俺ガイル~二次 雪ノ下父が贈賄容疑で逮捕!雪乃が独立する? BT付き 作:taka2992
材木座が部室を出てからしばらくして、平塚先生が入ってきた。さっきよりも多少顔色が戻ったようだ。
「みんな、今日空いてるか? お礼の宴会をドド~ンと開きたい。宴会といっても君たちはノンアルコールだが。店はあそこがいい。夜景が綺麗な、幕張新都心の高層ビルの上のほうにあるカラオケ・パーティルームだ。OKならこれから予約する」
「先生、二日酔いは治ったんですか? 今日はやめておいたほうがよかないですかね」
俺がそういうと、「なーに、向かい酒一発で復活するさ。面白い余興もあるみたいだしな」と平塚先生がニヤニヤしながら俺の肩に手をかける。
なんか嫌な予感がする笑い方だったが、みんな賛成のようだ。ただ、今日は家の用事がある大志は参加できないという。
先生は、戸塚とか材木座も呼んでかまわん。呼べる奴は全員呼べ! と大風呂敷を広げるので、俺は遠慮なく戸塚や材木座にメールした。
幕張新都心までみんなでゾロゾロ歩いていると、途中で戸塚が追いついてきた。戸塚が弱いテニス部を見限って奉仕部に転部してくれたら……
「はちま~ん! 今日は楽しそうだね」
「よお、戸塚。お前も先生の救出作戦に加わったから、ご馳走にあずかる資格は十分にあるぞ」
「何もしてないけどね~」
頭をかきながら戸塚が笑う。それを横目で見ていると、後ろを歩いていた小町に尻をつねられた。尻から背中にかけて痛みが走る。
「いてぇ」
「ん? どうしたの、八幡」
「いや、なんでもない。今日の宴会場は、カラオケOKの個室で料理もすごく美味いんだって。そこらへんのガキが行くカラオケとは違って、大人の社交場らしい」
「ふ~ん。お金とか大丈夫なのかな」
「大人の財力をなめるなとか言ってた」
高層ビルの27階にその店はあった。店名は「スカイラウンジ・オセアノス」だった。
「へぇ~、カラオケボックスじゃないんだね。ラウンジだって」
由比ヶ浜が店のロゴを指差すと、雪ノ下が「海に面しているからオセアノスなのかしらね」と思案顔で言う。
女性コンシェルジェが近づき、「総武高の方たちですか? お部屋にご案内します。こちらにどうぞ」と先を歩き始めたので、みんなついていく。
店内の照明は暗く、廊下からはパーティルームのドアがいくつか見えた。絨毯引きの廊下を歩いても靴音がしない。それに、下手糞なカラオケの声すら聞こえてこない。
「こちらです」
コンシェルジェに通された部屋は、20畳くらいの大きさで、中央に大きな円形のテーブルがあり、それを囲むようにイスが並んでいた。奥にはカラオケモニタとマイクスタンドが立った小さなステージがあった。
先生はステージ側に座っていた。すでにコップに残っているビールは半分。その隣りにはやはり陽乃さんがいた。由比ヶ浜と小町が陽乃さんに手を振る。
「やあやあ、みんな来たね~ ガハマちゃんも小町ちゃんも元気そうだね。小町ちゃんなんてちょっと見ないうちに背が伸びたね~」
「姉さん、それは親戚のおばさんの言うことでしょ」
「まあいいじゃない。雪乃ちゃんも座った座った。今日は発表することがあるからね~主賓の比企谷君も早く座って~」
「陽乃、発表することって何だ?」と先生が問いかけるが陽乃さんは笑ってシカトする。
主賓? マジでなんか嫌な予感がする。何をしかけてくるのかわからないのが陽乃さんだ。それに、先生はさっき、楽しい余興もあるとか言ってたのも気になる。しかし、そうやって深刻に警戒してしまうのは俺の悪いクセかもしれない。
俺がボーッと立っていると、陽乃さんが「ほらほら!」と近づいてきて、手を引っ張られ、雪ノ下の右隣りに座らせられた。俺の右隣には戸塚が座った。雪ノ下の左隣は先生、その向こうは陽乃さん、そして小町、由比ヶ浜という布陣だった。
テーブルの上にはジュースとコップがあり、「みんなとりあえず手じゃくでやろう」と先生がいうので、手じゃくの意味がわかった奴は自分でジュースをコップに注いだ。わからない奴は真似した。
「それでは! 静ちゃんの窮地脱出を祝って、乾杯しよう!」と陽乃さんが立つので、みんなも立った。
「かんぱ~い!」
めいめいがコップをコツンと当ててジュースを飲む。先生と陽乃さんはビールだった。それも先生だけは大ジョッキ。
グビグビ飲んで、プハーッと目を瞑るその顔はすでにほんのりと赤い。幸せそうだ。幸せそうだよ、うん。
大きなサービスワゴンを押して、コンシェルジェが入ってきた。そこには、人数分の前菜やらスープやらサラダやら……、そしてなんとローストビーフが出てきた。下手をすると一人一万円ぐらいのコースなんじゃないの?
食事が終わるころには、先生の前にはビール瓶が5本立っていた。
「静ちゃん、それで、彼とはうまくいってんの?」と陽乃さんが話のついでにたずねると、先生は「うっ、う、う、う~」と、腕を目に当てて泣き始めた。……ということは、うまく行かなかったのか?
「あの人、俺はいつまでも待ってるって言うんだよ。……俺は一回死んだも同じの人間だ。いまさらどうなってもかまわない。……俺は滑り止めでいいよ。もっと良い男が現れたらそっちにのりかえればいい。そのときは静ちゃんの幸せを願ってひっそりと身を引くさ。でも、一生私を待ってるなんて言うんだよ……うっ、うっ、うっ」
「ふ~ん。いい人そうだねぇ」
「そんなこと言われたら……捨てることなんてできないじゃない……乗り換えるなんて無理じゃない……。ずるいよ……うっ、ぐすっ、ずるっ……あ~酒が足りない、お姉さん! ハイボール一杯! ダブルで」
その様子は悪酔いしているようにしか見えない。
「大丈夫ですか、先生。もう止めておいたほうがいいのでは?」
さすがに雪ノ下が先生をたしなめる。すると、コンシェルジェが水とハイボールを持ってきた。それを受け取った由比ヶ浜が先生の前に水を置いた。先生はそれに気がつかず、水をグビグビ飲んだ。そして何も言わない。その後、とうとうテーブルに突っ伏してしまった。
「あ~あ、静ちゃん、このままだと潰れちゃうね」
「姉さんは車? 先生を送って行くのよね?」
「うん、大丈夫だよ」
「でも陽乃さん、ビール飲んでませんか? やばくないですか」
由比ヶ浜が心配そうに言うと「大丈夫でしょ。これくらい。コップ一杯しか飲んでいないし。そのうち醒めるでしょ」
俺は陽乃さんに「発表することって何ですか?」と訊いた。
「発表するって大げさなことじゃないんだけどね。そうだ、比企谷君はもう知っていると思うな~」
「は? 俺が知っている?」
「あれだよあれ~」
もしかして、留学のこと? やばい、陽乃さんが雪ノ下のほうをチラチラ見ている。雪ノ下は無表情だったが。
そのとき、平塚先生がガバッと立ち上がった。顔が青ざめて死人のようだ。半眼で表情がまったくない。
もしかしてリバース? いい大人がリバースしちゃうの? 隣りの由比ヶ浜とか小町もただならぬよの様子を、驚いて身を引くように眺めている。
「……みなさん、おそろいで。これから面白いイベントを行います。……みなさんは他人がどんなことを考えているか知りたいと思ったことはありませんか……そんな願いをかなえてあげましょう……みなさんには面白い実験の対象になってもらいます……」
え?……なんだって?…まさか、ふうせんかずら? 材木座の書きかけ小説を読んでいた奉仕部の面々はその意味がわかったらしい。しかし、ふうせんかずらなんてこの世に存在しない。一瞬驚いたが、俺はおふざけだろうと思った。
隣りの陽乃さんが立ち上がって、平塚先生の体を揺する。
「どうしちゃったの? 悪酔いしちゃった? 大丈夫かな~ ちょっと座ろうよ」
「……私は酔っていません。……平塚先生がずいぶん性格的にズボラだったので利用させてもらいました。……私には名前がありませんが、一部の人たちはふうせんかずらと呼んでいます。……私は人間ではありません。………みなさんには人格を入れ替わってもらいます。誰と誰が入れ替わるか、いつ入れ替わるか、いつまでそれが続くか、誰にもわかりません。それでは、みなさん。このイベントを楽しんでください……」
平塚先生はゆっくりと話をしめくくり、席に座って、再びテーブルに突っ伏してしまった。
「マジ? そんなことありえないと思うけど」
由比ヶ浜が恐怖で顔を引きつらせて先生を見つめる。場の雰囲気が一瞬で凍りついてしまった。
「ふうせんかずらって何?」と陽乃さんが訊くので俺はアニメに出てきた正体不明の人に憑依する霊魂のようなキャラクターを説明した。それを材木座が小説の中で利用していることも。
「まさか、そんなこと………うっ……」
雪ノ下がテーブルに突っ伏した。そして、由比ヶ浜も「え?え?」と声を出して突っ伏した。
いくら頭のいい陽乃さんでもこの状況を理解できないらしい。少しうろたえている。
「戸塚と小町は平気か?」俺はそう訊ねると、二人ともうん、うん、とうなずいた。
「お兄ちゃん、こんなことある?」小町はそういいながら、突っ伏している由比ヶ浜の背中を揺らした。しかし、何の反応もない。俺と陽乃さんは雪ノ下の背中をトントンと叩いたり揺らしてみるが、こちらも反応がない。
一体、この状況は何だ?
「救急車呼んだほうがいいかな?」と小町が言ったとたん、雪ノ下と由比ヶ浜がガバッと体を起こした。
由比ヶ浜が言う。
「わたし、どうしたのかしら。わたしはここにいるのだけれど、そこにわたしがいるのはどういうこと?」
それに応えるように雪ノ下が言う。
「ええ~! わたしってゆきのんになってる! なんで? 髪も黒くて長いし」
「お前ら入れ替わったのか?ふうせんかずらにやられたのか!?」
「わたしの姿がそこに見えるということは、どうやらそうみたいね」
そう言って、由比ヶ浜の体に入った雪ノ下が確かめるように手を振ってみたり、髪を触ったりしている。雪ノ下の体に入った由比ヶ浜も同じような身振り手振りをくり返している。
「うそ~! そんなことあるわけないじゃない。冗談よしてよ」
陽乃さんは目を白黒させて雪ノ下と由比ヶ浜を交互に見比べる。
「八幡。一体どうなってるの?」
「見てのとおり、あいつら、入れ替わったらしい。戸塚、なんかお前をマズイところに巻き込んじゃったようだな」
「そう言われるとなんか怖いよ」
「う~む。平塚先生は入れ替わっていないとして、雪ノ下と由比ヶ浜はどうしたらいいんだろう」
「材木座君の小説では、入れ替わりはどれくらいで終わるのかしらね」
由比ヶ浜の体に宿った雪ノ下が俺を見る。
「わからん。奴はいまごろそのあたりを書いているのかもしれない」
「ヒッキー、どうしよう。でもこのまま明後日の試験受けたら、わたし、すごい成績取っちゃうね。逆にゆきのんは困っちゃうね」
「模擬試験のことね。あれは確か今年から導入されたのだけれど、3年の今ごろの成績なんかあまり関係ないから、大丈夫だと思う」
「でも……」
「おい、そんなことより、これからどうするかだ。由比ヶ浜の体に入った雪ノ下が、由比ヶ浜の家に帰れるのか? 家族と話が合わない可能性があるぞ」
「そうね。どうしたものかしらね」
「じゃあ、雪乃ちゃんのマンションにガハマちゃんが泊まればいいんだよ。その、ふうせんかずらの呪いが解けるまで」
「それがいいと思います。小町も行きたいです。また合宿しましょう!」
「おい、これは合宿とか言って遊んでいる場合じゃないぞ」
「そうでした。でも二人に何かあったとき、もう一人いたほうがいいでしょ?」
俺はとりあえずイスに座り、目の前にあったジュースをコップに注いだ。この前代未聞の事態にどう対処したらいいのかさっぱりわからなかった。