5月3日。
合宿初日。
「ラスト1本にいったい何本かかってんだ! もっと集中しろ!」
「っ! も、もう一本っ!!」
学校の時間が無く一日中バレーに費やす事が出来る為、普段よりも割り増しで熱が入る練習。これこそが合宿の光景だろう。自然と声も大きく出てくるし、身体も動く。……勿論個人差はあると思うし、体力にも限りがあるから一概には言えないが、少なくとも今現在、全員ほぼ好調な様だ。―――始まったばかりだけど。
「ッ!!」
「山口ナイスレシーブ!」
成功するまで続くエンドレス・サーブレシーブ。
山口がそれを受けていてヘロヘロになりつつも、どうにかラスト1本を上げきる事に成功した。
「5本目成功です。交代! 次、日向!」
「ふあぁぁぁ~~っ。やっと出来た……」
「おら! 行くぞ日向!」
「よっしゃあ!! オーース!!!」
メンバーの中でも一番実力不足と言っていい日向もしっかりと食らいついている。持ち前の無尽蔵の体力にものを言わせて、飛びつき続ければ 自然と成功していくものだ。数打てば当たる鉄砲みたいなものである。
守備専門リベロの西谷を除いた中で、やっぱり群を抜いてるのは影山と火神の2人。
正確にAパスで返す返球率はトップ2で、ほぼ100%で周回していた。
ただ、このターンの最後の1本。
影山がネットインサーブになってしまったボールを取れなかった1本が有る為、火神に軍配が上がっていると言うのが現在の所である。
……別に、烏養が勝負をけしかけてる訳ではないのだが、その方が燃えると言う事もあって、切磋琢磨の相乗効果を狙いそれとなくスコア制にしたりしている。一部、 アレは無理、と早々に諦めてそうな者もいるが…… それは追々に。
そして、スコアに関しては本人たちは判っている筈だが、その他に清水もしっかりとその辺りを管理しているので抜かりはなく、不正も無いのである。
「チっ……!」
影山は、取れなかった1本がどうしても悔しい様で、顔の表情がいつもより怖い。
「いや、ありゃ仕方ないって。ネットインは無理だろ? 流石に」
「……
「ストイックな子だねぇ……ほんっと」
田中が横でフォローを入れるが、影山はそれを良しとしていない。
いついかなる時も、どんな状況も想定して動き続ける。言うは易し行うは難しではあるが。それでも妥協はしない。
ナイスレシーブの類を、それも練習だけでなく試合中に何本も上げてる男がいるのだから、余計に力が入ってしまっても不思議ではないだろう。
「誠也やるな! さっきのあのコースは結構難しいぜ? 球取れた上に返球場所も完璧。流石だ!」
「オス! あざーーすっ!」
「次は!! オレも!!」
「翔陽は出だしが遅いんだ。だからボールに間に合ってないんだよ。反応は良いんだから、もっとこう サッ! と行ってギュンッ! と入って ぽんっ! と上げてみろ!」
「オス! ……おす???」
西谷の教えを守ろうと躍起になる日向だったが……なかなか難しそうだ。レシーブは一朝一夕で覚えられる程優しいモノじゃない、と再度日向に念押ししつつ、火神も順番待ちに戻るのだった。
午前練習のラスト。
「じゃあ、ラストはサーブ! 心拍数上げたまま打ってけよ! 入れるだけサーブは禁止だ!」
【アス!!】
練習の最後はサーブで締める。
試合中を想定してサーブを練習する、となればやっぱり一番は心拍数を上げて行う事がベストなのだ。
「―――っ!!」
「―――ッ!!」
火神と影山がほぼ同時に打ち込むサーブ。けたたましい破裂音とドライブ。見事にエンドラインギリギリに着弾した。夫々 狙っていたライト側、レフト側に。
「ん……、力は良い。でも、少しボールが流れたし 空中姿勢もまだまだ……。60点」
傍から見たら見事に決まったジャンプサーブなのだが、火神は納得がいってなかった様に顔を顰めた。
「……こっち、か。いや、違う。もっとこう、か……。後精度よりも威力を……」
影山も何度も何度も素振りをして、フォームを確かめる。
2人ともが飽くなき向上心を持っているのが、見ていてよく判ると言うものだった。
「アイツらのサーブはヤベーって思ってる。……でも決して 他人事にせず オレらも武器として使えるサーブに仕上げないとな。時間をかけても」
「ジャンプサーブを練習後にすんのは一番キツイっスけどね。ほんとアイツらの体力どーなってんだか」
澤村と田中も自分達が現時点で打てるサーブを打ちつつ、直ぐ横で全力ジャンプサーブを打ってる2人を見て刺激を受けていた。この練習試合やIHまでには間に合わないかもしれないが、ゆくゆくは、あのサーブに追いつけるくらい打てなきゃ全国などと言ってられない。何処のチームも強烈なサーブは打ってくるものだから。……ここでも青葉城西の及川のセリフが頭の中を過っていた。
「そういえば火神は、何処でそんなサーブ習ったんだ? 確か中学時代はなかなか練習するのも難しい環境だった、って聞いてたけどさ」
サーブ練習をする合間、東峰が火神に聞いていた。
それは恐らくは誰もが最初は通るべき道……みたいな疑問だろう。
火神の
東峰の話を聞いて、火神はボールを一旦止めて向き直った。
「バレーを最初に教わったのは両親からですね」
「おーっ! ひょっとしてVリーグ出てる選手とか?」
「いや、2人とも高校止まりです」
火神の身長、そしてバレーのスキル……、そこから連想されるのはやっぱりサラブレッドではないか? と言うものだった。スポーツの世界では決して珍しい事ではなかったから。でも、東峰の予想は外れた。
「小、中ではボール触った練習は出来ない事が多かったので、専ら世界のバレー選手、日本のトップ選手とかのプレイをテレビとかで見て、目に焼き付けてました。……それで練習出来る時はそのイメージを強く持ちながらやってたのでその成果ですかね。後、必要な個所の筋トレとか体力アップの基礎練は毎日やってましたし。それと、基礎体力面は 他の部活の手伝いとかも有りました。他部活のコーチたちにもアドバイス貰ったりして、身体作りには恵まれてたかもしれませんね」
「へー。(……それであのサーブかよ。あんまり説得力が無い様に聞こえてくるなぁ。実質自主練だけでって言ってる様なもんだし……)」
東峰は納得しつつも、納得しきれない部分もあってそれとなくもどかしくあったりもした。突然変異? とも一瞬思えた。
そして、再びサーブに集中している火神を見て、何だか得体の知れない者の深淵を垣間見た気もしたのだった。
勿論、これらは全て本当の話。火神のこちらの両親もバレーはしてた。……流石に全国クラス! では無いようだが。
「王様やっつけられる様な選手、火神君があーんなに凄くなっちゃったのに、同じ出身のこっちの子は置いてけぼりを食らって周回遅れ、と? いやーかーわいそーにねぇー」
「ムカっ!!」
横で聞いてたのは月島。
東峰同様、宇宙人でも見るかの様な表情をしていたのだが、直ぐに気を引き締めなおし、日向を弄った。……気を取り戻す為に日向を弄ったのが正しいのかもしれない。
「だから せいやが おかしいんですっ! ………オレも、せいやが言う様に小さな巨人を目に焼き付けて、頑張ってきたつもりなんですけどね~!」
日向も火神に言われた事も多い。
バレー部が無くてボールを使った練習が中々難しかった時も、他の部活の助っ人頼まれたり、女子バレーに混ざってやってみたりする時も、バレーの練習程は集中してなかったと思う。でも、普段から色んな事を糧に――と言われて、考えを改めた。
バスケの練習を付き合った時はジャンプ力向上を目指して意識したり、テニスに誘われたときは反射神経を養う様に頑張って見たり……。火神がいなかったら、派手で格好良さそうな技! とかばかり目が行ってそうだと自分でも思ってるから。……バスケで言えばスラムダンク!! テニスで言えばスマッシュ!! とか。
少なくとも、日向の跳躍力は バレーの練習だけで培われたものではないと言うのは確かだった。
そしてこれは余談だが、火神が中学時代 バスケの練習中にダンクかまして 体育館どよめかせて メチャクチャ スカウトしてきたり……があったりする。
当時のバスケ部からやってきた 泉が主将に言われて沢山やってきたのは記憶にまだ新しい。
そんな過去の事を回想していたら、月島がぷぷっ、と口元を手で押さえながら言ってきた。
「足りてないんじゃなーい? ほら、
「色々って、なんだーー! 見下ろしながら言うなーー!」
そして、何本目かのサーブ打ちが終わった後。影山のサーブが打ち終わったのを確認して火神が声を掛けた
「影山。この後 午後始まる前に自主練するよな? その時 東峰さんも誘ってみないか? オレもたまには打つよりトス精度確認しときたい」
「ああ。そのつもりだ」
「ん? オレの事呼んだ??」
丁度2人の話が耳に入った様で、東峰も加わった。
「あ、すみません。午後練が始まる前、ちょっとスパイク練習するんスけど、東峰さんも軽くで良いんでトス打ってもらえますか?」
「おう。良いよ」
「よっし、東峰さんも参加……と。あ、後オレのトスも良いですか? 影山がトス上げれなかった時の事想定した練習もしときたいんです。東峰さんの打ちやすい所とかの確認したいですから」
「勿論。火神の方も付き合うよ」
3人の話の中。勿論 日向も持ち前の地獄耳で聞きつけて飛び込んできた。
「勿論オレもだろ! オレも良いよなっ!? スパイク打つぞ!」
「後でな」
「がーんっ!」
影山に軽くいなされ、更には火神。日向との練習はこれまでも何度も付き合ってきてるので今更断るようなことはしないが、優先順位と言うものはある。
「オレも今は東峰さんと先にやっときたいかな」
「ががーーんっ!」
別にスパイク練習に入れてやらない、と言う訳でもないのに 日向はかなりの衝撃を受けた様だった。
そんな1年トリオを眺めている武田。
他のメンバーは疲れて肩で息をするものが殆ど。やっと休憩時間、と安堵している様にも見えるのに、彼らはまだまだ動き足りないらしい。水を得た魚の様、とはこの事? とも思える程だ。……因みに日向が特に燥いでるので 周りにいる皆纏めて同じ様に見えてたりする。
「いや、ほんと元気ですよねー。昼休みも削って練習とは……。色々と納得できる面が有ったりします。あの練習姿勢と練習量が反映しているのか、と」
「うーん……、影山は当て嵌まりそうなんだが、やっぱ
「あ、あははは……。まぁ 良い事ではないですか?」
「そりゃな。レベルの高い選手がいるって事は周りにも刺激になって良い。アイツら早朝も走ってるみたいだし、その辺もそうだろ。特に上の奴らは」
早朝練習……外を走ったりしている。月島や山口に関しては うげぇ…… って顔を顰めるだけなのだが、2,3年はそうはいかないだろう。無理矢理ついていこうとして潰れるのは問題だが、それでも気の持ちからは変化はあると思えるのだ。
「日向君が言ってましたよ。合宿中は登下校の【山越え】が無いから、これくらいはやって当然、って張り切ってました。……いえ、影山君に張り合って、と言うのが正しいかもしれませんね」
「あー、日向は影山に対しては対抗意識スゲェからなぁ……、って 山越えってなんだ?」
烏養は気になる単語、【山越え】を聞いて武田に聞き返した。それはそれは驚愕する話だ。
「日向君は雪ヶ丘町から毎日自転車で通ってるんですよ」
「ウゲッ!? マジかよ。あそこからだったら40分くらいかかるんじゃねーの!? 下手したら1時間超えるぞ!」
「ふふ。そうですね。日向君は30分で学校までくるそうです。ちなみに、中学も反対側の山を一山超えた先にあるとか」
何ともスケールの大きな話に驚きを隠せれない。自転車は普通にハードトレーニングに分類されるものだ。それも山道ともなれば尚更。毎日毎日山を越えてやってくる……そんな光景を頭の中で思い浮かべた烏養は、顔を顰めだしていた。
「なるほどな。日々の積み重ねっつーことを火神が日向に言ってたらしいが、それがまさにその山越え。積み重ねた結果が あの無茶苦茶な動きしつつ、後半まで持たすスタミナか。まだまだ無駄が多い動きを最適化していって、もっと上手く身体を使える様になったら、もっと伸びるんじゃねぇか? アイツ……」
底知れない
そして―――話題は
「えーっと、それで音駒はもうこっちに来てんだっけか?」
「ええ。今日こっちに来てる筈ですよ。烏野総合運動公園の球技場を拠点に連日違う学校と練習試合だそうです。……で、その最終日、ウチとですね。あの――僕はあまりわかってないんですが、音駒と言うチームはどういうチームなんですか?」
烏野と音駒の因縁マッチ。ゴミ捨て場の決戦。
それを体験しているのは、この場には烏養しかいない。だからこそ、武田は聞いてみたかった。実体験を踏まえた感想を。
「……現状は流石に知らねぇけど、昔っからレシーブの良いチームだった。突出して攻撃力の高い選手がいるとかではないんだが、穴が無い。……正直ウチと真逆って言っていいな。
学校の名が
ここ烏野だってそうだろう。印象はあったとしても実際にその通りである、なんてことは考えにくい。……が、事バレーにおいては烏養の中では音駒は ネコそのもの。動きがしなやか。派手さは無いが流れるような動きでボールを拾い続けている。
目を閉じれば 光景が直ぐ浮かんでくる様だ。
「猫又先生が復帰したってんなら尚更だな。……気ぃ引き締めねぇと」
「……はいッ」
そして、朝の練習が完全に終わりを告げた。
澤村の号令の下、昼の休憩に入る。もれなく腹を空かせている者はよだれを垂らしながら(大袈裟ではない)、昼食へと向かっていた。
体力的にヤバめな者は、先輩方に尻を叩かれながらなんとか戻っていっていた。
そんな選手達を見送りつつ、烏養は頭を悩ませていた。
「………んん。~~~~っぅ ……はぁ」
「?? どうかしました? ………あ、もしかして試合のメンバーでお悩みですか?」
隣で見ていた武田は烏養が悩んでいる事に気付いていた。そして、十中八九……自分が聞いた事が間違いないだろうと言う事も判っていた。
「ああ。……その通りだよ。一番の悩みどころが……セッターだ」
「………」
「実力から言えば影山。1~3年全員含めてアイツが一番飛びぬけている。そんなアイツと真っ向から争える奴は今んとこ火神くらいだ。……んで、その火神もセッター、トスワークに絞ったとするなら、オレの中で軍配が上がるのは圧倒的に影山だ。同級だし同じポジションだったら 良い意味で面白れぇって思ってたんだがな。……でも、アイツらのポジションが夫々違うっつーのもある意味贅沢だってもんか」
烏養は、影山と火神、そして日向が恐らく昼休憩時の練習の事を話をしているであろう所をみつつ、次に3年の方、澤村、菅原、東峰を見た。
更に表情が険しくなる。
「現時点で、エースである東峰との連携を上手くやるのが菅原で、菅原の強みが1年の時から築いてきたエースとの連携だったとしても、影山はその時間すらあっという間に飛び越えていってしまうような才能を持っている。……一番扱いづらい選手である筈の日向を 武器として使いこなし、その上他のスパイカーを活かす。……それもほんのひと月足らずでだ。……しかも、才能に胡坐をかいて調子こいててくれりゃ付け入る隙もあるだろうが、さっきの調子から判る通り、容赦なくストイックだ。今度の練習試合で影山がスタメンで出るとして、まだ合わせ始めたばかりの東峰ともちゃんと噛み合うのなら……この先公式戦もセッターは影山で行く事になると思う。ちゃんと噛み合うなら、だが……。噛み合う様にしか……なぁ」
烏養は、そういうと 次に影山の隣にいる火神を見た。
日向が周りをちょろちょろと動いていて、影山がそれを邪険にして…… そして火神が取りなしている。
元々、このチームは毎日が綱渡りっぽいし、全体的にアンバランスだ。
そこに強烈な才能の塊が、才能にものを言わせ、強引に糸を手繰り寄せてハマっている様に見せている、と言うのが影山と日向のコンビを見て烏養は思えていた。
……だが、それだけではない。そんな中で新たな緩衝材でもあり時には結合剤にもなりえて、自己も完全無欠な男もいる。そうくれば、……上手く行くと思うか? ではない。噛み合うかどうか? ではない。
上手くいき、がっちりと噛み合う。
そんな光景が鮮明に目の前に浮かんでくるのだ。……勿論 絶対ではないとは思うのだが。
「……とても強くて、とても大きな歯車、それも型に嵌らず、カスタマイズすることが可能。更に小さく細かく器用に動く事も出来る。どんなものにでもなれる形状記憶合金で出来た歯車かもしれない。そんなたった1つでも沢山の歯車を動かす事が出来る存在。……彼が動けば 噛み合うかどうか判らない懸念事項も無くなってしまう。……結果、確実に噛み合うが故に更なる迷いが生まれる」
「?」
横で武田は烏養の考えを読んだかのように続けた。
「烏養君の新たに生まれた迷い―――、それはもしかして、菅原君が【3年生だから】というのがあるんでしょうか?」
「! ――――……っ」
流石は教師。と烏養は思えた。
武田は、バレーに関しては素人だが、沢山の生徒たちを見てきた経験はあるのだろう。それはバレーに限った話ではなく。
自身が感じていた迷いを的確に言い当てていた。……言い回し方は判りにくいが。
「3年生と言う事は今年が最後な訳です。……やはり、特別な――――」
最後まで言い切る前に、武田は止めた。
烏養の固まった表情が目に入ったからだ。
「っ! スミマセン! 余計な事を言いました……」
「いや。良いんだ。―――その通りなんだからな先生。何せオレ自身がそうだったんだ。高校3年間でスタメンはたったの1回。それも後輩で正セッターの奴が怪我ででらんない時の1回きりだ。……あの頃は試合に出してもらえない事がただ兎に角悔しかった。………が、仮にもコーチを引き受けた身だ。選手側の気持ちでいるワケにもいかねぇんだよな……。オモイデ作りの部じゃねぇ。勝つ部だ。……試合に出れるのは勝てる奴なんだから」
「…………」
烏養や武田の声が届いたのか、或いはただの勘なのか。
2人の方を菅原は見続けていた。
「……スガさん」
「っと、田中か。どーしたんだ? 飯食いにいかないのか?」
そんな菅原に近づくのは田中だ。
田中は、何処か神妙な顔持ちだった。……いつもとは違う感じだ。
「オレ、今になってスガさんの気持ちがわかったっつーか……、その、……色々と影山の事とか気軽に言っちまった事を後悔してます」
「…………」
「今までは人数が揃ってなくて、上の先輩たちが引退したら、スタメンになるのが当たり前って感じで此処までやってきたって判ってしまったんス。……今、オレも強烈に感じてますよ。
怖い。
そう最後まで言い切る前に、田中は口をどうにか噤んだ。
「っ、と。でも オレはまだ良いんス。何せ来年m「それも言わない方が良いぞ田中」っ……」
今度は菅原が最後まで言い切るのを止めた。
「【チャンスは準備された心に降り立つ】……前に田代さんから聞いた言葉だ。来年、次もあるから大丈夫、なんて考えにチャンスは降り立ってこないって思わないか?」
「っ……」
田中はぎゅっと口を噤む。そんな姿を見て少しだけ菅原は安心した。
「不謹慎だけどさ。あの烏養前監督の強烈で凶悪な練習にもついてきて、
菅原は、田中の頭に手を置いた。
「お互い辛いよな。すげー天才が、10年に1人の天才! とか聞くけど、そんなんが一気に入ってきたらたまったもんじゃない。……けど、俺は何一つ諦めてないよ。出る事は絶対に諦めてない。田中もそうだろ?」
「……ウス」
「あっ、田中の場合 対照的な豆腐メンタルのアサヒをやっつけて入る! っていうのも面白そうだべ。そんでもってアサヒも進化。つられてオレも進化。……相乗効果ってヤツ??」
カラカラ笑う菅原。
そして、直ぐに真剣な顔つきになった。
「それにさ。オレは今の状況、凄いついてるんだって思う様にもしてるんだ。最初は、
田中は少しだけ考えて、そして大きく頷いた。
「そっスね。すぅぅぅぅぅ………」
そして思いっきり息を吸い込む。
一体何をしてるんだ? と頭に【?】が幾つか生まれ、4つ目が生まれた時、大声と共に吐き出された。
「すんませんっっ!! オレ、似合わねぇ弱気になっちまってました!!! スガさんに甘えちまってました!! 折れず曲がらず立ち止まらずってやって来たつもりなのに!!」
突然の事に、菅原は気圧されてしまいそうになるが、どうにか踏みとどまった。
「うおおっ!? そ、そうかそうか?」
「そっス! そうなんス!! アサヒさんとも、火神とも、それに縁下とだって。……誰にも負けねぇ気は持ってやってやります! ―――ひとつでも多く勝ちぬく為に!」
「……… そうだな!」
にっ、と笑みを見せた菅原。田中も同じく笑顔で頷いた。
その後――2人は食堂へ。あの大声で一体何事か!? と東峰や澤村が戻ってきたが、特に何もない、と菅原が説明していた。田中だけだったら色々と問題起こしていそうだから 信憑性に欠けるのだが、その辺りは菅原。信頼性抜群である。
「……うおおおお!! 昼からもやるっスよ!!」
「おう! んでも服は着とけよ。脱ぐな。清水に嫌がられるぞ。(今更だけど)」
「そして、潔子さん!! 潔子さんの事も負けねぇっス!! アイツにッ!!!」
「……それは、まぁ……、うん。ほどほどに頑張れ、としか言えないかなぁ。そっち方面は清水の気持ちってヤツもあるし?」
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」
またまた騒いで最終的に、澤村に【田中うるさい!!】と怒られる事で終息した。
そして、全ての練習が終わったその日の夜。
「烏養さん。……少し、良いですか」
「? 何だ?」
烏養に今回田中に話した事を全て話した。
田中と違い、菅原には来年が無いと言う事も。自身が思っている事全てを。
勝ちたい。1つでも多く勝ち残りたい。――――全国大会へ行きたい。
そして―――だからこそ。
「――勝てる、ひとつでも多く進めるのなら、迷わず影山達を選ぶべきだと思います」
影山を選ぶべきだと断言できる。
「……な、生意気言ってスミマセン。オレも大地と旭と1年の時から一緒にやってきました。だからこそ、一緒にコートに立ちたい」
そして、自身の想いについても。長く一緒にやってきて苦楽を共にした事も 余す事なく伝えた。
「例え1プレーだけだったとしても、多く、沢山の試合を。……それに、アイツらだってオレ達と同じ高校生で、人間です。疲れる事だってあるし、何か故障をしてしまう時だってあると思います」
決してそう願ってる訳ではない。確かに試合には出たいと思っているが、それは自分の実力で出たい。競争相手の脚を引っ張るような真似は、プライドが許せない、と菅原は考えている。
「―――その穴埋めでも、代役でも、3年生なのに可哀想って思われたとしても、試合に出られるならチャンスが増えるのなら何でもいい。正セッターじゃなくても、出る事は絶対に諦めません。……オレ達は同じ気持ちです。他の3年にもオレの考えは伝えてあります」
「………………」
全ての想いを伝えた時、烏養は驚き、丸くなっていた目を元に戻して今度は自分の気持ちを菅原に伝えた。
「……菅原。オレはお前のことを甘く見てたみたいだ。正直」
「??」
「今な。オレはお前にビビってる」
「はい!?」
正直―――言っている意味がよくわかりません! と言わんばかりに声を上げた菅原。
烏養は頭を一頻り掻いた後。
「判る通りだ。オレだってビビる。……つまり、まだまだ指導者として未熟だって事が改めて菅原を見て思い知らされた。……だからこそ、オレも出来る事は全部やろう。お前らが勝ち進むために必要な事を全部!」
「っ! ……お願いします!!」
「おう」
その会話を陰で聞いていたのは澤村と東峰。菅原の気持ちは誰よりも判っている3年生たちだ。
「……気合入れんぞ。そんでもって、アサヒ。……スガだけじゃない。田中だって同じ気持ちだ。お前ももっともっと強くならねぇと駄目だって事だ」
「……おお。わかってる。一回でも多く勝つ為に!」
新たに気を引き締めなおす。
合宿初日は、まさに初心に還らされた。そんな感じだった。
「べーんじょ♪ べーーんじょ♪」
「トイレ行く度に歌うたうの止めといたら?? ま、烏野だけならまだ良いけど、他んトコ行って見られたら恥ずいぞ翔陽」
「えー、でも 歌うと快調な感じがするんだよなー! オレはエ~スになる男だぁ~♪ って感じで歌うと」
「翔陽が気に入ってるなら、別に良いけど。……月島辺りに色々言われても大丈夫?」
「うぐっ! アイツにはバレないようにする!!」
「そりゃ無茶な話だなぁ。しれっと居そうな気がするし」
トイレ前で話しているのは火神と日向。
そこへばったり出会ったのが菅原だった。
「おっ、良いトコに2人纏めていた! 日向、火神、ちょっといいか?」
「あっ、菅原さん!」
「はい、大丈夫です」
話を止めて、菅原に向き直った2人。
菅原は ごそごそ、とポケットの中から紙を取り出した。
「他の1年にも後で渡すんだけど………、ほい、コレ。サイン一覧表だ」
「??」
「あっ、なるほど……。これは必要だった」
「ははは。火神は その場その場で臨機応変に出来てるし、大体合わせれるからなぁ。盲点だったか?」
「いえいえ。それは流石に言い過ぎですって……。あるのと無いのとでは合わせやすさ、にくさが全然違いますよ」
カラカラと笑う菅原。そして日向はじっ、とサインの一覧を見続けていた。ハンド操作のひとつひとつ、手の形をじっ、と。
「それに オレは影山みたいに日向の動きに合わせて ドンピシャッ! ってトスを上げる技術は無いから、予め【次はこういう攻撃で行くよ】っていうサインを出しときたいんだ。それか、日向が【ここに跳ぶよ】ってサインとかね」
「おおっ!」
「事前に判ってたらより翔陽のぶつかり事故件数が減るかもだ」
「うっ……、た、確かに当たっちゃう事とかあったけど……」
「サインに加えて声出しヨシ。だぞ」
「うっす……」
出来の悪い生徒に教えている様な火神の姿勢にまた笑う菅原。
そして、出来の悪い生徒――から、連想させるものもあった。
「あー、こういうのを暗記して覚えたりするのって嫌いかもしれないけど、大丈夫かな?」
「あ、いや、そんなことないです! サインとかかっこいいから覚えられます!!」
「おー。その勢いで勉強も覚えよう! せめて部活に影響しない範囲で点取れるように! 中学んときとはまた一味違うんだぞ!」
「……オレ、勉強の暗記は苦手です!!」
「そんなの胸張って言わない! っとと、菅原さん。この移動攻撃のサインなんですけど、ちょっとインク切れしてるみたいで、このサインであってますかね?」
「あ~。悪い! 確認してなかった。うん。それであってるよ。日向の方は大丈夫? ちゃんと見えてる?」
「えーっと……、はい。大丈夫です!」
火神は薄れてる箇所を丁度持っていたボールペンでなぞって完成させ、日向はまたサイン一覧表を吟味。
「あとはひたすら練習あるのみだな。こればっかりは、事前に合わせていかないと試合では使えないし、元気が残ってる時にでも練習付き合ってくれると有難いよ」
「!! ハイ! 勿論です!! オレ、幾らでもやります!! どんなトスでも打てるようになります!」
「オレもやります! 是非誘ってください」
「さんきゅ。よろしくな? お前ら」
その後―――合宿恒例の晩御飯会。
育ち盛りな運動部高校生たちの為、腕を振るって作ってくれたお食事。勿論ながら生半可な量ではない。物凄く多い量。
マイペースで食べる者。
勢いよく口の中にかき込む者。
それを見て逆にゲッソリする者。
食べない者を指導する者。
などなど、こちらも様々な色とりどり。
そして、菅原はいつも以上に食べていた。資本となる身体を作る為に。頑張りぬく身体を作る為に。
そんな姿を見て、また気を引き締めなおす3年生たちだった。
同日 夜。
場所は烏野総合運動公園合宿所。
「――――で、だ。2日後にはウワサの烏野高校との決戦なワケだが! 我らが因縁の相手(らしい)烏野に女子マネージャーは居るか、否か!! オレは居ない方にハーゲンダッツ!!」
「えーっ、オレは居た方がうれしいから居る方で!」
「ボクもですっ!」
中々面白そう? な賭け事をしているのは音駒のメンバーである。
ハーゲンダッツ! と言う中々お高いアイスを賭けた男の名は。
【音駒高校 2年 ウイングスパイカー
そして、居る方が嬉しい! と断言したのが。
【音駒高校 1年 ミドルブロッカー
と。
【音駒高校 1年 リベロ
である。
「バカヤロウ! うちには居ねぇのに向こうにだけ居たら悔しいだろうが!! 万一居たとしても、ゴリラみたいなヤツだったら許す!!」
「「えー……」」
「そんでもって、だ! う、うっかり……もしかして、美人のマネだったら、居たりしたら、俺は絶対に許さないっ!! 絶対にだっっ!!」
「「(涙目だ……)」」
結構理不尽なことを言っている様だが、こればかりはある意味男の性と言うもので、理屈ではないのだ。……烏野のとある2人に通じる物があるのが、この猛虎と言う男なのである。
「うおおおぉぉぉぉ!! その時は覚悟しとけよ烏野―――ッ!」
「山本うるせえ!! 寝ろっつーの!!」
夜遅くたってお構いなく、夜空に向かって打倒烏野を掲げた。
100%負ける賭け事である事は今はまだ知らないので、ある意味今が一番幸運だったりする。
「おい! 研磨はどっちだと思う!? つーか、いつまでモンポシやってんだよ」
「…………?」
研磨は 猛虎……通称 トラに言われ、視線だけ一瞬向ける。でも、直ぐにまたスマホに戻した。
「別に……どっちでも良い……」
「けっ! 言うと思ったぜ! モンポシなんかよりよっぽど重要案件だってのによ」
トラの言う重要案件。
他の者から見たら……首を傾げるどころか回転しそうなくらいどうでも良さそうな感満載。研磨はモンポシのステージをクリアして、スマホから手を放して良いタイミングになった所で答えた。
「いや、モンポシの方が良い。………でも、ちょっと烏野との試合の方も楽しみだよね」
【!!?】
これが一番の爆弾発言だったりする。
普段からあまり話したりしない大人しい性格の研磨。事、運動においては自分でも認めているくらいに嫌いな面があり、なんで運動部の中でもキツイ分類に入るバレー部に居るの? って思う事だってたまにはある。
そんな男から、【試合楽しみ】のセリフが聞けたのは最早事件である。
その後――大騒ぎするトラだったが、直ぐにシメられる。
元気なら、普段の練習量を倍増しにするぞ! と言う脅迫? が効果があった様で、直ぐに静かになって就寝するのだった。
―――音駒高校 練習試合まで、あと2日。