俺ガイル~二次 雪ノ下父が贈賄容疑で逮捕!雪乃が独立する? BT付き   作:taka2992

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(A⇔B)04 対消滅

 

 

 演壇の床は木製で、歩くとミシリミシリと音がする。その音が階段を上がる音に変化した。この部屋に上がってきているようだ。

 隣りには寝顔。清らかな寝顔があった。そういえばこの寝顔をマジマジと見たことがない。あまりにも無邪気な表情なので起こしたくなかったが、耳元でささやいた。

 

「起きろ」

 

 数回ささやくと、「ん~」と喉が鳴って、目が開いた。しばらく夢うつつだったが、危険が近づいていることを知らせると、その上半身が起きた。

 

「し~」

 

 俺は口に人差し指を当てた。銃を取り出して、机の上で構えた。階段のほうを凝視する。ミシリと音がして、人の気配が近づく。そして、壁の切れ目から銃口が見え、次に顔半分が見えた。片目で部屋の中を覗いている。

 あれは大志だ。だが、味方の大志なのか。

 目と目が合った。動きが止まる。

 

「先輩?」

 

「大志か?」

 

「探していたんですよ。起きたらいなくなっていたんで」

 

 俺たち2人が消えたことを知っているのは味方しかいない。それに、緑色のジャージを着ている。緊張が一気に緩んだ。

 

「悪かった」

 

 大志は、見てはいけないものを見たような顔をしながら、恐縮するような雰囲気で全身を現した。そりゃそうだろうな。俺だって、こんな朝に男女2人がいる部屋に入っていくのは気が引ける。

 

「葉山先輩と自分とで探しに出ているんです。自分は講堂の中、先輩は向こうの校舎のほうへ行きました」

 

「わかった、倉庫に戻るから、葉山を連れ戻してくれないかな」

 

「了解です。抜けるときは一声かけてくれって葉山先輩が言ってました」

 

「わかった。俺から謝っておく」

 

 大志が階段を下り始めた。俺は講堂全体を見渡せる窓の前に立った。すると、講堂の入り口あたりに人影があった。葉山だろうか。

 その人影が演壇の方向に銃を向け、いきなり撃った。ちょうど大志が演壇から降りるタイミングだ。

 真下からも銃声がした。屋外と違って、甲高い音がパーンと響き渡る。

 入り口近くで身を隠した人影は、コピーの大志のようだった。偵察に来て、よりによってコピーと遭遇したらしい。

 俺も窓を開けて銃の狙いをつけた。しかしここから撃っても当たりっこない。40メートルくらいは離れている。

 真下から大志が飛び出した。すごい勢いで入り口の方へ走っている。

 

「おい、やめとけ!」

 

 俺は叫んだが、大志は止まらない。走りながらパンパンと撃っている。相手は扉の影に隠れつつ、時々発砲を続ける。少し撃ちすぎだ。すぐに弾がなくなる。装填する時間はないはずだ。

 

 予想通り、2人の大志は銃を撃ちつくした。講堂の入り口にいたコピーの大志は、身を翻して逃げようとする。そこへ壁伝いに接近していた味方の大志が、追いつこうと飛び出す。隣に立っていた雪ノ下が「大志く~ん。やめなさい! 戻ってきなさい!」と、今まで聞いたこともない大声で叫ぶ。しかし、2人の大志は入り口から校舎のほうへ走って行った。追いかける大志が逃げる大志に追いつき、取っ組み合いが始ろうとしている。

 雪ノ下が俺の袖を強く引っ張って身をかがめた。俺を机の下に押し込み、「伏せて」と身を丸くする。

 

 その瞬間、すさまじい閃光が走った。

 

 部屋の中が、目を開けていられないほどの熱い光に満ちた。目を閉じていても眩しい。壁すら透けて見えるようだ。

 間髪いれずに衝撃波に体を揺さぶられた。ドドドドドドと唸る衝撃に何度も全身を叩かれ、意識が飛ぶ。あらゆる周波数の音波に襲われ、思わず耳を塞ぎ、顔を床につけた。

 

 ものすごい音と爆風の狂乱状態が続く。俺たちは部屋の中をたらいまわしにされた。洗濯機の中にいるようだった。ゴツゴツと頭に板や壁が当たり、空中には塵芥が飛び、呼吸するたびに喉に刺激が走った。

 

 気がつくと、雪ノ下をかばうように伏せていた。俺たちの上にあった机はどこかに消え、かわりにゴミや木の破片、コンクリの粉が覆いかぶさっていた。床と壁が傾いで、天井の鉄骨がすぐ頭の上にあった。

 おそるおそる顔を上げると、壁の切れ目から見える講堂は、滅茶苦茶に破壊されていた。天井の半分が吹き飛び、曇り空が見えている。その陰鬱な空に鉄骨が突き刺さっていた。

 

 雪ノ下が肩を震わせながらフフフフフと笑い始めた。……大丈夫なのか。気でもふれたか。

 

「どうした」と問いかけても返事がない。そのかわり、ツーという電話の発信音のような高周波が聞こえる。耳が聞こえなくなっているようだ。

 大声で「どうした!」と問い直した。すると、「ふざけてる。本当にふざけてる。人間をバカにしている」とうっすらと聞こえた。

 

「何がバカにしてるんだ?」

 

「ふうせんかずらよ。人をバカにしすぎ。今のは、おそらく対消滅のパロディなんでしょ。大志君と大志君が接触したら、物質と反物質の接触のように、大爆発が起こるように設定してあったのよ。本当にふざけているわね」

 

「対消滅って……」

 

「粒子には反粒子が存在するの。反粒子も普通の物質と同じように反物質を構成できる。物質と反物質が接触すると、エネルギーを解放して消滅する。反物質1グラムでだいたい広島型原爆に相当するエネルギーが放出される。たった1グラムでよ? 

 でも今のは対消滅ではないわね。その証拠に、こんな近くにいたら私たちは瞬間的に蒸発しているもの。

 大志君は60キロあったとすると、6万グラムよね、それが2人で12万グラム。今のが原爆12万個ぶんの爆発のわけがない。……ただのパロディなのよ。ふざけた設定。……なめきっている。きっと私たちが戦争をやめて仲良くしたらこうなるって、見せしめなのよ」

 

「派手にやってくれたな。大志のやつ……講堂が吹っ飛んだ」

 

 あたりは瓦礫の山だった。ようやく煙幕のように立ち込めていたホコリが落ち着き、空気の透明度が戻ってきた。動くものは何もない。

 階段がグニャグニャに曲がっていたが、なんとか下りる事ができた。曲がった鉄骨、棘だらけの木の破片、焦げ臭い煙を立てる布。その中を歩いて、地下倉庫の入り口にたどりついた。扉は破壊されて、内側に吹き飛んでいた。

 

「おーい。誰かいるか~! いるとしたら三浦だろ! いるか~」

 

 中に入っていこうとすると、後ろから葉山に声をかけられた。無事に戻ってきたようだ。

 

「今の爆発はなんだ?」

 

「大志と大志が接触したら大爆発が起こった。そう設定されていたらしい」

 

「じゃあ、大志君は死んだのか」

 

「そのようだな。中に三浦がいるんだろ?」

 

「いると思う…無事だといいが」

 

 薄暗い倉庫もガラクタで歩きにくい。葉山が崩れた跳び箱をどかすと、赤いジャージをはいた足が見えた。気を失っている三浦を引っ張り出し、葉山が頬をはたく。すると「う~ん」と声が出た。

 

「大丈夫か。痛いところはあるか」

 

 三浦が上半身を起こす。何が起こったか理解していないようだ。

 

「体中が痛いけど……」

 

 葉山が三浦の体を調べる。ジャージに穴が空いているが、かすり傷程度で済んでいるようだ。出血しているところもない。

 葉山が三浦をおぶって、元講堂内に出た。背中から下ろされると、三浦はなんとか歩けるようだった。

 俺たちは校庭の奥にある運動部の部室が集まった通称「タコ部屋」を目指すことにした。

 そこには一応二階建てで、シャワールームもある。運が良ければ久しぶりに体を洗える。

 しかし、そこまでは雪の中を進む必要がある。行きにくいのだが、行ってしまえばしばらく休める可能性が高くなる。

 

 苦労してタコ部屋にたどり着くと、戸塚の所属するテニス部の部室に入った。ありがたいことに電灯もつくし暖房も入った。水道も使える。

 一晩寝たというのに、イスを並べて寝たり、壁にもたれたり、みんな元気がなかった。

 俺は、廊下に出てシャワールームに行ってみた。男子用は一階にあり、女子用は二階にある。男子用に入ってみると、温度表示のあるパネルがあった。そこをいじると数字が変化する。スイッチをONにして近くのコックをひねってしばらくすると、お湯が出てきた。

 

 テニス部の部室に戻って、女子2名にシャワーが使えることを伝えた。

 

「今のうちに行っといたほうがいいぞ。石鹸しかなかったけど、ないよりはマシだろ」

 

「ありがとう。行ってくる。三浦さんも行きましょう」

 

「うん? ん。行く……」

 

 体が重そうに三浦が立って、雪ノ下の後を追った。喧嘩にならないことを祈るばかりだ。

 しばらく葉山と二人きりになった。なかなか珍しい時間だ。俺は聞いてみたいことがあった。

 

「なあ、三浦のことはどう思ってんだ?」

 

「どうしてそんなこと聞く?」

 

 並べたイスにあお向けに寝ながら葉山が答える。

 

「いじらしく見えるんだが。あいつはお前のこと好きなんだろ」

 

「たぶんそうだね」

 

「でも、あいつはお前の気持ちが自分に向いていないことを知っていて、言い出せないみたいじゃないか。いじらしく見える」

 

「ずいぶんと突っ込んだこといい始めるんだな」

 

「迷惑か? ならこの話はやめる」

 

「別にいいんだ」

 

「じゃあ、もう一つ聞いていいか」

 

「ああ」

 

「お前は昔、雪ノ下のこと好きだったんだよな」

 

「ああ。でも本当にそうだったのかは今となってはわからん。昔の事情は君も知っているんだろ」

 

「まあな。今でもそうなのか」

 

「わからないな。ただ、俺は彼女に好きな人ができて、それがうまく行っているのが嬉しいんだ。これは本心だ」

 

「欺瞞じゃないのか」

 

「本当にわからないんだ。困らせないでくれよ。君は昔、リア充を憎んでいたみたいだけど、今となっては君のほうがリア充じゃないか。あはは」

 

 俺は、葉山が俺と雪ノ下に対して、それぞれの事情のために負い目を感じ続けていることに気がついていた。これをなんとか解消したかった。

 もしかすると、葉山は俺たちに危機が迫ったとき、自己犠牲をしてまで助けようとするかもしれない。俺は人に哀れまれて助けられるのが異常に嫌いだ。これは人格の変更を果たした今でも変わりがない。

 

「葉山。この世界では他人を助けることに意味はない。いずれみんな消える」

 

「どうしてそんなこと言い出すかな。たとえ消えるとしても、最後まで助け合えばいいじゃないか」

 

「そうか。そう考えられることがうらやましい」

 

 やはり葉山は葉山だった。俺は葉山に負い目を感じるようになる未来が訪れないことを祈るしかない。

 

 2人の女が出て行ってからかなりの時間が経過していた。俺は廊下に出てみた。すると、突き当たりの水道場に赤のジャージ姿があった。そちらに歩いていく。

 

「お~い。終わったか?」

 

 2人が振り返った。

 

「終わった。でも来ないでくれる?」

 

「なんでだよ」

 

「下着洗ってるから」

 

「そうか」

 

 俺は踵を返した。結構仲良くやっているようだ。

 しばらくして2人が帰ってきた。入れ替わりで俺が先にシャワーを浴びに行った。バスタオルは誰かのロッカーから借用した。

 温かいお湯に顔を向けながら全身で当たると、生き返ったような気がする。

 転がっている石鹸をこすって頭髪から全身まで洗った。

 葉山もシャワーから帰ってくると、これからどうするか話し合いになった。ここで、雪ノ下が葉山と三浦に、この世界が消えることや、いつから囚われているのかわからないことを伝えた。

 やはり絶望感が覆った。それでも、葉山は「勝とう」という。

 

「最後まで諦めないで勝って、ふうせんかずらの審判を受けよう」

 

「わたしも隼人に賛成かな~」

 

 三浦がかったるそうにそういうと、意外にも雪ノ下も賛成する。

 

「そうね。希望は最後まで持ち続けるべきだわ。たとえこの世界が消滅しても、希望を捨てなければ、その後になんらかの形でつながると信じるしかないわね」

 

「どうつながるという……」

 

 ネガティブな発言をするのは俺だけだった。

 

「どうもこうもないわ。ふうせんかずらは自覚していないようだけれど、明らかにあれは人間と同じような自意識だと思うの。なぜだか自分には意思も目的もないとか言っているのだけれど、私たちからすれば自意識でしょ、あれは。

 だったら、動かせる可能性もわずかにあると思う。私たちが他人の心に影響を受けるように、私たちも何かの影響を与えられるかもしれない。事態を変えるには、それに賭けるしかないと思う」

 

「ふうせんかずらに感情移入を期待するわけか。うまく行くとは思えないな」

 

「でも、それしかできないでしょ。何か他に希望らしきものがあるのかしら」

 

「ふせんかずらに心理的な影響を与える具体的な方法が思いつかない」

 

「葉山君みたいに、最後まで諦めないで悪あがきするしかないわね」

 

「くっ」

 

「あなたがそこまで腐っているとは思わなかった」

 

「腐っているんじゃなくて、正確な判断だと思うがな」

 

「まあ、まあ」と葉山が割って入る。久しぶりに雪ノ下と喧嘩になりかけた俺も、少し反省した。今はそんなことしている場合じゃない。それに、言い合いしたって所詮無駄なことだ。

 

 希望か。状況に対する正確な判断だったら雪ノ下のほうがしっかりしている。しかも、俺なんかよりもこの世界のことを知悉している。そして絶望しかないこともよくわかっている。それなのに、あえて希望を言い出す。

 それが追い詰められた結果なのか、それとも本当に希望があるのか。

 やはり俺も希望に賭けたかった。おそらく、生きるということは、今ここにある一瞬に、小さな希望を託すことだ。生きている限り、連続する一瞬の希望を選択し続けるしかない。その事実から目をそらしてはいけない。

 わかってはいる。しかし、今の俺の心は、どうしても希望という言葉を受け入れられなかった。

 

 気持ちが滅入ってきたので、俺は外に出た。相変わらず世界は雪に埋もれていた。ただ、珍しいことに厚い雲の切れ目から青空がのぞいていた。

 近くの講堂は瓦礫と化し、校庭に面している校舎の二階の窓は、一部黒こげになっていた。

 

 青空を見上げた。雲の切れ目には太陽があった。久しぶりの日差しが顔に当たって温かい。しかし、そこにも異常があった。太陽が二つあった。

 直視できないが、確かに二つの光球がある。

 くっ。ふざけてやがる。

 感想はただそれだけだった。

 

 

 


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