王様をぎゃふん! と言わせたい   作:ハイキューw

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ハイキュー‼ 映画……良かったです…………涙


第181話 青葉城西戦Ⅱ⑰

 

 

「(……飛雄(馬鹿)チビちゃん(馬鹿)。確かに厄介。以前からずぅっと思ってた。……でも)」

 

 

 

 

及川は考える。

 

影山の事は長らく知っているから、烏野に入ったと聞いた時ある程度の対処は出来ると踏んでいた。事実、展開通り想像通り予想通りに事が運んだ事だって何度もある。

 

でも……そこにまず1つの変化が起きる。

日向翔陽と言う影山(馬鹿)の先を行く烏野の馬鹿その①。

 

バレーボールとはチーム競技。

ただの1人で強くなんてなれる訳がない。

そんな選手今まで見た事が無いし、何処にもいない。

 

飛び抜けた技術を持ち、且つ貪欲に己を向上させる影山であってもそれは例外ではないだろう。

 

誰もついてこず、ただただ暗闇の中を闇雲に我武者羅に自分をどれだけ追い込んで走ったとしても……【目的地】に到着する訳がない。

 

そんな時―――気付けば傍に日向と言う光が現れて影山の隣で走り出した。

 

それも言うならいきなり割り込んできた。影山を煽る形で先へと駆け出していったのだ。

 

 

 

1人じゃない事を、自分よりも前に行こうとする存在を、影山は知った。元来負けず嫌い。だから更に駆け出しはじめる。

 

 

 

 

行く先は平坦な道のりじゃない。

厳しく険しく、頂が霞む道のりだった事だろう。

 

でも、着実に前へ前へと進んで(成長して)いる。

 

その成長が、その速度が、成長の幅が―――怖い。

 

 

 

 

 

でも―――そこ(・・)じゃないんだ。

本当に怖い(・・・・・)のは……。

 

 

 

 

 

「(……ぁぁ、解ってた。解ってたんだよ)」

 

 

 

 

ぐっ……と、及川は肩に力を入れると―――すとんっ、と力を抜いた。

冷静に考える様に、頭は冷静に、心は熱く、それを意識しつつ―――考える。

 

 

「誰よりも……————なのは、せいちゃんだ、って分かってた。……初めから」

 

 

 

視線を向けるのは日向に対して頭をグリグリ、としている火神誠也の姿。

 

 

あの馬鹿2人を纏めて、導ける存在。

 

 

影山の前に現れた日向と言う光。

でも、その小さな光だけじゃ、まだ先は暗いままだ。……でも、火神と言う男が道を示した。行く先を明確に、過ちを正して、3人揃って―――いや、全員(・・)揃って前へと進める様に示した。

 

 

 

 

 

 

「ぶ、ブロックに居ない所に跳んだんだよっ! あの時とは違いますーーっ! ちゃんと考えてますーーっ!」

「目ぇ泳がせすぎだよ。そもそも、実に解りやすい翔陽がオレに隠し事なんて出来る訳無いでしょーに」

「危うくネットに触るとこじゃねーかよ。解りやす過ぎるだろ」

「う、うっせーし!」

 

 

 

 

 

とても大きな光。行く先々まで照らす……どこまでも照らす様な光。

()とは良く言ったモノだ。偶然にしては出来すぎている、とも言いたい。

 

 

「同族嫌悪……とは少し違うかな」

「あ? 何言ってんだ? 同族? オマエと火神(アイツ)がってか? いっぺん鏡見てこい」

火神(・・)せいちゃんだけに、って? 面白くないよ岩ちゃん!」

 

 

及川の呟きに反応したのは岩泉。

また、妙な事を考え込んでいないか? と多少警戒していたら実際変な事を言いだしたので、言葉で釘を刺す――――つもりだったんだが、ギャグなつもりは毛頭なかったのに、シャレになってて指摘されてて、ムカついたので岩泉は及川にケリを入れた。

 

 

「いやーーっはっはっは。……こんな気持ち、ひょっとしたら初めてかもしれない、って思ってさ?」

「あ?」

 

 

影山に対して思った事。

 

それは同じセッターと言うポジション。

天才と言って良い程の圧倒的な技術。

才能に胡坐をかかないストイックさ。

勝利に対して誰よりも貪欲。

 

後の脅威になる男だと認識した為に思った嫌悪感だ。

叩くなら折れるまで。成長しきる前に叩き伏せる。そう言うつもり……だった。

 

でも、コレは違う。

 

 

「理想像だよ。―――だからこそ、なんだろうね。……せいちゃんって良いコなのに。ほんと………」

 

 

優秀なセッターとは個性の違うスパイカー達の能力を100%引き出す事。

今、目の前に居る男はセッターと言う訳じゃない。でも、間違いなく……紛れもなく……、脳裏に思い描いていたセッターとしての理想像。

いや、その上位互換だと言って良い。

 

 

だからこそ、強烈に思う。どうしようもなく思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――叩き潰したい、って思っちゃうんだ。どうしようもなく」

 

「!!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

及川は、この時この瞬間。

火神誠也はバレーボール選手としての理想像である、と自分の上である、と暗に認めてしまった。

 

実際本人にはその自覚は無いのかもしれない。元々プライドはかなり高いで有名な及川だ。自覚が無い方が可能性としては高い。

 

ただただ、火神誠也と言う男は理想的な後輩像だし、どう頑張っても憎めない存在だったのにも関わらず、思わず口に出してしまう程に、強烈に思ってしまった。

 

そのギラついた眼光は、周囲に圧力として伝わり、味方は勿論ネットを挟んだ先に居る烏野側にまで伝わってくる。

 

 

「―――あぁ。それなら右に同じ。遠慮なんざ要らねぇよ。してたら寧ろお前をぶっ飛ばす」

 

 

そして及川に続く形で岩泉も頷いた。

誰よりも解っているつもりだ。及川の近くに居たから、と言う理由もある。それに及川の言葉に対して心の底から同意するのはこれまででも珍しい。

 

場面はまだまだピンチもピンチ。相手の思いもよらない攻撃を受けて、点を獲られて更にピンチ。

でも、不思議と焦りはない。焦るべきだとは思うけれど……まだまだ無い。

 

 

 

まだまだ―――ここからなのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ッッ!!?」

 

 

強烈な圧を受けた、と感じた日向は、反射的に緊急回避(バックステップ)をした。

これは向けられたのは明らかに日向に対してではない。でも、日向は傍に(・・)居た。

 

それゆえに野生的な直感が働いたのか。

はたまたただの偶然なのか。

元々極度のビビりだから感じ取る事が出来たのか。

 

真意は日向にも解らないかもしれないが……()には解っていた。

 

 

――ははっ、翔陽のこの感じ……久しぶりだけど、待ちに待った(・・・・・・)、って感覚もあるから不思議な気持ちだ。

 

 

背中に伝わる強烈な圧力。

それを自分も十二分に感じ取っているから……解る。

日向は、直接それ(・・)を見た。正面から叩きつけられたと感じたのだろう。だから、思わず下がった。

 

 

――あぁ……、でもこの感覚も……懐かしい。凄く、懐かしい。

 

 

そして、ゆっくりと振り返る。

ネットを挟んだ向こう側を―――自分も視る。

 

まるで空気が歪んでいる様に見える。熱気が渦巻き、それがオーラの様に具現化されてしまったのか? と思える程だ。気のせいなんかじゃない。

 

 

―――懐かしい。……もう、名前も顔も思い出せないけど………あいつら(・・・・)は皆こう(・・)だった。こんな感じ(・・・・・)だった。

 

 

競い合うスポーツをしている以上、その根底には負けず嫌いと言う気持ちが必ずある。

それが、昇りに昇り、昇りつめて行った先の戦いともなれば当然だ。高校一を決める大会であれば尚更。

自分より、自分達より上がいる事を良しとしない。……許せない。必ず―――倒して見せる。

 

 

 

そんな圧は、日常茶飯事だった。切磋琢磨し合い、高め合ったあの世界を。

 

 

 

思い出させてくれた事に――――改めて感謝をしたい。

 

 

 

 

 

 

 

 

明らかに変わった雰囲気。

ハッキリと解る者はそれ程多くないが……、それでもまたギアが1つ上がった。

第3セット終盤戦に迫るこの場面で、最終局面を迎えたのだ。

 

 

―――潰す!!!

 

 

及川渾身のセットアップ。

月島のサーブは、精度は良いが威力が無い故に組み立てやすい。

烏野の守備力、守備範囲は十二分過ぎる程解っている。何度辛酸を嘗めさせられたか解らないのだから。

 

でも、もう関係ない。

 

 

 

―――潰す!!

 

 

 

ただただ、それだけ。

 

及川のセットで使ったのは岩泉。

強気で攻める姿勢・気概。ただ猪突猛進、我武者羅に攻めるのではなく頭は極めて冷静に、それでいて心は―――叩き潰したいと言う願望だけを(ボール)に乗せる。

 

無論、烏野も負けてはいない。

 

 

17-16

 

18-16

 

18-17

 

 

 

点を獲り、獲られのシーソーゲーム展開に持ち込んだ。

このまま点を獲りきる事が出来るのなら、烏野の勝利は確実。25点を目指して最後の最後まで気を抜かずに打ち抜く。

 

 

 

ピ―――っ!

 

 

「おお、ここでピンサーか」

「多分、守備強化も兼ねてるよ。青城の金田一(12番)後衛に下がるし」

青葉城西

 

IN 松川

OUT 渡

 

 

金田一がサーブのターンで、リベロの渡が下がり松川が入る。青葉城西にしてみれば守備力が落ちるターンであり、烏野にとっては連続得点(ブレイク)チャンスでもあるローテーションの谷と言える場面。

 

そこを補う形で、2年の矢巾が入ってくる。

 

青葉城西

 

IN 矢巾

OUT 金田一

 

 

高さは金田一に劣る、でもそれ以外は県内強豪校青葉城西クオリティ。

サーブも金田一のジャンプフローターより強烈。

 

 

「―――シッッ!!」

 

 

矢巾の強烈なサーブ。

それは、リベロの渡も思わず『いいサーブ!!』とガッツポーズをする程に。

 

 

「オレが獲る!!」

「火神っ!!」

 

 

狙いも良し。火神のレシーブ力が高いのは違いないが、それでも良い。それが良い。

攻撃参加率を少しでも下げた、と言う意味では間違いなく良い。

 

 

「クソッ、ごめん! 短い!!」

「フォロー!!」

 

 

矢巾のサーブはピンチサーバーの名に恥じない仕事を発揮して見せた。

あの鬼レシーブの火神を乱す事が出来たのだから。

 

 

「東峰さん!!」

「おおッッ!!」

 

 

日向を囮に、影山は後ろで控えている東峰を選択。

強烈な一撃が来る―――! と判断した瞬間に及川はもう身体が動いていた。

 

青城は2枚ブロック、如何に東峰と言えど簡単には通さない。真っ向勝負をするより、可能性が高いのはブロックのいない場所を狙い撃つ事。つまり【ライト側寄り】

 

 

「ふっっ!!」

 

 

強烈な一撃を、及川が拾って魅せた。それだけでチームは大盛り上がり。

でも、セッターである及川がレシーブに入った事で、セッター不在状態になってしまうが、それを補うのが矢巾。

 

 

「矢巾! フォロー!」

「ハイッ!! 京谷!!」

 

 

元々、セッターポジションであると言う事もあり、セットは問題ない……筈だった。

 

 

「!!(クソッッ! 滑った!??)」

 

 

矢巾は、(ボール)をオーバーで捉えるその瞬間にいつもとは違う感触、違和感に気付いた。

熱気渦巻き息が詰まりそうなこの空気の中、幾度もラリーを続けて更には第3セットの終盤。

選手らは等しく例外なく、大量の汗をかいており、それが(ボール)にある程度付着してしまっていた。

更に運が悪い事に矢巾にとっては絶妙の位置が集中的に濡れてしまっていた為、丁度指の腹で捉えた瞬間に僅かに滑ってしまったのだ。

 

不幸中の幸いと言えるのは、反則(ドリブル)を取られて即失点にならなかった事か。

ただ、(ボール)を上手く操る事が出来ず京谷が走り込んできた位置を鑑みたら明らかに……。

 

 

「短い!!」

 

 

京谷はもう跳躍している。

助走から跳躍まで完成してしまっている為修正が効かない。

 

 

「翔陽!」

「おおッッ!!」

 

 

それにいち早く気付いた烏野の火神と日向。

反射神経抜群な2人は、体勢の悪い攻撃を防ぎ、叩き落とす為に跳躍した————が。

 

 

「フンッッッ!!」

「「!!?」」

 

 

京谷も同じく反応していた。トスがアクシデントにより短くなってしまっている事、そしてそれに烏野(向こう)側が気付いた事。

この選択肢の限られる空中に置いて最適な選択は一体なんなのかを。

 

烏野側―――日向は利き腕である右腕に集中して跳んでいた。

東京合宿でのブロック師匠・黒尾の教えを忠実に守った。

ただ、1つだけ教えを守らなかった事がある。

 

日向は反射を優先するあまりに、《極力止まって上に跳ぶ》と言うもう1つの教えを守らなかった。反射故にそこまで考えが及ばなかった、と言うのが正しいかもしれない。

それによりレフト側に流れた。火神も勢いよく跳んでくる日向に合わせる形で、間を抜かせない事を優先して跳んだ為、日向の(ライト)側が余計に開いてしまった。

 

 

それは傍から見ればほんの少し開いただけ。

僅かな穴だ。でも―――京谷はそれを見逃さなかった。

 

 

【――――左!!?】

 

 

京谷が選んだ手。上がった位置が悪く、体勢も悪いこの状況で放ったのは左打。

それも、咄嗟に合わせた~と言ったレベルじゃない。十分通用する勢いと威力のある左打だった。

そのまま鋭角に烏野の堅牢なコートに叩きつけられるだけの威力で。

 

 

「あいつ!? 咄嗟に左で合わせたのか!??」

「いやいや、京谷(アイツ)って右利きだったよな!? なのになんて威力……!?」

 

 

会場が湧きに湧く。

京谷を知っている青葉城西側の応援団も驚きを隠せないプレイ。

元々練習を再開したのが遅かった、と言うのもあるが、それでも京谷の左打なんて見た事が無かったからだ。

 

 

 

「………なるほど。自分の身体を操るセンスに長けてる、ってトコか。―――練習を怠らない、貪欲に、一切の妥協をしなかった証拠でもある、か」

 

 

京谷の咄嗟に合わせたにしては、威力・精度共に高い一撃を前に烏養は舌を巻く。

自分自身もそうだが、基本的には両利きでもない限り、利き腕の方を優先させて練習・鍛錬を続ける。短い高校生活で上限まで鍛え上げるなんて並じゃ出来ないし、あれやこれやと四方八方求めて、結局器用貧乏に成り果てる事だってザラだ。

 

でも、京谷のアレは自分が出来る事、自分がしたい事を全部やってみせた証である、と主張している様に見えた。

 

試合当初は孤立する勢いな選手だった筈なのに、嫌々感があるものの、ちゃんと手を合わせている所を見ても……。

 

 

「試合中でさえ、成長して言ってる、ってか……?」

「……怖いですね。力強くとも何処か歪だった歯車が噛み合う瞬間を、目撃した気分です」

 

 

武田も素人ながらも解る所はある、と烏養の言葉に付け足した。

飽くなき探求心、向上心。それらの積み重ねが開花するのは何時、どの瞬間なのか……それは誰にも解らない事。

 

そう、試合中にだって十分起こりえる事なのだ。

 

 

18-18

 

 

青葉城西、連続得点(ブレイク)

 

 

 

「―――やり返す」

「―――おおよ」

 

 

ギンッッ!

 

眼を見開き、気合に満ちた雰囲気を出す火神と日向。

一切隠そうとしない主張。影山も思わずニヤリ、と笑ってしまう。

 

及川のあの感じは初めてだった。また違った姿を見て影山は思わず後ずさりかけた。

でも、踏みとどまり、前へと進む事が出来たのは……認めたくはないが、この2人。

スパイカーを操るのがセッター……なのに、そのセッターでさえも振り回すこの2人。

 

ここへきてギアが上がってきているのは何も青葉城西だけじゃない、と言う事だろう。

 

烏野には厄介な囮が2人いる、と思わせるローテ。

それは前衛に日向が居るターンだ。

 

 

―――どっちにつく……?

 

 

影山と日向の変人速攻は、リードブロックじゃ間に合わない。コミットで必ず1人はつける様にしているが、出来る事なら3人で仕留めたい。連続得点(ブレイク)した流れのままに逆転したい。

 

そして、今の自分らなら出来ると信じて疑ってない。

 

 

「持って―――――こい!!!」

 

「A!!」

 

 

日向が移動攻撃(ブロード)

火神がAクイック。

 

そして影山の一糸乱れぬ、一切読ませない完璧なトス体勢。

 

その攻撃ターンはいつ見ても頭を悩ませる。考えれば考える程、頭が痛くなる。

でも、今は、この瞬間だけは……ただ、負けたくない、絶対に捕ってやる、と言う気持ちの方が遥かにデカい。故に地の守備も気合が十分入っている。特に守備力強化もかねて入ってきた松川。体力的にもまだまだやれる矢巾も気合が十二分に入っている。

 

京谷があそこまでやってみせた。チームの為にぎこちないまでも合わせ、力を発揮させた。

なら、自分もそれに見合うだけの事をしなければならないだろう、と気合を入れた。

 

 

必ず(ボール)を上げる。それが例え顔面になろうとも。上げれば、上げさえすれば誰かが繋いでくれるから。

 

 

そして、長い体感時間の果てに、影山が選んだ手が判明した。

日向の移動攻撃(ブロード)だ。

比較的近く、日向のスパイクコースを巧みに操ってみせた松川がマッチした。

 

ブロックを跳びながらも、後ろの陣形は頭に叩き込んでいる。

だから、日向にはストレート側を打たせる。クロスには打たせない。こっちに打てば……どうなるか解るよね? 打てないよね? と眼で訴える。

 

 

つい先ほど、ほんのつい先ほどまでは、その圧に押され、選ばされていた(・・・・・・・)日向だったが……今は違った。見ている先が違った。

 

 

その空中でのやり取り、ほんの一瞬の違和感が―――寒気に変わるのには時間がかからなかった。

 

打ち易くなっている、しているストレート側。

そこを打つものだと考えていたのに、日向が選んだのは―――。

 

 

「「!!?」」

 

 

絶対に打てる。打たされたとしても強い一撃を打てる! と言う場面で、それらを嘲笑うかの様に打つフェイント。

速い攻防の果てに、一番効果的で、何より青城にとって一番嫌なタイミングでかます【秘義・静と動】。

 

松川は空中に居て手が出ない。

矢巾は身構え過ぎた。落とされた場所がアタックラインに近すぎた為、解っていても届かない。

 

そのまま、コートに落とされてしまった。

 

 

「やってくれたな……!!」

「―――クソガキ……ッッ!!」

 

 

思わず口にする岩泉と及川。

もし、打つ相手が火神であったなら、あらゆる選択肢を想定するだろう。

当然前も警戒するし、ブロックアウトにも勿論注意する。全てを止められる、防げるとは思わないが、想定外(・・・)は起こさない自信があった。

 

それこそが甘かった。甘すぎた。火神の囮に目が眩み過ぎて、日向を甘く、低く見積もり過ぎていた。

 

この疲れが出てくる終盤戦で、冷静に視野を広く見ている。―――想定外だった。

 

 

19-18

 

 

 

その後も激しい攻防は続く。

目も眩む速度の(ボール)を追いかけ、走り、跳び続ける。

 

バレーボールとは、対戦相手もそうだが、重力との戦いでもある。

跳べば跳ぶ程、時間が経てば経つ程、重力が足を掴んでくる。重力が足を食んでいく。重力が精神を蝕んでいく。

 

 

それでも、誰一人考えていない。

 

ただ、考えるのは必死に真摯に、1点1点を点してゆく。

それ以外の道は無い。

どちらが先にゴールへとたどり着くか。……同点は無い。引き分けは無い。どちらが先に音を上げるか。

 

 

 

 

そして―――20点台に突入。

 

烏野依然リードのまま。

でも、ここで日向が前衛から後衛に下がり、西谷も下がる。

月島と言う高く堅牢な壁が入ってきて空の防御力は増すかもしれないが……、地の防御力、加えて攻撃力は下がってしまう凌ぎのターン。

 

 

 

―――ここで攻める。ここで捕える他無し!!

 

 

 

青葉城西全員の意志が合致する。

合致すると同時に、嫌なモノを見る様な視線を向けた。

 

 

烏野高校メンバーチェンジ。

 

 

IN  山口

OUT 日向

 

 

あの超変化サーブがまた、やってきた。

ジャンフロは火神で慣れてる筈なのに、ブレの軌道が、その速度が全く違う。

そんなほんの少しの違いが、獲りにくい(サーブ)として、嫌な印象を与えてしまっている。

 

 

山口相手に、何本も献上してしまった事実が拍車をかける。

 

 

当の本人も一切迷いやブレが見えない。

日向と拳を合わせてコートに入り、コート内の(月島を除く)全員と拳を合わせる。

 

特に、火神を見る目は、他とは全く違って見えた。言うなら……まるでライバルを見るかの様な目。ただ、真似てるだけじゃない。強力な烏野の武器(サーブ)の1つである、と自覚と自負を持っている様に見えた。

 

 

山口は、青城側から見ればバケモノ揃いと言っても良い他の烏野1年に比べたら見劣りすると思われるかもしれない。

 

 

だが―――だからと言って無視出来る訳がない。

 

 

何せ成長率が、その成長の幅がとんでもない。……脅威であると思わせる選手の1人なのだから。

 

 

 

 

 

その山口からのサーブが始まる。

威力は然程無い。……ただ、このその分精度とブレる軌道だけは厄介。

狙い通り、青城の攻撃の主軸である京谷に迫る。

京谷はそのサーブの軌道をハッキリと見ていた。

自分の後ろはもうエンドライン。つまり頭上を越えていくのであれば手を出さずにOUTと判定しても良いだろう。

 

 

―――ただ、此処で脳裏に浮かぶのは山口の最初のサーブ。

 

 

OUTである、と渡が判断し見送った結果、強烈な角度で(ボール)が落ちたのだ。野球のフォークボールも真っ青な勢いで。

 

その感覚が、その軌跡が頭から離れず京谷はオーバーで捕まえようと手を伸ばした。

 

 

「!!?」

 

 

だが、魔球と呼ばれるジャンプフローターのブレはここでもその威力を発揮。

手に収まる筈。その残像まで視えていた筈なのに……寸前で伸びてきたのだ。

捕える位置が、収まる位置が(ボール)半個分ズレた。

 

その結果、捕まえる事が出来ずに、まるで弾かれた様に後方へと跳んでいったのである。

 

 

「今度は伸びんのかよ……!!」

 

 

【よぉぉぉしッッ!! 山口ナイッサー!!!】

 

 

これは烏野の点。

烏野が、連続得点(ブレイク)をやり返した!! と湧き踊る……が。喜ぶのはまだまだ早い。

 

 

「フンッッッッガッッ!!!」

 

 

極限まで集中させていた岩泉が、超反応を見せた。

完全に手の届かない範囲まで跳んでいく前に、後方へと跳び、掬い上げる形で拾ったのだ。

 

 

 

「ぐおおおお!!!」

「岩泉ぃぃぃぃ!!!」

「ひろった!! 繋げェェェぇ!!」

「渡だ! ラスト!!」

 

 

 

渾身のスーパーレシーブ。

それは他者をも鼓舞し、共に出来ると着いてこさせる効果を持つ。

 

 

続けざまに飛び込んだ渡が、見事(ボール)を烏野側へと返した。

 

 

「チャンスボォォーーール!!」

 

 

サービスエースは獲れなかった。

でも、まだチャンスである事には変わりない。

 

澤村が落ち着いてレシーブ。そしてすると同時に助走距離を確保し、走り込んだ。

前衛の東峰・月島・澤村。

後衛の火神。

 

4人からなる同時多発位置差(シンクロ)攻撃。

 

攻撃力は確かに日向の囮が無い分、後衛に居る火神の分、落ちるかもしれない。

青葉城西側もこれまでのラリーでそう思っている、思われている、と雰囲気で言っている。(ような気がする)

 

だが、時としてその事実が更に熱となり、意地となり、躍起にさせる効果も齎す事になるのだ。

 

 

そう、烏野のエースである東峰は前衛に居るのだから。

 

 

なのにも関わらず、優秀な1年達が抜けた、下がったから烏野の攻撃力が落ちた(・・・・・・・)と言われるのは、思われるのは、幾らガラスハートな所がある東峰であってもプライドに障ると言うモノ。

自分こそがエースである、と言う自覚と責任は人一倍あるのだから。

 

 

その東峰の圧が、影山に此処しかない、と選択させる。

エースの持つ絶対的な圧は安心感すら湧き起こすのだ。

 

 

ドンッッ!!

 

 

東峰の大砲の様な一撃を、相手ブロッカーに掠らせる事なく打ち放った。

 

 

―――だが。

 

 

 

「だっしゃああアアアアアア!!!」

 

 

 

渾身の一撃を。

完璧な一撃を。

青葉城西のエースが迎え撃った。

決められる筈だった一撃を、見事に拾い上げて見せた。

エース岩泉のスーパーレシーブだ。

 

 

「クソッッ!!!」

 

 

エース同士の対決。矛と盾の対決は今回は盾側の勝利。

 

 

「あれに反応するなんて……、完全にゾーンに入ってる岩泉さん……」

「ナイスレシーブ!! 岩泉さん!!!」

 

 

東峰のスパイクの威力は青葉城西側も当然知っている。

この試合中に受けているからその威力は知っている。

終盤に来て全く衰えないその一撃は、ハッキリ言って烏野の攻撃の中で受けたくない攻撃No.1と言っても良い。腕が捥げる。吹き飛ばされる。そう錯覚させる程の威力だから。

 

でも、それ以上の気迫と負けん気で岩泉は受け止めて見せた。

 

それはリベロである渡も戦慄する。

岩泉だからこそ、拾えた1本だと。

 

 

そのまま、流れる様なセットで青葉城西がこのピンチな局面を乗り切った。

 

 

「……ああ、そうだよ。気分良いよなぁ。勿論オレも知ってる(・・・・)さ」

 

 

肩で息をして、気を整えている最中に浮かぶのは烏野のレシーブ陣。

何でそこに居るんだ? 何でそれが獲れるんだ? と思わせる様なレシーブを何度も何度もしている。

その度に、あの顔(・・・)が脳裏にちらついたのだ。

 

西谷、澤村――――何より、火神。

 

 

レシーブを決めた途端に出るはち切れんばかりの笑顔。

 

 

「(……小っちぇえ頃はスパイクだけが楽しくてそればっかだった。……でも、知ってるんだ。相手の完璧な一発を拾う。何にも勝るとも劣らないあの快感を知ってる。――――オレも知ってて良かった)」

 

 

あの笑顔が皆を引っ張る。

オレも出来ると思わせる。

そして、次は必ず決めてやるとも思わせる。

 

 

「さぁ、こっからだぞ、及川ァァァ!!」

「―――勿論だよ。岩ちゃん」

 

 

バチンッッ!!

 

2人でハイタッチを交わした。

この時ばかりはおちゃらけはナシだ。

 

厄介な山口(ピンチサーバー)を退けた。

相手の絶好のチャンスを潰した。

この流れに身を任せて、逆転し、勝利までいく。

 

 

 

 

 

 

「どんまいどんまい! 次だ次! 1本返していくぞ!」

「ああ!! すまんッッ!! 次は決める! 絶対決める!!」

 

 

烏野側も委縮などはしていない。寧ろ、闘争心を更に掻き立てた。岩泉のワンプレイを見て、更に薪をくべられた。

負けてられない、負けない、と。

 

 

「クソッッ……」

 

 

悔しそうに歯ぎしりをしている山口。

本当に自信を強く持つようになった、と思わず感心したくなる気になる。今の攻防は明らかに青葉城西側が凄かった。山口は十二分以上に仕事をして見せた。そう評価できるのだが……山口が絶対に満足しないのも解る。

 

 

「あぁ、そうだよな。……山口! 今のは悪く無かった! 次は獲れよ!」

「!! ハイッッ」

 

 

戻ってきた山口を迎えた烏養は激励の言葉と共に、その背を強く叩くのだった。

 

 

 

 

23-22

 

 

 

どっちも譲らない。

どっちも連続得点(ブレイク)チャンスはあったが、それでも譲らない。

まさに意地と意地(プライド)のぶつかり合いだった。

 

 

だが、ここで戦況が変わる。

 

 

 

「……何度目かの正直。来るとしたらココ(・・)かもしれないぞ」

 

 

 

ここで回ってきた青葉城西のサーバーを見て観客の1人が不意に呟く。

これは決まった! あれは獲れないだろ!? と言う場面で幾度も覆してきた超高校級の試合。

もう先がどうなるかなんて解らない……と思いたくなるのだが、この場面だけは別。

 

 

青葉城西主将及川のサーブ。

 

 

大きな背が、更にまた大きくなった!? と錯覚させる程に……(ボール)を受け取り、下がっていくその背は大きく見えてしまった。

 

 

【サッ、来ォォォォォォォイ!!!】

 

 

だが、烏野も火神・西谷・澤村と最硬のターンでもある。

これまでで何度も及川の強烈なサーブを見てきた。受けてきた。

今度もまた、跳ね返して見せる―――!! と思ったのだが。

 

 

「ッッ!!!??」

 

 

ドンッッ!! 

 

放たれたのは最早スパイク……所の話じゃない。

此処へきてまた精度と強度両方を両立してきた。

それも突き刺さったのはコートの角、ライン上。

火神の横を貫き、コートに突き刺さった。

 

 

23-23

 

 

此処へきて、及川のサーブが烏野を穿った。

 

 

「うおァッッしゃあああああ!!」

「「「ナイッサぁぁぁぁぁぁああ!!!」」」

 

 

後半歩、届かなかった烏野の背中を確かに掴んだ。

それだけじゃない。そのまま引き倒し、潰しきる勢いだった。

 

 

「マジかよ……!!?」

「この場面で、あんなサーブ……。バケモンじゃねぇか。及川(アイツ)

 

 

完全に流れを引き寄せるプレイ。

ここで、烏野高校はTOを取る。

 

 

 

「すみません! 今のはオレの(ボール)でしたね。ほんの一瞬、OUTが頭過って迷ってしまいました!」

 

 

火神は謝罪をすると同時に、頬を挟み込んだ。

迷っただけじゃない。間違いなく、及川のサーブは更に威力を上げてきている。普通に考えたら疲れも出るこの終盤戦で、元々最高レベルのサーバーだった及川が更に威力と精度を向上させてくる~なんて考えられない。考えたくない事ではある……が。

 

 

「うっし。反省はしても後ろ向きって面じゃねーな。それでOKだ。事実、マジで紙一重だ。アレはしゃーねぇ」

「……アス!」

 

 

火神を見て烏養はそう告げる。

正直、傍から見れば及川の執念のヤバさが此処へきて際立ってきている様に思えてならない。ひょっとしたら切っ掛けは、あの火神との空中戦を制した、完全に出し抜いて決めきったあの場面からなのかもしれない。完成された力を持つチームが、更にまた一段階上にあがっていく、覚醒すると言う、まるで漫画の様な展開。

こちら側も十分過ぎる程決めているし、拾っているし、体感的には勝利していてもおかしくないプレイを連発していると言うのに、気付けば青葉城西に追いつかれ、追い上げられている。

 

 

「この局面であのサーブは脅威。最後の砦、つったって大袈裟じゃねぇ。そもそも、あんなの何本も狙って入れれる訳がねぇよ。―――とも言いたいが………今の及川(アイツ)見てると、そんな楽観的な事は言えねぇな。……だから次は」

「拾うしかない、っスね」

「うす!」

「オレも。……次は拾います」

 

 

レシーバー陣は曲げない譲らない信念を持ち、烏養の言葉に頷く。

 

 

「大丈夫だ! 触れ! 触れば絶対なんとかなる!!」

「「「!!」」」

 

 

そんな3人の背をどんっ! と叩くのは菅原。

自分はコートの中には入れない。けれど、外で出来る事は絶対にある。

 

 

「オレ達は負けねぇよ。……絶対!」

 

 

仲間を鼓舞する事だって出来る。

 

 

「―――がんばれ!」

 

 

そして、この場面で清水からの【がんばれ】を頂いた。

手に汗を握り、スコアボードも心なしか歪んでしまっている。それ程までに、彼女も力が入っているのだ。

 

 

「「っしゃあああ!!」」

 

 

誰よりも何よりも先に西谷が、それに呼応する形で田中も声を上げて大興奮。

 

 

「よっしゃ!! 120%だ! 入ったな!? オマエら!」

「「おおっしゃああああ!!」」

 

 

澤村の声に最上級に反応する東峰と西谷。

 

「はい!!」

「アスッッ!!」

「ウスっ」

「………………」

 

少し遅れる形で、他の面子も声を出す。

いつも通り、月島だけはこの流れに乗る~なんて事は無かったが、それでもこの局面でいつも通りでいられる。冷静でいられるだけで十分だ。

 

 

「おっしゃ! いってこい!」

 

 

烏養は良い雰囲気のまま、皆の背を押した。

 

 

「!」

 

 

コートに戻る寸前。

不意に比喩ではない背中に感触があったのを感じた火神は思わず振り返った。

 

そこには清水が居た。

拳を突き出して火神の背を叩いていた。

 

 

「大丈夫。……負けるな」

「! ……はいっ!!」

 

 

小さく短く、それだけで十分だった。

澤村の言葉ではないが……確かに貰った。

 

 

これで120%だ。

 


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