王様をぎゃふん! と言わせたい   作:ハイキューw

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1試合につき、最大話数更新しました。
気付いたら8話分。まだ1セット目です。

小説を書く上で、やっぱり難しく、厄介なのはローテーションシステムでした……。ひょっと間違えてたら申し訳ありません。取り返しがつきそうなミスは直ぐ修正しますが、ヤバめのヤツがあれば……… 苦笑

これからも頑張ります。よろしくお願いします。


第68話 青葉城西戦⑧

田中の魂の叫び(名シーン)

 

火神は勿論の事、日向も思わず目を輝かせていて、周りも心底頼もしい、と笑顔になり…… 外でそれを聞いていた烏養は、最初こそは面食らった様だが、最後まで聞いた途端にこみ上げてくるモノが抑えきれず、大声で笑っていた。

 

 

「わっはっはっは!! 取り得が無ぇだ!? 今、この場面でそれを言える事が十分のお前の取り得だ! 全然上がってねぇワケじゃねぇ! 大きく弾きさえすれば誰かがカバーできる! ここが踏ん張りどころだ! 気張れよ!? お前ら!」

【アス!】

 

 

烏養の言葉は、コートの中にも勿論届いている。

全員が声を上げて返事をした。

その中で、田中は少々先ほどの事もあってか 顔を赤くさせたが、それ以上にすべき事が頭の中に入っており、定まっているので、ただただ集中力を上げていた。

 

烏養も安心出来た。

選手以上に気にし過ぎていた。もう少し信じても良かった。

仮に、このセットを落としたとしても、1年にはまだ荷が重い者が多々いるが、頼りになる2,3年が要れば士気には影響しないと思えたからだ。

 

 

そして、そんな田中を見て、頼もしく思いつつ―――、横にいる東峰に注文を付けるのは西谷。

 

 

「ほら、今のですよ今の! 旭さんも猫背ばっかりなってないで 龍みたいになると良いですよ!」

 

西谷には全く悪気はない。本当に一切ない。

無いからこそ東峰にとっては大ダメージ。

その只管ストレートな物言いは、顔に反比例し 自他共に認めるガラス&ピュアハートな東峰にはキツイのである。

 

「できたらやってるよ! けど、そんな簡単じゃないからな!」

「そこは努力努力ス! オレだって、誠也のサーブで努力した結果、及川のサーブだって取れる自信がついたんですから。なんで旭さんは 龍を目指して! 目標にしてやりましょう!」

「あ……うん。オス……(ジャンルが違い過ぎだし、なんか情けなくて泣きそう……)」

 

東峰が3年で現在のコートの中で一番の年上。

なのに、どっちが先輩か解らない西谷と東峰のやり取りで、自信消失に繋がりそうになる東峰……だが、これは烏野では最早恒例になっている事の1つであり、何だかんだ思いつつも東峰は頼りになると言う事はチーム全員もう解っているので大丈夫だ。

 

 

 

場面はピンチだと言うのに、田中の切っ掛けから、いつもの自分達に戻せたような感覚だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「(………良かった。やっぱり凄い。田中さん。オレ………本当に良かった)」

 

 

 

勿論、火神にとっては見知った場面。

違う点が多くても、所々類似点は残されている。

 

火神にとってみれば、もう別世界である事は重々理解しているし、仮にここを【ハイキュー‼の世界】とするなら、自分自身は田中の代わりに出場している状態だ。

だから、この青葉城西戦で田中のメンタルの強さが遺憾なく発揮される場面は来ないかもしれない、と何処かでは思っていた。

 

嘗て、中学時代の時。

 

北川第一と言う強大な相手に対し、意気消沈するメンバーを(無意識に)鼓舞した日向の【まだ負けてないよ】と言う言葉が聴けなかった時の様に。

 

 

だが、今回は違った。実際に聞いた。実際にこの身で体感する事が出来た。

 

 

田中の事が、凄い(・・)、と言う感覚は もうずっとずっと前から思っていた事。

 

 

相手は格上と言って良い強敵、場面は劣勢、更に狙われているのは自分でスパイクも止められた。

立て続けにそれらが起こったら、普通なら戦意喪失まで行かずとも、少なからず意気消沈していてもおかしくない。言葉数が少なくなり、雰囲気に現れてもおかしくない。

 

田中だから大丈夫、と漠然に思えるのは ただ自分が知っているから。……いわば先入観があるから。……でも、今まさに、自分自身が体験している最中で、本当の意味で田中の凄さを知れた。

 

 

田中は勢いのままに、皆に向かって言った。

 

 

「すんません! 先に言っときます! カバー頼みます!!」

【おおっ!!】

 

 

うおおっ、と皆で少し集まり軽めの円陣をかける。

今はタイム中ではないが、ボールを回収し、青葉城西側へと供給されるまでの間は、自由。主審に咎められたりしないギリギリまで、集まり、互いにチームを鼓舞し続けた。

 

 

 

 

 

 

一頻り、鼓舞の声を上げていた2人は、コートの中の全員が集中し、構えているのを見届けた後、ふっ と身体から力を抜いて口ずさむ。

 

「スゲーな、やっぱ田中は」

「ああ……」

 

控えで見ていた澤村と菅原の主将&副将コンビは、改めて田中の凄さを口にした。

チームを率いなければならない身分と言って良い間柄なのだが、何ら心配する必要はない、と今の仲間たちを見て思えた。

何だか頼もしさもあるが、やっぱりプレイしていないからか寂しくもある。それでも誇らしさ、頼もしさの方が勝っているのである。

 

 

「普通、強烈なサーブで狙われた上に、その次はスパイクをドシャット。なのに、いつものテンション保ってる」

「理由は、田中だから(・・・・・)で十分なんだけどな」

「確かに」

 

 

思わず笑ってしまう。

そして、それを聞いていた他の2年達も同じく笑う。

 

「大丈夫、田中だし、はオレ達の口癖ですね」

「いつも試合では頑丈。どんな状況でも部に居続けた。……情けない話、2年では田中だけでしたから」

「うん」

 

木下と縁下、そして成田も苦笑いをしながらそう呟く。

自分達を無碍に自虐的に笑っているが、彼らもまた決して弱いワケでも、出来ないと言う程でもない。

今日もいつ出場しても良い様に身体は温めているのが目に見えてわかるし、最初から出ないから、と言う様な雰囲気を出している者は1人もいない。

 

約1名、結構なビビリが居るが、芯の底から怖気づいている訳ではないのは澤村が一番よく解っている。

 

 

澤村は、3人の背を強めに叩いて、自分達にも鼓舞をし、言った。

 

 

「んじゃあ、オレらは、声を出す方を全力でやろう。大丈夫なのは解った。後は気合だ」

「うわっ、大地らしからぬ発言! なんか単純じゃね?」

「うっせーよスガ。……(オレら)だって出来る事はある、って言いたいだけだ。場面はピンチだけど、ほんの少しでもアイツらに追い風を。オレ達は全員で烏野(・・・・・)なんだからな」

 

 

その言葉は、つい最近 伊達工も似た様な事を言っていた。

試合中だったが、澤村の耳にはよく届き、そして今も残っている。

 

【オレ達は全員で鉄壁】

 

それと同じだ。

誰一人として、不要な者はいない。

 

烏野も同じだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、試合は再開される。

 

 

 

【サッ 来ォぉおいっ!!!】

 

 

 

強烈なサーブに全員が身構える。

田中が狙われている―――と言うのは、既に解っている事ではあるが、次も必ず田中に来るかどうか等の保証はある訳がない。

いつもどんな時でも、自分が取る、自分に来い、とただただ言い聞かせて構えていた。

 

 

「―――――……!」

 

 

及川は無表情。

いつも見える何処か軽く、飄々とした笑みは一切ない。ただただ持てる全てをボールに込める、と言わんばかりに集中しているのが解る。

 

 

そして、先ほどの再現―――と思わせる程に完璧な一連動作で、強力サーブを打ってきた。

 

 

迫っているのは、……田中だ。

 

ギュンっ! と及川が放つボールが空気を貫く。

様々な喧噪渦巻く体育館内だと言うのに、その音が耳元にまで届いてくるのをはっきり感じられる。

 

ほんの一瞬の出来事ではあるが、いつも以上に集中している田中は、間違いなく自分自身に迫っているのがはっきり見えてた。

 

そして、田中も西谷同様に 練習の事を思いだしていた。

そう、自分の後輩が 同じ様なサーブを打てるのだ。

練習をしてきたのだ。

 

 

―――この軌道は、曲がる!

 

 

出来るまでやれば―――できる!

 

例えどれだけ不格好(ダサく)ても、もっともっと格好悪い事を自分は知っているから。

 

凄い1年が入ってきた?

自分より体格があり、遥かに技術がある?

実際に凄い。心底驚き、恐れもした。……それで?

 

 

最高にダサいのは、勝負にすら挑まずに、怖気付く(ビビる)事。

 

 

 

――さぁ、ダサく、緩いことを嫌うオレよ。後ろを、下を向く暇はあるのかい?

 

 

 

「うっっ……!!」

 

 

レシーブをする為には、ボールにピンポイントで面を当てなければならない。オーバーハンドにしろアンダーハンドにしろ、それは変わらない。

田中は自分自身に、瞬時にボールが来る位置を把握し、完璧に取れる面で迎える技術が無いのは解っている。

 

なら、何が出来るか。

 

 

「んぐっ……だらぁぁぁぁ!!!」

 

 

出来る事なんて、多くない自分が出来る事。ビビらない事。どんな相手にも臆さない胆力。どんな強い球が来ようとも―――正面衝突(・・・・)

 

 

 

 

 

 

 

「げええっ!? マジッ!? 胸で受け止めた!??」

「うげー、絶対痛いヤツだ! つーか、メッチャ上がってる!?? ナイスレシーブ? じゃん!!」

 

 

 

 

田中は腕では捕えきれない、捕えてもしっかりと面と面を当てる事が出来ず、先ほどの様に彼方へと飛ばされる可能性も高い、と判断し 一番可能性の高い賭けにでた。

 

強く速い球相手に、正面衝突。

 

身体全体、何処に当たっても良いが、絶対に後ろへは抜かせない。

及川の強打に負けない性根と心意気をもって、あのスパイクサーブをまるで、サッカー選手の胸トラップのように上げて見せた。

構えてはいるが、殆ど腕には当たっていない。

 

それを上から見ていた嶋田は驚愕。

 

 

 

 

「(マジかよ。今のボーズのレシーブわざとか!? 確かにボールを受ける【面】が広がれば、ボールを大きく弾いてしまう確率は減るかもしんないけど……)下手したら顔面だぞ!!?」

「オレも思った!! あんなの顔に受けそうだ、ってビビって受けれねぇよ! 本当にアイツら色々と高校生って思えねぇ!!」

 

 

 

あまりの光景、あまりに痛そうなので、思わず顔を青ざめる嶋田と滝ノ上のOB。

そして、自分達の時は、あそこまで それこそ死に物狂いでやってる様に出来ていたっけ……? と何処か遠い目をする事にもなるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「トスくれーー!!」

「レフト!!」

 

田中の胸レシーブを見て皆驚いた。

当然だ。日向にすれば、あんな凶悪な影山の師匠、大王様である及川の殺人サーブを正面衝突したのだから、思わず声を上げてしまった程。

 

火神に至っては、完全に既視感(デジャビュ)を覚え、驚いていた。

このレシーブは知っている。東京にいる強豪校、梟谷のエースが上げてのけたあの面白おかしい自画自賛(実際に凄い)レシーブだ。

伊達工戦に引き続き、こんなにも早くに見られる事に感動を、そして 田中の熱意にも敬意を示した。

 

色んな事を考えて居たのだが、それも殆ど一瞬の出来事だ。

後はすべきことを考える。

 

それに、驚きや思わず痛そうだと思った感覚は、田中の気迫が全て吹き飛ばしてくれた。

文字通り、見た通り体当たりでボールを上げて見せた田中に応える為にも、このボール繋がなければならない。

 

決めなければならない!

 

そう各々が判断し、フロントゾーンの日向と火神はそれぞれが動き出したのだ。

 

 

縦横無尽に日向が、そしてレフトから大砲を打つ! と言わんばかりの気迫で火神が迫る。

青葉城西にとって見ればどちらも最高にやりにくく、来てほしくない相手であり、絶対に止めてやりたいとも思う。そんな矛盾を生む2人。脅威に感じるが、及川の作っている流れを止める訳にはいかない、とレシーブ・ブロックに気を張っていたのだが。

 

 

 

 

 

「ラァァァイトォォォォ!!!!」

 

 

 

 

 

 

更に一際大きく、身体の芯にまで届く様なデカい声が響いた。

つい先ほど、及川に強力な一撃をぶち当てられたも同然の田中が、驚くべき事に、もう戦線に復帰しているのだ。

胸を強打したのだから、当たり所が悪ければ咽たり、呼吸が止まりかけたりするかもしれないと言うのに、1mmも引いていない。

 

「! 田中さん!!」

 

影山も、贅沢極まりないセットで、贅沢な選択肢だったが、田中の気迫に押され、あげる相手を決めた。

速攻(クイック)で返す事も出来る場面で、日向や火神も決定率が良い。そんな中で、敢えてライト側のオープンを選択した。―――何かを感じたのだろう。

 

ボールが上がったのを見届けると、田中は走り込む。

 

青葉城西のブロッカーは確かに揃っているが、日向や火神の影響も色濃く残っており、決して良いブロックとは言えない。穴があるブロックだ。

 

怯む事なく臆する事も無い。胸の痛みは遠の昔に忘れた。

 

 

 

 

烏養は、そんな田中を見て思う。

 

 

「(普段からミスが少ない訳じゃない。すぐに挑発に乗って熱くなって冷静さを失う事もある。……守備面ではそいつは致命的だ。常にクレバーに、瞬時にコースを見極めなきゃいけないからな。澤村は勿論、その辺が火神との違いでもある。……でも)」

 

 

田中は 跳躍し、今まさに打ち抜く寸前だ。

紛れもなく強打。強力なスパイクを打つ、と言うのが打つ前から解る。幻視出来る程に。

 

 

「(田中(アイツ)のパワーは、東峰に次ぐチームNo.2。そんでもってそれ以上の武器。アイツの一番の武器! どんなに凄くても1年。後輩に抜かれレギュラー落ちを喰らおうが、劣勢だろうが、崖っぷちだろうが、関係ない事。追い込まれても奮い立つ事が出来る事。パフォーマンスを落とさない力。―――底なしのメンタルの強さ! 紛れもねぇ、エースの資質!)」

 

 

烏養は断言した。

その断言に応える様に、先ほどの幻視と全く同じ光景が、リピート再生される様に映る。

ブロッカーの腕を跳ね除け、ストレート側、及川の真横を打ち抜いた。

 

 

カウント22—19。

 

 

「おおお!! すげぇぇ! とうとうやった! 烏野のボーズが、自分で、及川に持ってかれた流れを切った!!」

「うはぁぁ! アレは絶対流れが変わる一撃ってヤツだ! 絶対盛り上がるヤツ!!」

「ていうか、ボールぶち当たった後に即攻撃とかどんだけだよ! 10番とか11番もいるし、ブロック泣かせだろ!?」

 

 

観客が盛り上がる。

 

 

そして、それ以上に烏野側も盛り上がり続ける。

 

 

「うおおっっ、しゃあああああ!!」

「田中さーーんっ!!」

「りゅうーーーっ!!」

「ナイスです!!」

 

 

盛り上がり方が違った。

まだ、点差があると言うのに、一切考慮してない。逆転したのか? って思える程のモノだった。

 

 

「凄いな……、あのボーズが決めると盛り上がり方が全然違うよ、烏野。ムードメーカーってヤツ?」

「ああ。……多分、アレ2年だろ? 今 最初から出てた1番、烏野の主将と代わるっぽいな。前衛のみのスタイルかぁ……。来年がもっと怖いと思う。攻守共に完成……って考えたら、あの10番と11番に加えて……」

「うはー、うわー……、烏野……、当たりたくないかも……」

「ばっかやろっ! 何処が来てもたおーーす! って考えるんだよ! そうなんだよ! ………きっとそうなんだよ………」

「うぉぉい! 声ちっさくなってるぞ! 説得力無くなるから、最後まで元気でいよーよ、そこは!」

 

やんややんや、と場を巻き込む程の盛り上がりを見せるが、田中は次はサーブ。

後衛に戻るので、澤村と交代だ。

 

 

「火神」

「アス!」

 

交代の間際、田中は火神と片手ハイタッチを交わす。

 

「あのサーブはお前のサーブを意識した! だから取れた! ノヤっさんと一緒だ! サンキューだ!」

「っ!! いえ、今この場で出来るのは 田中さんだけですって! 超強心臓、田中さんの力です! あんなのめっちゃくちゃ怖いです。下手したら顔面。……及川さんのを顔面! 嫌です!」

「うはははは! なんたって先輩だからな!」

「ふぉぉぉ田中さん かっけぇぇ!! (……………がん、めん? あたる……??)」

 

正直な感想を大きな声で言う火神。

厳密にはやりそう……やれる人を知っている、居るには居るんだけれど、()は居ないので強ち嘘と言う訳でもない。

 

因みに、田中スゲェコールだった日向も、あのサーブを顔面……と考えてしまって、一瞬寒気が走っていたりしている。

 

 

「それにスパイクも最高だった。―――また、見えた(・・・)。スローモーション! 次もぜってー打ってやるからな! 頼むぞ影山!!」

「ウス!」

 

ビシッ! と指をさし、威風堂々とベンチへと戻っていく。

 

「お願いします、大地さん!」

「ナイスだ田中。受け取った。……任せろ!」

 

 

 

 

 

田中のバトンを澤村が受け取り、サーブ位置へと向かう。

点差はまだある。それにビッグサーバーである火神まで回るのはまだ早い。

 

 

 

 

「ふぅ……」

 

「大地さんナイッサー!!」

「澤村さんナイッサー!!」

「大地ナイサー!」

 

 

澤村は、気を落ち着かせながらボールに念を送る様に額を付けた。

火神のサーブの事を考えてしまった事を悔やむ。

 

 

――自分で取り返せば良いだけなのに、何を言っている? と。

 

 

確かに、お世辞にも強いサーブを打てるとは言えない。

烏野でビッグサーバーは、影山と火神の2トップ。勝負所で勝負できる力は自分には備わっていない。

 

だから何だと言うんだ?

 

サーブで点を獲れないのなら……。

 

 

「(………全部拾う)」

 

 

自分の得意分野を全面に出す。

田中は、次へと繋げる仕事を十分に果たしてくれた。

 

及川のサーブは、誰が当たっても 取られる可能性を秘めている。今まで取ったどのサーブより、先ほどのサーブの威力が上がっている、と外から見ていて感じたから。

 

そんなサーブを、田中は自らが切ってみせたのだ。

 

 

そして―――主審の笛の音が響く。

 

 

「いくぞぉぉ!!」

 

 

澤村は目を大きく見開き、サーブを打ち放った。

威力はなくとも、取りにくいコースを見極めながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

青葉城西側にボールが入ったのを見届けた後、影山は考える。

 

 

あの及川の先ほどのサーブは凄い。間違いなくこれまでで一番だと。

 

 

そんな凄いサーブを、咄嗟の判断で胸で上げてのけた田中も十分凄いが、それ以上に及川に抱いていた感情、中学時代の感情が蘇ってきた。

 

 

強いバレーがしたくて、北川第一と言う強豪校選び、そして入れた。

影山は、入ったその日から―――凄い選手が……及川がいる事に気付く。

 

 

自分は当時中学1年。小学校から上がったばかりで、相手は3年。自分より長く練習を積んできているのは解るけれど、それを含めたとしてもやっぱり凄かった。

 

中でもトスとサーブは凄かった。時折、皆がイキイキとしていたのも覚えている。時折岩泉と喧嘩しているのも見たが、それでも凄かった。

 

 

中学校は本当に凄い所なんだな、と影山は思えたのだが、それは間違いだと言う事に気付く。

 

 

中学校が凄いんじゃない。及川徹と言う男が凄いのだと。

最後の大会で、宮城県No.1セッターの称号でもあるベストセッター賞を受賞したあの時、より思った。

 

そして、その及川を超える事が出来たのなら、まずは宮城県でNo.1のセッターになれる。

 

そう思い、及川に教えを請いに行った。……色々とあった。凄い剣幕で見られた事もあったり、断られたり、からかわれたり、と散々だ。

教えてくれないのなら、目で見て盗めば良い、と思った。

 

 

あの日から、ずっと及川だけを意識してきた。

勝ちたい、勝ちたい。この人よりも上に行きたい。

 

強い欲求に憑かれながら。

 

 

 

だが、その背は決して近いものではない、と言う事に気付くのも時間はかからなかった。

そう、あれは丁度……、影山にとって好ましくない、嫌っている冠で呼ばれだした頃だった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

「こいやぁぁぁ!!」

「日向!!」

 

試合は 澤村のサーブで始まり、返された攻撃を見事に澤村が上げて見せた。

そのボールを影山が、日向に変人速攻として セットアップし、見事ブレイク。

 

 

22-20。 

 

 

烏野も20点台に乗る。

 

「…………(ふーむ……、今のも居た。……そろそろ頃合いかな?)」

「日向ナイス!」

「ナァァイスぅぅぅぅ!!」

「うおっ、田中身を乗り出し過ぎ! 怒られるぞ」

 

烏野控え側も大盛り上がり。

20点台に乗り、点差が縮まったのだから当然と言えばそうだが。

 

 

 

「(くそっ……、速いな。くるって解ってても。おまけに 火神(こっち)の存在感もやべぇ。一瞬でも遅れたら、もう触れなかったぞ、今のも。……ん?)」

 

岩泉がコミットで日向に付き、ブロックに跳んだが、あまりの速さに捕えきる事が出来ず、弾かれる結果となったのである。

 

2人が前衛の時……、及川が考えた手は確かに有効ではあるが、厄介なのが2人揃っていたら、判断が難しい。コミットよりもリードブロック気味の方が良いのか、しかし、普通の速攻ならまだしも、あの神業速攻ともなれば、リードブロックじゃ追いつけない。

 

難しい選択を迫られている時、岩泉は丁度及川の顔を見た。

影山の方を見ている様にも見える。……そう、あの速攻を。

 

 

「……オイゴラ。また【トスは敵わない】なんていうんじゃねーだろうな」

「え? トビオの方? せいちゃんの方?」

「火神はセッターじゃねぇだろうが、ボゲ。何で対象に入ってんだよ」

「やー、せいちゃんのトスも思わず惚れ惚れしちゃったからね。つい」

「……………」

「ごめんごめんって。ちゃんと真面目に答えるって」

 

岩泉の顔が……あまりの迫力に気圧されそうになった及川だったが、ちゃんと思ってる事を答える。

 

 

「ま、アレだよ。敵わない、っていうより、敵うわけないじゃん? って感じかな。あんな打点ピンポイントで上げるなんて無理無茶難題だよ? いきなりヤレって? 岩ちゃん?」

「……………やっぱ、一発殴っておいた方が良いか」

「って、ダメダメ!! 怒んないで!! 退場になるよ!!」

 

バレーの試合で乱闘起こして退場とか前代未聞でしょ、と付け加えつつ及川は改めて答える。

 

「才能ではさ、敵わなくても、オレは皆が一番打ちやすいトスを上げられる自信なら、負けないよ。……トビオにも、せいちゃんにも」

「…………」

 

 

及川の言葉。

それが正しい、真意だと示す様に 流れる様なセットで金田一に上げ速攻を上げ、そして決めて見せた。

 

金田一は影山と同期、及川の後輩でもある訳だが、それでも及川との付き合い、練習量が長い訳ではない。圧倒的に影山のほうが長い。

それに高校に入ってもまだ数ヶ月程度。その期間で、金田一の真価を引き出して見せている。

 

 

「(また、ブロックの上から……! 火神はあん時がMAXじゃないかも、って言ってたが、金田一の打点は絶対……ッ)」

 

 

それに一番驚いているのは、誰よりも精密にボールをコントロールする影山だ。空間を完璧に把握し、ピンポイントで上げて見せる影山が、見間違える訳がない。火神も見た、と言っていたが、それ以上だ。影山は金田一とは関係は最悪の一言だったかもしれないが、それでも長らく上げてきた実績と経験がある。

だからこそ誰よりも違和感があった。

 

 

「(そんなにびっくりすることないよ、トビオ。これが金田一の【本来の最高打点】なんだからさ)」

 

 

顔に出やすい。

それが影山の弱点の1つかもしれない。……影山を見知った相手にしか通用しない弱点かもしれないが、及川にとってはこれ以上ない材料だ。

 

影山の事は、影山が知る以上に見てきている。

及川自身もプライドがあるので、あまり認めたくない事ではある、が、長く見てきた。

 

【コート上の王様】

 

そう呼ばれだした事も知った。

何ともまぁ、大仰な……誉れ高い異名だと人知れず地団駄踏む思いだったが、一度見ただけで解る。

 

――自分が考えてる意味と全く違う。

 

と言う事に。

 

 

影山と言う男は、力があり、誰よりも勝利に貪欲、圧倒的とさえ思える才能もそれに拍車をかけた。

 

 

それだけでも驚嘆、脅威、色々な言葉が過るが、それこそが唯一の弱点でもあるのだ。

 

 

「(せいちゃんと一緒にプレイして、トビオも変わるんじゃ……? と実は少なからず警戒はしてたんだよね。せいちゃんのあのプレイ。……あれが理想的なプレイなんだ。バレーは6人全員が強い方が強い。どれだけ上手くても、どれだけ強いサーブを打てても、決して独りよがりにならず、孤独にならず、味方を活かす事を第一に考える。活かされたからこそ、味方も応えようと頑張る。頑張り続ける。結果……誰でも出来る最大を、いや 100%以上を引き出した。……雪ヶ丘って言う無名のチームの中で、せいちゃんはそれを体現してみせた。出来たばかり、お世辞にも上手いと呼べる選手は殆ど居ないチームで。……あっちも一目見ただけで、素人が混ざってる。そんな人材しかいない地で、伸び伸びと出来る。出来うる全てを引き出した。……せいちゃんは、火神誠也(・・・・)はそれを体現したんだよ、飛雄。あの試合でそれをお前は はっきり見た筈だ)」

 

及川は、少なからず憐みにも似た感情を抱いていた。

そんなお手本を前にして、気付けない事への憐み。……或いは、光が強過ぎるが故に、直視する事が出来ないのかもしれないが。

そして、同じくらい羨ましくも感じる。

 

これは初めての感覚だ。

 

普通なら、影山の時の様に感じるんじゃないか、と自分自身に言い聞かせたい所だ。

後ろから強烈な才能が迫ってきている、とあの時の様に焦りを感じる。高校で、こっちに来てほしくない、とひょっとしたら感じたかもしれない。……岩泉に言った様に如何にセッターではない、とはいっても ゆくゆくはやらせてみたい、とコーチ・監督陣がそう判断すれば、解らないから。

でも、及川はそれ以上に火神とやりたいと思っていたのだ。

 

それは、戦ってるチームを見ていたら解る。……感じているのだ。

 

 

 

 

23-20.

 

 

 

金田一に点を獲られてから、影山はより焦りが出る。

1セットの終盤、後2点でセットを獲られる、と言う展開が拍車をかける。

 

「(くそっ…… 次で日向がサーブだ。後衛に行く……。囮がいなくなったら 更に付かれる可能性が高くなる。オレのトスでブロック2枚からせめて1枚にしないと……)」

 

そして、その影山の焦りが、烏野の攻撃を早くさせる。

 

 

「カバーっ!!(不味いな。なるほど……、これがスピードの呪縛ってヤツか。今更ながら気付けたよ)」

 

火神は知っている中でも実際に体感してみて、より理解を深めていた。

 

確かに、速い攻撃は相手のブロッカーを振りほどく事が出来るだろう。

3枚だったのが2枚、1枚となれば当然、決まる可能性もあがっていく。

 

 

だがそれでも、ブロックから逃れたい一心で、ついスパイカーの事よりも速さを優先してしまうのは頂けないと言える。

 

 

 

先ほど影山が選択した手は、東峰へのセットアップ。

普通に打ってる様に見えるが、傍で見ていればよく解る。東峰はほんの僅かだが打ちずらそうにしている、と。

 

東峰の得意とする位置は、【ネットから離した高めのトス】

影山がそれを覚えていない訳がない。

 

そして、青葉城西のブロックを気にしているのがよく解る。振り切ろう、振り切ろうとする考えが、呪縛となっている。

あの中学時代程あからさまではないが、嫌な感じはする。田中が自ら引き戻した流れを余計に速め、どちらへ流れているのかわからなくさせてしまう様なそんな感覚だ。

 

だが、影山ばかりを責める事は出来ない。

 

青葉城西のブロッカー陣の圧力と言うモノの凄さを一番感じているのが影山なのだから。試合開始から、あの超高精度のセットアップを当たり前の様に維持し、誰よりもボールに触り、そして 因縁ともいえる相手を間近にし、これだけブロッカーの圧力を受け続ける。

 

例えまだ第1セット、影山の体力も日向クラスにあるとはいっても、悪条件がこれだけ揃ってしまえば、余程の鈍感だったとしても難しい。

烏養(外から)口で説明しても、そう易々と切り替える事は難しい。

 

 

 

 

「(トビオ。お前は本当に周りが見えてない。確かにあのチビちゃんを使いこなすお前のトスワークは圧巻だ。まさに神業、天才だ。……あんなの出来るのはお前くらいだろう。でも、他はどうだ? 3番の彼はゆっくり上げればもっと勝負出来たんじゃないか? 今の一撃も決まっていたんじゃないか? それにあのメガネ君は? コミュニケーション取ってる様に見えない。……お前のトスを信頼して本気で打ってるか? ブロックが突然変わった、って感じたのは、せいちゃんの一発からだ。それだけじゃない。せいちゃんの平行。あのボーズの彼が思い切って打ち切った時、お前は何にも感じなかったのか? ……何でお前はそんな近くに、自分をよくしてくれる男がいて気付けない?)」

 

 

影山は出来過ぎる。

あまりにも個々の能力が高い。言われれば直に修正するだろう。……そんな技能を持ちながら、こんな初歩的な事を何故解らないのか。と及川は憤慨する。

 

 

お誂え向きだ。

ボールがネットを超えるか否か、微妙な高さにある。

 

影山との本当の意味での直接対決の場が揃った。

 

 

「(個性の違うスパイカーたちの全力を引き出すのがセッターだ)」

「くっ!!」

 

 

【押し合いだ―――!】

 

 

空中で押し合いが始まった。

体格・パワーでは及川が完全に勝っている。

 

そして、それ以上に勝っているのが老獪さだ。

 

パワーで劣っている事は影山も解っているので、負けないよう、負けないように攻めの姿勢を崩さず前へ前へと押し込んでいったのに……、一瞬 及川は力を抜いた。

 

「!!」

 

影山の勢いをいなし、相手の手が伸び切ってそれ以上力が伝わらなかった所で、押し返す。

 

技でも力でも負けた瞬間―――だったが。

 

 

「んんっっ!!!」

 

 

そのボールを地につける事を拒む者が居た。

ボールに飛び付き、拾い上げたのは火神だ。

 

ふわりと、影山の頭上に上がったのを見て、大きく叫ぶ。

 

 

「影山ぁぁっ!! 居るぞ(・・・)!!」

「っっ!!」

 

 

 

 

それはあの日、日向が言った言葉。

誰も付いてこなかったボール。

圧倒的なトラウマ。

それを最初に克服させる事が出来た時の言葉。

 

 

 

「くっ、あぁぁ、やってくれるね!」

 

影山の弱点が徐々にあらわになっていっていると言うのに、いつもいつも寸前でそれを覆してくる。

迷った時の道しるべの様に、辺りを照らしてくれる光の様に。

光にしろ道しるべにしろ、それは邪険にするものじゃない。誰もが大なり小なり必要なものだから。

だから、火神の事を嫌いになれないのかもしれない。

 

 

 

ふわり、と浮いたボールは、偶然にもスピードに捕らわれていた影山に時間を作った。

 

「影山ァぁ!!」

 

そこに、即座に立ち上がり、助走距離を確保した火神が突っ込んでくる。

あんなレシーブを上げた後にスパイクを打つのか!? と一瞬だけたじろいだが、やっている相手を見て、ブロッカー陣は直ぐに冷静さを取り戻した。

 

迎え撃つ構えだ。

 

 

「!」

 

そして、一呼吸置く緩やかで 高く上がったボールは 再び狭くなりつつある影山の視野を一瞬だけ広げた。

その広がった視野のお陰で、火神の指元を見る事が出来た。

 

 

「くるぞ!!」

「アス!」

「止める!!」

 

 

突っ込んでいく火神。

3枚揃って火神を止めようとする青葉城西側。

 

ここで、他に振ればブロッカーを振り切る可能性が高くなる……が、影山はブロッカーにマークされている火神を選択した。

火神の指元―――サインを見たから。

 

そして、それ以上にあの緩やかな時間を与えた火神に任せたくなったから。

 

 

火神は、思いっきり突っ込み、ぐっっ、と深く沈んだ。

その瞬間を狙って、青葉城西側のブロッカー全員が、止めようと跳ぶ。

 

 

「「!!!」」

「くっそ、がぁぁ!!」

 

 

だが、それこそが火神の罠。

気迫、必ず打つと言う殺気にも似た勢い。それらすべてを罠とするのが火神の十八番である事は、最初のフェイントの時に身に染みたつもりだったのだが……、常に意識し続ける事など出来る訳がない。意識と意識の隙間と言うものは、必ずだれにでもある。人間なのだから。

 

その穴を、正確に見極めて放つ。

 

 

ぐっ、と深く深くため込んだ―――火神の一人時間差。

何度も欺かれた経験がある金田一が一番ダメージが深いだろう。思わず宙に居る状態で叫んでしまった程だったから。

 

 

3人が跳び、宙から落ちる瞬間を狙って跳躍。

コートの向こう側が良く見える。―――今日一番かもしれない。

 

火神は、青葉城西を完全に欺く事が出来た事に快感を覚えつつ―――誰も居ない場所を狙って打ち下ろした。

 

 

23—21。 

 

 

それは、再び遠のきそうだった青葉城西の背を、再び掴み戻すかの様な、皆を奮い立たせるような一撃だった。

 

 

 


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