王様をぎゃふん! と言わせたい   作:ハイキューw

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早く投稿できてよかったです。

沢山の感想、ありがとうございました!

……すみません。ちょっとバタバタしてて、返信出来てませんが、1つ1つ読ませてもらって必ず返信しますのでお待ちください!


これからも頑張ります。


第81話 恩

 

静かだった。

 

 

まるで無音の世界にきたかの様な感覚だった。

現実感がない。全てが欠如してしまったかの様だった。

だが、それも長くは続かない。

 

 

ピ―――――ッ!

 

 

無情にも、主審の笛で現実へと引き戻されてしまったから。

色褪せていた世界が再び色を音を取り戻す。

 

それでも 日向と影山は 互いに膝を付き、そして去っていく及川の背を茫然と眺めるしか出来なかった。

伸ばし続けた。その背を掴もうと伸ばし続けた。

負けてたまるか、と 何度も何度も。―――コートに立てなくなった男の分も。

 

 

だが、その背は 自分達の手が届かず離れていった―――。

もう決して届かない所まで。

 

 

 

 

 

 

「――どうして最後のが【神業速攻】だってわかった?」

 

 

整列する前に、岩泉が及川に聞いた。

そう、最後の攻防の前。―――国見がフェイントを決め、及川が再びサーブを打つ前に皆に声を掛けていたのだ。

 

 

【次、烏野に速攻を使えそうな場面があったら、飛雄は必ず【神業】の方を使ってくる。頭に入れといて】

 

 

あの最後の攻防の正体。

それは、影山から放たれる超精密トスを日向がフルスイングする変人速攻を、見事3枚ブロックで止めて見せたのだ。

そしてブロックは拾われる事なく 烏野のコートへと落ちた。

 

 

「ああ。……うん。理由は2つかな。まず1つ目」

 

 

及川は目を閉じて これまでの試合中の出来事を思い出す。

1セット目、そして2セット、3セットと。

影山の事、烏野と言うチームの事、……そして火神の事。

 

 

「飛雄が烏野のあの面子の中で、明確に【進化】したからだよ。……飛雄(アイツ)はきっと、チームに対して信頼を覚えたのは初めてだ。個人では 自分と対等かそれ以上だと認めてるせいちゃんを信頼・信用したのとは思うけど、それとはまた違うよね」

 

 

そして、続けざまに先ほどの攻防を思い出す。

必死だった。頭の中がグチャグチャだった。考える事が多かった。攻撃力も守備力も高いから、神経をすり減らした。

 

 

 

―――そして、それは、劣勢側はより強く感じている事だろう。

 

 

 

追いかける烏野側は、間違いなく。

 

 

「そして、最後の1つ。……これ認めるのは 正直情けない事だけど、最後にせいちゃんが居なかったから」

「!」

 

 

複雑そうな及川の顔を見て、岩泉も勝利に対して手放しでは喜べなくなる。

勝ちは勝ち。運も実力の内。怪我の退場、その他諸々全て含めたのが試合(ゲーム)だ。世の中では、そう言った悲運、不運は腐る程存在している事を知っている。

 

ただ、実際に体験するとこうも引っかかるのか、と岩泉も複雑だった。

勿論、勝った事に対しては嬉しかったし、最後の1点を決めた時は全員で集まって歓声を上げた。……でも、綺麗ごとかと言われるかもしれないし、今を全力で戦った相手に対して侮辱にもなるかもしれないが言いたい。

 

【あの火神と言う男が最後までいる烏野を叩き潰したかった】

 

それが出来たのなら、きっと妙なしこりは存在してないだろうと思えるから。

 

 

「デュースが続いて、身も心も疲労のピーク状態。本当に追い詰められた土壇場。……そこへ与えられた貴重なチャンス。もし―――この時 せいちゃんとチビちゃんが一緒に居たら? 岩ちゃんはどうなると思う? あの時、飛雄は どうしたと思う? 誰を選んだ?」

「……………」

 

 

岩泉は言葉に詰まる。

 

日向の攻撃と火神の攻撃。どちらが厄介か? と問われれば―――非常に難しい。選ぶ必要が無いと言うのなら、両方厄介でめんどくさいと言う。それにそれだけじゃない。一度捕られたとはいえ、エースの東峰も健在だ。

 

日向の速度も火神の仲間を最大に活かす個人技も。いや、烏野そのものが最早面倒でやりにくい相手になってしまっている。

 

 

岩泉の心境を理解した及川は頷きながら続けた。

 

 

「オレも……飛雄が誰を(・・)選ぶのか、最後まで解らなかったと思うんだ。確率が高いのは 飛雄が最初から信頼していた男か、飛雄の先へ行こうとして振り回す男か。…………でもね、たら、ればをいってたらきりがない。ただ、あの時(・・・)は 決まってたってだけ。……あの時、飛雄の中の選択肢は、ひとつしかないって」

 

 

 

 

火神が居なかったから攻撃が読めた。

事実、日向に上がるのも読めたし、攻撃を止めて勝利を収めた。

だが、幾ら及川でも これを相手には言いたくない。

 

火神が居ようが居まいが、どっちが来ても勝つ。次やる時も勝つ事だけを頭に入れる。それだけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ラストがドシャット………か。読まれてたな、今のはきっと」

「ッ……ああ。そんな感じだな。タイミングも完璧だった。……ダメージデカいだろうな。アイツには。………でも もし(・・)

「それは言わない方が良い。……負けは負けだし、何の慰めにもならない。寧ろ傷つけるだけだ」

「ッ………。ああ、そうだな」

 

 

 

嶋田も滝ノ上もあの最後の攻防については、影山の選択が悪いとは思わない。

あの乱れた場面でも、速攻を使える影山は今でもバケモノだと思うし、速い攻撃は色々とデメリットはあるかもしれないが、間違いなく強力な武器だ。

加えて、東峰の攻撃も一度は止められ、拾われた。

 

影山の手が悪かった訳じゃない。

 

 

――――ただ、及川(相手)がその更に上を行った。

 

それだけだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「日向、影山。……整列だ」

 

いつまでも立てない日向と影山に、声を掛ける澤村。

まず日向に手を貸し、引っ張り上げる

 

 

「…………ッ、ッッ……」

 

 

日向の脳裏に浮かんでいるのは、これまでの事。

1回戦から始まり、烏野因縁の伊達工を制し、ここまで来た事。

 

負けてきた人達の分も―――背負うものが増えた。負けられない理由も増えた。

 

 

そして今日。

 

 

【翔陽、飛雄。―――頼むぞ】

 

 

それは とても重い。

とてつもなく重いものだ。

それを託された。

 

その結果が――――。

 

 

「キャプテン。すみませ「今のはミスじゃない」ッッ!?」

 

 

日向が最後まで言い切る前に、澤村は有無を言わさぬ迫力で止める。

 

 

「ミスじゃないから……謝るな」

 

 

下唇をかみしめる澤村。

彼も日向同様に脳内で葛藤し続けている。

 

日向や影山の件もそうだが、それ以上に火神の事。

 

 

【………すみません。澤村さん】

 

謝らせるつもりは無かった。

アレは、誰も悪くないから。誰もが起こりえる事だから。

 

 

【いえ。謝る……じゃないですね。肩を貸してもらってありがとうございます】

 

 

途中で誤魔化したのだとは思うが、火神は押し殺した。自分の気持ちを、全面に出したい筈の感情を。謝るのではなく礼を、と。

 

チームに託された。

でも―――その託された想いを繋ぐ事が出来なかった。

 

 

それは、主将である自分の責任。

試合が終わっても……負けた時の責任を感じる事、感じ続ける事は間違っている。

 

彼らは、前を向く。

前だけを見続ければ良い。―――いつか必ず来る終わりの時まで。

 

 

「ッ………」

 

 

頭の中ではそれが解っている。

頭の中では 何度だって言える。

 

だが………。

 

 

 

「火神。……座ってろ。整列に行こうとするな」

「ぁ………。………はい」

「後、お前は病院直行な。汗拭いとけ。5月つっても、そんだけ濡れてりゃ寒い。身体冷やすなよ」

「………アス」

 

 

 

ベンチに居る火神の事を思うと、どうしても口にするのが難しい。

あの時の自分を棚に上げて、謝ってしまうかもしれない。日向や影山の様に茫然自失になってしまうかもしれない。

 

でも、だからと言って 動かない訳にはいかないのだ。

 

試合は終わった。……終わりだ。

 

その後の事で 周りに迷惑をかける訳にはいかないから。

烏野高校排球部の主将としての責任感が、澤村を動かした。

 

 

 

そして、火神を除いた全員がエンドラインに整列。

主審の笛を合図に【ありがとうございました!】と頭を下げ、ネットを挟んだ相手、青葉城西と握手を交わした。

 

日向も影山も、及川と視線を合わせる事は出来ず、ただただ悔しくて俯いて、唇を噛みしめる。

 

 

 

「整列!!」

 

 

そして、観客席。応援してくれた皆にもしっかりと頭を下げる。

彼らの援護のおかげで、ここまで戦えたと言っても良いから。

青葉城西の圧倒的な応援・声援に負けない程のモノを貰ったから。

 

 

「ありがとうございました!」

【したーーっ!】

 

 

頭を下げ、コートをじっと見つめている間も、大きな拍手が沸き起こる。

それは勝利した青葉城西側と何ら遜色ない程のモノ。敵味方問わず 会場全体が労ってくれているかの様だ。

 

 

だが、それで心が軽くなったりはしない。

 

 

誰もが中々頭を上げられない状態が続いているから。

 

 

「お疲れ!!」

「いい試合だったな! ナイスゲームだ!」

 

 

滝ノ上も嶋田も、惜しみない称賛を送る―――。

滝ノ上も嶋田も、選手としてコートに立ち、そして敗北を味わった事がある。だからこそ彼らの今の気持ちが痛いほど解った。

 

 

「―――……負けた時さ。【いい試合だったよ】って言われんのが嫌いだったよ。【でも負けたじゃん】っつってさ」

 

ぽつり、と呟く様に言うのは滝ノ上。

烏野高校に入り、烏養(祖父)監督にみっちりしごかれ、そして立った公式戦の舞台。……全国を目指して、あの白いボールを追い続けたあの青春時代。

 

そこから成長し……今度は見守る立場になって、漸く選手達の視点とは違う観る側の気持ちに気付いた。

 

「けどな。……いざ、声を掛ける側になった時、それ以外の妥当な言葉ってわかんねぇもんだな」

「………ああ。解るよ。……だけど、ここで終わる奴らじゃない」

「っ。おう。だな。……何せアイツらはオレらの時と違って まだ春高が残ってる。あーー、オレらん時3月だったからなぁ」

 

どんな事でも、実際に体験してみないと解らないものだと2人は改めて思い知らされる。

そして、それ以上に―――これから間違いなく羽ばたくであろう烏野に想いを馳せるのだった。

 

 

 

 

そして、失意の中……日向は火神の前へと来た。

影山もそれに続く。

火神の顔は……2人とも見れない。

 

 

「せい……んっっ!?」

 

絞り出すように、今にも泣きそうな声を出してる日向に、火神は人差し指を立てて、その額を弾いて顔をこちらに向ける。

 

そして、視線が交差したのを確認すると、火神は 少しだけ笑って……言った。

 

 

「お疲れさん。翔陽、飛雄。……ナイスゲームだった」

「「!!」」

 

 

開口一番が労いの言葉だった。

でも、それが今欲しいものか? と問われれば首を大きく横に振る。

火神がそんな性格じゃない事は他の誰よりも日向は知っているが、それでも思う。どうせなら、罵ってほしい、と。

託されたボールを繋ぎ切る事が出来ず、最後の最後で止められてしまった事に対して。

 

 

「で、でも オレ……、最後にブロック―――ッッ!?」

 

 

と、日向が言おうとしたその時だ。

コートの中があわただしくなってきた。

次の試合を控えた泉石高校がアップを始めたからだ。

 

「おい。すぐに撤収だ。次のチームのアップが始まるからな。お前らはクールダウンを2階か外でやる。そんで火神はこれから病院に直行だ。しっかり診てもらって万全に治さねぇとだからな」

 

 

慌ただしくなるコート。

先ほどの静けさが本当に嘘の様だった。あっという間に違い色に染まっていくのがはっきりと解る。

 

そして、その中には青葉城西の姿もあった。

 

 

「―――青城は少し時間を空けてから続けて準々決勝だ」

 

 

準々決勝、その次は準決勝―――そして、決勝。

 

強豪たちをなぎ倒し、全55校の頂点に立つチームが、その頂きから先に行く権利がある。

 

そう――全国の舞台へと。

 

 

コートに残るのは、強い者だけだ。

 

 

烏野高校 インターハイ宮城県予選 3回戦敗退。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「【1人だけ上手くたって勝てないんだよ? ドンマイ!】って影山に言いたかったんじゃなかったっけ? 火神には言いたくねぇとも聞いたが、ラストは火神抜けてたしな」

 

岩泉は及川に聞いた。

それは前回の練習試合の時の話だ。

 

「烏野のレシーブを崩して、マトモなトスを上げさせない様にして、完璧に完膚なきまで叩き潰して、そんでもって 間違いなく悔しさいっぱいな影山(歳下)に嫌味満天憎たらしい晴れやかな顔で、【はーい、残念でした☆ 次頑張ってね~~(笑)】って」

「そこまで言ってないし、せいちゃん憎めない子だからちょっと複雑~って感じで言ったじゃん!? 捏造しないでくれる?? それに、飛雄やせいちゃんだけじゃなかったでしょ。烏野は」

「お前やっぱめんどくせーな」

「それも酷いな!」

 

ズバっと切って捨てる岩泉に思わず抗議を上げる及川だったが、とりあえず咳を1つ入れてやや強引に切ると、先ほどの試合の反省点を考えつつ、影山についての考察も含めて話を再開した。

 

「……決定的だったのは、2セット目のオレのトスを読んだ所。あのメガネ君を引き連れて、岩ちゃんを止めた事かな」

 

速攻で攻撃するのが一番確率が高く、選びやすい攻撃手段であり常套手段。

確率と言った数値だけで考えたとするなら、センターの攻撃を想定し、ブロックマークをしただろう。

だが、影山はそうはしなかった。

 

「試合中にも言ったケド、せいちゃんだって原因の1つだと思うし、飛雄が交代して外で頭冷やしてる所で、あの爽やか先輩が仕込んだって事もあると思う。飛雄は確かに居場所(依り代)を見つけたみたいだし、同等クラスの天才が居て孤独じゃなくなったっポイけど、それ以外のとのやり取り見てたら、やっぱりまだまだ独裁の王様気質は抜けてなかった感じもしてたんだけどねぇ」

 

 

及川は盛大にため息を吐いて一呼吸を置いた後に続ける。

 

 

「仮にもしもさ。独裁王様気質が抜けてなくて、昔のままの飛雄だったなら? 後、仮にせいちゃんが最後までコートに居て一緒にプレイ出来ていたとしたら? 岩ちゃんはどう考える?」

「………火神かあのチビか……」

「だよね? めっちゃ悩むよね。さっきの神業速攻は、絶対だったけど、せいちゃん1人入るだけで、あのチビちゃんはあくまで攻撃の選択肢の1つに過ぎなくなる。……だから、ただの可能性だけで、チビちゃんに絶対に上げるとまでは思えなかった。まぁ、飛雄が間違いなく一番信頼してるのはせいちゃんだと思うから、その場合、せいちゃんに上がる可能性が一番高くなるけど。―――それでも、絶対(・・)とは言えない」

 

 

及川の言葉を聞けば聞く程、烏野が万全のメンバーだったのなら、今日勝てたかどうかわからない、と言っている様に聞こえてくる。

岩泉自身もそれは解っている。いつもなら、【運も実力の内だボゲ】と後ろ向きな及川思考に一発拳を入れて前を向かせる筈だが……、今回の試合はあまりにも高揚し、あまりにも背を押された感覚があったから。

 

 

勝ちたいのは当然。だが、それと同じくらい―――もっともっとあの男とバレーをしたいと思ったから。

 

 

 

「ホント……、厄介この上ないよ」

 

 

 

この敗北を糧にとする烏は一体今後どう変貌を遂げるだろう。

 

少なくとも、飢えた(バケモノ)が3人は居る。

6人で強い方が勝つ、と言う信条は捨ててはいないが、その6人中3人、半数がバケモノだ。

 

 

「だからって関係ねぇ。……烏野ともっかいやったとしてもオレ達が勝つ。ただ、それだけを考えるだけだ」

「お? 岩ちゃんまた格好つけちゃって~。そういうのは、ウケないぞ?」

「…………」

 

 

岩泉は、色々と考えすぎていて少々センチメンタルになっていた及川が、いつも通りに戻ったのを確認すると、―――これまたいつも通りの鉄拳を頭に落とすのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

試合会場の長い長い廊下をゆっくり一歩ずつ歩く火神。

 

鈍い痛みが走るが、歩けない程じゃない。

 

直ぐ隣には清水が付き添ってくれている。

 

そして、病院への車出しは烏野OB嶋田が出してくれる事になった。

烏野高校のマイクロバスで武田が病院へ……とあったが、他の皆もちゃんと連れ帰らなければならないので、そこで嶋田が車出しをと手を上げてくれたのだ。

 

 

「……すみません。ちょっとトイレ、行っても良いですか?」

「良いよ。付き添おうか?」

「や、流石にそこまでは……。清水先輩にかかる迷惑が半端ないっていうか……」

 

 

足に負担掛かる事禁止! と厳命されている。

 

そして、清水は、単なる付き添いではない。

火神が、これ以上無理しない様に、色んな感情が入り乱れた結果、自傷行為……までは流石にいかないと思うが、足を更に負荷をかける事は考えられるので、清水がしっかり監督する事になったのだ。

 

 

だからと言って、男子トイレにまで連れて行ってもらうのは、果てしなく恥ずかしいし、清水だって恥ずかしい事だろう。怪我人に恥ずかしいも何もない、と言われるかもしれないが、流石に羞恥心が勝ると言うモノだ。精神年齢は高いかもしれないが、今の火神はただの高校生。思春期真っ盛りの高校生なのだから。

 

 

「……火神が頼むのなら、何処へだって付き添う。だから今は迷惑だなんて考えないで」

 

 

この時の清水の声は、冗談の類には一切聞こえなかった。真剣そのものだった。

そんな清水の言葉を聞いて、火神は強張っていた表情が更に柔らかくなった気がした。

 

 

「ありがとうございます。……じゃあ、直ぐ傍まで、お願いします」

「ん。了解」

 

 

馬鹿な事は考えず、火神はトイレの直ぐ傍に備え付けてあるイス付近まで、清水に付き添ってもらい、そしてトイレの中へと入っていった。

 

 

火神は、トイレの手洗い場で鏡に映る自分自身を見ていた。

 

 

そして、入り乱れていく。

 

 

 

負けた負けた負けた負けた負けた負けた負けた………。

悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい………。

 

 

 

それらが一気に感情の津波となって覆いつくしてくる。

 

 

先ほどまで、皆と一緒に居る時だけは、他人に気を遣う事が出来た。……でも、どうしても1人になると駄目だった様だ。

 

つまる所、清水のお目付け、監視役は大正解なのだ。

取り乱してしまい、結果 足に負荷をよりかける可能性は十分高かったから。

 

 

 

 

知っていても、実際に体感するのとは訳が違う。

ましてや もう、烏野は 我が身の一部同然なのだから、身を切られる様に痛く感じてしまう。

中学の頃とは比べ物にならない程に。

 

 

この葛藤を、他の皆もしている事だろう。

 

 

日向と影山は取っ組み合いをしてるかもしれない。……火神は、1年リーダー。

特に問題児である2人の事をしっかりと監督すべし! と仰せつかっているので、しっかり見ないといけないのだが……、今、火神は その場所に居てあげられない。自分の事で手一杯だった。

でも、止める人が居ないからきっと武田や烏養が見てくれているだろう。

 

 

 

続いて火神は頭を鏡に打ち付ける。

 

 

ガンッ! と衝撃音が周りに響く。周囲に誰も居なくてまさに幸いだ。火神は今そんな事考える余裕が無いから。

 

 

ただ、さっきまで―――、そして交代後の試合中も――――ずっと我慢していたものがまた溢れてきた。

 

 

【負けた。悔しい。最初から決まってる負け試合なんて無い。決まってなんかいない。でも何故ここで怪我を? この場面でどうして??】

 

 

考えれば考える程、両の目から大きな雫がポタポタと落ち、排水溝へと流れていく。

それはまるで 声の代わりに涙が出ているかの様だった。

 

 

 

「火神!?? 大丈夫!!?」

「………ッ!?」

 

 

そして、清水の声が聞こえてきた事で、どうにか心を鎮める事が出来た。

この声の感じで、何も返事を返さなかったら、男子トイレだろうがドコだろうが、入ってきてしまいそうだから、慌てて火神は返事をした。

 

 

「だ、だいじょうぶです。だいじょうぶ」

 

 

火神は、大丈夫だと叫びながら 目元に残っている雫を拭い、片足を庇いながら、壁伝いにトイレを後にした。

 

 

「……やっぱり一緒に入るべきだった」

「………すみません」

「謝るの禁止」

 

清水は、額が赤くなっているのに気付いた。

寧ろ、少し切れているのも解った。

 

思いっきり頭を打ち付けたんだろう、と。

 

 

「怪我を増やしてどうするの?」

「……割れなくて良かったです。………鏡が」

「火神の頭もね。……別に上手い事言ったつもりは無いから」

 

後頭部を軽く叩く清水。

 

そして、暫く歩いた後。

 

 

 

「オレ……勝ちたかったです」

「うん」

「それに……、清水先輩に恩を返したかった」

「……??」

 

 

不意にポツリと呟いた。

その言葉に清水は振り返る。

 

「恩?」

「……はい」

 

ちょっとよく解らない単語だった。

火神は続けていった。

 

 

「翔陽と一緒に烏野に入って……、飛雄も居て……。でも、バレーをするかどうか、悩んでいたんです」

「……………」

 

 

清水は、火神の言っている意味を理解し始めた。

初めて高校で再会したあの日の事を言っているのだと。

 

……七転八倒していたあの時の事を。

 

 

「百面相して、頭抱えてた時?」

「あ、ははは……。そこは忘れて欲しいです。……あと、理由も聞かないでくれた方がありがたい」

 

 

火神は苦笑いを1つした後、更に続けた。

 

 

「フラフラしてたオレの背を……清水先輩が押してくれて、フラフラしていたオレの手を引っ張ってくれました。烏野排球部の方へと。【ようこそ】って、手を広げて……」

「…………」

「もし、オレがあの時―――バレーをしない道を選んでたら、きっとずっと後悔していた筈です。……今だからこそ、解ります。だから……」

 

 

火神は立ち止まると、清水の方を見ていった。

 

 

 

「オレは、清水先輩を全国へ……。烏野高校排球部を全国へ……って。何だか凄く烏滸がましい。傲慢だな、って思ってしまいますけどね。バレーは皆でやるスポーツなのに。……でも、オレが出来る恩返し、って言ったら それくらいしか思いつかなくて」

 

 

火神はそういうと、俯いた。

 

清水潔子とは、もうずっと前からの憧れの人だった。

最高に格好いいと思った。……女性なのに、格好いい……って、今では おかしいかな? と今なら思うけれど、あの時の清水は笑ってくれた。

 

ひょっとしたら、清水が生まれる前から想ってきた人だ。

そんな人と巡り合え、そして バレーへの道を示してくれた。

 

 

だからこそ、全国へと連れて行きたかったんだ。

最高の舞台へ。

 

 

 

それを聞いた清水は、空いた方の手で、火神の頬を触って顔を自分の方へと向けた。

 

 

「まだ、まだ終わってない」

 

 

真剣な顔つき。そして、何処か紅潮している様にも見える。そして目元も濡れてる様に見える。

 

 

「もう終わった、みたいに言わないで。……まだ、まだ先はある。春高がある。………その時まで、繋ぎきれば良い」

「ッ………」

 

 

清水はそういうと、最後は笑顔を見せた。

顔は赤いまま、最高の笑顔を。

 

 

 

「少し驚いた。そんな風に考えてくれてたとは思っても無かったから。……でも、何だか嬉しいし、……ちょっと恥ずかしいね」

 

 

あはは、と笑う清水。

そして、ぐいっ と目元を拭って続けた。

 

 

 

「あなたは私が期待する大型新人(スーパールーキー)。……まだ終わった訳じゃないのに、こんな所で、挫折なんかしないよね?」

 

 

 

清水に返す言葉は……もう言うまでもない。

 

 

今度は自分が清水に習って目元を指で拭い、そして今できる精一杯の笑顔を見せて頷くのだった。

 


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