青葉城西高校バレーボール部。
最新の戦績は県内準優勝。
優勝高校である白鳥沢に後一歩及ばなかったが、それでも十分に渡り合っていると言っていい。県で2番目に強い高校。それが青葉城西だ。
如何に強力なサーブを打てようが、如何にトリッキーな攻撃で翻弄しようが、……如何に逆転されようが、総崩れになるような事はない。
バレーのスキルだけではない。ここ一番での
火神のジャンプサーブを完璧にとはまだまだ言えずとも、上にあげる。そして セッターに返らなくとも構わない。何故なら全体的にスキルが高いからだ。
申し分のないトスのスキルにより、他の選手が補填する。
今回はリベロの渡が正確に岩泉に上げて、そのまま返された。
「―――よし、こっから取り返していくぞ」
淡々と取り返し、同点にされた。
岩泉のその姿勢を見て、簡単に慌ててくれるような相手ではない事を改めて認識した。
そして、他のメンバーたちもそうだ。1年である金田一や国見も例外ではなさそうだ。
「流石……、チームキャプテンが居なくても、青城には 支える人がいっぱいいるって感じだ。欲を言えばもうちょっと稼ぎたかったんだけど」
火神は定位置に戻って愚痴る様に呟く……が、簡単にはいかないという事は知っていた筈。自分が憧れたチームだぞ、と気を改めて引き締めなおした。
そこからもシーソーゲームが続いた。
青城に強烈なサーブを打つ選手が
「あからさまにマークしてんなぁ、火神の事。
田中の剛腕スパイクで点をもぎ取る。
火神は試合早々に色々と光り過ぎた故、田中が言う様にマークがきつくなっていた。その正確に狙ってくるスキルもやはり高い。返球時に上手く火神をけん制。サーブ以外にもその他のスキルが全体的に火神も高いから対応は出来ているが、なるべく攻撃をさせない様にし、他の者を仕留める。と言った方法で攻めてくる。
……それをされた田中のフラストレーションも凄く高まって 良い具合に点を稼いでくれているのだ。
そして―――漸くやって来たのは日向 前衛のターン。
「この前の3対3と同じだ。お前は相手のブロックの居ない所へMAXのスピードとジャンプで跳んでスイング。他のスパイカーとぶつかんない様に気をつけろよ。……今、囮になってんのは火神だ。そこにお前が飛び付けば、言ってた様に二重にビビる筈だ」
「おうっ!!」
気合十分。日向も先ほどの様な硬さは全くない。レシーブも下手なりに上げられている。そして前衛。……頃合いだ。
月島のサーブ、そして流れる様に無駄のない攻撃で攻めてくる青城。
繋いだ最後に待っているのは国見、そのスパイクは強力ではあるが、火神の正面だった。
「火神!!」
「ッ、っくそ」
位置取りは完璧だったけれど、上手く影山にまで返球する事が出来ず、乱れた。
「(よし、アイツのレシーブ乱れた。……アイツの攻撃参加はない。多分、ライト側かレフト側のオープン。あの影山の位置からの速攻は無いだろ)」
金田一は目の前で繰り広げられている情報の1つ1つを正確に把握。ブロックする為にクレバーに徹する。影山関係で熱くなりかけ、火神のプレイでも熱くなったが、岩泉のプレイで冷静さを取り戻していた。
だが――再び冷静になれない出来事が発生。
【ライトに来い】【レフトに上げろ!】と言う想定していた攻撃の声が上がる中で、日向が突如飛び出してきたから。鬼気迫るその迫力に思わず身構える金田一。
「(なんだ!? あのチビが飛び出してきた!? 速攻?? いや、あんなボールから速攻なんて出来る筈がない。ただの囮か?)」
如何に冷静になろうとも人間は機械ではない。突如現れた想定外の攻撃法を見て一瞬思考が鈍った。そして、ある筈がない、と思っている攻撃が突如来たとしたなら……、それに身体は反応する事が出来ない。脳が無い、と判断しているのだから。反射で動けるのには限度があるから。
ネットからかなり離れた位置からの影山の超高速セットアップ。
ボールは日向の掌目掛けて一直線上にとんできた。
【なんだアレ!? トス!?】
【そっから速攻!?】
青葉城西は大きな体育館。そしてバレー部の強さは校内では勿論有名。故に練習試合ともなればそれなりにギャラリーが集まってきたりもする。……因みに、ギャラリーの一部の人達の目的はただバレーを見るだけではないのだが、今は割愛。
そのギャラリーたちが一瞬どよめいた。それ程までに影山のセットアップには驚きを隠せられないから。
そして、動く事が出来なかった金田一も同様。
「(
ブロックに跳ぶのも忘れ呆気に取られていると…… その日向の攻撃がこちら側へと入ってくる事は無かった。
あとほんの少しだった。影山の超高速セットアップは 日向の掌一つ分ボールが高く外れて、手に当たる事無く空振りをすると、ボールはコートに落ちて青城の得点となった。
「あれ……? あれれ??」
日向もボールが当たらない事が不思議だったようで、何度も何度も掌を確認しては首を傾げていた。普通、ボールが来る事が異常なのだけれど 日向にとって来るのが普通になっているのだ。
「(今の、
金田一は、改めて影山を見た。
影山のセットアップをミスすると、当然の如く、烈火の如く怒りだす。それが北一での通常光景になってしまっている程に。影山は火神と何かを話してるようで背中しか見えず、表情が見えなかったから判らないが、ほぼ間違いなく日向が怒られるであろう事は予想がついた。なので、親切心で―――ではなく、ただ貶す様に日向にひっそりとつげた。
「ほれ、チビちゃん。今みたいなのちゃんと打てなきゃ影山怒りだすんだよ?? 最悪デショ? あのトス」
「ッッ!?」
金田一の忠告通り、影山はくるっ、と日向の方を向いた。
だが、行動は予想通りなのだが、その内容が全く違う正反対なものだった。
「日向! 悪い。今のトス、少し高かったわ」
「……?????? く、ふふふ。よし、許してやらなくもないぞ!!」
「……………」
「いだ、いだだだだ!!! 痛い!! 頭掴むなーー!」
日向の余計な一言で、頭を鷲掴みにされて宙ぶらりんにされたが、驚くべき所はそこではない。金田一だけでは無い。となりにいた国見も驚き二度見していた。
「「……影山が……謝った………?」」
影山の超精密トスワーク。
助走からジャンプし スパイカーの打点に到達するまでの時間、高さ、更にスイングの速さ。それらを計算に入れて行うトス。
当然ながら難易度があり得ない程高いのは言うまでもない。5段階評価をするとなると、10点だって20点だって付けられる。
つまり 出来ないというのが普通だ。
バレーボールは 試合中ボールは殆ど空間に有る競技。空間認識能力は勿論、必要不可欠だ。高校初めての練習試合である事も多少なりとも影響があり、更に初めての体育館でのプレイもそれを乱されているのは間違いない。
ほんの些細な差が、僅かな差がズレとなり、日向のあの変人速攻が成立しなくなってしまうのだ。
どんな鈍感な男でも、図太い男でも、それは例外ではない。
精密を極める影山のトスワーク、一本目は失敗に終わった原因がそこだ。
影山が日向に謝る数秒前。
【影山。大丈夫そうか?】と火神が聞いていた。
その問いに対して、影山は何の躊躇いもなく、間もおかずに頷いて答えた。
【修正する】と。
そして 影山だけではない。火神は、先ほどのミスを見送った事に対して、自身を戒める為に頭を二度程掌で叩いた。
「(今のはフォローできるボールだったろ……。何呆気に取られてんだよ、俺)」
ミスをしない者なんて絶対に居ない。影山だって例外ではないから、日向が空振ったのを見た時、反応できていればよかった。フォロー出来ていればよかった。ブロックのフォローより、遅いボールの筈だったのに。
そんな火神の事も、そして失敗した事に対しても、一度落ち着かせる為に澤村が声を掛けた。
「よしよし、次だ次。折角強い相手との練習試合なんだ。色々と手探りで試していこう」
火神の肩を叩き、そして 日向と影山にも軽く背を叩いた。
そして それは澤村の色んな意味での大きさをこの時感じられた瞬間でもあった。
だから応える様に声を揃えて返事を返すだけだ。
【おすっ!】
次は絶対に成功する為に。……そして どんなボールでも全力でフォローする為に。
続いて再び青城のサーブ。
火神のサーブに対抗して青城も強烈なサーブを……とか考えていたのだが、今の所全員が普通のフローターサーブで、ジャンプサーブやジャンプフローターなど、取りにくく難易度の高い難しいサーブを打つ者は誰も居なかった。
「(サーブも強烈だって聞いてたんだけど、まだ抑えてんのかな……?)」
外で見ていた菅原も不思議に思っていた様だ。
まだ序盤で後半使ってくる可能性も無くはないかもしれないが、それを考慮しても 少々安易なサーブな気がするのだ。
続いて打ってきたサーブもコースは良いのだが、問題なく火神がカットしていた。
菅原は、それを見て更に不思議に思うしかなかったのだった。
そして、火神が上手くレシーブを上げ、影山にAパスが返る理想的な攻撃。
「ナイスレシーブ!」
影山はボール落下地点に素早く入り、意識を集中。
金田一も同じく必要最低限の情報を把握していた。
飛び出してきたのは、先ほど空振りをしたセンターの日向、そしてライトサイド。更にレフトにもオープンで待っている。
「(影山は誰を使う……? いや、誰でも良い。止めるだけだ!)」
金田一は手に力をぎゅっ、と込める。どんなスパイクでも叩き落してやる、と言わんばかりに。
だが、それが叶う事は無かった。
―――今!!!
極限まで集中した影山の超精密セットアップは、今回は正確無比に日向の掌をとらえたからだ。センターから飛び出してきて、ジャンプ。更に全力スイングはボールを正確に叩きつけて、そのままコートに直撃した。
バンッ!!
と何度も聞いている筈のバレーボールの音とボールそのものを置き去りに、金田一はただ呆気に取られるしかなかった。
「………あ、え?」
そして何が起きたのか理解する事にも時間がかかった。
「「っしゃ!!」」
「おーし!!」
「よっしゃあ!!」
「………でたよ。変人トス&スパイク」
理解するよりも先に、烏野側の喜ぶ(一部例外)声だけが耳に届いていた。
【なんだ今の!! はえぇぇ―――ッ!!!?】
試合を見ていたギャラリー達もコート全体を把握できているからこそ、金田一よりも早くに理解した。とてつもなく早い速攻であるという事を。
「よっしゃ、火神が言った通り、これで青城は次のビックリタイムだ。慣れられる前に突っ走るぞ」
「おーーすッ!!」
「後ろで
「こらァ! 月島ぁぁッ!! ちっさい言うな!」
盛り上がってる間にも影山は相手チームを確認。
チラリと視線を向け、耳を傾けてみると……。
「オイオイあのチビ、速攻あんのか? ってか無茶苦茶早いじゃねぇか」
「まだまだ初心者、殆ど素人って感じだったのに……」
「……偶然、とはまだ言えない。だが今のを見た以上、マークは少し分散するぞ。無防備で打たれるよりはマシだ」
それらを聞いて影山は悪どい顔をして笑った。
それを見た火神もつられて笑った。こちらは悪どくはない。
「【よしよし、翔陽にビビったか? 存分に警戒しろよ??】 って所か? 影山」
「……おう。日向が機能すれば、他が更に活きる。勿論、お前もだ。いつでも良い。狙ってくれ。どんなタイミングでも合わせる」
「ははは。ほんっと頼りになるな。ここぞという時にサイン出す。よろしくな」
ははは、と笑いながら元の位置まで戻っていく。
火神が存分に光ったからこそ、小さな烏を見逃したんだ。その二段構えの攻撃が機能した。
だからこそ、影山にとって【頼りになる】の言葉は火神にこそ相応しかった。
それにトスに関して、影山に【大丈夫か?】と聞く者は今までいなかったから。
影山は 軽く息を吸い、吐き出すと全員を見た。
「じゃあ、こちらも総攻撃で行きましょう。一気に点を稼ぎます」
【おう!】
影山からの声かけでの円陣。
それを見て、更に昔の影山を知る者たちは驚くのだった。