王様をぎゃふん! と言わせたい   作:ハイキューw

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大晦日……連続投稿出来ました…………………………………バタリ。


第179話 青葉城西戦Ⅱ⑮

 

 

タイムアウトで物理的に流れを切った。

だが……、それが今後の展開を必ず変える結果になるとは限らない。

 

これまで試合に出られなかった鬱憤を全てぶつける田中の尋常じゃない煽りが、狂犬の闘志に火をつけた。それも完全に悪い形で。

ただ無策で振るう一発。力みが入り過ぎた体勢。このレベルの試合ではそれらは全て不協和音となってしまう。

 

そして、その不協和音が齎すチームへの不和。

 

 

11-8

 

 

烏野が点差を広げた。

その内の2点が京谷のミスによるものだ。

 

 

「あぁ……TO(タイムアウト)挟んでもダメか……」

「まぁ、烏野今絶好調だし。第2セット獲られたの全く引き摺ってないし」

 

 

青葉城西の攻撃が尽く不発に終わる。

 

 

「切替切替! もう1本!」

 

 

渡が京谷を落ち着かせようと声をかけ、肩を叩くが今の京谷は正しく狂犬。

周りが全く見えてないし、触れれば噛みつく獰猛さが全面に出てしまっていた。

 

 

「!」

 

 

自分を想っての言葉だろうと何だろうと乱暴に振り払う。

バレーボールとはチームプレイだ。1人が強くたって意味は無い。……5人が強くたってダメだ。6人全員が同じ方向を向き、戦わなければならない。

1人でもそれが出来なければ、こうやって不快感を呼ぶ不協和音となり、不和が生まれる。

 

 

「あの馬鹿が」

 

 

それを見た岩泉が誰に言われるよりも早くに京谷の方へと向かう。

 

 

「そうだ岩ちゃん! 行け! 喝だ!」

「お前が主将だろうがよ」

 

 

言われるまでもない、とは言わない。取り合えず及川に苦言を一言。

何せ及川は京谷に正直見下されてる。こういった場面では頼りにならない。なので岩泉が赴くのだ。

 

 

 

……が、その岩泉よりも対応が早かったのは、監督の入畑だった。

 

 

ピーーーッ

 

 

主審の笛の音が鳴る。

TOは取ったばかりだ。だから、この笛の音はTOではなく————選手交代だった。

 

13番の国見が、16番京谷の代わりにコートへと入る。

国見にも悪態をつく様に乱暴にナンバープレートを引っ手繰る。

 

イイ感じに行けてると思っていた。

この試合で、今までにない何か(・・)を感じていた。

 

でも、それは間違いで虚無だったのだ、と思ってしまうほど瞬間的に頭に血が上った。沸騰してしまった。

何も見えなくなってしまったのだ。

 

そんな京谷の心情を見据えたかの様に、入畑は京谷の目を見てハッキリと言った。

 

 

「まずは冷静になりなさい。もう一度、コートの中でバレーをしたい。あのバレーをしたい(・・・・・・・・・)と思っているのなら」

 

 

京谷はそれを聞いて、軽くほんの少しだけ頭を下げて待機場に戻っていった。

流石に誰にでも噛みつく狂犬の異名(勝手に及川命名)だが、大人である入畑相手には噛みつく事は無い様だ。……取り合えず一安心、と思った応援席だった。

 

 

肩で空を切りながら、戻っていく。自然と京谷に道を開ける形で左右に分かれ、ヤバいモノを見るかの様な視線を送った。

 

そんな中で、ただ一人だけ……矢巾だけは、普通に京谷に接する。

 

 

「お前、この試合でイキナリ変わったかと思ったけど、何だ気のせいだったのかよ」

【!!!?】

 

 

まさかの暴言? に思わず震える一同。

京谷との付き合いは基本的に短い。色々と問題を起こして部活に来なかったからだ。特に1年との面識は殆ど無いから、免疫らしい免疫がないので、恐れられている。

金田一は、その恐れのせいで、日向でさえ攻撃の意思なし、と見抜かれてしまった程だ。

 

 

『でさえ、ってなんだ!!!』

 

 

何だか日向の叫びが聞こえた気がするが、きっと気の所為だろう。

 

 

 

 

 

兎に角、京谷は矢巾の言葉に何も返す事は無かった。

正直、矢巾の言う事、それは京谷にも何処か思う所が有ったから、何も言えなかったのかもしれない。

 

ただ———それでも反応する。

 

 

「それはそうと、だ。とっとと復活しろよ。もう後が無いんだぞ」

 

 

煽ってくる言い方に、その口調に、自尊心を刺激されてしまう。

こうやって反応するのは生まれ持った性か。

 

 

「うるせぇ。……知るか」

 

 

どこまでも低く、何処までも深い闇の様な感覚。

何処までも陽気でバカやって騒いで楽しそうで、な3年生らとは大違いだ。

 

 

「矢巾」

 

 

そんな中、唯一矢巾以外でも普通にしていた男が居た。

それは3年生の松川だ。ローテの都合上、現在コートから出て待機場に居た。だから、3年として京谷をどうにかコントロール……岩泉までとはいかずとも、何とかフォローの1つや2つしようと思っていたのだが……生憎、時間が無さすぎる。

 

もう、戻らなければならないのだ。

 

 

「あんま責めてやんなよ。ちょっと頭冷やせば良いだけなんだから」

 

 

だから、取り合えず矢巾には声をかけた。

あからさまに、京谷を挑発する様な言い方、雰囲気だったから。

 

 

そう言い残し、松川はコートへと戻っていく。

そんな先輩を見て……矢巾は小さく一言だけ呟く。

 

『すみません。嫌です』と。

 

京谷のように先輩に歯向かったり逆らったりなんてしたことが無かった。

青葉城西はバレーの強豪校で、その最上級生ともなれば皆凄い人達ばかりなんだ。もれなく全員、尊敬する先輩だからだ。

 

でも、これだけは絶対に譲れなかったんだ。

 

 

「岩泉さんの教えも、試合中のヤツも全部無駄にして、まんまと相手の挑発にノっちまって。相手は調子あげてお前は下げて。いや、熱くなって自滅か。おまけに凹んじまって―――クソダサいな。お前」

 

 

譲れなかった。

許せなかった。

 

そして京谷はそこまであからさまな物言いに黙っていられる程大人しい狂犬じゃない。

 

 

「…………あ!!?」

 

 

噛みつく所じゃない。振り返って射殺さん勢いで鋭い眼光を矢巾に向けた。

並の男なら、その威圧だけで竦む者だっているだろう。

 

でも、矢巾は違う。

 

平然とその眼光を受けると、嘲る様に返し……そして視線を逸らせた。

 

 

「……お前がのこのこ戻ってきて、それであっさり試合なんか出たりしてさあ」

「?」

 

 

矢巾が抱えているモノを京谷に話しはじめる。

それは静かだが、何処となく重い。岩泉や入畑、溝口を除けば……いや、同級生以下では感じた事が無いものだった。

 

 

「何言ってるか解らねぇ、って顔だな? 烏野との試合ってスゲー貴重なんだ。……なんかこう、観てるだけでこんなオレでも、もっと出来る。オレでももっとやってやれる、って気にさせてくれる妙な感覚がするんだよ。やればやる程感じる。だから練習だって頑張って次も勝ってやるって気概で頑張って頑張って———結果、お前が試合に出てる。不満が無い訳がないだろ? 特にオレとか」

「……………」

 

 

平たく言えば嫉妬。

それくらいは京谷にも解る。嫉妬と言うのは醜いのが定番だ。自分の実力の無さを呪い、他人にぶつけるのだから猶更。―――でも、矢巾のそれに対して京谷は噛みついたりしなかった。

 

 

 

「―――でも」

 

 

 

京谷を起用すると決まった時の光景が目に浮かぶ。

ある日、突然帰ってきた。

春高予選があるから、3年が終わり煩わしい上が居なくなってると思ったから、……ハッキリとした理由は定かではない。

 

 

でも、あの時の先輩達の会話は覚えている。一言一句。

 

 

『まぁ、別に問題を起こしたワケでもないし。……あの時の先輩も卒業したし? 試合で使えるなら別にいいんでない?』

『コミュニケーションも含めて、だけどな。独走やら暴走やら土壇場でされちゃヤバいだろ?』

『まずはちゃんと練習に付いてこれんのか? だろ。結構ブランクあんだろ』

 

 

 

京谷をどうするか。最終的な判断は入畑だが、その前の判断は任されている。チームとして機能するのなら、勝つ事が出来るのなら……使う。

 

だから、表向きは入畑だが、実際には及川らに任せている。

 

 

その及川がじっと京谷を見据えた。

確かに腹が立つ生意気な後輩。あの影山とはまた違う種類で厄介で、面倒くさい後輩だ。

 

でも、同じチームで、一緒にプレイするとなると———そう言った面はある程度は瞑らなければならない。勝ちに必要なら当然だ。

 

 

『……まぁ』

 

 

そして、及川は決めた。

 

 

『あれは練習してないヤツの動きじゃないね』

 

 

戻ってきた京谷の練習内容を見て、その実力の高さを見て判断したんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――正直、冷たいとも思ったよ。ずっと一緒に長く練習し続けてきたオレ達にも。……お前自身にも」

 

 

合理的な判断を下す。感情は二の次。使えるモノなら何でも使う。

頭で解っていても、矢巾の言う通り人の血が通ってない様な冷たさをそこに感じざるを得なかった。

 

でも———。

 

 

「でも、そんな事は問題じゃない、ってのも解ってる。試合に勝てる人間が。勝ちに必要な人間がレギュラーに選ばれる。当然で必然だ。お前はオレらの誰よりも上手い。強いんだから」

 

 

そう言って、矢巾は京谷に向き直った。

今度は目を逸らしたりせず、その目を真っ直ぐ見据えて。

 

 

「だったら、相応の仕事をしろ、って事だ。……わかるだろ?」

「……………」

 

 

一切の口も挟まず、何も憎まれ口も叩かず、静かだった。それが逆に冷や冷やさせられた。

 

 

「(矢巾結構いうな……)」

「(噛みつかれるんじゃねぇ? 大丈夫かよ……。試合中に揉め事とか勘弁だぞ)」

 

 

恐る恐る、と言った感じで遠巻きにしている。

3年の制止を振り切っての矢巾の答えだ。ハラハラヒヤヒヤはしても誰も矢巾を止めようとは思わなかった。

 

 

そして矢巾は軽く息を吐いて脱力しながら続けた。

 

 

「―――ってのが、……まぁ、建前だ。本音はこっからだ」

「?」

 

 

軽口をたたく様に憎まれ口をたたく様に言っていた矢巾の表情が————消える。

 

 

それは青葉城西側は知る由もないが、火神の表情が突然消えた? と錯覚させられたアレに近い。

 

ナニカが起こる前触れ———と言う感覚だろう。

 

そして、矢巾のソレも、直ぐに起こった。

 

「!?」

 

消えた表情のままゆっくりと京谷との距離を詰める。手を伸ばせば届く距離まで詰めると勢いよくその胸倉を掴み、引き寄せ、そして最後に体育館の壁にその背を叩きつけた。

 

 

 

 

 

「先輩の晴れ舞台に泥塗ったら———絶対に許さねぇからな!!」

 

 

 

 

 

矢巾の行動は……正直驚いた。

噛みつくのは京谷の専売特許だから、と言う意味ではないが、兎に角驚いた。

 

でも、ここでも誰も止める事は無かった。

行動は確かに褒められたモノではない。今は試合中で、暴力沙汰を起こすのはスポーツマンとしてもナンセンスで退場モノだろう。

 

でも、その心根は、その想いは全員が共有しているから。

凄い3年生たちと一緒に、白鳥沢を倒して、全国の舞台へ。

どこまでも昇って行って、最高の舞台に立つんだと皆が決めているから。

 

 

 

「―――――――」

 

 

 

あまりの展開に、正直京谷は度肝を抜かれた。

ここまでぶつかってきたのは、3年である岩泉らを除けば……矢巾が初めてだったから。真っ直ぐ、目を逸らさずに、こんなにもハッキリと。裏表もクソもない心の内を話す。……まさに腹を割って話す様な事は、生まれて初めてだったから。

 

 

「……お前、もっとチャラいヤツだと思ってた」

「!」

 

 

だからだろうか。

叩きつけられた後の返答が、明後日な方向に向いたモノだったのは。……いや、或いは本当の本当、本気でそう思っていたのかもしれないが。

 

矢巾はここで手を離す。

 

 

「それで間違ってねぇよ。ただ、チャラくたって先輩は尊敬する、ってだけの事なんだからよ」

 

 

もう京谷の方は観ない。後ろを見ている暇は無い。

もう、前を向くしかないから。試合に勝つ為に(・・・・・・・)

 

 

「――――コートに居る以上、得点も失点も、チーム(・・・)のものだろ」

 

 

関係ない。

チームが勝つ為に必要な点が手に入るなら、人間性やその他諸々、関係ない。勝つ事が出来るのなら、先輩らと一緒に上に行けるのなら。

 

 

「だから———頼むから、力かしてくれよ。お前にしか出来ない事(・・・・・・・・・・)なんだ」

 

 

 

そんな一連のやり取り、試合の経過を見つつもしっかり入畑は観ていた。

勿論、京谷の姿も。

 

 

今はまだ、試合の流れは悪い。

 

 

点差はそのままだが、このままの取り合いでは先に頭1つ抜けている烏野に競り負けてしまうから。

 

 

「国見!!」

 

 

京谷の代わりに入ってきた国見。

ブロックには田中と日向が居る。しっかり2枚揃っている。高さも問題なし。そして国見の性格。

 

 

「(国見の攻撃。……有る可能性)」

 

 

あまり良い思い出じゃないかもしれないが、国見とは長く練習をしてきた。だから解る事がある。この場面で無理に打ってきたりはしない。かと言って、入れるだけ(・・・・・)の攻撃もしたりしない。

 

上手く、意表を突く。相手のいない場所を見極めて———落として来る。

つまりーーー。

 

 

「(フェイント!!)」

 

 

そう、フェイントだ。読み合いが得意な国見が好む技。特に体力とかも使わないから更に好む。

 

意表を突かれれば脅威だが、今回の攻防では影山が読み勝った。

 

敢えてスペースを空けて、落としやすいエリアを確保しつつ、攻撃の寸前まで国見の手を見ていた。一挙一動を見逃さなかった。そして、十分の余裕を持って攻撃に追いついたのだ。

 

 

「ナイス影山! ———田中さん!!」

 

 

そして、影山がレシーブに入っても問題ない。火神が居るから。

レシーブは満点とは言い難く、アタックラインのやや外側だったが、その程度の乱れなら火神は難なく合わせてくる。

火神—田中のラインは、青葉城西側は何度も煮え湯を飲まされてきた。だから警戒度は速攻でMAXだ。

 

今度はスパイクモーションも無いただの2段トス。

 

田中に照準を合わせてブロック配置をしようとしたのだが。その刹那、火神は伸ばしていた右手を降ろした。

 

 

「前ッ!!?」

 

 

まず最初にそれに気付いたのは及川だった。でも、皆は打ってくるであろう田中に意識が集中し過ぎている。

京谷との件で、攻撃が何度も決まっている事も注目に拍車をかけてしまっているのだ。

 

だらりと降ろした左腕は急速に回転。しなやかな柔らかい駆動部(関節)から生み出される遠心力は、最少の動きで、出来うる最大の威力に仕上げてしまう。並外れた柔らかさ、そしてリストの強さとしなやかさ。全てが揃って初めて、あの垂直跳びからの体勢で意表を突き且つ強力なツーアタックが完成する。

 

 

ドパンッっ!!

 

 

丁度アタックライン、それもコートど真ん中。

凡そ、誰も護っていない場所に着弾した。

 

 

 

「「「ウオオッシャアアアアア!!!」」」

「ナイスだ火神ぃぃぃぃぃぃ!!!」

 

 

 

 

12-9

 

あわや、青葉城西に連続得点(ブレイク)を取られるかもしれなかった場面、影山の守備と火神の攻撃で見事に獲り返して見せた。

 

 

「うっはーー! すっげーな! なんであの体勢で結構な強打うてるんだよ、かがみん!!」

「スイングもそうだけど、手首のスナップ、その他諸々。しなやか~な筋肉? やさし~~筋肉たちが総動員してスゲー遠心力を生んだんだな。うん、言っててわけわからんくなった。ただのツーなら拾われてただろうし、あれ実質バックアタックだから距離もある。威力不足だったら取られる筈なのに、あんなタイミングであんな場所に、あの威力で打たれたらそりゃ取れないわ! 本日初解禁だったら尚更!!」

「なになに!? 今のやっぱ凄いの!? 点獲っちゃったし、流石は誠也!! 龍に上がるかも? って思っちゃってちょっと残念だったけど!」

「それも上手い感じで作用したんだな。やーー、かがみんマジ頼りになる!!」

「すごーーーーーい!!」

 

 

やんややんや、と観客席側も大盛り上がりだ。

 

このままの流れで獲っては獲り返して、を続ければ。続ける事が出来れば烏野が勝つ! と少なからず頭の中で思い始めたその時だ。

 

 

再び、主審の笛の音がコートに響いた。

無論、それは選手交代の合図。

 

16番 京谷 IN

13番 国見 OUT

 

 

 

「16番を戻して来るのか。思ったより早かったな」

「いや、仕方ないって。このままの流れじゃジリ貧になる可能性高いし。どっかで何かを変えなきゃダメだ。………これは青城にとっては賭けになるだろうが」

 

 

あの矢巾とのやり取りは当然知らない。試合に集中していたし、派手に言い争ってる様に見えても、当たり前だがコート内、会場内の喧騒には敵わないから。

だから、不調の京谷を入れる。攻撃力が高いのは間違いないからどうにか強引にでも打ち切って、流れを変えてくれ、と言う考えだろう、と思った。

 

 

京谷の心情を知るモノなど、誰もいない。いる訳がない。

 

 

 

こうまで真っ直ぐに、真っ向からぶつかってくるチームは今まで無かった。

 

 

 

『先輩の晴れ舞台に泥塗ったら許さねぇからな』

 

 

 

こうまで真っ直ぐに、自分を信じて(ボール)を託すセッターも居なかった。

 

 

「狂犬ちゃん!!」

 

 

いつも、好調の時は遠慮なく(ボール)を集めてくる……が、不調で調子が少しでも悪くなってきたら顔色を窺ってくる。何を言い合う事なく、何となく空気で。……それが居心地悪かった。ただただ、イライラした。

 

 

この試合を通して、あんなに楽しそうにバレーをしている男が居る事を知った。

自分もやり合いたい、と思ったんだ。でも、それを何だかジャマされた気分になった。やり返されるのが不快じゃなかった筈なのに、違う種類の煽りを受けて。

 

何故だか解らない。でも、今はただただ(ボール)だけを見続けている。

 

 

 

「―――及川。ドSかよ」

 

 

 

思わず菅原は戦慄する。

間違いなく大事な場面だ。試合も最終セットの中盤。1点でも落とせない場面になりつつある。そんな場面でも一切の迷いはない。

そこにあるのは———。

 

 

「まさに、問答無用で、無慈悲な信頼………だな」

 

 

一身に託された。

この脅迫に似た信頼は、京谷の心を大きく動かした。

 

 

 

———京谷の顔に、緊迫感が生まれた。最近、随分見てないヤツだ。

 

 

 

楽しそうにバレーをするヤツを見て、羨ましくなった。

チームって言うのは、頼もしく時に煩わしく、力強い味方でありながら、重圧となる。でも、あそこまで楽しそうに、自由に、まるで何色にでもなれる様な姿で跳び回る姿を眩しく思えた。

 

確か———それをラッキーだと言っていた男が居た。

 

高校のチームを離れて、社会人らに混ざってバレーを続けていた時。

 

 

『自分がチームを向き、チームも自分を向く。それが出来たなら、チームも自分もぶつかり合って強くなれる。……こんなチームが出来たら、ラッキー以外の何モノでも無ぇ、って思っとけよ』

 

 

それは稀有で、自分が経験する事になるなんて思えないと思っていたから。

そして、それは自分だけ例外と言う訳じゃない。

 

 

『そういうチームはどこにでもあるものじゃない』

 

 

自分より間違いなく経験豊富で、沢山のチーム(・・・・・・)に関わってきているであろう大人が、そう断言しているのだから。

 

 

 

【勝負!!】

 

 

 

狙いは……決まってる。

あの火神(11番)

 

殻を破るには、次のステージに行くためには……これ以上無い程の好敵手(相手)だ。

 

 

超インナーに切り込む京谷。

相手を見定め、勢いと思いのありったけを(ボール)に込め———打ち抜く。

 

 

「んがっっ!!?」

 

 

その(ボール)は、日向の手に当たった。一番内側のブロックの更に内側を打ち抜く超インナースパイクの軌道。それを日向は追いかけてしまったのだ。

あの場面でしっかりと相手の軌道を読み、止めようとしたのはある種よく見えているし、反応速度も天晴モノ———と言えなくはないが、この場において完全なる悪手だ。

 

腕を振り回してるだけ、と取られても仕方ないし、音駒で言うリエーフの様なやり方だった。アレだけ体格があり、腕のスパンが長ければ凄まじいと言えるが……生憎日向は跳躍力(ジャンプ)だけ超一級なだけで、まだまだブロック技術は乏しい。それならレシーブに任せてコースを限定してくれるだけで良かったのだ。

 

 

「うぐっっ!!」

 

 

日向が僅かに触れた事、そして元々の京谷のスパイクの威力も合わさって、極めて厄介と言える超インナースパイクに更なる予測不能を追加されてしまった。

 

 

触れる事は出来ても、抑える、止める事が出来ない。

火神の腕に当たり、そのまま遥か後方へと弾き出されてしまったのだ。

 

 

 

12-10

 

 

 

【うおおおおおおおああああああ!!!!】

「「「おおっしゃあああ!!」」」

 

 

【いいぞいいぞケンタロウ!! 押せ押せケンタロウ! もう1本!!】

 

 

「翔陽!! ブロックぶん回したらダメだ! 獲りにくい!!」

「ご、ゴメンッッッッ!!!」

「このドヘタクソ!! 後ろに迷惑かけてんじゃねぇ、ボゲェ!!」

「ふぐっっ!!」

「はいはいはいはい、つぎつぎつぎ!」

 

 

 

 

10点目のチームの点が刻まれた。

 

 

「よく打った。それもあの相手に、ね」

 

 

今の京谷にとって最大の賛辞の言葉も貰った。

 

初めて、チームに自分が向いた気がした。

そして、ずっとずっと向けられていたモノを、初めて受け入れられる気がした。

 

 

 

「―――うす」

 

 

 

ガコンッ………。

 

ここに、歪だった歯車が……周りを、全体を壊しかねない危うさを内包していた歯車が、今噛み合った。そんな気がしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

続く京谷のサーブ。

あの気持ち、あの思いをそのままに……サーブにも込めて打つ。

別に狙った訳では無かったが、偶然なのか必然だったのか、そのサーブは田中の方へと向かった。

 

 

「ウグッッ!!!」

 

 

何とか身体全身を使う勢いで、田中はそのサーブを受けて見せた。

 

少し乱れたが、この程度の乱れなら影山には問題ない。

流れる様に、一秒でも早く(ボール)の落下点へと入ると、これまた素早く縦横無尽にコートを駆ける日向に照準を合わせる。

 

変人速攻を決めて、今のイヤな流れを生みそうな一発を払拭する。

それを狙って決定率も現在高い日向に(ボール)を上げたのだが……。

 

 

ドバンッ!!

 

 

その1発は、渡によって阻まれてしまった。

 

 

「「!!」」

 

 

速い攻撃は、攻守が入れ替わった時に自分達にも牙を向く。

そのままカウンターが来て打ち抜かれてしまった。

 

 

12-11

 

 

青葉城西連続得点(ブレイク)

烏野の背に迫ってくる。

 

 

【いいぞいいぞタカヒロ! 押せ押せタカヒロ! もう一本!!】

 

 

あの京谷の一本が、青葉城西にとっては良い流れを、烏野にとっては悪い流れを呼び寄せてしまったのだ。

 

 

「くっそ……!!」

「翔陽ドンマイ! つぎつぎ!」

「ぅおうッッ!! ~~~~ッッ!!」

 

 

あの京谷の強打。止めてやろう! 自分もMB(ミドル)だからドシャットくらいしてやろう! と言うちょっとした日向の欲が……この展開になってしまったのかも? と頭を過ったらだんだん悔しく、そして腹立たしくもなってきた。

 

だから自分の手で獲り返したい! と思った一発だったのだが……、このセットでは調子が良く、決めれていたから迷いも無かった一発だったのだが……、と思考が後ろ向きになってしまっていたので、それを察した火神が日向の背をばしんっ!

 

 

「猫背禁止! だろ、翔陽」

「ふぐっっ! そのとーりです!!」

「そうだそうだ! 次獲り返――す!!」

 

 

田中が火神に対していった事を日向も覚えている。

いつ、自分が猫背になっていたのかは解らないが……それでもダメな思考をしていたのは事実なので、しっかり受け止めて切り替える様に務めた。

 

 

ただ、まだ嫌な流れは続く。

 

 

 

「京谷! も一本!!」

 

 

 

続く連続サーブ。

再び強打が放たれるが、今回は西谷の真正面。

 

 

「よっしゃ! 正面だ!」

「ナイスレシーブ!」

 

 

影山に問題なく返り———次こそは、と今さっき以上の速度でコート内を自由に使い、翻弄しつつ、相手のいない所へとスパイクを決める!

 

今までなら、決まっていたスパイクだった。

Aパスで返って、万全の体勢なら決まっていた筈———なのに。

 

 

 

「―――ふんっっっ!!」

「!!」

 

 

 

次はリベロの渡ではなく、岩泉に拾われてしまった。

捨てるべき所は捨て、コースを限定する。徹底して無駄を省き、最適化し続けた結果……日向の打ち分けはより高精度に読まれてしまう事になったのだ。

 

勿論、当たり前だが100%と言う訳じゃない。寧ろ、決まる確率の方が遥かに高い。

でも……拾われる低い確率の方がたまたま、今回連続で来てしまっただけなんだ。

 

その日向の、烏野の不運が、青葉城西にとっては幸運となり、流れを再び呼び戻す。

 

 

「(火神や東峰も田中もマークしつつ、日向のコース分も見る。無駄を極力省いて読んでる。……めちゃくちゃしんどい作業をああまでやり切るか……)」

 

 

まさに、言うは易く行うは難し。

運の要素もある。

それを青葉城西は自力でもぎ取ろうとしていた。

 

 

 

でも——……。

 

 

「クソッッ! 長い!!」

 

 

見事に読み切ってレシーブをして見せた、が。今回は烏野の方に運が向いた。

岩泉の手に当たった角度が悪かった。ふわりと弧を描く(ボール)は確実に烏野コートへと戻ってくる。

それも、東峰が控えている場所へ。

 

 

コート内外の全員が思いを1つにした。

 

 

『叩け!! 旭!!』

 

 

ダイレクトで返せ、と。

無論、躊躇などする訳がない。嫌な流れをこちらも押し留める。

 

 

ドンッッ!! 

 

 

東峰の重く強い直接的な一撃は流石に止める事が出来ず、渡のレシーブを吹き飛ばす形で得点となった。

 

 

13-11

 

 

主審の笛の音が鳴る。

コートチェンジだ。

 

 

 

「東峰さん! ナイスです!」

「ウッス!!」

「旭さん流石っス! 向こうのリベロ、吹っ飛ばしましたよ!」

「アザーース!!」

「いや、先輩はどっちだよ」

 

 

 

コートチェンジのタイミングで、メンバーも変えた。

 

5番 田中 OUT

1番 澤村 IN

 

 

日向の攻撃が何度か止められ、京谷も勢いを取り戻してきた。攻撃を受ける回数が多くなりつつある。

殴り合いの場で、田中の攻撃力を抜くのは惜しいが、ここは守備面も安定させる方が良い、と言うのが烏養の判断だ。それに澤村も攻撃力が無い訳ではない。

 

 

「気ィ散らすなよ。いつでも行ける準備しとけよ!」

「ウス!」

 

 

試合に出たい気持ちは大いにある。

でも、烏養の言う事におかしな点は無いし、何より自分が未熟なだけだ、と言い聞かせて頬を叩く。気合を入れ直す。

 

 

「……お前の分も、暴れてくる!」

「ウッス!! 頼んます、大地さん!!」

 

 

ゴツンッ、と拳を合わせる2人。

悔しい気持ちはあるが、託せる仲間がいる事がこんなにも嬉しいものなのだ、と改めて知った瞬間だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

試合は中盤戦。

 

 

15-14

 

 

青葉城西はこれ以上離されまい、と喰らいついてくる。

調子を戻し、歯車がかみ合ってきた京谷の存在はやはりデカい。好き勝手されたら、一気に持っていかれる危うさがある。

 

 

 

「ふぅ~~~~……ここ、止めろよ……1本で切れよ……」

「げぇ……、あっちの主将クンにサーブが回ってくる度、寿命が縮んじゃうんですケド」

烏野(コッチ)側は大半がそう思ってそうだな。……でも、気合漲ってるヤツは居るぞ?」

 

 

体力面も休ませてもらったから問題なし。

何度も何度も目に焼き付けて、自分がいつでも行ける様に、と身体も心も準備してきた。

 

 

「(今の澤村(主将クン)を狙うのはNGかもね。……なら、賭けではあるけど————)」

 

 

烏野の背を完全に掴む為に。

及川は、ここで勝負に出る。

 


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