王様をぎゃふん! と言わせたい   作:ハイキューw

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うちわ0096様より、素敵なファンアートを頂けました!
感謝感激です! ありがとうございます!
これからも頑張ります!!

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第173話 青葉城西戦Ⅱ⑨

 

 

ここで更に流れが青葉城西側に傾く事になる。

 

点差は2点。

これ以上離されまい、と喰らいつく烏野。

再び1点差に戻す! と言う気概を胸に、花巻のスパイクを気合一発で拾うのは火神。

 

 

「ふんッッ!!」

「ナイスレシーブ! (———よし、頃合い!)」

 

 

火神が拾ってくれた連続得点(ブレイクチャンス)

この機会を決して逃さない! と、この時の影山が選んだ手は、日向によるバックアタック。

今日見せるのは初であり、初見に対して対応が遅れてしまうのは、先ほどの火神の主審の笛の音とほぼ同時のタイミングで放つ超高速(クイック)サーブで実証済み。

日向と火神を同系列で語りたくないのは当然な影山だが、今回に限ってはそう言う認識で行かせてもらった。

 

 

前衛には、東峰、月島の2枚、後衛には日向、レシーブをしたとは言え火神もセットポジション。

 

 

誰でも攻撃出来る。誰もが俺こそが打つと言う気概を持っている(表情がほぼ変わらない月島は怪しいと影山は思っているが)。

囮としての機能は最高であり、数多の手を選べるセッターとしては理想的な状況。

 

 

そこで選んだのが冒頭でもある通り日向のバックアタック。

事前に、バックアタックのサインを日向に出していた事も有り、淀みなくミスなく日向は飛び込んできて、小さな身体が空を舞い、軽快に、豪快にバックアタックを打つ――――。

 

 

 

 

ズダァァッッン!!

 

「!!!」

 

 

 

 

と物の見事に跳ね返されてしまった。

それも及川のたった1枚のブロックで。

更に言えば、そのブロックは非常にえげつない角度で跳ね返されてしまっており、これでは例えブロックフォローに回っていたとしても拾う事は出来なかっただろう。

一切の威力は損なわれず、スパイクの威力をそのままに跳ね返ってきた感じだから。

 

 

「―――うんうん、漸く俺の読みも冴えてきた。結構せいちゃんには引っ掻き回されちゃったから不安だったんだ~」

「!」

「えぇ……(そんな事したっけ?)」

 

 

見事にブロックを決めて連続得点(ブレイク)をして見せた及川は、チームで喜ぶ前に烏野側を見て(と言うより、影山とついでに火神を見て)不敵に笑う。

 

 

「俺の冴え渡る読みじゃさ? 飛雄は随分チビちゃんを空気にしてんな~~って思ったよ。せいちゃんのレシーブは完璧、此処で勢いに乗る為にもポイントゲッターなトコもあるチビちゃんを【今こそ使い時だ!!】って思った? ————俺もそう思った☆」

「………………平常心、平常心、へい、じょーしん……」

 

 

その笑みは不敵に笑う―――と言うより、あからさまな挑発。

そして、挑発相手は確実に火神ではなく影山に絞ってきていた。

挑発行為(こう言うの)が最も効果があるのは、火神ではなく影山だと言う事を及川は知っているからだ。……勿論、火神に挑発~と言うのは気が引けるし効果はいまひとつだと言うのも知ってるので影山を狙った、と言う理由もあったりするが。

 

 

「今日2度目。落ち着け飛雄。今のは及川さんの勝ち。……最後に勝てばヨシ、だろ。まぁ、今日の俺は他人の事言えないかもだけど、一応念のため、な」

「……………ああ」

 

 

非常に怖い影山だが、影山自身も自分を落ち着けようと懸命に藻掻いているのが解るので、あまり強くは言えない。……と言うより、火神自身もちょっとだけムキになってる節がある。

 

 

「(……飛雄程じゃないにしても、完璧な攻撃を完璧に捕らえられる、って結構クるな……)」

 

 

後1点が遠い。1点を積み重ねようとして、逆に取られる。精神的にもダメージはある。どうにか表に出さない様にしているが、火神だってそう言う時はある。世話のやける面子が多くて見えにくくなってるだけだ。

そして、この試合はそれだけ白熱し、極めてレベルの高い応酬だから、と言えるだろう。

 

 

「俺のバックアタックデビューが……!!」

 

 

それに日向に対して火神がフォローに入ってないのがその何よりの証拠なのである。

 

 

 

14-11

 

 

 

点差は広がって3点。

試合も中盤。……そろそろ追いつかなければ第2セットは黄色信号だ。

 

 

「今の、火神のレシーブも良く、流れを引き寄せるって感じもしたんだけど……」

「あそこで、1枚ブロックで切ってくるとはな……、絶対及川(アイツ)狙ってた。……視野が広くて、まさに狡猾ってヤツか」

 

 

2階席で嶋田と滝ノ上は揃ってため息を吐いた。

上から見ていても青葉城西の、及川の実力の高さが十二分に解ると言うモノ。

それがバレー経験者であるならば尚更強く感じられる。あの1枚ブロックは、及川の個人技でスゲーだけでは済まされず、綿密に計算された思考の上での1点だ、と知らしめられてしまう。

 

及川のレベルの高さは知っているつもりだった。でも、烏野を応援する身とすればあまり好ましいモノではないが、認識を改めなければならないだろう。

IH予選から成長し進化を果たしたのは烏野だけではない、と言うのは当然と言えば当然かもしれないが。

 

それに青葉城西はいつも白鳥沢に後塵を拝してきていたが、紛れもなくその実力はトップクラス。全国的に見ても何ら遜色ない、とも改めて思わせられる。

 

 

「泣き言いっても始まらんか。……この点差詰めないとマズイぞ。せめて20点に乗るまでに」

 

 

1セット目を獲ってるから安心……なんて考えは眼下で戦ってる選手たちは勿論、烏養だって思っていないだろう。

けれど、点差有りで20点台に突入ともなればより焦りが募り、精神的にも遅れをとってしまう可能性が高くなってしまうのを、経験者だからこそよく解っているのだ。

 

そんな時だ。動きがあったのは。

 

 

「あっ!! 菅原さんが!!」

「!!」

 

 

谷地がベンチに視線を向けると、烏養に呼ばれたであろう菅原の姿があった。

丁度、清水と烏養の間に座り、戦況を鋭い視線で見つめていた。

 

そしてここでより注目するのは、菅原の持つ交代番号プレートだ。

 

 

「またセッター代えんのか?? メッチャ煽られてるっぽいけど影山調子悪そうには見えないけど」

「ああ。今のは完璧に及川スゲーってだけで……って、待て。交代するの多分9番(影山)じゃないぞ」

 

 

じっ――――と見てみると、その番号が刻まれてるのは1番。

 

でも見えているプレートの1の数字の位置的に1番(澤村)じゃない。

 

 

「ああ、確かに流れは悪ぃ。良い具合に傾きそうだってのに、ここぞってポイント抑えて持っていきやがる。……でもな、このまま持ってかせねぇぞ。やれる事は全部やる」

 

 

烏養は戦況を見据え、出来うる手段の全てを模索し、選んだのが菅原と月島(12番)の交代。

次の点で月島は後衛に下がる。そのタイミングを見計らって菅原の投入だ。

 

 

 

 

「セッターの菅原さんが影山くん以外の誰かと交代、って事ですか……」

「ああ。戦術的選手交代だな」

「う~ん、漢字いっぱい使わないで」

「コラコラ、大学生。なんも難い漢字使ってねーだろ」

 

 

冴子の学力の低さは十分龍之介に遺伝されている様で……と言うのは置いといて、この嶋田の言う戦術的選手交代について解説を始める滝ノ上。

 

 

「交代って、不調とか怪我でする場合とピンチサーバーとかワンポイントブロッカーを入れる場合とあるだろ? 後者が戦術的選手交代。追い詰められての苦肉の策じゃなく、攻めの姿勢」

 

 

IH予選(前回)の交代を思い出してみる。

影山が及川にやられて一時ベンチへと引っ込んだ。アレは戦術的と言うよりは、影山の頭を冷やす為、落ち着かせる為に取った行動、つまり追い詰められた苦肉の策。

選手の、特に1年の精神的なコンディションをある意味整えていたのはリーダーも任されている火神だと思えるが、流石に全部宜しくは無理がある、と言うモノだ。

そして今。

 

 

「菅原を呼び、投入するのは絶対に後者。……多分、勝ちを取りに行く為の交代だ。多分な!」

「なんで多分2回いった?」

「だって俺、繋心じゃ無ーし! 断言できる程通じ合ってる~~とかも無ーし!」

 

 

 

そうこう解説・説明をしている間に、試合は烏野・青葉城西共に点の取り合いを重ねたシーソーゲームな展開がされている。

 

点数を重ねてきて現在は

 

 

16-13

 

 

変わらず3点差のままで、更に次は及川のサーブ。

チームも及川自身も士気を上げてきた、それが佇まいだけで、後ろ姿だけでよく解る。

 

 

「次! 強ぇのが来るぞ!!」

「ウス!!」

「アス!!」

 

 

そして、烏野側も大砲を前に迎え撃つだけの戦力を整える。

守備力トップ3(澤村・西谷・火神)が烏野の後衛を護る。

 

 

それをまるで嘲笑うかの様に―――。

 

 

 

——あ、キタ

 

 

 

毎日毎日研鑽を積み。

毎日毎日修練を重ね。

毎日毎日バレーボールを追い続けて……ここで漸く辿り着いた。

 

 

 

——サーブトス、過去一いいかんじ

 

 

心と身体、そしてチームの全てが合致して打ち放つ大砲はこれまでを遥かに凌駕。

火神が今までやってきた駆け引きや引き出しの多さではない。

ただただ純粋に強く、強く、更に鋭く、鋭く……それを積み重ねてきた結果の一撃は、エンドラインの白線上。それも(コーナー)に着弾した。

 

威力もそうだがアウトである可能性も極めて高い……と言う思考までもが足枷となり、ノータッチエースとなって献上してしまった。

 

 

本日の試合、初めてのノータッチエースは及川。

 

 

「―――――凄い」

 

 

意図せずそう口に出したのは火神。

 

もう何度も思う事。今でも及川の事は知っているつもりになっていた自分が居る事に気付く。

誰よりも何よりも、何度も何度も見続けて、目に焼き付けて、魂に刻み付けて、ある意味生まれる前から知っていたと今だに思っていた自身を恥じるべきだとそろそろ気付ければ良いのに、この感覚が正直たまらない。

 

そうだ。

 

自分が知るそれを、アッサリと、こうも容易く超えてくる。だからこそ自然と口端が吊り上がる、湧き出てくる感情が堪えられない。何よりも面白いし楽しい。

 

勝ちを譲れないのはお互い様で、その為の鍛錬をしてきた結晶。それを更に試合中でも上げてくるこの感覚。

全てを出して来るこの感覚。

もう、病みつきでやめられない。

 

 

サーブの着弾地点が一番近かったのは澤村。

 

横目で味方の笑顔が頼もしく思えつつ……やはり、頭の何処かでは及川の事が恐ろしく感じている。

 

 

「次は取る」

「! ウス!!」

「アスッ!!」

 

 

恐れを振り払う様に、そして間違いなく同種であろう後輩たちの背にも追いつきたい、と澤村は声を振り上げた。

それに呼応する形で全員の声が上がる。

 

及川のサーブは凄まじい。そして点差は4点と更に離された。

だけど士気は一切落ちていない。

 

 

「も1本!! ナイッサー!!」

 

 

続く及川のサーブ。

あの大砲が炸裂したのだ。否応なしに場は盛り上がるし、チームも同じく盛り上がる。

でも、及川自身は至って冷静。その熱い流れに身を任せて全身全霊でサーブを打ち放っても良かったのだが、最大にして最高を更新出来たあのサーブを前にして、目の色を変える事なく迫ってくる烏たちを見た気がしたのだ。

故に、再度落ち着き、気を改める事に注視した。

 

 

でも、今回ばかりはそれが良かった、とは言えないかもしれない。

 

 

「チィッ!!」

 

 

今回のサーブはネットに当たってしまったのだ。

ネットインサーブは相手の意表を突くプレイではあるが、ネットに当たって落ちた先が西谷が居る場所。

多少意表を突いた所で、西谷が簡単に決めさせてくれる訳がない。

 

 

「ふっっ―――!!(クソッ! 身構え過ぎた!!!)」

 

 

でも、多少は乱す事が出来た。

及川の強烈なサーブを目の当たりにしたからこその効果だと言える。

 

 

「すまん!! フォロー頼む!!」

「はい! 火神———!」

「おおッ!!」

 

 

月島が丁度乱れた(ボール)の近くにいた為、二段トスを火神に向かってあげた。

それは相手(ブロック)にしてみればレフト一択の、格好の的。

十分余裕を持って壁を3枚揃えた。

 

 

「間、しっかり閉めてくぞ。3対1だからって気ィ抜くなよ」

「はい!!」

「………ウス」

 

 

確かに東峰が烏野のエースで、日向もそれに近しいポイントゲッターと言えるだろう。

ただ、ここ一番で最も厄介なスパイカーは他の誰でもない、この火神と言う男だと岩泉は思ってる。

際々のコース狙い。技ありのブロックアウト。そして当然ながらパワーだってある。

技術ばかりに目を向けていると、これまで培い鍛え上げてきたであろうパワーで押し切られる事だって当然ある。

そして何より一番だと思えるのが、この対峙した者だけが感じ取る事が出来る()

 

【絶対に決めてやる】

 

と言うスパイカーであれば誰しもが持っているであろう決意。

ここ一番でモノを言うのは気合だ! と凡そ火神っぽくない結論だって言えるのだ。

 

 

「(———狙って、狙って………!!)」

 

 

火神が真っ直ぐ見据えて居るのは、金田一の手の先。

その視線は間違いなくブロックアウトを狙っている、と背後に控えている渡がそう結論付け、早速対応に打って出る。

 

ほんの少し……重心を後ろへと逃がしたのだ。これで外に大きく弾かれたとしても、重心移動で一早く駆け出す事が出来る。

 

 

そして火神の攻撃が来る。

跳躍し空中で弓を引く様に腕を振りかぶって……打つその刹那。

 

「―――ふっ!」

 

「「!!」」

「ガッッ!!」

 

 

インパクトのその瞬間までスパイクだと思った。

腕に力を入れた、手の指の先までしっかりと力を込めた。必ず止めてやる、と全力で跳躍した。

後ろを護ってる面子も、これまで打ってきたコースは勿論、渡の様にブロックアウトにも備えて守備体勢を整えていた……が、ここでただ唯一1つだけ意識外の手が有った。

何も難しい事じゃない。誰もがやった事があるだろう攻撃。……フェイントだ。

 

 

直前までフルスイングの構えだった筈なのに、その刹那の瞬間、まるでスローモーションになったかの様に目の前の光景がゆっくり、ゆっくり動いたかと思えば、そのフルスイングは急停止して軟打(フェイント)に切り替わった。

 

ここで嫌らしい上に見事だ、と思ってしまうのが、そのフェイントはそのまま山なり(ボール)になるのではなく金田一のブロックの指先、爪先に触れて勢いが死に、そのまま下へと落ちた事。

単純な山なり(ボール)なら通常のスパイクと違い、コートに落ちるまでの猶予がある。その時間どうにかこうにか飛び込んで拾い上げる事は出来なくもない。

でも、金田一の指に当たった事でもう少し浮く筈だった(ボール)が急速に勢いを失い、そのまま落下。

金田一もどうにか手を動かして(ボール)を拾おうとしたが、寸前まで筋肉の全てを硬直させて固い固い堅牢な(ブロック)を作っていた事もあり、直ぐにギアチェンジなど出来る訳もなく、更に一番近く、後ろで控えていた渡は重心を後ろにしてしまった事が災いして一歩出るのが遅れた。

 

結果、誰もが間に合わず烏野の得点。

 

 

「うおおおお!! ナイス!!」

「あそこでフェイントか!! いや、3枚ブロック相手ならフェイントって普通、全然有りえるんだけど、なんか当然の様に火神は打つ! って感じがしてたよ! 騙されたよ!!」

「い、今、ひゅあああ! ってなった!! 火神くん凄いッッ!!」

「スゲーぞ! 誠也ぁぁ!! ナイスだナイスぅぅ!!」

 

 

観客席側も大盛り上がり。

3枚ブロックに捕まった時は、流れの悪さもあってマズイかも……と頭に過ったが、それらが杞憂だと吹き飛ばしてくれる一打だった。

スカッとかっ飛ばした攻撃ではなかったかもしれないが、意識の隙間、一瞬の隙をつく様な針の穴を通す様なフェイントを見せられて、思わず息を呑み、声を振り上げて、拳を振り上げて盛大に盛り上がったのだ。

 

 

「―――よしっっ! 肝冷えたが流石だ火神! ナイスッ!!」

「つ、捕まるかと思いました……。流石火神くん。あの一瞬の滞空時間で一体どれだけモノを考えているのか……。頭の中がこんがらがってしまいそうです……」

 

 

烏養はガッツポーズ。武田は点を獲った事に対して安心すると同時に、まだまだ素人だとは言え、あの一瞬の空中での攻防の中に様々な駆け引きが存在した事くらいは解る。

 

 

「…………んッ ナイス」

 

 

武田の直ぐ横でノートを取ってる清水も思わず息を呑み、感情が全面に出た小さなガッツポーズを見せた程だった。

 

空中でのブロッカーとの対決は勿論、打つ先の地を護るレシーバー陣の事も頭に入れなければならない。

どちらも疎かにしてしまえば確実に捕まってしまう。それが外から見ていても解る程の青葉城西の陣形だったが、火神は見事に突破して見せたのだ。

 

 

 

17-14

 

 

 

まだ、点差はあるがそれでも嫌な流れを断ち切ってもおかしくない得点。

ここで更に仕掛ける。

 

 

「よし、行ってこい菅原!」

「はい!」

 

 

12番プレートを持った菅原が中に入り、月島と交代だ。

 

 

「火神ナイス! アレが日向がよく言ってる【静と動】か! 流石師匠だな」

「そーなんです! 秘義、静と動なんですっ!!」

「いえいえ、フェイントですよ。それ、木兎さんが面白がって言ってるヤツで~……って、なんで翔陽が先に答えてんの」

 

 

笑い合いながらもパチンっ! と菅原を始めとした日向とハイタッチを交わした。

 

 

「よっしゃ! こっから追いつくぞ!」

「「ウェーーーイ!!」」

「菅原さん、お願いします!」

「頼むぞ、スガ」

「任せた!」

 

 

ピンチサーバー……と言う訳ではない。

菅原の投入の目的はサーブではなく他にある。

 

勿論、サーブでも菅原は仕事をするつもりだ。

火神や影山、そして及川の様なド派手で強力なサーブは打てない。

火神や山口の様な魔球、超変化球なサーブも打てない。

 

でも、何度も何度も見て、考えて、まとめて……出来る事はある。

 

 

「(……っとは言っても、やっぱ入っていきなしのサーブはやっぱ緊張すんな……。俺も色々考えとこうかな? ……腕回したり、指鳴らせたり)」

 

 

菅原は(ボール)を火神から受け取り……、大きく息を吸い、そして吐いた。

ルーティンワークがある訳ではないし、今度火神の様に何か落ち着ける、気を落ち着けるルーティンでも考えてみようかな? と考えていた時に主審から笛がなる。

 

余計な事を考えていても、緊張をしていても、慌てたりはしない。十分落ち着けている。

大丈夫、大丈夫と2度程自分に言い聞かせた後、再び大きく息を吸って―――。

 

 

「んッッ!!」

 

 

サーブを打った。

自分の持ち技は強いサーブじゃない。強いサーブじゃないからこそ、狙った所に高確率で打つ事が出来るのだ。

 

 

「京谷!」

「ッッ!!」

 

 

それはネット際、アタックラインの内側に落とすサーブ。

それも、狙いは青葉城西の攻撃の要、京谷。

 

 

「菅原上手い!!」

「今の絶対狙ってたな!? 16番膝着いた! これで攻撃参加は出遅れる!」

「え! 凄いの!? 上手いの!??」

 

 

今は流石に冴子に説明は出来ない。

青葉城西の攻撃を凌げるか否か、その瞬間だから。

 

京谷が出遅れた以上、今この瞬間、この陣形で及川が使う最適な攻撃方法は1つに絞られる。

 

それは、金田一(真ん中)を使った速い攻撃(クイック)だ。

 

 

「「んッッ!!」」

 

 

日向と火神がブロックにつき、狙いを済ませて跳躍。

金田一も先ほどの火神のフェイントに自分が使われた事実には憤慨するが、だからと言って技術的に劣ってる自分が、自棄になって火神に突っかかったりはしない。

対抗心を燃やすよりもしなければならない事は当然点を獲る事。

与しやすい方に狙いを定める事。

 

火神ならばブロックでも寸前で何かやらかして来る恐れがあるから、日向に狙いを定めて、そのブロックを躱す様にコース分けをして打ち抜いた。

手に当たっていない為、一切威力が落ちない攻撃が烏野に向かう―――が、そこは後ろでコースを読んでいた菅原が飛び込んだ。

 

 

試合には中々出られなくても出来る事はある。

金田一がよく打ちそうなコース、そしてブロック。目に焼き付けてきたのだ。

 

いつ、どのタイミングで出ても良い様に、準備を怠らなかったのだ。

 

 

 

「ふんぐっっ!!」

 

 

 

体当たりする勢いで、正面からぶつかる勢いで躍り出て、その一歩の勢いがあったからこそ金田一のスパイクにも負けず、跳ね返す事が出来た。それも狙った訳でもないのにAパスで。

 

 

「(おおお! 良かった! 上がった!!)」

「ナイスレシィィブ!! かげやまぁぁぁぁ!!」

 

 

そして、勿論準備してきたとは言っても机上の論と実戦とでは訳が違うのも当然。捕るその瞬間、(ボール)が繋がるその瞬間まで不安でいっぱいだった菅原は、見事Aパスになった事を心から喜んだ。

そして、間違いなく次へと活かせる、と確信を持った瞬間でもあった。

 

そして、日向も全力でブロックに跳躍していたのだが、見事にレシーブが上がったのを見るや否や駆け出し、助走距離を確保し即攻撃姿勢。

金田一と日向、その攻守が一瞬にして入れ替わった。

 

 

「くそっ……! 止める!!」

「おおおおッッ!!」

 

 

そして、今回は日向に軍配が上がる。

金田一も負けじとブロックに跳ぶ所までは良かったが、日向が打った一撃の当たった場所が悪かった。丁度手首の下辺りに当たってそのままサイドラインへ弾けとび、ブロックアウト。

 

 

「日向ナイスキーー!!」

「おおっしゃああああ!!」

 

 

ここへきて、烏野の連続得点(ブレイク)

 

 

17-15

 

 

最大4点まで離れていた青葉城西の背に手が届く所まで迫ってきた。

 

 

「今の一発を捕るなんてスゲーな! 夕や誠也見たいだ! 流石3年生、レシーブ上手いっ!」

 

 

菅原の今のレシーブ。

金田一のスパイクをそのまま拾い、見事に影山にまで返球して見せた菅原に舌を巻くのは冴子。

当然、いきなり試合に出て、いきなりレシーブを成功させる事の難しさくらい彼女でも解るつもりだ。

 

 

「……成る程な」

「おん? 何が成る程?」

 

 

ここで、嶋田が烏養の意図を、菅原投入の思惑を代弁する様に頷いた。

 

 

「影山と交代する訳でもなく、烏野のもう1人のセッターである菅原を入れた理由さ」

「???」

「何か、理由があるんですか??」

 

 

冴子は勿論、日向の応援に声を張っていた谷地も菅原投入の理由が知りたい様で、コートから目を離して嶋田の方を見て小首を傾げた。

 

 

「あれだ。バレーはローテーションシステムで常に選手(プレイヤー)の位置が回る。前衛と後衛では役割も変わるから、そのローテローテで特徴ってのがあんのね。―――で、例えば」

 

 

上手く説明をしたいが、生憎ここにはボードは無い。

なので、脳内で上手く変換して欲しい、としつつ嶋田は更に説明を続ける。

ローテーションは右回りである事と、何処からが前衛で、何処からが後衛の位置になるのか、等の基本的な情報は省く。

 

 

「影山が後衛に回るローテでは、前衛に澤村・日向・火神ってバランスが良くてトリッキーな攻撃も仕掛ける事が出来るから間違いなく烏野の最も攻撃力の高いローテになる」

 

 

谷地は、何とか頭の中にボードを妄想して話を聞きつつ……冴子にもフォローを可能な限り入れた。

只管コート上を動き回る日向と火神、オールラウンダーな澤村が前に居る状態で攻撃力が高い、と言う評価は谷地も同感だったので、直ぐに頭の中には入ってきた。

 

 

「それで、次は逆に守りの強いローテ。これは影山・月島・東峰・火神って言う180超えが前衛に居ればそれが成立する~って言いたいけど、最も守りの強いって銘打つなら、俺なら影山・月島・東峰が前衛に来るローテだと思ってる。火神も勿論ブロック上手いケド、それ以上にレシーブが光ってる。後衛に火神・西谷・澤村って守りのローテは相手からすりゃ、何処打ったら良いんだ? ってなりそうなくらい固い守りだからな」

 

 

ここの嶋田の説明も、当然谷地は頭に入った。冴子にフォローアップが容易に出来る程度には頭に入ってきた。

いつだったか、最も会場が沸くプレイは何か? と言う話で、その答えはスーパーレシーブと教えられてから、何度も実感した事だからだ。攻撃だけではなく守備でも競い合ってる火神と西谷の姿はよく目に浮かぶ。そして拾う時いつも会場が大騒ぎになってるのも解る。

 

 

「それで今の状態。つまり月島サーブの筈だったローテに菅原が入ったヤツね。これは守備でも攻撃でも【谷間】だって言えるローテだ。前衛に影山と火神って言う強ブロッカーがいたとしても、烏野1の高身長の月島は後衛でブロック不可だし、西谷は不在。月島は正直まだサーブで攻めるって感じでもないから、どっち付かずの【谷間】」

 

 

次の嶋田の説明に対しても理解した様にふんふん、と頷く。

月島には悪いが、やはりレシーブやサーブではまだまだ見劣りしてしまうのは傍目から見ても明らかで、一番活かされるブロックが出来る前衛から離れると……防御力が正直落ちる。だからこそ、月島が前衛の時は西谷が守備に回っている所を見てもそうだ。

 

 

「その谷間を今までは凌ぐ事を意識していた筈だ。十分凌げるだけの攻撃力・防御力はあるからな。……でも、今の菅原投入は積極的に点を獲りに行った采配。……つまり、烏野に谷間(・・)なんてローテが無くなるって言って良いくらいの大きな意味があるよ。菅原も月島に負けずとも劣らず、狡猾な面があるの知ってるしな」

 

 

嶋田はにやりと笑った。

これまでも練習に何度か付き合ってるし、菅原と一緒のチームで試合をした事もある。

兎に角良く見ている男だと言う事を知っている。

 

相手が嫌がる所、やりにくい所、何より最善策を取る事が出来る選手でもある、と言うのが嶋田の評価だ。

 

現に、再び菅原のサーブでそれはより顕著に表れている。

 

 

「スガさんも一本! ナイッサァァー!!」

 

 

菅原が狙う場所はただ1つ。

先ほどと同じ京谷のいる場所。

 

それに加えて、ただ京谷に打つだけじゃない。より前傾姿勢に、少しでも前気味に動かす様に、アタックラインの内側を狙う弱さで打っているのだ。

 

そのおかげもあって、京谷は十分な助走距離を確保するのも困難となり、攻撃参加自体も難しくなってきている。身体能力は確かに高いが、身長が高い訳ではない。日向の様に十分な助走距離があってこその跳躍(ジャンプ)。これで威力も半減と言う事だ。

 

 

 

 

 

 

「……成る程。烏野の2番くんも中々狡猾だ」

「……ええ。京谷はWS(ウイングスパイカー)ですが、どちらかと言えばMB(ミドルブロッカー)に近い、ガンガン速攻に入ってくるタイプの男。……アレじゃ、京谷の助走距離が獲れずにそのままけん制される」

「加えて言うなら決して取れないサーブじゃないから、自分が獲るしかない、とも思うだろう。それこそが罠。京谷自身が動かされている(・・・・・・・)のだから」

 

 

性格から解る通り、京谷は守備より攻撃が好き。大好きだ。それがけん制されるともなれば、相応のストレスもたまる事だろう。

 

狡猾と言う二文字が当てはまる。或いは烏野の参謀か。

 

 

嫌な流れを生む菅原のサーブは相手の攻撃のリズムも崩す。

 

 

「っしゃあああ!!」

「大地さんナイスレシーブ!!」

 

 

「クソがッッ!!」

「どんまい!! ブロック!! 注意しろ!!」

 

 

これまでは良く決まっていた、良くカットしていた一撃が決まらなくなってきた。

思考の乱れ、それは例えほんの少しで有ったとしても、烏野の守備の前では致命的なのだ。

 

 

そして、青葉城西にとってのイヤなリズム……不協和音が続いている間にもう1つ仕掛ける。

 

 

影山・菅原はアイコンタクトを取ると、瞬時に2人の場所を入れ替えたのだ。

 

 

「!! (影山が攻撃に下がった!? いつものヤツと違う!!)」

 

 

いつもであれば、影山がサーブやスパイクで狙われファーストコンタクトをしてしまった場合、火神がセットに入る。即ち、不慮の事態に陥った時の補填として影山が攻撃に入る事は何度かあったが、これは明らかに違う。

影山の意志で、セッターと言うポジションを明け渡した!!?? ……と言うのは比喩であり、実際はただのサインプレイだろう。

 

でも、対応は後手後手になる。

 

 

何故なら、現在烏野のコートには西谷(リベロ)がいない。

故に、菅原が上げて攻撃するこの烏野のスパイカーは、実質5枚。

 

全員がスパイクに入ってきているのだから。

 

ブロックされたら、フォローする者がおらず、その時点で終わりだろう……と言いたくもなるが、この攻撃は凶悪だ。

 

菅原のセットもかなり綺麗で、読みにくく、安定しているから。

バックオーバーハンドで上げたその(ボール)は正確に影山の位置を捕らえていて……。

 

 

「ふんッッッ!!」

 

 

見事に、ブロッカーとネットアンテナの間、ストレート打ちで決まった。

 

 

 

「「「「おおっしゃあああああ!!!」」」」

 

 

 

これは烏野のコート上は勿論、ベンチ陣、更には応援席の全員が拳を握り振り上げた。

 

 

「な、ナイス……ないすき……っっ、ち、ちくしょう! 影山のストレートうめぇ……」

 

 

ただ、日向だけはなぜか悔しそうに歯を喰いしばっていたが。

 

 

「はっはは!! ほんっとオマエら似た者同士だよな!? ちょっぴり妬けるよ、全く」

「ふぎゃっっ!!」

 

 

ばしーーんっ! と悔しそうにしている日向の背を叩くのは火神だ。

影山も、自分がセットに入って、自分のセットで点を決めたら今の日向の様に悔しそうな目で睨んでくる。後サーブで決めた時も同様だ。

 

ただ、日向と影山じゃ少々技量に大きな隔たりがあるので……。

 

 

「練習あるのみ! んで、今はそれじゃなくて大いに盛り上がれ! 菅原さんが齎した流れ、一気に行くぞ!」

「わ、わかってるよ!!」

 

 

 

 

 

 

これは間違いなく烏野側に流れが傾きつつある。まだ、リードはされているかもしれないがそれでも現在のスコアは

 

 

17-16

 

 

間違いなく、着実に迫っているのだから。

 

 

 

「アレです! 今のはアレです! えと、影山くんと、菅原さんの2枚セッターだから、ツーセッターってヤツですっ! あ、あれ? 火神くんも居るからスリーセッター?」

「スリーセッターって久しぶりに聞いたな……。今のはツーセッターで良いと思うよ。火神はあくまで補填役。積極的にセッターしよう、って入ってる感じはしないし」

「む、ぬぬぬ? また新し単語を……つまりアレだな。今までの全部総合させて考えると……」

 

 

冴子は沢山覚える事がある、と頭を悩ませたが、記憶力は決して悪い方ではない。

それが勉強ではなく、この興味をそそられているバレーボール系に関しては尚更だ。

 

なので、ぜーんぶひっくるめて。

 

 

「戦術的ワンポイントツーセッター!! ってヤツだな!」

「いや、ドヤられても。長いから」

 

 

長いと言えばこの試合も随分と長く感じる。

こちらが1セット獲っていると言うのに、物凄く長く、長く感じる。

 

 

後1点。

 

 

それを獲る事がどれ程大変な事なのか……、この後身をもって知る事になるのだった。

 


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