王様をぎゃふん! と言わせたい   作:ハイキューw

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くぉ………メチャクチャ遅れましたすみません!
暑さもそうですが、異様に忙しい………(涙)

完結までの出口がまだまだみえませんが、少しずつ頑張っていきます!


第177話 青葉城西戦Ⅱ⑬

 

烏野のマッチポイント。

1セット目も取られているから、青葉城西は後1点で敗北が決まる。

3年生はここで終わり、春高への道は完全に閉ざされる。

 

そんなプレッシャーで常人であれば息も詰まりそうな空気である筈なのに。

 

 

ドパンッ!

 

 

サーブレシーブを確実に、完璧に捕らえて及川に託す。

そして、及川も託された(ボール)をどこまでも自然体で、一糸乱れず、読ませない姿勢(フォーム)で、真ん中(センター)の松川を選んだ。

 

この土壇場で、後がない状態で、例え大人であったとしてもミスをしても不思議じゃない場面で、淡々と取り返すその姿は、まさに鮮やかの一言。

まさに完成されたバレーと言っても差し支えない光景だった。

 

 

『いいぞいいぞイッセイ! おせおせイッセイ! もう1本!』

 

「っしゃ!」

「ナイス!」

 

 

24-24

 

 

試合は同点……ここから、2点差が開くまで延々に続くデュースへと雪崩れ込む。

烏野はデュースには慣れていると言って良い。何せ音駒とは40点を越えるラリーを続けたり、他には梟谷とも音駒には及ばないが、近いくらいに続いたりしたからだ。

 

とはいえ、この行ける流れからあっという間に、アッサリと取り返された今のセットにコート内外問わずに烏野側は少なからず動揺したのも事実。

 

だが、それもほんの一瞬だけだ。

 

 

「はいはい! 次だ次!! 取り返そう!! (―――今、大地が居ないんだ。オレがやらなくてどうする!)」

「おす!!」

「おおっしゃああ!!」

【アスッッ!!】

 

 

澤村の代わりに、エース兼ゲームキャプテンも務めている東峰が手を叩いて皆を鼓舞した。

 

あのくらいは当然の様にやってくる。何故なら相手はあの青葉城西だから。

こちら側がリードしているとはいえ、IH予選で負け、王者白鳥沢を最も追い詰めたチームなのだから。

 

 

「あっさり、本当にあっさり取り返されましたね………。時間が……、まるで一瞬の出来事の様に感じました……」

「ああ、別に強烈な一撃でも無けりゃ、ウチみたいな見栄えがする技を使われた訳でもない正攻法(オーソドックス)。だが、中身はとんでもない。周囲の目ぇ引く真正面突破。しかもこの追い詰められた場面で淡々と正面突破だ。及川……とんでもねぇ強心臓の持ち主だよ。……俺だったら、エースに頼っちまう所だ」

 

 

コートの外……烏養も相手の凄さは十二分に知っている。承知だ。

易々とストレートで取らせてくれるとは思ってない。

 

だが、その相手を超えなければ先へと進めないんだ。

 

 

「1本だ!! 1本落ち着いてきれ!!」

 

【おう!!】

【アスッ!!】

 

 

烏養も東峰同様に、外からエールを送る。

それは、チームメンバー全員も同じだ。ただただ負けたくない。勝ちたいからこそ、声を上げ続けた。

 

それに応える様に、そして及川に負けたくないと言う気持ちは他の何倍もある影山が、似たような攻撃を、月島と言う真ん中(MB)を使って正面突破。

 

ドパンッ!

 

「グッッ!!?」

 

金田一は(ボール)を見過ぎた。日向と言うトンデモナイ速攻をしてくる相手が居ない状態とはいえ、攻撃速度が速いのは解っていた筈。影山と一緒に曲がりなりにもバレーを3年間もやってきたのだから、解っていた筈なのに、反応が出来なかった。

 

 

「月島ナイスキー!」

「ナイストス、飛雄!」

 

 

影山の選択にも舌を巻く。

負けん気の強さも解るが、ただそれだけじゃないのも当然。

 

このローテーションで、前衛に金田一が上がってきていて、ブロックも堅牢になってきているのに、そこを敢えて金田一の上からの正面突破。

 

単純な及川に対する対抗心だけで出来る様なモノじゃない。

 

その強い心臓、視野の広さ、そして唯一当初から勝っていたその高い技術。全てが良い具合に合わさりいよいよ総合力でも、影山は及川に迫りつつあると言う事だろう。

 

それを肌で感じているからこそ、及川は影山の方を試合中でもなお、挑発めいた視線を向け続けているのだろうか。………いや、挑発(それ)は最初からか。

 

 

25-24

 

 

再び烏野マッチポイント。

 

 

「クソッ!!」

 

 

金田一は上を抜かれた事に対して、その悔しさと不甲斐なさで自責の念が押し寄せてくるが、何とか歯を喰いしばって耐えた。今はそんな場合じゃないからだ。

 

 

「おい、動きが固いぞ金田一」

「!! は、ハイ!! あ、イイエ!」

「いや、どっちだよ。向こうの日向(ヤツ)に結構触発されてね?」

 

 

ハイとイイエ。

同じタイミングで同時に使うなんて人種、早々いないだろう。それこそ日向くらいだと思っていたが、まさかの金田一に、思わず岩泉は笑った。そのやり取りで、良い具合に固さが取れると言うものだ。

 

だが、岩泉はそうでも金田一はそうはいかないらしい。

 

 

「(……青城(こっち)は、崖っぷちだ。……もっとよく見ろ。日向(アイツ)は今いないんだ。火神(アイツ)日向(アイツ)程の異常な速さの攻撃は無い。……これ以上取られてたまるか。この試合を3年生最後の試合にする訳にはいかないんだ……!)」

 

 

焦りと己の不甲斐なさからくる感情の募り。

様々な思考が、想いが金田一の中でせめぎ合い、混ざり合い、自然体とは程遠い状態となってしまっているのだ。それは傍から見ても一目瞭然。外に出さない様にするのはある意味直情型である金田一には少々ハードルが高かった様だ。

 

だからこそ、岩泉は直ぐに気づき、行動が出来る。

その金田一の肩を軽く叩く。

 

 

「余計な事は考えなくて良い。今重要なのは———いや、どんな時であっても、重要なのは目の前の1本だけだ。それ以外関係無ぇ」

「!!」

 

 

意識の波が怒涛に押し寄せてきた中で、その岩泉の一言はまるで荒波をかき分ける様に、何ならモーゼの十戒の様に押し寄せ、思考をクリアにさせてくれた。……今、救われた気がした。

 

 

だからこそ——もっと、もっともっともっと。

もっと、この凄い先輩達と一緒にバレーがしたいんだ、と強く思った。

 

 

では、今の自分は何をすべきか?

決まっている。目の前の1点、目の前の1本。それだけに集中する。

 

 

「うす!」

「っし」

 

 

吹っ切れた金田一を見て、岩泉は笑って頷いた。

 

 

「さー、次、厄介なサーブが来るよ。気ぃ入れるよ皆!」

【おう!!】

【ウス】

【ハイ!】

 

 

烏野のサーブ。

此処へきて、ビッグサーバーの1人である東峰。

 

 

「旭―――!! もう決めちまえぇぇ!!」

「ナイッサーぁぁぁぁ!!」

 

 

勢いに乗る場面だ。

ラスト1点、ここで決める事が出来たら、まさにヒーロー。気合が入らない訳がない。

 

正直御免被りたい気分ではあるが、此処を超えなければ先は無い。

ここを超えなければ、もう何もない。

 

相手の気概以上の気持ちを以て、迎え撃つ。

 

ゴッッッ!!

 

烏野No.1のパワーを持つ東峰の剛速球が迫る。

力全振りしたサーブだ。当然厄介なのは間違いない、でも、その分コースが、精度が甘い。

 

 

「花巻!!」

「っしゃぁぁ!!」

 

 

コース、精度が甘い。

でも(・・)、やはり東峰級で力に全振りしたサーブと言うのは……。

 

 

「グッッ!!」

 

 

来るのが解っていても非常にキツイ。

花巻はそのサーブの威力を殺しきれなかった。

 

 

「長い……! 頼むっ!!」

 

 

返球はネットを超えてくる勢いだ。

そして、これを叩き落とせば烏野側の勝利となるチャンスでもある。

逆に青葉城西は絶体絶命のピンチ。

 

 

「ブロック!!」

「月島!! 影山!!」

 

 

呼応する前に、2人が迎撃態勢を取って跳んだ。

そして及川も懸命に片手を伸ばして触ろうとする。

 

あの位置であれば、火神が行ったオーバーハンドを誘うなんて事は出来ないだろう。精々片手で届くか否かの高さだからだ。

 

 

誰もが及川と影山・月島の空中戦に注目している最中、火神だけは地のレシーブに意識を集中させていた。

 

何故なら―――知っているから。

 

 

「(及川さんは……届く!)」

 

 

影山と月島にブロックを任せて、フォロー位置に陣取り、意識を更に一段階集中させた。

コンマ数秒の世界がゆっくりと流れている様な感覚だ。

 

そして、及川が必ず上げると信じて疑わないのは青葉城西側も同じだった。

守備を最小にし、前衛陣が攻撃に入り込んできているから。烏野側のチャンスボールになる事自体考えてないのが視て解る。

 

 

「ふぐっっ!!」

「「!!」」

 

 

そして、予想通りの結果となった。

及川は、片手でセットをしてみせた。(ボール)コントロールが非常に困難になる片手で、それでも正確にセンター線へ走り込んでくる金田一に向かってあげたのだ。

 

 

「フッッッ!」

「読み――――通りッッ!!」

 

 

及川は必ず上げる。

でも、あの高さだったら両手でセットをするのは恐らくは不可能。高確率で片手トスになるだろう。そうなった時、何処に上げる可能性が高いか?

 

確実に、とは言えないかもしれないが、これも高確率で自分に近い相手にトスを上げる。

つまり、真ん中(センター)速攻(クイック)を使う精度は流石の一言だが、ここまで条件が整い、ハッキリと見てしまえば————。

 

 

「んっっっ!!」

「ぐっっ!?」

 

 

例えスパイクであろうと、例えブロックが機能してなくとも、その一撃を捕えるのは不可能ではない。

ディグの練習を積んできた。何度も何度も練習を繰り返してきた。身体に、魂に刻み付けてきた。

コートに落とさない限り、負けは無い———と言うあの言葉を胸に、芯に置き、生まれる前から心に刻み、練習を続けてきたんだ。

 

練習は———嘘をつかない。

 

 

 

「っあああ!!」

 

【上がったぁぁぁぁぁ!!】

 

 

「ッッ!!」

 

 

そして、地に降りた影山も超反応を見せる。

火神が上げた(ボール)は見事! の一言だが、これを攻撃に繋げるのは自分の役割だ。

ブロックに意識を集中させていた為、決して視野が広いとは言えない状態ではあるが……、影山が次にあげる相手はもう既に決まっている。

 

 

【来い!!】

 

 

ディグを見事にしてみせた火神が、もう既に助走距離を確保している。もう駆け出している。

あの見事な守備(スーパーレシーブ)も、全ては最後の一撃に繋げる為。レシーブだけで満足する訳も無かった。

 

最後の一撃は自分が決める! と言わんばかりの気迫を、身体に感じる。

 

 

——俺に上げろ!

 

 

そう吼えている様に影山は感じられた。

迷う余地はない。

レフト側に居る火神に向かって平行トス。

 

それに対抗するのは及川・岩泉の2枚ブロック。

この場面で、ブロック2枚揃えたのは流石の一言。レシーブからスパイクと、この一連の流れ……呆気に取られてしまったとしても、誰も責めないと思える程完璧で完全なカウンターだったから。

 

でも、生憎と火神が知る様に、青葉城西側も……、及川も岩泉も知っている。

(ボール)がコートに落ちるまで、最後の最後まで何が起こるか解らないし、この目の前の

男ならば、何でもない、簡単な事と言わんばかりにやってのける。

 

 

【止めるよ!】

【当然!!】

 

 

示し合わせたかの様に、及川と岩泉は一切遅れる事なく追いついた。

 

 

 

 

【(これを決めれば勝ち————!!)】

 

 

 

 

それは、烏野側であれば誰もが脳裏に浮かべた言葉だろう。

加えて火神の攻撃は多彩且つ技巧で決定率が高く烏野内でもトップレベル。信頼度も抜群だ。

勝つまで、最後の点を入れるまで何が起こるか解らないのがバレーであり、ひいてはスポーツなのだが、この場面ではどうしても仕方がない。

 

 

 

【決めろ!!!】

 

 

 

コート内外、そして観客席側も一様に声を上げる。

勝った! と思わずガッツポーズをする者も少なくなかった。

 

 

 

この刹那の時間の中でも慌てず、冷静に。

火神は影山の上げられたトスを、自分が一番欲しい場所に持ってきてくれると信じて跳躍。そして、この場面であっても全く期待を裏切らない影山の超精密トスは、火神に多くの選択肢を与える事となった。

だが、対峙する相手は最高の相手だ。

 

全身全霊を以て、火神は一撃(スパイク)を見舞う。

 

視界は一点を見据え、狙いはあの(ブロック)の最先端。手の平……いや、指先を狙う勢いで放つ。

照準は完全に合い、集中力もまた一段階上がったと自分でも感じられる。

 

 

「シッッ!!!」

 

 

そして、火神は打ち放った。

確実に相手の手の先の指。イメージ通りに完璧に捕らえた。

 

だが―――火神には誤算があった。

まず自身の集中力を高めたのは良い。……が、照準を指先に絞りに絞った精度の高いスパイクは、結果自身の視野を狭めてしまったのである。

 

 

そして更に言うなら、この状況下で集中力を上げてきたのは火神だけではない、と言う事。

相対する及川・岩泉もまた負けられない思い、必ず止めると言う強い決意が、熱くなる。

 

 

その誤算の結果―――火神が打ち放った(ボール)は、何に触れる事も無く空を貫く事になる。

 

 

「触ってないよ!!」

(ボール)に触ってない。

 

 

狙った先に、あった筈の壁が気付けば消えていた(・・・・・)

集中力を上げた筈だった。ハッキリと見えていた筈だった。

 

 

でもブロックアウトを狙った一撃(スパイク)の結果は、何に触れる事も無くそのままエンドラインを(ボール)1球分程超えてアウトとなった。

 

 

火神の最大の誤算は、その狙いを定め過ぎた(・・・・・)点にある。

結果相手の腕の動き———(ブロック)全体の動きを疎かにしてしまったのだ。

相手は動かない的だとでも思ってしまったと言うのだろうか。この駆け引きも嘗て(・・)、経験した事がある筈なのに。

 

 

 

25-25

 

 

 

絶体絶命の窮地に思いもよらない起死回生の手に場が割れんばかりの声援に包まれる。 

 

 

 

「ッシャアアアアア!!」

「やるじゃねぇか及川ぁァァ!!!」

 

 

 

青葉城西側は大盛り上がり。

極めて高度な空中戦を制した。それも、影山よりも上とも言われる火神を相手に。ここ一番

、このタイミングで決めて見せた及川。

 

 

「凄いッッッッスっ!! 及川さん! 今の、狙ってたんですか!! 何で解ったんスかっ!?」

「ふっふっふ~~~」

 

 

金田一が目を輝かせて及川を見た。

ブロッカーとして、相手の攻撃を止めるのが仕事だ。完全に止められなくとも、威力を削ぐ為に跳び続けるのが仕事だ。

でも、及川のソレはまた違った。

社会人・ワールドカップ等であの手のプレイは観た事があるが、いざ自分がやろうなんて到底思えない。何故なら、相手が打ち抜いてくるか、ブロックを利用してくるか、その駆け引きがあまりにも難し過ぎて、あの一瞬の空中での出来事で、それらを見切るなんて到底出来ないと思っているからだ。

だからこそ、吹っ飛ばされない様に手に力を込めるか、若しくは必ず止めてやると言う気概をもって、手を出すかに注視してきたから。

 

 

「せいちゃんの技術(スキル)の高さ(ってか、機械?)っぷりはさ? 飛雄とはまた違った意味で注目し易かったんだよ」

 

 

及川が言う影山のプレイは確かに目立つ。

あんな無茶苦茶な速攻を成立させてる時点で。

 

そんな影山と違い、火神はインパクトと言う意味では劣るかもしれないが、相対したチームであれば、誰もがそのバレースキルには目を見張る事だろう。

多種多様なサーブもそうだが、及川が特に注目しているのは、ここ一番、相手は決めたい場面、こちらは獲られたくない場面で決める攻撃力。

そしてこちらがどうしても決めたい場面と言う場面で、待ってたかの様に魅せてくる守備力。

今回は、攻撃面をより注視した結果だ。

 

 

「……あの一瞬、せいちゃんの視線は岩ちゃんじゃなくて完全に俺の方を見てた。更に言うなら俺の手の方を、ね。それとこれまでの試合経過や以前やり合った時のせいちゃんのプレイ、ずっと目に焼き付けといたからより確信も出来たんだよ。飛雄やチビちゃんみたいにあからさまに解りやすいクセとかじゃないけど。……あの一瞬、兎に角視えた(・・・)んだよね」

 

 

ニヤリ……と笑う及川に戦慄が走るのは敵味方問わず、だろう。

あの岩泉も今回ばかりは軽口1つ吐かず、何ならいつも通り火神の事見過ぎで気持ち悪いわ、くらいは言いそうな場面なのに、ただただその頼もしさに笑みを見せるだけだった。

 

 

そして、及川は火神を見る。

 

 

そのいつもの顔じゃない(・・・・・・・・・)火神を見据えて、ある種の満足感も出てきた。無論、満足などしてはいない。

 

 

「たまには、笑えなくなってもらわないと、だね。せいちゃん。今回の空中戦、俺の勝ち」

「!」

 

 

ここから勝ちに行く。

及川は自身の手を銃の構えにして、火神を打ち抜く仕草をしてみせるのだった。

 

 

 

 

「躱したんですか!? 意図的に!? あの一瞬で!!??」

「ああ。間違いねぇよ。そりゃ火神だってミスる時はあると思うが、間違いなく及川は、手をひっこめた。……とんでもねぇ事をこの土壇場、後がない状況でやってのけやがった。普通怖くて出来るもんじゃねぇよ。もしも打ち抜かれたらそのまま叩きつけられるだけだ。……あんなもん、狙って出来るもんでもねぇ」

 

 

烏養は、唖然とする武田を横目に、立ち上がった。

 

 

「今のは仕方ねぇ!! 相手を称賛しろ! レシーブもスパイクも文句なしだ!! 次だ次!!」

 

 

そして声を荒げる。

 

あの1本で、あの1打で勝ちが決まる———と、信じて疑ってなかった数舜前の自分を烏養は殴ってやりたい気分になる。

 

火神の技術の高さ、決定力の高さ、それらが目を曇らせてしまった様だ。

相手も、県内No.2のチームであり、何より及川個人は総合力で言えば県No.1の選手と言っても過言ではない相手だ。

見ている側が、侮ってしまってどうする。

 

 

「……問題ない、大丈夫。次、次、次」

 

 

スコアノートに記録をつけている清水。

ペンを走らせながら何度も何度もつぶやく。

 

 

「――――頑張れ、頑張れ、頑張れ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

火神の表情。

 

 

それは味方内では見えなかったが、及川の指摘(挑発?)もあってか、相応の精神的ダメージを被ったのではないか、と察したメンバーが足早に火神に駆け寄った。

 

 

「いやマジかよ、すげぇな。あのほんの一瞬の間に腕引っ込めるとか———! やられたな? 火神! 気にすんな! 次だ次! 次は俺が決めるからな!!」

「! アスっ!」

 

 

まずは、田中がいつもの調子でズゲズゲとノーデリカシー感満載で肩を叩く。

 

嫌な流れを生みそうな、深刻な流れが生みそうな展開だったから……と言う深読みは田中はしておらず、ただただいつも通りに、何でもない様に声をかけたのだ。

これが、非常にありがたく、精神的に支えられると言う事は火神は勿論、他の面子も同様だ。一部はそうでも無さそうな雰囲気を醸し出しているが………解っている事だろう。きっと。

 

 

「ドンマイドンマイ。……正直、ひゅんッッ! ってなったけど。田中の言う通り。次1本切ろう!」

「旭さん! フォロー合間に弱気発言禁止っスよ!!」

「スンマセンっっ!」

 

 

中々サマにならない東峰だったが、そこは西谷がフォロー?

 

 

「それに、ナイスレシーブだったぜ、流石だ誠也!」

「アスっ!」

 

 

西谷はその一言だけ告げると、火神の肩に拳を当てて笑った。

それは【俺も負けない】と言っている笑顔だった。

 

 

「おい、今の(トス)だが、高さと速さは問題ないか? 感覚でだがほんの少しだけズレた感じがしたが」

「あ、ああ。大丈夫大丈夫。完璧だったよ」

 

 

影山はただただ先ほどのセットに関しての意見を火神に求めていた。

火神のスーパーレシーブに触発されて、それに負けないくらいの球を上げてやろう! と息巻いたのだが……、ほんの少しだけ自分のイメージとズレがあった様だ。そして結果及川に出し抜かれた。アレで火神が決めていたら深く考えなかったかもしれないが、自分のセットが原因ともいえない。ほんの少しのズレ、ミスに付けこむのが、あの及川と言う男なのだと言う事を影山は知っているから。

 

火神は手をぶんぶんと振って、問題ない事を影山に告げた。

 

 

「………凄いね。今の」

 

 

そして、続くは月島。

ただただ、今の空中戦に目を奪われた。ブロックの技術、空中戦での駆け引きを間近で見た月島は、これ以上ないくらいに触発された。

いつもの軽口は息を潜め、ただただ及川の今の一瞬の判断に感嘆する。

 

 

「いつまでそんな顔してんのさ? らしくないんじゃないの」

「………え?」

 

 

そして、火神の方を見てそう告げた。

火神自身も気づいてなかった。試合中だと言うのに少々考え事をしていたのは自覚があるが、ただそれだけ。しっかりと次のサーブまでには気を引き締め直すつもりだった。

でも、皆にはそうは見えなかったらしい。

 

 

「いつも、どんな時でも、特に強敵相手で拮抗してる試合なんかじゃ、気持ち悪いくらいの笑顔でやってるのに、今能面みたいな顔になってるよ」

「…………」

 

 

月島に限らず、他の者達も笑顔を保ちつつ頷く。

月島が代弁したそれは皆の総意で良さそうだ。

火神の渾身の一撃を見事なカウンターで獲られた事に対して精神的なショックが強い——、と言うモノ。物凄く誤解をされてしまった、と火神は今更ながら内心慌てる。

それこそ、精神的なショック~と言うヤツが今まさに降りかかってる。自分で蒔いた種とはいえ。

 

 

それはそうと、実は火神にもハッキリとしない、解っていなかった感情が後から後から押し寄せてきた、と言う内情があった。

それが一体なんなのか? を考えている内に……そう指摘されてしまったのだ。でも、能面な表情? 気持ち悪い? だけは納得しかねる。

 

 

 

「――――気持ち悪いは一言余計だよ」

「事実だし」

「事実言うな」

 

 

ふっ、と軽く息を吐いて……火神はそう言うと顔をバシッ! と叩いて言った。

 

 

「すみませんっ! 次は決めます!!」

 

 

まだハッキリと解ってない。

でも、今の負けた攻防を引きづっていると言う訳じゃない事をしっかりとフォローをしてくれた皆に伝えなければならないだろう。

そして、そんな火神の考えはしっかりと伝わった。

 

 

「せいやーーーー!! どんまいどんまい!!」

「切り替えてけーーーーーー!! 次、やべぇのが来るぞぉぉぉぉ!!」

ここ(・・)、超えるしかないぞ! お前ら!!」

 

 

コートの外でも檄が飛ぶ。

 

今のチームが、烏野が、……何より火神と言う選手が、このくらいで精神的に崩れたりしない事は解っている。

情けない……と、何度思ったことか……、何度も何度もその姿を見て、救われる事も多かったのだから。

 

 

でも、声を上げずにはいられない。

 

 

次のサーバーの事を考えたら、……先ほどの失点の事など直ぐに忘れて前を向かなければならない。

 

 

 

(ボール)を受け取る背番号① 主将の重責を担う男、及川がゆっくりとコートエンドラインへと下がっていく。

その後ろ姿、その背中が……何だか大きく感じたのは決して気のせいじゃない。

 

高度な空中での技術戦を制した。

今、ノリにノっている。

同点に追いつけたが、もう後がないのは未だ青葉城西(こちら)側。

 

 

「ふぅ…………………」

 

 

(ボール)を二度、三度と打ち付け、大きく深呼吸をした。

この1球に全てを乗せる為に、意識を集中させる。

 

現代バレーボールにおいてサーブとは、ブロックと言う壁に阻まれない究極の攻撃。

 

 

 

 

――それを今から魅せよう。

 

 

 

大きく上げられた(ボール)に全てを賭けて……及川は動き始めた。

 

その一連の動作はどこまでも滑らかで、鮮やかで……そして、その威力は何よりも凶悪だった。

これまで幾度となく強打をその身体に覚え込ませてきた筈なのに、練習を重ね磨き続けてきた筈なのに。

 

決して低くない烏野の守備が、その剛速球サーブに切り裂かれた。

 

 

「アウ——————ッッ!!?」

 

 

轟音を纏い、空間を割く様に放たれたサーブの軌道は西谷の顔面を横切る。

あまりの速さに反応が遅れたのは否めない。これまでの試合で及川のサーブを受け続けてきた為、ある程度の慣れ(・・)もあった筈なのに、更に一段階威力を上げてきたサーブに、流石の西谷も面食らってしまった様だ。

セットを獲られた上でのデュース。まだまだ崖っぷちで後がないと言って良い状況、と言う事もあるだろう。

 

そして、この軌道はアウトだと思ったのも本当だ。反応が遅れたからの言い訳でも何でもない。……でも、目測は完全に誤ってしまった。

及川のサーブ、それは今までのどのサーブより鋭角に、叩きつけられていたのだ。高さが変わったからこそ、威力も当然変わる。角度も変わる。つまり、結果はエンドラインを割る事は無く、そのまま線上に着弾した。

 

 

主審及び線審の判断はIN。

 

 

「―――最早、スパイクだ」

 

 

入畑がそう呟く。

威力は元より、跳躍力もこの場で伸ばしてきたのか? と思える程の打点から振り下ろされたサーブは、まさにスパイクと言っても良い。

 

 

 

 

【ッシャアアアアアアアアアア!!!】

 

 

 

 

ここにきて、追いついた青葉城西が更に1歩前に出る。

先ほどよりも更に大きな声が、気迫溢れる声が会場内に響き渡り、そしてそれに呼応する形で、応援側も声を張り上げる。

 

【オオシャアッッ!!】

【ブレイク!!】

 

【いいぞいいぞトオル!! 押せ押せトオル!! もう一本!!】

 

 

26-25

 

 

青葉城西高校セットポイント。

 

 

 

会場が揺れるとはこの事なのだろうか。

武田は思わず周囲を見渡した。

 

 

「……盛り上がり方が、今日一……ですね」

「バレーの中でダントツ【決められて怖いプレー】は、やっぱブロックとサーブだな……」

 

 

相手が獲る筈だった1点を逆に一瞬で1点を獲られる最強の防御で最速の攻撃【ブロック】

そして、その【ブロック】と言う攻防一体の最強の技に一切阻まれる事の無い究極の攻撃【サーブ】

 

自分自身は元より、味方・会場、その士気を上げるのにこれ以上無いプレイだ。

 

 

「くっそがァァァァァァ!!!」

 

 

ミスジャッジをしてしまった西谷は吼える。

多分、自分の中にあったのだ。反応を遅らせてしまったと言う自覚が。負けてしまったその自覚を、セルフジャッジで誤魔化そうとした自分が。

もう次は無い、と戒めの様に激しく両頬を叩いて己への気付けとさせた。

 

 

「もう1歩、いや半歩下がって護りましょう。アウトかセーフか、そのほんの一瞬の迷いも無くしたい」

 

 

守備に参加していた火神も思わず唸る程の威力。

体感ではあるが、……間違いなく過去最強のサーブだった。生川のサーブより、……梟谷の木兎の入るサーブより。

 

 

「……正直、迷う。澤村の守備力を戻した方が良いんじゃねぇかって」

「田中君と交代ですか?」

「ああ。………でも良い。これで行く」

 

 

及川のあのサーブを見た瞬間から烏養の頭には迷いが過っていた。

今の守りの要は西谷と火神の2枚看板。烏野最硬の護りはそこに澤村を加えたトップ3だ。現在、攻撃面重視の為に澤村から田中に代えているから……、どうしてもそう考えてしまう。

 

 

でも、その考えは直ぐに一蹴した。

 

選手らの目を見たからだ。

 

 

火神も西谷も……そして、何より田中も。

あのサーブを前に、全く落ちていない。寧ろ、気合がより強く漲っている様にも思う。

そんな中でも田中の気合の入り方が際立って視えた。リベロである西谷の反応が遅れたのはそれなりに精神的にクル筈なのだが……。

 

 

「ぶつかってでも上げてやる、って気合の入った顔みりゃ、変にブレーキかける方が危ねぇ。威力重視のまま来るなら猶更。どんな形であれ、触って上げる。……大丈夫、あいつらなら戦える。……その辺、澤村も理解している様だ。悔しさも同等以上にあるみてぇがな」

 

 

烏養はチラリと澤村を見た。

ただただ声をかけ続けているのが解る。

外から鼓舞している。

 

そして、それと同等以上に自分も出たいと思っているのが解る。

 

こういう時常々烏養は思うのだ。

ただただ前を向いて全力でプレイしていたあの頃……選手であった時の方が楽だった———と。

 

 

 

 

 

「さぁ、勝負だ」

 

 

 

 

 

 

そして今はあの頃以上に熱が入っているのかもしれない。

血沸き肉躍る試合を魅せられて、そんな場に連れてきてくれた選手らを誇り……そして期待したい。

 

 

 

 

【サッ来ォォォォいッッ!!】

 

【ナイッサアアァァァッ!!】

 

 

 

 

先ほどより強烈な一撃が来る。

そして、かつてない程に、自分が研ぎ澄まされているのがよく解る。

 

 

「(俺は大地さんの代わり(・・・)で入った)」

 

 

だが、澤村程の安定したレシーブは難しいだろう。

それは周知の事実であり、烏野の違った色を出す為、ひいては試合に勝つために、と澤村からは勿論、烏養らコーチ陣からも言われていた。

正直、悔しくないと言えば完全なる嘘だ。才能の差、と言うモノを思い知らされる事だってある。

 

でも、知ってしまったからには前に進むしかない。それしか、知らない。

そして……

 

 

 

――大地さんを、言い訳に(・・・・)したく無ぇ!

 

 

 

 

放たれる凶悪無比なサーブ。

それに対し、田中は身体で受けに行った。

技術もクソも無い。ただ、身体に当てる。今、自分が出来る最善は悔しいがソレだけなのだから。

 

 

「だっっっっしゃあああああ!!!」

【良しッッ!! 上がったァァッッ!!】

 

 

「ちぃっっ!! そうだよ! 確か、二度目だったよねぇ!!」

 

 

及川のサーブを根性体当たりレシーブで拾うのは田中は二本目だ。

ここまで来たら、及川も解る。決してマグレ等ではない、と。気合全く臆さずに当たりに行けるその度胸はただただ驚嘆モノだった。

 

 

でも、チャンスはまだまだ青葉城西(こちら)側だ。

 

 

「叩き落とせ! 金田一!!」

「――――ッッ!!」

 

 

田中のレシーブは、無情にもネットを超えた。

そこに待ち構えていたのが金田一。彼もまた、極限まで集中力を高め、如何なる(ボール)が来ても反応出来る様に備えていたのだ。

先ほどの様な轍は踏まない。だからこそ、反応出来た。だからこそ、ダイレクトで叩き落とす事が出来た。

 

 

「フンッッッッガッッ!!」

「!!!」

 

 

でも、だからと言って必ず決まると言う訳ではない。必ず決まると言うのは(ボール)をコートに落とした時だけ。落ちない限り点は動かない。

 

 

「くそっっ!!」

 

 

及川との攻防で、もう少し精神が揺らいでくれてても良いと思っていたのに、もう本調子を取り戻したとでもいうのか、と青葉城西側の誰もが思う程のキレッキレの動きを見せたのは火神だった。

 

 

「飛雄!! 頼む!!」

「火神ナイスだ!! オーライッッ!!」

 

 

火神が倒れている、そして田中も及川渾身の一投をその身体で受けた以上、それなりにダメージがあったのか体勢を崩しているから、2人は選択肢から外れる。

 

なら、ここで誰を使うか? 当然決まっている。

 

 

「東峰さん!!」

 

「旭!!」

「旭さん!!」

「決めろおおおお!!!」

 

 

 

決して忘れる事、無かれ。

烏野で要注意人物の1人は間違いなくエースの東峰なのだから。

 

言われるまでも無し、と言わんばかりに決して乱される事なく金田一と京谷がブロックに付いた。

ほんの僅か———ストレート側だけを甘くして。

 

 

ズドンッッ!!

 

 

と放たれる凶悪無比な一撃。

その破壊力は両校合わせても文句なしのNo.1。

ただでさえ厳しい一撃なのに、好き勝手に撃たれてしまえば、もう手が付けられない。

 

 

「や——ら———」

 

 

だからこそ、コースを限定したのだ。

ストレート側を誘った。そこに花巻を配置した。

東峰のスパイクと正面対決。

 

 

「せるかぁぁぁぁぁ!!! ッウグ!!?」

 

 

ドンッ!! と強烈な痛みが腕を襲う。爆ぜてしまったのではないか? と思う程の衝撃が襲う。

 

 

【ナイスレシィィィブッッ!!!】

 

 

だが今回は青葉城西側に、花巻に軍配が上がった。

花巻の位置取りが良かった事と東峰も及川同様パワー重視した事もあって、精度は二の次。つまり、真正面に打ってしまった事にある。

 

更に花巻のレシーブは、先ほどの田中の時の様に前に飛ぶのではなく上に飛んだのも僥倖。

 

Aパスではないが、十分の滞空時間、十分仕掛ける事が出来るこの環境では絶好の一球となった。

 

それを見たのと同時に始動するのは青葉城西側。

京谷・金田一の前衛が一気に駆け出して来る。

 

 

「(どっちを……使う……!)」

 

 

月島は冷静に見極めようとしていた。

見極めるつもりだった。

 

だが、ほんの一瞬の揺さぶりが、月島の脳内コンピュータに誤作動を起こしてしまう結果となる。

 

及川は跳躍し、空中で(ボール)を捕えようとしたその刹那、ちらりと京谷側を見たのだ。視線によるフェイク———と、普段の月島ならそこまで揺さぶられる程ではないが、この京谷が最も厄介。

日向と同等の圧力、そして日向とはまた違う種類の圧力。視界の中を縦横無尽に動き回るチビカラスではなく、牙を剥き出しに正面突破を目論む狂犬の圧。

無視する事が出来なかった。

 

 

岩泉さん(バックアタック)!!」

 

 

唯一、冷静に見る事が出来ていたのは火神だけ……だったのかもしれない、と月島は思ってしまった。

いや、それは少々卑屈とも言える。火神が居る場所、視線の中で及川の僅かな動き(フェイント)はハッキリと視えなかったから。

 

でも、結果として3枚集まった壁は完璧とは程遠く……穴が開いた壁となってしまったのだ。

影山・月島の間に開いた穴を岩泉がバックアタックで穿つ。

過剰なパワーは必要ない。冷静に、コースを見極めて、守備のいない場所を打ち抜いた。

 

 

 

そして笛の音が鳴り響く———。

 

 

 

【ッシャアアアアアアアアア!!!】

 

 

 

第2セット終了。

 

27-25

 

青葉城西が第2セットの終盤で逆転。セットを取り返したのだった。

 


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