王様をぎゃふん! と言わせたい   作:ハイキューw

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何とか早めに投稿出来て良かったです。
そして、改めて沢山の評価・感想ありがとうございます!
これからも完結目指して頑張ります!!


第176話 青葉城西戦Ⅱ⑫

 

技巧+豪快

 

2つが完璧に合わさり、点を決めたその一瞬だけは不自然に しん――――と場が静まり返った。時間が止まったかの様に一瞬感じたが、それは直ぐに動き出す。否、堰き止めていた分、勢いが更について爆発する。

 

コート内では火神が、そして遅れて田中が宙から地に降り立ったタイミングで2人は駆け寄った。

 

 

「火ぁぁぁ神ぃぃぃぃ!!」

「田中センパイ!! ナイスキー!!」

 

 

バチ————ンッッ!!

 

 

そして盛大にハイタッチを交わした。

そのハイタッチがまるで引き金だったかの様に、先ほどまでの静けさから一転、空気が震える程に場が沸きたった。

田中とのハイタッチとハグを終えた後、火神は山口にも手を伸ばすと。

 

 

「ナイスレシーブ! ()!!」

「ッッ!!?」

 

 

最大級の笑顔と称賛を持って、あの攻撃に繋がる切っ掛けを作ってくれた、見事なレシーブをしてのけた山口に火神は手を伸ばし、そして互いに ばちんっ! と手を交差させた。

 

この時の山口は、ここで今さっき名を呼ばれた事が気のせいじゃなかった事に気付けた様だ。

 

あの岩泉の強烈な一撃(スパイク)をその身に受けた時は衝撃もそうだが、サーブ権は渡さないと言う無我夢中、我武者羅な想いが先行し過ぎて周りまではよく見えていないし、聞こえてなかった。

本来なら、1本上げて満足……と言う訳にはいかない。(ボール)を繋げるのがバレーボールだ。だから、考え続け動き続けなければならない。正直、山口の中でも満足出来てないし、決して褒められたモノではなかった、と言うのが自己評価だ。

 

だが、それで良い。それくらいの捨て身があってこそのあの体当たり(レシーブ)なのだから。

 

 

「うわっはっはっはっは!」

「「「おおっしゃあああ!!」」」

「ナイスキィィィ!!」

 

 

その後は連鎖する様に山口を中心に、皆が集まって盛大に盛り上がりを見せる(一部例外アリ)。

この終盤戦に来て 離されていたスコアがついに追いつけた。

 

京谷と言う新たな戦力で攪乱させられ、青葉城西が明らかにギアを変えて点を引き離しに来た時、後ろ向きな考えをしてしまったのは事実。

 

それは更に悪い流れを生むかもしれない。危ない思考だ。と幾ら頭では解っていても、どうしてもこの第2セットは獲られてしまうかもしれない、と連想してしまう。それ程までにあの京谷が入った青葉城西の攻撃力は脅威だったのだ。

 

 

でも、これで十分ストレートでの勝ち筋が見えてきた。ハッキリとそれが分かった。精神的にも追いつけたと言って良い。

 

 

その流れを作り、魅せたのは先ほどの火神・田中のセット。

 

 

でも、その攻勢の切っ掛けになったのは、今の攻防のMVPは間違いなく山口のサーブ&レシーブ。渾身の一発を上げて見せた。相手のエースの一撃を上げて見せた。その光景が皆を鼓舞し、最高のカウンターとなった。見た目派手であり、最高のセットをして見せた火神&田中の陰に隠れてしまいそうになるが、そこに至るまでの道筋を作ったのは山口。

 

だからこそ、紛れもなく山口はMVPだと太鼓判を推す。

 

 

 

 

コート内とほぼ同時進行……いや、少々呆気にとられた瞬間があった為か、やや遅れて会場も盛り上がりをみせていた。

 

 

「うおおっっ!!? 今ツーのモーションからセットしやがった!!?」

「フェイクセットか。直前まで打つと思った。全然解らなかった。……でも、あのボウズ頭も、上手く合わせたよなぁ!? ってか、何で入ってたんだ?? 来るって分かってたのか!?」

 

「すごっっ! ああいうの、及川さんがやってた場面は何度か見た事あったけど、向こうの子がやっちゃったよ!?」

「うん! 凄かった!! 凄くカッコよかったね!! 痺れた!!」

「おいおいコラコラ、私達は青城(こっち)側だから。それは流石に余所見し過ぎ、言い過ぎ! 痺れたってナニ??」

「わ、解ってるわよ! 冗談じゃん!」

 

「おおおお!! まさかのフェイクセットかましやがった!!? あのタイミングでやっちまうのかよ!? ツーアタックでも十分奇襲になってたってのに、贅沢過ぎるぞかがみん!!」

「いやいや、今の青城は気付いてた。ブロックも揃ってたし、守備陣も迎え撃とうとしてた! それが分かったから、咄嗟に……、って、いやいやいや、あの一瞬で考えられるもんかよ!? やっぱかがみん視野広い! 咄嗟の判断力、全部全部スゲーー! だが、田中も良く入ってたな!! あんなのいきなりで合わせられるもんじゃねぇよ! よく合わせた!! つーか、忠もあのディグ最高かよっっ!! 痺れたよ! 全員最高だよっっ!!」

「お、おおお! 取り合えず、すげーーぞ! りゅうーーーーーー!!! よく決めたぁぁぁぁ!!」

「わあああああああ!!」

 

 

各陣営、やんややんやとお祭り騒ぎが湧き起こった。

それは両陣営どちら側であっても。

 

この手のトリッキープレイは失敗する事も当然ある難易度の高い技だ。

それを成功させた時、また一段と大きな歓声が生まれる。

スーパーレシーブやノータッチエースに勝るとも劣らず、である。

 

そしてこの火神-田中のコンビは、烏野応援団、特に町内会チームメンバーである滝ノ上、嶋田は烏野で練習試合をする為、時折見るものだから、正直忘れがちになりそうだが、その攻撃に繋げるまでの過程が凄まじい。

先程も言ったがこのフェイクセットとは高等技術だ。

 

アタッカーが助走の際に用いるフェイクアプローチと同じ様に、相手のブロッカー、ディガーを惑わす為の動作。

 

あからさまな姿勢・体勢であれば、優秀なリードブロッカー、それもレベルの高い青葉城西の様なチームにはきっと見抜かれてしまうだろう。

だから、裏をかくつもりで攻めたが逆に迎えうたれてブロックに捕まる可能性だって有る。

だからこそ、最後の最後まで自分自身が打つと言う気概を持って全力で惑わしにかかる、寸分狂わぬスパイクモーションに入るのが必要だ。

加えて……いや、それ以上に要求されるのがオーバーハンドの高い技術、セットの高い技術。

 

そのセットアップの瞬間まで、自分自身が打つと思わせつつ、アタッカーにセットし直しても、最後まで誰に上げるか悟らせない様にする。更に更に狙った場所へ(ボール)を供給する精密性も求められる。

 

これらを考えてみれば、コート内の視野の広さが要求されるのは当然。

加えて半端な技術ではミスに繋がってしまうのも容易に想像できるだろう。

 

見る者が見れば、成立させる為に必要なモノを考えれば考える程、頭が痛くなってくる。それ程の情報量が詰まったセットだった。

 

火神に対してだけでなく、田中の攻撃も極めて重要。

観客らが口々に言っていた中の1つ、フェイクセットで選ばれたアタッカーがそのセットを上手く、効果的に、最後まで攻撃に繋げる技術もまた必要だ。空間認識力も必須になってくる。

 

フェイクセットを仕掛けようにも、それをすると決定し、決行するのは刹那の時間しか無い為、猶予期間は極めて短い。故に、今からやる! と、予めサイン等で打ち合わせをしておくと言うのも中々に難しく、こちらも最後の最後まで自分自身が打つ、自分自身に上げると信じて疑わず、毎セット入り込む以外ない。

口で言うのは容易いが、体力と精神力が削られる公式試合において、全ての(ボール)を打つ気概と言うモノは思いの他難しい、と言う事も改めて言われるまでも無いだろう。

 

これらは何よりも信頼関係と言うモノが一番重要になってくるのだ。

 

 

 

 

「うおあああああ!! ナイスだ!! 火神ナイス!! 田中ぁぁ! よく入ってた!! ナイスだ!! そんでもって、山口ぃぃぃ!! ナイスレシーブだぁぁぁ!! 全員まとめて良くやったぁぁぁ!!」

「わぁぁぁぁぁ!! これぞまさに翻弄ですっっ!! 今、確かに相手を翻弄しましたッッ!! 宙を舞う烏が僕には視えました――――っっ!!」

「ッ———ッッ!!」

 

 

烏養・武田も思わずスタンディングオベーション、ガッツポーズ。

そしてその横でスコアブックをつけていた清水も思わず2人に続きそうになったが、自分の職務を全うしよう、とどうにか堪えてペンを走らせた。

やっぱり凄い、間違いなく凄い、と人知れずぎゅっ、と目を瞑ると拳を握りしめては何度も上下に振るのだった。

 

 

「っっっっ!! う、うおおっっ!! おおおおっっっ!!」

「よしよし。日向も我慢を覚えたな。……漸く」

 

「龍ナイスキー!! 山口もスゲーーぞ!! 誠也もだ!! うおおおお!!!」

西谷(こっち)も大丈夫っぽいですね」

 

 

見事なフェイクセットに目を奪われたのは一瞬。

改めて、火神のセットに、田中の得点に、山口のレシーブに、そして何より3連続得点による同点に対し腹の底から大声を上げた。

流石に日向&西谷の3度目のコート内突入所作はしなかった模様。

 

 

一頻り盛り上がった所で、ちょっと冷静になったのか、菅原はある事を思い返す。

 

 

「それにしても、火神今さっき山口の事を名で呼んでなかった? ナイスレシーブ()! って」

 

 

思い返すのは先ほどの一連のセットの流れ。その初っ端の場面。

 

山口が岩泉(エース)の一撃を見事ディグをしてみせた。

そこまで思い返して―――確かに山口の名前、忠が聞こえてきた気がしたのだ。

少なくとも、チーム内で山口を下の名で呼ぶ者は烏養(コーチ)武田(先生)を含めて誰もいないから、より印象的に記憶に残っていた。

 

 

「確かに。……俺、なんだかその―――あんまり良い思い出とは言えませんが、あの瞬間IH予選()に青城とやった時の事、思い出しましたよ。影山と日向に対して、火神がやってたヤツです。……最高の鼓舞(エール)を」

 

 

苦笑いをしつつ、肯定するのは縁下だ。

前回の青葉城西戦。つまりIH予選の時。

火神が、日向以外の名前を呼んだあの場面、鮮明に覚えている。影山の名を呼んだ時、2人の空気が一変したのだ。覚えてない訳がない。

 

 

ただ、結果だけを見れば惜敗したので良い思い出とは言えないのである。

 

 

「やっぱし? 俺も思った。山口もメッチャ喜んで気合入って、って感じだったし。……うぅむ。あれか。火神は実は認めたヤツの事は名前で呼ぶ!! って感じにしてたって事かな? つまり、名前呼び(それ)は、いわばレベルアップした儀式みたいになる感じ?」

「あははは………」

 

 

ううむ……、と腕を組みながら、割と本気で唸る菅原。

そんなまさかゲームじゃあるまいし……それに自分も答えておいて何だが、今そこまで深く考える様な事じゃない気もする。と縁下は軽く笑った後、菅原に続けて何やら聞かれた。

 

 

「なぁなぁ、縁下。俺の事も呼んだりしてくれねぇかなぁ~? 『孝支!! やってこい!!』みたいな?」

「いやいやいや、流石にそれは無いでしょ。普通に礼儀正しいし、火神が3年生の菅原さんの事を名前呼びなんて想像できませんって。てか、菅原さんに限らず俺まで含んだ年上全員」

「……それもそうなだよなぁ。でも、特別感あって良いって言うか。メッチャ気合入る!! って言うか、メッチャ熱くなる!! って言うか……」

 

 

皆、ネタでお父さん呼びをしていた筈なのに、気付けば本当に年上~とでも思ってしまったのだろうか? いや、よく考えてみれば縁下自身も何ら違和感なく感じてしまうので、ちょっぴり危ない気がしたが、直ぐに深く考えるのを止めて試合の方に集中した。

 

(ボール)が戻ってきて、山口がもう1本打つ! と言う場面になったから。

 

 

 

「はい。……もう1本、行っておいで」

「————! うんッ!」

 

 

その(ボール)は、月島から山口へと渡される。

殻を破る1発。自分なんかとうに超えて、前へと進み続ける山口に対して、月島はやはり格好良いと思う自分がいた。

流石に口には出さないが。

 

 

 

そして、サーブを打とうと定位置に戻ろうとしたその時、笛の音が鳴る。

 

 

それは青葉城西高校のタイムアウトを告げる笛の音だった。

 

 

 

「! 流石にタイム取ったか」

「ああ。あんなの見せられたら取るしかないよな。間違いなく青城(相手)に取っちゃ嫌過ぎる流れを生むプレイだ。ここはタイム使って物理的に流れを止めた方が絶対良い」

「おいおい、どっちの味方だよ」

「当然烏野だよ」

 

 

タイムアウトをとる事で、十分に呼吸をする事が出来る時間が生まれる。つまり、流れを物理的に切れると言う事。回数に2回と決まりがあるからそう何度も取れる手段ではないが、滝ノ上も嶋田もここでタイムを取るのは当然だろう、と頷いていた。

 

ただ、勿論このままの流れで言って欲しいと思っている烏野側応援とすれば……余計な時間だと思ってしまうが。

 

 

「山口ナイッサー! 青城にタイムアウト取らせるなんてスゲーぞ!」

「い、いや。今向こうが取ったのは多分火神と田中さんのヤツで警戒したんじゃないかと………」

「なーに弱気発言してんの! 絶対山口のサーブだって脅威に感じてるに決まってるだろっ!?」

「そーそー! すげーぞっっ!! でもオレもアレ! やってやるっっ!! 誠也がやってたヤツ! オレもやってやるっっっ!!」

 

 

遅れて戻ってきた山口の背を思いっきり叩く菅原と日向。

そして、いつも通り派手な技、凄い技には子供の様に目を輝かせて自分もと手を挙げる日向。……これもいつも通り、冷静なツッコミが回りから入ってくる。

 

 

「いやいや、日向はそのまま打った方が良いべ」

「ヘタクソセットしやがったら、お前には2度とトス上げねぇ!」

「ちょっっっ、何で影山はキレ気味なんだよ!?」

「菅原さんに賛成。翔陽は何でもかんでも食いつき過ぎ」

「誠也まで!! くっそーーー! 良いじゃん良いじゃん! いうくらい良いじゃんっっ!! だって、かっけーのに!!」

「うわっはっはっはっは!! 最高の気分だぜぇぇぇ!!」

 

 

影山の恫喝? を聞いて日向は思わず身構えた。

影山のこれもある意味恒例だったりする。

基本的に火神がセッター的な仕事をした時やサーブをした時に発生する代物。本人としては別にキレている、つまり怒ってる訳ではないのだが、負けない! と言う想いが完全に全面的に顔に出てしまうので、小心者な気が中々抜けてない日向にとっては、怒声に聞こえるし、威圧されているようにも感じるのだ。

 

そして、火神や田中もそこへと合流して一緒になって盛り上がった。

 

 

 

「王様のお株をまーたおとーさんにとられちゃったからだよ。絶対」

「スゲー真剣に見て色々と頷いてたかと思えば、何かムスッ、とした顔にもなってた」

「火神のセットで学べる所が多かったんだろうな。……でも、やっぱり生粋のセッターは影山だから、悔しさの方が増してきた、と。でも、それをバネにして超ストイックになるからそこは凄いよな」

 

 

冷静沈着に分析するのが烏野の頭脳たち(月島、東峰、澤村)。

 

 

「でも、何と言っても山口のディグだよ!」

「ああ。オレも負けられねぇって思った! ぶつかりに行ってでも拾ってやるって気概は必須だ」

 

 

確かに、あのフェイクセットで度肝を抜いたかもしれないが、それでもバレーボールの始まりと言って良いサーブで相手を追い立てたのは間違いない。少し冷静になった山口は謙遜してしまった様だが、全くする必要などない! と言わんばかりに澤村は2度3度と背を叩き、周囲もそれに同調させるのだった。

 

 

 

 

 

 

「ッ嫌なモン思い出させてくれる一撃だったなオイ。まぁ、練習試合ン時だし、及川(お前)はバカやってたから見てねぇと思うが」

「バカって何!? ケガは仕方ないでしょーが!」

 

 

岩泉は取り合えずタイムアウトの時、及川に悪態をつく事である程度の平静さを取り戻す事に注力していた。

何せ、渾身の当たりだった。ブロックにも触らせてない。なのにも関わらず獲られて、取り替えされたのだから。

 

 

「今のは仕方ないよ岩ちゃん。根性&まぐれ体当たり(・・・・)ってヤツだ。だから早々何度もやれてたまるもんですか、って感じでしょ?」

「ああ。解ってる。つーか次は無ぇよ。コースも甘かったし、そこは修正する。……それ以上にあの13番根性入ったレシーブだったと思ったからよ」

「……ずっと控えで、サーブだけに甘んじてるだけじゃなかった、って事だよね」

 

 

ピンチサーバーだから、サーブを磨いていれば良いと言う訳じゃない。サービスエースで点を決める事が出来れば良いが、決めきれなければ当然反撃(リターン)が返ってくる。そうなれば自分も守備に、或いは攻撃に転じなければならないのだから。

 

そして、今や烏野のレギュラー陣の壁は厚い。

 

個々の実力の高さは、辛口毒舌吐いた及川だが認めている。控えにもあの田中と言った申し分なさすぎるパワーを持った選手が控えている。

その中に喰らいつく為に、置いて行かれない為に、……何より自分自身も一緒に戦いたいが為に、己を鼓舞し奮い立たせ、上がってきたのだろう。

 

たった1発のあのレシーブでそれらが連想出来てしまう程だ。

 

 

だが、だからと言って黙って見てる訳がない。

このセットを落とせばもう敗北が決まる。……もう、先が無いのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――ッッ」

 

 

山口は改めて己の胸に手を当てる。

今の今まで皆にもみくちゃにされていた為、確認出来なかったが、改めて岩泉に打たれた場所に手を当てた。

 

まだ、響いてくる。身体の芯の芯にまで響いてくる。

それは痛さ……だけではない。

 

 

「忠!」

「ッ……!?」

 

 

山口はジンジン、と響く胸に手を当てながら、火神に呼ばれて顔を上げた。

火神から向けられるは拳。

 

 

「俺も、負けない!」

 

 

そして底すらない飽くなき欲、誰にも負けたくない貪欲な向上心だった。

 

 

それを聞いて、山口自身は痛み以外の感情が分からなかったが、ハッキリした……気がした。

 

 

 

【アイツらみたいに自分の身体を操りたい】

 

 

それは以前、嶋田に見せた心の内。

 

 

【アイツらの様に(ボール)を操りたい】

 

 

まだまだ納得してない。まだまだ到底辿り着けてない。

 

 

【もっともっと――――、火神よりも多く点を獲る、って言ったんだ。有言実行したい!!】

 

 

 

でも、ほんの少し。ほんの少しだけ近づけた。

日々の努力が報われた。

そんな気がした。

 

だけど―――。

 

 

「このセット、全部獲るから」

「!? ―——おうっっ!!」

 

 

まだまだ、満足なんかしてられない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

タイムアウト終了。

 

 

【山口ぃぃぃ!! もう1本だぁぁぁぁ!!!】

 

 

皆の声援を背に受け、堂々と強豪・青葉城西と渡り合う。

 

 

 

「―――(今の俺じゃ、これ以上の威力(・・)は無理だ。……だからこそ、もっともっと精度を。直線的軌道で、白帯すれすれを―――)」

 

 

 

自分に足りないモノを補う形で、自分だけの武器を持って相手を穿つ。

打つと言う気概を胸に、山口はサーブモーションに入った。

 

伸びてくるか、或いは落ちてくるか。警戒に警戒を重ねていた青葉城西だったが、ここで想定してなかった、否、頭に入れて居なかった光景が目の前で繰り広げられた。

 

白帯を狙った。そのすれすれを狙った。威力がない分精度をもっと高め、サーブを捕まえる余裕を少しでも奪う為に。

 

 

 

その結果のネットイン。

 

 

 

「「「「!!!」」」」

 

 

威力があまり無い事。それは時として悪い事だけとは限らない。

もし(ボール)に威力があるなら、白帯はある意味クッション(・・・・・)の役割を果たしてしまう事もあるからだ。

直線的な軌道だった筈が、勢いよく白帯に引っかかり、跳ねる(バウンド)。結果大きく孤を描いて相手コートに入り、処理しやすくなる事だってある。

 

 

ただ、今回の山口のサーブは違う。

ほんの僅か白帯に触れたその結果、ただ勢いを殺されただけで殆どネット際に落ちたのだ。

 

 

 

 

【ネット————】

【イィィィイイイン!!】

 

 

 

 

身構え過ぎた、ネットインの可能性が頭から抜けていた青葉城西には最悪の一発だった。

全てを柔軟に、高い技術を持って対応してくる青葉城西にしては珍しい……と言うべきかもしれない。

 

ただ、負けられない一戦、後がない一戦。そんな中での一発。焦りや苛立ちがない訳がない。

 

 

22-23

 

 

ここで烏野が逆転した。

 

 

「マジか!! 烏野止まんねぇぞ! これ!!」

「このまま行っちまうんじゃねぇか!!?」

 

 

 

 

「「「うおおお!! 山口ぃぃぃ!!」」」

「ナイッサーーブ!!!」

「ナイスサーブ」

 

 

まだまだ与えられるチャンスは僅か1度のサーブ権。

でも、その1本に全てを乗せる。プライドも試合の流れも、これまでの全てを何もかも乗せて勝負をする。

 

それこそが今の山口の最大にして最強の武器。ピンチサーバーなのだ。

 

 

 

「すげーーすげーーー!! ネットイン! さっきも見た!! 忠ラッキーボーイだな!! 運も実力の内か!!」

「確かに。運も実力の内って言うのは同感。……でも、今の1本はこれまでのヤツとは全然違うよ」

「―――だな」

「??? どういうこと??」

 

 

田中冴子が盛大に声を上げて大興奮! している時、改めて解説をしてくれる嶋田。

 

 

「今の忠は、間違いなく『どこに決めるか』で頭の中はいっぱいの筈だ。何処に打てば効果的か、何処を打てば相手が嫌がるか。導き出された答えが、あのネットギリギリのコース。だから、今のはただのラッキーじゃなく、攻めに行った結果のネットインだ。運任せより断然強い」

「ホァーー!」

「山口君凄い!!」

 

 

正確に山口の心情まで理解したのは、師弟関係が成せる技、と言えるだろう。

そして、嶋田はそれ以外にも感じる所があった。

ネットインで決めた、逆転したのにも関わらず山口のあの表情(・・・・)

 

 

「(クソッ。どうしてもサーブトスが低くなる。……まだ、もっと、もっと)」

 

「(———解るよ忠。……お前、今不本意、なんだろ?)」

 

 

あのネットインで満足している訳がない。

そんな顔をしていたから。

 

 

 

 

 

「よーーし! お前ら全然余裕で落ち着いてるよなぁ!?」

 

 

状況は最悪。折角何点かリードしていた筈なのに、あれよあれよと言う間に同点追いつかれ、逆転されてしまった。後2点でこちらの負け。だからこそ、及川は確認したかったのだ。

 

 

「ああ。言われるまでもなく落ち着いてる」

「まあ、今のはしょうがないわな」

「しょうがないにしても、次は無しな方向で」

「了解了解。前も意識な」

 

 

チームの雰囲気を。

決して疑っていた訳ではなかったが、ここで声を掛けない主将(キャプテン)はいない。

 

 

「よっし! 最早最初から解り切ってた事だけど、でもやっぱり悲しい!! 頼りになり過ぎる皆!! なんか、主将(キャプテン)寂しいゾ!!」

 

 

頼りになる皆を確認する事で。

何より自分がお道化て見せる事で、良い具合に身体の力を抜く事が出来た。

余計な力を入れず、自然体で。

 

それが出来たからこそ続くサーブで結果を残す。

 

 

「!!(しまった、緩い回転が掛かってる……! 変化が弱い!!)」

 

 

山口にとっては痛恨。

でも、ある意味では違う種類のサーブだ。また違う意味で変化をつけられた、となっても全く不思議ではないが。

 

 

「オシッッ!」

 

 

冷静に、落ち着いてその緩やかな回転が掛かった、無変化サーブを処理した。

チャンスボールと認識して。

 

 

「岩ちゃん、ナイスレシーブ!」

 

 

完璧なAパスで及川に返球。

ここからの選択肢は幅広い。

 

及川自身も攻撃に転じてくる事があるし、前衛も老獪な3年組で固められていて、まさに曲者たちが揃っている状態。

あの爆発力のある京谷が下がっている為攻撃力が下がるかも、と思われるかもしれないが、まだ見せてないだけでバックアタックだって十分注意しなければならない。

 

 

「(……一番ベタなのは真ん中(センター)からの速攻)」

 

 

必要な情報のみを掬い上げる様に、月島は冷静に戦況を見据えた。

このまま行ける! ここで点を獲って更に点差を広げる!! と熱が入りそうな場面かもしれないが、その波には乗らず。

 

ただただ冷静に(ボール)の行く末を見極めて、見極めて―――。

 

 

「岩ちゃん!!」

「(後ろ(バックアタック)!!)」

 

 

センターもサイドも、全部囮に使って及川が選んだのは岩泉(エース)

先ほども山口に拾われた(マグレだとしても)事もあって、連続攻撃は避けるかもしれない? と頭に合ったが、裏を掛かれてしまった様だ。

 

 

月島は岩泉と目が合う。

そして、山口にもそれが視えた気がした。

 

 

 

 

―——二度目は無い。

 

 

 

ドッッ ガンッ!!

 

 

岩泉の一撃は、月島のブロックに当たった……が、勢いを殺すには至らず軌道を変えるだけだった。待ち構えていて、またぶつかってでも拾ってやろう。せめて当ててやろう。と思っていた山口だったが、流石に無理だった。

 

 

「クソッッ!!」

 

 

ぶつかりに行くまでは良かったかもしれない。

でも、威力があるのに加えて、ブロックによって軌道が完全に変わってしまった岩泉のスパイクを、上にあげるだけの面を作る事が出来ずそのまま後方へと弾き飛ばされてしまった。

 

 

 

23-23

 

 

『っしゃあああああ!!』

 

 

青葉城西側の得点。

この得点には、コートの外では歓声を上げるよりも先に、安堵感が波の様に押し寄せてくる感覚だった。

 

もう随分点を獲れてない、と思ったからだ。

 

そして、烏野はメンバーチェンジ。

10番の日向が山口の代わりに入り、そしてその日向がリベロの西谷と代わる。

 

山口は英雄凱旋! な勢いで盛大に出迎えられ、烏養や武田からもガッツポーズを貰った。

間違いなく過去最高の出来だった。

 

でも、それでも。

 

 

「―――日向」

「おん??」

 

 

山口は日向に告げる。

 

 

「次、10点獲るから」

 

 

最初は冗談の類だと思っていた。

でも、勝負が出来る様になった。近づく事が出来る様になった。……認められた気がした。

 

だからこそ、もっともっとと欲が全面に出てくる様になったのだ。

 

そんな山口の変化を見て日向は笑顔を作る。

 

 

「おう!! オレも負けね―――! 山口にもっ、誠也にも!!」 

 

 

今日、また1つ殻を破った雛鳥。

これから、どんな進化を見せるのか……。

 

 

「楽しみです。……それに、間違いなく山口君はこの試合のヒーローですね。ヒーローの1人」

「……ああ。ヒーローってのは別に何人いてくれても構わねぇ。複数いてくれた方が助かるってもんだ。……その山口が繋いでくれたチャンスだ」

 

 

まだ同点。

ここから勝ち切るには、どうしても後1点のリードが必要になってくる。

流れ的には最高の一言かもしれないが、相手も百戦錬磨。易々と点が獲れる筈もないだろう。

 

 

「ここで決めろ!!」

 

 

烏養の声援と共に、青葉城西のサーブが始まる。

花巻のサーブ。

 

狙い目はただ1つ。

 

交代で入ってきたばかりの田中だ。

 

 

「龍!!」

「っしゃああ!!」

 

 

澤村が退いた事で、烏野の守備力は間違いなく落ちた筈。だからこその選択だったが、それを承知でコートに入ってる田中が、簡単に狙い通りにいかせる筈がない。

 

試合に出られなかった分のフラストレーション、それを攻撃でだけでなく頭を冷静にさせたレシーブでも見せる。攻撃だけじゃ駄目なんだ。攻守出来て初めて自分の存在意義が認められる。

 

 

「俺に寄越せェェ!!!」

 

 

レシーブしたと同時に、鬼気迫る勢いで入ってくる田中。

その勢いは、先ほどの一撃を彷彿とさせ、攻撃力の高さが、先ほどの一撃を脳裏に残像として目の中に残ってしまっている。

 

そんな一瞬の強張りを、影山は見逃さない。

 

 

「東峰さん!!」

「「!!」」

 

 

田中を囮に、こちらも東峰(エース)を選択。

 

田中の勢いに、半歩遅れた青葉城西のブロッカーは触る事こそできたが、止める事もワンタッチをとって勢いを削ぐ事も出来ず、そのままサイドラインから外へと弾き飛ばされてしまった。

 

 

「よぉオオオオオオッシ!!!」

「ナイスキィィィ!!!」

 

 

23-24

 

 

烏野高校マッチポイント。

 


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