――お前の1番のスピード 1番のジャンプで 跳べ。ボールは俺が
影山が、日向に対して言った言葉。
それを聞いた時、火神の中では電流が身体を貫いていた。
まるで頭から落雷でも受けたかの様。決して大袈裟なんかではなく、それ以上の表現の仕方が火神にはわからなかったんだ。
そして月島も山口も、そこまで警戒してはいなかったが、常に試合中 声掛けをし続けていた火神が黙り、集中しだした事で 何かが来るのではないか? と直感していた。
日向と影山の歯車が噛み合いだした。
切っ掛けは、日向のあの発言。中学の時とは関係ないと言ったあのときから始まり、続いて影山に速攻のトスを
その後は 何度かミスを重ねたが、影山は菅原に諭された。
そして この場で日向との付き合いが最も長い火神にも同じく。
日向の【すばしっこさ】と言う武器を、影山は活かさず殺していると。
中学の頃は、まだギリギリ繋いでいた選手達と日向は違う。まだ一緒に練習も殆どしてない事、そして日向にはまだ技術が伴ってない事、何より影山の超高速セットアップに対応するような練習をこれまでに一度だってしていない事。
だから それらの欠点を影山の天才的な技術で補えないか、と 諭したのだ。
そして今。
影山の集中力は極限にまで研ぎ澄まされていた。世界にはただ自分1人であるかのように静けさに包まれ、そして続いて自分と日向の2人がいて、視野は徐々に広がり味方の田中、相手側の3人にまで達した。
日向が何処にいるのか、ブロックの位置、ボールの位置、次の瞬間どちらにどう動く? どこに跳ぶ? 何より日向のジャンプのMAX位置はどこだ?
全てが噛み合う。――頃合い。
―――今!! この位置!! このタイミング! この角度で!!
放たれた影山の超高速トスは 限りなく正確に、そして日向の運動量を損なわない限界ギリギリの勢いで日向のフルスイングする手の中に達した。
―――ドンピシャ!!!
気付いたころには、日向は打ちおろしていた。気付けばボールは火神の顔面スレスレ、丁度ボール半個分程右に逸れて、コートに叩きつけられていた。
誰もが反応できなかった。
「――――よしっ!」
「ッ!? ッッ!!?」
影山の渾身のガッツポーズ、そして日向は感動に包まれていた様だった。
「手に、手に当たったああああ!!!」
「はぁ? 手に当たった? 大袈裟だな……」
スパイクを打つんだから、手に当たるのなんて普通だ、と言わんばかりに月島は呆れた表情を見せていた、が。
「全然大袈裟じゃないぞ月島。……翔陽は今、目を閉じて打ってた。目をつむった上であのスパイク。……うん。ちょっと真似できないな」
「「「「はぁっ!??」」」」
火神の言葉に、月島は……いや 月島だけじゃない。影山も田中も 山口も驚き声を上げていたのだ。全員の視線が火神に集まる。そして、火神はそれ以上説明をせず ただただ目を輝かせていた。
「どういう事だよ、それ!?」
「おい、火神! 黙ってないで説明しろ!!」
「そうだそうだ!!」
月島が追及してくるのはわかる。今はチームメイトだから。
でも 影山や田中まで火神に聞いてくるのは如何なものかと思われます。
貴方たちは 日向本人に聞けば早い話だから。
だが、火神は普通に説明を開始した。
「多分、アレはジャンプする瞬間からかな、翔陽が目をつむってたのは。そこからスイングするまでの間ずっと目を閉じてた。アレだけぎゅっと目を瞑ってたらわかり易い」
眉間に皺が寄ってる程、力いっぱい目を瞑ってる日向を見て火神は不意に笑ってしまっていた。絶対に目を開けないという意思表示がその顔に現れていたから。
「それで、影山がボールを見てない翔陽の掌にボールを持って行ったんだ。それもあんな高速で。加えて翔陽の飛ぶ位置、高さのMAXの位置、スイングの速さ。どれか一つでも外れてたら、あんなの成立しない。……全部、寸分の狂いもなく合わせた。ほんと機械かよって感じだよな」
「はぁっっ!?」
本日二度目の絶叫月島。基本的にクールに相手を煽っていく月島にとってすれば珍しいともいえるのかもしれない。
日向は日向でお祭り騒ぎ。スパイクが決まった時の快感に酔いしれている。何度も何度も阻まれた壁を超える事が出来た喜びが半端ではない様だった。
影山も成功したのは良かった。完璧な位置とタイミングで、完璧な所へボールを持っていく事が出来た。それは喜ばしい事間違いないのだが、まさか目を閉じていたのには驚いた様だ。
今の日向が出来る事は影山のトスを100%信じるという事だけ。それだけを信じて実行したんだ。確かに順位をつけるとするなら トスが一番難しく神業だと言っていい。でも、日向の100%信じて跳ぶ事も容易くは決してない。
――日向の、あのバネも機動力も、俺のトスなら……活かせる!!
影山も心に決めた。
「よし! 日向のスパイクが決まればマークが分散して田中さんも打ちやすくなる!」
「おお!」
「よっしゃ!」
目に光が戻ってきた。
勝負を諦めた者は決してこの中にはいない……が、あの脅威のオールラウンダーの火神を前にしたら、どう攻略すれば良いか頭が痛くなりそうだったのだが、それも薄まっていくのを感じた。
「……俺達には、信頼関係なんて微塵もないが……、次もボールは俺が持っていく。信じて跳べ!」
「おう!!」
「……それで、
「ッ……」
日向は ぐるっ、と振り返って火神の方を見た。
確かに負けたくない。絶対に負けたくない。でも、火神は今まで自分を救ってくれた男だ。どんな時もいつも一緒にバレーをしてくれて、この高校ででも最初は渋っていたけれど最後には戻ってきてくれた。倒すべき相手……とは 日向の中では なかなか連想出来なかった。この影山の速攻なら 火神も反応できなかった様だから、行ける! と思う反面 頭の何処かで少しの迷いがあったのだが。
【もっと、もっとだ……来い翔陽、影山!】
「……ッッおう!!!」
……日向は火神の顔を、目を見た瞬間に、そう言われたように感じ、そしてそれらの迷いは吹き飛んだのだった。
その後もう一度あの神業速攻……もとい変人速攻を繰り出そうとしたが、見事に日向の顔面を打ち抜いて失敗。
「……ほら見ろよ。あんなのマグレだろ。理解不能だって」
「はっはっは、翔陽はそういうヤツだってさっきも言ったじゃん? 月島が理解できないっていう理由もわかるけどさ。今、アイツはああするしかないんだ。例え、顔面レシーブ10回くらい受けてたとしてもな」
「おいぃ!! 2回目でも嫌なのに、10回も受けてたまるかよー!」
「10回もミスるか!! なめんな!!」
月島と火神の会話に割って入ってくる日向と影山。敵味方に分かれている状態だけれど、本当楽しそうだった。
「うぅ~ん……、さっきのはやっぱりマグレだったか? 月島の言う通り」
「でも、確実にトスの精度は上がってきてるよ。……凄い集中力がこっちにまで伝わってくる」
外から見ていても、アレが狙って出来たものなのか疑わしかった。火神の説明があった所で、一度目はマグレ、二度目はないというのが普通かもしれない。
でも、菅原はそうは思わなかった。同じセッターというポジションだからか 影山の凄さがひしひしと伝わってくるのだ。火神も勿論凄かった。でも、影山のあの精度はまた別格。たった1度の3対3試合形式の練習でこんなにも驚かせてくれる事に興奮していた。
「……凄いよなぁ。火神の事ばっか注視してたんだけど、あの日向も」
「大地?」
「ああ、日向が凄いっていうのは、大体わかってたつもりだったよ。あの中学ん時の試合見てからな。でも、運動神経は凄かったんだけど、それ以上だった火神の陰に埋もれてたって印象は捨てきれなかった。でも、あの日向を見てたら認識改めなきゃなぁって思う。他人を100%信じるなんて、そうできるもんじゃない。それも因縁の相手にするなんて」
澤村は、思わず笑った。
「月島の言っていた理解不能っていうのも判るよ。……ほんと凄い奴らが入ってきたもんだ」
何処か遠い目をしてる澤村を見た菅原は、澤村の背中をぽんっ、と叩いていった。
「なんか、後は任せて旅に出るみたいな哀愁漂わせてる背中してるけど、しっかりしてくれよ? キャプテン」
「どんな背中だよ、それ」
試合続行。
日向と影山は、変わらずあの速攻を続けるつもりだろう。まだ未完成だとしても、失敗するかもしれないけれど、それでも前に只管進むのだろう。
「ふん。どうせまたチビに上げて、失敗。そのまま得点なら田中さんだけをマークしとけば事足りる――――……ッ!!」
月島のその冷静な分析は、日向の突進の前に吹き飛ばされてしまった。殺気だっているとでも言えば良いのだろうか、日向の気迫は 月島の背中に冷たい物を走らせた。
日向の事を無視する事が出来なくなってしまったのだ。
「山口!! お前もこい!! 2枚で止める!! 火神、後ろ頼む!!!」
「!!」
日向の持つナニカを、月島はその身で感じたのだろう。
山口と月島の2人がブロックにつき、レシーブは火神が対応。
そして、日向にとっての大きな壁、2枚の大きな壁が立ち塞がる。
嫌な嫌な大きな壁。でも、今の自分に出来るのは壁と真っ向勝負する事ではない。打ち抜けないのなら 躱す。
持ち前の日向の素早さとバネ。それはスパイクの直前、ジャンプの直前でも跳ぶのを止め、走る方向を変える事が出来る。あそこまでの勢いで入れば それを止める時に相応の負荷が足の筋肉に掛かると思われるが、物ともせずに日向は月島と山口を躱した。
――せーの、で跳んで長身の選手より、高さで劣るのなら、1㎝を1mmを 1秒早く 頂へ!!
そうすれば、その瞬間だけは 一番高い場所が自分の位置。
目の前に立ちはだかる高い高い壁、その向こう側を何度思い描いたか。
【大丈夫大丈夫、ここから切っていこう】
【落ち着けって、翔陽。大丈夫だ。次はいける。後ろは俺が守ってやるからそのまま思い切りいけ】
【……一本、返すぞ】
何度も何度も、自分は止められた。
その度に、頼りになる男が背中を押してくれた。守ってくれた。
でも、もう守られるのは嫌だった。一緒に本当の意味で戦いたかった。
例え自分ひとりじゃできないのかもしれない。他人任せって思われるだけかもしれない。
でも! それで点が取れるのなら。決して荷物にならないのなら。
――これが自分の一番の武器に、秘密兵器になるのなら!
日向の渾身のフェイントからの跳躍。それは日向よりも遥かに上背のある月島、そして山口を置き去りにし、そのままコートに。
火神もコースをどうにか読むが、後一歩足りずに 拳を掠らせた後、コートに叩きつけられた。
「「おしっっ!!」」
影山と日向の渾身のガッツポーズ。
その後もその勢いは衰えなかった。
影山は感覚を更に研ぎ澄まし、ボール・ブロッカー・スパイカー、あらゆる動きを全てリアルタイムで頭の中へ情報として叩き込み続ける。
完璧なタイミングで日向の最高打点をとらえ続けた。
影山の言う通り、ミスはもう無い。2度目の顔面トス以降、精度は増し続けていってるから。
「うわっ、点差が6もあったのに、もう同点だ! 追い上げてきた!!」
「両方とも20点台乗ったか……、どっちが取る!?」
周囲のボルテージも増していく。
それ程までに凄いプレイを見せられたから。
火神のレシーブも凄かったし、周囲を沸かせた。だが、影山と日向の速攻は 或いはそれ以上だ。凄いレシーブなら、皆何度か見たことがある。それはテレビの中でもそうだし、何より自分達のチームにも天才と呼んで差し支えない程のリベロが存在するから、驚きはしても、それはそこまで続かなかった。火神単体の能力が高いから出来る、と言う事で何処か納得出来たんだ。
でも、影山と日向は違う。
どちらかが少しでも欠けたら成立しない。そして、影山の超精密なトスもそうだ。ありとあらゆるコート上の情報とその条件。全てが一致し実行しないと成立しない。
アレは、神業と言っていいプレイなのだから。
「トスの精度が……まだまだ増していく。アレは一体どこまで行くんだ……??」
影山の能力にただただ驚くばかりだ。セッターとして本領を発揮した影山の姿は。
そして、それを引っ張り出した日向にもただただ脱帽するだけだ。
「はぁぁ……よく我慢して待ってたよなぁぁぁ。顔面にトス食らってるヤツなんて、初めてみたもんなぁ……」
「だよなぁ。それに食らっても信頼して飛び込んでいくのも驚きだよ。……じゃあ、俺らの日向、影山コンビに対する驚きタイムはそろそろこの辺にしようか」
澤村は、ほろり……と何やら感涙している菅原の肩に手を置いてそう告げる。
「はぃ? どういう事だ??」
「確かに、アイツらは凄いしめちゃくちゃ驚いた。それにあんなの止めれっこないって思う。田中の攻撃まで合わさったら尚更な。……でも、それでも ここで、アイツが終わるって俺はどうしても思えないんだ。何かしそうな気がしてな」
視線を向ける先にいるのは火神。
影山のプレイに一瞬晦まされた。澤村が見たのは、火神のあの表情だ。
「……わらってる?」
火神は笑顔だった。それも輝いてるって言ってもいいくらいの笑顔。
月島や、山口は必死に追いかけ続け、歯を食いしばり、それでいて悔しそうにしている中で、火神は笑顔。
勿論、手を抜いてるとかそんな類は一切ない。
「……ずっと、あんな感じだった」
「はは。だろ??」
「……それに、菅原の言葉を借りるなら、火神もレシーブの精度が……どんどん凄みが増してるように見える」
菅原の横で黙って見ていた清水もそう答えた。
何故なら、あの速攻を受けて、1度目は見送り、2度目はコートに叩きつけられたが、それ以降はボールに触り続けている。
何度も飛び込み、飛び込み、追いかけ……汗を拭う。チームを纏めるだけでも相応の疲れと言うのがある筈なのに、人一倍動き続けている。
影山のチームで一番動くのが日向なのなら、この月島達がいるチームで一番動いているのは火神だ。
苦しくても、苦しくても、そこから先に一歩前に足を出す。そして笑顔。
「はは…… そうだった。日向と火神は同じ中学だし。あれだ。日向の師匠みたいなもんだったりするのかな?」
「………」
確かに影山と日向のプレイは度胆を抜き、全視線を釘付けにしたと言っていい。
でも、そんな中で澤村と清水だけは 火神にも注視し続けていた。見続けていたからこそ、気付けたのだ。
そして、その後。
影山チームにとうとう逆転されて カウント21-20。
「クソ……ッ!」
月島はどうにか策を練ろうと頭を働かせ続けるが、それでも答えは出なかった。
日向を無視する事が出来ない。少しでも意識すれば、つられる。日向だけに注目し続けたら、田中に打ち抜かれる。八方塞も良い所だった。
「山口、月島」
そんな中で、火神は告げた。
「悪い。このセット……俺にくれないか」
それを聞いて、月島は振り返った。
「それってどういう……ッッ!」
火神の顔を見た瞬間、あの日向が突っ込んできた時の感覚と似たのを味わった。
このチームで誰よりも疲れている筈なのに、笑顔。それでいて 何とも形容しがたい威圧感が同時に現れていたから。
「このセットだけど 翔陽を月島に任せたい。どうにか追い続けてくれ。田中さんにフリーで打ち抜かれたら、それはしょうがない。でも、やるだけやってみる」
やるだけやってみる。
たったこれだけの言葉にどれ程の説得力が備わっているのだろうか。フリーで打たれたらレシーブどころか触る事さえ難しいのに。
山口も月島も頷いた。
「ツッキー頑張ろう!」
「チっ……、チビにちょろちょろ動かれて 丁度ムカついてたトコだったし」
火神はそれを見届けた後 再び視線を影山・日向に向けるのだった。