俺ガイル~二次 雪ノ下父が贈賄容疑で逮捕!雪乃が独立する? BT付き 作:taka2992
名前など、どうでもよかった。俺が誰で、俺を抱いてくれているのが誰で、誰を殺して、誰が死んで、誰が生き残って、誰がこんな舞台を用意して、誰が何を望んだか。
そんなことはどうでもよかった。誰かが目をつむったままの俺の顔を、ハンカチで拭ってくれた。冷たい頬を手で覆って温めてくれた。誰かが凍えて震える手を握ってくれた。誰かが俺の頭にずっとキスをしてくれていた。密着している誰かの体のぬくもりが温かかった。
だが、その誰かが愛しかった。愛しくてたまらなかった。愛しい人のために俺は、血しぶきに染まったボロボロの心と体を元に戻さなければならなかった。そして、愛しい声が聞こえてきた。
「あなたの心がダークサイドに落ちないように、何かお話しましょうか」
「ああ、何でもいいから話してくれ……」
「あなたがいつから私のこと好きだとはっきり意識したか、当ててみましょうか。あれは確か昨年末、私が風俗情報誌を見ていたら、あなたが止めろ! と怒鳴ったことがあった。そのとき、あなたはまだそういう意識がなかったはず。でも、私は直感したのよ。まだはっきり意識していないけれど、この人、私が好きなんだって。
あなたは自分の心を認めるのを躊躇っていた。たぶん、それは私に責任がある。私の偏った性格のせいで、ずっと意に反した態度をとり続けていたから。
あなたも意外に自分の素の心を隠すのが下手よね。知略は働くくせに。でも、うれしかった。それから私は決めたの。はっきり認めさせようって。だって、あのあと、私に異様な関心を持って、探りを入れ続けてたでしょ。まさか助けに来てくれるとは思っていなかったけれど、そこまで気にかけてくれるなんて、このままあなたを放置したらいけないと思ったのよ。まるであのときのあなたは迷子のようだった。それに、あなたは過去のトラウマのせいで人を好きになっても自分から動こうとしないじゃない。だから、誘導してあげようと思ったのよ。私のこと好きなんでしょ? と問いかけて。間違っていなかったと思うのよ。一番大切なときにあなたは素直になってくれた。だから、私も素直になれた」
「……そうか…」
「だから、私のことをはっきり意識したのはあのとき。合ってる?」
「合ってる」
「そう。でもあのとき、はっきり認めてくれなかったら。私は幻滅していたと思う。そんな程度の勇気がないのなら、もう無理でしょ」
「そうだな」
「あなたはやさしい人なのよ。私みたいな女が自分とかかわっちゃいけない、とか勝手に考えていたでしょ。まったく自己犠牲的な性格してるのよね。
………そうだ。これが終わったら……ふうせんかずらが消えたら、どこか旅行にでも行かない? 雪に閉じ込められて鬱屈してしまっているから、どっか温かいところがいい。あんまり人がいないところ。意外に思われるかもしれないけど、ビーチリゾートとかいいかも。私だって日焼けさえしなければ、太陽のギラギラした浜辺で、パラソルの下で寝転がっていたいもの。一週間くらい羽根を伸ばしたい。旅行から帰ったら、私のところへ来て一緒に住んでくれないかしら。あそこは一人だと広いし……一緒に暮らせたらうれしい………」
雪ノ下が言葉に詰まった。俺は目を開けて顔を上げた、すると、俺の額の上に顎があった。そこから涙が点々と垂れてきていた。
「どうした? なんでお前が泣いている」
「ごめんなさい。この世界での私たちの行く末を考えると………」
「この世界はどうなるんだ?」
「それは……あなたが回復したら言うわ……」
「そうか。でも、体の感覚が戻ってきたように感じる」
俺は手を動かしてみた。冷たさは残るものの、しびれはなくなっていた。雪ノ下にもたれていた体を起こしてみると、不快な脱力感が和らいでいた。
「ありがとう。よくなっている」
試しに立ち上がってみた。多少ふらついたが、足腰にしっかりと力が入った。不安はあるが大丈夫かもしれない。
俺はまた床に座って、壁にもたれた。雪ノ下が握っていたハンカチをとって、今度は俺が涙を拭いてやった。
掩蔽壕の中には、葉山と三浦がいた。イスに座って俺たちをチラチラ見ている。いちゃつき過ぎのような気もするが、こんな異常な世界に閉じ込められている。好き勝手にやらせてもらうさ。
残りの人間は扉や廊下で監視活動でもしているのだろう。
三浦が小声で葉山に話しかけている。
「隼人、あの2人のこと知ってたん?」
「ああ、知ってたよ。結構前から」
「ふ~ん」
「お似合いだろ。あれは宿命だな」
「雪ノ下さんてもっと冷血だと思ってたし。あんな優しいなんて意外だし」
「人は見かけによらないってことだろ。優美子も意外に純粋で、面倒見もいいし。恥ずかしがりやだしさ」
葉山がそういうと、三浦が少し赤くなった。
「でも、それって褒められてる?」
葉山がはははと笑う。
「比企谷君、歩けるかな。大丈夫なら生徒会室に戻らないか? ストックの弾薬とか食料もあるし。腹減ったよ」
「わかった。行こう」
三浦が残りの人間に移動を告げるため、立ちあがって掩蔽壕を出た。俺はフラフラしながら葉山に続いて歩いた。教室の入り口にはいろはが、廊下の柱の影には戸部と大志が座っていた。大志は見張り役が板についてしまって、移動と知ると、銃を構えて先鋒を務めていた。
生徒会室に戻る途中で、葉山と戸部が教室に入り込み、毛布代わりにするためのカーテンを引きちぎった。全部で6~7枚になると、米俵のように嵩張った。だが、俺にはそれを持ってやる気力がなかった。
階段を降りて2階に行く途中で、銃声が聞こえた。大志が駆け戻ってくる。
「向こうの葉山さんと戸部さんがいました。自分が撃ったら逃げて行ったんですが、缶のようなものを持っていました」
「要警戒だな。何か考えているんだろ。向こうにも比企谷君がいるんだからな」
「向こうの俺は相当怒っているだろうな。それから滅茶苦茶ショックを受けてもいる。自爆覚悟で攻撃してきてもおかしくない」
「でも、向こうにも雪ノ下さんがいるから、異様なこと始めようとしたら、止めるだろ」
俺はそう願った。向こうの俺がどんなことを考えているのかわからないが、もしかすると奇想天外な作戦を立案しているかもしれない。この数時間の沈黙が不気味だった。ただ、3体の死体をどうにかする時間だったのかもしれないが。
生徒会室は出て行ったときのままだった。荒らされている様子はない。残っていたカバンの中にはパンとペットボトルがあった。食欲がまったくなかったが、俺はそれを無理に胃に流し込んだ。持っている4丁の銃のうち、3丁は葉山、戸部、大志に渡した。死んだ3人のカバンを開いて、弾薬を集め、再配分した。それぞれのポケットが弾で膨らんだ。
突然、廊下のほうから銃声が響いた。葉山と戸部が掩蔽壕から飛び出す。それと鉢合わせするように大志と一色が教室に駆け込んできた。
「葉山先輩、向こうは全員で来てます。すごいです。マジです」
パンパンパンという散発音と同時に、壁がズシンズシンと振動する。全員が掩蔽壕に走りこんでくる。葉山たちは机のすき間から入り口をうかがい、銃口を向けている。
俺は念のために、掩蔽壕からいったん出て、窓に駆け寄った。窓を開いて外を見る。雪が2階の床下あたりまで積もっていた。人影はない。
そして、俺が実行した作戦を思い出したので上も見てみたが、垂れ下がっている人間もいない。窓側の安全を確認すると、再び掩蔽壕に入り、銃を構えた。
入り口から覗き込んでいる手鏡が見えた。顔を出すのが危険なので、鏡で見ているのだ。俺はそれを狙って撃った。近くに着弾して鏡が引っ込んだ。そのとき、何か鋭い匂いが漂ってくるのに気がついた。この匂いは……。
ザバーンと音がして、バケツが次々と部屋に投げ込まれた。この匂いは、ガソリンか軽油だ。やばい! 鼻を突く匂いが充満する。
「なんなの?」と三浦が叫ぶ。
「みんな窓を撃て! ガソリンのガスが充満したら爆発するぞ。ガスを逃がすんだ!」
全員で窓を撃つ。次々と割れるガラス。そして、冷気が吹き込む。そのおかげで爆発は免れたが、床が燃え上がった。黒煙を噴き出す劫火が教室を占領し、ものすごい熱気が渦巻く。相手がひるんだと踏んだのか、入り口からは銃口が覗き、めくら滅法な発砲が始った。
「くそっ!」葉山が応戦するが、あまり意味がない。このままだと、すぐに火が掩蔽壕のほうまでまわる。おそらく、廊下に飛び出した瞬間に集中砲火を浴びるだろう。
戸部が机の上に立ち、廊下側の壁の上部にある窓を撃った。そして、手を伸ばして銃だけを廊下側に出し、めくら滅法に発砲し始めた。
その行動は正しかった。あそこから軽油やガソリンを投げ込まれたら、もう逃げ場はない。
目の前の机がミシミシと焦げはじめた。熱で目が痛い。そして、とうとう机が燃え始めた。もうこれ以上、熱くて耐えられそうもない。
「うがっ」と大声を立てて、顔に血を滴らせた戸部が、机の上から転落する。跳弾が当たったのか、そのまま劫火の中へ転がる。
「おい戸部!」と葉山が叫ぶが、すでに燃え上がっている戸部を助ける術はない。
そして……。戸部が守っていた小窓から、軽油が降ってきた。それは掩蔽壕の中に降り注いだ。一気に火が回る。俺にも軽油がかかった。その部分に火がついたのであわてて消す。掩蔽壕の中にいた人間はみんな体の火を消すのに躍起だった。
「もうここはダメだ! 窓から飛び降りるぞ! みんな走れ!」
俺はそう叫んで、隣りの雪ノ下の手を引っ張った。火に炙られながら窓に近づくと、間髪をいれずに2人で飛んだ。ずっぽりと雪の中に体がめり込んで、腹のあたりまで沈んだ。火傷気味の体が冷えた。
次に飛んだのは葉山と三浦だった。そして大志が窓に見えたときは、銃声が聞こえた。大志も俺の近くに落ちる。
銃声がうるさくなった。葉山が「一色! おい! いろは!」と窓に向かって叫ぶが、返事はなく、本人が姿を現すことはなかった。窓からは黒煙が噴出し、炎の舌先がチラチラと白い壁を舐めている。みるみるうちに白い壁が焦げていく。
ただ、そのおかげで身動きできない俺たちが銃撃を免れていた。ひょっとすると全員焼死したと思っているかもしれない。あいつらが現場検証できるまで、まだまだ時間がかかる。
体を動かして、なんとか校舎側へ移動する。しかし、なかなか進まない。靴も脱げそうになっている。
雪を掘るように進み、なんとか一階の入り口までたどり着いたときには、全員が疲れ果てていた。顔はすすけ、服は焦げて穴が開いている。
残ったのは俺、葉山、大志、雪ノ下、三浦の5人だった。