王様をぎゃふん! と言わせたい   作:ハイキューw

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物凄く遅れてしまってすみません………
気付けば会社に入った年から始めた小説なので4年目? です………
年々忙しくなってきて、しゅっちょーやらなにやらこきつかってくれて………
と、女々しい言い訳をさせてください……。苦笑


年内投稿は何とか出来ました。………来年こそは白鳥沢頑張りたいです。

今年は日本はスポーツが凄かった。色んな競技で凄かった。こちらの妄想も捗ったのに、時間が……ごほんっ!!


今年も《王様をぎゃふん! と言わせたい》をありがとうございました!
来年もまた、どうかよろしくお願いし致します。


第178話 青葉城西戦Ⅱ⑭

 

第2セット終了。

 

もう後がない、絶体絶命だった青葉城西が烏野からセットを獲り返した。

これは確実にも影響を及ぼす。後に続ける最高の流れだと言えるだろう。

 

 

「おお! 青城がセット獲り返したな! 正直、烏野ストレート勝ちかと思ったんだけど」

「確かにな! 前回の烏野と青城の試合、青城の方が勝ったんだけど、主力の1人が怪我(アクシデント)だったからなぁ……。予想通り、いや予想以上に烏野ヤバかった。……でも、青城もヤベェ。これで解らなくなったぜ」

 

 

試合前。

前回のIH予選を鑑みれば、青葉城西有利だと言う見方が見れるだろう。

だが、それはあくまで数字上の話。前回の試合を実際に見た者なら考え方は変わってくる。

手に汗握る接戦で、試合終盤———最悪の事態が起きてしまった。青葉城西が勝利したのは事実だが、それでも喜びの中に陰りが有ったのを覚えている。

 

それらがあって、観客側からも、青葉城西よりも万全な烏野優勢である、と言う見方も多数あった。事実、1セット目を先取していた。

 

IH予選で王者白鳥沢を一番追い詰めたのは青葉城西。

この春高予選、また一波乱ありそうな予感が誰もがしていた。

 

 

でも、ここで青葉城西が盛り返してきた。

まさに勝負事と言うモノはやって見なければ解らないの一言。

ほんの些細な切っ掛けから全てが決まる事だってある。

 

 

兎にも角にも、これで勝敗は解らなくなった。続く第3セットで全てが決まる。

極めてレベルの高い準決勝がまだ見られる事に、興奮冷め止まぬ様子なのだった。

 

 

 

 

烏野側、内面は兎も角表面上は特に慌てた様子は見られない。

 

 

「ほらほら戻ってこい! 切替だ切替! こっからこっから!」

「「うす!」」

 

 

第2セットではベンチに居た澤村が一番先に動き、全員を鼓舞しつつ声を上げて呼び込んでいた。

試合に出られず交代した事に対して悔しさは勿論あるが、それ以上にチームの為に何が出来るか、何をすべきかを第一に考えている。

精神的に支える。少しでも支える。それに力を注ぎ、次に出番が回ってきたら、この時の鬱憤の全てを青葉城西に解放するのみだ、と人知れずに拳に力を入れていたのだ。

 

 

「…………」

 

 

ベンチへと戻る最中、山口は前を行く背中をじっと見た。

その背中は火神のもの。

月島が気を使い、自分から声をかけたあの時、山口にとってはある意味では衝撃だった。

(結構失礼)

 

つまり、月島が気を遣う程、それ程までに火神にはダメージがあったとみるべきだろう。

 

この背は何度も見ては追いかけた。ずっとずっと背を追いかけて、追いかけて、目標にしていたもの。

火神は……、火神の方から行き詰った時に手を差し伸べてくれる事だってあった。ずっと引っ張ってくれて、背を押してくれて……同級生だと言うのに、《お父さん》と言う渾名が心底しっくりくる程までに頼り切っていた自分が居た事に、今この瞬間程情けなく感じた事はない。

 

だからこそ、こういう時は自分も声をかけるべきだろう、と機を窺っていたのだが………、やっぱり中々上手くいかない。上手く言葉が出てこない。何を言えば良いのかが解らないのだ。

 

 

「おん? 山口どした??」

「えっ……」

 

 

そんな時に、逆に話しかけてきたのが日向だった。

日向は足早に山口の隣に付いた。何やら考え事をしている? 様な感じ。山口の雰囲気や仕草で日向は察した様子。そう言った所には無駄に鋭い、と思うのは山口。(これも結構失礼)

 

 

「いやさ、その……。……やっぱし火神が心配になっちゃって、ね。ほんのちょっと、なんだけどさ? やっぱりさっきの及川さんとの攻防の時とか……」

「うん?」

 

 

日向に話しつつ……日向に話しかけられた事に安堵感も感じる山口。

何せ日向は、チームの中では一番火神と付き合いが長いから。

寧ろ、日向の方が話しかける役適任では? とも思うが、そんな気持ちを込めつつ、山口は、日向の顔を見た。

すると思ったよりも早く返答が返ってくた。

 

 

「ああ。誠也は大丈夫だ」

 

 

だが、それは山口にとって意外な答えだった。

あの他人に対して無関心な所が多い月島でさえ、火神の状態は普通じゃない。気を遣う程の状態だった程だというのに、一番付き合いのある日向からの返答はまるで何もせずに静観している、静観する、と言っている様に見えたからだ。

普段なら、いやあのIH予選の時の様に突撃まではしなくとも、それなりに気を遣うだろうと思っていたのに。

でも、日向はさも普通な様に続ける。

 

 

「まぁ、勿論? 誠也の方がオレに『翔陽助けてくれ!』なーんて頼ってきたら、そりゃ全力全開で助けてやるけどな! うっはー! なんかそれ燃える展開! めっちゃ燃える展開っっ!!」

「(……うーん、なんか全然想像できない。日向の方が迷惑ばっかかけてるからかなぁ?)」

 

 

火神に頼られてる自分。

日向はそれを妄想する。

 

バレーでは当然チームプレーで1人では勝てない競技だから、頼り頼られは当然。だからそれは除外して、その他諸々……主に、日向自身が助けて貰ってる案件を頭に思い浮かべて……、何やら見悶える。思わず飛び跳ねそうな気分にもなってくる。

 

そんな日向を見て山口は苦笑いした。

 

どれだけ想像しても、妄想しても……そんな姿は微塵も浮かばなかったから。

そして、悩みに悩んでいた自分がバカバカしくも感じてくる。

不思議な安心感がそこにはあったんだ。

 

 

ほっと一息な山口を他所に、一頻り身悶えた後日向は、今度は少しだけ真面目な顔に戻していた。すると続けて山口に言った。

 

 

「―――大丈夫なんだ。誠也は大丈夫。だって、誠也だから(・・・・・)。それ以上の大丈夫だって理由、オレは知んない」

「!」

 

 

そう言って最後はニッ、と笑ってしめた。

 

その言葉には全くと言って良い程説得力はない、……と思うのだが、日向がそう言う事で、日向が火神に対して、そう言う言葉を使う事で———何故だか、安心感だけでなく説得力も沸々と湧いて出てきている気がする山口だった。

 

 

「そんな事より、オレだってあんな風にやれるようになりたい!! 誠也も大王様もスゲー!」

「あ~……それは確かに。……やっぱし凄かったよね及川さん。俺はMB(ミドル)だし、ブロッカーとしてあの駆け引きは見習わないといけないんだけど……正直、出来る気がしないな」

「弱気発言すんなー! 山口っ!」

「いたっ!! ご、ごめんごめん」

 

 

火神と及川のあまりにも高度な駆け引き、空中戦。それに当てられたのは月島だけでは無かった、と言う事だ。

山口はピンチサーバーで入る事が多いが、そのポジションはMB(ミドルブロッカー)

 

 

「でも、やっぱし一番目向いたのは、あのサーブの方だったよ」

「?? サーブって話なら山口のも十分凄かったぞ! めちゃ追い詰めてた」

「いや、俺とは年季の入り方が違うんだ。3年生だから当然かもだけど、それだけじゃない感じ……、あっ」

 

 

ここで、山口はいつも通りな疑問符を頭に浮かべる。

そう、年季が違うのは仕方がない。誰だって1年生から始めるし、部員数等が原因でセンパイが居ない、と言うチームもあるかもしれないが、大体が2,3年生が居る。1年生よりも長く濃くバレーに携わっている。

 

なのにもかかわらずアレ(・・)だ。

 

こちら側の1年は正直詐欺だと。影山・火神らへんが特に……。

この手の感じは結構思ってる事で、慣れてるとも思っていたのだが、不意に思い出すとどうしても、思考がちょっぴりフリーズする。

 

 

「どした?」

「や、なんでも。それよりサーブサーブ」

 

 

いつもであれば、普通に口に出す所ではあるが、流石に山口は今回に限っては口を噤んだ。

完璧に出し抜かれて、軍配があちらに上がって、どんな鈍感であっても気にする様な場面な筈だから。どっちも凄いのは間違いないけど、それでも軽口は言わない方が吉だ、と。

それよりも、何度この手の考えを思い描いたか、何度口にしたか解らないから。いい加減自己完結する様にもしたのである。

 

 

だから、もう1つの凄い方。及川のサーブに付いての話に思考を切り替えた。

 

 

「あのサーブ……、ジャンプサーブはダントツの威力と引き換えに、リスクが一番高いサーブだ。それを前より威力を上げて、しかも追い詰められた状態で決めきるなんて……正直普通じゃない、って思う」

「? そーか? そーいう場面なら俺何度か見た事あるけどなー、主に誠也がやってた。中学ん時、影山のチーム相手にな。試合で結構点差詰めれたのって、誠也のサーブのおかげだったし。……あん時オレだって頑張ったけど、まだまだだったな! 負けねー!」

「うん。日向にとっては(・・・・・・・)そうかもね。でも、普通とは言えないから。言いたくないから」

「オレにとって? えっとふつう……、ふつう…………。……うん。ふつう、か。……ソーデスネ。言イタクナイ、カモ。マタ、影山ノ後頭部…………」

 

 

感覚がマヒしちゃってたかもしれない。

と言うより、背中を追いかける追い続けてきた日向にとって、アレこそが普通である、火神にとっての(・・・・・・・)普通である。でも、よくよく考えてみれば……? 自分に当てはめてみれば……? まだまだ、大器晩成な自分があの場で、強烈な一撃を見舞おうとすれば?

イメージを膨らませて膨らませて、先ほどのサーブのターンが自分自身で、今まさに最強(サイキョー)なる一撃(サーブ)を決める! 所で……。

 

 

 

 

———見事、影山の後頭部への強打。

 

 

 

 

妄想のままに続けて居ればそれ以外なし。その後の展開もきっと早い。まさに待ったなし、で、である。

 

 

 

 

「おうコラ。……何か呼んだか?」

「うひゃいっっ!!!?」

「ッッ!!!?」

 

 

何故か、影山が日向の背後に来ていた。

どこのチンピラだ? と思えるセリフと共に……何故だか、冷徹な視線を日向にぶつけながら……。仕方ない恐らく何かを察したのだろう。

 

 

「よ、呼んでねーし!! 誰も呼んでねーし!!」

「(びっくりしたぁ……)」

 

 

影山の登場? には山口も驚く。てっきり、火神の方に行っていたと思ったらこの場面なのだから。

 

 

「…………山口」

「な、なに?」

 

 

おまけに、何やら影山にじっと見られて(睨んで?)る。

日向は邪な考えをしていたのかもしれないが、山口は誓ってそんな真似してないから、完全に心当たりがない。

 

でも、日向に向ける様な圧は、そこには感じられなかった。

 

 

「負けねぇぞ」

 

 

ただ、それだけを言い残して、影山は速足で離れて行った。

 

 

「うへぇ……、影山(アレ)絶対山口のサーブに対抗心燃やしてるってヤツじゃん……」

「え————? 影山が?」

 

 

山口は、影山が自分のサーブに対して、対抗心を、執念を燃やした結果が今の表情(にらみつける?)。だとしたら、山口にとってそう悪いモノではない。

影山の様にジャンプサーブを打つ事は出来ない。でも、ジャンプフローターサーブは磨いてきた。磨き続けている。追いつきたい一心を胸に。

 

 

「山ぐーーち! ナイスサーブだったぞ!! オレも負けねぇからなッッ!!」

「!!!」

 

 

その時、背後から今までの数倍はありそうな声量で話しかけられた。

その相手は田中。途中で交代で入ったからか、まだまだ有り余る力が燻ぶっているかの様だった。

 

 

「あ、あざす!」

 

 

田中の事も山口はよく見ている。

同じ控えで、ピンチサーバーとして出る事だって少なくない。ただ強烈な一撃を、ジャンプサーブだけを磨き上げ、練り上げていく姿を見てきている。

だからこそ、触発される。そして、もっともっとやりたい、負けたくないと言う気持ちにもさせてくれるのだ。

 

 

「でも、まだ納得は出来てません。自己評価で5割程です」

「おお! そーかそーか! 自己評価5割っつーなら、5割の部分を盛大に喜べ! そんでいつか10割にしてやれ!」

「!!」

 

 

田中の隣には、いつの間にか西谷も来ていた。田中と同じく口角を吊り上げて、笑みを見せながら山口に向かって拳を向けた。

 

 

「お前ら1年はほんっと素直過ぎる。だからこそ、反省だって後悔だって、言われるまでもなくどーせやるんだろ!? だから、そんなもん後回しだ。オレだって今は良い方しか見ない。―――だから、次も、やってやるぞ」

 

 

強い決意をその目に感じた。

まだ3セット目のスタメンは烏養から言われていないが、オレこそが出るのだと目で言っている。負けん気の強さは紛れもなくチームでトップクラスだ。

 

 

「ハイ!!! 絶対、やってやります!!」

「素直、素直……オスッッ!! オレもやってやりますっっ!!」

「うわはははは! 素直で宜しい! ————そんでもって~~」

 

 

つかつかつか、と田中は足早にある男の背に向かって歩きはじめる。

 

そして、その背に追いつくと同時に、バシッッ! と勢いよくその背中を叩いた。

 

 

「うらぁ火神ぃ! 猫背になってねーかーー!?」

「うひゃぃ!?!? な、なってませんなってませんっ! だいじょーぶですっっ!」

「うッしっっ! なら良ッし! な~んか、月島曰く【ノーメン】みたいな顔になってたらしいからな! うははは! ちょっぴり気になってたぞ!!」

 

 

笑い声と共に、続いて西谷が飛び掛かってくる。

 

 

「そうだぜ誠也!! オレだってそうだ!! 【ノーメン】なんざ、誠也に似合わねぇよ!」

「「うははははははは!」」

 

 

2人は腰に手を当てて大笑い。

そんな2人を見ながら、ボソリと縁下は一言。

 

 

「いやお前らさ。さっきから普通に使ってるけど、【ノウメン】って言葉の意味解ってていってんのか?」

「「!!?」」

 

 

縁下の指摘に、ぎくりっ! とあからさまに反応すると同時に、今度は言った本人が、火神に注意していた本人が、猫背になっていく。

そして暫く考えに考えて……頭をフル回転させて……導き出す。

田中と西谷、早かったのは田中の方。

 

 

 

「のー、めん、ノー……メン。つまり、【No、MEN!】 男じゃねぇ! そうだろ!?」

「それだ!……それは駄目だぜ! 誠也!! 男は、漢であるべきだ! そしてお前も漢だ! だからNOとは言わせねぇぞ!!」

「ぐえええっ!!」

 

 

決まった!! と言わんばかりに、人差し指をビシッ! と指し示す田中と西谷。ついでに火神の首に跳び付いてくる西谷。

 

 

当然、直ぐに2人に対して縁下はダメだし開始。

 

 

 

「ちげーよ! ノーメンじゃなく能面(の・う・め・ん)! 無表情って意味だ! なんだよ、NO、MENって」

「え、そーだったっけ??」

「いや、確かにそうだったな力! 実はオレもそれが言いたかったんだ!! 龍の言う感じも甲乙捨てがたく————……」

「嘘つけ西谷!」

 

 

賑やかになる。

先ほどの一本を引きづってる様子も見えない。

正直、一般的に言うと2セット目を獲り返された方が不利になりやすい。獲り返した勢いのままに、第3セットへと赴けるのだから。精神面も重要なスポーツにおいて、それは仕方がない事。今まさに、その通りな展開になっていっても不思議じゃない。

 

 

「(陽気に振舞ってくれてるが、やっぱ何処かぎこち無ぇ(・・・・・)。仕方ないといやそれまでなんだが……)」

 

 

烏養は冷静に考えを張り巡らせる。

 

烏野と言うチームのエースは、現時点では東峰。

そして大黒柱、精神的支柱は文句なしの澤村。

外で鼓舞し支える菅原。

この3年生らが築き上げてきた土台に、数多の大きな力が、突出した力が集ったチーム。

 

冷静にそう思っていても、やはり火神の存在と言うモノは特筆。3年生らよりも上とは言いづらいがそれでも別格である、といえる。

ここぞと言う場面で決め、逆に決められると危ない場面では拾って見せ、追加点(ブレイク)が欲しい場面ではその高い技術を存分に使った技でチームを救う。

 

下からチームを纏め上げ、まさに隙の無いチームだと震えた時だって何度もある。

 

そして今は事故(アクシデント)を除けば最大のピンチだと思っている。

口では大丈夫だと言っても、やはり表情は何処か違う。

 

 

 

 

 

「(当たり前だが火神(アイツ)だって人の子だ。いきなり()な訳が無ぇ。……少しでも、引き摺らない様にさせる為にも、よく見てないと……な)」

「……火神君」

 

 

 

 

烏養もそうだが、横で見ている武田も同じ気持ちだ。

技術面では力になれないかもしれないが、精神面においては大人としての一日の長がある。

 

だからどうにか……これまで幾度となく皆を支えてきた彼のあの大きな背を、少しでも憂いを取り除きたい。

その為にはどうすれば良いか。……正直、この時間では短すぎると言うのが本音。

 

過剰に接しても、逆に気を使ってしまうかもしれない。今は、チームの皆が夫々のやり方で接しているから、見守る方に、一分の隙も見逃さない様に見守る方が吉だと結論が出た。

 

 

「ん……火神」

「…………」

「火神?」

「っ、あ、アスっ! って、すみません、清水先輩! なんでしょう!?」

 

 

田中らと少し絡んだ後、右手にはボトル、左手にはタオルを持ちつつ―――水分補給も、汗を拭く事も忘れて何処か考え込んでいる火神に対して、声をかけたのは清水だった。

清水は手早く、ふわりとタオルを火神の首に回す。実に絵になる光景で……それ以上は許しません、と前に出てくるのは田中&西谷。

 

 

「潔子さんを無視するたぁ、ふてぇ野郎だ!」

「仕方ねぇ! オレがもういっちょ慰めてやろう!!」

「いだだだっっ! ギブっ、ギブですっっ!」

 

 

火神は、田中と西谷2人掛かりで色々とキめられて、ボディを入れられて、苦悶の表情を浮かべているが……先ほどの表情に比べたら随分良い。大分良い、と清水は判断した。田中と西谷も、或いは気遣った上での行為なのかもしれない、とも思えた。

※因みに、清水関係は9割方が私怨である。

 

清水は、火神の方を見る。

そして、自然と視線が交錯した。

 

 

「(汗拭いて、しっかり補給をね。……大丈夫。大丈夫だから。頑張って)」

「(―――……すみません、了解であります)」

 

 

ほんの一瞬だったが、それは何だか、目で会話が成立した様な感じがした。

火神は清水が言わんとする事。

清水は火神に伝わっただろうとの確信。

明確に説明する事は出来ないかもしれないが、それでも納得が出来た。

 

それが有ったからこそ、もうこれ以上は何も言わなかったのだ。……無論、田中&西谷がこれ以上おかしく喧しくなりそうだから~と言った理由もひょっとしたらあるのかもしれない。

※ひょっとしたら~……と言うより確定? 大部分??

 

 

 

 

 

「(正直、全員で火神をフォローして精神的ダメージを軽減するって手はありがてぇ。チームワークってヤツは何もプレーの中だけじゃねぇからな……)」

 

 

烏養は、色々と騒がしい。いつもの光景。

だが、それが良い。その全てに感謝の意を表したい程だ。

火神の様子が変だった、これまでで最悪レベルの挫折をあの瞬間見た感までした。絶好調で最高の一撃を搦め手とは言え跳ね返されてしまったのだから仕方がない。

 

その日絶好調で、身体のキレも文句なしの状態。だが、ワンプレイで絶好調から絶不調に変わりうる事だってある。大人でもある事。それが心身共にまだまだ発展途上な高校生では尚更ありうる。

 

 

烏養も武田も、当然選手らだけに任せておく事はせずに、指導者として大人として、精神面をフォローするつもり—————だったのだが、此処で誰もが思いもしなかった事が、起きる(・・・)

 

 

 

 

「「「「!」」」」

 

『一体いつから、だったんだろう?』

 

 

 

不意に、空気が変わった気がした。

集まり、粗方の話を終えて、第3セット目に赴くその時に。

 

 

 

『いつから、オレはこんなにも己惚れてた(・・・・・)んだろう?』

 

 

 

その空気が変わる発生源が何処からなのかも、直ぐに判明した。

表情が能面の様に見えた、と表現していたが……それどころじゃない。まるで表情が消えたと錯覚する程に、その顔は()そのものだった。

 

 

 

『他の誰でもない。……誰よりも、知っていた筈(・・・・・・)、だったのに』

 

 

 

そして、軈て閉じていた目は開かれる。

開かれると同時に、表情が戻ってくる。

 

 

 

 

 

 

 

彼ら(・・)は凄い。もっともっと凄いって事を————』

 

ピリッ————と空気が張り詰めた気がした。

 

 

 

 

 

 

誰もが、視線をそこへと集めた。

 

口角が少し上がり、薄く開き、目は笑っている。

 

 

皆が心配していたが、それは全くの無意味———ではないが、()が考えていた事、彼の心情とは全く違った。

 

 

 

 

 

 

———そう彼らは凄い。彼らはもっともっと強い。自分の物差しで測れやしない。

いつだって想像を遥かに超えてくるんだ。まだまだ未熟な自分なんかが、あっさりとゲームを決められるなんて、……何を安易に考えていたんだ。

 

 

 

 

 

 

気付けば笑みが戻ってきた。

 

火神の顔には、いつも見慣れた、見知った笑みが戻ってきていた。

 

競り合い読み合いに負けて、ここぞと言う場面で点を獲られて凹んだ訳では無かった。

勿論、反省はする。でも、引き摺ったりはしていない。皆に心配をかけてしまったが、しっかりと気は持ち直している。

 

そう、ただただ、再確認をしていただけなんだ。

いわば、初心に還る……と言う事だろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――はぁ~~だよねぇ」

 

 

グイっ………と、疲れた身体にスポーツドリンクで水分補給。

これから続く、ここから始まる大逆転からの大勝利のビジョンを頭の中で描きつつ――――そう簡単にはいかない、そうは問屋が卸さないと横っ面を叩かれる気分になってきた。

 

それは頭をガシガシ、と掻き毟りながら呟く及川だけでなく、岩泉も同様だった。

 

 

「ここから全く違うチームとヤる、って事になってもオレは驚かねぇ」

「いや、それは流石に驚こうよ?」

「うるせーよ。……ったく、面倒くせぇなオイ」

 

 

面倒くさい、と口にはしつつも岩泉の口角は上がる。

及川も同様だ。

お互いに高め合って言っているのが解る。まさに好敵手。プライドの高い及川でさえも、そう強く、強く思ってしまう程の相手。

 

あの雰囲気が、あの空気が言っている。

 

 

 

『もっともっと、やりましょう。まだまだいけますよ』

 

 

 

そう、言っている更に付け加えるなら、過剰評価とも言いたいくらいの信頼感もそこに在る気がした。もっと出来る。もっと凄い。自分何かよりももっともっともっともっと—————。

 

過去、何度も感じたこの感覚。超能力でも使っていると言うのか? と口々に訴えたくなる程に、まるでチーム全体にその意志が伝わって言ってるかの様だ。

それが、烏野全体にも影響を及ぼしていると言うのだから、トンデモナイ。

 

 

 

 

「やっぱ、キモチワルイ」

「いや、酷いよツッキー」

 

 

 

笑みが戻ってきた火神に対し辛辣な意見を言うのは勿論月島。

自分らしくない事をさせたのだから、毒の1つや2つ、もっともっと吐いたって良いだろう、とジト目になってしまっている。

 

 

「さっきまでが嘘みたいだ。死んだフリでもしていたのかな? 火神君は」

「何でそうなるんです? いやいや、普通ですよ澤村さん。ほんと」

「ふふふっ。いやはや、まだまだ解ってなかったんだな。おみそれしました、って感じだよ。全く」

「えー、なんですかソレ」

 

 

火神だけがちょっぴり混乱している様だが、周囲に影響を齎す彼の雰囲気はこれまでも、そして恐らくはこれからもチームに影響(プラス)を齎すだろう、と思わず澤村は笑った。つられて他の面子も笑う。その頼もしさに思わず笑う。

火神だけは納得しかねていたが、これで懸念は不安材料は払拭されたと言って良い。

 

 

 

 

「フルセットか。今年に入ってやたら濃い試合をし続けてきたんだけど、公式戦って括りで考えたらこの青葉城西が一番濃いよな」

 

 

澤村は腕を組んでしみじみと考える。練習試合を含めると言うのなら、一番濃い試合~なんてモノは正直決められない。だから澤村は公式戦のみで考えた。練習は何処まで行っても練習。やはり本番とは違う。

そう言う意味では、間違いなく青葉城西がNO.1だ。

 

 

 

 

「正直、大した縁も無かった。何ならここ最近はずっとベスト8以下だったから、今の烏野は突然変異だって。絶対」

「ナチュラルに失礼な物言いだが、今は無視しといてやる。……同感だからな」

 

 

掻く言う青葉城西側も同感だった。

ずっと白鳥沢に跳ね返され続けて、彼らからすれば一番は王者・白鳥沢だと言える筈……なのだが、どうやら最近では変わってきたらしい。

 

上ばかり見ていると足元をすくわれる……と言う意味でもあるが、それ以上に得も言われぬ感覚が支配しているのだ。

面倒くさい、と口々には言っていても、烏野と競い合い、高め合うのが本当にどうしようもなく。それはまるで身体が欲しているかの様だった。

 

やり辛さも当然ある。でもそれ以上に————叩き潰したい。

 

 

だからこそ、きっと烏野と青葉城西がフルセットで戦うのは宿命なのだろう。

そして、チームとしては今後も受け継がれていく。青葉城西と烏野と言うチームはそうやってこの先も続いていくだろう。

 

でも、このメンバーでヤるのは……これが最後だ。

ファイナルセット。

最後の勝負。

 

 

 

 

 

「おーおー」

 

「うんうん」

 

 

 

 

 

 

互いの指導者も、頼りになり過ぎる選手らを見て似たような心情、表情になってほぼ同時に声をかけた。

 

 

 

『いい顔だな』

 

 

 

ここから始まる最終決戦(ファイナルセット)に憂いも何もない。

ただ、自信を持って、自信を持たせて、背を押すだけだ。

 

 

 

「さて、耳にタコが出来てるだろうが、サーブは強気で。当然向こうも強気で打ち返して来るだろうが、決して気持ちでは負けない事。大手・搦め手、両方に対応できる様に集中力もきらせないこと。特に10番と11番だな。多少決められるのは仕方ないけど、絞って粘って拾っていこう」

【ハイ!!】

 

 

頼りになる返事。

誰も彼も良い表情をしていた。

だから、入畑が言うのはもう1つだけだ。

 

 

 

 

 

「お前達は強いよ。まだまだ強くなる。……この試合を経て、更に高く昇ろうか。まだ行ってない場所まで(・・・・・・・・・・・)

 

 

 

 

 

最高の言葉を貰って、後は全てをぶつける。

丁度、烏野も同じ様に円陣を組み声を張り上げている。

 

その声でも負けない。

 

 

「行くぞ!! 青城———ファイッッ!!」

【オェーーイ!!】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よしよし、最後の確認だ! 兎に角、及川のサーブに好き勝手にさせない事が第一! 向こうにゃ似たような球種を打つヤツはいても、及川(アイツ)以上の強打はいない。お前らの守備力で十分勝負、対処が出来る。それでレシーブは上で良い。とにかく上にあげる事。そうすりゃ誰かが絶対に繋ぐ」

【ハイ!!】

 

 

気合も十分。

後は前へと進むだけだ。

 

 

「負けは前に味わった。もう十分だ。……超えていくぞ」

 

 

澤村が円陣を組む。丁度青葉城西と同じタイミングで。

腹の底から声を出す。負けない様に。

 

 

「烏野ファイッッ」

【オ゛ァーーース!!!】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして主審の笛が響き———運命の最終(ファイナル)セットの幕が開いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

サーブ権は烏野側から。

ローテーションでは東峰のサーブ。早速のビッグサーバーだ。

 

 

「旭行けェェェ!!!」

『ナイッサーーー!!!』

 

 

仲間たちの声援もその背に受け、全身全霊でサーブを打ち抜く。

 

 

「京谷!!」

「っしゃああああ!!」

 

 

攻撃に備えてサーブレシーブで外れていた京谷だったが、東峰の一撃は京谷のいる場所。狙うサーブやジャンフロの様に変化は兎も角威力がそこまで無いサーブならまだしも、スパイクサーブで他者が狙って獲るのは不可能。

だから、京谷が拾って魅せた。

 

 

「ッッ!!」

「岩ちゃん!! 頼むッ!!」

「シャア!!」

 

 

正確に及川に返す事は叶わなかったが、それでも絶妙の位置に岩泉が居た。

岩泉はツーアタックでそのまま打つ構え。

まるで来るのが解っていた、と言わんばかりに岩泉は完璧なタイミングで入り込み、打ち抜いた。

 

 

 

ドンッッ!!

 

 

 

「グッッ!!?」

 

 

ブロックには影山が付いていたが、流石に1枚ブロックで防ぎきるのは無理だった。

加えて、サーブを終えて定位置に戻ってきたばかりの東峰の方を狙われてしまい、そのまま東峰の腕に当たり、後方へと弾き出されてしまう。

 

 

 

 

1-0

 

 

先制は青葉城西。

 

 

『いいぞいいぞハジメ!! 押せ押せハジメ!! もう1本!!』

 

 

先制点に青葉城西側も大盛り上がりだ。

第2セットの良い流れのまま、行けると信じて声を上げ続けていた。

 

 

「スマン!!」

「どんまいです!!」

 

 

澤村が現在ベンチである以上、攻撃力は田中が入って上がったとしても、守備力がどうしても落ちる。そこを狙われてしまった、と東峰は一瞬後ろめたさが出たが……直ぐに気を入れ直した。

 

続く相手のサーブを考えたら、後ろ向きな姿勢は自殺行為である、と解るからだ。

 

 

 

「及川さんナイッサー!!」

 

 

 

青葉城西No.1ビッグサーバー及川も早々に出てきたから。

この先の流れを占う1球になるのが解る。

 

 

「ふぅ———————……」

「……………」

 

 

守備の要である西谷と火神が同じタイミングで深呼吸をして気を整えた。

絶好調の及川が最高のサーブを打ってくる。ミスは有りえない。それをもう打たれる前から解っているからだ。

 

 

「(最初で突き放されたら流れも持っていかれる。……頼む、1本で切ってくれ……!!)」

 

 

及川のサーブの時、正直空気が重く感じる。

それは本当に仕方ない。外から見ててもあのサーブは規格外と言って良い一撃。もう殆どスパイク。ブロックする事が出来ないスパイクも同然だから。

 

 

だからこそ———、燃える。

 

 

 

ドンッッ!!

 

 

 

轟音を纏い、弾丸の様に放たれた1球が迫る。

手応えバッチリの最高のサーブ。出足としては満点を上げれる一撃。

 

これを決められたら相手はノってくる。チームは大盛り上がりだろう。

そしてそれは———。

 

 

 

「んんんんッッ!!」

 

 

 

拾った(レシーブ)側も同じ事だ。

 

身体は正面。(ボール)は捕えた。腕を入れ、インパクトの瞬間に腕の、身体の力を抜き、極限まで(ボール)の威力を殺す。

 

及川が凄いと言う事は、及川が物凄い事は———知っている。改めて、頭に入れ直した。

 

 

「ええいクソ! ちょっとくらい引き摺ってくれた方が可愛げがあるんだよ!! せいちゃん!!」

 

 

及川は思わず悪態をついた。つきたかった。

それ程までに、完璧なレシーブだったから。

 

 

 

 

 

 

 

ここから、もっともっと面白くなってくるのを、知っているから。

 

 

「ナイスレシーブ! ————田中さん!!」

 

 

あの及川のサーブを初っ端でAパスで返した。

スーパーサーブとスーパーレシーブ。矛と盾の交差、結果矛盾は起こらず盾に軍配が上がる。

 

 

影山は完璧にレフト側で備えている田中へと速攻を上げる。

 

 

「ダッシャアアアアア!!!」

 

 

勢いのままに、存分に攻撃力として発揮する為に、田中はそれを打ち抜いた。

丁度、京谷が護っている付近へと。

 

 

「グッッ!!」

 

 

東峰のサーブは反応して見せた———が、流石に叩き落とされるスパイクに完全に反応出来ず、そのままコートに打ち抜かれてしまった。

 

 

1-1

 

 

烏野、同点へと戻す。

 

 

 

 

「ふぅ———マジで、何にも引き摺ってる様子が無いのな。バケモノかよ」

「頼りになり過ぎます、ね。大人として~とか考えていたのが何だか恥ずかしくなっちゃいました」

「ああ。その通りだな。……それは兎も角として、あの及川のサーブだったら、連続得点(ブレイク)やられても、何ら不思議じゃねぇ。ほんとよく拾ってくれた」

 

 

肝を冷やした、とはまさにこの事だと烏養は苦笑いをした。

いきなり及川サーブで崩されて得点を入れられたら、当然青葉城西側に流れが傾くだろう。それだけのプレイだから。逆に、その最高の攻撃を阻み、獲り返したともなれば最低でもイーブンに持っていく事が出来る。……そして、そう言ったパターンでは連続得点(ブレイク)チャンスでもあるのだ。

 

 

「………」

 

 

烏養は改めて、青葉城西側の主要メンバーに注目する。

 

岩泉はパワーも有り、テクニックだって兼ね備えている。強豪校にしてはやや足りない身長に少なからずコンプレックスを持っているのだろう、それを埋める勢いで高さが足りない分パワーとテクニックで補っている。それに、どんどん加速している様にも見えた。

 

そして京谷。

日向とはまた違う種の囮。これまでに無かった青葉城西の光に注目が集まりやすく、その攻撃力の高さで更に光り、厄介さを一段階も二段階も上げている。

 

そしてそれらを巧みに使い分けるオールラウンダーのセッター及川。攻守においてまさに隙が無いと言えるレベルの県内総合力No.1候補。

 

 

 

「ふむ……」

 

 

無論、烏養だけでなく入畑の方も似通った思考を巡っている。

寧ろ、厄介な選手が多いと言う意味では、烏野の方が考えなければならない事が多いので、最高に厄介だと思っている。

 

例に挙げるとまずは先ほどまでの攻防、烏野No.1のパワーを持つ東峰。

成功率は決して高く無かったサーブが決まり始めている。京谷はよく反応してくれたが、あの成功率で強打なら、一気に流れを持っていっても不思議じゃない。

 

そして田中。

途中出場をしているからか、体力は有り余っている様子。その風貌や雰囲気、プレイスタイルから考えたら連想しにくいけど、決してパワー頼りにせず、上手く合わせてくる器用さも持ち合わせている。及川のサーブだったら誰もが乱れると思っていても不思議じゃないのに、サーブが打たれた瞬間、上がった瞬間、もう攻撃に入っている。視野の広さも十分持ち合わせている。

 

最後に考えるのが当然あの火神。

第2セット終盤の攻防からの失点。並の選手なら後々のプレイに影響を及ぼしたって不思議じゃない程の雰囲気だったのにも関わらず、何も変わってない。いや、寧ろ集中力はここへきて更に増している。並外れた感覚はまさにゾーンに入っていると表現するのが相応しい。あの及川のサーブを正面だったとはいえ、Aパスで返しているのだから。

 

 

ここに、あの影山・日向と絡んでこられては、考える事が多すぎて頭が痛くなりそうだ。ある意味白鳥沢よりも。

 

そう言った意味では、選手らは本当に頼もしく、強くなったと心から感心する。

 

 

 

 

 

 

「――第3セットとはいえ、まだセットの序盤も序盤、だが互いに高い実力で拮抗している。……いればこそ」

 

「どこかを突き崩さなければこっちがやべぇ」

 

 

 

『少しでもバランスを崩された方が致命傷を負う』

 

 

 

そして指導者らの意見は一致した。

何処か、ほんの僅かでも隙があれば、そこから突き崩す。

でも、それはお互い様。どちらも虎視眈々と狙っている。集中力がこれ程取られる試合は無い。

 

 

 

更に点取り合いが始まり———ちょっとした変化が現れる。

 

 

「っしゃああ!!」

「!!」

 

 

「ちぃ!!」

「しゃあ!!」

 

 

偶然なのか、或いは必然なのか。

まだ2本ではあるが、青葉城西は京谷に、烏野は田中に(ボール)を集めている傾向がみられる。ローテの都合上、2人はかち合う位置に居る為、必然的にスパイクとブロックで互いにぶつかり合っている。

田中も京谷も、フル出場と言う訳ではなく、まだまだ体力的にも力が有り余っており、更に夫々のチームの攻撃力アップとして起用しているのでかち合うのもやはり必然だろうか。

 

 

 

「―――成る程。確かに解りやすい。今のは特に」

「………思った。でもその確かに(・・・)、ってのがちょっと気になるけど。田中さんにも言って良い? 火神の意見です、って」

「やめてください」

 

 

火神がぼそりと呟いた言葉。詳細を説明しなくても何の事かハッキリわかるからこそ、月島は思わず同意したのだ。これまでの2人の攻防を見て。

 

でも、それに気付けたのは火神と月島のみ。

 

 

「やっぱ京谷は前衛に上がってくると俄然元気だな」

「っスね。声の出し方とか特に。二割増しくらいじゃないスか(喧しいなぁ……)」

「岩泉さんにこれ以上無いくらい操作されてる感満載だったけど、あればっかはな。……寧ろブレーキ踏んじゃ駄目か。先輩達の為にも働いてもらわなきゃ困る」

 

 

 

 

互いに譲らない攻防。

点を獲っては獲り返されを繰り返す。

青葉城西が半歩リードのほぼ同点の展開が続く———。

 

 

7-7

 

 

そして、烏野のサーブ。そのサーブは東峰。

 

 

「旭!! ここ頼むぞ!!」

「一本ナイッサー!!」

 

 

何度も何度も頭の中で東峰はイメージをしてきた。

頭の中ではサービスエースを何度も取っている。ガラスハートの東峰にしては褒めてやりたい程、この息も詰まる接戦の中でのイメージは満点に近い。

でも、実際は少しのズレが、少しの力みが、相手につけ入る隙となってしまってとられてしまっている。

 

 

———エースとして、サーブでも貢献する。

 

 

東峰は、数度の深呼吸をした後脳内のサービスエースの光景を網膜に焼き付け、そのままサーブ動作を始めた。

 

高く上げた(ボール)の位置、そしてそれに伴う助走———全てが完璧だった。全てが寸分も違わず、イメージ通りだった。

 

 

『あ———いける』

 

 

東峰がそれを確信した瞬間に、イメージ通りの結果が訪れた。

 

 

 

ドンッッ!!

 

 

 

と放たれた一撃は、エンドライン・サイドラインぎりぎりの……即ち(コーナー)

威力もそうだが、アウトとジャッジしても何らおかしくないコースに着弾した。

 

此処へきて、第3セット目、両チーム含めた初のサービスエースだ。

 

 

「ッシャアアア!!」

【オオッシャアアアアア!!!】

 

 

「ナイスこぉぉぉーーす!!!」

「や、やったぁぁぁぁ!!!」

 

 

此処へきて、つけ入る隙がその輪郭を帯び始める。

牙城を崩す切っ掛けとなりうると判断してか、誰もが大きく声を張り上げた。

 

 

「チッ……くそがッ!!」

「今のは取れねぇわ。切り替えろ。次次!」

 

 

自分のミス———と京谷は思った。

花巻が仕方ない、と言うがそれでも自分が取れずにサービスエースを献上してしまったのだから、プライドの高い京谷にいわば亀裂を入れる結果となってしまったのだ。

 

 

そして、それこそが牙城を崩す付け入る隙となってくる。

 

 

半歩リードが烏野側になったが、それ以上の連続得点は青葉城西は許さず、そのまま次はしっかりと東峰のサーブを拾い、金田一の速攻で獲り返した。

 

 

 

「「「「及川さんナイッサぁァァァ!!」」」」

 

 

 

そして、再び及川がサーブに立つ。

現在威力重視シフトにしている……が、西谷・火神の護りを崩すには精度も伴わなければならない。あの陣形ならば、狙うは東峰。

 

 

「フッ————ッッ!!?」

 

 

今度は狙い過ぎた。欲が出過ぎた。

それが(ボール)にハッキリと伝わってしまったかの様に、及川のサーブはネットに当たってしまった。意表を突くサーブとしては効果があるかもしれないが、後方を頼れる守護神らに任せていて憂いがない以上、この程度の揺さぶりは意味を成さないだろう。それにネットインサーブと言っても大きく跳ねてしまっているので、意表を突くサーブと言うより取りやすいサーブになってしまっている。……と言うのが及川の考えだ。

 

そして、その考えは的中する。

 

 

「オオッシャ!」

 

 

一番傍に居た田中が、難なくその(ボール)をオーバーで捕まえた。

絶好の攻撃チャンスを得て、影山は火神を囮にし————。

 

 

「行け! 月島ぁぁぁ!!」

 

 

月島早い攻撃、真ん中(センター)からの攻撃を選択。

速い攻撃故に、相手(ブロック)も切り裂き、触れさせずに攻撃をする事が出来た。

 

だが、そこにサーブから守備位置へと戻ってきた及川が拾う。これは偶然だ。非常に取りやすい位置に来た事と、戻る為に走った事で助走の役目も果たした事。セッターである及川が獲ってしまったと言うデメリットは有るが、点を獲られるよりは遥かに良い、と後を託した。

 

 

「岩ちゃん!!」

「オーライ!!」

 

 

及川が獲り、そして岩泉が二段トスをする。

この場で誰に上げるのか……、それは決まっている。

 

 

「京谷ラスト!!」

 

 

点取り屋として、青葉城西の攻撃力として起用している京谷だ。

ライトスペースに高いオープントス。ブロックに捕まりやすいトスかもしれないが、京谷であれば打ち抜ける可能性が高い。

 

 

「田中さん」

「??」

 

 

そんな京谷の攻撃が今来る! と言ったタイミングで、月島が田中に耳打ちをした。

ある指示をする為に。

 

 

京谷は(ボール)を見る。

そして、打つ方向は———打つ前から既に決めている。

 

何度も何度もやり合った相手に、あの5番のボーズ頭に。同族嫌悪さえ覚える雰囲気の田中に一撃入れる為に、ストレート側を選択。

 

それを見越しての、月島の罠。

 

 

ダダンッッ!!

 

 

京谷が豪快に放った一撃は、高い高い壁に、想定外の高さと堅牢さの壁に阻まれ、叩き落とされた。

 

 

 

【ドシャットォォォォォォ!!!!】

 

 

強烈なスパイク、そして何よりスーパーレシーブ。これらはどれも大声援を生むプレイだ。そして、忘れてはならないのがドシャット。

相手の最高の攻撃を完璧に遮断する。最速の攻撃にして最大の防御であるドシャットも場を更に一段階盛り上げるのだ。

 

 

 

「おおお! 今、ツッキーと田中のブロック入れ替わったな!?」

「見た見た! それに、田中よりも先に、火神となんか手ぇ合わしてるし、火神の指示?」

「いや、ツッキーは自分で考えて自分で動く派だと思うから、多分火神と同じ考えだったから、って事だと思う」

 

 

 

直前でのやり取り。

解りやすい、と言った火神の真意がここに有った。

京谷は本当に解りやすく田中に絡んでいたのだ。傍で見ていたら誰もが解る。

そして、それはベンチ側も同じ。

 

 

「してやったりの技アリって感じだな。今の見てたら、ローテ的には合わないけど、月島と火神の壁コンビもやべーって思っちゃうよ」

「?? どういう事だ? 力」

 

 

一連の流れを見ていた縁下もハッキリと解った。

ただ、西谷は把握出来てなかった様なので、説明する事に。

 

 

「多分、行動してみせた月島は当然だけど、さっき火神も月島と何か話してたから互いに察したんだと思う。田中があの京谷(16番)カラんでた(・・・・・)って」

 

 

これまでのラリーを振り返りつつ……縁下はそう判断した。

 

 

「からむ? つまり龍がケンカ売ってたって事か?」

「さっきのセットでもちょいちょいあったケド、田中あの16番狙ってたよ。ブロックアウトとか。このファイナルでもあの16番が護ってた場所に打ち抜いたし、敢えて狭いストレート側、同じく16番がブロックに入ってた所抜いたり。……護ってる側からすれば意表を突く攻撃、って受け取らなくもないけど、田中を知ってる俺らからすれば見れば一目瞭然だよ」

「まじか! そりゃ気付かなかった!! 力の言う通り、龍が敢えてブロックのいない場所を打つんじゃなく、ブロックのいる側打ってレシーバーの裏をかいた~~って思ってた」

「西谷から見りゃ、そう言う結論になったって不思議じゃないよ。だから、冷静で視野の広い及川も月島と田中のスイッチに気付くの遅れたんだと思う」

 

 

体力が有り余ってるから、力技だけじゃなく技巧的な事をしてきても不思議じゃない……程度の認識だったのかもしれない。確かに田中はパワーだけの選手ではない。体格的にそれだけでは通じなくなる事も見越しているから、克服しようと懸命に鍛え続けている。

 

でも、今回に限っては動機は不純だと思う、と言うのが縁下の言葉。

 

 

「な~~~いす!! よく読んだなぁ、月島!!」

「あ、ハイ。田中センパイは解りやすいので、相手釣るのにちょうど良いかな、と」

「うははは、そーかそーか! ………褒めてんのか? それ」

「ええ。火神も言ってましたし、太鼓判かと」

「巻き込んでくれないでくれるかな!?」

 

 

にっこり、と田中に笑みを向けられてヒヤリ!! としたが、兎も角ナイスブロックでこちら側の点になったので、バチンッッ! とハイタッチだけで済ませてくれた。ちょっぴり力が籠っていたのは気のせいじゃないだろうきっと。

 

 

 

 

ここまでの一連の流れを見て、烏養は確信する。

 

この第3セットに入って、青葉城西側に流れが傾くかと危惧していたが……、実際は拮抗していた。そして今、烏野側に流れが来る、と。

 

 

いや、流れが来るのではない。

 

 

 

「流れを引き寄せるチャンスだ!! 畳みかけろ!!」

 

 

 

半歩のリードを更にもう半歩。

確実なリードへと持っていく。流れはその身に任せるのではなく、自分達で引き寄せるモノだ。

 

 

 

 

「―――狂犬ちゃん!!」

 

 

此処へきて、及川は京谷に(ボール)を託す。

 

自分のミスは自分で獲り返せ、と言う叱咤を込めて託された(ボール)

 

相手はブロック1枚だけ。及川のセットで振り切る事が出来ている。

だが、嫌な顔が視界に入る。イラつく、煽られるのがイラつく。ここまで直接的に煽ってきた対戦相手は今までいなかった。

 

だからこそ、より京谷の深層域にまで届き———余計な力が入ってしまった。

 

 

ドパンッっ!!

 

 

力に身を任せ過ぎた一発は、誰もが解る程ラインを超えている。

拾うまでもなくジャッジするまでもない。

 

アウトだ。

 

 

 

「来た!!!」

 

 

 

10-8

 

 

 

烏野連続得点(ブレイク)

 

 

 

 

「明らかに力んでる。……うまく煽れたじゃないですか」

 

 

縁下は、京谷の一発を見て、その怒りに満ちた顔を見て、ニヤリと笑った。

 

 

「まさか龍は狙って煽ってたのか!? 策士・龍か!?」

 

 

また難しい言葉を使う西谷だ……が、今回は意味も使い方もあってるので、誰もツッコミは入れない。

 

 

「策士か。田中には似合わない言葉だし、違うと思うぞ西谷」

「大地もそう思う? ……掻く言うオレも同じ」

 

 

田中の性分を知るモノなら、簡単に答えを導き出せそうな気がするのだが……同類な西谷にとってはそうはいかなかったのかもしれない。

 

 

「どういう意味っスか? 大地さん」

「……決まってるよ。挑発したのは狙って(・・・)やった訳じゃない」

 

 

澤村の言葉を紡ぐ様に最後は菅原が続けて言った。

 

 

「どっちかって言うと、そういう習性(・・)だ」

 

 

荒ぶる烏が目を付けた同類の匂いがする狂犬。

宙を舞う烏に、地を這う狂犬が無策に飛びついた所でどうにもならない。

 

 

「っしゃああ!! ここだ!! ここで畳みかけろ!!!」

 

 

気合を入れて、このまま更に追加点を————と言う所で、場が動いた。

 

 

入畑が主審に申告をしたのだ。

 

 

青葉城西1回目のタイムアウト。

物理的に、流れを切る為に。

 

 

 


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