した時のみで、ある程度叶えられる要求に応えれば、彼は機嫌よく力を発揮した。理不尽すぎる要望は応えなくても機嫌はそこまで悪くなかったので看過した、というのが実情である。
後で「ひょっとして我々は少年Dに振り回されてね?」と疑問に思い、本国の上層部へ意見書を陳情したが、成果は上がっているため「オメェの事情なんてしらねーよカス」と唾棄された。いつだってお上は下っ端のことを考えてはくれない。
だが、それもここまでだと、少年Dは豹変してから初めて、反抗的な態度をとった。
『ああ、そうだ。もう俺は十分アンタらに尽くしただろ? 十分な利益を得たはずだ。どれだけ医療や軍事に貢献したか知る由もないが、数億ドルでは物足りないほどの価値あるモノを生み出した。もういいだろ? 俺をここから開放してもらいたい』
久方ぶりに見る、喜び以外の感情的な目線。
この男にも負の感情が、人間らしい部分がまだ他にあったんだな。あの一件以後まったく見られなくなった少年Dの鋭い眼光に、ドクターは妙な安堵を得た。
(だが……)
馬鹿が、とドクターはモニター越しに薄笑いした。能力が不十分な状況でも多大な成果を残した少年Dの力。それが円熟期に達した今、彼の出す「答え」は正確無比だ。どんな問いにも即座に答えを導き出せる。例え稀代の天才たちがサジを投げた難問であろうとも。
ゆえに
(やはり危険だ。今のうちに破棄するべきだろう)
今日、ドクターが告げようとしたのも、そのことが関係している。彼を危険視する声が高まってきている現状、早期段階に破棄し、証拠を全て隠滅する。勿論反対する声も上がっていいるが、現場の最高責任者たるドクターこそが、賛成派の筆頭である以上、彼の決定が全てだ。
起爆装置の起動は簡単だ。今手元にあるボタン一つで、施設に用意された爆弾のスイッチが起動する。ひと度起動すれば解除することはかなわず、ドクターらが行っていた所業の証拠全ては灰燼と帰す。一研究者に過ぎないドクターも充分美味い蜜は吸った、後は残りの人生をゆっくり楽しむだけである。
さらばだD、君はよく働いてくれた。豹変した君には少々驚かされたが、まるで人が変わったようで見ていてなかなか興味深かったよ。
対話は終わりだとばかりに、薄気味悪い笑みを浮かべたまま押し黙ったドクターは、通信を切ろうとした。後は爆破する手筈を整えれば良い。その際にも色々な仕掛けを用意せねば。
と。
その時、少年Dが制するように言った。
『爆弾か。随分と芸がない』
「――――――、」
下へ向けていた意識を戻す。すると、相も変わらず、見透かしたような目をした少年Dの顔があった。
(「答えを知る者」か? いや、だが……)
だからなんだというのか。言い当てられたところで向こうにはどうしようもない。力はあっても手段はないのだ。ドクターの判断一つで数分後には命が消える状況であることは、聡い少年Dならば感づける範疇だろうに。
依然として。
Dの態度は平常のままだ。
どころか、最早見慣れた挑発的な言葉を叩きつけてくる。
『ここを爆破するのは、貴方の独断か。成程、他の連中も危惧しているのか……それとも強硬派の独断専行か? いや、今まで現状維持ばかりで遂に痺れを切らした、といった感じではなさそうだ。ああ、それにしてはお粗末じゃないか?』
「……今日は随分とおしゃべりだね、D」
ドクターの額に汗が浮かび出す。
少年Dの発言内容は半ば脈絡がない。何故なら、彼は話しながら「答えを出す者」を使い、僅かな情報から疑問に対する答えを自力で導き出している。こうしている間にも、ドクターの言動から数々の情報を引き出し、頭の中で答えに到達していることだろう。
『通信を切っても時間の無駄じゃないか?』
「……何故そう思うんだね? D」
『ここにある程度の機器が揃っている以上、そちらにコンタクトをとる手段などいくらでもある。違うか?』
「君にしては的はずれな見解だね、D。無理だよ、何故なら―――」
『そんなことができるのか、だって?』
Dは見下すように鼻を鳴らした。
『確かにここの通信器具や設備を用いたところで、やれることなど限られる。だが僕がここにいる以上、あなたは僕に干渉する理由はある。それだけの値打ちが僕にある。何故なら世界に一つしかない能力を、こんな無力な子供が所持している。膨大な予算を組んででも組織は僕を見逃さない、簡単に手放すには惜しい。僅かな危険を度外視しても利益を追求する理由はある。そうだろう? でなければ僕がこうまで自由に生かされている理由がない』
「……………………」
ドクターは無言で、通信を切るよう手を動かす。少年からは決して見えない位置にあるパネルへ、音もなく指を這わせた。
しかしやはりと言うべきか、少年Dは鋭く察した。
『通信を切っても無駄だよ。これだけの施設だ、そちらが永劫通信を絶っても、僕なら再びパイプを繋げる。こちらから干渉する用意は十分にある。例え『孤立した厳しい大自然の中』にこの研究所があったとしても、辿り着けないと断言できるか? 海の中で呼吸ができないから水中を長時間泳ぐことはできない、翼がないから自由に空を飛べない。さんざん不可能と言われた困難を乗り越えてきた人類は、長い年月と数々の閃きをもって乗り越えたんだ。
分かるか? 『たかが天才』である彼ら人類の祖先にできて、今の僕にできないことはない』
無言を貫くドクターの手に、じわりと汗が滲み出す。
視線を移す。その先にあるのは、カバーに覆われた赤いスイッチ。パネルだらけの中で、一際異彩を放つそれ。
起爆装置だ。
いつか少年Dの力が円熟期に達する。その時、無力な研究者らでは対抗することなどできない。人智を超える力を持った『化物』の前では、どんな人間だろうと有象無象、チリに等しい存在でしかない。
しかし、どんなに人間離れした力を持っていようと、元は人の子。木の股から生まれたわけではない。肌を切り裂けば血を流すし、頭を吹き飛ばせば死ぬ。
このボタン一つで、少年Dの減らず口を閉ざせる。簡単な作業だ。
(いっそこの場で爆破してしまうべきか……?)
だがドクターの出鼻を挫くかのように、タイミング良く少年は言った。
『負け惜しみだと思うかい? ならばこれだけは覚えておけ。もしあなたが僕を放棄すると決意した時。その時が―――あなたの敗北だよ、ドクター』
指の動きが完全に止まる。
何故かは分からない。ドクターも己の行動に不審を抱くが、それとは裏腹に、身体の動きは完全に凍りついたままだった。
モニターの中で、少年Dは薄く笑う。
それがどうにも、悪鬼羅刹の嗤う顔に見えて仕方がなかった。
無論、ドクターは少年Dの発言がハッタリだと見抜いている。
所詮は理屈をこねただけ、具体性を欠く虚言でしかない。全ては『かもしれない』という可能性を提示しただけで、少年Dは「答えを出す者」の力を除けば、ただの無力な一少年でしかない。大自然には敵わず、人間の限界という壁には抗えず、孤立無援の要塞の中で、孤独なまま死んでいくしかできない。
けれども、それでも。
ドクターの表情は終始堅いままだった。
不可能を可能にする。少年Dの発言は、全てが嘘というわけではない。なまじ頭が良いだけに頭ごなしに否定することもできず、ドクターは少年Dによって不安と恐怖を大いに煽られた。
ボタンを押せ、そうすればこの男は死ぬ。
だが、本当に死ぬのか?
いつか自分が破棄される日が来る、それを予期できなかったと言えるか?
既に対策を練り、施設の発破を妨害する手はずを整えているのではないのか?
指先が震えだす。最早進むこともできず、引くこともできない。流れ出す滝のような冷や汗を悟られまいと、半ば無理矢理通信を遮断するのが精一杯だった。
切断するや否や、肩で息をするドクター。吹き出した汗が止まらず、手が小刻みに震えている。一体何故、どうしてという思いが、胸中で複雑な渦を生じさせる。
あれ以上直視していたら、間違いなく頭がどうにかなっていた。
数年前、自害を試みる前までの少年に対してなら、こうも不安を抱くことはなかった。
だが現実はどうだ?
まだ二十にも満たない若造が、あれほどの堂々と振る舞い、モニター越しにも伝わる不気味な威圧を放てるものか?
あの死が。自害したことが、彼にまだ残されていた潜在能力を引き出したということなのか? あの精神的余裕、この無意識に放つ威圧感。そうだとすれば納得もいく。
人は死から蘇ると、奇跡のような力を授かるという。おとぎ話や伝承の類だと思っていたが、実際目にしてみると、そうとしか考えられない。
(殺すか、それとも殺さぬのか……)
それは、己の独断。少年Dの危険性を間近で確認できたからこそ至れる思考。本国で利益という甘い汁をすすっている連中には決して予想し得ない事態。
僅かな危険の芽が、今ここで急激に背を伸ばし、花を咲かせようとしている。やがて姿を現す実りは爆弾となって投下される。異能の力を持たないただの人間であっても、本能的な部分が危険信号を鳴らしている。決して看過して良い問題ではない。
それらはすべて、根拠のないドクターの妄言と一蹴されるかもしれない。ただドクターには、少年Dがこのままで終わるはずがないだろうという、妙な不安に取り憑かれ、その場をあとにしても、薄気味悪い笑みを浮かべたDの顔が頭から離れなかった。
かもしれない、という不確かな理由。
それだけで、人はこんなにも不信になれる。
それは、戦争と同じ理屈だ。
● ● ●
二日後。
何の知らせもなく、何の前触れもなく、研究所の放棄が決行された。
中には国家予算数十年分にも匹敵する資材や貴重なデータが残されてはいたが、それら一切を自爆装置による抹消が断行される運びとなった。
表向きの理由は、「答えを出す者」の力が解き放たれ、自分らの非道が公にならないことを恐れていたからだろうが、真の理由は、短期間に少年Dが予想以上に成長したためだった。
彼は危険だ。
いずれ我々の元へ辿り着き、刃を突き立てる時が来る。予期していた事態が予想よりも早く到来してしまったのだと、現場の最高責任者だった老人は、ひどく焦燥した様子でそう述べた。
だからこそ、手放し難い垂涎の品でろうと、自らの手で破壊する必要がある。
「D」と呼ばれた少年は、大自然の脅威の前に為す術はない。北極という厳しい自然の要塞の中では生き長らえる可能性は皆無。施設内部には防寒設備が整っていたが、それらはすぐにでも爆炎となって消滅してしまう。薄い普段着しか寒さを防ぐ手段がない少年Dは、抗うことも適わず消えてなくなる。生きていた証拠も、何かを成し遂げた痕跡も、全ては無かったことにされる。
―――かくして、施設の爆破は何の滞りもなく決行された。北極の大地の上に立っていた小さな建物は、地下に眠る広大な施設共々、突然の爆発によって炎上し、寒空の下で炎華を咲かせた。
付近には人影は見当たらず、誰かが逃亡した形跡は見当たらなかったという―――
現実とは酷なものだ。どれだけ理屈を並べようと、どれだけ人間が進化しようとも、自然の摂理の前では無力。たった一人の人間の命は数十億のうちの一つでしかなく、一人の人生は数十億年の中の一瞬でしかない。
どれほど人間を超越した力を持とうとも、
やはりそれは、人間なのだ。
人間、一人ではできないこともある。人を超越しすぎたがゆえに、少年Dはそれを今ここで思い知らされる。それだけの話なのだ。
―――そう。
一人だけなら。
少年は目を覚ます。ヘッドの上で寝転んでいたはずだったが、凍てつくような寒さで意識を取り戻した。
周囲は瓦礫の山であり、ところどころで赤い影が揺らめいている。施設があったと思しき場所は、跡形もないほどに破壊されていた。
何が起きたのかと、少年が考えるよりも前に。
少年の眼前に、何かが落ちた。
象形文字が描かれた、一冊の本。
そして、
その後ろには。
「お前、その本を読んでみろ」
荒れ狂う猛吹雪の中。
子供が一人、立っている。
紫電の眼光を鋭く飛ばし、周囲の世界に溶け込む白銀の髪を揺らす、憎悪と激怒の化身のような、そんな子供が。
●アニメを知らない、という方へ
デュフォー cv.緑川光
ゼオン cv.高乃麗
緑川氏は言うまでもなく高乃氏はグルグルのギップルやレッツ&ゴーのリョウなどが有名でしょうか(古