王様をぎゃふん! と言わせたい   作:ハイキューw

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第96話 欲が齎すモノ

 

 

「(……ブロックフォローに甘えてばかりいられねぇ。……スパイカーの道を切り開くのがセッターだ)おい日向。【普通の速攻】を増やしていくぞ。【フワッ】の方な」

 

 

影山は、確かに火神、西谷のブロックフォロー、そのレシーブ力の高さには舌を巻く。

バレーにおいて、絶対的な自信がある影山でもそう思える程の高さではある。

 

だが、スパイカーがブロックに捕まることを決して良しとしない影山がこのままの形で行くワケが無い。良しとするワケがない。

 

何より、日向の変人速攻は、小難しい思考を全て放棄、その代わり日向の身体能力の全てを注ぎ込んでいる為、とんでもなく早い攻撃手段となっている強力な武器の1つだ。

 

様々な武器を適材適所、最適な場所で選択し、道を作るのがセッター。

あのセットに関しては、自分自身がブロッカーに捕まらないトス(・・・・・・・)を上げれば良いだけ。

要は使い分けが大事だと言う事。

 

音駒の長身ブロッカー……リエーフは、初戦の時から思ったよりも遥かに早く日向の速度に対応してきているのだから。

 

 

「……………」

「? おい、聞いてんのか!」

「おう!」

 

 

日向から返答が一瞬遅れていた。

攻撃法の確認については、ほぼノータイムで返事が返ってきていたのにも関わらずだ。確かに、僅かな遅れではあるが……あまりにも不自然。

 

 

上の空であれば影山も一喝する事を考えたが、表情を見る限り、そう言った気配はない。寧ろ気合入りまくっている、という印象だった。

 

 

 

そして、そんな影山と日向のやり取りを見ていた孤爪も、先ほどの攻防。返されはしたが、少なくともリエーフvs日向の構図の攻防で、影山の考えを察したのだろう。リエーフに耳打ちする。

 

 

「リエーフ。誠也ばっかり見てないで、ちゃんとボール追っかけてよ。それに動く範囲で言えば翔陽の方が広範囲なんだから」

「み、見てないっス!」

 

 

先ほどのブロックを拾われた事。

加えてブロックアウトを取る為に狙われた事。

 

付け加えるなら、前日から色々と魅せてきているその他諸々、リエーフは 今 同じポジションである日向よりも、火神の方を見ているかもしれなかったので、孤爪が釘をさした。

図星っぽい反応ではあったが、ある程度は切替が出来た様なので良しとして、話を進める。

 

「なら良いけど。多分、翔陽は これからあの早い速攻は少なくなって、普通の速攻をいっぱい使ってくると思う。リードブロックに切り替えて。……意味は解ってるよね?」

「はい! ボール見て跳ぶブロック! ですね」

「……正しくは、トスが何処に上がるのか見てから跳ぶブロック」

「うすっ!」

 

一先ず孤爪のおかげでリエーフは視野を広く持つ事、それを保つ事を心掛ける様にした様だ。如何に火神が凄い守備力を持つとは言え、そう何度も至近距離、時速100kmは超えよう高速で迫るボールに反応できる訳がない。

初っ端のブロックフォローは流石の一言だし、心理的なプレッシャーをかけると言う役目も果たせたと言えるだろう。

より顕著に表れてるリエーフがその証だ。

 

 

だけど、火神のプレイで烏野側だけでなく、こちら側……音駒側にもいい具合に気合が入るのも事実。

 

「(……夜久くんも凄く気合入ってるみたいだし、集中力増してる。外で見てるクロもそう。……海くん、福永もトラも。もれなく(自分以外の)全員がそう。……誠也は (自分以外の)無差別な付与術士(エンチャンター)だね。やっぱ。良い面も当然あるんだけど、色々と読みにくくなっちゃう点も結構あるから、凄くしんどい)」

 

 

ふぅ、と孤爪はため息を1つ付きつつ……、次のサーブである火神の方を見た。

丁度、ボールを受け取り、エンドラインまで歩いていく背中が見える。

 

ここで厄介なあのサーブを受ける羽目になるのか……と孤爪自身げんなりと感じているが、表情自体はそうでもない。

 

何せ、火神は初っ端、音駒のお株を奪うかの様なレシーブを魅せたのだ。

守りの音駒として、触発されない訳が無いのだ。

 

そんな彼らに囲まれている音駒の脳である弧爪。表情こそなかなか読めないが、音駒に所属している以上、そして何より……攻略対象の中でも裏ボス認定している火神の事を考える以上、これまた人知れずではあるが、燃えない訳が無い。

 

攻略出来ないゲーム等、無いから。

そして、難しければ難しい程……面白いから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、火神のサーブから再スタート。

 

歩数6歩のスパイクサーブを選択。

丁度、夜久と福永の2人が居る間を狙ったのだが……。

 

「夜久!」

「オレだ!」

 

コースを事前に完璧に読んで見せたのだろうか、剛速球で迫る火神のスパイクサーブを見事Aパスで返球してみせた。

 

 

「っ……!(普通にサービスエースの手応え……、流石夜久さんっ!)」

 

「ふ……! (音駒にそう易々サービスエース獲れるなんて、思わない事だな、誠也……! つっても、あの顔はそんな事全く考えて無さそうだけど)」

 

 

サーバーとレシーバーの間にはそれなりの距離がある筈なのに、はっきりと互いに視認した火神と夜久。

 

火神はいつだって変わらない。ただただ、大絶賛してくる。

そして、点を許した時は決まって、まだもっとやれる筈だ、と 自身の技術を過小、そして相手を過大とも言える程の評価をしてくる。

 

そんな相手だからこそ、こちらも相応の力で迎え撃ちたくなるのだ。

 

そして、見事に返球され、考える事に集中できた孤爪は、視線のフェイントを1つ入れる。

今の烏野の前衛は東峰、澤村、日向。ブロッカー(3人)の様子を探り……そして、最適な位置へと上げる。

 

 

 

 

今日も烏野vs音駒。

【ゴミ捨て場の決戦】

 

 

熱く燃える、周りを巻き込む程の白熱した試合を展開を見せるのだった。

 

ただ――――。

 

 

「(全員の調子は良い。……火神に良い具合に触発されてる。2日目最初の試合って事での硬さも無い。……だが、やっぱつええな……。隙が無ぇ)」

 

 

火神のレシーブから、そのまま流れる様にスパイクを決めてブレイクを奪った出足好調な烏野だったが、やはりスロースターター、徐々に修正、整えていく事に長けている音駒。

攻撃の回数を重ねていくと守備が加速していくのが音駒だ。

 

加えて、こちら側は好レシーブ、攻撃、と良い場面は確かに目立つが、あくまで個人技頼りな所がある。影山・日向の速攻にしてもそうだ。

 

如何に個々が強くても、その個がこの場で 突き抜けて、誰よりも突出して高くない限りは、より完成度の高い方に、地力の差が出るものだ。

 

如何に接戦でも、デュースが続いても……最後の点を獲りきれない所に、実力の差が明確に出てしまう。

 

 

 

 

 

烏野TO。

音駒1点リードで最初のタイムを取る。

 

 

「よし、お前ら。出だしは悪く無かった。好調だって言って良い。……だが音駒は その好調部分(・・・・)をしっかり把握した上で、調整してくるチームだ。変人速攻然り、一度見せた個人技にも対応してくる。相手の対応がはええからって、ジタバタすんじゃねーぞ」

【ハイ!】

 

ブロックアウトを取る手段も有効な手の1つではある、が守備範囲を下げれば対応できる。

 

じゃあ、外を意識するなら中―――といいリズムで攻めきれると安易に考えていたが、やはり音駒の守りは甘くない。

決まった、と思ったら返ってきた、と言うのが音駒。火神がした事を、驚かせた事を全員でやってのけるのが音駒だ。

 

 

「取り合えず、音駒相手にはレフト中心の攻めだ。変人速攻は、コースの使い分けが出来ない現状、追いつかれたら叩き落される可能性が高い。そう、何度もブロックフォローできる訳じゃねーし、普通の速攻と織り交ぜて行けよ」

【ウス!】

 

 

気合は十分。

士気だって向上。

 

―――だが、それだけ(・・・・)だ。

 

 

つまるところ――――精神面のみに頼ってる現状、と言って良い。

 

その状況を打破する為にも、監督、外から見ている側が指示を出していかなければならないのだが……。

 

 

「(クソっ……。コレ弱腰じゃねぇのか? このまま似た様な結果になるなら、昨日と変わらねぇじゃねぇか……)」

 

 

見栄えはするし、盛り上がる。白熱する。

ただ、それだけだ(・・・・・)

 

善戦、惜敗だけで終わらせるつもりは無い。そこから先に行く為にも……強い相手に勝ち切る為に、何か、他にすべき事は?

 

 

烏養は、腕を組み……考える。

 

 

 

そんな烏養を横目で、静かに見ているのは猫又。

まだまだ年の功……と言うより、烏養が表情に出やすいと言える。繋心は やはり祖父の一繋と比べたら、猫又から見れば当然 まだまだ青い。

 

何に悩んでいるか、手に取るように解る。

 

 

そして、烏野に何が必要なのか。

 

 

「(時として、選手達は自分達が思っている以上に飛躍する事はある。……好敵手達に囲まれた状況なら尚更だ)」

 

 

自分が教えているチーム……音駒を、そして相手チームの烏野を見る。

 

日に日に向上していっているのは心地良く、何時までも見ていたい気持ちにさせられるが、過程ではなく結果を見れば、まだまだ烏は猫に届いていない。

 

烏野が向上していく様に、音駒も同じく高めあっているのだ。そう単純な事ではないかもしれないが、それでも……そこから先に一歩前に出る為には。更に一歩先に出る為には。

 

やはり、想定を超える成長―――進化は必須だ。

 

 

「(繋心よ。選手達主体である事も勿論重要だ。……だが、今の烏野には何が必要か解った上でいるのか? それに 護っているばかりで―――その先に、進化はあるのか? 時には導いてやるのが――――大人の役目なんだぞ?)」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

試合はシーソーゲーム。

昨日と同じ展開だ。

 

攻撃力が高いのは烏野だろう。高い攻撃力で攻め、素早い攻撃で翻弄し、点を重ねていく……が、守備面で総合的に上なのは音駒だ。

如何に火神や西谷が好レシーブを魅せたとしても、1人でコートの全てを護る事は不可能。限りなく穴が少ないのが音駒。

徐々に迫り、気付けば前半の貯金は使い果たし、追いつかれている。最後の1点が遠く遠く感じる。

 

 

「……くそっ」

 

 

澤村は、ぐっ、と汗を拭う。

 

前回もそうだし、今回もそう。……いや、これまでの試合でも そうだった。

引っ張られている(・・・・・・・・)感覚がある。

 

 

直ぐ横で1年達が奮起しているのだ。主将の自分が突っ張らないでどうするのだ、と言う気持ちでボールに食らいついてきたが、それでも音駒にはまだ届いていない。

 

 

「(もう、惜敗は要らないんだ……、勝つ為には)」

 

 

考える。

どうすれば、強い相手に勝つ事が出来るか。善戦じゃなく接戦でもなく、勝利をする為には?

 

 

あの春高の舞台へ行くには……!?

 

「(ガムシャラなだけで、たどり着ける場所じゃない事くらい、解っていた筈だ……!)オーライ!!」

 

澤村は、様々な思考の渦に溺れそうになるが、それでもボールを前に、そのままな訳が無い。

確かにあの天才たちとは程遠い凡才かもしれないが、培ってきた物だけは否定したくない。

 

天才を嫌う火神ではある、がどうしてもそう思ってしまうのは情けない所ではあるが。

 

 

「ナイスレシーブ!」

「影山!!」

 

 

その目の前に、天才たちが ボールを操り、そしてボールに向かって駆け出している。

Cクイックの軌道。

 

 

影山は機械かと見紛う如き正確無比に、バレーボールを自在に操る。

火神もサーブやレシーブに目がいきがちだが、ここ一番での点を獲る嗅覚、スコアラーとしての才覚もある事は解っている。

 

 

 

そして―――、あまり考えたく無い事ではあるが、あのIH予選。……火神誠也と言う男が最後までコートに立ち続けていたら結果は違っていたのではないか? とも口には出さずとも、思ってしまう。

 

 

 

解っている。このままでは駄目だと言う事が。

 

 

 

「(羨ましい(・・・・)………。日向の気持ちはこうだったんだろうな)」

 

 

追いかける後ろ姿を見てそう思ってしまう自分が情けない。

才能が違う? 持って生まれてきた物が違う?

 

どうすれば、その域にまでたどり着ける……?

 

 

「ッッん!!」

【!!】

 

 

その時だった。

影山-火神のCクイックがミスになったのは。

 

丁度 指先を掠めるだけに留まり、トス自体の威力もあったのだろう、ボールを音駒コートにまで飛ばす事が出来ず、3度触った事で相手の点になった。

 

 

「……珍しい」

「影山と火神の連携でミスったの初めて見た。……ミスる事あるんだ」

 

コートの外で見ていた犬岡や芝山は、影山-火神の連携ミスを目の当たりにし、目を丸くさせた。烏野きっての技巧派コンビ。影山-日向を変人コンビとするなら、あの2人は技巧派……天才コンビだ。

 

針の穴を通す様な超高精度なトスを操る司令塔(セッター)の影山。

苦手なモノはない、セッターからリベロまで全てを高いレベルで熟す万能選手(オールラウンダー)火神。

 

当然と思われても仕方ないかもしれない。

 

 

「そりゃまぁ、人間だもの。ミスの1つや2つくらい、やってもらわないと困るっての」

「……火神(あいつ)も人の子ってか」

 

黒尾と夜久も少なからず驚きはしたものの、ある意味安心も出来た瞬間だった。

綺麗な形からのセットアップは、基本的にミスは少ない。それも影山と火神のセットであれば尚更だ。日頃の練習の成果が試される部分でもあるから。

 

「……誠也をどんなバケモノだと思ってたのさ、2人とも……」

「そんな、目を爛々と輝かせながら言われても。それに火神をラスボス、とか言ってたのは何処の誰だったっけ?」

 

孤爪は孤爪で、表情には出さなかったが、少々面食らったのは事実。

黒尾は長年の付き合いから孤爪の表情くらい読めるので、読んだうえでツッコミを入れた。……無論、孤爪が認めるワケは無いが。

 

 

 

 

先ほどの白熱した試合と比べたら、僅かにではあるが確実に時間が止まるコート内。

烏野で、最初に声を掛けたのは影山だった。

 

 

「今ので、ボール1個半だと思う。高過ぎたか?」

 

 

修正するなら直ぐに修正する。

そう言わんばかりの言葉であり、直ぐにでも実行出来ると言えるだけの能力を持っている、と言う証明でもあり……、影山を知る者が聴けば、改めてとんでもないバケモノだな、と思う場面でもある。

それは、敵味方問わず。

 

 

ただ―――火神の返答は違った。

 

誰もが思いつかなかったモノだった。

 

 

「いや、今のままで。……今の内に言っとくよ。悪い。さっきみたいにミスするかもしれない。……でも、続けたい」

 

目をギラギラさせながら言う火神。

その目に、いや……身に纏う圧の様なモノに、影山は一瞬ではあるが気圧される。思わず後退りしそうになる。

 

 

「今のは間違いなく、ボール1個分半。正確過ぎるって言えるよ。――――……後は」

 

 

火神は目を瞑り、そして大きく、大きく息を吸い、数度深呼吸をする。

 

 

そして力強く目を見開くと、影山に告げた。

 

 

 

「オレがやるだけ(・・・・)だ」

【!】

 

 

 

その言葉は、皆の身体に電流を走らせた。

 

本人が嫌がるから火神の事を天才と口に出して言う者は少ないけれど、そう思っている者は多いだろう。口の悪い月島でさえも、勇者と揶揄し、間違いなく認めている。

 

羨ましいとさえ思う者も居て、何処か才能の差に漠然と立ち尽くされるような感覚だって見舞われていた事だってあるのに、火神は――――そこ(・・)で満足なんかしていない。

 

 

【この天才は、ただ只管貪欲だ】

 

 

今以上を常に求めている。

その姿を見せる事で、魅せる事で周りにも影響を及ぼしている。

口には出さずとも、【もっと出来るだろう?】と。

 

今までは、その背に引っ張られる形になっていたのだが、初めて言葉に出した貪欲な姿勢を、皆が感じた。

 

プレイで魅せるだけでなく、プレイで引っ張るのではなく、意図的ではないにしても、言葉で引っ張り上げた。……いや、目を覚まさせてくれた。

 

 

「――――ッ」

 

 

そして、そんな火神の姿を見て、火神に負けないくらい、目をギラギラとさせている男も居た。

 

 

 

 

「(マンゾクなんかしてない。……当たり前だ。誠也なんだから。……ヤバイ、ヤバイ、今でもスゲーのに、今でも強ぇぇのに、もっともっと()に行こうとしてる。そうだ。勝ちたいから。誠也だってそうだ。あの時、最後まで出れなかった、勝ちたかった筈だったから。ヤバイ、ヤバイ。オレだって、成らなきゃ、成らなきゃ、……音駒、リエーフ、誠也。……強ぇーな。本当に、強ぇぇ。―――――もっともっと強くならなきゃ!)」

 

 

高鳴る気持ちを抑えられない。

今すぐにでも早く再開したい気持ちでいっぱいだった。

 

 

 

 

「でも、ミスはミス!! スイマセン!! 次は同じミスでも、せめて相手コートには入れます!」

 

火神の言葉に、全員が表情を険しくさせながら、頷いた。

誰も言葉を介さず、ただ真剣な顔で。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ほっほ~~~」

 

 

その一連のやり取りを見ていて、思わず笑ってしまっていたのは猫又だ。

思わず笑ってしまうのと同時に……、その脅威に汗が止まらず出てくる。

細い猫又の目が、これまで以上に大きく開き、そして火神を見た。

 

「(強さへの飢え。上達への飢え。決して満たされる事の無い欲。……例え現時点で、どれだけのモノを持っていようと、例え他人が幾ら羨もうと………)―――もう十分(・・・・)って言葉は無いんだろうね」

 

心の底から感服する。

切っ掛けは、恐らくあの日向翔陽と言う男だと、猫又は思っていた。

話を聴いた限りではあるが、日向が一番火神との関係が長い。小学の頃からの知り合いだと言う。

あの強烈な才能の塊と長年一緒に居る事により、自身に抱くであろう劣等感(コンプレックス)、そして同じく飽くなき上達への飢え。

 

誰よりも強烈に感じているのは日向である、と思っていたが……覆されてしまった。

 

 

「―――いったい何を、何処までを見据えているんだろうねぇ。今じゃなくていい。その時(・・・)がきたら、聞いてみたいもんだ」

 

 

猫又はそういうと、一度、少し腰を浮かせると……、深く椅子に座り込むのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

続いて もう1人の男も……誰よりも傍に居た男も、火神に触発され、それが行動となって現れる。

 

 

 

 

場面は、試合が再開されて、数度交錯した後の事。

烏野のサーブから始まり、トラのストレート打ちを影山がディグで拾い上げる。

 

 

「くっそっ……!!!」

「上がった! ナイスだ! 影山!!」

「フォロー!」

 

 

大きく外へと弾かれたボールを火神が追いかける。

セッターである影山がレシーブに回った事で、影山からの超高精度・セットアップはない、と本来なら、チャンスボールで帰ってくるかもしれない、と安堵しても良い場面なのだが、音駒は決して安堵などしない。

 

トスワークも並のセッター以上のスキルを持つ、火神が二段トスに向かっているから。

 

その場所からドコに上げる? 誰を使ってくる!? と油断は一切出来ないのだから。

 

 

「(いや、何かビンビンに感じるケド、こんだけネットから離れて、それも追いかけるボールに対して、無茶なセットは出来ませんからね!?)」

 

 

2段トスで驚かせた事は何度もあったが、それはあくまで高いボールであり、しっかりと体勢を整えている時に限る。

影山の様な超高精度なトスワークならもしかしたら…… と思わなくもないが、少なくとも、大きく弾かれて、追いかけるボールをオーバーハンドで捕まえたりは出来ない。

 

 

「東峰………さんっ!!」

 

 

アンダーでバックトス、2段トスを上げた。

最初の立ち位置は、目視で確認してはいたが、流石に追いかけるのに力を使ってしまった為、思った以上に力が外に逃げてしまった様だ。

 

及第点だとは思うが、距離が短い。

 

 

 

「上がったぞ!!」

「旭‼ ラスト!」

「旭さん!!」

 

 

「レフトだ! レフト!!」

「3番!! 3枚揃えて!!」

「フェイントフォローも!」

 

 

周囲の声からでも解る通り。

このボールは東峰が最後に打つだろう、と言う事が解る。

 

位置的にも声的にも。

 

 

だが、様子が違った。

 

 

「(あ………… コレ(・・)って…………)」

 

 

ボールを追いかけ、出来る範囲内の最大限丁寧な2段トスをした火神だったが、上げた後、たたらを踏んでいた様で、コートへ復帰するのが一歩出遅れていた。

 

だからこそ、遅れたからこそ、はっきりとコートの外から全体を見る(・・)事が出来たのだと言える。

 

 

火神が上げた二段トスは、やや短かった。

本人はまだまだ認めないと思うが、客観的にはバックアンダーであり、あの勢いと体勢だった事を考慮すると、位置は短くとも高さは十分にあるので及第点だと言える。

 

 

「オオッ!!」

 

 

レフト側で構えている東峰は、それでもあの状態でここまでのトスを上げてくれた事に対し、最後に託されたボールをエースとして、打つ為、気合を入れ 跳躍していた。

 

そして、東峰にとって…… いや、周りにとっても驚くべき事が起きた。

 

丁度死角から、鋭角に切り込んでくる影が東峰の視界に突如入ってきたのだ。

 

 

「! えっ」

「! ばッッ!!?」

 

 

外で声出しをしていた者たち全員が目を見開く。

菅原は思わず茫然としてしまう。

田中は、思わず馬鹿! と叫びそうになる。

 

その他のメンバーも同様に驚きを隠せれない。

 

そして、それは東峰も同様だ。

 

 

「!?」

 

 

驚きと同時に、得体のしれぬ恐怖も感じた。

 

死角から飛び込んできたのは―――日向だ。

日向の跳躍力、最高到達点に達するまでの速さを考慮すれば、確かに東峰にも十分に追いつける。しっかりと周りを見ておらず、ぶつかってた事だって最初の頃は何度かあったから、それも驚くような事ではない。

 

 

それでも、東峰は戦慄した。

 

 

視界に捕えた日向の横顔を見てから……。

 

 

 

そして、当然ながら日向が突っ込んできた事に気付いた東峰だが、空中に居るのでもうどうしようもない。鋭角に、かなりの速度で切り込んできた事も相余って……避けれるワケもない。

 

幸か不幸か、東峰は日向に気付けたから、腕をフルスイングする事は無かった為、日向の頭にアタックの一撃を入れる事はなかった。

 

でも、衝突は免れない。

 

 

「っ……!」

「アッ?」

 

 

空中にある日向よりも遥かに大きな体躯は、勢いよくぶつかったからと言って、どうにかなるモノではなく、完全に体格で劣る日向が 弾きだされる様に、飛ばされた。

 

 

どでーーんっ!  と、盛大に仰向けにひっくり返る。

 

 

何処か恐怖心を覚えた東峰だったが、衝突事故を目撃してしまった事もあり、今はそんな感情は一切なく。

 

 

「うわああああ!!? ちょちょちょちょ、ひ、ひなっ!? だだだだ!!」

 

 

吹っ飛ばされた日向の安否だけが気がかりだった。

 

でも、それは杞憂に終わる。

 

 

「すっ、すみませんんん!!!」

 

 

何が起きたのかを悟ったのだろう。

日向はぶっ飛ばされて、ひっくり返ったのだが、痛み等感じる前に、直ぐに立ち上がり土下座をした。

 

 

「つ、つい(ボール)だけみててっっ、あ、東峰さんの事見てなくてっっ!! す、すみませんっ!! 大丈夫ですか!?」

「大丈夫大丈夫、オレは無傷だよ」

 

 

余りにも日向の方がテンパって慌てていた為、東峰は逆に落ち着く事が出来た。

土下座する程の事じゃないので、手を差し伸べる……が、なかなか日向は土下座を辞めない。

 

 

「翔陽! 大丈夫か!?」

「日向は大丈夫なのか!?」

 

 

このチームでは、実を言えば怪我に関しては結構敏感になってたりもする。

それも仕方が無い。いつ・誰が・どのタイミングで起こってもおかしくないのが不慮の事故。

 

それが、重要な試合の最終局面で重要人物に起きてしまったのだから。

 

 

なので、元々知っていた火神と言えど起こるタイミングまでは、もう完全に解らないし、100%大丈夫とも言えるワケが無いので、日向に駆け付けた。

 

あの倒れ方は、直に見てみないと解らない。かなり心配になる倒れ方だから。

 

空中で跳ね返されて勢いよく背中から倒れて一回転。心配しない方がおかしい。

 

 

「あ、オレは何ともないです……」

 

 

どうやら、大丈夫そうなのだけは確認出来て、火神はほっ、と一息。

でも、いつまでも土下座を辞めないので、日向の首根っこを引っ張り上げる形で立たせた。

 

「周りを見る、声掛け重要、ヨシ?」

「よ、ヨシ……」

「まぁ、オレも翔陽に言えるような立場かどうか、って言われちゃ、アレだけど」

 

怪我してない日向と比べたら、怪我しちゃってる分、ある意味性質が悪いとも言える。……が、誰もそれを引き合いに出す者はいない。

 

 

「バカ野郎!! 火神! お前のはルーズボール全力で追っかけた末の不可抗力な事故だ! 普通のプレイん時と一緒にすんな!」

「あ、アス!?」

 

 

しっかりと叱ってやらない? 所に不満があったのか、外から烏養の激が飛ぶ。

 

「日向ァぁぁ!! ちゃんと周りを見ろやボゲェ!! なんのための声掛けだタコォォ!!」

「は、はい…………」

 

ぼかっ! と言葉で殴られた感覚がある日向は、借りてきたネコの様に大人しくなり、萎れた。

 

 

「はははは……、んで 飛雄?」

「ボゲェェェ!! 日向ボゲェ!!」

「もーちょい、バリエーション増やした方が良いと思うよ……。ボゲ一択じゃなくて」

「ボゲェェェェェ!!」

「たはは……、聞いてないか」

 

 

影山は、自分自身がセットアップした時の事を頭の中でイメージしたのだろう。

自分が最適に、此処しかない、と司令塔として選んだ相手のボールを、日向が邪魔した! と頭の中でしっかり構図が出来上がったらしく、烏養よりも怒り狂ってて今度は影山の方が周りが見えてなさそうだ。

 

幸い? にも、影山の【ボゲ】連発は、日向にとっても最早耳タコの様に聞いていた事なので、いつも通りと然程変わらない。なので、影山による追い打ち、そのダメージまではいかないのだった。

 

 

何はともあれ、日向の無事は確認出来た。

なら、後は喜ぶ(・・)だけだ。

 

 

「(ここ(・・)から……ってワケだな)」

 

 

火神は、軽く身震いする。

 

日向はボールしか見てなくて、東峰の姿を見てなくて、ぶつかってしまった、と釈明していたが、あれは 傍から見たら―――……。

 

 

 

東峰(エース)へのトスを奪おうとしたように見える】

 

 

 

 

それは、東峰は勿論、あの光景を見た者の殆どがそう感じた筈だ。

怒り、怒声を上げた烏養も例外ではない。

 

 

 

「―――……ここから、だな。翔陽」

「? 火神、何か言ったか?」

「いいや。ん? 飛雄も元に戻って何よりだ」

「?? 何言ってんだ。日向のボゲがボゲしたから、点差が広がった。とっとと取り戻すぞ」

「おう!」

「……ぅぐ」

 

 

影山も無意識だった様だが、どうにか元に戻れた様子。そのおかげで日向がまたダメージを受けた様だが、この程度日常茶飯事。問題ない。

 

 

 

ここからが、何よりも重要だと火神は思っている。

もっともっと高く飛ぶ為に。

 

 

 

そして―――火神は気付いてなかった。

日向の行動、この世界においては、その切っ掛けが自分自身である、と言う事が。

 

 

 

 

 

「(雛烏に進化の時がきたか……? 高く飛ぶ烏を傍で見上げるだけしか出来なかった雛烏が、自我を持つようになった。―――それが烏野(チーム)にとって吉と出るか、凶と出るか……)」

 

 

思わずニヤリ、と笑ってしまう猫又。

予想は、外れたが 順番が回ってきたのは確実だ、と笑う。

 

 

「(変化を求めない者には進化も無い。……傍で見るだけで満足する器ならば、早々に見切りをつけていたっておかしくない。……あのバケモノに長年共にいた自分自身が解っている筈だ)」

 

 

まだまだ粗削りな所が目立つ。技術も稚拙。だが、その身体能力は一級品。

磨けば輝く原石であり、そして自分自身が覚醒すれば、間違いなく変わるであろう、と確信している。

 

 

 

 

「(繋心。………コイツらから、目を離すなよ)」

 

 

 

 

猫又は烏養を見る。

導いてやる立場の人間が、その場面を見極められなければ話にならない。

 

今の烏養もまだ動揺しているだけに留まっているが、進化しようと藻掻く姿を見れば、必ず気付く筈だ。

 

これからは、その片鱗すらも見逃すなよ、と猫又は視線を送り――――そして、改めて日向を見た。

 

 

 

「(―――誰もが同じだ。コートの花形であれ、英雄であれ、勝利を引き寄せるエースであれ、……もう十分(・・・・)など無い。上を目指し続ける者たちなら、尚更だ)」

 

 

 

日向は、影山の方へと一歩、また一歩、と前に進む。

 

 

「(―――さぁ、言え。次なる覚醒は自身である、と。遥か先に進む背に近づく為に。………見上げていた相手さえ押しのけて、ただ只管貪欲に。………自分こそが頂点(・・・・・・・)である、と)」

 

 

 

そして、影山の背後に立つ日向。

 

 

 

 

「なぁ、影山」

 

 

 

 

ここから先に進む為に。

より高く高く飛ぶ為に必要な事。

 

 

 

 

 

「【ぎゅん!】の方の速攻。………おれ」

 

 

 

 

 

飽くなき欲。どれだけ欲しても乾き続ける。

もっともっと、上へと昇りたいから。だからこそ、言う。

 

 

 

 

 

「目ぇ瞑んの、やめる」

 

 

 

 

 

その欲は、雛に進化を齎す。

 


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