王様をぎゃふん! と言わせたい   作:ハイキューw

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第170話 青葉城西戦Ⅱ⑥

 

ブロック3枚揃ったその壁の更に内側を抜く。

肩の可動範囲は基本的に限られた範囲内でしか動かない。無理に動かそうとすれば逆に痛めてしまうだろう。更に無理に打った所で狙い通りだったとしても手打ちになる可能性だって捨てきれない。

超インナースパイクとは、非常に難しい打ち方なのだ。

 

でもあの時———東京合宿の時、梟谷の木兎は一発で打ちきった。

 

体勢はストレート打ちでもクロス打ちでも出来る姿勢からの第3の選択肢 超インナースパイクを見事に打って見せた。

 

誰もが度肝を抜かれた。

あの自信家な木兎自身もそれは例外ではなかった様で、打った後も【まぐれ】だと公言していた程だ。

 

 

そんな見ている者の誰もがそこに来るとは思わなかった場面、誰もが決まると思っていた一撃だったのだが――――。

 

 

 

【んんんんっっがッ!!】

 

 

 

火神は初見で上げてみせた。

火神は拾って敵味方問わず皆を魅了してみせた。

まるで、木兎が打つ種が端から解っていたかの様に。

 

元々火神の能力が極めて高い事は最初から知っている。中学時代のあの公式戦で既に知っている。だけど、この一発は痺れた。

レシーブを生業とし、皆より長く高校バレーで(ボール)に触れ続け、主将の重役を担っていても、初心を忘れずに練習を続けてきた澤村自身も、あの一本は思わず痺れ、魅入ってしまった。

 

無論守備専門(リベロ)の西谷はより顕著に、その様子が表立って出ていたのを覚えている。

後輩である火神に引っ張られているのは今だに情けないと思っているが、それでも何処までも貪欲に、何処までも渇望し、何処までも前を見続けて皆を見せ続ける火神のプレイを見て、情けない等と言う感覚は徐々に薄れていき、それ以上に溢れ出る。

 

この感情は言葉にならなかったが、その気持ちに、その大きな波に逆らう事なく、西谷は勿論、澤村は乗る事にしたのを覚えている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そう―――澤村は梟谷との試合でのあの場面(・・・・)を澤村は鮮明に覚えている。

 

ただ、この場面でその光景(シーン)が頭を過るのは意図した事ではない。

 

 

 

 

 

「――――――――」

 

 

 

 

 

この一瞬にも満たない時の狭間で、まるで時間がスローになった様な、そんな稀有な感覚になりながら、あの日の事を思い返しつつ、冷静に自分の考えを張り巡らせる。

 

 

 

3枚ブロック、そして京谷のあの助走――――決定的なのは、火神が自分を呼んだ事。

 

 

 

「(ストレート(向こう)は塞がってる。打ってくるのはクロス(こっち)の一択。……加えてあの角度)」

 

 

木兎に比べたら至極読み易い。

正直に打つ方向に走ってきてくれるのだから猶更。

 

でも、取りにくい角度、コースである事は明白。脳裏に描いた通りの一撃が来るというのであれば。

 

 

「(取りにくい? ……はっ!)」

 

 

澤村は、自分の考えを一笑。

何を情けない事を考えているのだ、と一笑。

 

与えられた思考の狭間、その時間を後ろ向きに考えてどうする。

取れると信じて、前を向く。

 

 

 

「ふんっっっがっッ!!!!」

 

 

 

前に前に、飛び付いた。

 

京谷が穿つ一撃(スパイク)は、アタックラインの内側。

こちらの(ブロック)に掠ってすらいないから、その一撃はノーガード状態。

それでも、ここまでの道筋は見えている。

ここまで道筋を作ってくれている。

 

 

「(取らなきゃ、男じゃねぇだろ……!)」

 

 

ドンッ!!! と重い一撃をその腕に感じる澤村。

それでも決して腕の中から逃がさず、威力を殺しきって見せた。

 

 

 

「「うおおおおっっ!!??」」

「ナイスレシーブ!!!」

「火神にまだまだ負けてらんねーからな!!」

「! アスッッッ!」

 

 

 

火神はそれを見て痺れた。魅せられた。

確かにあの軌道……京谷の一撃は取れるとしたら澤村しかいないが、この一瞬の間で全て指示出来る訳がない。

取れなくても仕方ない。京谷が使ってくるスパイクの1つをその身体に覚えこませれば次来るときに対処し易い、と思っただけだ。

でも、それは覆された。

 

 

凡そ、澤村が火神に抱いていた気持ちがそのまま、火神から跳ね返るのだった。

 

 

 

「!!」

「ちぃっ!!?」

 

 

横目で拾われる場面(シーン)を目撃した及川と京谷は思わず顔を顰める。

 

1番会場が沸くプレイと言えばやはりスーパーレシーブが出た瞬間。味方だったらそのまま流れに身を任せて盛り上がり、調子を上げていけば良いが、敵側からそれをやられてしまうのはたまったモノじゃない。

 

 

「すっげぇぇぇぇ!! すげぇぇぇ!!」

「いや、なんでアレ獲れんの!?? 向こうのヤツの助走とか見て想像できたけど、身体なんか動かねぇって!?」

「やべー!! やべーー!! 守備力まで上がってってる!?」

 

 

あんなの取れる訳がない、とさえ思える一撃(スパイク)を見事に上げてのける。

その瞬間こそ、会場は敵も味方もなく1つになる。そして選手にとっても、相手の渾身の一撃を拾い上げる瞬間は何物にも得難い快感の波となって押し寄せてくるのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやよく、拾ったな澤村! あの超インナーを!!? あんなん拾えねぇぞ普通! 一発で拾うとか、一体どんなだよ!!」

「うっはっは!! スゲーーー盛り上がってる!!! ……うん?? ちょう、いんなー? なにそれ服? ユニ◎ロのヒートテック、的な?」

「違うわ!」

 

 

嶋田が意味をよく解ってない田中冴子に、そして谷地にも一連の攻防についての説明を入れた。

 

 

「今の、青葉城西の16番の攻撃な。烏野(こっち)は3枚揃ってたから、ブロックと向かい合う形になると、当然ブロックにぶち当たりやすくなるじゃん? まぁ器用に打ち分けたりしてコースの選択肢が有ったり、(ブロック)そのものを利用したり、高い技術を要する選手であればある程、多彩に攻める事は出来るけど」

「! それって火神君の事ですよねっ!?」

「まぁ、身近で言えばそうだな。東峰と田中は主にパワー型。日向は(殆ど異端だけど)スピード型。月島は頭脳派。……ん、火神に近しいと言えばバランス型の澤村か例外的にセッターの影山……って感じ? っとと、話が逸れた」

 

 

嶋田は咳払いを1つして、話をもとに戻す。

 

 

「さっきの攻撃はブロックの横から斬りこむみたいに打った。つまり右側から右手で打つ。だからこそあの極端なインナースパイクになるって事。あれだけ鋭角に打ってきたら後ろで構えてるレシーバー陣にはきついし、ブロックに当たらないから威力も変わらず、本当に取りにくい。……で、それを拾っちまった澤村はスゲー。まさしくスーパーレシーブだ」

「「おおおおお!!」」

 

 

詳しい事はまだまだ解らない部分が多い。

でも、最後の一言。烏野が、スーパープレイをしたと言う部分だけはハッキリと解った。

だからこそ、笑顔になるし、応援するのにも力が入る、と言うものだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、烏野からのカウンターが始まる。

澤村の見事なレシーブはAパスで影山の元へと運ばれた。

 

 

「ちぃっ! 今の取られちゃうのは想定外! んでも、ちゃんと切り替えなよ! 狂犬ちゃん!」

「…………ッッ」

 

 

及川からの指示? には返事を返さない。

それが京谷流……ではあるのだが、今回のはいつもと勝手が違う。

 

今のスパイクを拾われた事による動揺は思いの他大きいからだ。

 

渾身の一撃だったし、会心の一撃だったし、何よりあの位置からあの角度に放つ超インナースパイクは今日初めてのもの。それを初見で拾われた。高いプライドを持つ京谷にとって筆舌しがたい展開なのだ。

 

 

「(兎に角、今はこのカウンターをどうにかする事。……チビちゃんもせいちゃんもブロックに跳んで、攻撃体勢を整えれてない。なら、後衛の東峰(バックアタック)………)」

 

 

3枚ブロックで跳んでいた事と京谷のスパイクの威力。

アレを拾ってみせた澤村は流石の一言だが、早く強い攻撃だったからこそ、(ボール)も早い。一呼吸置く間もなく、()を要求される。

 

ブロックに跳んでいた日向と火神は当然ながら体勢が不十分。全力で跳び、長く滞空すればする程、コンマ数秒レベルではあるがロスが生じる。

特に日向は助走からの踏み込み、アレがあってこその跳躍だし、速さだ。速さが半減した日向などおそるるに足らずだ。

 

そして、警戒すべきはやはり後衛で控えている東峰(エース)の存在か。

烏野1のパワー、エーススパイカーは澤村の渾身のレシーブを見ても冷静沈着。虎視眈々とその爪を研ぎ、攻撃に備えているのが見てわかる。

 

 

「(でも、だからと言ってせいちゃんを無視する事はできない。絶対)」

 

 

当然、及川の頭の中では最警戒人物を除外していない。

ブロックに跳んで体勢が整ってない万全じゃない状態の火神であっても及川の中では無視する事なんてできやしないのだ。

限られた条件下の中で、最善にして最適な解を、最速で導き出す。そして得点へと結び付け、皆を鼓舞する事が出来るのが火神だ。

それでこれまでに何度も煮え湯を飲まされてきた。これまで何度も嫌な流れを見せられてきた。

 

 

「(選択肢多数。セッターにとってこれ以上ないくらい美味しい場面。だからこそ―――――)」

 

 

絶好のカウンター。

攻撃手段は少ないかもしれないが、十分過ぎる程勝算のあり、且つ早いラリー故に青葉城西側も整っていない状態。

 

 

だからこその……。

 

 

 

「ツーの可能性!」

「ッッ!!?」

 

 

 

及川の結論は影山のツーアタック。

火神でもなく、東峰でもなく――――影山のツーアタック。

日向の囮の効果は殆ど無かったとはいえ、存在するだけで優秀……厄介極まりない相手が要るこの場面で意表を突く影山。

 

 

及川の咄嗟の判断、直感は見事に的中。

今度ばかりは、ディグが得意な火神も攻撃体勢に入っていた事もあり、(ボール)には届かない。

 

 

「うおおおお!!」

「ここでツーかよ! んで、よく読み切ったな、及川!!」

「強いの来る!! って思わせといてのツーアタック、こっちまで意表突かれた!! って感じだったのに、いったいどんだけ冷静だよっ!?」

 

 

澤村のスーパーレシーブに場が揺れ、続く及川のナイスブロックで再び場が揺れる。

一体何に驚いて良いか解らなくなりかけた者もいた。

 

 

「ぐっ……」

「うんうん、飛雄。解るよ解るよ」

 

 

地に降り、影山と目が合った瞬間、及川はにやりと笑い、嘲笑う様に今の一連の攻防、影山自身の心境を、図星を突きながら説明を始めた。

 

 

「こっちは良いヤツ拾われた上に、守備共々バタバタだった。そんな相手なら、なるべく早く攻めた方が良いよね~~?」

 

 

影山は以前よりはスピードに囚われなくなった……とはいえ、自分自身でも決める能力があり、最善と判断したのなら素早くツーアタックも仕掛ける事が多い。結果高い確率で決まっている。

でも、及川(相手)が悪かった。

 

 

 

「せいちゃんに加えて東峰(後ろ)も健在。チビちゃんいなくても十分囮になる布陣だよ。

まさに理想的なカウンター展開だ。……だからこそ意表を突くツーが、一番イケるって思った? ――――オレもそう思った☆」

「ッ~~~、へい、ヘイジョーシン、ヘイジョーシン……」

 

 

 

会心の煽り。性格の悪さが際立つ会心の一撃。

 

影山の脳髄に、及川渾身の笑みと共に叩きつけられてしまった。

先ほどにもある通り、影山のツーアタックは優秀。練習試合でも公式戦でも、いつも高確率で決まるのが影山のツーアタックだ。

だがやはりこの及川相手には厳しいと言わざるを得ない。

前回の焦りと苛立ちから生んでしまったツーアタックとは違って、今回は影山自身が自信を持って選んだ選択肢()だったから。

 

だが、なるべく、……なるべ~~く、引き摺らない様に《平常心》を口に出し、何とか邪心とあの及川のしたり顔を消そうと躍起になって……直ぐに皆の方を見て頭を下げた。

 

 

「スンマセン!!」

 

 

及川の会心の煽りは当然皆も見ている。だからこそ影山を更に責めようモノなどいる訳もない。

 

 

「ドンマイ! ……いや、正直今のオレは、あの一本取って満足しちまった部分があったかもしれん。攻撃を完全に任せた上に反応が遅れて出遅れた。攻撃参加して選択肢の1つになるべきだった。修正する」

「ドンマイドンマイ。あそこで打つって思わなかったからオレも影山に騙されたよ」

 

 

澤村と東峰は軽く影山を叩く。

悪いプレイじゃなかった、と言うのはここにいる皆誰もが解っている事だ。

 

 

「わっはっは。《秘義・静と動》もまだまだ使いこなせてない様だね、影山君! ドンマイ」

「……………」

 

 

でも、やっぱり例外と言うものはいる訳で……。

日向はここぞとばかりに上から目線? かの様なもの言いをした。

 

及川に煽られてそれなりに、かなりキてる影山が日向の更なる追い打ちに黙っていられるわけも無く。

 

 

「…………………………」

「いだだだだだだだ!!」

 

 

ただただ無言のアイアンクローである。

 

 

「翔陽、今のは静と動(フェイント)じゃなくて、ツーアタックな」

「いだだだだだ!! それより止めてぇぇぇぇ」

「自分で煽った癖に何言ってんの。いい加減学習しなさいっての」

 

 

暫く―――と言ってもほんの数秒間だけ影山を好きにさせる火神。

日向の煽りの呼応されるかの様に更なる追撃を見せるのは月島。

 

 

「まぁ~~、あっちの方が王様より何枚も上手だった、ってだけデショ」

「ぐっ……!!」

 

 

追撃、と言うよりは事実を言っただけだ。

でも、それこそが影山にとって非常に痛い。自分で解ってるからこそ痛い一撃となる。

 

だから、日向を捕らえるこのアイアンクローの威力が上がってしまうのも仕方ない。

 

 

「いだだだだだだだ!! 力! 力増してるっっ!! なんでオレにぃぃ!!」

「はいはーい、確かに及川さんは凄いから事実かもだけど、月島も更に煽んないで。飛雄もその辺で。翔陽の頭割るの一時中止」

 

 

ここまで、と手をパンパンと叩いて制する火神。

何だかんだと月島は言えてスッキリした様で、西谷と変わる為にコートの外へと向かった。

 

 

「月島の言う通り。さっきも言ったけど今のは及川さんスゲーで良いと思う。俺も飛雄がツー打つのギリギリまで解んなかった。……その辺はやっぱり付き合いの長さがモノをいったんだと思う」

「「……………」」

 

 

何故か、影山だけでなく及川の方まで黙った。

影山と同じチームだったし、確かにそれなりに長いのは間違いないのだけど、なんだか実際に言われるのは嫌だ、と言わんばかりだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「オラッ! 向こうに意識集中してんじゃねーよ! 殆どマグレ当たりだろ、今の」

「痛っ!!? ヒドイな岩ちゃん! オレのスーパープレイだったでしょ!? マグレとか言わないで!」

 

 

そんな及川の頭に一撃を入れるのが岩泉だ。

確かに流れを呼び込むブロックだったのは間違いないが、あれは紙一重。京谷のスパイクを拾われた上に、決められてしまったら間違いなく向こうに傾く。それだけギリギリだった。

 

加えて、烏野の立て直し方は正しくお手本の様。

なのにこちらは主将自らが上の空になってしまっていて目も当てられない。

 

 

「チっ……!」

 

 

そして、京谷の方も少々問題。

こちらの点になったのだが、渾身の一撃だった今のを上げられてしまったのだから気分が良いとは言えないだろう。

 

 

京谷(お前)も。もう解ってんだろうが念のため、もっかい釘さしとくぞ。……烏野(あいつら)は強ぇ。気分なんぞでプレイに影響が出てる内は絶対に勝てない。特にお前が目ェ付けた火神(アイツ)にはな」

「…………ウス」

 

 

岩泉の話はちゃんと聞く。

それが京谷の中での階級社会(ヒエラルキー)

 

ただ、岩泉の言葉だから従う――――と言った単純な事でも無い。

 

火神と言う男と対面した時の雰囲気。笑顔から一転したあの不敵な表情。たった数合のやり取りに過ぎないが、十分過ぎる程京谷には刺さっているのだ。

 

 

「ぐううう、岩ちゃんの方が主将してるのどうかと思う……」

「そりゃこっちの台詞だ! オラぁっ! 次だ次! 畳みかけんぞ!」

「はぁぁぁ~~~~~……解ってるよ」

 

 

言われるまでも無く。

取り合えずお茶らけるのは一端ここまで。

 

及川は、京谷をオープントスで使う事を決めた選択が誤りだったとは思っていない。

可能な範囲内ではあるが、これまでの試合で烏野が超インナースパイク、あそこまで鋭角なスパイクを受けた映像は無かった筈。

京谷の助走を見れば、予想出来るかもしれないが、それでも堂に入り過ぎている。

 

 

「(やっぱし、超インナー(似たようなの)を貰った事がある、って感じかな)」

 

 

及川が選んだのは京谷。

気分屋な所があり、チーム1扱い難い男をノせる為に使った一手。それが間違いだったとは思わない。でも、かなり危なかった。確かに点を獲られる事は阻止したが、こちらのスコアラーを抑えられた現実は変わらないのだから。

 

 

「狂犬ちゃん」

「……!!」

 

 

及川に呼ばれて、変な呼び方するな! と言いたい気持ちがあった京谷だったが、口まで出てくる事は無かった。

その表情を見て、言葉が出なかった。

 

 

まだまだ(・・・・)、お前を使ってくからな」

 

 

そして、その言葉に対し、京谷は及川に対し睨む様な鋭い視線を向けた。まるで目が語っているかの様。

そこには次こそは打ち抜く、と不退転の決意を感じられた。

 

 

 

 

 

2-1

 

 

 

青葉城西が1歩リード。

そして続くは岩泉のサーブ。

 

 

「ふぅ~~~~………」

 

 

京谷に告げた事は岩泉自身にも言えること。

烏野は強い。口に出して言いたくはないが、強さのタイプが違うだけであの白鳥沢とも何ら遜色ない。

認めたくはないが、認めたうえで行かなければならない。

 

 

「――――1本、獲る」

 

 

額に(ボール)を押し付け、念を(ボール)に送る。

この1本で相手を抉る。風穴を通す。強打を打てるのは及川だけでなく己も同じだと。

 

 

「強ぇぇのが来るぞ!! 一本!!」

【アス!!】

「ウス!!」

「おう!!」

 

 

その雰囲気は烏野にも十分伝わっている。

及川だけじゃない事くらい、岩泉が決意するまでも無く、皆が思っていた事だから。

 

そして、笛の音が鳴り―――再び想定以上の一撃が放たれる。

及川の一撃に勝るとも劣らない代物が、間違いなく入っている一撃が東峰を襲った。

 

 

「旭!!」

「うグッッ!!」

 

 

東峰は何とか反応出来た。

だが、それだけだ。

サービスエースこそはさせなかったが、岩泉のサーブの威力を殺す事は叶わなかった。

 

 

「くそっ!! スマン!!」

 

「返ってくるぞ! チャンスボール!!」

 

 

大きく孤を描く(ボール)は青葉城西側のコート上に向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なるほど。そりゃ確かに嫌だわな」

「?? 何がでしょうか?」

「いや、強打サーブ連続ってのは、嫌だな、って」

「……はい。確かに」

 

 

烏養は岩泉のサーブを見て苦虫を噛み潰した様な顔をする。

武田も烏養の言っている意味を即座に理解し、しかめっ面をした。

 

 

「(及川と岩泉のサーブが続くこと。……烏野(ウチ)でいや、影山-火神のサーブが続くみたいなもんだ。こっちにとっちゃ心強いってもんだが、逆にやられる側って考えりゃ結構なプレッシャーだな………)」

 

 

全ての始まりであるサーブが強いチームは強い。

それは小・中・高・大・社・世界、全てのバレーにおいても最早自明の理だ。

 

強いサーバーが決めれば士気が上がる。

決められればプレッシャーがかかり、それがローテーションシステムで延々と続く。

解っていた事ではあるが、改めて及川を……青葉城西のサーブの力を侮り、少々烏野の守備力を過信気味だったかもしれない。

 

 

「(決して軽視していた訳じゃない。……そもそも青城(あいて)は前回負けてるチームだ。仕上がり方も、白鳥沢(王者)に十分迫る程のチーム。……及川以外のサーブも注意しろ、と言ってきた。でも、想定以上に仕上がってる。岩泉(アイツ)も)」

 

 

及川に次ぐビッグサーバーへと成長を果たした岩泉。厄介に想うと同時に、純粋に敬意を称したい烏養だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして場面は青葉城西のチャンスボール。

問題なくレシーブで及川に返し、最高の形で攻撃に入る。

センター線に切り込んでくるのは金田一と京谷。つまり―――。

 

 

 

「ダブルクイック!!」

 

 

 

左右同時に攻撃に転じ、どちらを使ってくるか最後まで解らない早い攻撃。

だが、今回に限ってはどちらを使ってくるか分かる。

 

 

「!!」

 

 

火神は勿論、日向も気づいた。

2人の同時攻撃。

片方は明らかに殺気立ち、次こそは決めてやると言う強い決意をその表情に、雰囲気にまとっていると言うのに、もう1人は完全に飲み込まれてしまっている。遠慮している、と言うより、その圧に完全に気圧されてしまっている。

 

 

「こい、翔陽!!」

「っしゃあ!!!」

 

 

狙いを定めて京谷を迎え撃つ。

及川ならば、ここから金田一に切り替えるだけの技量を備えているかもしれないが、攻撃する前から気圧されているスパイクはただのテレフォン。烏野の守備陣ならば捌いてくれる。

だから、2枚で京谷を迎え撃つ選択を取った。

 

 

結果は―――。

 

 

ドッ ガンッっ!!

 

 

壁をぶち破り、京谷側に軍配が上がる。

 

 

「ぬぅっつ!!」

「ナイスキー!!」

 

 

日向の右手に当たり、そのまま抑え込む事が出来ず弾き出されてしまった。

読みは良かったが、完全にパワー負けしてしまったのと……。

 

 

「翔陽、ブロックは手を前に出す、な? 今の早く跳ぶ事を意識し過ぎて、壁全体の位置が下がってた」

「ぬぅっっっ!! スマンッッ!」

「ドンマイ!」

 

 

日向は、身体能力でカバーをしているが、まだまだブロックに関しては未熟の一言。

でも、事バレーにおいては学習する。

 

 

「次はとめーーーる!!」

 

 

徐々に身体能力に頼らず考えて動く様になっていっている。……上手くなっていってる。

でも、まだまだここからだ。

 

 

「何べん言われてんだよ」

「うぐっ、わ、解ってるよ!!」

「ほら、次に集中。……ブレイク取られたな……」

 

 

 

 

 

 

 

3-1

 

 

 

連続得点で青葉城西が一歩リードを広げる。

 

 

「こらこら、金田一。今躊躇したでしょ?」

「ッ!」

 

 

日向や火神が解っていた様に、当然ながら及川も金田一の攻撃姿勢には気付いていた。

 

 

「いくら【狂犬】でも、そう何回も噛みついてこないから、躊躇わずに入ってきなさいよ。読みの鬼のせいちゃん相手にそれは悪手。ってか、あっちのチビちゃんも気づいてたぞ」

「すんません!! ちょっとビビッてしまいました!」

「素直で宜しい。んじゃ、次はよろしく」

 

今のは、京谷が打つ事を読まれてしまっていた。

金田一の姿勢がちゃんと攻撃姿勢になっていたら、直前で変更する事もやぶさかではなかったのだが、まずは京谷のエンジンを温める方が先決である、と及川はその手を選んだのだ。

 

 

「(でも、意外や意外。せいちゃんじゃなくて、チビちゃんの方を狙うとはね。絶対突っかかっていくって思ったのに、……色々と本能的に感じたのかな? せいちゃん(危険度)、ってヤツ)」

 

 

京谷はいつも強そうな相手を見つけて噛みつこうとする。

それは1年だった時に当時の最上級生である3年に対して噛みついていた。

続いて岩泉に対し悉く勝負を吹っかけてきた。

 

正面から受け止め、敗北を喫した岩泉の様に……とは言えない。この野生は考える様になってきた、と言う事だろうか?

考える様になってきた野生と言えば、向こうの日向もそう。敵に回すと何処までも厄介。

 

 

「(そんでもって、その厄介な存在は俺たちの方にもいる、って事だな)」

 

 

及川は、にやりと笑うのだった。

 

 

 

 

「やはり慣れない分、ギクシャクしてますね……」

「まぁ、様子を見てみよう。……及川(アイツ)を見てる分には、問題は無さそうだけどな」

 

 

京谷がチームに加わった事で、新たな流れを生み、それは毒にもなりえる事を溝口は危惧し、そして入畑もそれを理解しつつ、まだ傍観に徹している。

だけど心配はしていない。

及川が使用法容量を間違えず、正しく使い、最大限に効力を発揮する事が出来ると言う事を知っているから。

 

 

 

続く青葉城西のサーブ。

岩泉は大分感覚が解ってきた様で、精度重視から力重視へと徐々に切り替える事にした。

 

 

「(……少なくとも、まだまだ100%の力で打ててねぇ。これまでホームランか、ネットか、大暴投になっちまう事が多かったからな)」

 

 

常に及川(ライバル)を意識している。

スパイクやレシーブ、そしてサーブ。欲を言えばトスだって負けたく無い気持ちではある。

 

 

「———もう、一本」

 

 

だが、今はサーブだ。

及川に負けない、及川以上をイメージし……。

 

 

「岩泉! も一本!!」

「ナイッサー!!」

 

 

全身全霊で打ち込む。

力を重視した故に、精度は幾ばくか落ちるが、当たりは問題ない。

 

だが、狙い所が少々課題だ。

 

 

「おおっしゃあ!!」

 

 

レシーブに定評あり、先ほども京谷の一撃を上げて見せた澤村へと向かってしまったから。

如何に剛速であったとしても、正面に向かってしまえば拾われてしまう、と言う事だ。

それが相応のレベルに居る者ならば尚更な事。

 

 

「大地さん、ナイスレシーブ!!」

「ナイスレシーブ!!」

 

 

澤村のレシーブは見事、Aパスで影山の方へと向かう。

使うは日向、火神、そして後ろに東峰も控え、万全と言える中、誰でも選び放題な状況の中、影山が選んだのは……。

 

 

【くれ!!】

 

 

一番、目で、圧で、存在感で、(ボール)を要求していた男。

 

 

「火神!!」

「ッッ、くそ!」

 

 

影山が選んだのは火神に対するレフトからの攻撃。

日向がセンター線で存在感を放っていた為、金田一はやや出遅れてしまった……が、即座に体勢を立て直す。

 

 

「(攻めて、クロス(こっち)には打たせない―――ッッ)」

 

 

横っ飛びで、火神に食らい付く。

ストレート側には、渡が控えている。完全に技巧派だと言える火神だが、ノーブロック状態で拾える程生易しいものではない事は解り切っているが、現状において、最も可能性が高い手段はクロスを締めて、ストレート勝負に持ち込む。

 

 

 

「(————と、考えてるな)」

 

 

 

一瞬の事だが、集中している火神は相手側の意図を察知。

金田一のブロックは止める為のものではなく、コースを制限させるもの。影山のトスで振り切れなかった金田一の反応速度は大したモノだが、破れかぶれなブロックは基本を忘れがちだ。

 

 

【極力横っ飛びするな】

【面積を広げろ】

 

 

合宿中のブロックの練習で何度も何度も聞いてきた言葉。

そして、もう1つ。

 

 

【脇が甘い】

 

 

これは、青葉城西の岩泉、伊達工戦で打ち切った時の言葉(思想?)。

ブロックは攻守の要。一本たりとも気を抜いてはいけない。

 

 

ゾク――――ッッ!!?

 

 

こんな一瞬にも満たない、説内の時間帯で、金田一は背筋に冷たい何かを感じた。

汗が一気に冷たく、氷になってしまったかの様に思えた。

 

ゆっくり、ゆっくりと動く視界。

跳び付くブロックは、(ボール)を止める為ではなく、ストレート側に打たせるだけの脆い(・・)壁。

 

それを見破ったのか、火神と目が合った。

 

 

 

「ん――――――ッッ!!」

「!!」

 

 

 

ストレート側勝負、ストレート打ちだと思っていたあの空中姿勢から、火神は腕と手首の撓りだけで軌道を変えた。

 

針の穴を狙うかの様に、横っ飛びで姿勢が崩れ、最早壁として機能していないブロックの()を狙う。

コートエンドを狙い撃つ。

 

寸前までストレートに来ると身構えていたレシーバー陣はまさかの直前でのクロス打ち、ブロックに掠らせない一撃に驚愕する。

 

 

 

―——そう、たった一人を除いて(・・・・・・・・・)

 

 


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