王様をぎゃふん! と言わせたい   作:ハイキューw

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第98話 ボールはトモダチ

「田中、前に言ったポジションの事、覚えてるか?」

「! ウス。MB(ミドルブロッカー)の件スね?」

 

 

それは、次の試合が始まる直前の事。

以前、烏養が田中に伝えていたことを再確認させていた。

 

田中の従来のポジションはWS(ウイングスパイカー)だ。……だが、反応の良さ、瞬発力、跳躍力、身長こそ180に届かないが、それらの身体能力はチームでも上位に位置する。

 

攻撃面が主に目立つ田中だが、事ブロックにおいても前衛時、自身のマッチ相手に対しては必ずと言って良い程ボールに触っているのだ。

 

今までは澤村が前衛の時 攻撃力強化の為 交代する事で、守備力に秀でている澤村の万能型から、より攻撃力重視の特化型へと変えていたが、今後はMB(ミドルブロッカー)の田中でも面白いのではないか? と言う提案を以前から受けていた。

 

 

正直、元々のポジションから外される事に、悔しい……と言う気持ちが無かった訳じゃない。

主将であり、3年の澤村はまだしも、実力は十二分に解っているが火神は1年だ。負けたくない気持ちがかなり大きかったが……、その後ろ向きな気持ちはほんの1秒ほど。

 

与えられたチャンスは全てモノにする。結果で示す。

WS(ウイングスパイカー)だろうと MB(ミドルブロッカー)だろうと関係ない。

 

田中自身が出来る事を全て、もてあます事なく全力でするだけだから。

 

 

「成田。お前もいつ出ても良い様にスタンバっとけよ。ガンガン切り替えて行くからな」

「えっ、あっ。ハイ!」

 

 

そして、勿論。目立たない様に見えるが、仕事人・苦労人の1人でもある成田の事も忘れていない。

田中や西谷と言った曲者たちが居る2年の中の常識人の1人でもある………と言うのは兎も角、成田は兎に角善し悪しの波の幅が狭い。所謂 【本番に弱い】と言った言葉は、成田の中では無く、自分自身が出来る事をきっちり試合中でも発揮する堅実型。

それは十分過ぎる程の長所だ。

常に自身の実力を発揮し続けると言うのは、練習の如何次第で、今後より高いレベルのプレイを安定させれる可能性が高いのだから。

 

部員が決して多いとは言えない烏野。

ならば、数が少ないのであれば質を向上させるつもりだった。層を厚く、より厚くする為に満遍なく選手達を見て、それぞれに合った分野を開花させる……つもりだったのだが……。

 

やはり、どんな事にでも 例外と言うものは存在する。

 

 

その内の1人が当然 日向である。

 

烏養は日向の所まで移動すると、先ほどの続きを。……自分の考えを伝えた。

 

 

「――オレは、将来的に~っつったが、お前と影山の【変人速攻】は今のままでも十分凄ぇし、そもそも完成系だと思ってたよ。……それ以上は、欲張りすぎ。駄目、とも言った」

「………?」

 

 

日向は、少し表情が険しい様に見えるが、烏養の言っている言葉は、先ほどと違い否定的では無かった。

その事が、日向の表情を良い意味で変えた。

 

 

「でも、オレよか遥かに付き合いが長ぇ火神が 【日向(お前)見えている(・・・・・・)】って断言してた。……あの一瞬で、ほんの僅かな時間で コート内を俯瞰して見えてるつーなら、十分可能だと思うぜ」

「!! それじゃ……」

 

 

思わず目を見開いた。

影山には当然、完全否定され 菅原にも諭される様に否定され……、そして 火神には 自分で戦えるようになる為に、火神自身に追いつく為に、と自身を縛っていて……、色々と苦悩があったが、それが実った感覚が日向にはあった。

 

それは、烏養の言葉として現れる。

 

 

「そんで、もし―――あの速攻がまだ進化する、ってんなら。オレはそれを見てみたいと思う」

「ッッ!!」

 

 

コーチである烏養に【見たい】と言わせる事が出来た事に対し、歓喜し そして必ず見せてみる、と決意を新たにした瞬間だった。

 

だが……直ぐに意気消沈する結果にも繋がる。

 

 

「……まぁ、だからって何をどうすりゃいいかとか全然わかんねぇけど! とりあえず、今までの【打たされてる】って感覚捨てないとダメだろうし、今日はもう、お前 試合の出番なしな」

「エエ゛!!」

 

 

折角やる気満々、増し増しテンション。先ほどのどんより感が嘘のように、晴れ渡った筈だったのに、日向の()は、光を遮る奈落に突き落とされてしまった。

 

 

ガクッ、とわざとらしく両手・両膝を着く日向に 火神は笑いながら駆け寄って日向の眼前にボールが見える様に入れ込んだ。

 

 

「最近、翔陽はサボってる(・・・・・)と思うぞ」

「ええ!? サボってなんか無いって!! 誠也が更に追い打ちするーーっっ!??」

 

 

一体何をサボったのか? と聞く前に 日向は顔を ガバッ! と勢いよく上げて全否定。この合宿に来る為に嫌いな勉強だってサボらず頑張ったのだから。

(学生である以上、ある程度勉強を頑張るのは当たり前)

 

そんな日向に、火神は更にボールを押し付ける。

(痛みは無い)顔面にボールを押し付けられて、日向は ぐにゅっ、と鼻を僅かに歪ませた。

 

 

「前に言っただろ? (ボール)に慣れろ、(ボール)は友達。……影山のあのトスを自分で操るっていうんなら、もっともっと(ボール)に慣れないと。あんなトス、上げて貰った所で 空中であたふたするのが関の山。……だから、出れないその時間もバレーボールだ」

 

 

火神にそう言われて、きょとん、としていた日向だったが、直ぐに思い出してその(ボール)を両手で持って受け取った。

 

確かに、前々から言われていた事だった。

一にも二にも、まずは(ボール)に触り続ける事。

 

中学時代は、授業中でさえ持ち込んで教師に怒られて、火神にも限度がある、と呆れられた程触っていたのに、高校に入ってバレー部に入って…… 色々と問題は起こしたが憧れていた烏野に入って……、少し忘れてしまっていたかもしれない。

 

 

部活は毎日頑張っていたけれど、(ボール)に触る、慣れる、と言う事に関しては。

 

 

 

 

「んで、翔陽。……(ボール)は?」

 

 

 

日向は改めて火神の顔を見た。

ニッ、と歯を少し見せて口端を少し吊り上げて、よく見てきた火神の笑顔。独り立ち宣言して置いて、中々情けないとも思うが、お節介はさせてくれ、と火神が言っていたのを思い出す。

 

何より、上手くなる為。……自分でも戦える強さを得る為には、やっぱり火神の存在は日向にとって必要だ。

 

目指すべき目標として。……親友として。

 

 

「【オレの友達】だ!!」

「ウシ! ……どっかからパクった様なセリフだけど。実に大切な事だ。ちゃんと一緒に居てやれよ」

「おう!」

 

 

日向は、力強く返事をすると、大事そうに(ボール)を抱きかかえた。離さない、と言わんばかりに。

 

その後も暫く抱えていたので、火神はため息。

 

触り続けろ、とは言ったが、バレーボールはサーブと言う例外を除けば、(ボール)には一瞬しか触れる事が出来ない競技だ。

だから、ただ抱えているだけ良いワケではないのだが……、一先ず初心に還れた、と言う事でそれ以上は何も言わず、目の前の試合に集中するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして昼ご飯の時間。

午前中、この合宿参加しているメンバー全員、もれなく動きまくった為、殆どの者が腹を空かせた野生動物の様になっていた。

 

ギラギラと、野性の肉食獣の様に食堂に並び……、そして思う存分腹の中へと掻きこむ。

 

 

「んぐっ、んぐっ、んぐっ!」

「はっはっは、日向の食べる勢いも量も凄いんだけど、縦に伸びないよなー? まぁ 動きまくってるから横にも伸びないけど」

「んぐぐっっ!! ……ごくんっ!  うっせーーーな!!」

 

 

一緒に食事を食べているのはリエーフ。

いつもどんな時でも素直な性格は、時に周りを苛立たせる天才へと早変わり。

もしも―――ここに身長に関して 特に気にしている西谷&夜久のリベロコンビが居たら(特に夜久)、物凄い折檻が待っていた事だろう。

 

席が離れている様なので、今回は命拾いした様だが。

 

 

「これから伸びるんだよっ! デカくなるんだ!!」

「?? んでも、デカくなったら 翔陽がいつも言ってる小さな(・・・)巨人になれなくなるぞ?」

「んがーーー!! だーーかーーーら!! それとこれとは話が別なんですーー!! それもいつもいつも言ってんじゃん!!」

 

 

横で笑いながら食べているのは火神だ。

身長ネタは、気にしている組からしたら、地雷そのもの―――だが、ある意味恒例行事にもなっている。小さな巨人に憧れた少年、が日向なのだから。身長ばかり気にせず自身を磨け~と言うのが火神の大人な意見であり。でも、日向はそう易々と割り切れる程、大人ではないので、この手のやり取りが続くのだ。

 

 

「あっ、それはそうと。聞きたかった事があったんだ。日向、なんでメシの前、メシ中もボール傍にあるんだ? ずーっと持ってるみたいだけど」

「んあ?」

 

 

再び昼食の鶏唐揚げをかきこむ日向だったが、リエーフに聞かれたので一先ず中断。

口の中の物を全部呑みこんでから、説明。

 

箸をおいて、置いていた(ボール)を手に持ってくるくる~と両手で回す。

 

 

「オレ、まだへたくそだからさ。ずっと誠也にも言われてたんだけど……。最近忘れてた。関係ない時だってボールに触る! トモダチになる! って感じでな。だから、1日中もっとくつもり!」

「へぇ~。持ってるだけで上手くなれるのか? 火神」

 

 

バレーの技術で言えば、間違いなく火神がこの合宿でもトップクラスだ、とリエーフも思っている様なので、日向ではなく火神に聞いた。

 

 

「上手く~と言うより、慣れる為、かな? そりゃ レシーブ上達するならレシーブ練、スパイクならスパイク練……そっちに比べたら劣ると思うケド、翔陽の場合はまだまだ(ボール)の扱いに慣れきってない。(これ)が自分の身体の一部だ~ って思える程慣れたら、より上達する速度が上がると思うぞ?」

 

 

乞うご期待!

と言わんばかりの火神の顔を見て、リエーフも触発されそうな気配があった。興味津々、と言った感じだ。

日向も日向で、上達していく自分を想像しているのだろう。よりその表情に出ていた。

 

 

「リエーフもやれば? やりたそうな顔してる」

 

 

そんな時、向かい側で食べていた孤爪がリエーフに言う。

 

今まで音駒では一番目立つ~と言っても良い程の体躯、そして動きをしていて忘れがちではあるが、1年のリエーフは 見かけとは裏腹に高校からバレーボールを始めた初心者。

 

その長身、長い手足、初心者離れしたセンスで 既に音駒の戦力と言っても良い存在。

 

 

―――でも、要所要所を見てみると、初心者だな、と思わせるようなミスは多々ある。

 

 

ミスをする度に、夜久の怒号が飛び そして孤爪は顔を顰めるのだ。

 

そして、興味津々、触発されていたリエーフだったが いざ自分が日向の様に(ボール)を四六時中触り続けている事を想像してみると――――掘りの深い顔があからさまに顰めていった。

 

 

「ヤです。ずっと持ってるなんて、めちゃくちゃ邪魔くさいじゃないですかっ!」

「初心者の癖に生意気。折角、誠也が指導してくれるって言うのに」

「あの、研磨さん? オレは説明しただけで、指導する~なんて一言もいってませんよ??」

 

 

火神は知っている。

 

リエーフの教育係を度々押し付けられている事に。

そもそも孤爪は、レベルの高い音駒のレシーブに過保護扱いされているセッター~と言われがちだが、本人のスキルも十分高い。音駒の脳と呼ばれるのは決して伊達ではない。

 

……が、その性格・性質故に熱血とは程遠く、寧ろ 面倒くさい事、汗かく事、嫌い、とまで言ってのけるから、指導とか たまったモノじゃない、と直接的に言葉にはしなくても顔に思いっきりでるのだ。それがコーチであれ監督であれ。

 

それでも、断固拒否する……ワケにはいかないので渋々教えている。

 

 

そんな時、日向に教えてる火神を。精神論? 的な事も踏まえて教えている火神を見て、しれっ、と押し付けようとした。……された様に火神は感じたのである。

 

 

孤爪は、火神の言葉に軽くスルー。

火神が【こっち向いてください!】と言っても、そのまま スマホをいじり出した。

 

 

 

そんな孤爪を見ていた黒尾や夜久、そして海は 何処か仄々……としていたりする。孤爪が、スマホではなくチーム外の誰かを弄っているなんて……と。

 

 

 

 

 

 

一連のやり取りを見て、口の中が空っぽになったのと同時に、日向は大笑いした。

 

 

「リエーフと一緒に居たら、研磨も先輩っぽいんだな! なんか誠也に押し付けようとしてたケド、誠也は烏野だから、あげれません!」

「そもそも、オレを物扱いするなっ!」

「……………」

 

 

孤爪は、火神に押し付ける……のは、半分は冗談のつもりだった。少なくとも試合形式の練習外ではリエーフに色々と知識を詰め込んでもらえそう……、後々が面倒じゃなくなりそう、と言う淡い期待は少なからずあったが。

火神の性格。他人の目を気にし過ぎるが故に、よく見る孤爪の目には はっきりと見えていたので。期待値はそれなりに高かった。

 

 

……が、日向の物言いには異議ありかもしれない。

先輩風を吹かせたワケでも、(ボール)の携帯を強制したわけでもないから。

 

当の日向は、孤爪がチームメイトと話していたこの様子は新鮮に映ったので仕方ない。

 

 

「べつに、そんなんじゃないから」

「あ、やっとこっち向いてくれましたね……」

 

 

孤爪は心底嫌そうな顔をしていて、それを見て火神は苦笑い。

日向も同じく少し笑う。

 

 

「あ、そうだ! 研磨さ、メシ終わった後、ちょっとトス上げてくれよ! 研磨のトス、打ってみたい!」

「やだ」

 

見事な即答。

でも、日向も負けてはいない。

新型の速攻を試す――――。まだ影山からの返事は皆無だが、一先ず烏養からは期待されているのは解ったので、気合は入っているのだ。

 

―――……少なくとも()は。

 

 

「えーー、1本でいいからさ!」

「………めんどくさい。誠也に上げてもらえば?」

「研磨のトス打ってみたいんだって!」

 

 

まだまだ渋ってる孤爪。

この場合はどちらに助け舟を出すべきか……と迷う火神。烏野側が妥当だけれど、貴重な貴重な音駒の孤爪やリエーフとの交流だ。

 

色々と悩んで(0.5秒ほど)結論。

 

 

「翔陽の1本(・・)は、実際は1本じゃないからなぁ……」

「へ? どゆこと? ていうか、オレも1本打ったって意味ない、とは思ったけど」

「ん? 1本打ったら、また1本、更に1本、―――――エンドレス」

 

 

それを聞いて、ますます孤爪は顔を顰める。

日向なら有りそうだ、と言うか日向がたった1本で満足するワケがない、と確信。何よりも火神が言うんだから確信に勝るものがある。

 

 

「なんだ。日向はウソつきなのか」

「チーーガーーウーー!! 誠也も、変なこというなー!」

()、て。事実じゃん? 付き合ってあげてる人にそーんな事言うと………」

「わーわーわー‼ ウソウソ!! 誠也変じゃない!!」

 

 

 

このやり取り。

リエーフは、最後に【やっぱり日向はウソつきか】と辛辣なツッコミを入れて。

孤爪は【みんなうるさい】と苦言を呈しながら、よそった料理をちびちび、ゆっくりと食べるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんな後輩たちのやり取りを微笑ましそうに見ていた黒尾だったが、同じく烏野の主将である澤村と話をしていて、表情が変わっていた。

真剣なモノに。

 

 

「今更だけど、烏野(そっち)も3年全員残ったんだな」

「おお。勿論だ」

 

 

春高に出る為、……この2人の間柄で言えば、ゴミ捨て場の決戦もあるだろう。

その為に、引退の二文字はIH予選後には選ばなかったのだ。

 

そして、音駒の方のIH予選の結果も……聞いている。

 

 

音駒(そっち)は、2日目に去年の優勝校…… 井闥山と当たったんだろ? 全国優勝も何度もしてる文句なしの優勝候補と。……日向伝いで聞いた」

「ああ。ベスト8止まりだ」

「東京都ベスト8か。すげぇな」

 

 

あまり思い出したくない事ではある、が主将として 受け止めて前に出なければならない事を知っているので、なるべく平然に返した。

表情だけは、険しいが。

 

 

「……勝ち残んなきゃ意味無ぇよ」

「………そうだな」

 

 

そう―――互いに知っている。

つい最近の……本当の敗北を。もう1度が無い敗北を。

 

そして、何度も味わってきている。

 

このグループ内トップクラスの音駒と言えど、まだ全国の地には足を踏み入れていないのだ。

 

だからこそ、この合宿に入る気合は計り知れない。

澤村も解っていたつもりだったが、まだまだ全然だった、と言う事を火神から……そして、日向にも気づかされた。

 

 

主将として情けない気分になるが、それをも抱えて前に進む。……勝ち上がる為に。

 

ただ、それだけを考え続ける両チーム主将だった。

 

 

 

 

そんなシリアスモードは直ぐ傍で。

 

 

午後練習のお知らせに来てくれた生川のマネージャー宮ノ下と鉢合わせしたトラ。それも至近距離。かつてない程の接近である。

 

結果。

 

驚き&恥ずかしさ&いい匂い&美人マネ&音駒に何故いない!!

 

 

と、様々な感情を想いをそのモヒカン頭の中で渦巻かせて……盛大に仰向けで倒れるのだった。

 

 

 

 

「と、トラさん?? だいじょーぶですか!?」

「倒れたーー!?」

 

偶然直ぐ傍に居たのは火神、日向、孤爪の3人。

孤爪は、心底興味無さそうな顔をしていて。

 

「ほっとけばいい。気にするとつかれるだけだよ」

 

と実に辛辣極まるコメントと共に、一瞥するだけで無視していた。

 

 

「研磨、それは流石にヒドイんじゃ……?」

「………まぁ、いつもの事だから」

 

 

女子に対してのトラの反応はいつも通り、と割り切ってる孤爪。日向は田中&西谷の姿を見てはいるものの、トラに関しては 性質はある程度解っていても、まだまだ慣れてない様子。

 

因みに火神は色々と知っていても……、本当に 互いの名を呼び合い、そして決める。オレンジのコート、最高の舞台で。あんな場面(・・・・・)を見せれるんだろうか……? と割りと本気で思ったりしていた。

 

 

「おお―――っとと……」

 

いきなり大の男がぶっ倒れた事に対して、如何に 梟谷グループの一員として、全国大会を目指す猛者たちの中で、チームの為に動き、働き、色んな一癖も二癖も者たちを見てきた歴戦の兵とも言って良い女子マネ 宮ノ下であったとしても……、中々に衝撃シーンだったので、思わず仰け反ってしまっていた。

 

 

「だいじょーぶですかーー??」

「あはは……、何だかすみません……宮ノ下さん」

 

 

放心状態なトラを引っ張り上げる火神と日向。

火神は一先ず宮ノ下の謝罪。……傍から見れば、なんで火神が謝る? と言う疑問符を浮かべる事だろう。

それは宮ノ下も同じ。

 

 

「あっはは。いいよいいよーー、……って、そもそも なんで火神くんが謝るの?」

 

 

何で? と疑問。

 

別に宮ノ下が直接的被害を受けたわけではない。

寧ろ、驚かせた側、非がある方……と言えなくもないのが宮ノ下なのだが、それ以上に火神が頭を下げる事に疑問だ。

 

それに何だかとてもスムーズであり、その姿も所謂 堂に入っている、ともいえる所作だったから。

 

 

「あ、いや……その……。つい、と言うか……」

つい(・・)?」 

「あ、ハイ。いろいろやらかしてくれる連中に囲まれてるので、条件反射がでちゃっただけです……」

 

 

冷静に考えたら火神も解る事なのだが……、色々とつみ重なってるので、ある意味仕方ないな、と受け入れたりもするのだった。

 

 

それを聞いて、きょとん……としていた宮ノ下だったが、直ぐに口元に手を当てて朗らかに笑う。

 

 

「あっはははは! 確かに、そんな感じはするよね? 練習の時とか、合間の時とか見てみても、解る気がするよ!」

「あ……はい……」

 

 

本当に朗らかに、楽しそうに笑うものだから、火神も流石に気恥ずかしくなった様だ。

その様子を見て更に笑う。

 

 

「木兎と同じかな? って私も皆も思ったんだけど、やっぱり違ったね?」

「え? 木兎さん??」

 

一体何のことか? と首を傾げていたその時だ。

 

 

「れんしゅう~~、開始、10分前~~」

「呼びに行ってたんじゃないの??」

 

 

ひょこっ、と顔を出したのは梟谷のマネージャーの2人、白福と雀田。

 

 

2人が呼びに来た事に気付いた宮ノ下は、涙が出そうな程笑ってた顔をどうにか元に戻すと、拳をビっ、と火神の胸元に付ける。

 

 

生川(ウチ)のメンバーも、サーブ負けない! って燃えてるから、覚悟しといてね?」

「! 勿論! 楽しみにしてます!」

 

 

「んん?? カクゴしといて~、って言ったのに、な~んで楽しみって返事?」

「さぁ……、来たばっかだし、解んないなぁ」

 

 

 

宮ノ下と火神のやり取りを聞いてなかったので、首を傾げる2人。

 

この後 清水と谷地が戻ってきて色々とあったのはまた別の話。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして午後の部。

 

7月の週末合宿、そして 夏休み合宿なので合同練習。

 

日向や火神、そして 一部を除いた烏野の面々は目を爛々と輝かせて参加したこの合宿ではあるが……、勿論 その練習の内容は超が何個も付きそうな程ハードである。

7月、そして夏休みともなれば 今よりも更に暑い。朝だろうが昼だろうが絶対暑い。

 

谷地は 夏休みの合宿を頭に浮かべ――――……。

 

 

「(これ以上暑い中、あんな練習したら……、私なら溶ける!)」

 

 

と、汗を拭いながら何やら確信めいた事を考えていた。

マネージャー業もなかなかにハード。

運動部のマネージャーだから、ある程度は覚悟していた。……いや、ある程度ではないかもしれない。

 

母親の前で、【村人Bでも戦える!】と宣言し、ここ烏野高校のバレー部 マネージャーとして入部したのだから。

頬を数度、ぱちぱち、と挟み叩き自分なりの気合を込める。

 

「仁花ちゃん。みんなの分だけじゃなくて、自分の水分補給も忘れない様にね。ガマンしないでね」

「は、はいっス!!」

 

横目で何度も何度もフォローをしてくれるのは清水。

まだまだ初心者に毛が生えた程度だから、谷地にとって清水はある意味生命線の様なモノかもしれない。

 

でも、たまに恐ろしい気を纏ってる気がするのは、何故だろう……?

 

 

「? どうかした? 仁花ちゃん」

「い、いえ! ……今日も凄い気合が入ってるな、って、思いまして」

「………だね。気合もそうだけど、やっぱり緊張感が凄い。怖い位入ってると思う」

 

 

谷地は、別の意味で清水の事を見ていたが、清水が振りむいてきたので、思わず話題を変えた。

 

無論、テキトーなことを言ったワケではない。

暑さ同様、ずしっ、じりじりっ、ごっ、ごわっっ! と色んな効果音? 擬音? と共に谷地に圧力として掛かってきてるから。

 

 

「それに、1日目に比べて……負けの回数が多くなってきた気もします……」

「うん。……日向がベンチだし、それに緊張してる、って事は余計な力が入ってるって事。……変に力み過ぎていたら、やっぱりミスにも繋がるから。……ミス、だけなら良いんだけど………」

 

 

清水はそう言うと、じっ、と火神の方を見た。

 

そう、ミスならまだ良い。徐々に修正……、この合宿が終わる頃には改善し、進化させ、より強い力にすれば良いのだから。

 

だが―――怪我だけはダメだ。

 

チームは勿論、自分自身も傷つける結果に繋がるから。

清水は、それをよく知っているつもりだから。

 

 

 

初日とはやっぱり違う。時折楽しそうにしている姿は見受けられるが、どちらかと言えば鬼気迫る、と言う表現の方が正しい。火神から、日向、影山達から変わったのか、チームがそうさせたのか解らないが……。兎も角 周囲にまで影響が及んでいる事は解る。

 

影山と火神の速攻も、即失点、と言う結果こそ出ていないが、相手コートにどうにか返球するにとどまるミス打ちが目立っている。単なるミスなら良いのだが……とやはりどうしても心配になってしまうのだ。

 

 

 

悔しい、と涙を流す姿。

額から血を流す姿。

 

 

もう、見たくないから。

 

 

「仁花ちゃん。一応、救急箱は常に直ぐ準備出来る様にしててね」

「っ! ハイ!」

「あまり、起きてほしくないけど。……皆、接触も多くなってきてるから」

 

 

バレーはぶつかり合う様なスポーツではない。

だが、熱くなり過ぎて、周りが見えず、声も聞き逃して、レシーバー同士がぶつかってしまう事はあるだろう。……日向と東峰の様な空中接触はまだ希少ケースと言えるが、アレもちょっと間違ったら大怪我に繋がっていたと言えるのだから。

 

 

 

 

 

 

 

その日、清水が危惧した様な接触事故、怪我等は無く無事に終了。

 

 

 

 

 

 

 

「ありがとうございました!」

【したーーー!!!】

 

 

 

それぞれのチームと挨拶を交わし、体育館の掃除を済ませていく。

 

今日は終わりだ。

だが、まだまだ続きはある。たった2日で終わるワケが無い。

 

 

「次は再来週……夏休みの合宿だな」

「ハイ! 宜しくお願いします!」

 

 

そう、この合宿はまだまだ続く。

次の夏休みの合宿がいわば本番と言って良いだろう。

 

少なくとも猫又はそう思っている。

 

 

「……ここからが本番だな。春高予選前、最初で最後の長期合宿だ」

【………ハイ】

 

 

武田も烏養も気を引き締めた。

まだまだ課題は山済み。

猫又が言っていた言葉を、烏養は何度も何度も頭の中でリピートし続ける。

 

選手達をちゃんと見る、と。

 

 

ただ――――どうしても、あの速攻の事だけは、答えが出ずにいたが。

 

 

 

猫又は、烏養が悩み悩んでいる姿を見ると、少し笑う。

まだまだ青い、と思いつつ……手は貸したりはしない。以前もそうだったが、烏養の祖父・孫の顔は似過ぎているから。

 

どちらかと言うと、監督・選手共に叩いて伸ばしたい、と言う気持ちの方が強かったりするのだ。

 

 

「一週間、毎晩飲みに付き合って貰うからな~」

 

 

そういって、笑顔で締めた。

その手の付き合いに慣れている武田は元気よく返事。烏養は、ただただ苦笑いをするに留まるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「んじゃ、またな日向! それに火神も!」

「おう!!」

「リエーフもな。次までにはもうちょっとレシーブ練習しといた方が良いぞ……? 夜久さんに1日5回は怒られてたし。せめて半分」

「うぐっっ!! そ、そんな相手の事、考えてる間に、火神の事だって何度も止めてやるからな!!」

「んじゃあ、オレはリエーフでブロックアウトの練習させて貰おうかな」

「ぐぐぐぐぐっっ!!」

 

 

選手同士の交流。

中でも新たに音駒に加わったリエーフは日向とも馬が合う様で意気投合。火神は火神で、勿論誰とでも大歓迎。

 

 

「ヘイヘイヘーーイ! 誠也ぁぁ!」

 

 

この合宿、木兎が誰よりも注目した男として、そして 木兎と幾度も絡んだ男として、色んな意味で注目されていた火神。

 

たった2日だったが、接してみて 見てみて、その人間性までは同類じゃない、と判断されていたが、それは外での意見。中にはまだ(・・)伝わってない。

 

 

「新しい事試してんじゃねぇかー! 次、当たる時までに完成させとけよ!」

「! 勿論です! やって見ます! ……それに次は、満を持して、木兎さんをぎゃふん、と言わせてみせますよ!」

「わはははははっ! おう! 受けて立――つ!!」 

 

 

 

 

 

 

 

「やっぱ、仲良いね~~」

「ぎゃふん、て。今日日聞かないけどね。でも、ほんと楽しそう。こんなに好調が続いた木兎って結構久しぶりかも。……公式戦以外で」

 

 

梟谷マネージャー陣はそう評する。

 

「赤葦~。火神くんが梟谷(コッチ)に いてくれたら、ちょっとは楽出来てたかもね~?」

 

木兎のお世話役? 操縦役? な所がある赤葦。

白福の話を聴いて、軽く笑う。

 

「もし、火神がこっちに来ていたら。……木兎さんの弱点が半分になってたかもしれません」

 

表情は殆ど変わらない赤葦。

木兎を操っている、その手腕は素晴らしい、などなど 周囲からは一目も二目も思われている強豪梟谷の2年にして副将の赤葦。

 

だが、本人は烏滸がましいとさえ思っている。木兎の能力を自身が出し切れる……なんて自惚れてはいない。少なくとも、平常を保ってくれれば御の字……程度だ。

 

だからこそ、今回の合宿では表情にこそ出さないが驚いているし、何より彼自身も勉強になっていたりしているのだった。

 

 

 

 

 

 

 

そして、それぞれの帰路に。

 

日向と影山は送ってきてくれた田中冴子に改めて礼を言いに行く………前に、冴子の方から来た。

 

「「冴子姉さん、あざっす!!」」

「わっはっはっは! 良いって事よ! あたしも久しぶりに、熱くなるモン見せて貰ったしな!」

 

腰に手を当てて、胸を張って笑う冴子。

そして―――軈て視線が火神の方に。

 

 

「アンタが火神だね。良い男だ! 龍の話によく出てくる理由が解るってもんだ」

「ぅえ!? は、はい」

 

これは想定外、想像を超えていた。

冴子に突然、肩を叩かれたかと思えば、こうもフランクに話しかけられると思っても無かったから。

 

そして、ぐっ、と肩を抱き寄せると耳打ちをしてきた。

 

 

「解ってんだろ? アイツらが、みょーにギクシャクしちまってんの。行く時の車ン中とは大違いだよ」

「……解りますか」

「ああ。短いドライブだったけど、大体解ったつもりだ。……お前さんの事を信頼してる、って事もな」

 

ぱちんっ、とウインク。

田中の姉は、やっぱり田中に似ているが、贔屓目抜きでグラマーな美人だ。

こうも至近距離で話されたら、ウインクとかもされれば、どんなに鈍感でも気恥ずかしくなるもの………だが、話の内容が内容だけに、火神はそこまで顔に出す事は無かった。

 

 

「ま、コイツらはまだまだガキだ。しっかり見てやんなよ」

「……同い歳なんですけどね」

「はっはっはっは! 出来ないヤツに、出来そうに無いヤツにテキトーな事を言う私じゃないぜ? アンタなら出来る。もう、コイツらもアタシの弟みたいなもんだ。頼んだよ」

 

 

そう言うと、冴子は火神を解放。

サムズアップを残して、去っていった。

 

 

 

 

全てを終えた後 バスに乗り込み烏野へと戻るのだった。

 

 

 

 

 


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