マグレか意図的か。
日向&影山の超速攻……変人速攻。
初見であるなら たった一度見た程度では、まだまだマグレである、と考えるのが普通だと言える。……だが、そんな偶然だ無茶だと言えるような攻撃でも 打つ事ができるスパイカーが居て 尚且つ決めたとなれば、ひょっとしたら……と、疑心暗鬼に駆られる事もまた、間違いない。
これだけでも十分日向の本領でもある囮が機能するだろうし、烏野高校の攻撃の幅がより広がりを見せるだろう。術中に嵌る、とはまさにこの事を言う。
だが、それでも まだ足りていない。……足りない。
「もう1発行くぞ!」
「よっしゃあ!!」
日向と言う光を、今よりも更に更に大きく見せる為には あの強引極まりない速攻は、決してマグレなどではなく、意図的に行ったという事。
攻撃の手の1つとして選択する事が出来るという事。
超精密トスを操る圧倒的ともいえる技量を備える影山のトスワークが可能にする神業であることを相手に知らしめる必要がある。
それには、1度だけではまだ足りないと感じる。
相手に僅かな疑心暗鬼を植え付けるだけでは足りない。
脳裏に刻み込む勢いで行かなければならない。
だからこそ影山がもう1発行くと宣言し、そして 日向も意気込んだ。
伊達工側もブロックのエース青根が前衛のターンに回ってきた。
鉄壁vs超速攻の構図。
伊達工側の鎌先のサーブで再度始まった。
元々強力なジャンプサーブを操る鎌先だったからか、烏野のレシーバー陣は、最初から警戒し、強く身構えすぎてしまっていた。
その為、鎌先のサーブが偶然ネットを掠り、ネットインサーブとなってしまった時、一歩出遅れてレシーブが乱れてしまうという結果になった。
これは、伊達工の必勝パターンでもある。
あくまで ネットインは狙って等出来ない偶然に起きる現象だが、サーブで切り崩し、そしてブロックで仕留めるのが伊達工の必勝パターン。
まさに完璧なサーブ&ブロックだ。
当然、ここを
多少乱れた程度で使えなくなる速攻なら、これを
【拾ったけど、あそこからの速攻は無理だな。誰に上げる?】
上から見ていた観客もそう思う程、ネットインサーブでレシーブは乱れてしまっていたが、影山はお構いなしに、日向へと向かって超高速のトスを上げた。
そして、日向自身も必ず影山からボールが来る、と信じて跳び、渾身のフルスイング。
ドシンッ! と言う乾いた音だけを置き去りにした。
そして、伊達工側は、今回も全くと言って良い程 思考が追いつかない状況だった。
烏野の攻撃、信じて信じられての全ての符号が一致した結果が、この神業を、リードブロックでは一切触れない攻撃を生んだ。
それは、最早ボールを見てから跳ぶというスタイルの伊達工には触れる事さえ出来ない。
そのまま、無条件でコートにボールを叩きつけられる結果になるのだ。
対策をしなければ言わば、ノーガードの状態で思いっきり殴られるようなもの。
一切ガードが出来ない攻撃。
常識の範疇を超えた速攻。―――それこそが【変人速攻】だ。
【またあのトス……! しかも今度はネットからあんなに離れた位置なのに……!?】
本日2度目の変人速攻が決まり、再び場がどよめきを見せた。
最初の時とは違い、乱れて、ネットから離れた位置だったというのに、影山は正確無比に上げて見せた。そして日向も同じく何の迷いもなくスパイクを決めて見せた。
「……マグレじゃ、ないのか」
一番動揺を見せたのは伊達工側の監督 追分だ。
二度目を見せられるまでは、正直 8割以上は偶然の産物だろう、と思っていた。
仮に出来るとしても、影山と言うセッターの性質、中学時代の事を知っている為、成功率が低いがブロックを振り切る為に使う強引な手だと思っていた。
……だが、今のは違った。
一度目よりも遥かに難しい位置から、超速攻を決めて見せたのだから。
普通に日向が打ち込んでいたから。
だからこそ、追分は迷う事なくこのセット最後のタイムアウトを要求した。
主審からの笛が鳴り、試合は一時中断。
カウントは15-12の3点差 烏野優位。
選手側も、体感するのは二度目だが 未だ信じられない、と言った表情を見せていた。
「……あの10番の速攻がホンモノなら、リードブロックでは追いつけそうもない……が、かといって放置したままなら無抵抗で殴られ続ける様なものだ。だから、あの10番からの攻撃の可能性があるときだけは、トスじゃなくあの10番自体をマークする。トスはある程度予測して跳べ」
リードブロックから、コミットブロックへと指示を出す。
最善策、とは言わないが、現時点で情報が皆無であるといっていい伊達工側にはこれしかない。
「ただ、まだあの攻撃がマグレじゃない、とも言いきれん。慌てずに臨機応変に行くぞ」
【ハイ!!】
「勿論、今は10番に隠れていると言って良い状態だが、あの11番の警戒も怠るな。特にサーブだ。向こうがサーブで崩してきている様に、こちらもサーブは強気で行き、逆に崩してやれ。結果、セッターにボールが返らなければ速攻も無いからな」
【ハイ!!】
日向と影山の速攻があまりにも強烈で忘れがちになりそうな所ではあったが、流石にほんの数プレイ前の選手、火神の事まで忘れてくれる程都合は良く無かった様である。
まだ、火神からのブロックポイントを取っていない。烏野で日向に次いで唯一普通に伊達工から点を獲っている選手なのだから当然と言えばそうだが。
因みに、観衆はより派手な攻撃の方に意識が傾いていた。
つまり、話題は日向と影山の超速攻ばかりである。
「烏野の10番すっげーな……、普通あんなトス打てねぇだろ……」
「思わぬ伏兵ってヤツ? 完全にノーマークだったよなぁ。何せ、あの身長だし。
特に聞こえてくるのは主に日向の事。
明らかに頭1つ分程は背丈が足りてない身長である筈なのに、鉄壁を有する伊達工を打ち抜いているのだから当然と言えば当然かもしれない。火神も十分話題にはなっていたが、日向の体躯であのプレイの方が見栄えが凄いから。
そんなざわつきを耳にして、軽くため息を吐くのは青葉城西側。
この場では誰よりも、あの変人速攻の事を理解しているが故にだ。
「技術的にスゲェのはスパイカーに完璧にトスを合わせてる
「けっ! あんな神業、初見じゃ分かんないのも当然デショ。オレらも最初わかんなかったし。でも、飛雄がズバ抜けてるってのは、聞き捨てならないなぁ岩ちゃん。どっちかと言えば現時点じゃ、飛雄よりせいちゃんの方が 総合力でぜんぜん上デショ。サーブとかレシーブとか考えたらさ」
「ハイハイ。火神くんの好感度上げようとしても、本人居ないし、聞いてないから無理。だから残念でした」
「そ、そんなんじゃねーし! ……単純に、
じっ、と及川が見つめる先に居るのは火神。
あの変人速攻を決めた日向よりも、昔から目の敵? にしていた影山よりも。
嘗てない程好印象を持てた火神だった。
確かに、場はあの10番……日向に大注目だろう。
それこそが烏野の本当の目的だと言って良い。でも、及川は火神に注目していた。
そんな及川を見て、岩泉は軽くため息。
「それはそれでウザがられそう。変に褒められた上にジロジロ見てくるなんてキモイって」
「うざっ!? きもっ!?? せいちゃんは、そんな事する子でも言う子でもありません!」
「親戚か?」
伊達工側では、やはり現在での注目度は日向が頭1つ抜き出ていた。……が、二口だけは違った。日向の事は勿論驚いているが。
「……あんな速攻初めてみたな。
「いや、狙ってあんなの出来ないでしょ。そもそも、あの10番だけかな? あの無茶な速攻つかえんの」
「……つーかさ、アレマグレじゃないとしたら、バケモンだ。なに? 今年の烏野ってバケモンの巣窟だったりすんの? あの11番といい ちっこい10番といい」
「確かに、あの速攻にはビビった。でも、最初から使ってる速攻だって気ぃ抜いたら躱されるし、監督も言っただろ? 気にすんのは10番だけじゃねーって。11番も相当ヤベェ奴だって事しっかり頭に入れとけよ。レシーブの方も気合入れとかないと」
「はぁ……、11番に次いで10番ですか。面倒なのが来ちゃったなぁ。んでも、とりあえずどっちも止めるしか無いっスね。オレは11番が最初から気に食わなかったんで、そっちの方で」
「そっちで、って。おめーサボんな。どっちもヤれ」
「
優先順位を考えたら、二口は火神を見るとの事。
でも、チームが分散してしまっては元も子もない。
「とにかくあの10番をまず止めてからだ! このままやられっぱなしにならないように! 嫌な流れを切るぞ」
茂庭が声を上げた。
間違いなく烏野の隠し玉、切り札的な存在が日向であり、前半サーブにレシーブにスパイクに、と派手にやっていた火神が寧ろ日向を隠していた印象があった。
これは、音駒とは逆の考えであり、逆の展開でもあった。使う順番や、用途で相手に与える印象が変わってくる。そこをどう使うか、どう操るかは全てはセッターにかかっている。
影山もそれを当然意識している。
瞬時に使える武器の速攻切り替えは 間違いなく相手に動揺を与える事だろう。それが終盤でも出来るのなら、疲れが出てきた中での攪乱はかなり効果が発揮できそうだ。……無論、まだまだ机上の論には違いないので、全てが上手くいくとは思えないが。
「わかってるな? 影山」
「ウス」
このタイムアウトの際に、烏養は影山に改めて確認。
言われるまでも無い、と言わんばかりの自信満々な影山の表情は本当に頼もしく見えた。
「日向が光れば光る程、相手のブロックは目が眩む。だが、相手だって、前半。火神がやってたプレイを忘れる訳じゃない。当然注目されたままだし、警戒もされてるだろう。日向の方向いてるから、オレフリー。なんて虫のいい話は無ぇ。だが意図せず、光は2つになった、と考えていこう。……だから、影山は この状況で他を贅沢に使って行け。それに伊達工も鉄壁って呼ばれるだけのモンは持ってる。プライドをかけて止めに来んだろう。眩んだからって努々油断するな。……それにお前らも【自分が決める】 つー気概と気迫は忘れずに入ってけよ」
【アス!】
光が目立つのは当然だ。
だからこそ、その眩んだ先に攻撃に備えなければならない。そして、鉄壁の名を持つ伊達工が音駒の様に順応してこないという保証は何処にもない。少なくとも、体感ではブロックに関しては音駒よりも強靭な印象が拭えない。一度大敗しているトラウマがよりそう思わせるのかもしれないが。
より顕著にそれを感じていたのは東峰だ。
これまで、まともにスパイクを決める事が出来たのは、日向と火神の2人のみ。
後の攻撃は相手のミスやラッキーのブロックアウト。ほんの少し、あとほんの少しで止められる印象がどうしても拭えない。
「(……【ブロックが目の前から居なくなって、ネットの向こう側が見える】……か。そんな場面、今までに何度もあった筈。何度もあった筈なんだけど……)」
東峰はあの時の事を思いだしてしまう。
強靭な壁に阻まれ続け、惨敗したあの試合。そこからどうしても、鉄壁の向こう側をイメージする事が出来なくなってしまった。
「それにしても火神。ブロックアウトは狙って打ってんのかよー!?」
「アス! 相手の指先を狙って打ってるス。良いブロック程、ブロックの面積がブレないんで、ある意味狙い易いかもですね。勿論、そう何度も成功する訳じゃないスけど」
「かーー、マジかー。あの打つ瞬間によくそこまで見えてるな? それも伊達工相手に。オレだったら、相手の圧力もやべーし、負けねぇ!! って勢いに任せて力任せに強引に行っちゃいそうだよ」
火神と田中が話をしているのが東峰の耳にも入った。
レギュラーの座を……、一度逃げた自分が貰い、そして頑張りぬいてきた田中が外れてしまっている事にどうしても罪悪感があった。西谷に指摘され、田中の意識も聞いてから、もう無いが。
田中は どんな場面でも、どんな時にでも、試合に出る事を意識して、どんな場面であってもやりきれるだけの気概を持って接しているのも見てよく解る。強靭な精神力。それは自分に持ってないモノだ。
「えっと、上手く説明しづらいんですけど、集中して打つ時、たまにコートがよく見えてるっていうか、スローモーション? って思う瞬間があってですね。主にそれが来た時にガンガン狙って打ってるって感じです」
「おお! それ、オレもあるぞ! ブロックが見えるってヤツだな。スローモーションってのも判るぞ! 光が通ったみたいになるヤツ?? ……って、ちょっと待て。お前 アレを毎回できんのかよ! お前はどーなってんだ!??」
「いたたた、痛い痛い! さ、流石に毎回じゃないですよ!」
「ウシ! なら、オレは毎回出来る様になんねーとな!」
どんな時、どんな状況ででも、精神は、心は 折れず曲がらず、腐らず……、田中こそがエースだ、と思ってしまう。
「……旭さん?」
「っっ!!?」
そんな時だ。不意に西谷に後ろから声を掛けられた。
「まさかとは思うスけど……、今 龍を見てましたか?」
「………ああ」
「そんでもって、悪い、とかまた考えちまった、とか?」
「それは無い。ただ、見習わないとな、って思ってた」
東峰は、西谷の言葉を聞いて大きく首を横に振った。
それだけを聞いて、一先ず安心、と言わんばかりに頷く西谷。
「こっから更にバシバシ行って貰わないといけないんですからね。伊達工に勝つために」
「ああ。勿論だ」
東峰も力強く頷き、拳を握り締めた。
あの鉄壁の先の景色。
イメージできなくなった景色。
―――それを、今日 払拭する。
東峰はそれを胸に、コートへと戻っていくのだった。
その後も烏野優勢なのは変わらない。
日向をマークする為にか、常に1人は居る為 ブロックをより分散出来ていた。
如何に伊達工の鉄壁だろうと、分散した1枚の壁なら 圧倒的にスパイカーに分がある。
「澤村さん!!」
「大地さん!!」
「ッんん!!」
澤村の1発が見事に決まり、これで19-14。後1点で先に20点台だ。
「っしゃああああっ!!!」
「ナイス大地っっ!!」
点を重ねる事に、烏野を応援する熱も更に増し増しで上がっていく。
それは、観客席にも言える事だった。伊達工一色だった筈の体育館。それもまるで今の伊達工のブロックの様に分散し、烏野の黒が染まりつつあった。
「ったく、遅ぇーよ!試合終わってたらどーすんだよ!」
「だって、珍しくお客が来てて、なかなか抜け出せなかったんだよー」
その理由の1つに、新たな烏野応援者が増えたから、と言うのもある。
最早、毎度お馴染み、烏野高校OBたち。
【本日豚バラ100g 98円 嶋田マート】と【家電修理承ります 滝ノ上電器店】の2人である。
そして、もう1つの烏野のチーム。烏野女子バレーのメンバーも慌てて駆けつけてきた。
彼女たちは残念ながら1回戦敗退してしまった。
負けた悔しさも、流した涙も、今は止めている。今はただ、同じ烏野の名を持つ男子たちを応援する。自分達の分まで、と声を出す為にやってきていた。……声を出さずにはいられなかったから、と言う理由もあるかもしれないが。
「良かった! 男子の2回戦まだやってる!」
「凄いよ……。今、伊達工に勝ってるんだもん。リードしてて、20点台乗ったよ!」
男子が、伊達工に前回惨敗したのは まだ記憶に新しい。
あの時も、こうやって観客席で応援していたが、どうしてもあの鉄壁を躱す事が出来ずに徹底的に止められて……見ている側も凄く悔しい想いをした。
その因縁の相手に、今勝っているのだ。
「わわっ、あの子凄い……。今 めっちゃ跳んだ!?」
「何今の?? 速攻……??」
「ていうか、その前のブロックフォローもヤバイよ。反応が凄く早い。身体は大きいのに、あんなにディグが上手いなんて……」
「あれって1年生……だよね?」
「あ、火神……あの11番とは私同じクラスです。1年5組の火神くん。バレーしてるのは知ってたんですけど……、あそこまでとは………」
女子たちがどよめきだつのも無理はない。
偶然ではあるが 丁度今、日向と影山の超速攻と火神のもう何本目になるか分からないブロックフォローの2つを同時に見れた瞬間だったからだ。
伊達工の
普通なら、無難に返すか相手のチャンスボールになるであろうボールを、影山は速攻と言う手を選び、尚且つ日向が決めて見せた。
最速の空の矛と最硬の地の盾を垣間見た瞬間だった。
でも、そんな中で残念そうな表情を見せていたのは、道宮。
凄い1年が入ってきた、と言うのは澤村から聞いていたが、同級生である3年が今3人いて、その内の1人である菅原が出ていなかったから。
「フフフ、そーだろそーだろ」
「なんでお前がドヤ顔すんの」
一緒に練習試合をした仲である現烏野男子。自分たちの後輩。OBとして鼻が高くなるのも仕方ない。そして、ドヤ顔に思わずツッコみを入れてしまうのも仕方ない、のである。
「Bだ!」
「トスくれーーっ!!」
「(ちっ、嫌なヤツら纏めてくるとか……)」
「………」
「(どっち……来るっ!?)」
西谷がレシーブし、影山にAパスで返球。理想的な場面。
伊達工側からすれば、厄介極まりないパターンだ。レフト側から日向真ん中に火神の厄介認定している2人。どちらもフリーにしたくないので、ブロックが分散しやすい攻撃パターン。
だが、だからと言って闇雲に跳ぶようなブロッカーは伊達工には居ない。
可能性の低さ、高さを瞬時に判断。影山のトスのフォームも読み、一番この場面で上がる相手は日向だ、と推測。
その推測は当たった。間違いなく日向にボールが上がる! と2枚ブロックで跳ぶ……が。
「「(—————跳ばないッ!??)」」
今度は変人速攻を囮に使った普通の速攻だ。
意識しなければならないのは、
変人速攻対応のブロックにシフトしていた為、跳ぶのが早過ぎて、日向が打つ頃にはブロックが落ちてしまっていた。
そのまま、日向は殆どフリーの状態で、ドパッ! と景気よくコートにボールを叩きつける。
「くあー、今度は普通の速攻してきた……! ついついあの速いの来るって思っちゃうよなぁ、そりゃ」
「おまけに、あの11番の事もマークしてただろうし、頭おかしくなっちゃうよ、オレだったら。2人揃って入ってくるのカンベンしてーーって」
伊達工が頭を悩ませているのが上から見ていてもよく解る。
幾つか選択肢があってこそ、ブロッカーには迷いが生まれてしまう。当然、より選択肢が多ければ多い程迷う。
リードブロックは、それらの迷いを払拭する為のブロックともいえるが、それをしていては日向に追いつく事が出来ない。突き詰めると、セッターとの気の読み合いの様なものだろう。
「それにしても、あのズバッ! って来る速い速攻と普通の速攻、どうやって使い分けしてんだろ……?」
「いやいや、その前にどうやってアレを打つんだよ。ズバッ!! ってきても オレ、ボールが彼方へ飛んでくイメージしか沸かんわ……」
「そこは……練習頑張る?」
「無茶言うなよ。それだったら、オレは11番がやってるブロックアウト取るスパイクの方を練習するわ。まだあっちの方が出来そうだし」
「伊達工のブロック相手に?」
「……………」
「それに、あの11番。さっきのプレイは多分ブロックアウト狙うか、プッシュで前に落とすか、瞬時に選んで、どっちでも打てるって感じだったぞ?
「だーーー! オレだって解ってるよ!! あんなスゲェプレーしてみたい、って願望ダダ洩れなだけだよ!! あんなスゲーの2つも烏野ズルいって思っちまったよ!!」
「正直か」
コート外でも色々と混乱? してるみたいだ。
なら、コート内ではどれだけ混乱しているのか計り知れない。
「くそっ! どうすりゃ あんなの出来るんだ……!」
伊達工もだんだんと声が小さく(一般人以上は出ているが)なってきていたが。
「ハイハイハイハイ!!」
ここで人一倍大きな声を出したのが主将の茂庭だ。
「呑まれない呑まれない! こっちの攻撃だってちゃんと決まってる! 確かに、あの10番には驚いたし、11番と10番セットでやってくるのって、物凄く嫌だって事も解るけど、お前たちは今までいろんなスパイカーを捻じ伏せてきた! 烏野のエースもだ! 今回だって止めてやろう!」
ここ一番での主将の声。誰よりも説得力のある言葉で、混乱しきっていた頭の中にスッと入ってきてくれた。
「っしゃあ!!」
「「ハイ!!」」
「………ッッ!!」
他の皆も、表情を見る限り とりあえず肩の力は抜けた様だ。
「そこは、
「!!」
主将茂庭。
今日伊達工業バレー部の主将になって初めて、初めて心の底から感動したかもしれなかった。二口の何気ない、本当に含みなし、混ざりっ気なしの言葉に。
「二口っ……!! 今までクソ生意気な後輩と思っててゴメンなぁ………!!!」
「思ってたんですか」
だばば~~~、と感涙を見せる茂庭に、生意気云々よりも若干引いてしまったが、それでもチームは良い具合に力が抜けたのだった。
今まで 茂庭の言う通り呑まれていた。
日向に翻弄され過ぎていて、いつもより視野が狭くなってしまっていた。
日向を見る事自体は間違えていない。
だが、超速攻か普通の速攻かくらいは見極めなくてはならない。
ボールが上がるのが日向である、と確信出来たのなら、多くあった選択肢は恐らく2つ程にまで絞られるだろう。……2つなら、止めなくては鉄壁とは言えない。
次のプレイ。
青根は、全神経を集中させた。日向を中心に視界を広く、広く意識し、それでいて身体は必ず自分の意思に応える様に、直ぐにでも応える様に、備えた。
次の攻撃も 超速攻―――と見せかけての普通の速攻。
悔しいが、あまりにも存在感のある気迫のあるフェイントに釣られてしまった。ここまで全力で打つ! と言う強い意志を感じる囮は未だ嘗て青根は経験した事が無かった。
青根は あの時――10番日向を止めた後、11番火神を見た時の自分を恥じていた。
まだ、10番日向を止めきれてないのだから。何度も何度も抜かれてしまっているから。まだ、次を見るのは早かったから。
だから―――今度は、10番を徹底して視る。
青根は、釣られて跳んでしまったが、着地と同時にもう一度跳躍。
日向の方目掛けて、ボールを追いかけ、渾身の力で跳び、そして手を伸ばした。
振り切った! と日向は思った筈なのに、またあの壁が立ちはだかる。変人速攻と違い、普通の速攻だから、日向ははっきりと青根を見てしまった。
【必ず止める】
と言う気迫の籠った青根の姿を。
止められたボールは、そのまま烏野のコートへと落ち、伊達工側の得点。
そして、とうとう日向の攻撃を完全に止めてのけた事を確認したのと同時に。
「おおおおおおっ!!!」
決して口数の多くない青根が、その体格に見合う気迫の籠った雄叫びを上げた。
【しゃあああっ!!】
そして、それは他の選手達にも伝わり青根に賞賛を送るのと同時に、ここから追いつき、追い越すぞ、と声を荒げていた。
その気迫の籠ったブロックは烏野側にも伝わってくる。
「うわああ! 2回、2回跳びました……! あんなに大きいと少しのジャンプでも、ネットから手が出てしまうんですね……」
「ああ。あの身長に加えて腕の長さ、肩幅の広さも強力な武器だ。……でも、
烏養は、興奮する武田に感じたままの事を伝えた。
「視野の狭くならない冷静さ、絶対に止めると言う執念。両方併せ持ってるからこその、ブロックだ。……多分、さっきあっちの主将が立て直してたよな。その辺は流石だ」
今のプレイは完全に伊達工側に称賛を送るべきプレイだ。
悔やむ必要はない。影山の選択も、日向の選択も間違えていないのだから。事実、見事にひっかける事が出来た。
引っかかりつつも、執念でボールに食らいつく事が出来た青根には脱帽だ。
青根のブロックに勢いづいていくのが解る。
まだ1本ブレイクポイントを取っただけに過ぎないが、雰囲気が変わったのが解る。
この感覚は、試合序盤にブロックされたボールを上げて、そして決めたあの時の感覚と同じだから。流れを、空気を変える1発だと直感した。
「ぐっ…… くそっ!」
日向も完全に引っかけた、絶対決まる! と思ってた矢先の青根のブロック。完全に阻まれた事に動揺を隠せれてなかったが、そこは長年の付き合いがある火神が精神面にもフォローに入る。
「翔陽。一旦落ち着け。今の2連続跳びは相手がスゲーで良い。……正直、2回連続で跳んでるのに あの高さはヤバイ。……でも、2連続跳びはある程度の限られた範囲でしか動けない筈だ。跳ぶのに力使うから、横に動いてる暇なんか無いからな。……なら、翔陽だったらどう攻める?」
「あ!! 【高さ】で止められるなら、【幅】で勝負!?」
日向の答えに火神はゆっくりと頷いた。
「多少、翔陽からの距離が長くなったって、影山はピンポイントで上げてのけるだろ?」
「……ったりめぇだ」
「なら、日向の幅が広がる様に、オレもエンドラインギリギリの位置で攻撃に入った方が良いか……。勿論、オレにも是非上げてくれ。鉄壁だろうと切って見せる」
「後ろにも居るからな、影山。いつだってバックから狙える」
「ウス!」
「よっしゃあ! 前のめりで行くぜーー!!」
伊達工の日向ドシャットを食らったが、烏野の雰囲気まで堕ちる事は無かった。
集まり、話をし、十分落ち着く事が出来ている。
それを見ていた菅原は、逆に落ち着く事が出来た。
確かに、試合には出ていないが、頭の中では自分ならどうするか、自分はこう選択する、と試合に出ているつもりで 脳内シミュレートを重ね続けていた。出来るプレイ、出来ないプレイはさておき、自分自身もあの場面で日向に上げてドシャットを食らったなら、中々立て直すのが難しいと思ってた。
それは直ぐ隣で見ている田中もそうだ。青根のブロックの手の動き、伊達工の鉄壁の壁をどうぶち抜くか。自分が出た時どうするか。それらを常に想定して試合に挑んでいる。
その2人の集中力は、傍から見ていた者たちも全員感じる程のモノで、触発されつつ、声も上げ続ける。
「「一本!!」」
これ以上渡すな、声を上げた。
カウント 22-17。
後3点でセットポイント。
あの青根の1発で完全に点差がある、と言う余裕は消え失せている。
次のサーブが強力なジャンプサーブを打つ二口だから、より集中するが、波に乗りかかっている、やってきた波に乗ろうとしている者の攻撃力は割り増しの高さになっているというものだ。
「大地さん!!」
「う、ぐっっ!! くそっ!!」
澤村はレシーブする事は出来たが、乱れてしまっていた。
ボールの威力が先ほどよりも強い、澤村は取る寸前に感じられた。その感覚は間違っておらず、前回の二口のサーブの時よりも腕に感じる痛さが倍増しになっていた。
「よし! 崩した!」
「ブロック狙え!!」
それは、まるで、伊達工が一気に迫ってくるのを感じた。
だが、決して烏野も勢いで負けている訳ではない。ただで波に乗らせるような事はしない。
「スマン!! カバー!!」
「火神頼む!」
「オーライ!!」
火神は跳躍する前、一瞬背後に居る影山の方をちらっと見た。
そして、その視線だけで、一瞬のやり取りだけで、影山は察した。
「影山ッ!」
「おう!!」
今日初めて火神から影山へのセット。―――そしてこれまででも 初めての
波に乗らせまいとした火神と影山。
このレシーブが乱れた場面では、無難にセンターに居る日向か、若しくはレフト側で構えている澤村に上げるのがベターだろう。
だが、ここは敢えて意表をつく手を取った。
影山はセッターに強い拘りを見せているが、火神と同じく基本的には何処でも出来るオールラウンダーであり、ハイスペックだ。
それに加えて、以前早朝練習で 影山がレシーブに回った時、乱れた時を想定した、セッターからの攻撃の練習で火神があげて、影山が打つ練習を空いた時間にしていた。
前には前衛の日向・澤村、後衛に東峰が備わっている攻撃力の高い武器を搭載したエリア。故に普通は誰もがそちら側から攻撃が来る、と身構えるモノだろう。今一番光を放っている日向が居る事もある。
それを逆手にとっての選択。
更に青根が居ない逆サイドを狙うというのも効果的だ。
普通なら、さっきまでの伊達工なら恐らくは高い確率で決まってたであろう攻撃。
―――だが、今の伊達工は違った。
【あの11番は、なんでもやる。なんでもできる】
伊達工のメンバーもれなく全員が、それを強く意識していたからだ。
セッター顔負けのセットアップを見せられたとしても、何ら不思議じゃない。
寧ろ これまでのプレイでも何度も何度もトスを上げていた。2段トスでアンダーを使わず、普通にセットしているのを何度も見ている。
今ここで、この場面で難易度が高いバックトスを選択したとしても、そして セッターである筈の9番影山がそれに普通に応え、反応しても何ら不思議じゃない。
何よりも、先ほどの青根の気迫溢れるブロックに、流れを引き寄せるブロックに全員が触発されているという点も重なっていた。そして、二口に言われた事も。
「く、おおおっ!!」
執念で、影山のバックアタックをブロックして見せたのは、茂庭と小原の2枚。
「く、そっっ!!」
打った瞬間、影山は止められる! と思ってしまった。
それ程までに気迫・意地の籠ったブロックだったから。
「オレ達は全員で、鉄壁だ!!」
伊達工、鉄壁の名に相応しいドシャット。
完璧に捕まった、と誰もが思ったその時だ。
「ッ!」
その刹那、影山を横切る影があった。
ボールがコートに叩きつけられる事なく、その影が、見事にボールを捕らえ、高く上げた。
「「「西谷ぁぁぁぁ!!!!」」」
東峰のバックアタックを止められた際に、火神が拾い上げた様に、今度は西谷が影山のバックアタックのブロックを拾い上げて見せた。
そして、息つく暇もない。
日向は助走距離を確保する為に戻り、それに続く様に澤村も火神も戻った。
西谷が見事に拾い上げたボールは高めのボール。
それは、スパイカーたちに助走距離を確保する猶予と、バックアタックを打った影山にも体勢を整え、セッターとしてのセットアップに入れるだけの猶予を与えてくれた。
【すげぇぇレシーブ!! ってか、烏野全員戻りがやべぇ! 今の
【次は誰が打ってくるんだよコレ!? もーわけわかんねぇ!!】
澤村、日向、火神と前衛3枚全員が助走距離を確保し、入ってくる。
一体誰を使う!? と伊達工だけでなく、体育館内の全員が息を呑んだその時だ。
「持って来ォォォい!!!」
一際大きく、大きく、小さな烏が吠えた。
そして、今日一番の速度・跳躍を見せた。
「10番ッッ!!!」
その日向を止めようと、伊達工青根も驚くべき反応速度、気迫でブロックに跳ぶ。
日向と青根の視線が交差し、互いに絶対に決める! と言う強い意志がぶつかり合った。
自分が持てる全ての力を使い、強い力で押し返そうとする青根。
それを引っ張り出した日向。
――――それこそが日向の真骨頂。
「っっ!!!」
ボールは日向に上がる事は無かった。
大きな声、気迫、勢い、そして高い跳躍。全てが囮。
高く高く跳んだ日向の背後から、もう1つの影が飛び出してきた。
バックアタックの体勢に入っていたのは、烏野のエース 東峰だ。
ここまで、タイミングをズラされてしまえば、如何に青根と言えども追いつけない。
まだ、空中に居る状態だから、追いつきようがない。
―――エースの前の道を、切り開く。
それは、試合前に菅原と約束した事。
最強の囮と最強の男たちで、エースの道を作ってくれ、と。
そして、託されたボールは鮮やかな曲線を描きながら、東峰の元へとやってくる。
―――ああ、これか。この光景……か。
時間にしたら、ほんの一瞬の出来事。
だが、東峰ははっきりと見えた。
伊達工と言う高い高い鉄壁を超えた先の景色を。仲間たちが繋いでくれた光の道を。
全ての想いを乗せ、一度は止められたスパイクを叩き込む。
ズドンッ!! と誰よりも鈍い音をボールで奏でながら、ボールは伊達工コート内に叩き込まれた。
【よっっしゃあああああ!!!!】
相手を流れに乗せなかった一撃。
そして、逆に烏野が波に乗った一撃だ。
「………っしっ……!!」
菅原も、叶えてくれた1年達を、そして最後に決めてくれたエースを見て 小さく拳を握り締めていた。
見事にスパイクを決め、流れを止めて、逆に変えた東峰。皆に揉みくちゃにされながら、道を切り開いてくれた皆に対して言った。
「お前ら、……凄いよ。本当、ありがとな」
と。
それを聞いた西谷は東峰の背を思いっきり叩く。
「何いってんスか! 決めたの旭さんデショ! 堂々としてホラ!」
笑顔で西谷は東峰の肩を叩く。
結構威力が強いので、東峰は表情を歪ませたが、直ぐにまた笑顔に戻った。
「……はぁ、影山の気持ちがちょっとわかった気がする」
「あ?」
そんな中で、火神は額に流れる汗を拭うと軽く苦笑いとため息をして影山に言った。
「自分の攻撃が止められる事より、自分でセットしたボールが相手に止められる方が、メチャクチャ
「…………………………………あぁ。………ぁぁ」
火神の言葉を聞いて、表情を強張らせ、今日一番の恐い顔になる影山。
さっきのバックアタックのセットは、正セッターである影山の目から見ても、完璧な位置とタイミングだった。寧ろ、火神に嫉妬しかねない程の代物だった。
それをブロックに止められたのは自分自身。自分の責任、と思っていたのだが……、火神の言葉を聞いて、自分自身が同じ状況になったのを想像すると……。
「1万倍は腹立つ……………………」
影山は、1人顔面ホラー状態になってしまっていた。
流石に、皆がぎょっ、とするので、軽く肩を叩いてフォローする火神。自分が押してしまったスイッチ? だから、しっかりと直さないと、なのである。
結果的に、東峰が点を決めていい形で締める事は出来たので、本当に良かった。比較的早く、影山の機嫌が元に戻ってくれたから。
「ん、翔陽?」
そんな中で、火神は日向の方を見た。
日向は何やら、自分の掌をじっと見ていた。
「どうした?」
「あ、いや。………今さ。決めたのはオレじゃなくて、旭さんだったんだ。オレ、ボールに触れてさえいないんだけど……」
日向の脳裏に蘇ってくるのは、懸命に
止めてやる! と言う気合が、カラ回ってしまった時の表情。
完全にフラれた、と言う時の表情。
それらを見て、思い出して……。
「すごい、ぞくぞくした」
「………はははっ! だろうな!」
火神は、日向の肩を叩いた。
「それが
「最強の囮も、エースに劣らずカッコいいだろ? セッターの次に」
「……いや、セッターはポジション名だから、異名みたいなのと括らない方が良いんじゃない?」
「うっせぇ。セッターが一番なんだよ」
「わかったわかった」
その後、勢いに乗った烏野は、連続ポイントを叩き出した。
日向の変人速攻をブロックに掠める、と言う冷ッとしたシーンはあったモノの。
カウント 25-17。
第一セット先取。
【うおおおっっ!! しゃああああ!!!!】
【マジかよ! マジで烏野が獲ったよウヒャーーーッッ!!】
【これ、波乱って言っても良いんじゃねっっ!???】
大盛り上がりを見せる。
3ヶ月前の大敗を、雪辱を返す大きな1歩だ。
「さぁ、1セット目はウチの良いトコ全部出て、手持ちの武器も全部出して晒した最高の結果だ。――――だが、こっからが正念場だぞ」
最高の形で第1セットを獲れたとはいえ、このままの流れで行けるなんて甘い考えは烏養は持ってない。相手も着実に対応して行っているのが解るからだ。
選手達には1セット獲れたことを称えつつ、烏養はより一層、気を引き締めなおすのだった。